マレー半島西海岸の商業的漁業地区における漁場利用 形態

人文
地理
第44巻
第4号
(1992)
マ レ ー半 島西 海 岸 の 商 業 的 漁 業 地 区 に お け る漁 場 利 用
形態
-ジ
ョ ホ ー ル 州 パ リ ジ ャ ワ の 事 例-
田
I
は じめ に
(1) 目
(3) 籠
V
的
(2) 調 査 地 の 選定
II
和
正
孝
漁
日周期 的 漁 業活 動
(1) ケ ー ロ ン漁
調 査 地 の概 要
(2) 浮 刺 網 漁
(3) 籠
III 環 境 条 件
漁
(2) 潮 汐 ・潮 流 作 用 と潮 時 の設 定
VII 各 漁 船 の 操 業 時 間 と漁 場 利 用 の リズ ム
IV
(1) 漁 場 環 境
VI
漁 場 利 用 の 月 周 期 的 リズ ム
VIII お わ りにか えて-漁
主 要 な漁 業 種 類
場利用の時間 ・
空間
(1) ケ ー ロ ン漁
(2) 浮 刺 網 漁
キ ー ワ ー ド: 漁 場 利 用, ケ ー ロ ン漁, 浮刺 網 漁, 籠 漁, 潮 流
I
もな く, 漁 業 が な さ れ る適 用 水 域 の 自然 生 態 学
は じめ に
的 関係 の考 慮 が重 要 と考 え られ るか らで あ る。
(1) 目
的
人 間 が 環境 を どの よ うに利 用 し,
これ まで, た とえ ば潮 と漁 場 利 用 との 間 に形 成
諸 活 動 が どの よ う に環 境 に適 応 して な さ れ る の
され る シス テ ム や風 と漁 獲 量 との 関係 か ら導 き
か を分 析 す る こ と は, 地 理 学 の重 要 な テ ーマ で
出 され る漁場 利 用 な どを若 干 明 らか にす る こ と
あ る。 漁 業 にお い て は漁 業 者 が常 に 自然 環 境 と
が で きた。 た だ し, これ らの研 究 で は 自然 環 境
対 峙 して い る だ け に, この テ ー マ を考 察 す る に
の 総 体 と もい え る “海 ”の 中 か ら, 潮 汐 ・潮 流
際 して格 好 の フ ィ ー ル ドを提供 して きた とい え
現 象 や 月 齢 の 変化, 風 と うね りな ど を結 果 と し
る。
て主 観 的 ・恣 意 的 に と りあ げ て きた こ とは否 定
筆 者 は これ まで 漁 業 活 動 を通 じて 沿岸 漁 場 の
で きない。 この よ う な態 度 につ い て は, 視 点 を
1)
利用形態 を生態学 的視点か ら探 求 して きた。漁
限定 して分 析 の 深 度 を深 め よ う とす る研 究 者 側
2)
場 利 用 形 態 の研 究 で は, 藪 内 の 指摘 を まつ まで
1)
の姿 勢 が 影 を落 と して い る 「適応 の 戦 略」 と し
田 和 正 孝 「越 智 諸 島椋 名 に お け る延 縄 漁 業 の漁 場 利 用 形 態-水
産 地 理 学 にお け る生 態 学 的 研 究 の試 み」, 人 文 地 理33
-4,
1981, 25-45頁。 同 「水 産 地 理 学 にお け る生 態 学 的 研 究 の 一 試 論-越
智 諸 島椋 名 に お け る-本 釣 漁 の漁 場 利 用 の
場 合 」, 地 理 学 評 論56-11,
1983,
735-753頁。
同 「沿 岸 漁 場 利 用 形 態 の諸 相-和
歌 山 県 南部 町 南 部 にお け る イセ エ ビ
刺 網 漁 業 の 事 例」, 関西 学 院 史 学22, 1988, 89-117頁。
同 「仕 切 書 に よる 漁 場利 用 形態 の分 析-和
歌 山県 南 部 町 南 部 の
刺 網 漁 」, 関西 学 院 史学23, 1990, 62-88頁。
2) 藪 内 芳 彦 「漁 撈 文 化 人 類 学 の方 法 」(藪 内 芳 彦編 著 『漁携 文 化 人類 学 の基 本 的 文 献 資 料 とそ の 補 説 的 研 究」, 風 間書 房,
1978), 713頁。
-69-
508
人
文
地
理
第44巻
て の 自然 認 識 にあ た る と して, 松 本 が ひ とつ の
第4号
(1992)
漁 業 地 区 を調 査 地 と して選 定 した。 本 地 区 は,
3)
疑 問 を呈 して い る。 しか し漁 業 地 理 学 の 中で 水
近 代 的 な トロ ー ル漁 業 が卓 越 して い るマ レー半
産 資 源 の利 用 をめ ぐる技 術 や活 動, 海 面 を利 用
す る し きた りや 規 則 につ い て社 会 ・経 済 的側 面
島 西 海 岸 部 の漁 業 地 域 の 中 で伝 統 的 な カ テ ゴ リ
6)
ー に含 め られ る漁 業 が行 わ れ て い る, 特 徴 の あ
か ら さ らに論 議 が な され, ひい て は資 源 管 理 の
る商 業 的 漁 業 地 区 と して と らえ る こ とが で きる。
方 策 が討 議 さ れ る に は, 生 態学 的視 点 に基 づ く
しか も単 独 で調 査 し う る規模 で あ る と思 わ れ た。
人 間-環 境 関係 にか か わ る個 々 の デ ー タの集 積
ま た, 今 回 の 調査 ・研 究 の分 担 者 が半 島東 海 岸
4)
は不 可 欠 とい わ ね ば な らない。 特 に沿岸 漁 業 が
トレン ガ ヌ州 の伝 統 的 な マ レー 人 の小 規 模 漁 村
高 い ウ ェイ トを しめ る に もか か わ らず, 小 規 模
にて 定 着 調 査 を実 施 した の で, これ ら と比 較 し
漁 業 の 漁場 利 用 の シ ス テ ムや これ を にな う漁 業
うる資 料 を収 集 す る意 味 で も, 半 島 西 海 岸側 で
者 の 漁 業 活動 に 関す る デ ー タが 必 ず しも多 くな
華 人 系 漁 業 者 が 主 体 を なす 本 地 区 が 調査 地 と し
い発 展途 上 国 の漁 業 地 理 学 的研 究 にお い て は,
て適 当で あ る と考 え た。 以 上 が 主 な選 定 理 由 で
な お の こ と研 究 自体 の蓄 積 が 望 まれ る と ころ で
あ る。
あ る。 以 上 の こ と をふ ま えて, 小 論 で はマ レ ー
調 査 方 法 と して は, 筆 者 が 従 来 お こ な って き
半 島 (西マ レー シア) に お け る小 規 模 な 沿岸 漁
た生 態 学 的調 査 法 を試 み た。 具 体 的 に は, 漁 業
7)
5)
業 地 域 の 漁 場利 用形 態 につ いて 考 察 す る。
(2) 調 査 地 の選 定
者へ の 聞 き取 り, 漁 港 お よ び海 上 で の漁 業 活 動
の 参 与 観 察, 時 間利 用 に 関 す る調 査 (タイムス
マ レー半 島 は南 シナ 海,
8)
マ ラ ッカ海 峡, ア ン ダマ ン海 に面 して お り, 海
タデ ィー) な ど で あ る。
域 の 環 境 条 件 はそ れ ぞ れ異 な っ て い る。 筆 者 は
II
調 査 地 の概 要
砂 泥 海 域 の漁 場 利 用形 態 の解 明 を研 究 課 題 の 中
パ リ ジ ャ ワ (Parit Jawa:
心 に据 え てい たの で, マ レー半 島西 ・南 部 沿 岸
北 緯1度56分,
東経
9)
地 域 の漁 村 を あ らか じめ調 査 地 と して考 えて い
102度35分) は ジ ョホ ー ル州 の西 北 端 ム ア ー県 の
た。 そ の た め, まず 農 業省 水 産局 に て西 マ レー
南 部, マ ラ ッカ 海 峡 に 面 して立 地 す る 町 で あ る。
シ ア の漁 業 全 般 につ い て 情 報 を得 た の ち, マ ラ
県 の 中心 地 ム ア ー市 の南13kmの
ッカ州 お よび ジ ョホ ール 州 の 主要 な漁 業 地 域 に
人 口 は町 全 体 で10,000人 以 上 とい わ れ て い る。
て調 査 地 域 を選 ぶ べ く予 備 調査 を実 施 した。 そ
ム ア ー市 か ら は海 岸 近 くを沿 って 平行 に2本 の
の結 果, ジ ョホ ー ル州 ム ア ー県 パ リジ ャ ワ町 の
主 要 な舗 装 道 路 が 敷 設 され て い る。 海岸 に近 い
3)
松本博 之 「
風 の 民 族 誌, あ る い は 風 の 民 族 詩-ト
距 離 にあ る。
レス 海 峡 諸 島 民 の もう ひ とつ の 自 然」, 国 立 民 族 学 博 物 館 研 究 報 告
別 冊15, 1991, 194頁。
4) 漁 業 経 済 学 に お い て も同 様 の こ と が 指 摘 され る。 長 谷 川 は ニ ュー ジ ー ラ ン ドのITQ
(individual transferable quota
system) 制 度 を紹 介 した 論 文 中で, 漁 業 管 理 方 式 を採 用 す る過 程 に お い て,「 む しろ 重 要 なの は, 対 象 とす る資 源 ・漁 業
の 自然 的 社 会 的 条 件 が, 現 段 階 で どの 方 式 に, よ り適 合 性 を もつ か の判 断 で あ る。」 と述 べ る。 長 谷 川 彰 「ニ ュ ー ジ ー ラ
ン ドのITQ制
297頁。
5)
度 に つ い て」(廣 吉 勝 治 ・加 瀬和 俊 責 任 編 集
本稿 に か か わ る資 料 は1991年7月
『
漁 業 管 理 研 究-限
られ た 資 源 を生 か す 道 』, 成 山堂, 1991)
か ら9月 に か け て お こ な っ た現 地 調 査 に よ って 得 た。 本 調 査 は平 成3年
度文部省科学
研 究 費補 助 金 (国 際学 術 研 究) に よ る。 な お, 研 究 課題 は 「熱 帯 ア ジ ア ・西 南 太 平 洋 にお け る水 産 資 源 利 用 の 文 化 適 応 と
そ の戦 略 (課 題 番 号02041102)」, 研 究 代 表 者 は 秋 道 智 彌 国 立民 族 学 博 物 館 助 教 授 で あ る。
6) Jomo, K. S., Fishing for Trouble:
Malaysian
Fisheries, Sustainable Development
and Inequality, Institute for
Advanced
Studies University of Malaya,
1991, p. 9. Ooi, J. B., Development
Problems
of an Open-Access
source: The Fisheries of Peninsular Malaysia, Institute of Southeast Asian Studies, 1990, p. 11-14.
