障害のある人への虐待をなくすために

(コメンTOMO 2015 年 3 月 13 日)【No.118】
障害のある人への虐待をなくすために
-障害者自立支援法施行 10 年目を前に―
なくならない利用者虐待
2月 27 日の NHK ニュースを観て驚いた。
長崎県雲仙市にある社会福祉法人 N 会が県内で運営する障害者福祉事業所で、職員が利用者に性的虐待
や暴行を加えていたとして県の特別監査を受け、同会が運営する4カ所の事業所に対し今後3カ月から1年間、
新規利用者の受け入れを停止させる等の行政処分が決定されたというのである。
同会の発表によれば、2012 年9月から 11 月にかけて、施設で男性職員が業務中に女性利用者に対して性的
虐待を行った2件の事案のほか、2006 年と 2009 年にグループホームと生活介護事業所で起きた身体的虐待が
行政処分の対象になった。また、他にもゲンコツやビンタが 10 件、強度行動障害のある利用者に対する自傷・
他害行為の制止に関する8件が、それぞれ改善指導ということである。
N 会と言えば、いわゆる「累犯障害者」に対する熱心な支援で知られ、ドキュメンタリー映画が制作されたほど
の有名な施設を運営する大規模な法人だ。数々の社会貢献の実績と評価もあり、著名な学識経験者も役員に
名を連ねる組織だけに、これほどの利用者虐待が明らかにされたことに、「まさか?!」と思われた関係者も少なく
ないであろう。しかし、こうした事例は、「氷山の一角」に過ぎない。
1年で通報が倍増
厚生労働省による平成 25 年度(2013 年度)の調査結果によると、上記のような障害者福祉施設従事者等によ
る利用者虐待は、市区町村等への相談・通報件数が 1860 件で前年の 939 件のほぼ倍にのぼり、そのうち 263
件が虐待と判断され、前年度の 80 件の3倍となっている。
その内訳をみると、身体的虐待が 56.3%で半数を超え、続いて心理的虐待が 45.6%となっており、被虐待者は
知的障害が 79.8%で最も多く、身体障害が 29.2%、精神障害が 14.1%、行動障害のある人が 21.3%となっている。
虐待者(職員)は男性が 66.8%で女性が 33.2%、年齢は 40 代以上のいわゆるベテラン層が6割近くを占め、生活
支援員が 43.7%と最も多いが、全職種に及んでいるのが特徴である。
施設種別では、障害者支援施設(入所施設)が 71 カ所で 27%、就労継続支援事業 B 型が 51 カ所で 19.4%、生
活介護事業 36 カ所で 13.7%、共同生活介護(ケアホーム)35 カ所で 13.3%と、わたしたちにとって身近な施設等が
虐待の現場となっており、決して看過できるものではない。
わが国では、2012 年 10 月より障害者虐待防止法が施行され、まだ2年が経過したばかりであるが、一日も早
く障害のある仲間たちを虐待から解放せねばならない。それは、障害者権利条約第 16 条(搾取、暴力及び虐待
からの自由)の要請でもあるのだ。
虐待を断ち切るために、まずは障害者総合支援法の抜本的な見直しを
さて、間もなく 2015 年度を迎える。全国各地のそれぞれの現場では、事業計画や実践計画について職員集団
として熱心な議論を行い、障害のある利用者主体の実践をさらに前進させる新年度方針を確立する努力をして
いることであろう。ここで、視点を変えて虐待問題を考えてみよう。
現場では、話し言葉を持てない障害の重い利用者たちのパニックや強度行動障害などにどう対応したら良い
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のか、少なくない職員が日々悩みながら葛藤しているが、虐待はそうした先に発生することがある。
ただし、虐待してしまう理由を利用者の障害の重さに転化するのはもってのほかだし、ましてや対応の困難さ
を「言い訳」にしてはならない。ここで問われてくるのが、障害のある人をひとりの人間として尊重する人権感覚と、
それを裏打ちする支援の専門性、そして職員集団のありようなのだ。
わたしたちは、障害のある仲間たちの発達や障害を科学的視点でとらえ、言葉には表れない内面を理解しよ
うと努力している。そして、それを本人や同僚とともに共感できたとき、ここではじめて職員としての専門性や働き
がいが実感できるのだと思う。「この仕事をやっていて本当に良かった」と。それは、きょうされん結成以来、38 年
間の全国の実践の積み重ねが実証しているはずなのだ。重度障害のある利用者への支援のために、こうした
専門性は欠かせない。
しかし、そうした専門性を向上させるための各事業所での予算確保は、2006 年度からの障害者自立支援法
(現・障害者総合支援法)の施行により、非常に困難になってしまった。代わりに登場したのが、成果主義に基づ
く加算による報酬制度や「常勤換算」の名の下での職員の非常勤化の加速である。今では現場の職員が「働き
がい」を感じられない職場に変質してしまい、多くの職員が疲弊しきっているのが実態ではなかろうか。そうした
職員がやる気を回復するための人材育成や十分な職員研修は、現行の報酬単価ではとても困難である。
もう、ここまで述べれば明らかなように、これでは利用者虐待は減るどころか、むしろ増加の一途を辿るであろ
うことは、安易に想像できる。もし、厚生労働省が本気で障害者施設等から利用者虐待を断ち切りたいのなら、
障害者総合支援法を根本的に見直し、「日割り」「加算」に象徴される競争至上主義や成果主義を、まずは現場
から排除しなければならない。
障害のある利用者に対する虐待は絶対に許せない。しかし、職員が劣悪な労働条件下で働きがいをもてず、
次々と退職してしまうような職場では、利用者本位の専門性はいつまでも育たずに、いつしか虐待が生まれ、そ
してくり返されるに違いないのである。
わたしたちから虐待追放宣言を
わたしたちには、制度改善を求める運動と並行して、現場では困難な中でも職員が個人として成長し、また専
門職集団として高め合うことのできる組織づくりが求められている。
法人・事業所が組織をあげて、障害のある人の権利を守り抜くという姿勢を堅持し、いわゆる対応が困難なケ
ースを抱えた職員が追い込まれないような職員集団づくりがすすめられない限り、N 会のような虐待事例は決し
て対岸の火事ではなく、どこの事業所でも起こりえる問題なのである。
だから、まずはわたしたちは虐待事例など決して生まぬよう、ここに誓おうではないか。
すでに各法人や事業所では、虐待防止委員会などが設置されているかもしれない。しかし、形だけの組織で
は虐待は防止できないのだ。虐待を本当に根絶するためには、本気で職員ひとりひとりが個人としても、法人や
事業所が組織としても、そして法律や制度など、社会の仕組みとしても変わらねばならない。そのためには、ま
ずは日常のひとつひとつの支援が、障害のある人の人格や尊厳を侵害していないか、という真摯なふり返りが
個人としても、組織としてもとりくまれていなければならないということなのだ。まずは、虐待の温床、虐待の芽は、
日常の支援の中にあるということを確認することから始めよう。
2006 年に障害者自立支援法が施行されてから、間もなく 10 年目の春を迎える。新年度を前に、あらためて実
践現場から障害のある人びとの人権保障について、利用者を含めいま一度みんなで考え、話し合ってほしい。
(TOMO幸)
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