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はじめに
ようこそ、素晴らしい科学の世界へ
ようこそ、素晴らしい科学の世界へ
マーシャル・ブレイン[ 米HowStuff Works.com創立者 ]
科
学とはいったい何だろうか。
「科学の定義は
まれたのかを明かすだろうし、新たな宇宙がどうやって
何なの」
といきなり問われたら、あなたはどう
生まれるのかを発見するだろう。
答えるだろうか。私はそのことについてはか
だが、本当にそう言い切っていいのだろうか。ちょっと
なり思いをめぐらせているほうだ。私は HowStuffWorks.
com(どうなってるのドットコム)
というウェブサイトを立
ち上げた張本人だ。このサイトでは科学が話題の中心だ。
確かめてみよう。だれでもするのは、辞書を引くことだ。
もちろんインターネット時代だからオンラインの辞書だ。
「観察、実験を通して得られる物理的、物質的世界の体
私は多くの人にインタビューするが、逆に科学について
系的知識」
とある。何だか感じが違う。人間のわくわくす
尋ねられることが多い。小学校の児童たち相手にも活動
る活動が退屈極まりないものに聞こえる。
(科学はよく退
している。彼らが科学について良い第一印象を抱いてほ
屈だと思われがちだ。これが私にはどうしても理解でき
しいからだ。だから私の頭の中には私なりの科学の定義
ないのだが)。この定義は、形式的な定義としては間違い
H 飛行機の離着陸では科学の粋を見ることができる。何世紀にもわたる研究成果が、これほどの重量物を空中に浮かせたのだ。
ではないとしても、本当の科学の姿をとらえていない。
いるに違いない。ところが、私はぬくぬくとして酸欠にも
圧縮空気をつくっていることだ。エンジンの中でつくられ
科学は素晴らしい知識の宝庫なのだ。地球に生まれた
ならず、悠々と氷の入ったソーダ水を飲んでいる。コッ
た圧縮空気は燃料と混合され、燃焼することによって推
人類の、究極の目標と言っても過言ではない。
プはプラスチックだ。どうしてこんなことが可能なのか。
力を発生し、飛行機はマッハ 0 . 8で飛行を続けられる。
科学が可能にしてくれたのだ。
その詳細はこの本で知ることができる。ところで、この圧
飛行機の中で科学を発見する
アルミは誰がつくったのか。それは科学のおかげだ。
縮器からは必要以上に圧縮空気が出てくる。その余分を
機内の快適な気圧と温度。窓やコップのプラスチック。
すこしもらって機内に取り込んでいるのだ。
科学は実際にどれほど素晴らしいのだろうか。科学は
地上で凍らせた氷。アルミのソーダ缶。いずれも科学が
エンジンも科学の驚異そのものだ。エンジンをつくり上
今や私たちをすっかり包み込み、自然に溶け込んでいる。
可能にしたものだ。
げている合金、潤滑油、ベアリング、回転翼、軸、構造。
そのことに誰も気がつかないほどだ。私は飛行機の中で
ここで最も大切な機内の空気の話をしよう。機内の空
これらはみな科学によって磨きをかけられてきたものばか
この文章を書いている。機長によれば私たちは高度 1 万
気が失われれば、乗客はたちまち死んでしまう。この空
りだ。だからこそ何年間も続けて飛べる信頼性があるの
mの上空を時速 900 kmで飛行している。窓の外に目を
気はどうやって保たれているのか。飛行機は、大きなア
だ。さらにエンジンがあらゆる異常事態に確実に対処で
やると太陽がはるか眼下の雲を照らしている。飛行機そ
ルミの圧力容器のようなものだ。上空の空気は 0 . 3 気圧
きるのも科学のなせる技だ。猛烈な雷雨に突っ込んで大
H 科学者は好奇心旺盛な人たちだ。この物質世界をあらゆる面から研究して、
その原理を理解し、新たな物質をつくりだす。
のものは、とくに珍しくもない。しかし、飛行機の中は、
程度だが、人体は 0 . 7 気圧かそれ以上でないと正常に保
量の雨を吸い込んでも、ちゃんと処理できる。雹も、砂
すでに科学の驚異でいっぱいなのだ。ちょっと私の座席
たれない。ネパー ルのシェルパ族には、高度 1 万 mでも
がある。
「科学は、人間が成し遂げた最大の成果だ。そ
の周りを見回してみよう。
1 時間耐える者がいるそうだが、普通の人は 0 . 7 気圧以
