日本における女性起業家の現状について

日本における女性起業家の現状について
∼グローバル・アントレプレナーシップ・モニター調査結果から
高橋 徳行
武蔵大学 経済学部経営学科 教授
はじめに
起業のための準備を実際にしている人と、起業
本稿では、世界の主要国が参加し、1999年か
後3年半未満の人の合計の人数を示している。
ら毎年実施しているグローバル・アントレプレ
これは、総合起業活動指数(TEA)と呼ばれるが、
ナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship
本論では「起業活動水準」と呼ぶことにする。
Monitor: GEM 略称はジェムと発音する)調査
日本の女性の起業活動水準が2.7であるとは、女
結果をもとに、日本における女性起業活動の特
性の成人人口100人中、2.7人が調査時点で起業活
徴を取り上げる。その際、世界の中で比較する
動に従事していることを意味している。図1を
視点、男性と比較する視点、そして国内の地域
みると、2013年の調査において、日本の女性の
間で比較する視点、の3つの視点から分析する。
起業活動水準はイタリアに次いで世界で2番目
その上で、女性の起業活動を促進するにあたり、
に低く、世界の中でかなりの低水準である。ち
起業プロセスのどこに働きかけることが効果的
なみに、同年の米国の起業活動水準は10.4と、日
な政策につながるのかについて論じる。
本よりもかなり高い。韓国も3.9と、日本を上回っ
ている。
1 世界の中における日本の女性起業活動の
特徴
他の先進国と比べ少産少死型
世界的に低い起業活動水準
まず、世界各国と比較した日本の女性起業活
動の特徴を見てみよう。
図1は、女性の成人人口(18-64歳)100人中、
次に、起業活動水準以外の日本の女性起業活
動の特徴を見てみよう。図2は、起業活動を段
階別に分類したものである。
ここでは、
「懐妊期」が起業の準備段階、
「誕生・
図1 世界の女性の起業活動(女性(18∼64歳)100人当たり)(2013年)
(人)
45.0
40.0
35.0
30.0
25.0
20.0
15.0
日本 2.7
10.0
5.0
0.0
イ日フギアベスノマ韓ドフスチスク台ロマイルポプスポアイイイオハボリスリルスシ南ウエカラ米グ中アメベトタコパブフチペボアイウマガエナザ
タ本ラリルルリルケ国イィロェペロ湾シレギクルエウーインラスランスビロトーインアルスナト国ア国ルキトリイロナラィリルツンンガラークイン
リ ンシジギナウド ツンヴコイア アーリセトルェラルドンランガニアバアマスガフグトダヴ テ ゼシナニ ンマジリ ーワゴドンウナアジビ
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ラェ ンチ
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ア スャェームェニ
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リ
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シ
ン
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ルリ
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ア
ドア
ア
ル
ヘ
ン
ア
ル コン ド
ド
ル
グ
・
ツ
ト
ェ
バ
コ
ゴ
ビ
ナ
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2013 年調査)
’
15.3
4
高橋 徳行(たかはし のりゆき)
日本ベンチャー学会理事、グローバル・アントレプレ
ナーシップ・モニター(GEM)日本チームリーダー、
ビジネスクリエーター学会副会長
【主な経歴】
慶應義塾大学経済学部卒業、米国バブソン大学経営大
学院修了(MBA)
。国民生活金融公庫(現日本政策金
融公庫)総合研究所主席研究員を経て、現職。
【研究分野】
アントレプレナーシップ、中小企業論
【主な著書】
