冷水循環式雪冷房における冷熱取り出し性能の改善 (せきの設置と床面

冷水循環式雪冷房における冷熱取り出し性能の改善
(せきの設置と床面形状の工夫の効果)
河田剛毅*1,鈴木智也*2
1.はじめに
のため、測定角度範囲180°の2次元レーザースキャナ
著者らは雪氷冷熱エネルギーを利用した雪冷房のうち、
(Sick社LMS-400)を天井部中央長手方向に設置した移動用
循環水を流して貯雪底部を浸水させる冷水循環式の横断水
レールに吊るした。水中の貯雪底部の監視用に、水中カメ
流型に着目し、冷熱取り出しに関わる熱交換特性の研究を
ラを天井部両端長手方向に設置した移動用レールに吊るし
行ってきた。これまでに雪特有の固まる性質が冷熱取り出
た。コンテナ底面部両端に水中カメラの移動用通路を設置
し性能を低下させることが分かっている。このことを考慮
した。通路は水位より高いアクリル板で仕切ってある。形
し、冷熱取り出し性能向上させるための簡易的な方策とし
状測定ならびに水中カメラでの撮影は、2時間毎に行った。
て床面へのせきの設置や事前の貯雪分割等を考案し、実際
コンテナ外部は断熱対策のため発泡板で囲い、太陽放射に
にそれらがある程度有効な効果を持つことを確認してきた。
よる入熱抑制対策として遮光用のアルミシートで覆った。
しかし過去の実験では装置の破損等の問題により、各方策
保存中はコンテナ底面四隅に設置してあるドレイン孔から、
での真の向上効果の程度を明確にすることができなかった。
雪の融解水を定期的に排水し貯雪の融解の進行を防止した。
そこで本報ではそうした問題点を改善し、冷熱取り出し性
平成26年3月初旬に雪入れ作業を行い、6月中旬までの約3
能向上方策の効果を明確にすることを目的とする。向上方
ヶ月半雪を保存した後、6月中旬から6月下旬にかけて実験
策として、これまでの研究結果から向上効果が高いと期待
を行った。流水条件は幅1m当たりの流量37ℓ /min,水温は
される床面への可動せき設置と新たに床面を斜面形状にす
入口せきの温度約15℃となるように調節した。可動せき設
るという、2つの方策を試みた。
置の条件では、水位100mm一定である。
2.実験内容
2.1 実験装置・方法
実験装置を図1に示す。貯雪庫として内寸法が幅2200mm,
長さ5500mm,高さ2200mmの海上輸送用保冷コンテナを改造
し、実験条件を変えて行うため3基用いた。図1(a)より雪
は貯雪庫の左側が観音開きになっており、ここから雪の搬
入が可能となっている。図1(a)右側面の下部に図1(c)に示
すような幅1900mm,高さ110mmの排水口の加工が施されて
(a) 装置全体図
いる。コンテナ内は床にベニヤ板を敷き詰め平らにし、そ
の上から水漏れ防止用にブルーシートを二重に敷いた。実
験での水の流し方は、図1(a)左側から貯水槽に水をため流
量と温度を計った後、一度入口せきに通して貯雪底部に流
す。貯雪底部を通り冷やされた流水は、排水口から排水さ
れる。排水された冷水はポンプでくみ上げて、貯水槽に戻
し 再 循 環 し利 用 す る。 流量 は 電 磁 流量 計 (OVAL 社 MAGOVAL1000)により測定し、貯雪通過前後の水温測定用に入
口せきの手前と排水口出口に熱電対を設置した。水温なら
(b) 正面断面図
(c) 背面図
図1 実験装置概要
びに流量の測定信号は5秒毎にデータロガー(ADVANTEST社
R7326B)を介してパソコンに記録されるようにした。貯雪
庫内の様子は、天井側面端部4か所に設置した定点カメラ
で監視ならびに映像記録を常時行った。貯雪表面形状測定
*1 長岡工業高等専門学校
2.2 冷熱取り出し性能改善方策
性能改善の方策として、貯雪庫の床面への可動せき設
置と床面を斜面形状にするという2種類を試みた。
*2 長岡工業高等専門学校専攻科
(1)可動せきの設置
可動せきの概要図を図 2 に示す。実験開始時は図 2(a)
のように貯雪の重みによりせきは潰れた状態になってい
る。しかし、貯雪底部の雪が融解し空洞ができると図
2(b)のように発泡板の浮力によりせきが自動的に立ち上
がる仕組みとなっている。せきは農業用ビニールシート
を筒状にし、内側に押出法ポリスチレンフォーム(190mm×
50mm×10mm)を 10 枚貼り付けたもので、シートの下部にス
テンレス板(2200mm×50mm×2mm)を敷き、水流によりせき