して、この宇宙の道理をすべて解き明かそうとしている人
まず、私は正気だ。それは当然のように思えるが、実
上が必要だ。だから、0 . 3 気圧の外気を取り入れて、そ
1961 年米カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。同ノースカロ
類そのものが科学なのだ」。すっきりした定義だと我なが
はすごいことだ。厚さ数 cmの窓の外は零下 50℃、風速
れを加圧しなければならない。
ライナ州立大学でコンピュータ・サイエンス修士号取得。1998
ら気に入っている。科学に限界という言葉はない。科学
250 m、気圧が地上の3割以下という世界なのだから。
どうやって空気の圧力を高めようか。自転車の空気入
は宇宙にあるものすべてを徹底的に分解して「よし、わ
このアルミ製の機体が私を包んで守ってくれなければ、
れでは間に合わない。そこで気がつくのは、飛行機のター
多数の著作のほか、ナショナル ジオグラフィック チャンネルな
かった」
と言いたいのだ。科学は、どこから今の宇宙が生
私はとうに酸欠で気を失い、凍死し、風で粉々になって
ボファン・エンジンの中には必ず圧縮器があり、必要な
どのテレビ番組にも多数出演している。
マーシャル・ブレイン(Marshall Brain )
年 に 趣 味 で、世 の 中 の 物 事 の 仕 組 み を 解 説 す る サイト
HowStuffWorks.comを開設。現在は作家兼コンサルタント。
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はじめに
ようこそ、素晴らしい科学の世界へ
嵐も、鳥の群れも、対策済みだ。
のセンサー が圧力低下を感知すると直ちに、乗客の頭上
空力学)、効率的なエンジン形状(流体力学、熱力学)を
経てより複雑な細胞に変わり、そして多細胞になり、つい
予期せぬ不調によりエンジンが止まったら、どうか。
の天井パネルがいっせいに開き、プラスチック製のマス
設計する人たち。部品を集めて機体を組み立てる人たち
に植物と動物が生まれた。動物も変異と選択を繰り返し、
それでも問題ない。冗長性という科学があるからだ。も
クが下がってくる。そして何十本もの小型酸素発生器が
(製造工学)、電子系統を設計しプログラミングする人た
し1 基のエンジンが止まっても、残りのエンジンがその分
点火され、その中の化学反応と熱によって十分な量の酸
ち(コンピューター科学)、燃料や油を作る人たち(石油
をカバーできるようになってい
素が発生する。乗客はマスクを着
る。圧縮空気も推力もとにかく
けるだけでいい。
なぜ人間はこのようなことをするのだろうか。言い換
確保できる。
私は何百回となく飛行機を利用
えると、科学はどこから生まれてくるのだろうか。科学そ
のものを知るにはどうすればよいのか。なぜ関心がわく
化学)
など、まだまだ挙げ足りない。
エンジンが全部止まったらど
しているが、マスクが落ちてきたの
うか。それは確率という科学か
はたった一度だ。そのとき私はコ
のだろうか。あなたは、なぜこの本を手に取ったのだろ
らは、事実上起こりえないと言
ミューター機でニューヨークに向
うか。この本の中で、科学が実に驚くべき姿をみせてい
る。最新の科学は、次のように語りかけてくる。
いたいのだが、でも起こるとしよ
かっていた。高度 1 万 mで飛行中、
う。
もし全部のエンジンが止まっ
副操縦士側の窓が割れて、またた
たら、たくさんの問題がいっぺ
く間に機内の気圧が低下した。客
んに起こる。エンジンは推力と
席の上からマスクが自動的に落ち
宇宙と生命の始まり
それは 137 億年の昔。突然、宇宙の始まりを告げる
機内の空気に加えて、操縦室内
てきた。驚いたことに乗客たちは
のすべての航空電子装置に電力
一 言も発 せず 冷 静に行 動し、パ
大爆発(ビッグバン)があった。爆発が収まるとおびた
を供給している。それに機体を
ニックは起こらなかった。皆どう
だしい量の水素ガスで満たされた空間が生じた。水素原
操縦する油圧も。科学はこれら
すべきかを知っており、落ち着いて
子は内部に重力(科学はこの力をまだ解明していない)
と
