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タイ繊維産業輸出化の分析
山澤, 逸平
一橋大学研究年報. 経済学研究, 23: 211-254
1981-08-20
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/9317
Right
Hitotsubashi University Repository
タイ繊維産業輸出化の分析
ホ
タイ繊維 産 業 輸 出 化 の 分 析
一 発展途上国の工業品輸出化
澤 逸
めの保護貿易措置や非効率的な国内生産助長という弊害を伴なった。それに対して外向きの輸出志向工業化は生産の
があった。輸入代替工業化は国内市場販売を目当てに工業生産拡大を進める内向きのもので、輸入代替を促進するた
一九六〇年代から一九七〇年代初めにかけて、発展途上国工業化に関して輸入代替工業化対輸出志向工業化の論争
るかは、日本も含めて先進諸国にとっても重要な関心事である。
を引き起した。それに続くASEAN諸国の工業化がどのようなメカニズムで、どのような政策の下に進められてい
の新興工業国の工業。叩輸出はすでに軽工業品分野を中心として欧米諸国の国内産業と競合して、深刻な産業調整問題
済発展のいっそうの促進のためには今後も工業化努力を続け、工業品輸出への依存を増していくと思われる。アジア
ASEAN諸国もそれに続いている。シンガポールは除いてASEAN諸国はなお一次産品輸出割合が大きいが、経
発展途上国の工業品輸出は一九七〇年代にも拡大し続けた。その中心はアジアと中南米の新興工業国であったが、
平
効率化を促進するとされた。輸入代替工業化から輸出志向工業化への転換は新興工業国の輸出成長実績と結びつけら
211
山
一橋大学研究年報 経済学研究 23
れ て 流 行 と な っ た 。 し か し こ れ は つ ぎ の
2
点
で
誤
解
を
招
き
や
す
い
。
まず第一に輸入代替工業化と輸出志向工業化とは伝えられるように二者択一的な工業化戦略ではない。ある程度の 2
規模の国内市揚をもつ後発国にとって、まず国内市場で輸入代替を進め、内需を満した後に外国への輸出拡大をはか
パと
ることはスムーズな工業化戦略であり、連続的な発展段階と考えるべきであろう。
第二に外向き輸出志向工業化がそのまま効率的自由貿易を意味しない。当初は手厚い補助金による輸出促進であっ
パこ
て、財政負担や所得分配の面で多くの問題点を含む。
日本も欧米の先進諸国に遅れて工業化を進めた後発国として、多くの近代産業を成功裡に発達させた経験をもつ。
それらの多くは輸入代替化に輸出拡大が接続した﹁雁行形態的発展﹂を辿った。この日本の経験からは輸入代替と輸
出拡大の二者択一は導かれない。
タイの繊維産業も一九六〇年代に輸入代替を終え、一九七〇年代に輸出化が進んだ。AsEANの工業品輸出化の
一つの成功例である。本稿では日本の産業発展経験を参考にして、タイ繊維産業の輸入代替化ー←輸出化のメカニズ
ムを解明したい。
パ レ
第二節でタイ繊維産業発展を展望した後で、第三、四節で輸入代替化・輸出化の過程を分析する。タイ繊維産業の
輸入代替が国内生産の能率化よりは関税保護や国内投資奨励下で実現してきたというのがわれわれの結論である。タ
イ繊維品の輸出拡大はその延長上に輸出補助下で促進されたが、輸出競争を通じて輸出化に向けての生産.経営.販
売組織上の改変が行なわれ、国内生産の能率化が実現した。これがわれわれの中心仮説であって、.︶のような企業行
動変化を把えるために・タイの個別繊維企業の面接調査を行なった。第五ー七節はこの面接調査結果を分析している。
* 本稿はタイ国タマサート大学経済学部ソムサック・タンブンラーチャイ博士との共同研究にもとづいている。この共同研究
タイ紙維産業輸出化の分析
は国際交流基金、日本国際開発センター、タマサート大学の支援を受けた。またタイ繊維企業の面接調査にあたって御協力い
ただいた小林正明、吉野普両氏及び日本人、タイ人繊維企業家の方々に謝意を表したい。また一橋大学大学院経済学研究科博
︵−︶ 筆者は先に日本の産業発展の経験にもとづいて、輸入代替と輸出拡大との連続性を強調して、二者択一的理解に疑義を表
士課程スピー・テラバニントン嬢には面接調査及資料収集・計算で助力をえた。
明した。ゼ℃o一く帥ヨ器餌≦F..ω貸暮o讐o=且島鼠田Uo︿oδ℃目oロゴ冒唱98器国図℃Rδ99、、首Z品緯8巨ω信目匿a;凪動音§
国ミ§ミ匙Uき乳愚ミ恥ミ﹂塁葺暮oo隔U。く。一85αq国8唇巨聲↓o尊ρ一℃鐸参照。
︵2︶ 輸出志向工業化の実体と問題点についてはようやく認識されてきたように思われる。一九八○年九月の太平洋貿易開発会
議︵韓国ソウル市︶における、アン・クルーガー、ウォンタック・ホンの報告と討論、及び・ーレンス・クラウスの要約報告
>、ρ民ヨ。αq。5肉落ミ馬−ミぎ§肋ミミOき§︾寒“§恥§・墨暇①ω¢導a8℃ゆ。三。ギ呂。㊤区u。<。一〇℃§暮oo良Φ8ロ8
を参照されたい。
溢︵ω8耳民98︶留導。目σR一。。。o■
≦g富爵瞑8σq一早ミ恥﹂ミ§ミミ象§ミ§脳国§§馬∪睦註守ミ帖§き民ミ、ミ’冥Φ器暮aε評昆δ日同毘。騨巳∪。<。一−
o℃§導oo艮段雪8図H︵ω。o鼻民o同8︶ω①讐。旨びR一〇。。9
含められている。日本の経験の発展途上国への適用の意義と限界については、山澤逸平・平田章﹁工業化と対外経済関係ー
︵3︶ 本稿の共同研究は国際開発センターの﹁日本の歴史的経験と現代発展途上国実績との比較研究﹂︵CAプ・ジェクト︶にも
お第七節で言及するように、日本の産業の雁行形態的発展経験はすぺてのタイの産業にあてはまるものではないが、繊維産業
日本の歴史的経験と現代の発展途上国との比較研究1﹂﹃アジア経済﹄一九巻四号、一九七八年四月、を参照されたい。な
ムヘの政策介入強化という環境変化は十分に考慮されている。
の発展過程の分析では有効な分析枠組を与えてくれる。もちろん外国資本の役割や先進国、発展途上国双方での市揚メカニズ
213
一橋大学研究年報 経済学研究 23
ニ タイ繊維産業の発展過程
繊維産業はタイでの重要産業である。繊維産業︵衣類その他製品も含む︶の付加価値生産額は、一九七八年に、工
業部門付加価値生産額の二〇・五%を占めた。同年の繊維産業の従業員数は二五八、三六七人であり、その五八%、
一四九、九九三人は衣類製造業にたずさわっている。工業部門雇用数に占める繊維産業のシェアは二一.七%であっ
