「東京圏以外」に目を向けることが重要~(PDF/770KB)

みずほインサイト
政 策
2015 年 3 月 10 日
北陸新幹線への期待と不安
政策調査部主任研究員
観光では「東京圏以外」に目を向けることが重要
03-3591-1318
岡田豊
[email protected]
○ 2015年3月14日に金沢まで開業する北陸新幹線は、東京圏からの北陸方面への所要時間を大幅に短
縮させることから、観光などで大きな期待が寄せられている
○ しかし、長野新幹線や東北新幹線などの先例をみると、観光効果は開業初年度をピークに減少して
いく一方、消費や事業所が域外の大都市へ流出するストロー効果が懸念される。
○ 観光で持続的な効果をもたらすためには、着地型観光などソフト面で工夫を重ねてリピーターを増
やすことに加え、東京圏以外の沿線住民に向けた広報活動の強化が望まれる
1.計画から約 40 年を経て、ようやく金沢まで開業する北陸新幹線
北陸新幹線は長野~金沢間が2015年3月14日に開業する。東京から高崎、長野、北陸を経由して大阪
へ至る北陸新幹線は、1973年に整備計画が決定されてから、すでに40年以上経過している。そのうち、
東京と長野を結ぶ区間(長野新幹線)が1998年の長野オリンピック・パラリンピックに合わせて先行
開業した。それが今回、金沢まで延長される。そのため、先行開業区間の長野新幹線も含めて、当初
計画通り北陸新幹線と呼ばれることになった 1。
新たな開業区間について長野から先の駅を列挙すると、飯山~上越妙高~糸魚川~黒部宇奈月温泉
~富山~新高岡~金沢となり、駅名には著名観光地が目立つ。なお、北陸新幹線の残りの区間につい
ては、金沢~小松~加賀温泉~芦原温泉~福井が2020年度に、福井~南越(仮称)~敦賀が2022年度
に、それぞれ開業予定である。一方、敦賀~大阪間は、候補とされる3ルートで調整がついていない 2
ため、北陸新幹線の全線開業時期は未定である。
北陸新幹線は、1970年に成立した「全国新幹線鉄道整備法」に基づく整備新幹線の一つである。整
備新幹線は、1964年の開業以降、予想以上の効果を上げた東海道新幹線の成功を、全国に広げること
を目的に考えられたものである。まだ開業していない整備新幹線の現況を記すと、北海道新幹線は新
青森~新函館北斗が2016年3月に、新函館北斗~札幌が2030年度に、博多と長崎を結ぶ長崎新幹線が
2022年に、それぞれ開業予定となっている(2015年2月末現在)。訪日外国人が近年増加していること
や、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が2013年に決定されたことなどから、それらの
地方への波及効果を狙って、残りの整備新幹線の開業について早期化を期待する声が、計画されてい
る沿線自治体や政府与党内で大きく、開業時期については今後、さらに前倒しされる可能性もあろう。
1
2.北陸新幹線がもたらすメリット・デメリット
(1)時間短縮効果がもたらす、東京圏からの観光客の増加
東京圏から富山や金沢への交通アクセスはこれまで不便であった。特に北陸随一の観光地である金
沢は、越後湯沢駅経由の上越新幹線+特急の併用はもちろん、航空機を利用するとしても最寄りの小
松空港が金沢まで遠いなど、アクセスに難がある都市であった。それが北陸新幹線開業により、所要
時間が大幅に短くなる。たとえば、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」タイプに相当する「かがやき」3
は大宮以降、長野・富山・金沢の3駅にしか停車しないため、東京~金沢が約2時間半となる。さら
に、列車での所要時間が「航空機より列車を選ぶ人が多くなる」とされる3時間を切るため、今まで
空路を利用していた人も新幹線に切り替える人が相当出てくると予想される。
これにより最も期待できるメリットは、観光客の増加であろう。航空機は新幹線に比べて概ね値段
が高いだけでなく、空港までの移動や空港での保安検査なども想定しておかねばならず、新幹線の方
