No.59~追加金融緩和を促すテイラー・ルール

景気循環研究所
嶋中雄二の月例景気報告
No.59 2015 年 3 月 11 日
追加金融緩和を促すテイラー・ルール
●前年割れ寸前の消費者物価
日銀が13年4月時点で、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に、前年比2%の上昇率に誘
導することを宣言し、その達成に責任を負っている消費者物価指数が、原油価格の急落を主因とする商
品市況の低迷に見舞われ、現在鈍化傾向にある。15年1月には、短期的な参照値となっている「生鮮食
品を除く総合」(いわゆるコア)で0.2%の上昇と、既にゼロ近傍まで鈍化してきている(消費税の影
響を除く。図1、表1)。ガソリン価格とのタイムラグもあって、早ければ2、3月、遅くとも4月には、
マイナスに転落する可能性がある(図2)。
図 1.消費者物価の推移
(前年比、%)
表 1.消費者物価の推移(消費税を除く)
3.0
2.5
②生鮮食品を除く総合
(日本方式コア)
2.0
(前年比、%)
④持家の帰属家賃
を除く総合
全国
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
2
14
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
-2.0
-2.5
③米国方式コア
①総 合
15
-3.0
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
①
②
③
1.4
1.5
1.6
1.5
1.6
1.5
1.3
1.2
1.1
0.8
0.3
0.3
0.3
1.3
1.3
1.3
1.5
1.4
1.3
1.3
1.1
1.0
0.9
0.7
0.5
0.2
0.7
0.8
0.7
0.8
0.5
0.6
0.6
0.6
0.6
0.5
0.4
0.4
0.4
④
1.7
1.9
2.0
2.0
2.0
2.0
1.7
1.6
1.5
1.0
0.5
0.5
0.4
図2. ガソリン価格とコアCPIの関係
(前年比、%)
(前年比、%)
3
40
コアCPI(月次、右目盛)
2
15年1月
0.2%
20
1
10
0
0
-10
-1
ガソリン価格(週次、左目盛)
-20
15年3月2日
-11.8%
(139.3円/㍑)
-30
-40
07
08
09
10
11
12
13
14
-2
-3
15 (年)
(注)コア CPI は消費税の影響を除く。ガソリン価格は全国店頭レギュラーガソリン。
(資料)資源エネルギー庁「石油製品価格調査」、総務省「消費者物価指数」をもとに
三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
1
0.7
0.9
1.0
1.0
0.9
0.9
0.8
0.8
0.7
0.7
0.5
0.4
0.3
0.3
(注)④の持家の帰属家賃を除く総合は、
三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所による推計。
(資料)総務省『消費者物価指数』
(年、月)
(注 1)米国方式コアは、 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合。
(注 2)シャドー部は景気後退期(内閣府)。12 年 4 月の山と同年 11 月の谷は暫定日付。
(注 3)14 年 2Q以降は消費税の影響を除くベース(当研究所試算)。
(資料)総務省『消費者物価指数』
30
東 京 都 区 部 (除 く 生 鮮 )
消費者物価指数に先行する商品市況や国内企業物価は、既に大幅な下落となっている。日経商品指数
17種は、1月に前年比マイナス6.6%まで下落し、前回景気後退時の12年8月の同マイナス9.5%以来の大
幅な落ち込みを記録している(図3)。この結果、1月の国内企業物価指数も前年比0.3%と、あと少し
で前年割れのところまで追い込まれたが、2月は前月比横ばいとなり、前年比では0.5%に持ち直したも
のの、依然として基調は弱い。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所で作成している、国内企業物価の先行指数を「MUMSS
‐LIインフレ版」と称している(図4、表2)。この先行指数は、日経商品指数17種だけではなく、ロン
ドン金価格、原油輸入価格、在庫率指数、新設住宅着工戸数、建築着工床面積(商業)、新車登録台数
