遺伝性乳癌診療の最前線 聖路加国際病院乳腺外科 山内 英子 昨年,米国の人気女優アンジェリーナ•ジョリーさんがご自身の遺伝的背景か ら未発症の両側乳房を予防的に切除したことから,遺伝性乳癌•卵巣癌症候群 (Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome : HBOC)について多くの 関心が高まり,それと同時に遺伝性腫瘍という存在,遺伝子検査での癌のリス クの予測,またその予防と言ったことに社会が考えさせられることになった. 日本でも,乳癌,卵巣癌の家族歴がある対象者において,約 30%に BRCA1 ま たは BRCA2 に遺伝子変異が認められている.家族歴から HBOC が強く疑われたり, 家族歴がなくても若年のトリプルネガティブ乳癌の場合は遺伝カウンセリング にて,その気持ちに寄り添うように,反応を見ながら話して行くことである. BRCA1/2 遺伝子変異をもつ患者さんに対し,まず私たち医療従事者ができること は,検診を勧奨することである.薬物によるリスク低減手段として,タモキシ フェンによる乳癌予防効果また,卵巣癌に対しては経口避妊薬による予防効果 が認められているが,これらによる低減効果は高くても50%程度であり,リ スク低減の手術という手段が論じられるようになる.リスク軽減乳房切除術 (Risk Reducing Mastectomy: RRM)は乳癌発症リスクの 90%近くの低減効果が 認められている.卵巣癌に対しては,有意義な検診や薬物によるリスク軽減の 効 果 が 明 ら か で は な く , リ ス ク 軽 減 卵 巣 卵 管 切 除 術 ( Risk Reducing Salpingo-Oophorectomy: RRSO)は RRM より推奨されることが多い.予後に対す る効果をも検討する更なる研究では,乳癌,卵巣癌のリスクを減らすのみでな く,死亡率の減少にも寄与することが報告された. HBOC の診療から,予防医療の新たなる展開を我々の日常診療の中でも考えざ るを得ない.2008 年にアメリカの NIH のディレクターは既に,医療の将来戦略 として,”Curative-疾病に対する治療“から”Preemptive-疾病に対する先制医 療”へと謳っている.さらには,遺伝子検査も Direct To Customer の検査とし て,医療現場を経ないでも,簡単にネットなどを通じてできる社会になってい る.少なくとも臨床の現場では,情報をしっかりと伝え,その不安を乗り越え て,目の前の患者がそのひとらしい選択をしていくことを支援するのが我々の 役目と思われる. 1 班研究でのわれわれの取り組み がん研有明病院遺伝子診療部 新井 正美 乳癌や卵巣癌の一部は遺伝的な素因をもとに発症する.欧米では癌の遺伝医 療は予防医学の一環としてすでに日常診療の中で認識され,遺伝子の情報も活 用されている.一方,わが国では体系的な癌の遺伝医療が実践されているとは 言い難く,このような予防医療への取り組みは今後の課題である. われわれは,平成 26 年度より厚生労働科学研究(がん政策研究)推進事業と して「わが国における遺伝性乳癌卵巣癌の臨床遺伝学的特徴の解明と遺伝子情 報を用いた生命予後の改善に関する研究」班を組織して,日常の診療における 遺伝性乳癌卵巣癌の認識を普及し,実践できるようにすることを目指している. そして、以下のような遺伝性乳癌卵巣癌の診療における現在の課題に対して、 その対策を検討することとした. 1. 【わが国の臨床的なデータは不十分である】われわれが現在,遺伝カウンセ リングの場で用いているデータのほとんどは欧米のデータである.BRCA1/2 遺伝 子変異保有者の乳癌や卵巣癌の発症リスク,これらの癌の治療成績はどうなの か,わが国の基礎データを作成する必要がある.そこで,現在,日本 HBOC コン ソーシアムの登録事業を開始するべく 2013 年より準備を進めている. 2. 【サーベイランスにおける MRI の導入や予防的卵巣切除術の有用性に関する 検討】MRI や予防的卵巣切除術の意義について評価を行う. 3. 【変異保有者が安心してケアを受けるために】日本乳癌学会,日本婦人科腫 瘍学会,日本人類遺伝学会が連携して,施設認定を検討している.多くのがん 医療従事者の方に HBOC の認識や遺伝医療への理解を普及することを目的として いる. まだ今年度に組織が立ち上がったばかりで,成果が出るのはこれからだが, 多くのがん医療関係者の方に HBOC の概要を知っていただき,今後の診療の一助 としていただければ幸いである. 2
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