タンパク質構造の決め方 京都大学低温物質科学研究センター 佐藤 智 タンパク質の構造を決めるというのは、構成原子の空間における座標を定めることである。これには、 規則正しく配列した結晶に電磁波を当て原子(電子)による散乱をもとに回析パターンから決める方 法(結晶構造解析)と、隣り合う原子間の距離と角度を調べていく方法(核磁気共鳴NMR)がある。 結晶構造解析には X 線結晶構造解析 シンクロトロン放射光結晶構造解析 X 線自由電子レーザー 中性子散乱 クライオ電子顕微鏡 などがある。 X 線結晶構造解析は以下の作業で成り立っている。 1) 純度の高いタンパク質の大量調製(10mg 程度) 遺伝子組み換えタンパク質の大量発現が用いられることが多い 2) 結晶化 右図上から順に、sitting drop、hanging drop、microbatch 法 結晶化が難しい場合は 部分的に短小化した組み換えタンパク質の結晶化 非常に結晶化しやすいタンパク質(可溶性タンパク質ではリゾチーム、 膜タンパク質ではチトクローム b562RIL など)との融合タンパク質の結 晶化 構造ゆらぎが著しいと想像されるタンパク質配列の改変 などの方法がとられている 3) X 線等の照射と回析データの取得 X 線は 10-12m~10-8m 程度の電磁波で原子に当たると電子によって散乱される。原子の違い は電子密度に反映されている。原子(結晶格子)が規則的に配置した場合、散乱は格子の間 1 隔と入射角、観測する位置が満たされたときのみ強くなり立体構造を反映した回析パターン が観測できる(ブラッグの条件)。 4) 位相の決定 回析されたX線の情報をえて、拡大した空間に構成原子の配置を構築する。X線の回析パタ ーンから散乱された電磁波の情報を得て、それを数学的に重ねる演算操作(フーリエ変換) を行い、実像を得る。像というのは、タン パク質各原子点から散乱されてくる波(回 析された電磁波)の実像空間における重な り(レンズでいうと結像)によってできる。 波は大きさと振幅の周期と位相とを持っ ている(右図では同じ波のピーク間が波長、 Y軸方向の高さが振幅、赤と青の波では位 相が 90°違う)。単色光だと周期は一定 なので、振幅と位相が分かれば、回析から 像を再構成できる。各回析点の輝度は到達した電磁波の振幅の 2 乗値に比例する。したが って(ブラッグの条件を満たす)各回析点の強度を知り、あとは回析された電磁波の位相 が分かればよい。X線は非常に波長の短い(周波数の大きい)電磁波であるので、それを都 合よく散乱させて集光する物質はないため、自動的に位相情報を取得したり結像に用いる ことはできない(X線顕微鏡はまだ開発段階)。あらかじめ位相が分かっていれば別だが通 常方法では散乱強度の時間変化は記録できないのである。そこで、試料に原子番号が大き く散乱の強いものをいれて位相を知る方法(重原子置換法)や、複数の波長の違うX線を当て て屈折の異常がおこる条件(異常分散)を見つける方法などをとる。前者の方法は金属で 置換し、後者はSe(Sと似た性質を持つ)をセレノメチオニンとして取り込ませたタンパク質 を発現させる。また、まえもって、類似のタンパク質のデータ(実像)があるときは(位 相と強度分布が分かっているので)実験データと比較して位相を決めることができる。こ の分子置換法という方法もとられる。 5) 電子密度マップの作成 6) 構造モデルの作成 7) モデルのリファインメント これらの計算処理法は飛躍的に進化している。 図は X 線照射 装置。試料を 回転させ、ま た X 線源様々 な角度で照射 し回析パター ンを得る。 2 X 線源の進化 近年、X 線関連技術が格段に進歩し得られるデータの質も飛躍的に向上したため、 多くの研究者は X 線によって構造を決定している。中性子散乱はデータが非常にきれいなため使わ れてきたが線源が非常に大がかりで machine time の確保も容易でない。最近は X 線自由電子レー ザー(非常にエネルギーが高くかつ位相特性が非常によい X 線が得られる)が注目されている。 クライオ電子顕微鏡では X 散乱法に比べ非常によく散乱される電子線を用いる。これは、 X 線構造解析が 3 次元結晶を用いるのに対し、2 次元あるいはチューブ状結晶を用いる。 回析像と実像を直接サンプリングできるので、置換試料から位相を決定する必要がない。 という点が異なる。また、 クライオ電子顕微鏡による単粒子解析という、多数の実像をサンプリングしそれから構造情報を得 てモデル化する方法がある。これは、原子の座標を決定することはできない(分解能が低い)が、 10Å 程度の構造は識別できる。したがって、一定の保留条件はあるが、すでに原子座標が明らかに なっている構造体が他の分子と相互作用するときにどのような変化を起すのかといった課題を解 くことはできる。 NMR 法は 1)解析するタンパク質のアミノ酸配列を明らかにする。 2)安定同位体(2H や 13C など)を含む目的タンパクを調製 2)NMR スペクトル測定 3)スペクトルピークを個々のアミノ酸に対応させる 4)配列情報をもとに原子間の距離・角度を測定する 5)上記の条件を満たす立体構造を計算し構造の詳細を構築する という作業をおこなう。NMR 法の解析結果は熱運動による構造ゆらぎを含み一意的に決まるわけ ではない。X 線結晶構造解析等と比較すると、安定同位体標識タンパク質の調製のコストが高いこ とや、高分子量のタンパク質の構造解析に弱い点が劣っている。 3
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