五十嵐レポート 平成 27 年 2 月 17 日 経済成長の実現を目指して 日本は低成長?高成長? 下の 2 つのグラフを見比べてほしい。どちらも 2000 年から 2013 年までの実質 GDP の 年平均成長率を日・米・欧(ユーロ圏)で比較したものだ。左のグラフ A では日本の成長 率は米国の半分以下であり、ユーロ圏の実績にも届いていない。しかし右のグラフ B では 日本の成長率は欧米をはるかに凌駕している。いったいその違いは何だろうか。 日・米・ユーロ圏の成長率比較(A) 日・米・ユーロ圏の成長率比較(B) 実質GDP成長率 (%) 2.0 1.6 1.6 1.2 1.2 0.8 0.8 0.4 0.4 0.0 日本 米国 生産年齢人口あたり実質GDP成長率 (%) 2.0 0.0 EU 日本 (注)2000年~13年の単純平均値 (出所)世界銀行 米国 EU (注)2000年~13年の単純平均値 (出所)世界銀行 種明かしをすれば、左のグラフ A が日・米・ユーロ圏それぞれの実質 GDP 総額の年平均 成長率であるのに対し、右のグラフ B は、実質 GDP の総額を統計上の現役世代である生産 年齢人口で割った一人当たり実質 GDP の成長率だ。この 2 つのグラフを見比べて分かるの は、日本の GDP 成長率が欧米よりも低いのは、日本で生産年齢人口が減少しているからだ という事実だ。そしてグラフ B が示すように、現役の人口一人当たりの GDP 成長率は欧米 よりはるかに高いのだから、日本は労働生産性の上昇率の面で優位に立っているのである。 綱引きにたとえて言うなら、日本が欧米に勝てないのは、一人ひとりの力では決して負け ていないのに、綱を引く人数が圧倒的に少ないからだということだろうか。どうも一般に 言われていることとは違う話のように思える。 日本経済の潜在成長率 もう少し正確に言うと、これは成長率の比較だから、労働生産性についても「水準」の 話ではなく「上昇率」の話であるということだ。さらに、グラフ B が示しているのは、働 く意思のない人も含んだ生産年齢人口で GDP を割った数字の平均増加率だから、労働生産 性の正しい定義である GDP/労働投入量(人・時)とは違っている。 -1- それでも、日本経済は見かけほど低成長(ゼロ成長)ではないとは言えそうだ。逆に、 人口、とくに現役世代の人口が減少していることが国全体の経済規模の拡大を阻んでいる とも言える。今後、生産年齢人口の減少は加速していくから、日本が GDP の総額を増やす ことはかなり難しくなっていくことは確かだろう。 とはいえ経済成長をあきらめるわけにはいかない。日本の大きな問題は、総人口の減り 方よりも生産年齢人口の減り方の方がはるかに大きいことだ。今後いっそう高齢者の比率 が高まる下で、そのコストを賄うために総額としての GDP の成長が欠かせない。 下のグラフは日本の潜在成長率を推計したものだ。換言すると、実力ベースの経済成長 率ということだ。一国の経済がどれくらいの成長力を持っているかということに関して、 「成長会計」という考え方がある。これによると、実力ベースの経済成長率は「労働投入 量の増加率」と「資本ストックの増加率」と「全要素生産性の上昇率」の3つの要素で決 まる。 日本経済の潜在成長率 (%) 2.0 労働投入量 資本投入量 1.5 1.0 全要素生産性(TFP) 潜在成長率 予測 0.9 0.9 0.9 0.8 0.6 0.7 0.5 0.0 -0.5 -1.0 95→00 00→05 05→10 10→15 15→20 20→25 (年度) (注)内閣府「経済財政白書(平成19年版)」、「日本経済2009-2010」を参考に潜在成長率を計算。 具体的には、労働分配率×労働投入量の伸び、(1-労働分配率)×資本投入量の伸びから、労働、 資本の経済成長への寄与を求め、これらと実際の成長率との差から全要素生産性(TFP)を推計。 このTFPと潜在的な労働、資本投入量から潜在成長率を試算した。 (出所)内閣府「国民経済計算年報」、「民間企業資本ストック」 経済産業省「経済産業統計」、厚生労働省「毎月勤労統計」、「職業安定業務統計」、 総務省「労働力調査」、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」から推計 労働投入量は何人が何時間働くかの掛け算で、その増加率が潜在成長率に影響する。労 働投入量が増えればアウトプットである GDP が増えることは容易に想像できるだろう。 資本ストックは設備投資の結果として存在する機械や建物のことで、その増加率がもう 1つの要素だ。たとえば工場の機械を1台増やせば、見合って生産が増えることは理解で きる。ただし、1台増設することによって追加的に増える生産量は、増設を続ければ続け るほど少なくなっていくことも確かだ。収穫逓減の法則が働くわけだ。 3番目の要素が全要素生産性の増加率だが、ここには諸々のものすべてが含まれる。中 でも最も重要なのはイノベーションだ。労働投入量や資本ストックが変わらなくてもイノ ベーションが起こって生産が増えれば、この全要素生産性が上がったことになる。それ以 -2- 外にも労働者の熟練度が向上すれば生産も増加するだろうから、これも全要素生産性に含 まれる。 潜在成長率は高められるか 前頁のグラフは、5年ごとの潜在成長率の平均値に対するこの3つの要素の寄与度を推 計したものだ。90 年代の後半以降を対象にしているが、すべての期間にわたって労働投入 量の寄与度はマイナスだ。しかも今後を展望すると、マイナス幅はますます大きくなって いく。