国家戦略特区における 医学部新設への懸念について 2015年2月13日 公益社団法人 日本医師会 国家戦略特区における医学部新設 経済成長と社会保障は相互作用の関係であり、新たな経済活力 を生み出す国家戦略特区は重要である。一方、医療における規制 は国民の生命と安全を守るためにあり、「国民の安全な医療に資 する政策か」、「公的医療保険による国民皆保険は堅持できる政 策か」という2つの判断基準で協力していきたい。 特に国家戦略特区において医学部新設が議論されているが、既 に養成数は2008年度から1,509人増えており、2014年度から増加 した医師が就業している。また、医師1人当たりの養成費用は約1 億円かかることから、人口が減少する中で、今後の医師の養成数 を検討した上で、慎重に対応する必要がある。 1 今後の医師数の見通し これまでの医師数の伸びを踏まえ、かつ、2008年以降の医学部定員数増加分を加味し て今後の医師数を推計した結果 、医療施設の従事医師数は2025年には36.2万人(約 1.3倍)、人口1,000人当たり医師数は3.0人(約1.4倍)になると推計された。 日本医師会等の調査によれば、現状の必要医師数は約1.1倍、受療率等から推計した 将来の患者数は約1.2倍であるので、医師数が約1.3倍になれば、今後の環境変化(医 療の高度化、女性医師の増加など)や、勤務医の負担軽減にも対応できるものと考える。 医療施設従事医師数の粗い見通し (万人) 医師数 (人) 人口1,000人当たり医師数 60.0 医 師 数 40.0 2.2 2.2 2.3 2.3 2.4 2.4 2.5 2.5 2.6 2.6 2.7 2.7 2.8 2.9 2.9 3.0 36.2 33.8 34.4 35.0 35.6 33.3 32.7 32.1 31.6 30.0 30.5 31.0 28.4 28.8 29.2 29.6 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 20.0 1.0 0.5 0.0 人 口 千 人 当 た り 医 師 数 0.0 2010年 2015年 2020年 2025年 *厚生労働省「平成22年 医師・歯科医師・薬剤師調査」(医療施設従事医師数) 、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推 計)」から推計。 2 最近の医学部入学定員数の推移 2008∼2015年度の入学定員増員数は1,509人であり、2007年度の1.2倍に なっている。新設医学部の定員数を従来の100人とすると、2014年度までに 既存医学部で増加した定員数1,509人は、約15医学部分に相当する。 医学部入学定員数の推移 (人) 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 8,486 7,625 2,880 国立 公立 私立 8,846 8,923 8,991 9,041 9,069 9,134 7,793 2,900 1,509人 3,171 3,241 3,263 3,300 3,315 3,325 3,366 787 812 817 834 839 839 844 655 728 4,090 4,165 4,528 4,793 4,843 4,857 4,887 4,905 4,924 2007 2008 2009 2010 2011 (年度) 2012 2013 2014 2015 0 *出所:文部科学省「医学部入学定員の増員計画ついて」 3 医学部地域枠等の推移 地域枠等には、地元出身者のための地域枠に加え、出身地にとらわれず将来地域医療に従事する意志を有する者 を対象とした入学枠や入試時に特別枠は設定していないが、地域医療に資する奨学金と連動している枠数を含む。 (募集人員) (大学数) 67大学 67大学 1166人 1282人 70 65 60 55 50 地域枠等を導入している大学 及び募集人員は年々増加 (平成25年度) 導入大学 68大学 募集人員1425人 68大学 68大学 1334人 1425人 1400 51大学 749人 1200 1000 45 40 35 30 医学部定員増の開始に合わせ、平 成20∼22年度にかけて急増してい るため、平成26年3月以降、地域枠 卒業者が大幅に増えていく見込み。 33大学 403人 21大学 183人 25 400 15 5 600 18大学 129人 20 10 800 6大学 6大学 7大学 44人 44人 49人 2大学 11人 3大学 18人 3大学 3大学 18人 18人 9大学 64人 200 4大学 23人 0 0 9年度 10年度 11年度 12年度 13年度 14年度 15年度 16年度 17年度 18年度 19年度 20年度 21年度 22年度 23年度 24年度 25年度 2013年5月 文部科学省医学教育課調べ 実施大学数 地域枠等に係る募集人員 これから卒業する世代 4 医師1人当たり養成費 日本私立医科大学協会の調査によると、2013年度における私立医科大学の 医学教育経費は1人当たり年間約1,800万円とされており、医師1人当たりの養 成費用は医学部6年間で約1億円に達する。 