7)
8)
9)
Re-
田 和 正 孝 「漁場 利 用形 態 の生 態 学 的 研 究-そ
の 意 義 と方 法 を め ぐっ て」, 人 文 地 理36-3,
1984, 23-37頁。
野 間 晴 雄 「農 民社 会 に お け る時 間配 分 研 究 (time allocation) の コ ンテ クス ト」, 人 文 地 理40-2,
1988, 46-65頁。
ム ア ー県 全 体 の1991年 末推 計 人 口 は, ジ ョホ ー ル 州 統計 局 に よ る と317, 126人 で あ る (星 洲 日報 南 馬 版 記 事 (1991年8
月28日)
に よ る)。
-70-
マ レー半 島 西 海 岸 の 商業 的 漁業 地 区 にお け る漁 場 利 用 形態 (田和)
509
ンの 間 に点 在 す る。 これ が い わ ゆ るカ ンポ ンサ
イ ドで あ る。 町 の 中 心 街 はほ とん ど華 人系 住 民
に よ って 占め ら れ て お り, か れ らの商 店 (シ ョ
ップハ ウス) 40数 店 が 軒 をつ ら ね て い る。 華 人
漁業 者 の多 く も中心 街 の 周 辺 に住 居 を持 つ。
漁 港 は中 心 街 か ら南 西 へ 約1km離
れて立地
す る。 この あ た り も100年 程前 まで は湿 地 帯 で,
マ レー 人 の家 屋 が 数 軒 あ っ た にす ぎなか った と
い われ て い る。 こ こ に中 国 南 部 の広 東省 (と く
に潮州地方), 福 建 省 方 面 か ら移 住 して きた 華 人
に よ って マ ング ロ ー ブ林 が伐 開 さ れ, 漁 港 周 辺
が徐 々 に形成 され て い った。19世 紀 か ら20世 紀
にか けて は西 海岸 の 町 々 が ス ズ とゴ ム の 開発 に
よ って 著 しい発 展 を とげ, 人 口集 中 が み られ た
時 期 で あ る。 そ の こ とが 蛋 白供 給 源 と して の漁
第1図
地域概念 図
業 の発 展 を促 進 し, この利 を求 め て華 人資 本 の
11)
方 の道 路 が 内 陸側 へ 曲が り, 2本 の 道路 が交 わ
投 下 が 西 海 岸 に集 中 的 にな され た。 パ リジ ャワ
り, 南 に 隣接 す るバ トパ ハ 県 へ 向 か う1本 の道
の漁 業 地 区の 形 成 もこの 時期 の 動 き と して と ら
路 とな る とこ ろ に, 町 の 中心 街 が 形 成 され て い
え る こ とが で きる。
る (第1図)。
た だ し, 聞 き取 りに よ る と, これ らの 華 人 の
周 辺 に は 自然 林 は ほ とん ど な く, アブ ラヤ シ,
ゴ ム, コ コ ヤ シ,
移 住 前 の生 業 は漁 業 とい うわ けで は なか った。
ドリア ン な どの 果 物 の プ ラ ン
川 崎 が セ ラ ンゴ ー ル州 の 潮 州 人 漁 村 の 成 立 に つ
テ ー シ ョ ンが広 々 と展 開す る。 そ して プ ラ ンテ
ー シ ョ ンの 間 を ぬ う よ う に して 細 い水 路 パ リ
い て指 摘 した こ と と同様 に, 新 た な移住 者 た ち
〔parit:以 下 〔 〕内 の ア ル フ ァベ ッ ト表 記 は マ
業 はそ の土 壌 中 の塩 分 濃 度 の濃 さ ゆ え にヤ シや
レー 語 名 とす る〕 が 内 陸側 か ら海 岸 部 へ 幾 本 も
水稲 の 育 た な い土 地 で移 民 た ちが 探 り出 した 生
設 け られ, さ らに これ が縦 横 に結 ば れ, 地 名 に
業 で あ った とい え る だ ろ う。現 在 の漁 業 者 は,
も表 れ る よ うな特 徴 的 な景 観 をつ く りだ して い
初 期 に移住 して きた移 民 の3代
る。 これ らの 水路 は 湿 地帯 で あ っ た本 地 に コ コ
目の 世代 で あ る。
に残 され た土 地 は海 岸 部 の地 域 のみ で あ り, 漁
12)
ヤ シ を植 栽 す る際, 土壌 の塩 分 や水 分 をぬ くた
現 在 の 漁 港 周 辺 はパ ン タ イ 〔
海 口, pantai:
13)
10)
め に開 削 され た もの で あ る。
以 下 〔 〕内 の 漢 字 表記 は華 語 名 とす る〕 とよ ば
マ レー 系住 民 の 家屋 の多 くは プ ラ ンテ ー シ ョ
10)
高 谷 好 一,
11)
12)
13)
れ るが, 水 路 を開 削 して造 られ た船 溜 りを 中心
ア リ ス ・ポ ニ マ ン 「熱 帯 多 雨 林 沿 岸 部 の 生 活-東
1986, 272-274頁。
1990), 206-207頁。
目な い しは2代
ス マ トラ, リ ア ウ州 の実 例 」, 東 南 ア ジ ア研 究24-3,
海 田能 宏 「稲 作 と水 利 」(高 谷 好 一 編 『講 座 東 南 ア ジ ア 学 第 二 巻
古 川 久 雄 『イ ン ドネ シア の低 湿 地』, 勁 草 書 房, 1992, 43-56頁。
東 南 ア ジ ア の 自 然 』, 弘 文 堂,
藪 内 芳 彦 『東 南 ア ジ ア の 漂 海民 』, 古 今 書 院, 1969, 142頁。
川 崎 有 三 「20世紀 に お け る 中 国 人 の 海 外 移住-マ
レー シ ア潮 州 人 漁 村 の事 例 か ら」(史 学 会 編 『ア ジ ア史 か ら の問 い
-ア
イデ ンテ ィテ ィ ー複 合 と地域 社 会 』, 山 川 出 版 社, 1991), 156頁。
小 論 で は, パ リ ジ ャ ワで 一 般 的 に 用 い られ て い る漁 業 に 関係 す る用 語 を便 宜 的 に 「華 語」 とい う表現 で取 り扱 う。パ リ
ジ ャ ワ に は現 在, 福 建 人, 広 東 人, 潮州 人, 海 南 人, 客 家 人 な ど の方 言 集 団 が 居 住 して い るが, 各 用 語 が どの集 団 に よ っ
て 使 用 され て い るか は, 今 回 の 調査 で は 明 らか に で き て い な い。
-71-
510
人
文
地
第2図
(注)
理
第44巻
第4号
(1992)
パ ン タイ (海口)
歩測 により筆者作 成。
1. 漁業者の休憩所 2. ケーロン水揚場 3. 船外機エ ンジ ン修理場 4. 漁具店 5. ビリヤ ー ド場 6. 翠美會堂
7. 翠美古廟 8. 昭 略天后宮 9. 土産物店 10. 船内機エ ンジ ン修理場 11. 海濱宿舎 12. 翠美宮戯台
に, 水 揚 場 や エ ン ジ ン修 理 場, 漁 具 店, 漁 業 公
が華 人系 とい わ れて い る。 主 要 な漁 業 種類 は,
會 事 務 所, 造 船 所, 漁業 者 の休 憩 所, 水 汲場 な
ケ ー ロ ン (魚柵), 浮刺 網, 籠 の3種 類 で あ る。
ど漁 業 に関 連 す る諸 施設 が 集 積 して い る。 この
この ほ か延 縄, 小 型 刺 網, 小 型 建 干 網 な どが若
ほか 海 鮮 レス トラ ン 〔
餐 室 〕4店,
喫 茶 ・軽 食
干 み られ る。 漁 獲 物 は, 町 の 中心 街 に開設 され
食 事 をす るた め に訪 れ
て い るパ サ ー ル 〔
公 市, pasar〕 の仲 買 業 者 の
堂 数 軒 が あ り (第2図),
る一 般 客 も多 い。 漁 業 者 は漁 に出 る際 には オ ー
トバ イや 自転 車 に乗 ってパ ン タ イ にや って くる。
また 漁 にで な い と きで も乗 用 車 や オー トバ イ に
乗 って頻 繁 に 出 向 き, 桟 橋 や 休 憩 所 で 話 し こん
手 を経 て小 売 り業 者 に販 売 され る。
III 環 境 条件
(1) 漁 場 環 境
マ レ ー半 島 とス マ トラ 島 に は
だ り, 食 堂 で喫 茶, 食 事, 飲 酒 を した りす る。
さ ま れ た パ リジ ャ ワ沖 合 は, 最 深 部 で も100メ
パ ン タイ は 漁業 者 仲 間が 常 に集 う場 所 で もあ る。
ー トル に満 た ない 浅 海 で あ る。 沿 岸 部 に は砂 泥
パ リジ ャ ワの港 勢 は, 公 式 統計 に よれ ば, 漁
湿 地 が 続 くが, す で にほ とん ど農 業 的 な 開発 が
業 者 数276名,
漁 船21隻,
漁 船 数 は動 力 船100隻,
無 動 力 船7隻,
計128隻,
船 外機 付
な され て い るた め, マ ング ロ ー ブ林 の発 達 は貧
年間漁獲
弱 で あ る。 潮 汐作 用 の影 響 は大 き く, 干 満 差 は
量 は189.3ト ン と な っ て い る (数値 は いず れ も
最 大2m以
上 に達 す る。 た と え ば パ リジ ャ ワ
14)
1990年)。 漁 業 者 数 の85パ
14)
ー セ ン ト, 230名 近 く
ム ア ー県 の 漁 業 事 務 所 (Pejabat Perikanan)
港 内 は満 潮 時 に は最 大幅50メ ー トル以 上 に な る
で の聴 き取 りに よ る。
-72-
マ レー半 島 西 海 岸 の 商 業 的 漁業 地 区 にお け る漁 場 利 用 形 態 (田 和)
第1表
注)
511
主要な漁獲対象魚種
1.魚 名 は, 漁 港 での 水揚 げ時 お よび市 場で のせ りの際 に聴 き取 りと観察 に よって得 た。2. マ レー シア名 の一 部 は Mohammed (注)16)), Bahagian Perikanan (注)16)) に よっ た。3. 標 準 和名 は益 田 ・荒賀 ・吉 野 (注)16)) に よった。4. 学
名 は上 記 の3文 献 に よった。5. ケ ー ロ ン漁 で は イ ワシ類 (華 語 名未 採集, マ レー シア名: tamban) をは じめ多 種 の小 魚
(江 魚仔: チ ャ ンイー ツ ァイ) が混獲 される。6. 同定 はお こな って いな い。7. 華 語 の現地 音の カ タカナ表 記 は, 参 考 に と
どめる。8.