た。
繊維産業といっても多様な生産工程から成る。合成繊維生産、紡績、織布、編、染色、仕上げ、衣類製造、その他
繊維製品製造等である。生産工程によって企業規模が異なる。五〇ー六〇ほどの大企業は紡・織・仕上げ設備を備え
ているが、数百の中小企業は織布に特化している。小織布企業は家内工業で、織機も十∼数十台しかない。衣類生産
では数百人を雇用する輸出専門の大企業が三−四あり、他方多数の国内向けの家内衣類製造工揚がある。
主要繊維企業のほとんどは垂直統合されている。各工程の所有関係がつながっていて、繊維企業グループを構成し
ており、タイの繊維産業はそのような約十グループで支配されている。その内の七グループには日系企業が参加して
いる 。
これらの企業のうち繊維製品輸出を行なっているのは比較的大きな企業であって、近代的生産設備をもち、規模利
益を享受し、比較的高品質の製品を供給する。他方多数の小織布企業は低品質の国内市場向け製品を生産する。近代
的な綿織物、ポリエステル綿混織物の他に、パシン︵サ・ン生地︶、パカオマ︵タオル地︶、パダム︵黒染めの農作業
衣生 地 ︶ の よ う な 伝 統 的 織 物 を 生 産 す る の で あ る 。
タイの近代的繊維産業の発展過程で外国資本は重要な役割を果した。一九六二年に民間投資奨励策が出されてから、
214
タイ繊維産業輸出化の分析
1964 114,396 10,253 301
1965 224,756 11,790 1,115
1966 246,416 14,189 1,589
1967 274,276 16,806 2,502
1968 317,656 ・ 19,963 3,113
1969 330,856 23,004 4,498
1970 373,284 27,463 4,695
1971 558,958 52,332 5,222’
1972 637,720 34,589 6,929
1973 773,404 39,503 9,373
1974 838,060 46,140 15,533
1975 1,013,512 48,836 21,700
1976 1,059,112 51,020 29,512
1977 1,082,336 52,168 30,417
1978 1,121,284 54,008 31,617
(出所) タイ繊維工業連合(TTMA)
た。中国の国民党政権崩壊の後で華僑企業家が
資本と技術を持ち込んで、やっと五つの先駆的
繊維企業が生れたのである。
タイ国政府が投資奨励事業に着手した一九六
二年以後になって繊維産業の急成長が始まった。
投資奨励事業では民間企業の工業生産投資を促
進するために各種の優遇措置を与えた。その結
果表1に示したように繊維生産設備は急速に増
大したのである。紡績は規模経済があるので段
階的に︵一九六五年と一九七一年︶増大してい
るが、織機や編機の増設は持続的である。合成
繊維品生産は一九六四年に日本の合繊企業が合
繊織物工揚を設立して始まった。合繊糸・織物
215
多くの外国繊維企業がタイに投資したが、そのほとんどはタイ人と組んでの合弁投資であった。中でも日本の繊維企
1963 工11,556 8,577 209
業の参加は活発であり、日本企業との合弁が多い。繊維産業の奨励企業一〇二社のうち二七社は日系の合弁企業であ
1962 111,556 7,464 109
る。
1961 92ン516 6,936 −
タイでは長い間小家内製造業者が伝統的技術で繊維品を供給してきたが、一九四六年に最初の近代的紡績工揚が設
年 紡機(錘) 織機(台) 編機(台)
立された。しかし低輸入関税や内需増加の遅さ、国内原綿供給が小さい等の理由で、大規模繊維生産の発展は遅かっ
表1 タイの繊維機械台数:1961−1978
表2 タイ繊維産業の輸入代替と輸出化
綿織物 合繊織物
M/D X/S MID XIS
1961 67,2 0.7 一 一
1962 58.8 0.5 一 一
1963 48.6 0.1 100.0 0.0
1964 41.9 0.1 98.2 0.0
1965 31.6 0.0 95.9 1,3
1966 27.9 0。9 65.0 1,7
1967 26.3. 0.7 68.4 2.2
1968 17.3 2.1 66.6 8。6
1969 12.6 2.4 63.6 2.8
1970 13.4 0.9 49,0 2.3
1971 10,0 3.5 22.9 2.8
1972 8。9 7.6 17.7 11.3
1973 8,2 12.2 19.0 26.2
1974 7.2 6.1 18.5 18.4
1975 4.6 8.3 12。0 18.3
1976 3.8 19.1 9,0 29.5
1977 3.2 16。8 11,7 34.5
1978 4.6 17.3 15,0 43、8
(注) 虹=輸入,X:輸出,S:国内生産,D:国内需要
(D=S十M−X)
(出所) タイ税関統計及TTMA資料からスビー・テラパニントン
が計算したもの。合繊織物の中にはニット織物は含まれて
いない。
216
工揚はその後で急増したのである。
合成繊維製造もまた、一九六九年に
日本の二大合繊企業が合弁企業を設
立して始まった。合繊織物の生産は
︵1︶
急増大して、一九七八年に綿織物生
産を凌駕した。
一九六〇年代末に内需が充足され
て繊維生産増加が伸び悩みになって
きてから、輸出促進措置がとられ始
めた。初め綿織物が小量輸出されて、
︵2︶
ついで合繊織物の輸出が続いたので
ある。
表2及び図−には綿織物と合繊織物の輸入・内需比率︵M/D︶と輸出・生産比 率 ︵
X
/
S
︶
の推移を描いてある。
タイの繊維品を織物で代表させると、この二つの比率の変化でタイ繊維産業の輸入代替化と輸出化の進行が測られる。
輸入・内需比率の急減少はまず綿織物で起って、四、五年おいてから合繊織物でも始まった。しかし一九七〇年代初
しかしタイはなお繊維品世界市場で小輸出国でしかない。好況期にも他の輸出国より遅れて需給が逼迫した市揚向
めまでに綿織物でも合繊織物でも輸入代替化はほぼ完了し、それから両織物の輸出が始まった。輸出・生産比率の推
︵3︶
移にも現われているように、輸出増加には急増加︵一九七三年︶と伸び悩み︵一九七四−七五年︶の波が見られる。
一橋大学研究年報 経済学研究 23
タイ繊維産業輸出化の分析
図1 タイ繊維産業の発展過程
MID,XIS(%)
100
綿織物
M/D
50
X/S!、._.一
.!\ !
