「下寺尾官衙遺跡群」の国史跡指定について (PDF 190.4KB)

茅 ヶ 崎 市 記 者 発 表
平 成 2 7 年 3 月 1
教 育 推 進 部 社 会 教
史跡・文化資料館整備 担当課長
電話 0467(82)1111
内線
資 料
0 日
育 課
石井亨
3348
「下寺尾官衙遺跡群」の国史跡指定について
~下寺尾官衙遺跡群の国史跡指定が告示されました。~
文部科学省は茅ヶ崎市下寺尾に所在する「下寺尾官衙遺跡群」について、平成 27 年
3 月 10 日付けで官報告示を行いました。これによって「下寺尾官衙遺跡群」は正式に
史跡に指定されました。
なお、市内における国の文化財指定は平成 24 年度以来 2 年ぶりで、この新指定によ
って本市の国指定文化財は、4 件目(史跡2 重要文化財1 天然記念物1)となりま
す。
1 告示内容
文部科学省告示第38号
告示日 平成27年3月10日
名 称 下寺尾官衙遺跡群(シモテラオカンガイセキグン)
所在地 神奈川県茅ヶ崎市下寺尾字西方
2 評価のポイント
今回の指定は、古代地方官衙を構成する諸施設(郡衙・群寺・船着き場・祭祀場)が
比較的狭い範囲に密集し、官衙遺跡の全体像が把握でき、地方官衙の構造や立地を知る
上で重要であると評価されたものです。
3 今後の予定
(1)史跡の保存整備に必要な保存管理計画の作成を進めます。
(2)史跡に関する公開普及を進めます。
①指定記念シンポジウム
②確認調査現地見学会
③関連講座
参考
【茅ヶ崎市の国指定文化財】
史跡
旧相模川橋脚
重要文化財
天然記念物
宝生寺の銅造阿弥陀三尊立像
旧相模川橋脚
大正
平成
昭和
平成
15
19
34
25
年
年
年
年
10 月 20 日指定
2 月 6 日追加指定
6 月 27 日指定
3 月 27 日指定
【語句の意味】
官衙:現在の「官庁」と同じで、「国府」(今の県庁)や「郡衙」(今の市役所) など、
古代律令制における行政に関する施設の総称として使われる。
史跡:文化財保護法に定められている 記念物の一つで、貝づか、古墳、都城跡、城跡、
旧宅その他の遺跡で、我が国にとって歴史上又は学術上価値の高いもの。
別紙
しもてらおかんが いせきぐん
下寺尾官衙 遺跡群
所 在 地
指定面積
概
茅ヶ崎市下寺尾字西方549番2
ほか
53,941.51㎡
要
さがみのこくたかくら ぐ う け
ぐんが
小出川を望む標高約13mの相模原台地頂部に位置する 相 模 国 高 座 郡家 (郡衙 )と
はいじ
しちどう が ら ん
考えられる下寺尾官衙遺跡(西方遺跡)と台地の南裾に位置する下寺尾 廃寺 跡( 七 堂 伽藍
あと
跡 )からなる。遺跡の西側では8世紀後半から9世紀前半にかけての船着き場と祭祀場
が検出され、寺跡の南東でも祭祀場が検出されているなど、高座郡家に関連する施設が、
相模原台地を中心とする比較的狭い範囲に集中していることが確認されている。
しめんびさしつき
ほったてばしらたてもの
せいでん
郡庁は 7 世紀末から 8 世紀前半に成立し、四 面 廂 付 の 掘 立 柱 建 物 である 正 殿 と、
わきでん
こうでん
脇 殿 、 後 殿 からなっていたものが、8世紀中頃に改変され9世紀前半に廃絶する。正
倉は、郡庁後殿から約100mの空閑地を挟み、台地の北縁に沿って4棟検出されてい
るが8世紀中頃には廃絶している。下寺尾廃寺は、郡庁南西の台地裾の低地に位置する。
掘立柱塀による方形の区画の東側北寄りに金堂、西側の中央付近に講堂と考えられる建
物を置く伽藍は7世紀後半の創建と考えられ、8世紀中頃以降に大きく改変され、9世
紀後半に廃絶する。
官衙遺跡の全体像が把握できるとともに、その 成立から廃絶に至るまでの過程が確認
できる稀有な遺跡であり、地方官衙の構造や立地を知る上で重要である。