?: 不明, *: 省略
-73-
512
人
文
地
理
第44巻
第4号
(1992)
が, 干 潮 時 に は ほ と ん ど干 あ が り, ま さに澪 す
は20カ イ リに も達 せ ず 海 峡 の 中 間線 が マ レー シ
じ10数 メ ー トル だ けが 残 る。
ァ と イ ン ドネ シア との 国境 ライ ン とな っ てい る。
マ レー 半 島 の西 海 岸 全 体 につ い て い え る こ と
で あ るが, 漁業 は漁 閑期 を伴 わ な い 周 年操 業 型
で あ る。 これ は, マ ラ ッカ海 峡 の 漁 場域 が半 島
それ ぞ れ の 国 の漁 業 者 は他 国側 の領 海 へ は入 漁
で きない。
(2) 潮 汐 ・潮 流 作 用 と潮 時 の設 定
潮 汐 ・潮
主 軸 部 の 山 脈 とス マ トラ 島 に よ って, そ れ ぞ れ
流 に 関す る語 彙 と して は, 今 回 の調 査 で は漲 水
北 東 季 節 風 と南 西 季節 風 とを遮 られ て い るた め
と退 水 の2つ の 語 彙 を採 集 で きた にす ぎな い。
15)
で あ る。 農 暦 (太陰暦, 中国暦) 11月 か ら1月 に
漲 水 は満 潮 時 あ るい は上 げ 潮 流 を, 退 水 は干 潮
か けて は北 風 が 吹 く。2∼4月
に は風 が な く,
時 あ るい は下 げ潮 流 を意 味 す る。 海 面 の 昇 降 は
に は東 南 風,
1日 にお よそ2回 生 じる。 上 げ潮 流 は北 か ら南
波 浪 の小 さ い 日が 続 く。5∼7月
へ 向 か って, 下 げ潮 流 は反 対 に南 か ら北 へ 向 か
8∼10月 に は東 南 風 が 終 わ り西 風 に か わ る。
主 要 な漁 業 資 源 と して は, 聞 き取 り, 観 察 に
って 流 れ る。漁 業 者 は農 暦 を用 い て潮 流 が 大 き
16)
よ り熱 帯 性, 暖 海 性 の魚 名 約70種 を得 た (第1
い 日, 小 さい 日, 毎 日の干 潮 ・満 潮 時 刻 を認 識
表)。
し, 漁 業 に適 当 な 日や 時 間帯 を選 択 す る こ とが
な お, 漁 場 環 境 の社 会 経 済 的側 面 と して以 下
あ る。 潮 の 動 き は, 実 際 に 出漁 し, 操 業 す る時
の 点 をあ げ て お きた い。 マ レー シア で は 漁業 法
に海 面 の 状 態 や 漁 具 の 操作 具合 をみ る こ とに よ
に基 づ き海 岸 線 か ら5マ イル (8km)
っ て も認 知 され る。
まで の 海
域 は伝 統 的 な 漁業 種 類 の操 業 の み に限 られ て お
調 査 者 の側 か らい え ば, 漁 業 活 動 の 時 間 的配
りこの 地 帯 で は トロ ー ル, ま き網 漁 業 の 操 業 が
分 や漁 場 利 用 形 態 を よ り詳 細 に分析 す る に際 し
17)
禁 止 され て い る。 パ リジ ャワ の主 要 漁 場 は この
て は, 毎 日の干 潮 ・満 潮 時 刻 の把 握 が 是 非 と も
地 帯 に含 まれ る。 しか し, ジ ョホ ー ル州 南 部 の
必要 で あ る。 こ の場 合 利 用 で きる もの と して 既
漁 業 地 域 (バ トパハ, ポ ンテ ィア ンな ど) か ら ト
成 の 潮 汐表 が考 え られ る。 しか しパ リジ ャ ワ付
ロ ー ル漁 船 の 違 反 入 漁 が相 次 いで い るの が 実 情
近 の 潮 汐 表 は作 成 さ れ て い な い し, 付 近 の 海 域
で あ る。 違 反 操 業 を見 つ けた場 合, 漁 業 者 は漁
で は潮 汐 作 用 の観 測 もな され て い な い。 そ こで,
業 局 の 出先 機 関や 警 察 へ 報告 した り, 漁 業 公 會
潮 汐 の 観 測 が お こな わ れ て お り, しか もパ リジ
が 組 織 と して トロ ー ル漁 業締 め 出 しの た め に団
ャワ か ら最 も近 距 離 に位 置 す る プ ラ ウ ピサ ン
18)
結 す る 旨 の声 明 を 出す な どの対 策 を講 じて い る
(Pulau Pisang: 北 緯1度28分,
東経103度15分) の
19)
が, 具 体 的 な取 り締 ま りの 方 策 は うた れ て い な
潮 汐 表 を援二
用 し, そ れ ぞ れ の 干 ・満 潮 時刻 に改
い。 また, パ リジ ャワ沖 合 はマ ラ ッカ 海 峡 の な
正 時 間マ イナ ス67分 を くわ え, 第2表 に調 査 期
か で も幅 が特 に狭 く, スマ トラ島 沿岸 部 との 間
間 中 のパ リジ ャワの 干 ・満 潮 時 刻 を推 定 した。
15)
Jomo,
K. S., 前 掲6)
p. 30.
Ooi, J.B., 前 掲6)
p. 14. 岩 切 成 郎
『
東 南 ア ジ ア の 漁 業経 済 構 造』, 三 一 書 房, 1979,
123頁。 藪 内 芳 彦 「モ ンス ー ンア ジ ア の漁 村 」(藪 内芳 彦 編 著 前 掲2))528頁。
16)
観 察 の 際 に 使 用 した 図 鑑 類 は以 下 の もの で あ る。 益 田一 ・荒 賀 忠 一 ・吉 野 哲 夫
122-
『
改 訂 版 魚 類 図 鑑 南 日本 の 沿 岸 魚 』, 東
海 大 学 出 版 会, 1988, 382頁。Mohammed
Shaari Bin Sam Abdul Latiff, A Guide to Trawl Species in Penang
Waters, Ministry of Agriculture and Lands, Malaysia, 1971, 150 p. Bahagian
Perikanan, Ikan-Ikan
Laut Dagangan
Malaysia: Commercial
Sea Fishes of Malaysia, Fishries Research Institute, Penang, 1989 (Reprinted):〔ポ ス ター 型 〕.