9,一一’一り .−
1965
1958
!一
1970
1975
年
M/D,XIS(%)
100
合繊織物
MID
50
X/S/
.ノ
./
へ. /
! \.ノ
/\
.ノ \._
1959
(注) MID;翰入/内需比率
x/S;輸出/生産比率
(出所)表2
217
1965
・1970
/
/
1975
年
一橋大学研究年報 経済学研究 23
けに輸出が出始め、景気後退期に入ると早々に輸出が止ってしまう︵後出表5参照︶。その意味で限界的輸出供給国
である。現在のタイ繊維産業の課題は安定的な輸出先を確保して、世界の主要繊維輸出国の一角に食い込むことであ
るo
輸入代替から輸出化への移行はどのようなメカニズムで行なわれるのであろうか。日本の繊維産業は一八九〇ー一
九一五年に綿製品で、一九二〇1三五年に人絹製品で、一九五〇1六五年に合繊製品で輸入代替から輸出化へ成功裡
に移行した。それぞれが図−と類似の輸入・内需比率の低下と輸出・生産比率の上昇︵それも五〇%以上に達する︶
との交差を経験している。日本の経験についての分析は別稿にゆずるが、本稿では日本の経験を手掛りとして、タイ
の繊維産業の輸入代替から輸出化への移行のメカニズムを分析しよう。その分析の上にわれわれは初めてタイ繊維産
︵4︶
業の輸出化の将来展望を果せよう。
︵1︶ 綿・合繊布生産は︸九六六年の三一五百万平方ヤードから一九七八年の一九二一百万平方ヤードまで一二年間で五・五倍
増になっている。一九七八年には合繊布生産は八八八百万平方ヤードで、綿布生産の八三五百万平方ヤードを初めて凌駕した。
ヤードに達したと推定される。鳴§恥ぎ神ぎ魯ωも巳。ヨ。昇u8①ヨσ巽呂簿り這。。9参照。
ただし布には織物︵≦o<窪♂ぼ8︶と編物︵5葺&夢ぼざ︶の双方を含む。なお一九八O年の生産合計は一二〇〇百万平方
︵2︶綿・合繊の糸・織物・衣類を合わせた繊維製品輸出は一九七〇年の四四百万バーツから︸九七八年の六七二四百万バーツ
︵3︶ その後も一九七八年のブームと一九七九年後半からの伸ぴ悩みとのくり返しがあった。前掲切§恥ぎき㌧婆参照。
まで増加した。一九七八年輸出額に占める糸・織物・衣類輸出の内訳はそれぞれ二%、五〇%、三九%である。
︵4︶ 前掲く騨ヨ斜鑓毛ρh.ω#繋認鴫寓一区岳芭巴∪。<①一〇℃ヨ¢鼻、、参照。
218
タイ繊維産業輸出化の分析
三 輸入代替化のメカニズム
本稿の目的は輸出化のメカニズムの解明だが、その前にそれに先行した輸入代替化のメカニズムを明らかにしなけ
ればならない。タイの繊維産業の急速な輸入代替化を説明する三つの仮説が考えられる。
費用逓減仮説−国内生産の増大につれて規模経済と学習効果がえられ、単位あたり平均費用は逓減する。国内
市場において輸入品価格が変わらなければ、国産品がより多量に販売されるようになり、輸入代替は市場メカニズム
︵1︶
によって実現される。
㈹ 保護仮説ー政府が関税を引上げ、その分だけ輸入品の国内販売価格を高めて輸入を抑制するとともに、国産品
の販売量を増すようにする。他方各種の優遇措置を与えて国内生産投資を奨励する。これらの保護貿易政策の下で輸
入代替化が進行するが、それには保護された市揚に誘引された外国投資の寄与も大きい。
この二つの仮説のいずれがタイ繊維産業の輸入代替化をより適切に説明するか。以下利用可能な情報を用いて検討
してみよう。
費用逓減仮説を直接実証する資料はないが、タイの繊維生産における長期費用逓減が国産品価格低下に反映されて、
︵2︶
輸入価格に比して低下することを期待しうる。表3は一九六〇年代以降の価格指数系列を比較している。輸入価格は
綿織物と合繊織物とに区分されている。長期間の国内価格としては﹁衣類﹂の消費者価格しか利用できない。しかし
昔から消費者が生地を買い、仕立てさせる習慣のタイでは﹁衣類﹂の消費者価格とは織物の価格と考えてよいであろ
う。ただこのようにして作った国内価格には綿・合繊の区別はない。
表3の総合消費価格指数と食料品指数はともに一九六〇年代を通じて上昇しつづけ、一九七三−七六年にはその上
219
α9
一橋大学研究年報 経済学研究 23
表3 繊維製品の価格指数(1972=100)
消費者物価指数 輸入価格指数
総合 食料 衣類綿織物合騰物(kgあ難ぐ一ツ)
(11 (2) (3) く4) (5} (6}
1961
77.5
70.1
79.4
72.5
63
80.0
81,7
72.4
18
76
29
7374757
6ような低下と上昇のパターンは㈲欄の原
46566676
同じ
62
112.4
11.60
97.1
80.5
121.5
12.74
97.0
83.7
116.8
12,02
12.10
80.4
121.6
75.9
94.1
82.5
115.3
11.79
94.6
83.2
109。1
12.20
88.9
80.9
86.7
94.6
78.0
106.3
11.22
90.8
89,6
94.9
74、8
108,0
92.7
93.2
94.7
77.3
93.4
93.4
96.8
95.3
94.0
92.3
75.5
82.4
85.5
70
85.7
95.3
101.2
9,67
87.7
128.1
85.7
11.60
115.1
11.88
114,1
14.53
100,0
100,0
100,0
100.0
100.0
14。98
115.5
121.2
116.4
114.3
130.1
15.51
143.6
156.8
138.4
179.2
194.1
23.50
151.2
164.9
146.1
192.2
220.4
21.69
157.6
172.2
150.7
202.1
237.1
26.21
(出所) (1)一(3):商務省商業経済局
(4)一(6)=税関統計から計算した単価指数
七一年までほとんど上昇せず、一九七三年以 2
昇がさらに加速された。衣類指数の方は一九
20
後の上昇も他の二系列よりも低い。そしてこ
の繊維品の低価絡が輸入代替だけでなく、国
内消費の急拡大を誘発して、国内繊維生産の
発展を促したのである。繊維品の国内消費は
一九七六年には一九六一年の三・二六倍にな
った。特に合成繊維織物の消費は織物総消費
の八・四%から四〇・五%に拡大した。表3の
回・㈲欄の綿・合繊織物の輸入価格の動きは
それぞれの国内価格の動きにも反映されてい
ると思われる。一九七〇年までともに低下す
るが、低下率は㈲の方が大きかった。これは
合繊織物が相対的に割安になったことを示し、
前述の綿←合繊の消費代替を説明する。しか
し両系列とも一九七二年以後急上昇している。
綿輸入価格の動きにも見られ、③欄の﹁衣
タイ繊維産業輸出化の分析
表4 タイの繊維品輸入関税(%)
1960−62 62−65 65−68 68−71 71−78 1978∼
綿糸 名目税率 一 一 一 25.0 25.0 25.0
有効税率 3・2 3.2 3.2 77、6 77.6 77.6
ポリェステル・名目税率 20,0 20,0 20.0 2α0 2α0 20,0
