倍増可能 -カギは労働市場の流動化

公益社団法人
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2015 年 3 月 13 日
2020 年までの対内投資、倍増可能
-カギは労働市場の流動化、専門職教育の普及-
日本経済研究センター
世界貿易機関(WTO)における多角的な貿易自由化交渉が停滞する中で、現在、各国が
広域経済連携協定交渉を競い合うメガ・リージョナリズムの時代になっている。日本は環太平
洋経済連携協定(TPP)をはじめ東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日欧 FTA(自由貿易
協定)という 3 つの広域経済連携協定の結節点に位置している。
昨年度、日本経済研究センターは長期予測の中で、2010 年から 50 年までの実質 GDP の
年率成長率が、基準シナリオでは 0.2%であるのに対して、改革を実行するシナリオでは 1.4%
まで高めることが可能と予測、その差の 7 割は市場開放度を高めることで達成できると分析し
た。そこで、市場開放度向上を成長へ結びつける具体的な道筋を探るために、「メガ・リージョ
ナリズムの時代研究会」を立ち上げ、2015 年度にかけて検討を進めている。
広域経済連携協定の恩恵を享受するためには、まず、海外の優れた企業や人材を国内に
呼び込むことが必要である。2020 年までに日本の対内直接投資残高を倍増させる政府目標
が達成可能か、同研究会の中間報告として、服部・舘(2015)の中からシミュレーション分析と
倍増へのカギがどこにあるのか、紹介する。
<ポイント>

対名目 GDP 比で見て、日本の対内直接投資残高は経済協力開発機構(OECD)加盟国で
最低水準にある。日本の投資コストが高いことと、専門技術・管理者が不足していることが、
対内投資の障害になっている可能性が高い。

政府は 2020 年までに対内直接投資残高を倍増することを目標に掲げている。対内投資の
決定要因に関する推計結果を基に、2020 年までに日本の同残高を倍増させるためのシミ
ュレーションを行ったところ、スイス並みに投資コストを削減し、専門技術・管理者比率を引
き上げることで、目標の達成が可能であることが分かった。

そのためには、労働市場や教育制度のあり方を改善する必要がある。①雇用のセーフティ
ーネットの整備と人材の有効活用が同時に可能となるように、労働市場の柔軟性を高める
こと、②市場の需要に応える専門人材を育成するよう教育制度改革をさらに推し進めるこ
と、の 2 点がカギとなる。

メガ・リージョナリズムの時代研究会は、岩田一政理事長、猿山純夫首席研究員、服部哲也特任研究員/拓殖大
学政経学部教授、舘祐太研究員で構成した。
http://www.jcer.or.jp/
http://www.jcer.or.jp/
-1-
日本経済研究センター
1.
「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
低水準の対内投資残高――容易でない「2020 年までの倍増」
対内直接投資は、投資を受け入れる国にとって、①雇用や設備投資、生産の増加、②生産
性の高い企業が国内へ進出することにより、進出企業から現地企業へ経営ノウハウや技術が
移転するスピルオーバー効果、といった経路を通じて、投資受入国に大きな便益をもたらすと
考えられる。対内直接投資にこのようなメリットが確認されている一方、我が国への対内直接投
資は低い水準にとどまっており、対内直接投資が活発に行われている欧州先進諸国のみなら
ず、同じアジアに属する韓国よりも少なくなっている(図 1)。
図 1 日本の対内直接投資(対名目 GDP 比、2005~2012 年平均)は OECD で最低水準
(対名目GDP比、%)
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
日
本
韓
国
ギ
リ
シ
ャ
イ
タ
リ
ア
ド
イ
ツ
米
国
ニ
ュ
ー
ジ
ー
ラ
ン
ド
フ
ラ
ン
ス
ス
ペ
イ
ン
豪
州
オ
ー
ス
ト
リ
ア
イ
ス
ラ
エ
ル
ス
ウ
ェ
ー
デ
ン
英
国
ス
イ
ス
ハ
ン
ガ
リ
ー
ア
イ
ル
ラ
ン
ド
(資料)OECD, International Direct Investment、IMF, World Economic Outlook Database
このような状況を打開するために、政府は、「日本再興戦略」において、「国内のあらゆる企
業や人材がグローバル経済の利益を享受できる環境を整備するとともに、海外の優れた人材
や技術を日本に呼び込み、雇用やイノベーションの創出を図る」とし、2012 年末時点で 17.8
兆円だった日本の対内直接投資残高を 2020 年に 35 兆円へと倍増することを目標に掲げてい
る。しかしながら、2013 年末時点で日本の対内直接投資残高は、18 兆円に過ぎず、その達成
は容易でないと考えられる(図 2)。
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-2-
日本経済研究センター
「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
図 2 日本の対内直接投資残高はリーマンショック後に停滞
20
(兆円)
(対名目GDP比、%)
5.0
18
対内直接投資残高
4.5
16
対名目GDP比(右目盛)
4.0
14
3.5
12
3.0
10
2.5
8
2.0
6
1.5
4
1.0
2
0.5
0
0.0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
(資料)財務省、日本銀行、内閣府
2.