が流されない構造になっている。
(a)実験開始時
貯雪底部にせきを設置した場合のせき周辺の流水の様
(b)貯雪底部融解時
図2 可動せき概要
子を図3に示す。貯雪底部が融解しせきが立ち上がること
で、図3の赤の破線部分の貯雪底部とせきの隙間が狭まり、
せき周辺の流速が速くなることで熱伝達率が大きくなる。
発泡板をコンテナの幅方向に10分割することで貯雪底部
の融解の形状にフィットするようになり、より貯雪底部
との隙間を小さくでき融解が促進される。また流水がせ
きを乗り超えて流れることにより融解が促進される。こ
の可動せきを適切な数だけ設置することで、貯雪底部を
均一かつ安定的に融解させる効果が期待できる。
図3 せき周辺の流水状態
せきの設置数の違いによる冷熱取り出し性能の効果を
調べるため、図4に示すようにコンテナの流水方向に等間
隔にせきを5個と10個の設置条件で行った。
前報での装置に対して本報では図5に示すせきの両端と
水中カメラ用通路の側面のガイド板の改良を行った。ガ
イド板の役割は、せきが流水により押し流されるのを防
止すること、およびせきとカメラ用通路の隙間を通過す
る水の流れ(雪との熱交換に寄与しない)を極力減らすこ
とである。
前報ではガイド板としてアクリル板(100mm×145mm×
2mm)を用いた。しかし、貯雪の保存中に貯雪の重みなど
により、実験開始時にはアクリル板が破損している箇所
(a)可動せき5ヶ所
があった。本報では板に柔軟性を持たせガイド板の破損
図4 可動せき設置状態
を防止するため、ゴム板(70mm×145mm×5mm)を使用した。
(a)ガイド板なし
(b)可動せき10ヶ所
(b)ガイド板あり
図5 ガイド板設置によるあ効果
(2)床面形状の工夫
さらに斜面の傾斜により貯雪が水深が深い中央付近に滑
これまでの研究から貯雪は上流側からの融解が速いた
り落ち、熱交換性能の向上が期待できる。
め、時間経過に伴い貯雪長さが短くなり浸水面積が減少
し熱交換性能が低下していく傾向があることが分かって
3.実験結果
いる。これを考慮し、貯雪長さが短くなっても浸水面積
以下の説明において、工夫条件別に床面を斜面形状に
の減少を抑えるため、床面を図6に示す斜面形状とする方
した場合を「床斜面形状」、可動せき設置の場合を設置数
策を考案した。
別に「可動せき10個」、「可動せき5個」とし、さらに比較対
斜面の寸法は、図6に示す通りで、斜面中央部の水位が
一番深くなるような直線形状とした。出口側には水位を
象として過去に得られている何も工夫を施していない条
件の結果2)を「工夫なし」と略記する。
設けるため高さ250mmのせきを設置した。これにより中央
の最深部の水位は250mmとなる。斜面の土台は発泡板で表
面はアルミ複合版で覆ってブルーシートを敷いてある。
入口側の貯雪を斜面の傾斜により滑らせて最深部の中央
に集めるため、傾斜角度を10.5°に設定した。この傾斜
角度については、屋根勾配を参考にして雪が滑り落ちる
傾斜を1.5寸勾配(=8.4°)以上としつつ、傾斜角度をつけ
すぎると貯雪量が減少するのを考慮して傾斜角度を設計
した。
床面を斜面形状にすることで、貯雪が残りやすい中央
付近の水深が深くなり、貯雪の浸水面積が増加し実験時
図6 斜面概要
間経過に伴う熱交換性能の低下を緩和でき、安定して冷
熱が取り出せると考えた。
(a)床斜面形状
(b)可動せき10個
(c)可動せき5個
(d)工夫なし
図7 貯雪の形状変化
3.1 形状変化について
3.3m付近で割れが発生した。可動せき5個では実験開始1時
レーザースキャナによる貯雪高さを流れ方向に連続的
間半後に1.2m付近、8時間後に3.5m付近、12時間半後に
に測定した形状変化を図7に示す。図7(a)床斜面形状のグ
2.5m付近で割れが発生した。可動せきを設置した場合、
ラフ上の黒線は床面を表している。各実験条件により実
割れが発生した後貯雪の塊の高さ減少が工夫なしと比較
験開始時の貯雪高さに違いがある。これは保存中の環境
すると速く減少していることが分かる。空洞の発生を抑
状況や実験日によって保存期間が異なるからである。本
えたことによって、融解を促進させた効果も確認できる。
来は実験開始時の貯雪高さや貯雪量を揃える必要がある
が、これまでの研究より冷熱取り出し性能に大きく影響
するのは、貯雪高さよりも貯雪と流水が接している流れ
方向の貯雪長さであることが確認されている。したがっ