(乗用車)、常用雇用指数、現金給与総額、完全失業率、交易条件、ドル・円レート、米生産者物価(最
終財)、M1(平残)といった合計14個の指標から成る。そのMUMSS‐LIインフレ版が、14年11月の110.1
(76年1月=100)から、12月には前月比1.0ポイント低下して109.1に、そして15年1月には3.4ポイント
低下して105.7に下がった。インフレ版の先行期間は、国内企業物価指数の前年比に対して、谷付近で
は1、2ヵ月程度、消費者物価指数(CPI)の前年比に対しては4、5ヵ月程度あるとみられるため、CPIの現
在の前年比における鈍化は、まだ一段と低下するプロセスの中にあると判断できよう。
図4.MUMSS-LI インフレ版と国内企業物価の推移
図3.日経商品指数の推移
( 前年比 、% )
( 1970年 =100)
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
42種(水準)
(右目盛)
(%)
220
125
200
120
180
10
8
13/12
10/4
115
14/6
11/7
160
17種(水準)
(右目盛)
(3月)17種 144.8
42種 176.3
140
110
120
105
100
80
(3月)17種 -5.9
42種 -5.7
17種(前年比)
(左目盛)
60
95
40
90
20
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
12/7
MUMSS-LI インフレ版(左目盛)
2
0
-2
-8
-10
-12
国内企業物価(前年比)(右目盛)
09/7
00
( 年、月)
4
-4
09/8
80
15
6
-6
85
0
-20
00
14/3
1.7 15/1
105.7
10/11
100
42種(前年比)
(左目盛)
15/2
0.5
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
-14
15 (年、月)
(注)
は景気後退期(内閣府調べ)。12 年 4 月の山と同年 11 月の谷は暫定日付。
(資料)日本銀行「企業物価指数」、
三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所「MUMSS先行指数」
(注)
は景気後退期(内閣府)。直近の日経商品指数 17 種は 15 年 3 月 10 日、
同 42 種は 15 年 3 月 6 日の値。12 年 4 月の山と同年 11 月の谷は暫定日付。
(資料)日本経済新聞社
表2. MUMSS-LI インフレ版・個別指標の推移
消費者物価
企業物価 MUMSS-LI インフレ版
①日経商品指数17種 ②ロンドン金価格
③原油輸入価格
④在庫率指数(逆サイクル) ⑤新設住宅着工戸数
⑥建築着工床面積(商)
(前年比%) (前年比%) (76/1=100) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%)
2014/
9
10
11
12
2015/ 1
2
2014/
9
10
11
12
2015/ 1
2
3.0
2.9
2.7
2.5
2.2
3.6
2.9
2.6
1.8
0.3
0.5
109.8
109.8
110.1
109.1
105.7
-0.1
0.0
0.3
-1.0
-3.4
3.1
1.4
1.8
-3.9
-6.6
-5.7
-1.2
-1.6
0.4
-5.7
-2.7
0.9
-0.5
-3.8
6.5
5.4
0.9
-9.2
1.5 -5.5
-2.3 -3.8
-8.9 -6.6
-18.0 -9.1
-35.9 -17.9
2.9
6.4
12.0
7.6
8.8
-4.1
3.5
5.6
-4.5
1.2
-14.3
-12.3
-14.3
-14.7
-13.0
-1.8
2.0
-2.1
-0.4
1.7
-7.2
58.5
3.1
-23.4
-7.0
⑬米・生産者物価(最終財)
⑭M1(平残)
⑦新車登録台数(乗)
⑧常用雇用指数
(前年比%)
(前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%) 前月差 (前年比%)
-3.2
-7.4
-10.2
0.3
-20.7
-15.8
前月差
6.3
-4.2
-2.9
10.6
-21.0
4.9
0.4
0.3
0.3
0.4
0.4
-0.1
-0.1
