海外派遣者の育成と活用;pdf

海外派遣者の育成と活用
みずほ総合研究所 コンサルティング部 主任コンサルタント 三沢 直之
三沢主任コンサルタント
「最近は現法の日本人マネジャーの
躍するために特に重要と捉えている要素です。
ただ、
要素Ⅱは育成
育成に頭を悩ませているんだ」
ある一
というより選抜基準として捉えられ、育成対象とはあまり見なされて
部上場の部品メーカーで海外12ヵ国
いません。
に進出している企業の人事部長との
一方で、
多くの日本人を海外に送る企業において、
要素Ⅱが関連
会話の中で出てきた言葉です。元々、
するさまざまな問題が起きています。
たとえば、
赴任後数ヵ月が経ち、
我々が幹部育成の支援をしていたお
異国の地でのハネムーン状態が過ぎると、
成果が求められる環境の
客さまで、
その後、
育成全般や国内制
中、
自身で対処しなければならない範囲も広く、
想定外のことが日常
度の他、
日本人駐在員の海外給与改
的に起こり、
周りとのコミュニケーションが取れずに悩んで心が病んで
定に関与するようになっていました。
そ
しまう方も出ています。以前であればメンタル不調が表面化したら日
のような中、
最近悩んでいることとして上記の言葉をお聞きしました。
本に戻すことで対応していましたが、
「ごく普通」
の日本人が海外に行
ご本人曰く
「現地のマネジャーのことまで日本の人事部では対処でき
く時代にあって、
大きな問題となりつつあります。先日ゼネコンの海外
ない。海外事業部で何とかしてほしい」
とのことでした。
事業部の方向けにストレスマネジメントの研修を行いましたが、
そうし
た研修やサポート機能を取り入れる企業が増えています。
本社人事部の役割が変わる
今までは、
海外に派遣する人材の選抜と育成、
各種処遇の整備
育成施策を整理する
等のみ対応しておればよかった日本本社の人事部も、
海外事業の
こうした育成要素をどのように高めていくか。参考までに中堅化学
ウェイトが高まる企業においては、
より戦略性を持った対応が求めら
メーカーにおける海外派遣者に特化した育成体系図を示します
(図
れてきています。
たとえば、海外派遣者が能力を発揮できる環境整
表1)
。3つの要素をどの施策で高めるかも付記しています。階層別
備とその知見の全社展開
(育成と活用)
、
現地での経営を支える組
研修にて全社的な意識付けを行い、
語学面の不安要素を低減させ
織上の職制整理と人事制度の整備、
国境を越えた人材の有効活用
つつ、
海外で仕事をするうえで必要となる知識等を付与する流れを
(グローバル共通制度の整備)
も視野に含まれています。今回はそ
の中でも海外派遣者の育成と活用について触れていきます。
採っています。
図表1. 能力要素別育成体系イメージ
定期研修
対応すべき育成要素とは
海外で活躍できる人材を育成するためにはどのような要素が求め
Ⅳ
階層別研修
幹部社員研修
要素Ⅰは、
語学研修や赴任前研修により多くの企業が対応されて
Ⅰ
新入社員研修
要素
要素 Ⅱ
要素 Ⅰ
異文化
コミュニケーション
強化研修
要素 Ⅰ
要素 Ⅱ・Ⅲ
要素 Ⅱ・Ⅲ
各種知識研修
(法務他)
ティー
中堅社員研修
リスクマネジメント研修
●要素Ⅲ
:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティ
Ⅱ
異文化
マネジメント力
強化研修
海外トレーニー制度
感・使命感
管理職研修
現地での体験学習
(修羅場体験)
●要素Ⅱ
:主体性・積極性、
チャレンジ精神、
協調性・柔軟性、
責任
Ⅲ
語学研修サポート
たグローバル人材の育成要素です。
●要素Ⅰ
:語学力・コミュニケーション能力
赴任フォロー
要素 Ⅲ
フォロー研修
られるのでしょうか? 以下はグローバル人材育成推進会議が設定し
赴任前研修
グローバル
主体性の獲得
階層
異文化体験・ 各種知識の マネジメント
語学力 コミュニケーション
意識の
(苦手意識
力向上
実践
獲得
力向上
向上
植え付け
払拭)
要素 Ⅲ
います。要素Ⅲは現地に行けば否が応でも触れる要素で、
逆に日本
また、
要素Ⅱを高めるために海外業務の事前体験として海外トレー
国内でいくら学習しても現実感がなく対応が難しい要素です。
ニー制度を導入しています。
ただ、
現地での受入体制が整備されな
残りの要素Ⅱは、多くの海外派遣者・経験者の方々が海外で活
いまま派遣したため、
現地社員からは
「忙しい中、
なぜ使えない人間
16 mizuho global news | 2015 MAR&APR vol.78
の対応をしないといけないのか」
という苦情が寄せられ、
トレーニーで
はマネジャーとして従事した後、
国内では普通に給与計算をしていた
ある若手社員は仕事を与えられるのを待つ者も多く、
相互の認識の