3.2 水温変化について
貯雪を通過することによる水温の低下度合いを評価す
るために、次式で定義する水温低下率を導入する。
て実験開始時の貯雪高さ貯雪量の違いは、冷熱取り出し
性能の比較には大きく関係していないと考えられる。
水温低下率
(1)
最初に工夫なしでの形状変化の結果特徴について説明
する。上流側の水温の方が高いため、上流側の貯雪の塊
の融解が進行し減少が速いことが確認できる。また給水
ここで、 は貯雪流入水温(入口せき)、 は流出水温(排
側からの距離が同じ位置であっても、実験時間の経過に
水口出口)、 は雪の温度(=0℃)である。定義より、水温
よる貯雪高さの減少量にばらつきがあることが分かる。
低下率は 0~1 の値をとり、値が大きいほど水がよく冷や
これは貯雪融解の特徴に大きく関係している。貯雪は水
されることを表す。
温が高い上流底部より融解が進行し、貯雪底部に空洞が
発生する。空洞が発生すると貯雪は、片持ち梁状の状態
3.2.1 時間経過と水温低下率の関係
となる。貯雪底部は融解しているが片持ち梁の状態を支
図8に実験開始から経過時間による水温低下率の関係を
持しているため見かけでの貯雪高さはほとんど変化しい
表したグラフを示す。水温データは5秒毎に測定している
ない。しかし空洞が成長し片持ち梁状を支持できなくな
が、データ数が極めて多いため水温低下率は30分ごとの
り、貯雪が傾いたり割れが発生すると急激に貯雪高さが
平均値で示している。工夫なしでグラフが繋がれていな
減少する。図7(d)では、実験開始時から8時間後の上流側
い部分があるのは、実験を3日間に分けて行ったからであ
付近の高さと12時間後から16時間後の給水側からの距離
る。このグラフから時間経過に伴う水温低下率の変動を
2.5m以降の高さが、急激に減少していることが分かる。
知ることができる。
これは給水側から1.8mと3.6m付近で割れが発生し、貯雪が
崩れて急激に高さが減少したと考えられる。
はじめに、工夫なしでの水温低下率の結果の特徴につ
いて説明する。実験開始時から水温低下率は低く、さら
床面形状を斜面にした条件では、実験開始から6時間後
に時間経過することに値は低くなっている。これは上流
までの貯雪高さは大きく変化していない。これは貯雪が
側の貯雪底部が融解され空洞が発生し、流水と貯雪の浸
斜面の両端で支えられて、中央付近である給水側2.5m付
水面積が減少したからだと考えられる。しかし、実験開
近の浸水している貯雪底部だけが融解している状態とな
始5時間後に急激に水温低下率が上昇している。これは貯
っている。しかし10時間後以降は貯雪高さが減少してい
雪に割れが発生し、貯雪底部の空洞が消滅することで浸
ることが確認できる。これは13時間後に手前付近の貯雪
水面積が増加したからであると考えられる。
が斜面をすべり落ちたためだと考えられる。その後手前
可動せきを設置した条件においては、実験開始時の値
側の貯雪は、時間経過に伴いすべり落ちている様子が確
が工夫なしと比較し、高い水温低下率を示している。そ
認できる。また斜面を設置したことにより中央付近の水
の後水温低下率は減少するが、再び値は上昇しある程度
深が深いところでは、貯雪高さが大きく減少しているこ
の一定値を保ち水温低下率の変動が小さいことが確認で
とが確認できる。
きる。これは貯雪底部に可動せきを設置することで、貯
可動せきを設置した条件においては、工夫なしと比較
雪底部に空洞が発生するのを防止し、貯雪が均一に融解
して給水側の距離に係らず貯雪高さがほぼ一定に減少し
されたからである。よって常時流水が貯雪と接触してい
ていることが確認できる。せきを設置したことで、貯雪
るため、水温低下率の変動が小さくなり安定に熱交換が
底部の大規模な空洞の発生を抑え、貯雪高さが時間経過
行われていることを確認できる。しかしその後は実験時
に伴いほぼ均一に融解させる効果があると考えられる。
間の経過に伴い水温低下率の値は、徐々に低くなってい
可動せき10個では実験開始3時間後に2m付近、9時間半後に
るのが確認できる。
床斜面形状での条件においては、実験開始時は工夫な
その後一定値を保ち安定に熱交換が行われている。他の
しと同じく水温低下率の値は低い状態となっている。実
条件では実験時間の経過に伴い値は減少しているが、床
験開始から10時間後あたりまでは大きな上昇はなく一定
