永野由紀子ゼミ卒業論文講評 家族の研究を中心とするゼミナール 担当 永野由紀子 2014 年度は 4 本の論文が提出された。今年の に学び、子育てする母親たちが『頼ることので 卒業生は、人間科学部社会学科の 2 期生である。 きる人、場所』をより多く生み出していくこと わたくしにとっては、専修大学にきて卒論指導 が今後さらに深刻化していくと言われている少 を担当してから 4 期目のゼミ生になる。 子化を食い止めるための一つの手段となるので この学年の特筆すべき点は、全員が独自のア はないだろうか」という宮澤の結論は、圧巻で ンケート調査ないしは聞き取り調査を実施して、 ある。 世界にひとつしかないオリジナルな作品を書き 村山果帆「現代家族における家族内の地位と 上げた点である。卒業論文の完成まで苦心した 役割―役割期待と現実のズレ・役割葛藤」は、 ようだが、できあがった作品は、その人らしい 瀬尾まいこの『幸福な食卓』のなかの「父さん 個性的な作品に仕上がっている。各ゼミから代 は今日で父さんをやめようと思う」という言葉 表論文を推薦するにあたって、どの論文を推し を手がかりに、家族内には父や夫、母や妻、息 てよいか迷うほどで、いずれも遜色ないできば 子や兄や弟、娘や姉や妹という複数の地位があ えの作品である。4 人の学生それぞれの等身大 り、複数の役割期待が一人の人間にかかること の問題関心から出発して、それを社会学の研究 による葛藤もあるし、役割期待と現実がずれる 課題におきかえて、オリジナルな学術論文を執 ことによる葛藤もあることをテーマとする論文 筆できたという点を高く評価したい。 である。村山の論文の柱は、パート労働に就労 宮澤洋輝「現代日本の少子化―都市と農村 している既婚女性の聞き取り調査である。この ―」は、日本の少子化を論ずる際に、都市と農 調査で、村山は、育児期と現在の女性の家族内 村の違いを無視して一括して扱うことの問題を 役割分担の現実について分析している。その結 指摘した論文である。宮澤は、この論文のなか 果、パート労働に就労している既婚女性の役割 で農村の既婚女性に聞き取り調査を実施してい 葛藤は、育児期も現在もかなり少ないことが明 る。結婚や出産やこどもの成長といったライフ らかにされた。その要因として、村山は、既婚 イベントごとに変わる農村の既婚女性の就労形 女性が最初から男と女の性別役割分業について 態の変遷の過程を示した事例研究は、女性の就 高い理想をもっておらず、現実にあわせて調整 労をテーマとする卒論といってもいいほどの見 することで葛藤を少なくしていると指摘してい 事な生活史研究に仕上がっている。先行研究の る。興味深い分析である。パート労働に就労し 整理も、都市と農村の一番の違いを同居率の差 ている既婚女性であるという事例の特殊性の位 異にもとめ、同居率の高さが少子化を阻む要因 置づけや理論的な課題設定との整合性という点 になっているが、過疎化や高齢化に伴う子育て で課題は残されたが、家族社会学の王道ともい 世代の流出が農村の少子化を進めていることを えるこうした研究課題に正面から取り組んで一 明らかにしている。 「おわりに」で述べられてい 定の成果をあげたことを高く評価したい。 る「だからといって 3 世代同居しなさい、など 田中久姫子「東北タイ山岳民族の子供たちの という時代錯誤な政策は出来るはずもなく、女 現実と未来」は、イサーンといわれる東北タイ 性の職場環境の改善や子育て支援など女性が満 の山岳民族の子供たちの家族や生活の現実につ 足に働きながら子供も産み育てられるような状 いて知るための聞き取り調査を基軸に、子供た 況を生み出していくしかないのである。農村部 ちの未来を考察した論文である。臓器売買や売 1 永野由紀子ゼミ 買春やエイズといった児童を取り巻く深刻な問 宗教と回答している学生が大半であるが、他の 題で世界的に知られる地域の子供たちの現実に 設問への回答では両者のあいだにほとんど差が ついて、様々なメディアや文献をとおしてだけ ないことから、仏教と回答した人も、特定の宗 でなく、現地でのヒアリングをとおして知るこ 教をもっているわけではないことが示されてい とができたのは、田中が 1 年生の時から海外支 る。さらに、カルト集団のイメージが強いせい 援の NGO 団体にボランティアとして参加して か、宗教に苦手意識をもつ若者が多いにもかか きたからである。子供たちに日本語を教えるこ わらず、墓参りや初詣でに代表されるような慣 とで支援する田中の現地への訪問は、4 年間で 習的な宗教行動は行っている。また、霊的なも 6 回になるという。調査から明らかになったの のを抵抗なく受け入れて、スピリチャルなもの は、麻薬問題の深刻さであり、子供たちの家庭 に走る傾向が若者に強いことも示される。見目 の大半が、大なり小なり親が麻薬に侵されてい は、こうしたスピリチュアルなものと宗教を区 るため崩壊しているというに近い問題状況にお 別して考え、来世での幸福に救いをもとめるこ かれていることが示された。