17) Fisheries Licensing Policy, 1981
18)
パ リジ ャ ワの 漁 業 公 會 の 創 立23周 年 と盂 蘭 盆 を祝 う行 事 の記 事 が 星洲 日報 (1991年8月18日:
南 馬 増 版) 紙 上 に 掲 載 さ
れ た が, 記 事 中 に 以下 の よ う な表 明 が 掲 げ られ て い る。
「他 指 出, 漁 民 謀 生 面 対秤 秤 困難, 外 地 非 法施 网 船 時 常 侵 犯 巴 冬 漁 民 捕 魚 的海 域, 使 迭 里 的魚 産 減 少, 平 重 影 哂 漁 民 生
19)
計。 他促 請外 地非 法施 施 船 不 要 力 了 本 身 的 利益,
海 上 保 安 庁 水 路 部編 『
平 成3年 潮 汐 表 第2巻
而使 其他 漁民 无法 謀 生。 他 也 表 明 巴冬 漁 民 団 結 一 致。」
太 平 洋 及 び イ ン ド洋』, 海 上 保 安 庁, 1990, 104∼106頁。
-74-
マ レー半 島 西 海 岸 の 商 業 的 漁業 地 区 に おけ る漁 場 利 用 形 態 (田 和)
第2表
注)
パ リジ ャ ワの潮 汐 表
513
(1991年7∼8月)
1. 本 表 は プ ラ ウ ピサ ン Pulau Pisang (北 緯1度28分,
東経103度15分)
改 正 時 間 マ イ ナ ス67分 を 加 え て 作 成 した。2.
パ リジ ャワ Parit Jawa
102度35分 で あ る。
の潮 汐表 (海 上 保安 庁 水路 部 編 注)19))
の お お よそ の 位 置 は, 北 緯1度56分,
東経
この 改 正 時 間 は, 上 げ 潮流 時 の ケ ー ロ ン漁 業 活
底 に垂 れ る状 態 に な る と, 網 を揚 げ に く くな る
動 を3回,
直 接 観 察 す る こ とに よっ て得 た。 す
の で, 揚 網 は必 ず停 潮 時 前 に お こ な われ る と考
な わ ち, 後 に詳 述 す る よ うに, ケ ー ロ ンで は潮
えて よい。 この こ とか ら, 漁 業 者 が 揚 網 作 業 を
流 が 大 き い間 じゅ う袋 網 を敷 設 し, 潮 流 が 小 さ
終 了 した 時刻 を最 高 潮 時 と し, こ れ を操 業 日の
くな って か ら揚 網 す る。潮 流 が 止 ま り袋 網 が 海
満 潮 時 刻 と考 え た。 そ の後 観 察 日の プ ラ ウ ピサ
-75-
514
人
文
地
理
第44巻
第4号
(1992)
ンの 満 潮 時刻 とケ ー ロ ン漁 で 得 た 満 潮 時 刻 と を
一 般 に ア ンバ イ
比 較 し, 時 刻 の差 の平 均 を とって 得 た もの が 改
い。
正 時 間マ イナ ス67分 で あ る。 以 下, 調 査 で 得 た
22)
〔ambai〕 と 呼 ば れ る 漁 具 に 近
仕 様 は, 垣 に用 い る 長 さ9∼10mの
ニボン
漁 場 の時 間的利 用 に 関す る デ ー タ に は新 た に設
ヤ シ の ポ ー ル片 翼 約200本 をV字 型 に海 底 に 突
定 した潮 時 を加 え, 分 析 をす す め る こ とにす る。
き刺 し, こ の頂 点 の位 置 に櫓 を設 けて そ こか ら
IV
網 を 敷 設 す る もの で あ る。 垣 の 長 さ は100∼
主 要 な漁 業種 類
120m,
本 章 で はパ リジ ャ ワの主 要 な3つ の漁 業 種 類
は7∼8m×6m程
で, 海 面 よ り3∼4mの
ケ ーロ ン 〔
奎 籠, kelong〕
られ て い る。 網 は通 常 は こ の櫓 上 に置 か れ, 操
は比 較 的沿 岸 に近 い 浅 い 海面 上 に設 け られ た小
業 時 に の み 敷 設 さ れ る。 網 丈 は40m前
型 定 置 魚 柵 で あ る。 ニ ボ ン ヤ シ 〔nibong〕 の
合 は0.6∼3イ
ポ ールで垣
は1人 な い し2人 で お こな わ れ る。
〔jajah〕と櫓
高さ
の所 に通 し板 を渡 して上 で作 業 で きる よ う に作
を と りあ げ, 漁 具 ・漁 法 につ い て説 明 す る。
(1) ケ ー ロ ン 漁
両 翼 の 作 る 角 度 は30度 前 後 で あ る。 櫓
〔
奎 籠 櫃〕 を 造 り,
垣 に よっ て誘 導 され た 魚 が櫓 の端 に敷 設 され た
後, 目
ンチ の 細 か い もの で あ る。 操 業
漁 獲 対 象 は, マ ナ ガ ツ オ, サ ワ ラ, タチ ウ オ,
漁 網 に入 網 す る の を待 って 漁獲 す る。 ケ ー ロ ン
サ イ トウ イー, 海 産 ナ マ ズ, クル マ エ ビ類, イ
20)
は通 常 は敷 網 を使 用 した 魚柵 を意 味す る。 起 源
カ類 な ど多種 に の ぼ る。
は 中 国 で, 名 称 も中国 名 が マ レー語 の 中 に吸 収
漁 網 は潮 流 が 小 さい 時 間 帯 に 敷 設 し, 大 きい
21)
され て定 着 した もので あ る。 しか し, パ リジ ャ
時 間 中入 れ て お き, 再 び小 さ くな った 頃 に引 き
ワで使 用 され て い る ケ ー ロ ン は袋 網 に よ って魚
上 げ る。 す なわ ち, 網 が 敷 設 され る 時 間帯 は上
を漁獲 す る もので, 同 じ魚柵 で もマ レー シ ア で
げ潮 流 時 か 下 げ 潮 流 時 か の い ず れ か とな る。 し
第3表
ケ ー ロ ンの所 有状 況
注) 使用 する漁船 はいずれ も船外機付小型船 である。取引魚行 とは漁獲物 をおろす仲買業
者 を表す。
(聴き取 りにより作 成)
20)
Jabatan
Malaysia,
Perikanan,
1985,
D.E.,
Peralatan
Menangkap
Ikan
di
Malaysia,
Jabatan
Perikanan
Kementerian
pp. 101-105.
21)
Sopher,
22)
ケ ー ロ ン と い う 用 語 は 魚 柵 の 総 称 と し て し ば し ば 用 い ら れ る こ と が あ る。Sopher,
The
Sea
Nomads,
National
Museum
Singapore,
-76-
1977
(First
published
D.E.,
1965),
p. 220.
前 掲21),
p.220.
Pertanian
マ レー半 島 西 海 岸 の 商 業 的 漁 業地 区 にお け る漁 場 利 用 形 態 (田 和)
515
た が って ケ ー ロ ンの垣 の 開 き方 に は2つ の タ イ
28mか
プが あ る。 上 げ 潮 流 ね らい の ケ ー ロ ンで は垣 が
計120以 上, 多 い 漁船 で200近 くつ ない で 敷 設 す
北 に向 い て 広 が り, 下 げ潮 流 ね らい の それ は垣
る。 した が って 網 長 は3000∼5000mに
が 南 に向 いて 広 が る。
漁獲 対 象 はサ ワ ラ, ツバ メ コ ノ シ ロ, マ ナ ガ ツ
第3表
はケ ー ロ ンの所 有 状 況 を示 した もので
らな り, こ れ を1∼3カ
所 に 分 け て合
達 す る。
オ, サ イ トウ イ ー, ア ジ類 な どで あ る。 対 象 魚
あ る。 経 営 体 は全 部 で15あ る。 所 有 者 は いず れ
に応 じて2∼7イ
も地 元 の華 人 漁 業 者 で あ る。1経 営 体 が1∼3
用 して い る。
ンチ の様 々な 目合 の漁 網 を使
統 を所 有 し, 総 数 は33と な る。各 経 営 体 は上 記
浮 刺 網 漁場 はパ リジ ャ ワ沖 合 一 円 で あ る。 海
2タ イ プ の ケ ー ロ ンの うち の い ず れ か を所 有 す
面 の表 層 部 分 に網 を流 す性 格 上広 範 囲 で お こ な
る。 両方 の タ イ プ を所 有 して い る経 営 体 は な い。
わ れて い る。
上 げ潮 流 ね らいが6経 営 体, 下 げ 潮 流 ね らい が
(3) 籠
漁
籠 漁 業 は大 型 の カ ゴ を水 深 の深
い 海 底 (40∼90m)
9経 営 体 あ る。 いず れ の経 営 体 も1ト ン未満 の
に投 入 し, フ エ ダ イ ・ハ タ
船 外 機 付 漁船 を使 用 してい る。 なお マ レー 人 の
類 な ど主 と して 大 型 の 底 魚 をね ら う漁 業 で あ る。
漁 業 労働 者合 計13人 が9経 営 体 で 雇 用 され て い
華 語で コウ 〔
籠 〕, マ レ ー語 で は ブ ブ 〔bubu〕
る。
と呼 ば れ る。 約20年 前 に導 入 され た漁 法 で あ る。
ケ ー ロ ンの設 置 場 所 は沖 合 お よそ2kmま
で
以前 は竹 製 の カ ゴ を使 用 したが, 1976, 77年 頃
の 範 囲 で, ま さに 海岸 か ら肉眼 で 確 認 で き る と
よ り金 網 製 の カ ゴが 順 次 導 入 され た。
こ ろ で あ る。 設 置 場 所 と して は, 水 深 が2∼6