0.0
0.1
0.0
⑨現金給与総額
-8.3
-12.1
-5.6
-0.2
0.7
-8.5
1.3
0.7
0.6
2.1
1.4
-0.2
-0.6
-0.1
1.5
-0.6
⑩完全失業率(逆サイクル) ⑪交易条件
-10.3
-12.5
-13.2
-5.9
-5.4
4.4
-2.2
-0.7
7.3
0.5
-0.7
-0.1
1.8
5.3
9.8
14.2
⑫ドル・円レート
1.0
0.6
2.0
3.4
4.5
4.4
7.9
10.4
16.2
15.4
13.8
16.1
2.7
2.5
5.8
-0.8
-1.6
2.3
2.2
1.7
1.1
-0.5
-3.1
0.0
-0.5
-0.7
-1.5
-2.6
4.2
4.3
4.8
4.7
4.5
4.9
前月差
9.2
65.7
-55.4
-26.5
16.4
前月差
0.0
0.1
0.5
-0.1
-0.3
0.4
(注 1)各指標(MUMSS-LI を除く)の前月差は、指数の前年同月比増減率の対前月変化幅
(注 2)建築着工床面積(商業用)は 2004 年 4 月以降、用途分類改訂に伴い、卸売・小売業、金融・保険業、不動産業、飲食店、宿泊業の合計に変更
ところで、今後のCPIの前年比の行方を考える上で、GDPギャップないしデフレ・ギャップの動向を見
きわめることは非常に重要である。過去の関係を見ても、GDPギャップとCPIの前年比との間には、明ら
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
2
かに連動性があり、前者は後者に対して、1~2四半期先行して動いているように見える(図5)。14年
10‐12月期のGDP統計は、既に2次速報により改定されており、実質で前期比年率2.2%から1.5%の上昇
に下方修正されたため、追って下振れすると予想されるが、1次速報後に発表された内閣府のGDPギャッ
プはマイナス2.2%と、7‐9月期の同2.6%よりは縮小している。
図5.日本のGDPギャップと消費者物価コア
4
(%)
(前年比、%)
80年以降のCPIとGDPギャップ
(2四半期前)の関係から推計すると
ギャップ0.7%で、CPIコアは2%に
3
2.6
1.3
GDPギャップ
0 .7%
2
3.9
0.0
1
-1.3
0
-2.6
-1
14.4Q -3.9
-2.2
消費者物価
(生鮮食品を除く総合)
(左目盛)
-2
-5.2
-6.5
GDPギャップ
(右目盛)
-3
-7.8
-4
-9.1
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
14
(年、四半期)
(注 1)四半期。GDPギャップは、内閣府推計をもとに算出。直近は 14 年 10-12 月期。
(注 2)消費者物価指数は消費税率引き上げなどの影響を除く(景気循環研究所推計)。直近は 15 年 1 月値。
14 年 2Q以降は消費税の影響を除くベース。
(資料)内閣府、総務省資料などをもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
●インフレ目標ギャップの拡大で、適正金利はマイナスに
このように、少なくとも内閣府の推計ベースでは、辛うじてマイナス幅の縮小が認められるGDPギャ
ップではあるが、過去においてコアCPIの前年比が2%にほぼ達した際のGDPギャップは平均でプラス
0.7%と、インフレ・ギャップの領域にあった。加えて、インフレ目標の2%から見ると、15年1月にお
ける消費税を除くコアCPIの0.2%(「総合」、いわゆるヘッド・ラインは0.3%、 食料(酒類を除く)及
びエネルギーを除く総合、いわゆるコアコアあるいは米国方式コアは0.4%、「持家の帰属家賃を除く
総合」も0.4%、2月の「東京都区部中旬速報値」のコアは0.3%)というのは、期限付きインフレ目標
達成にとっては、“赤信号”が点灯した状態といえる(表1、図1)。それは、設定されているインフレ
目標から、現実のインフレ率が1.6~1.8%も下回り、さらにその幅が拡大する蓋然性もあるからだ。し
かも、CPIの「上方バイアス」の問題もあり、真のインフレ率はもっと下方にある可能性もある。
ところで、インフレ率と失業率との短期的なトレード・オフ関係を示すフィリップス曲線の成立を前
提にして、インフレ率と失業率の両者を金融政策当局が均等化するのが望ましいと考え、GDPギャップ
とインフレ率の目標からの乖離の双方に対応して、中央銀行が短期金利水準を変化させるように導く金
