試論 電流と磁界の関係をどう教えるか;pdf

試論 電流と磁界の関係をどう教えるか
レンツの法則の問題点から
MATSUKAWA Toshiyuki
松川利行
東大寺学園中・高等学校 教諭
物理の面白さは,一見複雑に見える現象を整理し,より単純な法則性を見出すところにある。それが単純であればある程普遍性を
持つ。運動の法則の場合は,視覚的に観察し易いので教えやすい。しかし,電磁気学の分野では,感覚的には理解しがたい分野で
ある。初等中等教育にあっては,理屈を抜きに,フレミングの左手,右手の法則やレンツの法則等々の「諸法則」の使い方を理解させ
ることが,この分野の学習目的となっているのが現状である。これらの悪しき事態を打開するために,初等中等教育課程においても,
それなりの理論的な理解が得られる授業展開法を提案する。
1 はじめに
均一な磁界の中に,磁界の向きに垂直に導線を置き,電
流を流した場合,導線に力が加わり導線は動く。このとき
導線の動く方向はと問われると,フレミングの左手の法則
..
により親指の向きの方向に動くというのが解答になる。
同じように磁界中に置いた導線を磁界に垂直な方向に動
かすと導線に電流が生じるが,その向きはと問われると,
..
フレミングの右手の法則により,中指の向く方向に電流が
流れるというのが答えになる。
更に,コイルに対しては,磁石を近づけると誘導電流が
生じるが,このときどちらの向きに電流が生じるのかとい
う問題では,レンツの法則を適用して,誘導電流によって
生じる磁界が,外部(磁石)からの磁界の変化を妨げるよ
うな磁界が出来るように電流が生じるのを,コイルの右手
..
の法則により求める方法が教えられる。
これらの諸法則は,現象の起こる原因ではなく,起こっ
た結果の単なる暗記法でしかないが,「原理」と勘違いし
て,物理現象の本質に気付かないで終わってしまう。
2 電磁現象を理解する「3つの基本原理」
これから諸現象を理
論的に説明するためには,
次の 3 原理を使う。
①アンペールの法則
(右ねじの法則)電流が
流れる方向に対してその
周りに右回りの方向に磁
界が生じるという現象で
ある 1)。万有引力同様,
これは理由なしにその結果を受け入れるしかない。
②磁界の中に在る導体は,磁束密度の高い方から低い方に
力が働く。(図2)
これは,力学でいえば,坂道を高い方から低い方へ球は転
がるというイメージである。
③外から加えられた変化(作用)に対する抵抗性。
以上,3 つの原理だけを用いて,様々な電磁現象の理論
的解説を試みる。
3 フレミングの法則について
3-1 左手の法則
磁界中に入れた導線に電流を流したとき,導線が動く方向
を求める方法である。左手を図3のように中指,人差し指,
親指をそれぞれ直角になるようにして,磁界の向きを人差し
指,電流の向きを中指の方向とすると,導線の動く方向は,
親指の示す方向であるというのがこの法則である。しかし,
これは結果の記述であって,何故このような動きになるのか
の理論的説明ではない。
これを「3 つの基本原理」で
理論的に考えてみる。
磁場の中に入れた導線に電流を
流すと,①の原理で導線に右回
りの磁場が出来る。この磁場と
場の磁場が合成されて磁場は図
4 の右図のように変形する。そうすると,「基本原理」の
②によって導線は右図の矢印の向きに力が働き動くことが
分かる 2)。
ここまでの解説では,フレミングの左手の法則を適応した
のとあまり変わらない。重要なことは何故この向きに力が
働くのかという理由である。その理由は原理③にある。
もともと均一な磁界空間にあった導線に,電流が流れた
という変化によって,①の原理により導線の周りに磁界が
生まれる,その影響により,導線の周りに右図のような磁
束疎密の変化が生じる。元からあった磁界にとっては,外
から加わった影響により生じた変化を解消しようとして,
原因を作った導線を排除するための力が生じたと考えら
............