が航空機より気軽に利用しやすいからだ。また、金沢駅はもちろん、北陸新幹線の新駅の名称から容
易に想像できるように、開業地域には著名観光地が多い。金沢駅下車の観光客のほとんどが利用する
東口に設置された和風の「鼓門」(以下の画像)が大きな話題となっているように、開業地域で観光
客をターゲットとした対応が進んでいる。さらに、これまでの新幹線開業時と同様に、JRグループが
北陸新幹線のキャンペーンを大々的に行っている。これらの効果から、東京圏からかなりの観光客が
北陸に向かうのは間違いない。
(北陸新幹線の開業を見越して、2005年3月に完成した金沢駅東口正面の巨大な木製の「鼓門」は、金沢の伝統芸能である「加賀宝生」の
鼓をイメージしたもの。その奥のガラス製構造物は「もてなしドーム」という、アルミトラスと強化ガラスでできた巨大な屋根。これは、
雨や雪が多い金沢における「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」を表現したもの。なお、画像はみずほ総合研究所が現地にて撮
影。)
2
(2)長続きしにくい観光効果
一方、新幹線開業のデメリットとして、往復時間の短縮により大都市にヒト・モノ・カネが吸い取
られるストロー効果が懸念される。たとえば、北陸在住者が東京圏で買い物をするようになったり、
東京圏に本社のある企業が日帰り出張圏になった北陸の支社を縮小したりすること等が予想される。
また、ストロー効果では北陸内での各都市で明暗が分かれる可能性もある。たとえば、北陸では随一
の経済力を誇る金沢に、北陸の他の地域からの買い物客が増えたり、北陸の支社を金沢のみに縮小し
たりすることも予想される。
新幹線開業のメリット・デメリットで留意すべきなのは、メリットである観光効果が長続きしにく
いことである。たとえば、青森県の代表的な観光イベントである「青森ねぶた祭」の観光客数をみる
と、東北新幹線が青森県八戸に2002年12月に延伸され、その翌年の2003年にはやや増加したものの、
その後は減少傾向となった。また、東北新幹線が青森に延伸された2010年12月以降の観光客数をみる
と、東日本大震災(2011年3月)の影響で2011年は落ち込んだものの、その後、東北全体の復興を願う
観光客の増加も相まって、2012年はやや持ち直した。しかし、2013年以降の観光客数は再び減少傾向
をたどっている(図表1)。また、長野県の観光客数をみると、長野新幹線開業時は長野オリンピッ
ク・パラリンピックの効果もあって大きく伸びているものの、その後は、数え年で7年に一度の「善光
寺の御開帳」開催年 4以外は、基本的に減少傾向となっている 5。
図表1
東北新幹線の延伸と青森ねぶた祭観光客数の関係
(万人)
400
350
300
盛岡~八戸間開業
(2002年12月)
250
八戸~新青森間開業
(2010年12月)
200
150
100
50
0
1990
1995
2000
2005
2010
2014
(年)
(資料)青森県観光企画課『青森県観光入込客統計』各年版などにより、みずほ総合研究所作成
3
高崎から金沢にかけての北陸新幹線沿線の人口動向をみると、今後は全ての都市で人口減少が避け
られない(図表2)。人口減少は、企業からみれば消費地として、また人材供給地として、ビジネス
を展開するうえでの魅力を減退させるのは間違いない。したがって、観光客の多い開業から間もない
時期は、メリットが多い北陸に企業が進出してきたとしても、観光効果が落ちていく中で人口減少が
進めば、北陸地方の中心都市で他の都市に比べて今後の人口減少率が低いと見込まれる金沢市などを
除いて、ストロー効果が徐々に進んでいく可能性があろう。
3.観光では「東京圏以外」にも注目すべき
以上を踏まえると、新幹線開業地域としては、開業のメリットを持続的に創造していくことが肝要
だ。期待の大きい観光でいえば、観光客を熱心なリピーターに変える新たなサービスを開発したり、
東京圏以外の沿線都市での宣伝を強化したりするなど、息の長い努力が求められる。