綿混糸 有効税率 25。9 25,9 25,9 25.9 25’9 25’9
ポリェステル・名目税率 20.0 20,0 2α0 20.0 20.0 2α0
レーヨン糸 有効税率 2α0 20,0 20,0 20,0 2α0 2α0
綿織物 名目税率 22.0 35,0 35.0 60.0 6α0 8α0
有効税率 53・7 114.3 114.3 7α7 70.7 39α9
P/C織物 名目税率 37・0 37.0 40・0 60.0 60.0 8α0
有効税率 80・1 8α1 94.8 265.8 265.8 1051.7
P/R織物 名目税率 37・0 37.0 40.0 6α0 6α0 80,0
有効税率 78・6 78.6 92.9 254.3 254,3 913.4
外衣類 名目税率 27.5 27.5 3α0 40.0 6α0 100.0
下着類{響繊薯講!1:lll:lll:lll:lll:1111:1
(出所) タイの税関部資料からスビー・テラパニントンが計算したもの。
有効税率はコーデン方式によっている。
類﹂消費価格の動きにも反映されている。つま
り表3の一九六〇年代の繊維品価格の動きはも
っぱら世界価格趨勢を反映しているもので、タ
イにおける国産繊維品価格が輸入価格に比べて
割安化する傾向は検出されない。
他方表4にはタイの主要繊維品輸入関税率の
段階的上昇を示している。名目税率は政府が定
めた当該製品の関税率だが、その有効保護率は
当該製品の関税率と投入中間財の関税率が引上
げられた分だけ製品価格と中間財価絡が上ると
付加価値がどれだけ増加︵又は減少︶するか、
計算して求められる。一九六二年には綿織物の
輸入関税は一三%引上げられたが、その有効保
護率は六〇%高まった。他方一九六八年の名目
関税率は二五%上ったのに、綿糸関税も同様に
上ったので、綿織物の有効保護率は四三%低下
した。他方合繊織物の名目税率は一九六五年に
三%、一九六八年に二〇%引上げられた。この
221
図2 輸入期タイの織物流通経路
ロ ド
1 1
』 P 曹』
1日本その他l
l l
1
{
『
一
一
﹁IlfI﹂
バンコックの小売商
地方小売商
lIIーー一
I 二盤商 (漸喬)
1三聰街
i
三盤商(華僑)
地方卸商
日本商社
インド商
(一盤商)
[
I
222
間合繊糸の名目税率は変わらなかったから、合繊織物の有
効保護率は一九六八年には三倍に上っている。有効保護率
はまず綿織物で、ついで合繊織物で上昇しているが、この
時のずれは図−に描かれた綿織物と合繊織物の輸入代替化
の時のずれに丁度対応している。
関税引上げだけでなく非関税奨励措置も考慮に入れられ
なくてはならない。一九六一年の投資奨励法の下でタイ政
府はタイ企業、外国企業ともにいろいろな優遇措置を与え
て国内生産を開始させた。その中には五年間法入税免除、
機械設備の免税輸入、二年間原料輸入関税免除等の措置が
含まれている。
一九七八年に綿織物・合繊織物とも輸入関税︵名目税率︶
が八O%にまで引上げられたのは注目に値する。その結果
有効保護率は三九一%と一〇五二%になった。この名目税
図2には輸入期のタイ繊維市揚流通組織を図示してある。一九五〇年代末には日本がタイヘの繊維製品の主要供給国
保護仮説を支持する付加的な要因として、支配的な輸入業者グループが輸入代替生産に参加したことが挙げられる。
るが、輸入代替がずっと前に終ってしまっているのになぜ輸入関税が引上げられたのであろうか。
率分だけ国内価格が世界価格より割高になっているわけでは な い か ら 、 この高率の有効保護率は過大評価になってい
一橋大学研究年報 経済学研究 23
タイ繊維産業輸出化の分析
で、その八○%以上が日本商社によって、残りがインド商人によって扱われた。輸入品は一旦バンコックのゴ職街に
集っている国内卸売商に引渡される。彼等は二盤商と呼ばれ、ほとんどが中国系タイ人︵華僑︶で、タイ国内の繊維
品流通を握っている。これに対して初めの日本商社・インド商人等の輸入業者は一盤商と呼ばれる。二盤商は一盤商
から買入れた繊維品をさらに傘下のバンコックの卸売商︵三盤商︶や地方の卸売商に引渡すわけである。タイで輸入
代替生産を始めたのはこの三聰街の二盤商で、その多くが日本商社・日本繊維企業と組んだ合弁事業であった。日本
商社.繊維企業はそれまで繊維品をタイに供給してきたのであり、輸入に代って国内生産するようになると、その製
品は従来の経路そのまま二盤商を通じて流通した。日本商社が介在する揚合もあるが、それはもっぱら彼等の信与供
与能力や危険分担機能を利用するためで、実際の販売は二盤商が仲介した。
インド商の方は合弁事業で国内生産をすることはほとんどなかった。そのため輸入代替が進むとともに、彼等の取
扱い量は急減した。つまリタイでの繊維製品の輸入代替は、支配的な輸入業者と国内業者とが組んで、輸入から国産
へ供給源を切り替えたのであって、輸入品と国産品との激しい競合を経ずに急速に進行したのである。もし国内生産
に興味をもたないインド商がもっと有力であれば、輸入品と新しい国産品との競合を免れず、輸入代替はもっと時間
を要したであろう。
以上の分析から、費用逓減仮説より保護仮説の方がタイの繊維産業の輸入代替をよく説明すると結論できよう。こ
のことはタイ繊維産業の輸入代替の一つの特徴となる。輸入代替が保護障壁の下で実現しても、保護障壁が取り除か
れると再び輸入が行なわれて逆戻りしてしまう。その意味で保護障壁下での輸入代替は可逆的であり、﹁見せかけ﹂
である。他方費用逓減の結果輸入代替が実現した揚合には自由貿易下でも輸入は生じない。輸入代替は非可逆的であ
り、﹁真実﹂である。先に述べたようにタイの繊維品輸入関税は最近さらに引上げられた。関税が取去られたら、韓
223
一橋大学研究年報 経済学研究 23
国、台湾、香港、中国から大量の繊維品が輸入されるだろうと予測する人が少なくないのである。
︵3︶
これと対照的に日本の綿製品の輸入代替は主として費用逓減の結果実現した。不平等条約の下で輸入関税は糸.織
物とも一律に三ー五%に据置かれた。輸入代替投資への政府の奨励措置はほとんどなかった。日本の綿糸.綿織物は
インド綿糸・イギリス綿布との激しい競争を通じて輸入に代替していったのであり、その意味で﹁真実の﹂輸入代替
であった。人絹の輸入代替過程では人絹保謹関税も与えられ、日本側の輸入商社がそれまでの輸入元から技術を導入
して国内生産に転ずる事例もあった。すなわち部分的には保護仮説も当てはまる。しかしその保護関税も高々二五%
︵4︶
止りで、イタリア製人絹糸との競合が続いたのである。やはり日本の繊維産業の輸入代替を実現した主要メカニズム
は費用逓減の方であった。
︵5︶
︵−︶ これはより大きな生産規模に対応する短期平均費用曲線の最低点が逓減して、その包絡線として導かれる長期平均費用曲
線が右下りになることで表わされる。学習効果も規模拡大と類似の効果をもつと考えることができよう。