世界の矛盾が凝縮 とができず、現実の人間関係に心の支えをもと した地域の深刻な問題を扱った興味深い論文で めながらも、それを得ることができない現代日 あり、普通の大学生には無理で、海外ボランテ 本の若者の不安的な心理状況を明らかにしてい ィア活動に熱心に取り組んできた田中にしか書 る。現代日本人の社会意識を知る上でも貴重な けない卒論である。なぜこの地域がそうなった 論文になっており、カルトと宗教の違い、信仰 のかについての歴史的・理論的考察については 心に根ざした宗教活動と慣習的な宗教行動との 課題が残されたが、子供たちの就労によって得 違い、宗教とスピリチュアルなものとの違いな られた賃金が、家庭の収入ではなく自分たちの ど、見目の論文に触発されて、現代の日本人の 必要に支出されていることに子供たちの未来に 精神構造について考えることができた。 つながる希望を見つけようとする田中の結論は 説得的である。NGO 団体の支援活動の目標の ひとつに、現地語とタイ語を話すタイの少数民 族の二重言語の世界での、山岳民族のアイデン ティティの確立と文化や伝統的な価値を再認識 することの誇りをあげている点も共感できる。 田中の経験をとおして、東北タイの山岳民族の 世界の一端を勉強した思いである。 見目紗貴「日本人の宗教意識」は、宗教に救 いをもとめる人々が多い海外と比べて、自分を 無宗教であるとする日本人が多いことに関心を もち、日本人の宗教意識について考察した論文 である。最初は、大きなテーマだけに、卒業論 文のかたちに仕上がるかどうか心配だった。だ が、見目は、NHK の国民意識調査と専修大学 の学生を対象とするアンケート調査をとおして、 日本の若者の宗教意識を分析し、現代日本人の 宗教意識の特徴を見事に浮かび上がらせること ができている。特に、NHK の国民意識調査の 質問項目とも重ねながら、自分で考案した独自 のアンケート調査の分析は秀でている。 見目によれば、自身の宗教を仏教ないしは無 2 2014 年度 卒業論文要旨 現代家族における家族内の地位と役割 現代日本の少子化 ―役割期待と現実のズレ・役割葛藤― ―都市と農村― HS230069G HS23-0002B 宮澤 村山 果帆 洋輝 私は家族内の役割に興味があり、著者瀬尾ま いこの『幸福な食卓』が家族内の役割という私 の関心に近いと思い、この小説を読んだ。家族 内には、父親、母親、息子、娘、兄、弟、姉、 妹、夫、妻などいくつかの異なる地位があり、 地位に応じて異なる役割がかかってくる。こう して一人の人間が一つの地位とは限らず、複数 の地位を持つことがありうる。そして複数の役 割期待が寄せられ、葛藤が生じる場合がある。 本稿では、家族内の地位と役割の関係を明ら かにし、それぞれの地位に寄せられる役割期待 と現実のズレ、複数の役割期待が一人の人間に 寄せられることによって生じる葛藤について考 察した。 第1章では現代の夫婦家族と夫婦家族内の 地位と役割について、文献研究を通して明らか にした。 第2章では、既婚女性へのインタビュー調査 を通して家族内の役割分担の現実について考察 した。また、育児期と育児後の現在の家族内役 割分担を対比し、役割期待と現実との間にズレ はあるのか、複数の役割期待が一人の人間に寄 せられることによる葛藤が生じているかどうか にを明らかにした。 この論文を書く前は、仕事をしている既婚女 性の家事分担の理想は夫と妻で 1:1 と考える のが一般的だと思っていた。つまり、主に妻が 家事と育児を行っていて、夫はほとんど家事と 育児に携わっていないと予想した。そして既婚 女性は家庭内役割分担に不満を抱いていると仮 説を立てた。こうしたことを明らかにするため に、育児期と育児後の現在の家庭内役割分担の 現状について既婚女性に聞き取り調査を行った。 その結果、現在の家庭内役割分担の理想と現実 との間にズレはあったが、どの事例においても 不満を感じている既婚女性は少ないという結果 になった。こうした結果になった理由は、既婚 女性が家族内役割分担に対して持つ理想が低い からであり、そのため理想と現実のズレが小さ くなり、葛藤やストレスが避けられたためであ ると考えられる。 本論文では日本の少子化を都市と農村の二つ の面から注目する事で、その現状を把握しこれ からの日本の少子化の展望を考察した。 まず初めに第一章の第一節では少子化とは どのような現象なのかを説明し、次に日本全体 の少子化について、戦後日本の出生数及び合計 特殊出生率の推移や総人口とその年齢三区分の 将来的な推移などから、その現状と将来的な予 測を明らかにした。第二節では都道府県ごとの 合計特殊出生率と年齢三区分別人口から、都市 では農村に比べ生産年齢人口の女性の割合が多 いにもかかわらず、農村に比べ合計特殊出生 率・出生数が共に低い傾向がある事が明らかに なった。また、戦後女性の社会進出が進んだと いう点に触れ、経済活動の中心である都市では その影響が大きく、これも都市における少子化 の原因であることが分かった。 第二章では農村における少子化の現状とその 原因を明らかにした。