『新・起業学入門』
(経済産業調査会、2007 年)、『起業
学の基礎』
(勁草書房、2005 年)、
『アントレプレナーシッ
プ入門』(共著、有斐閣、2014 年)などがあり、訳書
としては
『アントレプレナーシップ入門』
(共訳、有斐閣、
2004 年)、『アントレプレナーシップ』(共訳、日経 BP
社、2009 年)などがある。
図2 起業プロセス(1)
誕生期
幼児期
懐妊期
(起業準備)
(起業後3年半未満)
成人期
廃 業
(起業後3年半以上)
(1年以内)
幼児期」は起業後3年半未満の段階、
「成人期」
いる企業の割合が高く、廃業する割合も低い、
は起業後3年半以上を経過した段階、そして「廃
ということである。
業」とは1年以内に事業を中止している段階を
つまり、日本の起業活動については、他の先
進国と比べて「少産少死型」であると考えられる。
それぞれ指している。
表1は、懐妊期以降の起業プロセスの各段階
に、成人人口100人当たりで何人が存在している
2 女性起業家と男性起業家との違い
かを示したものである。
男性より起業活動水準が低いのは世界共通
比較の対象は、いわゆるG7の国(データ利用
日本の女性起業家と男性起業家とを比べると、
可能性の関係でカナダを除く)とし、データも
女性の方が男性より起業活動水準が低い。2013
単年度ではなく2001年から2011年の11年分を利
年の調査では、女性の起業活動水準が2.7である
用した。これを見ると、懐妊期や誕生・幼児期
のに対して、男性は4.8となっている(図3)。男
については日本が最も低いものの、廃業も同様
性の起業活動水準は、イタリアと並んで調査国
に低いことがわかる。一方で、成人期については、
では最も低いが、それでも女性よりは高い。
ただし、日本に限らず、女性と男性の起業活
日本が、米国に次いで高い。
このことから推測できるのは、日本では、起
動水準を比較すると、世界の多くの国で男性の
業活動に従事している割合は、他の国と比べて
方が女性よりも活発である。2013年の調査では、
確かに少ないが、長期にわたって事業を続けて
66か国中ガーナ、ナイジェリア、ザンビア、ブ
表1 起業活動の段階別の比較(2001 ∼ 2011 年)
ラジルの4か国のみ女性が男性より高い。2012
(単位:%)
年の調査でも、女性が男性を上回った国は、67
か国中タイ、ガーナ、ナイジェリア、エクアド
懐妊期
誕生・幼児期
成人期
廃業
日本(N=10,366)
1.1
1.0
4.3
0.7
米国(N=17,944)
5.4
3.0
5.5
3.0
フランス(N=9,196)
2.0
0.8
1.3
1.9
イタリア(N=11,611)
1.7
1.1
2.9
1.4
英国(N=100,727)
1.8
1.7
3.0
1.2
それでは、男性と女性の起業活動水準の違い
ドイツ(N=31,628)
2.5
1.8
4.0
1.5
はどのような要因によって生み出されるのだろ
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001 ∼
2011 年調査)
注)N 値は 2001 ∼ 2011 年における懐妊期段階にある人数の合計値
ルの4か国のみである。
男性と女性の違いを生み出す要因
うか。ここでは、分析の対象を日本に限定する。
まず、起業活動水準がどのような要因によっ
’
15.3
5
図3 女性の起業活動水準に対する男性の起業活動水準の倍率(2013年)
(倍)
3.00
2.50
日本 1.8(倍)
2.00
ガーナ、ナイジェリア、ザンビア、ブラジルの
4 か国が 1.0(倍)を下回っている
1.50
1.00
0.50
0.00
ガナザブウスイタマフボロアベエメ中グ南パマペ米カアトスドルイチスシフラスオプコハ日エポベボアアスポフリイルイ台スウリクイギマノ韓チイ
ーインラガインイラィツシントクキ国アアナレル国ナルリペイーギリロンィトウラエロン本スルルスイルリーラビンクス湾ロルトロタリケル国ェラ
ナジビジンスド ウリワアゴナアシ テフマーー ダゼニイツマリ バガンヴェンルンガ トトギニルジナランアドセラ ヴグアアリシドウ コン
ェアルダ ネ ィピナ ラムドコ マリ シ