れる。すなわち,外から加わった変化に逆らうという加え
られた変化に対する抵抗性の自然界の原理に合致してい
る現象なのだ。このように,「何故?」に気付かせるせる
ことが科学教育では大切である。
以下同様の観点から,色々な電磁現象の解説を試みる。
3-2 右手の法則
磁界の中で導線を動かしたとき,導線の中に電流が生じ
る関係を表した法則である(図5)。
これも,何故このような電流が生じるかの説明ではなく,
左手の法則同様,生じた結果の状況記述でしかない。
この場合の「基本の原理」に則った説明は次のようにな
る。
生じた変化は,
磁界中に置かれた導線が外力によって
「動
かされた」ということである。この「動かされた」という
変化に対して,それに対抗するために新たな事態は起こる
と考える。それは,外から加わった力に対抗して元に戻そ
うという力を導線が得ることである。それを可能にする為
には,導線自身が電流を誘起し,その誘起電流によって生
じる磁界で,周りの磁界を変化させることである。それに
は,動かされた方向の磁束密度を高め,反対側の磁束密度
を弱めさせるような磁界を誘起させることである。そうす
れば,導線には磁束密度の低い方に力が生じ,動かされた
のとは逆向きの力を得ることができる。この場合を表すに
は,図 4 右図で,導体の左側に動かした方向の矢印←を入
れれば良い。磁界の様子は同じようになるが,今回は,導
線が動かされたことが事の発端で,それに対抗する手段と
................
して,反対の向きに力を生じさせるために電流が惹起され
たわけである。この場合も,外から加わった変化に対抗す
るように系は変化するという③の加えられた変化に対する
抵抗性の原理に合致するのである。
4 レンツの法則の場合
磁界の変化とコイルに生じる誘導電流の関係を示す法則
である。
「電磁誘導では,コイル中の磁界が変化するのを妨
げるような向きに誘導電流が発生する。」という表現で説
明される。
教科書3)などに普通にみられる図6のような実験装置で
は,磁界が放射線状に広がっているため,現象は複合的理
由によって起こっている。そこで,実験の条件を単純化す
るため図7に示したような一重のコイル(リング)を用い
て,平行磁場中の色々な場合についての現象を最初に考察
してみよう。
4-1 リングが平行磁場中にあるとき,
磁界の強度を変え
ればどうなるか。
4-1-1
リングが磁界に垂直な場合
図7に示したようにリングを均一な平行磁場に磁界の向
きに垂直に置いた場合,この空間を磁力線に対し,上下左
右に動かしてもても,コイルの回りの磁界環境には何も変
化が無いので,何も起こらない。
しかし,磁束密度を段々と強めていくと,図8に示した
ように,コイルには左回りの電流が惹起する。コイルが磁
場の変化に対して,対応できる手段としては,原理①の右
ねじの法則によって生じる磁界だけである。この磁界によ
って,図5のような磁界の変形を起こさせ,それによって
生ずる力を利用することである。この場合,コイルの周り
に生じた円形の磁力線は,図8に示したように,リングの
外側では向きが同じになるので磁界密度を密に,
内側では,
向きが逆になるので磁界密度を疎にするように働くだろう。
グが針金のように強度が強い場合は締め付ける作用は有っ
ても実際には変化は観察できないことになる。レンツの法
則では,コイルを貫く磁束を弱める方向に電流が誘起され
るという表現になっていて,外界からの変化にあたかも対
抗するべく誘起されたような記述になっているのは,針金
のような強い素材ではリングを縮めようとするこの力の作
用が見えないために誤解した表現となったものと推測でき
る。
考えてみれば,弱まる内側の磁界だけに注目して,外側の
磁界密度は増えていることには何ら言及されていないこと,
また,外部磁界の強度に比べると誘導起電力によって生じ
る磁界強度はとても小さいので,内側の磁界強度を弱める
効果は些細なものであると予想できるのに,これを理由に
するには科学的に無理があると思われる。