(暦年末)
投資コストの高さと専門技術・管理者比率の低さが阻害要因に
服部・舘(2015)1では、対内直接投資の決定要因を検証した結果、日本への投資を妨げて
いると考えられる 2 つの要因に着目した。
第一に着目したのは、日本の投資コストの高さである。投資コストの低さを表す World
Economic Forum の投資指標2を用いて、日本と諸外国を比較すると、日本の投資指標は低く、
投資コストは、まだ高い(図 3)。日本の投資指標は推計に用いた OECD の国々の平均より低く、
対内直接投資も少なくなっている。これと対照的なのはスイスであり、その投資指標は最も高く、
それに伴って、対内直接投資も多くなっている(図 4)。海外進出企業にとって、進出する国の
投資コストの高さは、直接的にその投資を妨げる要因となっている。
1
同論文では、「知識資本モデル」を基に直接投資を検証した。知識資本モデルは、設計・マニュアルの作成、ブラ
ンドの確立、R&D などの本社サービスを中心に、経済規模、輸送費用、要素賦存量などにより、均衡において、企
業がどのように海外直接投資を選択するのかを理論的に説明する。日本への海外直接投資が多い OECD 上位 16
ヵ国及び日本について、2005~2012 年の対内直接投資の決定要因を推計したところ、同モデルが想定する符号
条件とすべて一致し、概ね有意であるとの推計結果を得た。詳細については、同論文を参照。
2
この指標は、値が高いほど投資コストが低いことを表す。
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「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
図 3 日本の投資コストはまだ高い(各国の投資指標、2005~2012 年平均)
70
(偏差値:推計に用いた国の平均値=50、標準偏差=10)
投資コストが高い
投資コストが低い
60
50
40
30
20
10
0
イ
タ
リ
ア
ギ
リ
シ
ャ
韓
国
ハ
ン
ガ
リ
ー
ス
ペ
イ
ン
日
本
フ
ラ
ン
ス
イ
ス
ラ
エ
ル
ア
イ
ル
ラ
ン
ド
オ
ー
ス
ト
リ
ア
ド
イ
ツ
豪
州
(資料)World Economic Forum
ニ
ュ
ー
ジ
ー
ラ
ン
ド
米
国
ス
ウ
ェ
ー
デ
ン
英
国
ス
イ
ス
図 4 対内直接投資と投資指標の関係
対内直接投資(対名目GDP比、2005~2012年平均、%)
5.0
スイス
ハンガリー
4.0
英国
3.0
2.0
ギリシャ
韓国
1.0
日本
米国
イタリア
0.0
30
40
50
60
70
投資指標(2005~2012年平均、偏差値)
(資料)OECD, International Direct Investment、IMF, World Economic Outlook Database、World Economic Forum
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-4-
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「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
次に、着目したのは、日本の専門技術・管理者比率3の低さである。海外進出企業は、投資
国の本社で、設計・マニュアルの作成、ブランドの確立、R&D などの本社サービスを供給する
一方、投資受入国に海外直接投資を行って設立した生産工場で、その国の消費者向けに最
終財を生産する。このとき、本社サービスや最終財の生産には、高い技術を備えた専門技術・
管理者が必要になるため、投資受入国に専門技術・管理者がいなければ、投資受入国で最
終財を生産することが難しくなる。つまり、投資受入国の専門技術・管理者比率の低さが対内
直接投資の阻害要因になるというわけだ。
OECD に加盟している他の国と比較して、日本の専門技術・管理者比率は非常に低い(図
5)。対内直接投資と専門技術・管理者比率の散布図を見ると、日本の対内直接投資の少なさ
と専門技術・管理者比率の低さがうかがえる。対内直接投資が多く、専門技術・管理者比率が
高いスイスとは、この点でも対照的である(図 6)。
図 5 専門技術・管理者比率(2012 年)で日本は見劣り
40
(%ポイント)
30
日本より専門技術・管理者比率が高い
20
日本より専門
10 技術・管理者
比率が低い
0
日本をゼロ
として
-10
-20
韓
国
日
本
ギ
リ
シ
ャ
ス
ペ
イ
ン
イ
タ
リ
ア
ハ
ン
ガ
リ
ー
米
国
オ
ー
ス
ト
リ
ア
ア
イ
ル
ラ
ン
ド
イ
ス
ラ
エ
ル
ド
イ
ツ
ニ
ュ
ー
ジ
ー
ラ
ン
ド
豪
州
フ
ラ
ン
ス
英
国
ス
ウ
ェ
ー
デ
ン
ス
イ
ス
(注)データの都合上、ニュージーランドのみ2008年の値を使用している。
(資料)ILO, ILOSTAT
3
専門技術・管理者とは、ILO の分類で、「1.Managers」、「2.Professionals」、「3.Technicians and associate