ンダン ニス キポラィーダトビリ ニガーアラェムンス
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ル
ア
ルド ン コ
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・
グ
ル
ト
ツ
バ
ェ
ゴ
コ
ビ
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2013年調査)
ナ
注)図の縦軸は、男性の起業活動水準÷女性の起業活動水準
か否か)
て決定されるのかを定義しなければならない。
そこで、「起業態度」という説明変数を採用した
分析の方法としては、男性のサンプルも女性
モデルを使って考える。なお、属性に関する説
のサンプルも、実際は、それぞれの説明変数の
明変数は以下の①∼③とし、起業態度に関する
レベルが異なっているが、もし、それらの変数
説明変数は④∼⑦とする。
のレベルが同じであれば、両者の起業活動水準
① 年齢
の違いは、縮小するのか拡大するのかを見てい
② 学歴
くものである。
③ 就業状態(働いているか否か)
④ ロールモデルの有無(身近に最近起業し
た人を知っているか否か)
例えば、女性の働いている割合は5割で、男
性の働いている割合が8割である場合、働いて
いるか否かが起業活動水準に影響を与えている
⑤ 事業機会認識の有無(自分の周りに事業
可能性は高い。その時、働いているか否かにつ
機会が存在していると思っているか否か)
いて男女が同じ水準として、男性と女性の起業
⑥ 知識・能力・経験の有無(起業するのに
活動水準の違いが縮小すれば、女性の働いてい
必要な知識・能力・経験を有していると
る割合の低さが、男性と女性の起業活動の違い
思っているか否か)
を拡大する方向に働いていると解釈できるよう
⑦ 失敗脅威の有無(失敗するかもしれない
ことが起業することの障害になっている
なモデルである。
厳密な解説は、文末注と参考文献に掲載して
’
15.3
6
いるので、ここでは、次の図4のグラフにおいて、
の場合、女性と男性の起業活動の違いが、
「働い
先に掲げた変数が追加されるごとに、性別のダ
ているか働いていないか」に大きく影響されて
ミー係数が、どのように変化するかに着目して
いることを示している。
i)。ある説明変数のところで、性別のダ
次に、起業態度にかかる変数を投入していく
ミー係数が低下した場合、その説明変数におい
過程で、日本国内の男女差は徐々に消滅する。
て男女の差がないとすれば、男女の起業活動水
ロールモデル変数を加えたことによって、性別
準の違いは小さくなる。
ダミーは0.405から0.248に低下する。事業機会認
ほしい
分析結果を見ると、年齢変数を投入してもほ
識変数は性別ダミー係数を若干上昇させるもの
とんど変化はなく、学歴変数を投入すると、性
の(0.248から0.264)
、知識・能力・態度変数を
別ダミー係数は若干低下する。興味深いのは、
投入した時点で、性別ダミー係数は−0.017と符
就業状態変数の投入によって、性別ダミー係数
号がプラスからマイナスに転じ、失敗脅威指標
がかなり下がることである。このことは、日本
も性別ダミーを低下させる。
つまり、日本の男女の起業活動水準の違いを
図4 性別ダミー係数の変化(日本、2001∼11年)
.800
.700
.600
身近にロールモデルか存在するか否か、そして
.719
.743
.745
.500
起業に必要な知識・能力・経験を有しているか
.405
.400
否か、の3つが大きいと考えられる。
.264
.300
.200
.248
.100
.000
-.100
生み出している要因として、働いているか否か、
性
別
ダ
ミ
ー
年
齢
学
歴
就
業
状
態
ロ
ー
ル
モ
デ
ル
事
業
機
会
認
識
-.017
-.029
知
識
・
能
力
・
経
験
失
敗
脅
威
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001∼2011 年調査)
3 女性の起業を取り巻く社会関係資本
圧倒的多数を占める無関心層
ここまでの話を整理すると、次のようになる。