カ ゴ は 金 網 (200cm×400cm,
目合5cm)
を2
m, 海 底 が砂 泥 質 で あ り, 潮 流 が 大 き く, しか
枚使 って漁 業 者 が 自 ら作 製 す る。 大 きさ は, 縦
も敷 設 した漁 網 の 後 方 が深 場 に な っ て い る よ う
100∼110cm,
な地 形 を呈 す る所 が選 択 され る。 こ の よ う な場
の 直 方 体 に近 い カ マ ボ コ型 で あ る。 側 面1カ 所
所 に魚 道 が 形 成 され て い る。
に ロ ー ト型 の 落 と し口 を設 け る。 金 網 の外 側 は
(2) 浮 刺 網 漁
4本 の 籐 材
本 漁 業 は華 語 で ピ ャ オ ワ ン
〔漂 網 〕, マ レ ー 語 で ジ ャ リ ン ハ ニ ュ ッ ト
横170∼190cm,
高 さ60∼70cm
〔
籐 條, rotan〕 をナ イ ロ ン紐 で ゆ
わ え補 強 す る。底 部 には角 材 で作 っ た枠 をつ け
23)
〔JaringHanyut〕
る。 こ の枠 の一 端 (落 と し口のある側) に は先 を
と呼 ば れ る。 漁 船 数 は81隻 を
数 え た。 うち14隻 が マ レー 人船 主, 残 り67隻 が
と が らせ た 長 さ約30cmの
華 人 船 主 の 所 有 で あ る。 い ず れ も5ト
付 け る。 これ は カ ゴが 海底 にひ っか か り動 か な
ン未 満
角 材 を鍵 形 に 取 り
ない
い よ う にす るた め の 工 夫 で あ る。沈 子 に は レ ン
し3名 で, 現 在 全 船 が 動 力 揚 網 機 (ネ ッ トホ ー
ガ4個 が 用 い られ る。 魚 は, 底 部 の 固定 され て
ラー) を設 置 して い る。揚 網 機 は10年 程 前 か ら
い な い角 材 を1本 引 き抜 き, 金 網 を重 ね合 わせ
徐 々 に導 入 さ れ た。 これ が 導 入 され る 以前 に は
た部 分 を広 げて 取 り出す。 カ ゴの 耐 久 月 数 は6
氷 を積 ん で3∼4日
∼7カ 月 で あ る。
(推 定) の 動 力 船 で あ る。 乗 組 員 数 は2名
間 の出 漁 を1カ 月 に4回 繰
り返 して い たが, 網 もちが 機 械 化 され省 力化 し
カ ゴ は10な い し20を そ れ ぞ れ約50m間
隔で
た こ とに よっ て, 操 業 形 態 は1日 型 へ と変化 し
1本 の幹 縄 に と りつ け, 海 底 に放 り込 まれ る。
て きた。
こ の 時, 餌 料 は使 わ な い。 各 漁 業 経 営体 は独 自
使 用 す る 漁 網 は1枚 刺 網 で,
23)
Jabatan
Perikanan,
前 掲20),
の敷 設 場 所 を数 多 く有 して お り, 毎 月, 新 規 に
1網 の長 さ が
pp. 51-56.
-77-
516
人
文
地
理
第44巻
100∼200の カ ゴ を投 入 して い る。 敷 設 数 が1000
(1992)
はい ず れ も3名 で足 りる。
以 上 に の ぼ る経 営 体 もあ る とい う。幹 縄 の両 端
V
に は 目印 とな る浮 子 はつ けな い。 他 者 に これ を
見 つ け られ て カ ゴ を あ げ られ る こ とが な い よ う
に で あ る。 カ ゴ は1∼2週
第4号
間 に1回 の割 合 で ひ
日周 期 的 漁 業 活 動
つ ぎに前 章 で述 べ た各 漁業 の 日周 期 的漁 業 活
動 の 内容 と時 間 的 配 分 につ い て, 参与 観 察 に よ
きあ げ られ る。 あ げ る時 に は, 漁 業 者 は敷設 場
って 得 た 資 料 に基 づ い て 分析 す る。
所 の 海 上 で まず フ ック を ゆ わ えた ロ ー プ を投 入
(1) ケ ー ロ ン 漁
パ リ ジ ャ ワ の 南 約12km
し, これ で 幹縄 の一 部 を捜 しだ して ひ っか け る
の タ ンジ ョ ン トー ホ ー岬 (Tanjung Tohor) 沖 に
こ とか ら始 め る。
2統 の ケ ー ロ ン を所 有 して い るK-1を
カ ゴ は海底 に沈 め られ た状 態 の ま まで あ る の
事例 と
して, 漁 業 活 動 の 内 容 と時 間 的 配 分 に つ い て分
で, これ を 目印 の な い海 上 か ら ひ きあ げ るた め
析 して み よ う。
に は, 漁 業 者 はカ ゴ の敷 設 場 所 を正確 に認 知 し
漁 業 者2名
はパ リ ジ ャ ワ漁 港 を出 港 しケ ー ロ
て お か な けれ ばな らな い。 従 来, これ に はヤ マ
ンに到 着 す る と, 漁 船 を櫓 に繋 留 し櫓 に よ じ登
タテ法
が 使 用 さ れ た。
る。櫓 上 に は2基 の木 製 の ロ ー ラ ーが 設 け られ
しか し1980年 代 後 半 よ り 日本 製 の 魚 群 探 知 機
て お り, そ こ に袋 網 の端 にあ た る ロ ー プが 巻 き
(エ コ ーサ ウ ンダー; 以 下, 魚探 と略す) と方 向探
つ け て あ る。 こ の ロ ー ラ ー を各 自が 足 で 動 か し
知 機 (ロ ー ラ ンC; 以下, 方 探 と略す) が 一 部 に
な が らロ ー プ を ゆ る め, 袋 網 を海 中 に徐 々 に沈
導 入 され 始 め た。 現 在, 10隻 (経営体) あ る 籠
め て ゆ く。網 口 は うま く広 が る よ う に, ポ ー ル
漁 船 の う ち, 魚探 と方探 の両 方 を搭 載 して い る
に固着 され て い る ので, この ポ ー ル を海 中へ 同
漁 船 が3隻,
隻 あ る。 魚 探 のみ を搭 載 して い る漁 船 は海 底 の
時 に押 し込 ん だ後, 櫓 に 固定 す る。 続 い て もう
一 方 の ケ ー ロ ンへ 移 動 し, 同 じよ うに網 を敷 設
深 所 を こ れ に よ って 知 り, そ こに カ ゴ を投 入 す
す る。 これ を終 え る と, 櫓 上 で 潮 流 の速 さ をみ
る。 位 置 につ いて はヤ マ タテ に よ り認 知 す る。
た り, 仮 眠 を とっ た り しなが ら, 魚 の入 網 を ま
魚 探 と方 探 の両 方 を搭 載 して い る漁 船 で は, す
つ。
〔
看 山 景, pedoman〕
魚 探 の み を搭 載 して い る漁 船 が3
で に ヤマ タ テ をす る必 要 は な い。 魚 探 で よい 場
網 を起 こす 際 に は, 入 網 した魚 が 逃 げ る こ と
所 を見 い だ し, そ こ に カ ゴ を敷 設 しなが ら, 方
の な い よ うに, まず ロ ー ラ ー を足 で 回 して 網 の
探 の モ ニ タ ー に現 れ る緯 度, 経 度 の詳 細 な デ ー
口 を完 全 に巻 きあ げ る。 そ れ か ら漁 船 に乗 り移
タを ノ ー トに記 載 して お けば よい の で あ る。
り, 2人 で 網 を順 に絞 って ゆ く。網 は船 上 に引
10隻 の 籠 漁 船 (いずれ も推定5ト ン未満) の う
っ張 り込 む よ うに して 漁船 に ゆ わ え る。 最 後 に
ち8隻 は上 述 の よ う な方 法 で操 業 して い る。 カ
袋 網 の最 端 部 の紐 をほ ど き, そ こか ら魚 を取 り
ゴ の ひ きあ げ は, 動 力 巻揚 機 と人力 をあ わせ て
出す 作 業 に移 る。
お こ な っ て い る。 カ ゴ は深所 に 敷設 され て い る
の で ひ きあ げ は重 労 働 で あ る。4∼5名
の漁 業
櫓 に の ぼ って 使 用 した網 をひ っぱ りあ げ て お く。
者 が協 力 して お こ な う。 した が って1漁 船 の乗
組 員 は船 長 (漁勞長) を含 め る と5∼6名
水 揚 げ作 業 を終 え る と, 網 を海 中 に戻 し再 び
漁 船 に もど って 帰 港 へ と向 か う。1人 は魚 の
とな
選 別 作 業 をお こ な う。 マ ナ ガ ツオ, サ ワラ, サ
る。 残 り2隻 は, 浮 刺 網 との 併 営 に よる。 浮 刺
イ トウ イ ーの み 選 別 され るが, 残 りの小 魚 類 は
網 漁 を主 に して お り, しか も敷 設 して い る カ ゴ
数 が 多 く仕 分 けが 繁 雑 なの で船 上 で は選 別 され
数 が少 な い こ とか ら, これ らの 漁船 の乗 組 員 数
な い。
-78-
マ レー半 島 西海 岸 の商 業 的 漁 業 地 区 に お け る漁場 利 用 形 態 (田和)
第3図
び28日
に は,
7月27日
(同17日) のK-1の
配 分 を示 した。K-1の
(農暦6月16日)
517
およ
漁業活動 の時 間的
ケ ー ロ ン は上 げ 潮流 を
利 用 す る もので あ る。 した が って 潮 が満 ち は じ
め た 頃 出港 し, 潮 流 が 大 きい 時 間帯 に網 を敷 設