すべての問題をすばやく解決し
マスクを着けたのだ。機長は飛行
呼ぶ引力を秘めていた。ばらばらだった水素ガスはこの
機を一気に高度 1500 mまで降下さ
力で集まって巨大な星々になった。この星々はとてつも
なければならない。
どうなるかというと、非常用の
H 研究し、創意に満ちた発明をし、綿密に計画を立て、
結果を制御する。科学はこのように進行していく。
バッテリー が備わっていて電力
ある日、この地球上に知能と呼ぶものを持った種が誕生
した。人類の登場である。
H 科学者は、すべての生物の DNA に封じ込められた生物学的情報を解読し、
地球上の生命の理解へ大きな一歩を踏み出した。
人類が知能を得たことで言語が生まれ、学習、論理、
せ、それから乗客に何が起きたかを
なく大きいため中心部では重力によって強大な圧力が生
愛情、そして何と好奇心までが生まれた。この好奇心こ
説明した。結局異常事態にもならず
じ、核融合が始まった。
そが科学を生んだのだ。物事がどうなっているのかを理
解したいという欲求だ。そして数え切れない人々と長い
を航空電子装置に供給する。非常用の電気油圧ポンプも
目的のニューヨーク・ラガーディア空港まで飛び、着陸
水素原子は融合を繰り返し次第に重い原子に変わっ
あるので操縦士はこれで機体を操縦し、着陸装置も下ろ
したのは予定時刻だった。この冷静さが科学の素晴らし
ていった。そして融合反応が終わると星は爆発を起こし、
年月によって科学が丹念に積み重ねられてきた結果とし
すことができる。目的の飛行場には着陸できないだろう
さでなくてなんであろうか。窒息死することもなく、当た
さらに多くの重い原子が生まれた。これらの原子は拡散
て、私がたまたまいるこの空飛ぶアルミの筒が存在すると
が、操縦士が無事に機体を着陸させる可能性はきわめて
り前のように乗客は飛行機と空港を後にした。その上、
した。こうして飛び散ったかけらが集まって雲をなし、再
いっていい。
大きい。エンジンが止まった飛行機がどんな状態になる
夕食時の格好の話題までお土産にして。
び重力で引き寄せられ、私たちの太陽系、そして地球と
このように広い視点から科学をとらえると、読者とこう
いう惑星が生まれた。
してやりとりをしていること自体がまさに驚嘆すべきこと
地球には、水、炭素、窒素、その他の鉱物と、十分な
に思われる。読者が手にしている紙も、インクも、私が呼
か関心があれば、インターネットで「ギムリー・グライ
ダー」
を検索されたい。
科学は人々の力を束ねる
機内の気圧についてはどうか。エンジンからの空気が
化学物質が存在したため無数の化学反応が自然に起こり
吸している圧縮空気も、今キーをたたいているパソコン
始めた。そして太陽というエネルギー源があった。それ
も、読者の脳の神経細胞で起きている化学反応も、その
途絶えたら気圧が低下し、200 人の乗客、それに肝心の
科学のもう1つの素晴らしい側面は、人々の力を束ね
操縦室の人たちがたちまち気を失ってしまう。実際には、
ることだ。飛行機 1 機を飛ばすのに、どれだけ大勢の人々
も水が凍りもせず蒸発もせずに液体でいられるちょうど
化学物質を生み出した星の爆発も。どれも奇跡だと感じ
操縦士たちには操縦室専用の酸素供給装置がある。そし
がさまざまなアイデアを注いでいるかを思い浮かべてみ
よい距離に。月も潮汐を起こすのに手ごろだった。
られる。そのすべてが科学の領域だ。
て、驚くべき事態が背後の客室で展開される。そもそも
よう。まず機体用のアルミ材、エンジンの合金(金属工
原子、分子はらせん状につながった。これは自己複製
本書を読めば、科学の範囲の広さに感嘆することだろ
200 人もの人々に瞬時に酸素を供給することなど科学を
学)、窓やイスに使う合成樹脂(有機化学)をつくる人た
をすることのできる形だった。この複製の反応こそ生命
う。科学の素晴らしさは途方もなく、信じがたく、計り知
もってしてもできるのだろうか。それができるのだ。専用
ち。次にこれらの材料を使って飛行可能な機体形状(航
の本質なのだ。単純な細胞が、変異と選択という過程を
れないほどだ。ぜひそれを味わってほしい。
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