第一に、日本の女性の起業活動の国際的な特
徴は、活動水準が低い。
i) 起業活動水準=f(性別ダミー、属性、起業態度指数)とし、女性=0、男性=1とする性別ダミーの係数が、性別ダミーのみ、性別ダミーと属性、
そして性別ダミー、属性、起業態度にかかる変数と段階的に説明変数を増やした時、どのように変化するかを検証する。検証には、二項ロジス
ティック分析を使って分析している。
属性の説明変数は、年齢(0:45歳以上、1:44歳以下)
、学歴(0:大卒未満、1:大卒以上)
、そして就業状態(0:働いてない、1:働い
ている)の3つを採用し、起業態度に関しては、ロールモデルの有無(0:なし、1:あり)、事業機会認識の有無(0:なし、1:あり)、知識・
能力・経験の有無(0:なし、1:あり)、そして失敗脅威の有無(0:なし、1:あり)の4つの変数である。
この際に、着目する指標は性別ダミーの係数である。性別ダミー係数は女性=0、男性=1としているので、符号がプラスであれば、男性に比べて
女性の起業活動が不活発であることを示し、そのプラス幅が大きいほど、不活発の程度が大きいということなる。マイナスの場合は、その逆で
あり、女性の起業活動が活発ということになる。
分析は、性別ダミーのみから始まって、順次、説明変数を増やしていくので、例えば、年齢の変数が追加された後の性別ダミーの係数は、年齢
の条件がコントロールされた後の係数値になる。すべての説明変数が投入された後の性別ダミーの係数は、属性や起業態度に関する条件が、女
性と男性でまったく同じ場合、女性と男性のどちらの起業活動が活発と言えるかを示すものと考えられる。
仮に、性別ダミーのみを変数とした時の係数が大幅のプラスであり、すべての変数を投入した後の係数も同様にプラスであれば、女性の起業活
動は、仮に属性の条件や起業態度にかかる条件が同じだとしても、依然として不活発であると解釈できる。詳細は、高橋(2014)を参照のこと。
’
15.3
7
第二に、活動水準が低い一方で、廃業する割
合も少なく、いわゆる少産少死型の起業活動で
ある。
点で気になる結果がある。ここでは2つの点に
ついて触れておきたい。
一つは、日本の女性の起業活動においては、
第三に、日本国内で男性と比較をすると、女
性の起業活動水準は低い。ただし、これは世界
共通である。
起業態度を持っていない人の割合が、他の先進
国と比べて圧倒的に高いことである。
もう一つは、起業態度を有していない人たち
第四に、日本国内で、男性と女性の違いが何
によって生じているのかを分析すると、主に就
の起業活動に対する評価が、他の先進国に比べ
非常に低いことである。
業状態、ロールモデルの有無、そして起業に必
まず、最初の点について、データを確認して
要な知識や経験の有無の3つが大きな要因に
おきたい。図6は、カナダを除くG7の国を対象
なっているということであった。
に、「ロールモデルの有無」
、「事業機会を認識し
このことから、日本における男女差を解消す
るには、女性の社会進出を促進し、できるだけ
多くの先輩女性起業家との交流を活発にし、い
図6 起業態度の「数」別の分布
〈男性〉
わゆる起業家教育を通して起業に必要な知識・
起業態度「0」
能力・経験をできるだけ女性に与えていけば良
0%
起業態度「1」
20%
40%
日本(N=11,029)
いということになる。
だが、現実はそれほど単純ではないであろう。
ドイツ
(N=36,536)
49.0
英国(N=120,702)
57.4
フランス(N=11,521)
54.7
起業態度「0」
して、周りの人たちが冷たい態度を取る、非協
としての能力や経験が備わっていても、起業活
動水準が低下することが予想できる。
GEMの調査においても、この社会関係資本の
9.1
28.2
19.7
23.1
19.5
23.1
21.5
23.8
45.6
22.9
31.5
起業態度「1」
起業態度「2」以上
〈女性〉
しかし、実際には、起業をしようとする人に対
力的な姿勢を見せるような社会では、仮に個人
100%
14.3
57.3
は、人的資本にかかるものである。社会関係資本、
する社会的な評価などは含まれていない(図5)。
80%
22.8