まず、観光の新たなサービスでは、着地型観光 6の開発が期待されるが、その際、JR九州の「ななつ
星 in 九州」(以下、ななつ星)のようなクルーズトレイン 7が参考になろう。九州各地の観光資源を
超豪華列車でゆったり巡るななつ星は、最短の一泊二日のプランでさえ、一人20万円以上かかる超豪
華旅行であるが、2013年の運行開始以降、応募倍率が数十倍に達する 8など、爆発的な人気を誇ってい
る。海外富裕層からの注目も高く、九州を飛び越えて日本を代表するコンテンツに育ちつつある。
図表2
北陸新幹線の沿線都市の2040年の人口水準推計値(2010年比)
(%)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
(注)高崎~金沢間の北陸新幹線の駅が所在する自治体が対象。
(資料)国立社会保障・人口問題研究所『日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)』2013年
4
また、ななつ星は定員が少ないため実際の利用者数は限定的であるが、その波及効果は大きい。な
なつ星が立ち寄る観光資源、ななつ星で提供される料理の特選素材などの宣伝効果が大きく、ななつ
星利用者以外にも注目度が高まっているからだ。新幹線開業となると、新幹線停車駅を持つ地域とそ
れ以外の地域の格差が拡大しかねない。北陸新幹線開業で便利になる金沢駅を起点に、北陸版クルー
ズトレインを運行させれば、新幹線沿線以外の北陸の魅力をアピールすることで、北陸新幹線開業の
効果を地域全体にいきわたらせる効果が期待できよう。
次に、東京圏以外からの観光客の増加に期待をかけてみるのも一計であろう。金沢までの所要時間
の短縮割合でいえば、長野~金沢などの方が東京~金沢より大きい(図表3)。沿線には金沢市、富
山市、長野市など比較的人口が多い都市が少なくなく、相互に観光客が増えることは間違いない。た
とえば、富山市や金沢市とのアクセスが大幅に改善する長野市では、著名観光施設である善光寺など
に北陸新幹線開業の効果が大いに期待できるはずだ。
さらに、視点を変えて、地域住民を観光のターゲットにしてはどうだろうか。たとえば、八戸では
寒い冬季期間に観光客が伸び悩むのは避けられないため、地域住民でも楽しめる観光資源を考えた。
卸売市場で購入した新鮮な魚介類のバーベキューを手軽に楽しめる店などを集めた飲食棟が設けられ
た「八食センター」や、B級グルメとして著名な「せんべい汁」などを手軽な価格で提供する屋台村「み
ろく横丁」などが新幹線開業に伴って開発された9。その結果、地域住民の人気という「クチコミ」効
果が、徐々に域外に広がっていって、今ではそれらの施設に行くコースが東京圏からの日帰り観光と
して定番となるほどの人気を博している。北陸新幹線沿線には人口が比較的多い自治体が並んでいる
ので、地域住民を対象とした観光は大いに期待できる。また、前述のななつ星は、利用者に九州在住
の高齢者が目立つなど、域内シニアマーケットの開拓に寄与している。北陸新幹線沿線は比較的高齢
化率が高い都市が目立つが、それゆえ有望なマーケットになる可能性を秘めている。
図表3
東京発
長野発
北陸新幹線の所要時間短縮効果
富山着
金沢着
現行
194 分
231 分
新幹線
128 分
148 分
割合
66%
64%
現行
166 分
204 分
新幹線
45 分
65 分
割合
27%
32%
(注)1.現行の所要時間は列車を利用したもので、東京発が越後湯沢経由、長野発は直江津経由のもの。
2.割合とは、現行の所要時間を100%とした時の、北陸新幹線(「かがやき」利用時)の所要時間の割合。
(資料)JR東日本『2015年3月ダイヤ改正について』などにより、みずほ総合研究所作成
5
このように考えれば、北陸新幹線の駅所在地の自治体として金沢や富山に匹敵する人口を有する高
崎や、駅所在地周辺が富裕層所有の別荘地として知られる軽井沢に、「かがやき」が停車しないのは
少しもったいない。高崎駅と軽井沢駅はともに周辺に有力観光資源が多く、北陸と相互に観光客の行
