コンスタンチン・リフシッツ インタビュー 「リフシッツが、振る」 気鋭のピアニスト、弾き振り、指揮を日本初披露 Jupiter 148 号掲載【Web 用ノーカット版】 取材・文 寺西 肇(音楽ジャーナリスト) 好評のうちに進行中の「モーツァルト 未来へ飛翔する精神」シリーズ。ウィーン時代前期を特集する 5 つのステージの掉尾を飾るのは、ピアニストのコンスタンチン・リフシッツだ。独自のプロジェクトをはじ め、その刺激的な演奏活動の一挙手一投足から目が離せない若き巨匠が、日本センチュリー交響楽 団と共演し、モーツァルトのピアノ協奏曲中でも、特に個性が光る第 15 番と第 23 番を弾き振りし、交響 曲の佳品・第 35 番《ハフナー》を指揮。弾き振りも含め、日本での指揮は初披露となるが、リフシッツは 「楽しみでたまらない」と繰り返し、早くも期待感を露わにしている。 1 ――まずはピアノ協奏曲ですが、第 15 番と第 23 番との組み合わせについて、 どう思われますか。 リフシッツ(以下 R) モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、第 1~5 番といっ た初期の作品は、クリスティアン・バッハ(※註 1)の様式に倣っていて、真にモー ツァルト的ではない。これらを除いたモーツァルトの協奏曲の中で、私にとってま だ弾き振りの経験のない最後の 1 曲である第 15 番と、非常に人気の高い第 23 番 という組み合わせは、とても大きな達成感を与えてくれるでしょうね。 ――ご自身にとって、弾き振りで演奏する意義とは。 R 私はかねがね、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンの協奏曲は、指揮者 なしで演奏すべきだと考えています。というのも、こういった時代の協奏曲は、本 質的に「室内楽」だと考えているからです。特に第 15 番から…いや、第 14 番も 含めて良いと思いますが…第 25 番までは、短期間の間に凝縮して書かれています。 ピアニストとしては、これらの楽曲が持つ、軽やかさや敏捷性といった特徴を、背 後にある構造上の複雑さと結びつけるのが、とても難しい。それだけに、どの曲も たいへん挑戦的で、課題の多い協奏曲だと言えるでしょう。私は今まで、弾き振り で演奏し続けてきて、モーツァルトの楽曲の構造について、明確な答えを導き出せ るようになりました。弾き振りをすることで、ソロ作品の演奏もより充実すること に繋がったと感じています。それは、時に彫刻を手掛けることで、創作する絵画が より深みを帯びた、モディリアーニ(※註 2)にも共通するような気がします。 ――ところで、作曲年で言えば、たった 2 年しか変わらないのに、2 つのピアノ 協奏曲は、ずいぶん雰囲気が違いますね。 R その通りです。私にとって、第 23 番はより室内楽的で対話が重視される一 方、第 15 番はよりソリストを中心に組み立てられています。と言うのは、後者を 書いた時、モーツァルトは聴衆へ、作曲家としてよりも、むしろピアニストとして、 それまで存在したあらゆるピアノ協奏曲を遥かに凌駕する超絶技巧を聴衆に見せ つける必要性があったため、とても輝かしいですね。対して、第 23 番は技術的に は中庸であり、より世俗的です。それだけでなく、調の違い、曲ごとの要求の違い …両者には、特別の距離があるんです。そして、第 15 番のオーケストラには、2 本のオーボエが存在しますが、第 23 番では代わりにクラリネットが採用されてい ます。これはサウンド上、重要な影響を及ぼします。 2 ――楽譜は新モーツァルト全集(NMA)ですね。 R ええ。ベーレンライター版(NMA)を使います。 ――両曲とも第 1 楽章にあるカデンツァは、モーツァルトの手になるものが遺さ れていますが、これを弾きますか。 R 基本的には、そうします。ただし、第 15 番のアインガング(※註 3)は自分で 作曲しますよ。 ――プログラム後半は、指揮台に立っての交響曲第 35 番《ハフナー》ですね。 R 30 曲余りの完全な形の交響曲のうち、彼が先人から引き継いで来たもの、 最も完成した形で現出したのが、後期の交響曲でしょう。そして、これら数あるモ ーツァルトの交響曲の中で、 《ハフナー》は最も愛され、親しまれている作品のひ とつ。耳に触れる機会が多いのももちろん、初期の作品にはない“大交響曲”とし ての威厳を持ち併せています。リトアニア、スウェーデン、デンマークなどヨーロ ッパの様々なオーケストラと共演を重ね、モーツァルトの他の交響曲を振った経験 はありますが、 《ハフナー》はまったくの初体験。そして、日本のオーケストラと の共演経験は何度もありますが、指揮するのは初めて。日本センチュリー交響楽団 と共演するのも初めてですが、古典はもちろん、現代作品までこなせる、優秀なオ ーケストラだと聞いています。来年 2 月が待ち遠しいですね。 ――ピアニストと指揮者、アプローチは違いますか。 R どちらも音楽を創ってゆく行為ですから、もちろん、多くの共通点はありま す。しかし、正反対の側面もあるんです。ピアニストは他の器楽奏者と違い、常に 目の前に鍵盤と楽器の黒い壁が立ちはだかっていて、聴衆と視線を交えつつ演奏す ることはありません。つまり、まったく孤独になる瞬間があるんです。オーケスト ラと共演していても、時に自分一人の世界に入ってゆくことすらあります。しかし、 指揮をするとなれば、皆の前に立ち、聴衆を納得させなければならない。自分の演 奏と共に、自分の音楽によって、聴衆と直接コミュニケーションして、納得させな ければならないという責務があります。