国内市場での販売価絡は、品質差や流通マージンを無視すれぱ、輸入品のcif価格プラス関税に等しく設定される。国内
費用曲線が長期平均費用線に沿って右下方ヘシフトするとき、国内生産者の供給量は拡大し、その分だけ輸入量は減少する。
生産者の供給量は、この水平価格線と短期限界費用曲線との交点で決められる。したがって生産規模拡大に伴なって短期限界
︵付図参照︶
︵2︶ 現実には国産品が輸入品と品質的に差別化されていて、別個の価格がつけられるからである。国内生産者は平均費用逓減
︵3︶ 山澤逸平﹁日本の工業化と保護貿易政策﹂﹃経済研究﹄第二四巻第一号、一九七三年一月参照。
に対応して国内市揚の販売価格を輸入品価格より割安にしていくことで輸入代替を促進できる。
︵4︶ 一九二六年三井物産は東洋レーヨンを設立してレーヨンの輸入代替生産を開始した。日本化学繊維協会編﹃日本化学繊維
産業史﹄一九七四年、第一篇第一−三章参照。
︵5︶ 日本化学繊維協会、前掲書、七七−九五頁参照。
224
タイ繊維産業輸出化の分析
付 図
価格
価格・費用
SAC且
S1(=SMC1)
SMC:
¥
S3(二・SMC2)
費
\
SAC、S箪C2用
、
¥
¥
、
\
、
Pm(1+t)
、
Pm(1+t)
卜、、
1 、、一
D
l LAC
I
l
I
0
a
b 数量 0
a
b c数量
Pm(1+t)
SACエ,
S逗Cユ,
LAC
cO
bb
c
a
Oa
輸入品cif価格プラス関税(tは従価関税率)
SAC2: 生産規模1,2に対応する短期平均費用曲線
SMC2: 生産規模1,2に対応する短期限界費用曲線
長期平均費用曲線
生産規模1での国産品販売量(可変費用を割り込んで供給)
生産規模1での輸入品販売量
生産規模2での国産品販売量
生産規模2での輸入品販売量
なお,上の右側の図では横軸の尺度を左側の図より縮めて描いてあるが,両図でOa,
Obの長さは等しいo
225
一橋大学研究年報 経済学研究 23
輸出化を可能にした諸要因
ノルウニーやスウェーデンのようなEC以外のヨー・ッパ諸国への輸出も近年伸ぴ始めた。どの品目でもヨーロッパ
ECの中でも西独とイタリアが織物輸入国であり、また英国と西独はいろいろなタイプの衣類の主要輸入国である。
表5には綿織物・合繊織物・衣類の輸出国別構成を示している。タイ繊維品輸出の最大の顧客は米国とECである。
上ったせいである。
維輸出の三〇1五〇%を占めている。合繊織物輸出額も最近急増しているが、これは部分的には原料育同で製品単価が
なった。一九七四−七五年にはかなり落ちこんだが、その後で再び輸出は増大した。衣類輸出は一九七二年以来全繊
綿織物・合繊織物・衣類の輸出は実質的には一九七二年から始まった。一九七三年には輸出額は対前年比三倍増に
補助金を与えることを決めた。この補助金は一九七二年に政府補助金が始まるまで続いた。
い。ほとんどの大企業が属しているタイ繊維製造業者協会︵TTMA︶は、一九七〇年の半ばに、輸出企業に一〇%
けなければならない。輸出晶の品質・デザインについていろいろ注文がつけられる。輸出で損をした企業も少なくな
しかしこれまで国内市揚販売に専念してきた企業にとって輸出は決して容易ではなかった。輸出では輸出先を見つ
たのである。
地企業も、初めて輸出に向ったのである。タイの繊維産業が成長しつづけるためには輸出が不可欠であることを覚っ
増大に追いついてしまって、過剰設備が発生した。この過剰設備圧力の下でタイの繊維企業が、合弁企業も大手の現
一九六〇年代を通じて繊維産業への投資は活発に行なわれたが、 一九七〇年代の初めには生産能力の拡大は内需の
0 タイ繊維品輸出化の現状
四
226
表5−1
タイの繊維品輸出(仕向地別)
(単位 100万バーツ)
綿織物
本パ国計
日ヨ米先
ッ国
一進
ロ
ASEAN及近隣諸国
1970
1971
2.16
1.93
0.70
0.51
0.28
37.01
3.14
39.45
(14.86)
(79。37)
11.11
1972
49.70
5.96
54.56
1973
1974
296.71
45,95
8.58
58.55
37.86
41.14
1975
20.94
165.96
39.83
1976
52.56
705.30
1977
35.20
112.10
584.50
473.23
110.85
159.70
1蔓3.82
110.22
343.15
145.64
226,73
868.71
779.50
739.15
(78.71)
(84,08)
(62。98)
(65.06)
(82.33)
(62.14)
(66,57)
4.11
11.06
17.68
18.96
57.47
94,26
53.30
その他アジア
1。09
4.89
10.32
13,59
16,07
58.21
34.59
36.50
中 近 東
0.01
0.01
発展途上国計
その他世界
お余e﹄憶認癬蝋鍵ヤ儀
合 言十
12.21
9.01
0,02
21.40
0.04
31,31
(57.81)
(18。12)
(15.28)
(7.67)
5.77
1.24
8.40
33.62
21.12
49。70
1978
140.02
408.08
0.03
35.06
(15.16)
50。53
231,23
5.43
4,63
121.11
133,48
149.00
(34,75)
(12,65)
(11。97)
0.61
52.89
59.20
315.80
348.45 1,055.08 1,244.80
1110.4
7
氏爲
(単位 100万パーツ)
合繊織物
1970
本バ国計
ッ 国
ロ
一 進
日ヨ米先
雷 潔応躰篤輿 騨暗駕宙躰張輕1
表5−2(つづき)
0.01
0.01
(0。42)
ASEAN及近隣諸国
2.32
その他アジア
1971
1972
1973
0.07
3.95
135。99
52,32
1976
80.39
451。93
1977
97.50
342.40
118.63
419.89
6.79
127.19
114。86
n
5.20
3.06
5.60
6.21
266.24
174.15
174.79
547.16
472,20
626.66
(43,21)
(33.28)
(38.53)
(55。48)
(37,64)
(28、52)
O,44
(13,09)
15。94
(12.68)
14.84
32.30
2.69
69.06
153.42
102,13
78.99
151,74
168.90
n
37.60
113、42
164.24
95。45
155.23
239.80
44.00
68,85
74.61
98.58
2.69
108.75
310.84
335.22
249。05
405.55
637.30
(99.57)
(80。05)
(86。55)
(50,45)
(64.07)
(54.90)
(41.12)
(50。80)
0.23
0,95
39.00
22.82