一方,磁界が弱まっていくという逆の変化に対しては,
それに抗うために,磁束を受け取る面積を拡大すれば良い
ことになるだろう。今度はリングを押し広げようとする力
が生ずれば良いわけで,磁界は,リングの内側が密,外側
が疎になるような磁界を生むように右回りの電流が誘導さ
れると考えるべきであろう。この場合もリング強度が強い
場合には外見的には変化は認められないので,コイルその
ものは静止したままである。
このように,結果的には,コイル内外の磁束の増加,減
少しか観察されないので,何となく加えられた変化に対す
る抵抗性に似ている都合の良い内側だけの磁界の変化の表
現が使われるようになってしまったと推察される。
以上の解析から,これは,理由ではなく,付随的に観察
できた現象を利用して誘起電流の向きを求める方法として
考えられたとみるのが妥当だろう。
4-1-2 リングが磁界とある角度を持っている場合
図9は磁界とある角度を持ったリングを横から見た図
その結果,リングには締め付けるような力が生じることに
なる。もし,リングが伸縮できる素材で出来ておれば,リ
ングは小さくなり磁力密度の増加という外からの変化に抵
抗することになり目的は達成されるだろう。しかし,リン
で,磁界強度を強めた場合と弱めた場合のリングの位置の
変化を示している。
何故このようなことが起こるのか,この場合も 3 つの基
本原理を適用して解析できる。
磁界密度が増す場合は,リング内の磁束密度の増加に
対しては,4-1-1 で述べたようにリングの大きさを縮め
ようと,
図 10 に示したようなリングには左回りの誘起電流
が生ずる。そうなればリング導線の周りに内側が疎,外側
が密の磁束の歪みが起こり,磁束が疎の向きに力 F が生ま
れる。ここまでは,4-1-1と同じである。しかし,コイ
ルは強いので縮むことはないが,この場合は,磁界の向き
と角度を持っているために,
この力は図 10 の右図に示した
ように磁界の変形によって生じた力 F は,リングの中心に
向かう力f”とそれと直角をなす力fに分解できる。f”
はリングを絞る効果はあるが,剛体ゆえ,A.B 点で生じる
力で相殺される。しかし,fは偶力となり回転力が働くこ
とになる。その為リングは回転するが,回転していくにつ
れ,リング内を通る磁力線が減ってくるので誘起電流も弱
くなり,F の値は減少していく。そして,A-Bが磁力線に
平行になった時点で,
磁力線の変化の影響は受けなくなり,
リングに働く力 F もゼロとなり,回転力fもなくなる。し
かし,運動エネルギーは保持されているのでリングは回転
を続けるが,今度はリングの面が反転することになり,リ
ングに働く偶力 F も逆向きになるので,回転力fも逆にな
り,結局図 9 のように磁力線に平行な位置に収れんするこ
とになる。結果的には磁束密度の増加という変化に完璧に
抵抗したことになる。
一方,磁界強度が減少する場合は,リングを広げるよう
な力が生じるように右回りの電流が生じるので,磁界の様
子は図 11 に示したように,前述とは逆のことが生じる。こ
こでは,磁界強度の変化率が同じなら,力 F は,大きさは
同じ,方向が外向きになるだろう。この場合もリングが強
いのでリングを広げるという目的は阻まれることになるが,
磁界と角度を持っていることから,回転力fが生じる。し
かし,方向は右回りになる。
リングが回転し水平になった時点で,F の値は最高にな
るが,方向が磁力線に垂直で外側を向いているので,f値
はゼロとなり回転力は働かない。
この場合も運動エネルギーが保持されるので,回転を続
けるが,水平位置からずれるとAとBの位置関係が入れ替
わった状態になり逆の回転力fが働くことになる。この場
合も,結局,図 9 にあるようにリングが磁力線と垂直(水
平)になる位置に収れんし,結果的には,リングの有効面
積を可能な限り最大限まで広げたという結果になり,磁束
密度の減少という変化に対して抵抗したことになる訳であ
る。
4-2 教科書などで一般的にみられる磁石とコイルを使
った場合