イタリア(N=12,488)
米国(N=24,651)
60%
76.6
さきほどの分析では、変数として採用したの
つまり起業を支援する社会的な制度や起業に対
起業態度「2」以上
0%
20%
40%
ドイツ
(N=36,536)
63.6
英国(N=120,702)
71.7
イタリア(N=12,488)
69.3
フランス(N=11,521)
米国(N=24,651)
60%
80%
86.2
日本(N=11,029)
65.4
58.6
100%
9.7
21.8
16.0
17.3
21.0
21.7
4.1
14.7
12.3
13.4
13.6
19.7
図5 起業活動に影響を与える人的資本と社会関係資本
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001∼2011
年調査)
人的資本
起業
活動
社会関係
資本
注)起業態度の数とは、ロールモデルの有無、事業機会を認識してい
るか否か、そして知識・能力・経験を有しているか否かについ
て、該当する数のことである。つまり、起業態度「0」は、ロー
ルモデルがなく、事業機会も認識しない、かつ知識等も有してい
ない人を指す。
’
15.3
8
ているのか否か」、「知識・能力・経験を有して
重要だが、起業活動とは「直接」関係のない人
いるか否か」について尋ねたものである。いず
たちの意識や考え方にも働きかける必要がある
れも該当しない場合には「起業態度「0」」
、1つ
と考えられる。
該当する場合は「起業態度「1」」、2つ以上該当
する場合は「起業態度「2」」とした。日本では、
表 2 起業態度「0」グループの起業家という
キャリアに対する評価
(単位:%)
性別に関わらず、起業態度「0」の割合が、他の
女性
男性
先進国に比べ圧倒的に高い。日本の女性の起業
米国(N=7,024)
52.4
57.5
態度「0」の割合は86.2%、そして日本の男性の
フランス(N=4,364)
60.1
58.4
起業態度 「0」 の割合は76.6%と、他の国を大き
イタリア(N=4,518)
68.4
70.5
英国(N=43,686)
50.5
51.5
ドイツ(N=10,111)
54.1
52.2
日本(N=4,319)
26.9
28.1
く引き離している。
無関心層の起業活動に対する評価
次のポイントは、起業活動に対して(自分自
身は)無関心である人たちが、起業活動に対し
てどのような評価をしているかである(表2)。
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001 ∼
2011 年調査)
注)1.表中の%は、起業態度「0」の人たちのうち何%の人が、
「あ
なたの国では、多くの人たちは、新しいビジネスを始めるこ
とが望ましい職業の選択であると考えているか」という質問
に「はい」と回答したかを示している。
2.N値は女性のものである。
起業活動無関心層とは、起業態度が「0」のグ
ループと考えられる。そこで、このグループの
起業家のキャリアに対する評価をみると、日本
は起業活動無関心層の起業家への評価が非常に
4 国内の地域別の特徴
最後に、国内の地域間での比較についてみて
みよう。
低く、他の先進国と比べて際立った結果となっ
GEMが集めているサンプル数は年間2,000程度
ている。他の国では、自分自身は起業活動にまっ
に止まるため、地域別や都道府県別の分析をす
たく興味がないものの、起業家というキャリア
るほどのデータ数は、今のところ揃ってはいな
を評価している割合は5割を超えている。しかし、
い。しかし、地域別や都道府県別で、起業活動
日本ではその割合が4分の1程度にとどまって
水準が異なることは、日本国内の官庁データな
いる。
どの結果からも予想できる。
起業家というキャリアに否定的な人たちが、
そこで、データ数の制約(少ないものは200サ
果たして自分の身近で起業しようとする人が現
ンプル程度、多いものでも800サンプル程度)が
れた時、協力的になるか、その反対の行動を取
あることを前提とした上で、地域別と都道府県
るのかは、今回は検証していない。
別の女性の起業活動水準等について、東京都と