斜面形状では減少することなく高い値を保っていること
の値が続いているが、10時間後以降に大きく値が上昇し
が確認できる。
ている。これは3.1形状変化で述べたように、手前付近の
貯雪が斜面をすべり落ちたため貯雪が流水と接触し水温
低下率が上昇したと考えられる。
(a)床斜面形状
(b)可動せき10個
(c)可動せき5個
(d)工夫なし
図8 時間経過と水温低下率の関係
図 9 貯雪長さと水温低下率の関係
3.2.2 貯雪長さと水温低下率の関係
4.まとめ
図8のグラフでは、経過時間による水温低下率で同じ時
冷水循環式雪冷房システムのモデル装置として、海上
間経過でも条件によって貯雪残量は異なっている。3.1で
輸送用保冷コンテナ20フィートを貯雪庫として用いて、
述べたように、冷熱取り出し性能に大きく影響するのは
工夫を施し冷熱取り出し実験を行った。その結果、得ら
貯雪と流水が接している流れ方向の貯雪長さであること
れた知見をまとめると以下の通りである。
が確認されている。そこで貯雪長さと水温低下率の関係
・貯雪底部に可動せきを設置することにより、貯雪底部
を表したグラフを図9に示す。このグラフは貯雪長さが大
の融解速度を均一化させ、貯雪高さの減少量を一定に
きいほど実験開始時に近く、貯雪が小さくなるほど時間
させる効果があることが確認できた。
が経過している状態である。
工夫なしと可動せきを設置した条件を比較すると、大
よそ同じ貯雪長さでも水温低下率が大きく異なるデータ
・可動せきにより貯雪底部の空洞の発生・成長を抑える
ことができ、安定に熱交換を行い高い水温低下率を保
持できる。
がある。特に5.5mから4.5m付近の貯雪長さで可動せきを設
・工夫なしでは貯雪長さ5.5mでも30%程度と水温低下率は
置した条件では水温低下率が50%程度で工夫なしでは25%程
低いが、可動せき設置により貯雪長さ5.5m~2m間で50%
度であり、可動せきを設置した場合の方が2倍程度値が大
~30%程度の値を保持でき、広い貯雪長さ範囲に渡って
きい。これは3.1で述べたように工夫なしでは上流底部よ
熱交換性能向上が見込める。
り融解が進行し、貯雪底部に空洞が発生するため工夫な
・コンテナ床面を斜面にしたことにより、実験時間の経
しでの水温低下率は低い値となっている。一方可動せき
過に伴い水温低下率が上昇することが確認できた。経
を設置した場合は、貯雪底部の空洞の発生・成長を抑え
過時間に伴う熱交換性能の低下を緩和できる効果があ
ることで高い値となっている。さらに貯雪底部の空洞が
ると期待できる。
抑えられ、水温低下率のばらつきが少ないことが確認で
きる。常に貯雪底部全体が流水と接触し安定して融解が
進行したためだと考えられる。つまり貯雪長さは同じで
参考文献
1)北海道経済産業局:雪氷熱エネルギー活用事例集 5,
も、貯雪底部の状態により水温低下率は大きく変動する
経済産業省北海道経済産業局資源エネルギー環境
ことが分かる。工夫なしでは貯雪長さが減少すると、水
部エネルギー対策課, 2012.
温低下率もそれに伴い低下している。一方可動せきを設
2)河田剛毅,増田健太:第 26 回ふゆトピア研究発表
置した場合貯雪長さが減少しても、比較的高い値となっ
論文集・貯雪庫からの流水による冷熱取り出しに
ている。可動せきには、広い貯雪長さ範囲に渡って水温
おける簡易的手法を用いた性能改善,pp.63,2014.
低下率の低下を抑える効果があると考えられる。可動せ
きの設置数による効果の違いは、可動せき5個では貯雪長
さ2.6mで25%程度に対して、可動せき10個では貯雪長さ2m
で30%程度と貯雪長さが小さくなっても高い値を保ってい
ることが確認できる。
床斜面形状にした条件においては、貯雪長さが5m付近
では工夫なしと同様に低い値となっている。これは3.1で
述べたように、貯雪が斜面の両端で支えられて、中央付
近の貯雪底部だけが浸水しているため、貯雪長さは大き
くても流水と接触している貯雪底部の長さが小さいから
だと考えられる。貯雪長さが4.5m以降から水温低下率が
上昇している。さらに貯雪長さが小さくなるにつれ値は
大きくなっている。他の条件では貯雪長さが小さくなる
につれ、減少するか一定の値を保ち上昇する傾向は見ら
れなかった。斜面を設置したことで貯雪長さが小さくな
っても斜面の傾きにより貯雪が水位最深部の中央に集ま
り常時流水と接触しているため水温低下率が上昇したと
考えられる。