して お き, 小 さ くな った頃 をみ は か らっ て網 を
あ げ る。 潮 の巡 りは1日 に40∼50分 ず つ遅 れ る
の で, 28日 の活 動 は27日 に比 して全 体 に遅 れ て
第3図
い る。
(1)
(農 暦6月16日)
(2) 1991年7月28日
(農 暦6月17日)
(注)
図 中 のA・Bは2統
の ケ ー ロ ン を便 宜 的 に示 した もの
で あ る。
海 上 で の 漁 業 活 動 全 体 の 時 間 は, 27日 が295
分, 28日 が329分 で あ った。 こ の うち 網 の 敷 設
に要 した 時 間 は, 2統 の ケ ー ロ ン をあ わせ て,
27日 が9分,
ケ ー ロ ン漁 の 漁 業 活動
1991年7月27日
(42.2%)
28日 が10分 とい ず れ も全体 の3%
と な っ た。 以 上 の 結 果 か ら,
ン 漁 は い わ ば waiting
型,
ケーロ
な い しは レ シ ー ブ型
24)
の 漁 法 とい う こ とが で きる だ ろ う。
台 で あ った。 網 起 こ しは27日 に は38分 (12.9%),
28日 に は26分 (7.9%)
を要 した。 櫓 上 で待 機 し
た 時 間 は, 27日 が118分
(40%),
(2) 浮刺 網 漁
28日 が139分
第4図
動 の 時 間 的配 分 を示 した もの であ る。 本 漁 船 は
浮 刺 網漁 の 漁業 活 動
(1991年7月30日
第5図
(注)
24)
図 中 の()内
第4図 は 浮刺 網 漁 船 の 漁 業 活
〔農 暦6月19日
〕)
籠漁の漁業活動
(a) 専 業 型 1991年8月1日
(農 暦6月21日)
(b) 浮 刺網 との併 営 型1991年8月4日
(農 暦6月24日)
の 数 字 は投 入 した カ ゴ の数,〔
〕 内 の 数 字 は ひ き あ げ た カ ゴの 数 を表 わ す。
大 島 襄 二編 著 『魚 と人 と海 」, 日本 放 送 協 会, 1977,
47-51頁。
-79-
518
人
午 後, 僚 船5隻
文
地
理
第44巻
と と もに出 漁 し, パ リジ ャ ワ北
第4号
(1992)
度 は ヤマ タテ 利 用 に比 べ は るか に上 昇 して い る。
西 沖 合 にて操 業 した。 まず 船 長 が お も りの つ い
カ ゴ を捜 しだ せ ない の は, 漁 業 者 に よ る と, 漁
た ロ ー プ を海 中 に た ら し, 水 深 を測 定 しなが ら
場 を特 定 で き ない とい う よ りは む しろ, トロ ー
最 終 的 に網 を敷設 しは じめ る場 所 を決 定 す る。
ル漁 船 が カ ゴ を ひ っか けた り, 場 合 に よ って は
こ の 時敷 設 した漁 場 の水 深 は8∼9mで,
海底
他 の籠 漁 船 が これ ら を ひ き あげ たあ と他 の場 所
目合 は2.5
へ移 動 させ て しま っ たか の い ず れ か の 理 由 に よ
は砂 地 で あ っ た。 網 長 は約3500m,
イ ンチ で あ った。
る とい うこ とで あ っ た。
b船 は 浮刺 網 との併 営 に よ る籠 漁 活 動 の 時 間
網 の 敷 設 に は38分 間 (出漁時 間全体 の7.9%)
を費 や し, これ を終 え る と漁 船 のエ ンジ ンを停
的 配 分 で あ る。 本 漁 船 はパ リジ ャワ の南 沖 合,
止 し罹 網 を待 った。
ヤ マ の 見 え る範 囲 の漁 場 に て操 業 した。 まず9
揚 網 まで97分 間待 ち, 18時18分 か ら揚 網 を開
始 したが,
時59分 まで に 互 い に距 離 的 に近 い3カ 所 に浮 刺
7分 間 ひい た後, 船 長 が 罹網 の状 況
網 を敷 設 した。 そ の後, 魚 が罹 網 し揚 網 を開 始
が 良 くな い と判 断 した た め, 揚 網 を や め, さ ら
す る まで の待 ち時 間 (1時 間58分) を籠 漁 に あ
に待 機 した。13分 後 に再 び揚 網 を開始 し, こ の
て て い る。 カ ゴは1漁 場 に1個 ず つ敷 設 して い
作 業 が20時55分 まで 続 け られ た。 待 ち 時 間 は 出
る。 幹 縄 の 一 端 に1カ ゴ をつ け他 端 に コ ンク リ
漁 時 間全 体 の22.9%,
ー ト片 をつ けて 投 入 して い る。 本 漁船 は魚 探 を
揚 網 時 間 は全 体 の30%で
あ った。
(3) 籠
搭 載 して い るの で, これ に よ って 漁場 の深 度 を
漁
第5図
た もの で あ る。a船
は籠 漁 の 漁 業 活動 を示 し
は籠 漁 の 専 業 型,
b船 は籠
漁 と浮刺 網 漁 との併 営 型 漁 船 の もの で あ る。
知 り, よ い漁 場 を見 い だ す 手 が か りを得 て い る。
しか し, 方 探 を有 して い ない の で, 漁場 位 置 の
確 認 は ヤマ タ テ法 に よ って い る。 幹縄 自体 が短
a船 は 早朝, 新 しい カ ゴ を17積 ん で 出 漁 した。
く捜 しづ らい こ と と実 際 に山 の 位 置 を確 認 しな
マ ラ ッカ 州 ポ ー トデ ィク ソ ン沖 合 まで 約4時 間
が らフ ック を操 作 す る ため, カ ゴあ げ 作 業 の前
航 行 した 後, 操 業 を開始 した。 まず, 持 って き
に は 明 らか な カ ゴ捜 しの 活 動 が み られ る。
た17カ ゴ を新 規 漁場 へ 投 入 した。 次 に敷 設場 所
へ 移 動 し, 休 止 をは さんで21カ ゴ をあ げ た。 カ
VI
漁場 利 用 の 月周 期 的 リズ ム
ゴ はい た ん で い な け れ ば金 網 につ い た海 藻 を と
ケ ー ロ ン漁 で は潮 流 の大 きい 日は袋 網 が 良 く
りの ぞ い て 再 び投 入 され る。 引 きあ げ た21カ ゴ
開 き操 業 に 適 して お り, 潮 流 が 小 さい 日に は網
の う ち2カ ゴ を残 して19カ ゴ を次 の 漁 場 で投 入
が う ま く広 が らな い た め漁 獲 が 見 込 め ない とい
し, 再 び移 動。 そ の 後2漁 場 で それ ぞ れ2カ
う こ とで あ る。 反 対 に籠 漁 で は潮 流 が 大 きい 日
ゴ,
13カ ゴ を ひ きあ げ, 最初 の カ ゴ あ げ後 に残 した
に は カ ゴあ げ 時 に海 水 の水 圧 が 加 わ る ため, と
2カ ゴ を加 えた 合 計17カ ゴ を投 入 した。 この 日
て も引 きあ げ に くい。 浮 刺 網 は特 に潮 流 とは関
の 操 業 で は カ ゴ投 入場 所3カ 所, 投 入 カ ゴ数53,
係 な く, 毎 日出 漁 が可 能 で あ る とい う。
ひ きあ げ場 所3カ 所, ひ きあ げ カ ゴ数36で あ っ
そ こで 聞 き取 りに よ って得 た月 間 の 出漁 ・休
た。 た だ し, 12時15分 か ら13時25分 まで の70分
漁 日の状 況 を調 査 期 間 中 の月 齢 な らび に プ ラ ウ
間, す で に カ ゴ を敷 設 して い る漁 場 で フ ック を
ピサ ンの 潮 汐 表 か ら援 用 した潮 高 と重 ね合 わせ
投 入 し, カ ゴ を捜 しだ し引 きあ げ よ う と したが,
て 第6図
に示 した。 ケ ー ロ ン漁 は農 暦 の28日 か
幹 縄 が い っ こ うにか か らず カゴ あ げ を断念 した。
ら初8日
まで と14日 か ら23日 まで の各 々10日 間
方 探 を搭 載 して い るの で 漁場 位 置 を特 定 す る精
ず つ が 出漁 日 とな る。 上 弦 な い し下弦 の 月 の2
-80-
マ レー半 島 西 海 岸 の商 業 的漁 業 地 区 に お け る漁 場利 用 形 態 (田和)
-操業 期
第6図
(注)
主要 な漁 業 の月 周 活 動 リズ ム と潮位 の変 化
潮 高 につ いて は プ ラ ウ ピサ ンの もの (海 上 保 安 庁 水 路 部 編, 注)19))
---休
519
漁期
(1991年7∼8月)
を援 用 した。 操 業 ・休 漁 期 につ いて は
聴 き取 りに よ って 得 た。
▽干 潮
第7図
ケ ー ロ ン 漁 業 者 (K-1)
(注)
8月10日
は朔,
▼満 潮
の 漁 業 活 動 の 月周 期 的 リ ズ ム
8月17日
は上 弦 の 月 で あ る。
∼3日 後 にお とず れ る 潮差 が極 小 とな る いわ ゆ
わ ち前 述 の よ うに小 潮 を 除 く10日 間が 操 業 日 と
る小 潮 前 後 (初9日 か ら13日まで と24日か ら27日ま
な り, しか も1日 に2回 の上 げ潮 ない し下 げ 潮
で) が 休 漁期 間 で あ る。 他 方, 籠 漁 で は初4日
が くるた め これ をね らっ て2回 の 出漁 が 可 能 と