融政策のルールがある。J.B.テイラー(元米財務次官、現スタンフォード大学教授)により1993年に考
案された「テイラー・ルール」である。このテイラー・ルール上では、14年10‐12月期の日本の妥当な政
策金利(コールレート)はマイナス0.4%と、7‐9月期の0.0%より下がって、負の領域となっている(図
6)。これは、GDPギャップが微かに改善したのに対し、現実のインフレ率の目標からの乖離は1.3%(2.0%
‐0.7%)に広がったためである。その意味では、まさにこの時点に当たる10月31日に追加金融緩和を
行った黒田日銀の政策は適切であったといえよう。だが、15年1‐3月期もGDPギャップの改善は予想さ
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
3
れるものの、インフレ目標からの乖離はさらに広がって、1‐3月期の平均で1.9%ないし2.0%に拡大し
そうなので、仮りに適正コールレートは上がるとしても、水面下から浮上することはまず期待できない
のである。
インフレ目標政策の導入の意義は、①中長期的な名目アンカーの明示による期待の安定化②政策運営
上の説明責任の明確化や透明性の向上③政治的な介入を防ぐ盾の役割④フォワード・ルッキングな政策
運営の実現にまとめられる。上記の①や②に照らして、今更、インフレ目標の「水準」を2%から1%に引
き下げたり、(15年度を中心とする)2年程度のできるだけ早期に実現するとしていた「期間」を長期
化したり、そうした数値目標をあいまいにぼかしたりすることは、するべきでないことは明らかだ。ま
た、インフレ目標からの乖離が1%以上になっただけで、大蔵大臣に公開書簡を提出して対応策を講じ
なければならないイングランド銀行のルールの運営から考えると、2%の乖離は一時的であっても許容
すべきものではないだろう。
(%)
図6. Taylor Ruleに基づく日本の適正コールレート
12
(%)
適正
コールレート
10
適正コールレート
8
1.6
0.9
0.0
-0.4
14.1Q
2Q
3Q
4Q
6
4
GDP
ギャップ
0.0
-1.8
-2.6
-2.2
2
0
-2
-4
-6
GDPギャップ
-8
-10
82
84
86
88
90
92
94
96
98
2000
02
04
06
08
10
12
14
(年、四半期)
(注)テイラー・ルールに基づくコールレート=(インフレ率(目標)+均衡実質金利)+0.5*GDP ギャップ+0.5*(インフレ率-インフレ率目標)
均衡実質金利は潜在 GDP の成長率、GDP ギャップは潜在 GDP からの乖離、インフレ率は消費者物価コア(消費税率引き上げの影響
などを除くベース)、目標は 2%として推計。潜在成長率の 11.1Q-4Q については、景気循環研究所推計の震災の影響を除いたベース。
(資料)内閣府、日銀、総務省資料などをもとに三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
さらに、いかに原因が「原油価格」という中長期的に経済にプラスになる要素であっても、放置すれ
ばバックワード・ルッキングな期待形成をデフレ方向へと後退させかねないCPIの前年割れの進行は、
まさしく黒田日銀が、コアCPIの1%割れ寸前時の14年10月31日に示したように、身を挺してでも水際で
阻止するという断固たる姿勢を再び示すことが必要とされていよう。現状、為替がドルに対しては円安
(但し、ユーロに対しては円高)となっており、国内外への配慮もあって、その時期については難しい
が、統一地方選後、「展望リポート」が発表される4月30日の金融政策決定会合にでも、日銀が追加金
融緩和に動くことは、上述したことを論理的に考えれば、けっして不自然とはいえまい。
(以上)
三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所
東京都千代田区丸の内 2-5-2 三菱ビルヂング
景気循環研究所長
嶋中 雄二
03-6213-6571
[email protected]
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
4
本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。本
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