professionals」に属する就業者を指す。日本の労働力調査では、管理的公務員、法人・団体役員などの「管理的職
業従事者」、技術者、研究者、経営・金融・保険専門職業従事者などの「専門的・技術的職業従事者」が専門技術・
管理者にあたる。
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日本経済研究センター
「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
図 6 対内直接投資と専門技術・管理者比率の関係
対内直接投資(対名目GDP比、2005~2012年平均:%)
6.0
アイルランド
5.0
スイス
ハンガリー
英国
4.0
3.0
2.0
米国
韓国
1.0
日本
0.0
10
20
30
40
50
60
専門技術・管理者比率(2005~2012年平均、就業者合計に占める割合:%)
(資料)OECD, International Direct Investment、IMF, World Economic Outlook Database、ILO, ILOSTAT
3.
日本の対内直接投資残高は倍増できる
そこで、服部・舘(2015)では、対内直接投資の決定要因に関する理論モデルに基づいて
実証分析を行い、得られた推計結果を用いて、日本の対内直接投資の阻害要因を改善したと
きに、2020 年に日本の対内直接投資残高倍増が実現可能であるのか、シミュレーション分析
を行った。具体的には、①日本の投資コストの高さ、②日本の専門技術・管理者の少なさ、と
いう 2 つの要因を、トップランナーとなっているスイス並みに改善した場合、2020 年末時点の対
内直接投資残高がどのようになるのかを試算した。
対内直接投資残高の過去のトレンドで延伸した場合をベースラインとすると、その場合には
2020 年末での倍増は達成できないが、上記 2 つの指標がスイス並みに改善した場合のシミュ
レーションケースでは、2020 年末での残高倍増を達成できるという結果となった(図 7)。
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中間報告
図 7 スイス並み改善で、2020 年に日本の対内直接投資残高は倍増
40
(兆円)
対内直接投資残高
35
シミュレーションケース
政府目標(2020年末:35兆円)
30
予測
25
20
15
10
5
0
95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
(資料)財務省、日本銀行
(暦年末)
4.
日本とスイスの差を埋めるためには、労働市場の流動化、専門職教育の普及がカギ
それでは、日本の対内直接投資残高倍増を実現するため、スイス並みに投資指標と専門
技術・管理者比率を引き上げるには、何が求められるのだろうか。
日本とスイスの投資指標の各項目を比較すると、少数企業の市場支配の項目を除くと、日
本の投資指標の各項目は、いずれもスイスに劣っている。特に、企業の外国人所有、金融サ
ービスの利用可能性という金融・資本市場に関する項目に加えて、雇用・解雇規制という労働
市場に関する項目について、まだ、改善の余地が大きいことが伺える4(図 8)。スイスでは、クレ
ディ・スイスや UBS といった世界的に有名な金融機関が存在することや、雇用契約を労使の合
意のもとで柔軟に変更できること(JETRO(2009))などがこれらの指数で評価されているとみら
れる。
4
日本の対内直接投資を増加させるためには、金融市場についても改革しなければならない点は多い。対 GDP 比
で見たときに、日本の社債市場の規模は小さく、日本は間接金融中心の資金調達から完全に脱することができて
いない。これまで以上に金融市場改革を推し進め、日本の直接金融が深みのあるものとなれば、企業が市場から
直接資金調達することが容易になり、海外から日本への企業進出を後押しすることにもつながるだろう。
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-7-
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中間報告
図 8 日本とスイスの投資指標の比較(2005~2012 年平均)
総合
平均
80
I-1 企業の外国人所有
70
I-8
I-1
60
I-2 ベンチャー・キャピタルの利用可能性
50
I-3 雇用・解雇規制
40
I-7
I-2
I-4 少数企業の市場支配
30
I-5 司法の独立性
I-6 借り入れの容易性
I-6
I-3
I-7 金融サービスの利用可能性
I-5
I-8 知的財産権の保護
I-4
日本
スイス
(注)各指標の値は推計に用いた国の中での偏差値。数字が大きいほど投資環境が整っていることを示す。
(資料)World Economic Forum
次に、スイス並みに日本の専門技術・管理者比率を引き上げるためには何が求められるの
かを考察するために、World Economic Forum の global competitiveness report の中で、専門