私立医科大学における医学教育経費(学生1人当たり1年間) 2011年度 2012年度 2013年度 1,794万円 1,769万円 1,796万円 *出所:日本私立医科大学協会「医学教育経費の理解のために」2014年11月 (http://www.idaikyo.or.jp/zaisei/igaku26.11.pdf) 5 参考 歯学部定員割れの状況 2013年度の入学試験において、歯学部で入学定員を満たしていない 大学は5つあり、うち3大学は大きく定員割れをしている。 北海道医療大学は充足率66.3%、奥羽大学は充足率26.0%、神奈川 歯科大学は充足率58.0%であり、首都圏にある歯科大学でも大きく定員 割れを起こしている。 入学定員 志願者 受験者 合格者 入学者 充足率 北海道医療大学 80名 342名 328名 286名 53名 66.3% 奥羽大学 96名 42名 41名 38名 25名 26.0% 100名 158名 144名 138名 58名 58.0% 神奈川歯科大学 *文部科学省「平成25年度 歯学部歯学科入試結果」による。 6 同年齢のうち医師になる割合 分子を医師国家試験合格者数、分母を25歳人口として、同年齢のうち医師になる割合を 算出した。1975年には512人に1人であったが、2015年には162人に1人となり、現在の定 員が継続すれば、2030年には132人に1人となる。 同年齢のうち医師になる割合 512人に1人が医師 ︵ 医 師 に な る 割 合 ︶ ○ 人 に 1 人 550 500 450 400 350 300 250 200 150 100 512 132人に1人が医師 162人に1人が医師 132 162 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 (年) (1950年生まれ) (1990年生まれ) (2005年生まれ) ※何人に1人医師になっているかの分母は便宜的に25歳人口とした。 人口は、総務省「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」 2016年以降は、2015年の医学部定員9,134名、合格率は90%で試算。 7 国家戦略特区における医学部新設の問題点 • • 2008年度から医師の養成数が増加しており、2014年度から増加した医師が就 業する。現行の定員増の対応で、医師数の確保には一定の目途が立っている。 −日本医師会の推計では、2025年に現在のOECD平均に到達 これから医学部を新設しても自立して診療が可能な医師を養成するまでには10 年以上を要する。 • 医学部の教員は多くが医師であり、教員(1大学約300人)を医療機関から募集 すると、その地域では医師不足の引き金となる。 • 医学生が最低限履修すべき教育内容である「医学教育モデル・コア・カリキュラ ム−教育内容ガイドライン−」※)を満たすことができるのかといった懸念がある。 医学部新設の問題点 1.教員確保のため、医療現場から多くの教員(医師)を引き揚げざるを得ず、地 域医療の崩壊を加速する。 2.人口減少など社会の変化に対応した医師養成数の柔軟な見直しを行いにくく なる。 ※「医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成22年度改訂版)の公表について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/033-1/toushin/1304433.htm 8 医学部新設が地域医療にもたらす懸念 • 学校設置基準では、必要専任教員は150人※とされている。しかし、医学部 教員は大学附属病院で診療も行っており、現実には約300人の教員が配 置されている。 • 教育確保のため、医療現場から1大学につき約300人の教員(医師)を引き 揚げざるを得ず、地域医療の崩壊を加速する。特に東日本大震災の被災 地をはじめ、医師不足が深刻な地域では多大な影響がある。 ※ 1学年121∼130人の場合 。 医学部定員数と教員数 1学年の定員 教員数 附属病院の医師数 岩手医科大学 130人 393人 415人 東北大学 135人 331人 557人 福島県立医科大学 130人 308人 321人 定員は2013年、教員数は2012年(福島県立医科大学は2010年。2013年にはさらに増員される可能性がある。) 附属病院の医師数は常勤数に非常勤の者を常勤換算したものを加えた数。 附属病院の医師数には教員の一部を含む。 9 まとめ 国家戦略特区における医学部新設については、 地域医療の現場からも反対している。 人口が減少する中で、今後の医師の養成数を検討 した上で、慎重に対応する必要がある。 10
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