29.73
33.48
145.OO
3.36
125、64
616.08
532.19
453.57
88.14
228,60
2.32
2,33
1978
0。36
2.09
その他世界
合 計
53.69
1975
116.26
中 近東
発展途上国計
1974
986.191,254.50
2,197.4
oO
N
表5−3 っづき
(単位 100万バーツ)
1970
1971
1972
日 本
0.13
0.66
2、77
ヨーロツノ、
0.90
1.35
1973
17.76
衣類
1974
83.98
1975
78.02
1976
48.48
1977
23.40
1978
23.75
米 国
13.08
40.36
238.49
513,13
545,07
194.86 610.48 743.00 796.34
657.95 522.66 617.90 1,190、93
先進国計
14.11
42.37
251.64
571.13
814.17
930.83
(88,24)
(63,54)
(94.13)
(83。28)
(93.21) (87。79)
ASEAN及近隣諸国
0.91
0.16
1.33
0.71
10.23
9。62
9.79
39.10
その他アジア
0.08
0,10
4,22
1.84
11.71
18.49
23.0斗
22.70
中 近東
0。01
13.95
63。15
145.50
発展途上国計
1.00
42.06
95.98
207.30
(6。25)
その他世界
︶
注所
出
︵
(
15.99
40.24
185.12
2,01
0.26
(0,38)
24.05
66.68
5.55
(2。07)
10.13
267,32
2.55
(0,37)
112.11
685,79
23.95
1ン181.32
1,384.30
2,011.02
(74、43) (83,64)
(2。74) (3,97) (6。04) (12.50)
35.34
873.46
87.40
309.78
63.40
1,060,29
1,587.08
1,655,00
1) ( )内は合計に対する構成比(%)
2) n=微小量 r−」は不明
タイ税関『タイの外国貿易統計』1970−1978年の各年版。
ひNN
鉢余e駅蝦舞輔鯉糞ヤ鰍
合 計
0,88
10.38
一橋大学研究年報 経済学研究 23
市揚はタイ繊維品の最大の顧客である。衣類ではタイの輸出総額の五〇%、綿及び合繊織物でも三分の一以上を占め
ている。
これに対して米国市場向は綿織物と各種衣類に限られている。日本市揚向は米国やECよりずっと小さいが、一九
七六年来綿・合繊織物輸入増加は著しい。中近東市場は今後有望な市場となっていくであろう。
⑭輸出奨励政策
一九六二年にタイ政府が投資奨励事業を始めた時には繊維産業は主要奨励産業の一つであった。他の奨励産業と同
じく、五年間の免税、機械・設備工揚建設用資材の輸入関税と事業税の免除があったし、さらに原料・中間部品の輸
入税・事業税の三分の一の免除があった。
他方政府の繊維品輸出奨励の方は一九七〇年代になって始めた工業品輸出促進を通じての工業化戦略に基づいてい
る。投資奨励法が改正されて、輸出企業に付加的優遇措置を講じたのである。
現在三つの省と二つの政府機関が繊維品輸出促進に携わっている。工業省︵MOI︶は工揚の新増設許可と各種の
技術指導を行なうとともに、繊維政策委員会を設けて、関係各省、機関、民間団体代表を集めて、繊維政策に関する
統一的提言を受けるようにしている。大蔵省︵MOF︶は関税の付課と関税及び内国税の減免を担当する。商務省
︵MOC︶の担当は外国市揚開拓援助と輸入数量制限をしている国との割当数量の交渉である。投資委員会︵BOI︶
は奨励企業への優遇措置を管掌し、タイ中央銀行︵BOT︶は繊維輸出企業に優遇金融を与えている。
現在繊維輸出企業に与えられる奨励措置の主なものはつぎの四つである。
第一は投資委員会の奨励措置である。奨励企業は設立時に機械設備の輸入税・事業税免除と二ー八年間の法人税免
230
タイ繊維産業輸出化の分析
表6 輸出奨励のための税金払戻し(1977年)
(単位 1000バーツ)
(11 (2) 13} 11)∼(3》 (4) (11∼(4}
輸入税 営業税 市民税 合計 国税庁か 合計
払戻し 払戻し 払戻し らの税金
払戻し
我)糸 13,455 2,591 259 16,305 146 16,451
b)織物 25,744 5,643 564 31,951 45,664 77,615
G)衣類 51,447 8,781 12288 61,516 19,592 81,108
d)その他 6,763 1,322 132 ・8,217 2,172 10,389
繊維製品
e)繊糸佳製品 97,409 18,337 2,243 117,989 67,574 185,563
合計(a∼d) (72,3) (61。5) (68。0)
f)工業品合計136,136 24,423 2,542 163,101 109,896 272,997
(注) 111一(3)は税関部からの払戻し,141は国税庁(FPO)からの払戻し。
(出所)税関部及び財政政策局の内部資料。
除を受けるが、さらに生産の六五%以上を輸出している企業は輸出
生産用の原料の輸入税・事業税の払戻しと五%の輸出所得控除が与
えられる。しかし払戻しの方は非奨励企業でも輸出分については受
けられるから、奨励企業だけへの実質的優遇措置は輸出所得控除だ
けである。
第二は輸出生産に投入される輸入原料の輸入税・事業税、市民税
の免除だが、これは非奨励企業も含めてすべての輸出企業に認めら
れる。これは一九七二年十二月から始まったもので、輸入原料を投
入した生産物が一年以内に輸出されたという証拠を提出しなければ
ならない。国産原料の揚合にも事業税は免除される。
第三は中央銀行による輸出優遇金融だが、実際には商業銀行に七
%の優遇利率で輸出手形を割引かせる形をとる。三ヵ月以内の短期
金融である。通常市中金利が一二%だから五%分割安なわけである。
第四は輸出生産企業に与えられる電力費の三・三三%割引である。
これは電力消費が大きい合成繊維製造企業には重要だが、タイの合
成繊維輸出は微小である。反対に輸出の多い織布・衣類製造企業で
は電力消費は小さく、大した優遇措置ではない。
このうち第二と第三が輸出奨励措置の中心である。表6には一九
231
一橋大学研究年報 経済学研究 23
七七年中の輸出奨励のための関税その他の払戻し金額を掲げてある。中でもqゆと四が大きいが、ω1四のいずれでも
繊維品︵特に織物と衣類︶が工業晶全体の三分の二を占めており、繊維品輸出がこの制度の主な受益者であることを
示している。繊維製品全体でのω1四の合計一八五・六百万バーツは同年中のタイの繊維品輸出総額四四六五百万バ
ーツの四二%になる。これは税金払戻しの形をとった輸出補助金率と考えることができる。これに輸出優遇金融の