技術・管理者比率と関係があると思われる労働、教育、技術に関する 15 の指標5と相関する指
標がどれかを検討したところ、労働市場の効率性、知的財産権の保護、教育制度の質、経営
大学院の質、女性の労働力人口の男性に対する比率、ベンチャー・キャピタルの利用可能性、
の 6 つが浮かび上がった6。
そこで、これら 6 つの指標について、日本とスイスの順位を比較すると、教育制度の質、特に、
経営大学院の質については、スイスが 1 位であるのに対して、日本は下位(対内直接投資の
推計に用いた国の中で 14 位、OECD 加盟国のうち ISCO の基準が同じ国の中で 25 位)であ
り、大きな差が存在する(図 9)。また、女性の労働力人口の男性に対する比率については、ス
イスが比較的上位(対内直接投資の推計に用いた国の中で 3 位、OECD 加盟国のうち ISCO
の基準が同じ国の中で 11 位)であるのに対して、日本は下位(対内直接投資の推計に用いた
国の中で 12 位、OECD 加盟国のうち ISCO の基準が同じ国の中で 25 位)であり、両者の間に
は差が見られた。
5
15 の指標は、女性の管理者比率、企業内教育(On the Job Training)、労働市場の効率性、R&D 投資、イノベー
ション、知的財産権の保護、教育制度の質、数学・科学教育の質、経営大学院の質、起業に必要な手続の数、起
業に必要な日数、利益に占める税の割合、女性の労働力人口の男性に対する比率、ベンチャー・キャピタルの利
用可能性、ビジネスの洗練度。
6
ここでは、対内直接投資の推計で対象とした国のみではサンプル数が少なくなるため、OECD 加盟国のうち、
ISCO(国際標準職業分類)の基準が同じ国についても、同様に、専門技術・管理者比率と 15 の指標とのあいだで、
ケンドールの順位相関係数とスピアマンの順位相関係数を計算した。
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-8-
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「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
図 9 専門技術・管理者比率と関連する指標の日本とスイスの比較
01
5
R-1
両者の差
が小さい
10
R-6
R-1 労働市場の効率性
R-2
15
R-2 知的財産権の保護
20
25
R-3 教育制度の質
30
R-4 経営大学院の質
R-5
両者の差
が大きい
R-5 女性の労働力人口の男性に対する比率
R-3
R-6 ベンチャー・キャピタルの利用可能性
R-4
日本
スイス
(注)OECD30ヵ国の中で各指標における順位を示す。
(資料)World Economic Forum
日本とスイスの違いは、投資指標の項目でもみた、両国の労働市場の柔軟性と関係がある
と考えられる。スイスは、雇用・解雇規制が緩やかである一方で、失業給付が厚く、失業時の
みならず、在職中も技能向上を図ることができるなど、職業訓練制度がよく整備されており、労
働の流動性が高い。また、スイスでは、9 年間の義務教育修了後、大学へ進学するために高
校へ進むのか、それとも、サービス、建設、エンジニア、報道など職業別に一般企業で実務訓
練を受ける職業訓練コースへ進むかを選択するデュアルシステムがとられており、職業別に能
力を育む教育制度が流動的な労働市場を支えている。加えて、スイス連邦工科大学というエ
ンジニアリングや科学に優れた大学が存在し、それを求めて企業が進出してくるだけでなく、
進出した企業と連携し職業訓練や専門教育、インターンの受け入れなども積極的に行われて
いる(R.ジェイムズ・ブライディング(2014))7。
つまり、日本がスイスとの差を埋めるためには、多様な働き方を認め、再チャレンジが可能と
なるように、労働市場の柔軟性を高め、雇用のセーフティーネットの整備と人材の有効活用が
同時に可能となるように、労働市場の改革を行う必要がある。また、市場の需要に応える人材
を育成するよう教育制度改革を進める必要がある8。これらの改革を実現することは、スイスとの
差を埋め、日本の対内直接投資残高倍増を実現することにつながるのみならず、国内外の新
規企業の参入を促し、速やかな国内産業構造の転換を可能にすることを通じて、日本国内の
収益性を高め、さらには、日本の立地競争力向上にも寄与することにつながるだろう。
7
スイスにおける職業教育の詳細に関しては安部(2006)を参照。
本論は、知識資本モデルによる実証分析に基づき、対内直接投資をどうすれば増加できるかを論考しているため
に、法人税の問題は取り上げていない。スイスの法人税は州により異なるが、概ね 20%台前半であり、他の欧州諸
国と比較して、法人税が低く、それがスイスの対内直接投資に影響している可能性もある。法人税減税により対内
直接投資を促し、成長を呼び込むことが必要であるという点については、日本経済研究センター(2014)で詳細に
論じている。
8
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日本経済研究センター
5.