き来が増えれば、観光業のさらなる発展が期待できよう。特に「かがやき」が停車しない高崎駅は、
北陸新幹線の金沢開業による時間短縮効果があまりない。東京圏から富山や金沢への所要時間をでき
るだけ短縮するために「かがやき」の停車駅が減らされているのであろうが、持続的な観光効果を考
えれば、土日祝日や長期休暇期間における「かがやき」の高崎駅や軽井沢駅への停車が今後検討され
てもよいのではないか。
観光といえば、どうしても巨大都市圏である東京圏からの観光客に注目が集まりがちである。しか
し、東京圏以外の沿線住民や地域住民など「東京圏以外」の観光客に目を向けてみることで、観光の
メリットをできるだけ長く持続することが重要であろう。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
正確には、長野新幹線は北陸新幹線の一部であるため、当初、
「長野行き新幹線」と呼ばれていた。
ルート決定が遅れている背景としては、①福井県内の自治体間でルートの誘致競争が続いていること、②現在の在来線の
特急(
「サンダーバード」など)でも大阪・京都~福井・金沢・富山は比較的短時間であること(たとえば、特急による大
阪~金沢の所要時間は2時間半程度)や、③東京方面から敦賀以西に延伸しても、北陸新幹線の所要時間は現行の東海道
新幹線の米原駅経由ルートと比較してあまり短縮が見込めないうえ、品川~名古屋のリニア新幹線の 2027 年開業以降は
名古屋乗り換えルートがかなり便利になること、などがあげられる。
北陸新幹線には「かがやき」以外に、東京~金沢間の多くの駅に停車する「はくたか」
、金沢と富山を往復する「つるぎ」
、
東京~長野間を往復する「あさま」の運行が予定されている。
善光寺の御開帳とは、秘仏の本尊の代わりである「前立本尊」が数え年で 7 年に一度(6 年間隔)見学できることである。
長野新幹線開業後では、御開帳は 2003 年、2009 年に行われ、次は 2015 年の予定である。また、2013 年には東日本大震
災で亡くなられた方のご供養や被災地の復興支援のために、各地に「前立本尊」が出向いて開帳される「出開帳」が、東
京の両国回向院にて行われた。
長野新幹線開業時の効果については、
「~北陸新幹線の開業を控えて~北陸新幹線開業のインパクト④新幹線の歴史Ⅱ」
(北陸経済研究所『北陸経済研究 2014・8』
)を参考にした。2015 年 3 月現在も連載中であるが、一連のシリーズは新幹
線開業のこれまでのインパクトをまとめて見るのに適している。
これまでの観光旅行では、多くの観光客の「発地」である大都市部の旅行会社が、団体向けのパッケージツアーを組んで、
観光客に著名な観光地を効率的に巡ってもらうスタイルが主流であった。これに対し、増加しつつある個人や友人主体の
旅行では、旅慣れた者や既に訪れたことがある者などを中心に、著名な観光地以外へのニーズが比較的高い。そのため、
観光客の「着地」となる観光地自らが、大都市部の旅行会社では容易に知りえない、潜在的な地域資源を活用した「着地
型旅行」を提案することが、今後の観光客増加の鍵とされる。
クルーズトレインとは、豪華客船の列車版にあたる造語である。ななつ星は、一つの車両に 2~3 部屋しかない贅沢な寝
台客室はもちろん、旅行中は列車内で贅を尽くした料理が一流シェフによって提供されるなど、豪華列車での移動そのも
のを楽しむ目的で開発されている。このななつ星の成功をきっかけに、JR 東日本や JR 西日本でもクルーズトレインの開
発が進められるなど、ブームとなっている。
ななつ星は定員が少ないので、応募者から抽選で当選者を決めるという方式を採用している。
詳しくは、岡田豊「青森県の地域活性化事例」
(みずほ総合研究所『みずほ地域経済インサイト』2008 年)を参照のこと。
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
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