五勿を加えた九二%がタイの輸出補助金率である。すなわちタイの繊維輸出企業は世界の競争価格で販売するのに
この分だけ補助を受けるわけである。
しかしアジアの他の繊維品輸出国も同様の輸出補助金を与えており、タイの補助金率はそれらと比べて低い方であ
る。韓国政府は一九七二年に輸出一ドルあたり①直接税払戻し一・九ウォン、②間接税払戻し二六・四ウォン、③輸
入関税払戻し六六・三ウォン、④輸出優遇金融分一〇・五ウォンで、合計一〇五ニウォンの補助を受けた。同年の為
︵1︶
替相揚で換算して二七セントになる。つまり韓国の輸出補助金率は二七%である。台湾の同様の数字は一九七一年に
一三・九%であった。韓国・台湾とも一九七〇年代初めが輸出補助がもっとも高く、その後減少していると見られる。
インドネシア政府はタイより遅れて一九七五年から輸出奨励措置を始めた。輸出証書制度︵対象五九品目中二三品
目は繊維品︶の下で関税その他税の払戻しは、一九七八年にP/C織物輸出では一ドルあたり一六.二%、バティッ
ク綿シャツでは四三・三%に相当した。これに加えて一九七九年のルピーの切下げ︵対米ドル四一五ルピーから六二
︵2︶
五ルピーへ︶は製品輸出ルピi価格を五〇・六%分引上げて、輸出奨励効果をもった。
国 輸出数量割当制度
タイの繊維品輸出成長に影響するものに欧米諸国の輸入制限政策がある。多種繊維製品協定の下でタイはこれら諸
232
タイ繊維産業輸出化の分析
表7
繊維品の割当数量と輸出量
(1978年1月1日∼12月31日)
響繊 響 繊
織物
英国
酬ツ
イタリ
繊
米
類英
衣
(a)
(b)
割当数量
輸出量
(%)
714,000
433,848
1!:ll}7ス98
780,000
731,264
3,3957000
3,2667100
1,296,000
1,0977438
2,123,000
1,213ン305
2,500,000
3,147,945
(b)/(a)
11:ll}95・2
1髪:ll}9433
綿,シーティング 7,050ン000
67651,091
94,34
綿,ポプリン 4声00,000
3,375,026
75.00
綿,あや織及じゅす5,600,000
3,404,441
60.79
化合繊,短繊維 5,000,000
3,112,767
62,26
化合繊,その他 1,000,000
4,890
ニツ
0.49
トシャツ
国
2,483,858
2,483,858
西ドィツ
1,742,000
1,632,210
国︷
イタリー
綿
米
85,000
3,4027598
2,000
100.0
96,57
2.35
3,389,443
99,61
14,830,200
14,212,680
95.84
衣類,婦人用プラウス
英 国
187,000
182,849
97.78
西ドイツ
9437950
869,354
92.09
イタリー
米国
232ン000
194,494
83.83
1,275,974
1,2517596
98、09
1,800ン000
1,785,705
97.71
14,830ン200
14,212,680
95.84
100,000
117088
11.09
化合繊
lll瀦
(注) ECでは前年度の使い残しの割当数量や他の分類の未使用数量の融通も貯されているので,100%
を超える充足率になる(*印)ことがある。
(出所)外国貿易省
233
一橋大学研究年報 経済学研究 23
国と二国間協議を行なって、個々の品目毎に輸入数量割当を押しつけられている。この割当数量は毎年交渉され、そ
れを個々の企業に輸出数量割当として配分するのである。
各企業への割当数量の配分は前年度実績にもとづいて決められ、今年度輸出実績が割当数量を大きく下回った企業
は、来年度分の数量割当を大きく減らされる。すなわち割当数量の五〇ー九五%しか輸出しなかった企業は、今年度
実績分だけが来年配分され、二五−五〇%輸出実績企業は今年度実績の二分の一、二五%以下実績企業は数量割当が
ない。各企業は毎年一月一ー一五日︵ないしは五月一五ー三一日︶間に商務省に輸出許可証交付を申請して、数量割
当を受けるが、それを六ヵ月内に使い切ってしまわなければならない。使い残し分は商務省に返還され、割当数量を
使い切った企業および前年度実績がなく、数量割当を受けなかった新輸出企業に再配分されるのである。
表7には主要織物、衣類について、ECの主要国及び米国の割当数量とその消化実績を一九七八年について示して
いる。ECでは大きな商品分類で一括した割当数量が決められるが、米国では細かい分類毎に割当数量が決められて
いる。またECの方が分類間の融通を認める等弾力的に運用している。
タイの繊維品輸出はMFAの数量割当制の下で促進されたと言われる。この制度のために東アジアの中進国の輸出
が抑制されたのに、タイは初め輸出供給力より大きな数量割当を受けたからである。しかし表7にも示されるように、
いくつかの品目で割当数量が達成されており、この制度は今後タイの輸出成長を抑制する傾向をもってくることは避
けられないであろう。
㈲ 二つの発展パターン
タイの繊維品輸出がすでに生産の二〇1四〇%に達している現状では、 前節で述べた﹁見せかけの﹂輸入代替は逆
234
タイ繊維産業輸出化の分析
衷8 国内価格と輸出価格
(1) (21 (3)
1978 1978 1979
6月12−16日 12月11−15日 6月11−15日
(6月14日)宰 (12月13日)* (6月13日)噂
111綿糸 国内価格 (a) 28.9 35−36 35
40番手(ポンドあたりバーツ)輸出価格1(o) 27.5 34.5 28.0
輸出価格2(d) 27.8 32.0 33.0
(2)綿織物・ブロード生地 国内価格 (b) 12.5 14.25 14.25
輸出価格1(e) 9.2 12.4 10.6
2210・50”
(ヤードあたリバーツ) 輸出価格2(e) 8.2 11.6 10・4
13)ポリエステル・綿混糸 国内価絡 (a) 38.25 38−39 38−39
45番手 輸出価絡1(d) 27.6 35.4 33.4
(ボンドあたりパーツ) 輸出価格2(d) 27.0 32。0 30.O
l41ポリエステル・綿混織物 国内価格 (b) 11.55 14.2−15.0 14.5
186本,47”生地 輸出価格1(e〉 9。4 12.3 10,8
(ヤードあたりバーツ) 輸出価格2(e) 9。6 12,2 一
(注) 1) 国内価格は三贈街での週間平均価棺。輸出価格1,2はそれぞれ韓国と台湾での輸出向引合価
格(*印は引合月日)であり,いずれも米ドル表示のものをその時点の為替相楊でバーツに換
算したもの。いずれもタイ製品を輸出する場合の競合価格となる。
2)〔a)解(e)は支払い形態を指定・(嚇現金払い,①)60畷払い,(c)C&F価格,(d)f。b価格,(e)一
覧払。
(出所) 国内価格=バンコック銀行繊維貸付センター顧間・小林正昭氏の収集資料,輸出価格=」’仰α箆
『観伽漉ω3脆θ晦.