「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
結び
対内直接投資が投資受入国にもたらす利益が広く認識されるようになり、日本の対内直接
投資をどう増加させるかが重要な政策課題となっている。政府は、2020 年に日本の対内直接
投資残高倍増を目標に掲げているが、このままではその達成は困難であると考えられる。
服部・舘(2015)では対内直接投資の決定要因に関して推計を行い、日本の対内直接投資
についてシミュレーションを行ったところ、2020 年にかけて、スイス並みに投資コストを削減し、
専門技術・管理者を育成するならば、2020 年に日本の対内直接投資残高倍増が達成可能で
あるとの結果となった。
スイス並みに投資コストを削減し、専門技術・管理者を育成するためには、何が求められる
のか。日本とスイスの投資指標の各項目を比較するとともに、専門技術・管理者比率と労働、
教育、技術に関する 15 の指標との相関関係を調べたところ、日本の労働市場、教育制度につ
いて改善の余地が大きいことが確認された。したがって、日本の対内直接投資残高倍増を実
現するためには、日本の労働市場、教育制度改革をさらに推し進める必要がある。海外直接
投資が将来を見据えての企業行動の結果であることを考えると、日本の労働市場、教育制度
改革という将来に向けての大きな国内制度改革への取り組みは、日本の対内直接投資を増
加させるために非常に重要であり、国家戦略特区の活用や外国企業誘致・支援体制強化など
の具体的な政策も、このような将来に向けての大きな国内制度改革と一体になることによって、
より効果を発揮することになるであろう。
また、今後、日本の少子高齢化が進展し、日本の経常収支が赤字化すると、国内投資を賄
うためには、海外から資金を呼び込む必要があり、その点でも、日本への対内直接投資を恒
常的に増加させることが求められる。例えば、日本の専門技術・管理者比率を高めることにより、
成長するアジアの中での研究開発拠点としての地位を担い、海外からの資金、直接投資を呼
び込んでいくことが考えられる。
日本の対内直接投資残高倍増のための労働市場改革、教育制度改革は、単に海外から
日本への企業進出に伴う経済成長をもたらすのみならず、同時に、国内企業の新規参入を可
能にし、国内企業自身の収益性を高めることにもつながる。グローバル化の利益を享受するた
めには、国内制度改革が必要となるが、それは、とりもなおさず、国内制度改革の主体となる
当事者自身の利益にかなうものとなるであろう。
本稿の問い合わせは、研究本部(TEL:03-6256-7740)まで
※本稿の無断転載を禁じます。詳細は総務・事業本部までご照会ください。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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日本経済研究センター
「メガ・リージョナリズムの時代」研究会
中間報告
参考文献
安部智美(2006)「スイス職業教育の構造-ドイツ・デュアルシステムとの比較-」『職業と技術
の教育学』第 17 号 35~46 頁。
岩田一政・日本経済研究センター編(2014)『人口回復-出生率 1.8 を実現する戦略シナリオ
-』日本経済新聞出版社。
内閣府(2008)「対内・対外直接投資の要因分析-なぜ対内直接投資は少ないのか-」、政
策課題分析シリーズ 1。
日本経済研究センター(2014)「長期予測(2013~2050 年)」
http://www.jcer.or.jp/research/long/index.html
日本経済研究センター(2014)「法人税率 10%引き下げを」
http://www.jcer.or.jp/policy/pdf/140522_policy.pdf
日本貿易振興機構(JETRO)(2009)「欧州各国の雇用政策の現状」ユーロトレンド 2009.8。
服部哲也・舘祐太(2015)「対内直接投資の決定要因-日本の対内直接投資残高倍増は可
能か-」JCER Discussion Paper No.143。
R.ジェイムズ・ブライディング(2014)「スイスの凄い競争力」日経 BP 社。
Carr,D., J.R. Markusen, and K.E.Maskus(2001), “Estimating the Knowledge-Capital Model of
the Multinational Enterprise,” American Economic Review, vol.91(3), pp.693-708.
http://www.jcer.or.jp/
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