というもったいない配属をしている企業の例もあります。海外経験を
ズレから放置状態に陥り、
育成どころか海外で働くことへの嫌悪感ま
活かせない配属が続くと本人のモチベーションは下がるでしょうし、
経
で抱く社員も出ていました。
営としても海外経験を事業活動に活かせていないことになります。
こうした事態に対処すべく3年前から新しい取り組みを始めました。
図表2. 海外派遣による能力伸長の最大活用
トレーニー派遣前に、
1週間ほど別の研修を行うようになりました。海
外現地にて解決困難な問題に日々取り組むプログラムで、
自らの殻
キャリアステージ
(イメージ)
開発準備期間
発展期間
を破りながら現地に入り込み、
能動的な行動を促し、
自分も海外で
仕事ができる・やってみたいという感覚を醸成するというものです。
能力
こうして自信をつけた若手社員は自ら仕事を得るべく周りに働き
かける姿が見られるようになり、
現地からの評判もよくなったとのこと
(社員)
キャリアに対する
帰任後の 期待・安心感
能力活用 (会社)育成投資の有効活用
帰任
海外赴任による
能力伸長
です。
成熟期間
(社員)
キャリアに対する不安
帰任後に (会社)育成投資の無駄
能力活用せず
一般的な能力伸長
育成は派遣前だけではない
新卒入社 入社から
5年
30歳
35歳
40歳
55歳
60歳
海外派遣前の育成は、
各社の本社人事部がさまざまな取り組み
本社人事部としては、
海外勤務によって得られる経験を想定し、
を行っています。一方で、
海外事業がより重要となる中、
派遣期間中
図表2のように
「活かす」体制を整える必要があります。経験から高ま
の成果がますます求められています。
この問題を突きつけられていた
るであろう能力要件を設定し、
等級定義や評価基準・昇格要件等に
のが、
本文冒頭の人事部長でした。
展開して、
能力発揮を処遇に反映させる方法を採ることで、
海外に行
海外派遣者が抱える課題として多く出てくるキーワードは
「コミュニ
くインセンティブとしている企業もあります。
また現実的には難しい面
ケーション」
です。
日本人マネジャーと日本本社、
日本人マネジャーと
もありますが、
海外経験を活かすポジションを整理したり、
多様な人材
現地スタッフといった三角関係の中、
いかに振る舞うかで苦労されて
をまとめた経験を活かして、
特定のプロジェクト組成とリーダーの任用
いる日本人マネジャーは多いです。
ということもありえるでしょう。
ある食品メーカーでは定期的に派遣者同士で悩みを共有する場
また、海外展開が加速し、海外に行くことがより定常的なことに
を設けています。
その一環として体験学習という手法を使い、
三角関
なってくれば、海外派遣者の処遇の見直しも可能となるでしょう。
係の疑似体験をしてもらったうえで、
同様の悩みを持つ者同士で意
多くの日本企業は海外勤務を特別視し、
インセンティブや福利厚
見を吐露させ、
今後の対策を、
時に本社管理部も入って検討し合っ
生等を整備してきました。
日本にいた時の給料の1.5倍や2倍のコ
ています。
ストがかかることが普通になっています。
ただ、
海外での経験はキャ
リア全体から考慮するとメリットだと捉え、海外勤務時の処遇を手
海外派遣に戦略性を持つ
厚くするのではなく、
その後、
経験を活かすことでより高い処遇が得
海外展開を進める企業の本社人事部は、
派遣前育成から現地
られるようにすることが企業としては望ましい姿ではないでしょうか。
の成果創出支援といった役割へと広がる中、
海外派遣の流れを全
ある大手サービス業者では、入社3年目以降かつマネジャー昇格
体感を持って対応する必要性が高まっています。企業として海外派
前の若手社員のうち希望者には、
早期に海外の経験をさせる取り
遣者に期待する意識や行動を整理すると以下のようになります。
組みを行っています。現地での処遇は現地スタッフと同等の水準
●派遣前:海外赴任を前向きに捉える
にしており、結果として給料は減額されますが、能力伸長が認めら
●派遣中:海外ビジネスで期待される成果を創出する/海外勤務
れれば社内でグローバル人材と認定され、
その後のキャリアが大き
を通じて能力を伸長する
●派遣後:伸長させた能力を最大限活用する/周囲・同僚へ刺激
を与える
く変わるように設計されています。
全社的視点を持ち、
いかに企業全体として成果を上げ続けられ
る土台を築けるか。今後、採用・異動、処遇等を戦略的に捉え、施
多くの企業の悩みとして聞くのは、
海外派遣者の日本帰任後の
策を展開していくことが本社人事部により求められることになるの
処遇をどうするかです。元々国内では工場の総務に所属し、
海外で
でしょう。
mizuho global news | 2015 MAR&APR vol.78 1 7