第一節では都道府県ごと の三世代同居率と合計特殊出生率に関連がある 事に触れ、三世代同居率の高い農村部では子育 ての負担が軽減され、この事が都市に比べ農村 では比較的少子化の進行度が低いことに繋がっ ているのではないかと考察した。第二節では農 村部での三人の子育てを終えた女性に対し行っ た聞き取り調査を分析した。その結果平均以上 の数の子育てを可能にした大きな理由として身 近にある両親の存在が挙げられることが分かっ た。 農村部においても三世代同居世帯は減って きており、生活も徐々に都市部と変わらないも のへと近づいてきている。このままでは農村部 においても急速な少子化が進み、更にそこに高 齢化が加わることで未来を生きる子供たちに到 底背負いきれないほどの負担をかけてしまうこ とになるかもしれない。女性の職場環境の改善 や子育て支援など女性が満足に働きながらも子 供を産み育てられるような状況を生み出してい くしかないのである。 3 永野由紀子ゼミ 東北タイ山岳民族の 子どもたちの現実と未来 HS23-0121A 田中 日本人の宗教意識 HS23-0126B 久姫子 現在タイでは、都市部の経済成長が凄まじい 反面、東北タイの山岳民族が経済的・社会的に 厳しい状況に置かれている。現地には、そのよ うな山岳民族の生活の向上と、文化・伝統の継 承をサポートしている NGO 団体があり、筆者 はそこでの活動に参加する中で、多くの子ども に出会う機会に恵まれた。彼らとの交流を深め ていくうちに、山岳民族の子どもたちの未来に ついて考えたいと思うようになった。 本稿では、東北タイの山岳民族の子どもたち の現状と問題点を明らかにし、問題解決の糸口 を探りながら、彼らの未来について考察した。 第1章では、歴史や生活習慣などの観点から、 東北タイの山岳民族についての理解を深めた。 第2章では、資料や文献をもとに、タイの児 童売春・児童売買・麻薬問題を明らかにした。 第3章では、私がボランティア活動に参加し たタイ現地 NGO ミラー財団と、子どもの支援 に携わっている団体について紹介した。 第4章では、私がミラー財団での活動を通し て出会った 3 人の山岳民族の子どもたちへのヒ アリング調査を行い、その結果を分析すること で、東北タイの山岳民族の子どもたちが置かれ ている厳しい状況と、なぜそのような状況に置 かれているのかを考察した。 これらを通して、各国からの支援により、山岳 民族の文化や伝統の価値が再認識され、守られ ながら継承し、山岳民族としてのアイデンティ ティが確立されようとしていることが分かった。 ヒアリングでは、筆者の予想とは裏腹に麻薬問 題の深刻さが浮き彫りになり、また幼い頃から 労働していても、自分の未来や生活の向上のた めであることが分かった。まずはタイ全土で山 見目 紗貴 日本では、自分を無宗教であると考えてい る人が多い。しかし、実際には日本人も冠婚葬 祭などで宗教と関わることがある。無宗教であ るといいつつも、日本人は特有の宗教意識を持 っていると思われる。 本稿では、日本人が自身を無宗教という場合 の無宗教とはいったいどのような意識なのかを 考える。まず、現在の日本人が宗教に対して持 つ意識が形成されるにいたった歴史を、文献研 究を通じて考察する。次いで、現代の日本人が 実際には宗教に対してどのような意識を持って いるのかを、アンケート調査や先行研究から明 らかにする。これらを通して、日本では宗教が 心の支えになっていないとすれば、何がその役 割を担っているのか。自殺など、現代の日本で も救いが必要とされていると思われるが、何が 現代の日本人の心の支えになり得るのかを考察 する。 第一章では、海外で宗教が持つ役割と日本の 宗教の歴史を紹介した。第二章では、NHK 国 民意識調査と、専修大学の学生に実施したアン ケート調査の結果を分析して、現代の日本人の 宗教意識を明らかにした。その結果、自身の宗 教を仏教と答えた人と、自身は無宗教であると 答えた人との間で、信仰や宗教行動に関わるほ かの質問項目の回答に関しては差がないことが 分かった。また、日本の若者は宗教に対して苦 手意識を持っていることが明らかになった。だ が、信仰心がなくとも、墓参りなど習慣的な宗 教行動は行っている。さらに、宗教とスピリチ ュアルなものを区別して考え、霊的なものを抵 抗なく受け入れる傾向が強くなっている。以上 から日本人にとって宗教は海外の“宗教”のよ うな心の支えではないとわかった。 宗教に代わる心の支えとしては、人間関係を 岳民族についての理解を深める必要がある。そ 挙げる人が最も多かった。だが、人間関係は心 して、ミラー財団のような支援団体の活動がこ の支えにもなり得るが、同時に悩みの原因にも れからも継続され、また広がっていくことが重 なる。日本ではもはや海外のように心の支えを 要ではないだろうか。 宗教に求めることができない以上、それぞれが 現実の中に心の支えを求めるほかないと考える。 4
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