これは私にとって新しい経験で、まだ勉強 の途上だと考えています。まだまだ、たくさん学ばなければ。決してマスターした、 とは言えませんね。 ――弾き振りと、純粋な指揮も、やはり違うものでしょうか。 R もちろん、全然違います。第一、交響曲を指揮する時、私の両手は自由です 3 からね(笑)。この際は、オーケストラの視点で、より密接に共同作業をすることが 必要です。弾き振りの場合は、前奏のトゥッティの時点であらかじめ音楽創りに関 して対話をすることができますが、交響曲の場合は、そういった会話がないところ から、いきなり音楽をスタートさせなければなりませんから。 ――いずみホールのステージへは、2010 年から昨年 1 月まで 3 回にわたってヴ ァイオリンの樫本大進さんと共演した、ベートーヴェンのソナタ全曲シリーズで登 場されました。どんな印象ですか。 R 世界的にも有数のベストな音響に恵まれた、すばらしいホールですね。ここで の演奏は、私にウィーン楽友協会ホールでの経験を思い起こさせてくれます。 ――あなたにとって、モーツァルトと言う作曲家の位置づけは。 R 古い音楽を現代に蘇らせる取り組みにとって、モーツァルトは最も相応しい と思いますね。ソナタなどソロ作品もそうですが、特にオーケストラと共演する場 合など、伝統や楽派など博物館的な価値観の中に閉じ込めてしまうことを、モーツ ァルトの作品は決して許してはくれません。だから、私たち演奏家は、自分たちの “生”の証としてのモーツァルト演奏を行うことで、今を生きている聴衆に、癒し や慰めを受け取ってもらいたいと願うのです。 ――リフシッツさんのモーツァルトは、拍節をしっかり押さえてゆく感覚。かた や、バッハでは横への流れが良い印象です。逆の捉え方をするピアニストが多い中、 独特ですね。 R そのようなコメントをいただいたのは初めてですが、とても嬉しいですね。 バッハと彼の時代、そしてモーツァルトやハイドンらウィーン古典派、どちらも偉 大な音楽なのですが、私は日頃から、両者の響きの違いをどう的確に表現してゆく か、とても苦心しています。その点に関して、ウィーン派の音楽にとって拍節感の 重要性、その表現がカギとなって来るのは、間違いないと思っていますから。 ――一流の演奏家にとって、最も大切なこととは。 R これは難問ですね(苦笑)。果たして、プロフェショナルの奏者に必須の能力 とは? 才能なのか、アイデアか、独創性か、それともスタミナか(笑)。演奏への意 欲なのか、もしかすると…運なのか。どれかひとつでも欠けたら、それとも、どれ かひとつでもあれば、いいのか。とにかく、これらの運命やら資質やらが一体とな って、演奏家として成功へと至るのでしょうね。 4 ――これからの、ご自身の目標とは。 16 世紀に始まって、現代に至るまで、とにかくレパートリーの幅を広げてゆき たいですね。特に:ピアノ作品の黄金時代は 18 世紀から 1950 年代までが黄金時代 ですから、バッハからショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーまで、その多彩さ を示してゆけたら。そして、後進の指導を通じて、自らが得るものも大きいので、 これからも続けてゆきたいと考えています。指揮者としての目標は、明確です。も っと深くオーケストラと意思疎通することが、今の私の課題だと思っています。そ して、どんどん指揮してゆけたら。モーツァルトも、ベートーヴェンも、シューマ ンも、メンデルスゾーンも、マーラーの大作も…中でも、 《マタイ受難曲》 《ヨハネ 受難曲》 《ロ短調ミサ》というバッハの偉大な宗教作品は、最終目標と言えましょ う。私は果たして、2 月のステージまでに、どこまでコミュニケーション能力を高 めてゆけるのか、自分自身でも、とても楽しみなんですよ。 ――最後に、ちょっと哲学的な質問を。あなたにとって、ピアノとは。そして、 音楽とは何でしょうか。 R 私にとって、ピアノとは音楽を媒介する存在であり、音楽はその背後に存在 し、表現するものです。哲学的な質問には、哲学的にお答えしましたよ(笑)。 註 1 Johann Christian Bach(1735~82)。バッハの末息子で、ミラノに留学し、同地やロンドンで活 躍。オペラをはじめ、管弦楽や室内楽まで幅広い作品を発表し、父レオポルドと共にロンド ンを訪れた幼いモーツァルトに、多大な影響を与えた。 註 2 Amedeo Clemente Modigliani(1884~1920)。イタリアの画家で彫刻家。アーモンド型の瞳を 持つ、細面の女性画で知られる。 註 3 tutti による前奏の後、ソロの出だしに置かれる短いカデンツァ 【公演情報】 モーツァルト 未来へ飛翔する精神 Vol.5 輝ける主役 【日時】2015 年 2 月 11 日(水・祝)14:00 開演 【出演】コンスタンチン・リフシッツ(指揮、ピアノ) 5 日本センチュリー交響楽団 【曲目】モーツァルト:ピアノ協奏曲 第 15 番 変ロ長調 K.450 ピアノ協奏曲 第 23 番 イ長調 K.488 交響曲 第 35 番 ニ長調 K.385「ハフナー」 【料金】S=¥6,000 A=¥5,000 学生=¥3,000 いずみホールフレンズ(会員)S=¥5,400 A=¥4,500 ・公演の詳細は、こちら ・いずみホールフレンズ(年会費¥2,000)の詳細はこちらをご覧ください。 ・お問い合わせは、いずみホール・チケットセンター 06-6944-1188 まで。 ・ネット購入も可能です→こちらからどうぞ。 6
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