か ら13日 まで と20日 か ら27日 まで を 出漁 日と し
な り, 半 月 に20回 の操 業 回数 とい う こ と にな る。
て お り, 望 ・朔 を中心 と した潮 差 が 極 大 の 大 潮
ケ ー ロ ン漁 と潮 汐 ・潮 流 との 関係 を よ り明確
前 後 は休 漁 す る。 浮刺 網漁 で は, 上 述 した よ う
にす るた め に, K-1の
に休 漁 日 は認 め られ な い の で あ る。
月 の 漁 業 活動 につ い て調 べ た ものが 第7図 で あ
この よ うな 月 周 期 的 リズ ム の な かで, ケ ー ロ
ンの 操 業 は潮 汐 ・潮 流現 象 と最 も大 き く関 わ り
を もつ。 ケ ー ロ ン漁 の 月 間 の操 業 形 態 は以 下 の
漁 業 者 を事 例 と して 半
る。操 業 時 間 の特 定 は, 調 査 者 が 漁 港 にて 本 漁
船 の 出 漁 な らび に帰 港 時刻 を調 べ こ れ にか え た。
本 図 をみ る と, 調 査 を開始 した8月4日
から
よ うに説 明 さ れ る。 半 個 月 (半月) を1個 水 と
7日 まで は休 漁 して い る。 こ の4日 間 は, 農 暦
し, 1個 水 の15天 (日) 間 に捕10天,
に よ る と6月24日
漁 で20回,
停4∼5天,
1天2回
出
1個 月 で2個 水。 す な
-81-
か ら27日 まで で下 弦 の月 後 の
小 潮 時 に該 当 す る。 しか し この期 間 は潮 流 が 小
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地
理
第44巻
第4号
(1992)
さ い ので, ケ ーロ ンの補 修 作 業 に は適 して い る。
る こ とか ら, 潮 流 が 小 さい 時 に漁 網 を敷 設 し,
8月5日
潮流 が 大 きい 時 間 帯 に魚 の 入 網 を待 ち, 停 潮 が
(農暦6月25日)
っ た。8月8日
に は この 作 業 に あ た
(農暦6月28日)
の1回
げ潮 流 時 か ら操 業 を開 始 し, 8月16日
月初7日)
の2回
目の 上
(農暦7
目の上 げ潮 流 の利 用 (操業 は実
際 に は潮時 の遅 れの関係 で8月17日 にず れ こんで い
お とず れ る前 に揚 網 して い る こ と も推 察 で きた。
VII
各 漁船 の 操 業 時 間 と漁 場 利 用 の リズ ム
第V,
VI章 で は, 主 と して事 例 と した個 別 の
る) の 後, 休 漁 に はい っ た。 操 業 は のべ10日 間
漁 船 に焦 点 をあ て な が ら, 漁 場 の時 間 的利 用 に
に わ た っ た が, 操 業 回 数 は18回 に と ど ま った。
つ い て 分 析 をす す め て きた。 こ こで はパ リジ ャ
毎 日の操 業 は潮 汐 ・潮 流現 象 の 時 間 的変 化 に
ワの 漁 船 全体 の操 業 を と りあ げ る こ とに よ って
応 じて行 わ れ て い る こ とは明 らか で あ る。 干 潮
漁 場 の時 間 的利 用 の 諸側 面 に つ い て さ らに考 察
が 終 わ り上 げ潮 流 が 始 ま る ころ に出 漁 し, お の
す る。
お の の操 業 時 間帯 の後 半 に必 ず 満 潮 時 が きて い
調 査 は, 筆 者 が 漁 港 の1地 点 にい て 出漁 す る
(2)8月20日
(1)8月15日
(農暦7月 初6日)
(4)8月30日
(3)8月27日
(農暦7月11日)
(農暦7月18日)
第8図
漁船 の出漁状況
-82-
(農暦7月21日)
マ レー半 島 西 海 岸 の商 業 的 漁 業 地 区 に お け る漁 場 利 用 形 態 (田 和)
全 漁 船 の 出港 ・帰 港 時 刻 をチ ェ ック す る方 法 で
お こ な わ れ た。 調 査 日 は8月15日
6日; 中潮 時期), 8目20日
時期),
8月27日
(農 暦7月11日;
(農暦7月18日;
月30日 (農暦7月21日;
(農暦7月 初
小潮
大潮 時期),
中潮時期) の4日
8
間であ
る。 調査 時 間 は いず れ も4時 か ら20時 まで の16
4日 間 と も多 くの漁 船 が4時 か
ら5時 に集 中 して 出 漁 した。 出 漁 が潮 流 に影 響
さ れ る傾 向 は よみ とれ な い。 む しろ 日出前 の魚
の摂 餌 行 動 に合 わ せ て 操 業 が な され て い る の で
は な い だ ろ うか。
通 常1日
に1回 の 操 業 形 態 で あ るが, 漁獲 物
を水 揚 げ した の ち, 乗 組 員 が 交 替 す る こ とな く
時 間 で あ る。
第8図
(2)浮刺 網 漁
521
は これ ら4日 間 の 出漁 状 況 を示 した も
再 度 出漁 した漁 船 が み られ た。 出漁 回 数 を多 く
ので あ る。 以 下, 漁業 種 類 ご とに考 察 をす す め
して 漁獲 量 を増 やす た めで あ るが,
る。
時 間 が非 常 に長 くな る ので, こ の形 態 を と る漁
(1)ケー ロ ン漁
4日 間 の うち8月20日
には出
1日 の操 業
船 は数 隻 の み で あ っ た。 漁 港 ∼漁 場 間 の移 動 中
漁 が み られ なか った。 この 日は上 弦 の月 よ り3
お よび 漁場 で 漁網 を敷 設 した の ち の待 ち時 間 に
日後 で あ り, 潮 流 の 小 さい小 潮 時分 に あ た る。
休 憩 を とれ る 漁法 が こ の 出漁 形 態 を可 能 に して
これ は 聞 き取 りに よ って得 た操 業 の 月 間 リズ ム
い る と考 え られ る。
の休 漁時 期 と一 致 して い る。
出港 ・帰 港 の両 時刻 を確 認 で きた のべ174隻
操 業 は1日 に2回 が 通 常 で あ る。調 査 時 間 と
を対 象 に して, 時 間 (0.5時 間) 別 の操 業 漁 船 隻
潮 時 との 関係 で終 日の 出漁 状 況 を推 定 で きた8
数 を調 べ た結 果, 全 隻 数 の 約8割 が7時 間 か ら
月27日 に は出漁 漁 船 数13隻 の うち の12隻 が2回
10.5時 間 まで を操 業 時 間 と して い る こ とが 明 か
操 業 をお こな って い る こ とが わか る。 しか し,
とな っ た。
8月15日 には 潮 時 との 関係 で この 出 漁 形 態 は認
な お, 大 潮 時 期 の 干 潮 時 に は, 漁 港 の前 面 に
め に くか った。 小 潮 が近 くな っ た こ とと同 時 に,
広 い干 潟 が 生 じる。 漁 港 に通 じる澪 す じの 水 深
8月10日
も浅 くな る た め, 出漁 時 に は この 時 間 帯 を さ け
ま で の7日
(農暦7月 初1日)
か ら16日 (初7日)
間 が 中 元 節 (孟蘭盆) の 諸 行 事 を催
た り,帰 港 時 に は澪 す じ手 前 で い わ ゆ る潮待 ち
す 時 期 に あた って お り, 操 業 を早 目に き りあげ
をす る漁船 が あ る。8月27日
た漁 船 が あ っ た こ と に も関係 が あ る だ ろ う。 な
早 朝 に 出 漁 し た25隻 (うち1隻 につ いては タイ ム
お, 上 げ 潮 流 (下 げ潮 流) 利 用 の 漁 船 が 帰 港 す
チ ェ ック もれ) は干 潮 時 が お とず れ る43分 前 に
る と, 交 替 す る よ う に下 げ 潮 流 (上 げ潮流) 利
出港 を完 了 して い る。他 方, 帰 港 時 に は漁 港 沖
用 の漁 船 が 出港 してお り, 両者 が 海上 に お い て
合 にて 約20分 待 機 した漁 船 が2隻 み られ た。
操 業 時 間 を共 有 す る こ と は まず な い とい え る。
8月27日
と30日, 下 げ潮 流 を利 用 す る漁 船 の
(3)籠漁
の大 潮 の 日に は,
籠 漁 は前述 した よ うに, カ ゴ を揚 げ
や す い小 潮 を 中心 と した 日 を操 業 日 と して い る。
中 に1回 の操 業 で網 を敷 設 した 後, ケ ー ロ ンに
8月15,
て待 機せ ず, 待 ち時 間 を一 旦 陸 上 に戻 って過 ご
いず れ も操 業 が 可 能 な 日 にあ た る。調 査 日中 に
し, 揚 網 時刻 に再 び ケ ー ロ ン に出 向 く漁船 が2
出漁 した専 業 型 の 籠 漁 船 は総 数8隻 の うち の3
隻 ず つ み られ た。 これ は漁 港 か らの 航行 距離 が
隻 の み で あ り, 出 漁 回 数 は合 計8回
約10分 の 場所 に あ る ケ ー ロ ンで 操 業 す る漁船 で
の出漁漁船 は3隻 で あったが, うち1隻 につい ては
あ る。 漁 港 と漁場 の近 接 性 か ら生 じた 漁 場利 用
タイムチ ェックもれ) で あ った。 操 業 が 可 能 な 日