この場合は,磁石から生じる磁力線が平行では無く放射
線状に広がりを持っている点が異なる。
4-2-1 コイルに磁石を近づける場合4)
分かり易くするために,
図 12 に示したようにコイルを一重
のリングで考える。コイルに棒磁石を近づけていくと,コ
イルを貫く磁束の増加という変化が起こる。この変化に対
して対抗するためには,基本的には 4‐1‐1述べた理由
と同じで,リングを縮めようとするような力が働くように
磁界の変化を起こす為に,誘導電流が生じたと解釈すべき
だろう。
しかし,この場合は図 13 にあるように,実際は平行磁場
では無く放射状に広がりをもつ磁力線である。磁界の合
成の結果磁界に疎密が生じる場所は,磁力線に対して垂直
の関係があるので,平行磁場の場合はリングの面で,導線
の内と外で,疎密が起こるのに対して,リングのやや外側
上方と内側下方で疎密が起こることになり,リングに働く
力 F は,図 13 の右図にあるように斜め下方に向く。この力
はリングの中心に向かう力f”と下方に向かう力fに分解
されるので,結果的にはリングを押し下げようという働き
が生まれることになる。リングが剛体であるので力 f”に
よる第一義的な目的のリングを縮めようという働きは果た
せないが,2 次的には力 f が働き,磁石から遠ざかることで
磁界の変化に反抗することになる訳で,ここでも原則③加
えられた変化に対する抵抗性が成立していることがわかる。
4-2-2 磁石にコイルを近づける場合
磁石とコイルの関係は相対的なものなので,固定した磁
石に対しコイルを動かしても 4-2-1 の場合と結果は同じ
になるが,現象的には異なる変化であるので,理由は違う
ことになる。分かり易くするために,図 14 のような一重の
コイル(リング)で考える。
5 おわりに
物理学の学習において電磁気学は重要な範囲である。難
しい現象を理解させるために色々な覚え方が確立している。
代表的なのがフレミングの左手,右手法則,コイルにおけ
るレンツの法則である。これらの諸法則は問題を解く上で
は便利であるが,
「法則」と付いていることが誤解を生み,
それを「理由」と勘違いしている者が多い。特にレンツの
法則では誤解をしている場合が多いと思われる。
誘導電流による磁界で生じる「場」の磁界の変形と力の
作用の関係を,加えられた変化に対する抵抗性の法則に照
らして理論的に展開していけば,これらの諸現象も統一的
に理解させることができる。本論文で試みたように,諸現
象を公式や諸法則の単なる暗記では無く,原理に基づいた
変化(運動)として論理的に理解させることが出来れば,
初学者にとって難解な電磁現象も親しみやすく興味をもっ
て取り組んでもらえるものと考える。
参考文献
1)高木堅志郎 他 物理 啓林館 平成 24 年検定済 p.282
2)三浦 登 他
物理Ⅱ 東京書籍 平成⒖年検定済 p.122
3)未来にひろがるサイエンス2 啓林館 平成 23 年検定済 p.214
4) 高木堅志郎 他 物理 啓林館 平成 24 年検定済 p.302
...
この場合,最初に変化したのは導体(リング)が上向き
......
に動かされたという事実である。したがってこの変化に対
抗するためには,理論的には,下方に向かう力を生じさせ
るのが,誘導電流の起こる第一義的な理由にならなくては
ならない。レンツの法則でいうところのコイルを貫く磁束
が弱くなっても,コイルを下方に押し戻す力が働く理由に
はならないから,物理的な意味は無いのである。磁界の様
子は,4-2-1の図と同じになるが,原理③の加えられ
た変化に対する抵抗性という観点から見れば,この事例で
は,下方に動かすような力f(図 13)を生じさせる為に,コ
イルに誘起電流が生まれたと解釈されるべきで,この場合
もコイルを貫く磁束を弱めることになったのは,付随的に
生じた現象と捉えるのが順序であろう。
4-2-3 磁石とコイルを遠ざける場合
誘起電流の向き,磁界の疎密の状態,生じる力 F の向き
を逆にすれば,
全く同様の論理で現象が説明できるだろう。