女性や高齢者の就労率を高めたり、海外から労働力を受け入れたりすることで、あ る程度はそのスピードを抑制することは可能だろうが、労働投入量の減少が経済成長の抑 制要因になることは避けられない。 資本投入量は、資本ストックの増加または設備投資の大きさを示している。前述した収 穫逓減を考慮すれば、成長のためには資本ストックを増やしさえすればよいということに ならないのは明らかだ。労働者一人当たりの資本ストック量を資本装備率と言うが、資本 装備率が高くなりすぎると効率が下がる。したがって、今後求められるのは、既存の資本 ストックを ICT を駆使してもっと生産性の高いものに置き換えるといった投資だろう。た だ、そうした投資が潜在成長率を押し上げる場合には、統計上は次の全要素生産性が寄与 することになる。 結局、年率 1%にも届かないと推計される今後の潜在成長率をもっと高めようとすれば、 全要素生産性の寄与度を飛躍的に高めるしかないと言える。しかしそれは容易なことでは ない。冒頭のグラフ B は、成長会計において労働投入量の要素を除いた成長率と同じよう なものだと考えられる。その成長率はすでに欧米を上回っているわけだから、それをさら に飛躍的に高めることが極めて困難であることは十分に想像できる。 質が問われる固定投資 しかし、それは不可能なことではない。たとえば北欧には全要素生産性の寄与度が 2%を 超えている国がある。日本に必要なのは設備投資で単純に生産能力を増やすことではなく、 付加価値の高い生産(とくにサービス生産)につながるような体制を構築していくことだ。 そのためには画期的なイノベーションや設備投資の高度化や、労働力の質の向上といった ことが欠かせない。 設備投資はそれ自体が需要の一部を構成するから、設備投資が増えれば目先の景気や経 済成長にプラスに寄与する。公共投資も同様だ。このため、とくに公共投資が景気対策に 利用されることが少なくない。しかし、そうした投資が持続的な経済成長に寄与するため には、全要素生産性を高めるものでなければならない。投資は、実行すること自体がもた らす効果よりも、投資した後に、そこからどのようなアウトプットが生み出されるかどう かで良し悪しを判断すべきだろう。 -3- 単位労働コストが示す事実 最後にもう 1 つグラフを見てほしい。単位労働コストの日米比較だ。単位労働コストは、 雇用者報酬の総額を実質 GDP で割って算出する。その式を変形すると、下に示すように「単 位労働コスト=時間当たり賃金/労働生産性」という関係が導ける。 グラフで明らかなように、90 年代の後半以降、日本の単位労働コストは総じて前年を下 回って推移してきた。これは時間当たり賃金の上昇率が労働生産性の上昇率を下回り続け てきたということ、つまり労働生産性が上昇したほどには賃金支払額が増加してこなかっ たことを意味している。その結果は、労働分配率の低下につながる。 日米の単位労働コスト比較 (前年同期比、%) 5 単位労働コスト 4 3 = 2 雇用者報酬総額 実質GDP = 時間あたり賃金 × 1 0 労働投入量(人・時) 実質GDP = 時間あたり賃金 ÷ 労働生産性 -1 -2 -3 US Japan -4 -5 1995 2000 05 10 (出所)CEIC 一方、米国の単位労働コストは前年を上回り続けてきたから、米国の労働者は生産性の 上昇率以上の賃金上昇率を享受してきたことになる。その結果、当然労働分配率は上昇し てきたということだ。 このグラフが示唆しているのは、日本の労働者はもう少し労働の対価を受け取る余地が あるということだ。企業トータルで見て、生かし切れていないキャッシュがかなり積み上 がっているのが現状だが、それは労働者が十分報われてこなかった結果なのかもしれない。 生産性のいっそうの向上が求められている一方、向上した生産性の対価はきちんと支払わ れる必要があると考えられる。 (MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 執行役員調査本部長 五十嵐 -4- 敬喜) MU投資顧問株式会社 登録番号 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第 313 号 一般社団法人日本投資顧問業協会会員 一般社団法人投資信託協会会員 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-3-11 電話 03-5259-5351 ※ この資料は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱とタイアップし、同社調査部の作成した 経済レポートを中心に掲載しております。本資料の記載内容の一部を引用あるいは転載さ れる場合には、必ず「MU投資顧問株式会社 資料より」と明記してください。 ※ 本資料に含まれている経済見通しや市場環境予測は、必ずしも当社の見解を示すもので はありません。内容はあくまでも作成時点におけるものであり、今後予告なしに変更されるこ とがあります。 ※ 本資料は情報提供を唯一の目的としており、何らかの行動ないし判断をするものではありませ ん。また、掲載されている予測は、本資料の分析結果のみをもとに行われたものであり、予測の 妥当性や確実性が保証されるものでもありません。予測は常に不確実性を伴います。本資料の 予測・分析の妥当性等は、独自にご判断ください。 -5-
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