とい え るだ ろ う。 た だ しこ の形 態 は昼 間 の 漁 に
に毎 日出漁 す る傾 向 は こ こか らは よみ とれ な か
み られ るだ け で あ る。
った。 な お20日 に 出漁 した2隻 の う ちの1隻 お
-83-
20, 30日 (農暦7月 初6,
11, 21日) は
(8月30日
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理
第44巻
第4号
(1992)
よ び30日 に 出漁 した3隻 の うち の1隻 は, カ ゴ
史 に起 因 して い る と考 え られ る。 また パ リジ ャ
敷 設 場 所 に向 か って い る時 に 天候 が急 変 し突 風
ワでお こなわれ て きた主要 な漁 業 はいず れ も
が 吹 い た ので, 漁 をお こな わ ず帰 港 した。
waiting 型 で あ る。 ケ ー ロ ンの袋 網 へ の入 網,
大 潮 にあ た り休 漁 に な る はず の8月27日
暦7月18日)
(農
浮刺 網 へ の罹 網 に しろ漁 業 者 が 魚 群 と結 合 で き
に も2隻 が 出漁 し, 聞 き取 りに よ
る時 間 は長 時 間で あ る。 籠 漁 で 敷 設 され た カ ゴ
っ て得 た操 業 の月 周 期 リズ ム とは異 な る 活動 が
は そ れ ぞ れ1∼2週
み られ た。 しか しこ の 日の 出 漁 時 間 は, 本 来 の
に な っ て い る。 いず れ の漁 で も漁 獲 に際 して は
操 業 日の 出漁 時 間 と比 較 す る と明 らか に 短 い。
い わ ば “微 妙 な シ オ加 減 ”と い う ものが 要 求 さ
前 掲 第5図
れ な い。
の 籠 漁 の 操 業 日8月1日
(農暦6月
間, 海 中 につ け られ た状 態
21日) は 中潮 時期 に あ た って お り, こ の 時 の カ
パ リジ ャワ の沿 岸 海 域 で は資 源 枯 渇 が 急 激 に
ゴ揚 げ は 干潮 時 か ら満 潮 時 まで の 時 間 帯 に行 わ
進 み つつ あ る。 こ れ に対 応 す る戦 略 と して 各 漁
れ, しか も複 数 の漁 場 に て カ ゴ揚 げ が お こな わ
業者 は利 用漁 場 を変 更 した り空 間 的 に拡 大 させ
れ て い る。 す な わ ち漁 業 者 が 操 業 可 能 と して と
つ つ あ る。
ら えて い る 日に は, そ の 日の潮 流 の 大 き さの 時
ケ ー ロ ンで は設 置 場 所 の微 妙 な違 いが 漁 獲 量
間 的 変 化 に関係 な く, 常 時 カ ゴ を揚 げ る こ とが
の 差 を生 み だ して い る。15の ケ ー ロ ン経 営 体 の
で き る と考 え て よい。 これ に対 して 大 潮 時 は潮
うち 最 も漁獲 量 が 多 い の はK-1で
流 が 大 きい の で カ ゴ揚 げ は本 来 不 可 能 で あ る。
1は,
た だ し, 干 ・満 潮前 後 の停 潮 期 を選 択 す る な ら
密 集 す る よ う に設 置 され て い る他 の ほ とん どの
あ る。K-
パ リジ ャ ワ漁港 か ら眺 め られ る 数 カ所 に
ば カ ゴ揚 げ は可 能 とい う こ とで あ ろ う。漁 業 者
ケ ー ロ ン とは 異 な り, タ ンジ ョン トー ホ ー岬 を
へ の 聞 き取 りに よ る と, 8月18日 の操 業 は11時
まわ った と こ ろ に2統 の ケ ー ロ ン を所 有 して い
か ら12時 にか けて パ リジ ャ ワに近 い敷 設 場 所1
る。1989年 に この 場 所 の権 利 をえ て操 業 しは じ
カ所 で カ ゴ を揚 げ た とい う こ とで あ っ た。 こ の
め た。 他 の ケ ー ロ ンが 海 岸 に 沿 って 流 れ る上 げ
日の1回
潮 流 か 下 げ潮 流 の い ず れ か を利 用 す るの に対 し
目の満 潮 は10時39分 で あ り, カ ゴ揚 げ
に は満 潮 後 の停 潮 時 が 選択 され た と解 釈 で きる。
VIII
お わ り に か えて-漁
場 利 用 の 時 間 ・空
間
て, こ こで は岬 の 地 形 に よ って 沖 側 か ら岬 に 向
か っ て流 れ る上 げ 潮 流 を う け る こ とに な る。 す
な わ ち タ ンジ ョン トー ホ ーで は他 と は明 らか に
異 な る魚 道 が 開 拓 され た こ と に な る。 そ れ が 漁
潮 汐 ・潮 流 現 象 はパ リジ ャ ワの漁 業 活 動 を決
獲 の好 結 果 を生 んで い る と考 え られ るの で あ る。
定 づ け る重 要 な 因子 で あ り, 漁場 利 用 形 態 に は
浮 刺 網 漁 船 の 中 に は, 資 源 獲 得 の た め, 新 規
タ イ ド (潮) シ ス テ ム と もい うべ き潮 汐 ・潮 流
の漁 場 を求 め て イ ン ドネ シ ア との 国 境 ライ ンに
に応 じた操 業 の形 態 が 確 立 され て い る こ とが 明
近 い マ ラ ッカ海 峡 の 中 間線 あた りまで 出 漁 す る
か とな った。 しか し漁 業 者 は潮 汐 ・潮 流 に 関 す
漁 船 もみ られ る。 イ ン ドネ シ アの 領 海 を侵 犯 す
る 豊 か な語 彙 を持 っ て は い ない し, 潮 汐 ・潮 流
る とい う危 険 性 を は らみ なが ら漁 業 が 展 開 して
現 象 を詳細 に認 知 して い る とはい い が た い部 分
い る。
も多 い。 そ れ は, パ リジ ャワの 漁 業 が も と も と
籠 漁 で も, かつ て は沿 岸 海 域 を 中心 と して 操
漁 業 に は従 事 して い な か っ た現 在 の 世代 の先 代
業 され て い たが, 近 年 は イ ン ドネ シ ア との 国 境
な い しは先 々代 が各 地 か ら移 住 後 に始 め, しか
ライ ンに 近 い沖 合 まで 進 出 し, 新 規 の 漁 場 を開
も着 業 後100年 を経 過 した に す ぎな い とい う歴
拓 しは じめ て い る。 こ れ も浮 刺 網 と同 様, 沿 岸
-84-
マ レー半 島 西 海 岸 の商 業 的漁 業地 区 にお け る漁 場 利 用 形 態 (田 和)
523
の資 源枯 渇 に よる た めで あ るが, この 漁 場形 態
時 間化 して きて い る。 浮 刺 網 漁 や 籠 漁 で は, 漁
が 生 み 出 され た の は前 述 した魚 探 お よ び方 探 の
網 や カ ゴ を実 際 に操 る以 上 に漁 場 へ の接 近 お よ
導 入 に よ って で あ った。 す な わ ち, ヤマ タ テ法
び帰港 に 時 間が 費 や され ね ば な らな い ので あ る。
が 漁 場 位 置 の 認 知 に お い て決 定 的 な要 因で あ っ
た もの が, 方 探 導 入 以 後 に は そ の必 要 性 が な く
な り, い わ ば “ヤマ の 見 え な い 沖合 ”へ と漁 場
の外 延 化 が 導 き出 され た の で あ る。 新 規 漁 場 で
〔
付記〕 小論 を作成す るにあた り数 々のご助言
を賜 ったアジア地理研究会 の諸先生 に厚 くお礼 申
し上げ ます。今 回のマ レーシア調査 のメ ンバ ーで
あ る秋道 智彌先生 (国立民族学博物 館), 口蔵幸
は, 深 所 の位 置 や 良い ポ イ ン トの把 握 の ほ か,
雄先 生 (岐阜大学), 後藤明氏 (宮城 学院女子大
学), 須 田一 弘氏 (北 海学 園大学), 竹川 大介氏
国境 ライ ンを意 識 した漁 業 活 動 な ど, 技 術 革 新
(京都大学大学院), そ して筆者 を暖か く迎えて下
に付 随 して生 じた漁 場 の新 た な 認 知 が, 経験 を
25)
積 み 重 ね, 改 善 を施 しなが ら な され つ つ あ る と
と ら え る こ とが で きる だ ろ う。
さったパ リジャワの皆 さん にも心 よ りお礼申 し上
げます。末筆で はあ りますが, 小論 を帝塚山学 院
大学 を今春めで た くご退任 され た恩師大島襄二先
生 に献呈 させ ていただ きます。
(関西学 院大学文学部)
漁 場 の 外 延化 に伴 い漁 業 活 動 時 間 は確 実 に長
Key words: use patterns of the fishing, kelong (fishing stakes) fishing, drift net fishing, portable trap fishing, tidal current
25)
Nietschmann,
Boats,
Cultural
B.,‘Traditional
Survival,
Inc.
Sea
1989)
Territories,
Resources
pp. 65-66.
-85-
and
Rights
in Torres
Strait’(Cordell,
J., A
Sea
of
Small