このため、推測の域を出ないが、日本の起業
活動を取り巻く社会関係資本は女性の起業に
北関東の3県(茨城県、群馬県、栃木県)を比
較してみよう。
とってマイナスに影響している可能性が高い。
表3と表4では、起業活動水準とともに、起
日本で起業活動に対して何らかの手を打とうと
業態度を表すものとしてロールモデルが存在す
するならば、起業家予備軍に働きかけることも
る割合、事業機会を認識している割合、知識・
’
15.3
9
能力・経験を有している割合、そして起業無関
合が高く、起業無関心層の割合は低くなっている。
心層(起業態度「0」)の割合を男女別に掲載し
5 最後に
ている。
これを見ると、国内においても、起業活動水
本稿で得られた結論は、①日本の女性の起業活
準と起業態度の水準、そして起業無関心層(起
動水準は、世界の中で最下位あたりのポジション
業態度「0」
)の割合が、ある程度相関している
にあること、②日本の女性の起業活動水準は、男
ことがわかる。すなわち、東京都と北関東3県
性と比べて低い。ただし、男性よりも女性の起
を比べると、東京都の方が男女を問わず起業活
業活動が活発でないのは、日本特有の現象では
動水準は高い。また、起業態度を有している割
ないこと、③女性が日本の男性よりも起業活動が
活発ではないのは、主に、就業状態の違い、ロー
表 3 東京都と北関東 3 県(茨城、栃木、群馬)の
比較(女性)
(単位:%)
東京都
起業活動水準
ルモデルの有無、そして知識・能力・経験の有
無によること、④日本国内では地域によって起業
活動水準に違いがあり、その背景には地域毎の
北関東
起業態度の違いがあること、の4点であった。
2.8
1.0
ロールモデルの有無(有りの割合)
17.8
10.0
事業機会認識の有無(有りの割合)
7.5
5.7
知識・能力・経験の有無(有りの割合)
10.2
5.9
一般成人のうちの何割かが起業家予備軍(起業
起業態度「0」の割合
73.4
82.4
態度を有するもの)になると考えた場合、その
また、起業プロセスについて、図7のように
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001 ∼
2011 年調査)
起業態度の形成に働きかけることは、起業活動
全体に刺激を与える上で非常に有効とみられる。
表 4 東京都と北関東 3 県(茨城、栃木、群馬)
の比較(男性)
起業活動に刺激を与える方法としては、①一
(単位:%)
東京都
般成人を起業家予備軍(起業態度を有する成人)
に変えること、②起業家予備軍を懐妊期の起業
北関東
起業活動水準
8.2
2.5
ロールモデルの有無(有りの割合)
29.5
20.1
事業機会認識の有無(有りの割合)
11.4
7.6
知識・能力・経験の有無(有りの割合)
25.9
15.9
際に事業を始めた若い起業家)に変えること、
起業態度「0」の割合
56.1
68.0
そして④誕生・幼児期の起業家を成人期の起業
家(具体的な準備を始めた成人)に変えること、
③懐妊期の起業家を誕生・幼児期の起業家(実
資料:グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(2001 ∼
2011 年調査)
家(一人前になった起業家)に変えること、の
図7 起業プロセス(2)
一般成人
(起業態度なし)
起業家
予備軍
(起業態度あり)
懐妊期
(起業準備)
’
15.3
10
誕生期
幼児期
(起業後3年半未満)
成人期
(起業後3年半以上)
4つが考えられる。
特に、日本では、①一般成人を起業家予備軍
業態度に働きかける試みがより一層重要になる
と思われる。
(起業態度を有する成人)に変えること、につい
てはあまり着目されてこなかった。今後は、起
参考文献
高橋徳行(2002a)
「女性起業家の現状と経営的特徴」国民生
活金融公庫総合研究所『調査季報』第60号、pp.1-20
(2002b)
「女性起業家の競争優位-事業機会の独自性
とビジネスの展開能力」国民生活金融公庫総合研究
所『調査月報』第498号、pp.4-15
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