説的に聞こえるかも知れない。保護障壁下で国内
品が世界競争価絡より割高になっているのになぜ
輸出できるかと問われるからである。前項のタイ
政府の輸出奨励政策の説明で、輸出価格がこれら
の奨励措置の分だけ国内価格より低く設定されて、
輸出が促進されたことが、明らかにされた。
表8には最近の輸出価格と国内価格とを主要繊
維製品について比較している。国内価格は三聰街
での引合価格の週平均であって、常に輸出価格
︵韓国・台湾での輸出向引合価楕︶より割高であ
る。輸出価格も国内価格も景気循環過程で上下し、
一九七八年末のように世界の需給が逼迫して輸出
価格が上ると、どの商品でも国内価格と輸出価格
の差は小さくなる。また一般にタイの比較優位の
強い製品ではその格差は小さくなる。三期とも綿
糸では格差が小さい。ここには示されていないが、
タイの比較優位の弱い長繊維織物やポリエステ 5
23
ル。レーヨン︵P/R︶織物ではこの格差はもっ
一橋大学研究年報 経済学研究 23
1 \
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IB ¥\
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年
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1 ¥、C
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㏄【
M/D
M/D:輸入/内需比率
\
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X/S:輸出/生産比率
X/S
、、一__ ID
』』一一民一一一一一一一E
l¥
1 ¥
スである。
236
と大きくなるのである。
費用逓減の結果実現した輸入代替では国内価格と世界
競争価格の格差はなく、そのまま輸出化に移行する。
﹁真実﹂の輸入代替は﹁真実﹂の輸出化に接続する。し
かし保護障壁で輸入代替が実現しても、国内価格は世界
競争価格を上回って、奨励措置なしでは輸出できない。
すなわち﹁見せかけ﹂の輸入代替は﹁見せかけ﹂の輸出
化に接続するのである。図3はこの二通りの輸入代替.
輸出化のプ・セスを例示したものである。上部には輸
入・内需比率の低下と輸出・生産比率の上昇が描かれて
いるが、それをもたらすメカニズムは図3の下部に描か
れるように二つある。費用逓減仮説では国内.外国コス
ト比はA←B←Cと低下していく。それは生産拡大に伴
︵3︶
なう学習効果と規模経済を通じて実現するが、このコス
そのまま外国市揚でも外国品に代替していくと輸出化になるのである。これが﹁競争型﹂の輸入代替.輸出化プ・セ
このように国産品が外国品に対して競争力をもってくると、まず国内市揚で外国品に置き代って輸入代替が実現し、
トには品質、デザイン、納期の遵守等の非価格競争要因も含まれる。
図3 2つの発展プ・セス・概念図
タイ繊維産業輸出化の分析
他方﹁保護型﹂の輸入代替・輸出化プ・セスでは国産品コストは低下しないからA←D←Eと辿る。この揚合はた
とえ鮎点を過ぎて輸入・内需比率がかなり低下しても、なお高い関税を維持しなければならないし、輸出補助を続け
て輸出化を持続しなければならないのである。しかしこの﹁見せかけ﹂の輸出化は財政負担を伴なうから長く続ける
わけにはいかない。
前節の分析でタイの繊維産業輸入代替化がA←Bではなく、A←Dであったことを示した。その輸出化もD←Eを
辿るのであろうか。これがわれわれの最大の関心事であり、それによって輸出化の将来展望が左右されるからである。
前項で見たようにタイの輸出補助金比率は韓国、台湾、インドネシア等と比ぺて低い。また最近のタイ繊維生産の
改善を指摘する人も少なくない。これは第三の輸出化プ・セスを示唆する。すなわちA←D←Cであり、D点で屈折
したのは、補助を受けて輸出を開始しても、輸出市場での競争に刺戟されて企業ビヘビアが変化し、経営者も輸出志
向に転じてコスト引下げ努力をするからである。もしC点に達するならば、保護障壁をとり払っても輸入の逆流は生
︵4︶
じない。すなわち﹁真実の﹂輸出化と同時に﹁真実﹂の輸入代替も実現するのである。タイの繊維産業がA←D←C
のプ・セスを辿りつつあることを直接実証することはむずかしい。次節ではこれを企業の面接調査からえた定性的情
報によって示そう。
︵1︶ 、ミ5ミミ㌔ミ遷ミミ∪恥ミ魯ミ§w§謎ミ§薫9罵国塁一︷ω冨庸≦o﹃匹お℃騨℃R29舘9参照。
︵2︶ アジア経済研究所編﹃発展途上国の繊維産業﹄一九八0年刊、第一一章参照。
︵3︶ 国内コストじは前述の長期平均費用であって、生産量拡大とともに低下する。外国コストqは輸入品の世界市揚価格でこ
︵4︶ これはいわゆるX効率の考え方と類似している。国四笥薯いo旨o諺岳旦、、≧一8辞貯o国臨9魯受話・.図自曲9窪身、、、曽
の国にとっては所与である。第三節注︵−︶参照。
迅ミミ軸ミ養雨8︸8ミ魯旨恥ミ恥墨匂信口o一89
237
一橋大学研究年報 経済学研究 23
五 個別企業の輸出志向
タイの繊維産業は一九七〇年代半ばに図3のD点を通り越したが、その後DEの方向に進んでいるのか、それとも
DCの方向なのか。これがこの研究の主要関心事である。これを数量的に実証するのは難しい。ひとつには価格デー
タがほとんど公表されていないし、もうひとつには図3の縦軸の﹁費用﹂には非価格要因が含まれるからである。
その代り、われわれはバンコックの繊維企業を面接して、個々の企業の輸出比率と生産・経営・販売に関する諸特
徴との関係を調べた。調査時点は一九七九年八、九月である。バンコックの繊維企業はいずれも輸入代替を目指して
スタートしており、一九七一年以前に輸出したものはない。繊維産業全体の輸出比率は一九七八年には三〇%以上に
なったが、この比率は企業間で大きく異なっている。この相違は主としてどんな繊維製品を作っているか、生産管理
方式を改善したか、安定的な輸出チャネルを確保しえたかに依っている。それではどのような特性をもった企業でこ
ういった変化が起って、輸出比率が高くなったのか。政府の奨励政策は本当に企業を輸出に向わせるのか。こういっ
た問題に答えるには個別企業の面接調査が不可欠である。調査の概要はつぎのとおりである。
㈲ 仮説ー国内販売から輸出への転換は容易で平坦な過程ではない。そうするには生産・経営技術を変えたり、
海外販売網を確保しなければならないからである。こういった変化を果しうるか否かで輸出比率は企業間で大きく異
なってくる。われわれはこのような変化を行なった企業の特性を調ぺるであろう。
⑧ 標本企業の選択1この仮説は標本企業から集めた調査結果に基づいてテストされるが、定性的な調査なので、
直接訪間して聞き取りを行なった二十五企業に限らざるをえなかった。しかし二十五企業の名前は付表2に掲げてあ
る。数は限られているが、バンコックの主要紡織・衣服製造企業を網羅しており、外資との合弁企業、タイ民族企業
238
タイ繊維産業輸出化の分析
の双方を含む。小さな民族系織布企業もいくつか含めた。ここでは合成繊維生産企業は除かれたが、紡・衣服製造兼
営の一社だけは含めた。
⑥ 質問事項ー質問事項は付表−に掲げてある。個別企業の特性や輸出実績に関する回答を仮名︵AlZ︶で整
理して、われわれの分析の基礎資料とした。質問にはタイ政府による現行の輸出奨励政策や主要輸入国による数量制
限、国内及外国需要やいろいろなタイ繊維品の国際競争力の将来見通しのような産業一般に関する質問もあるが、そ
れらは六、七節で紹介したい。
輸出志向に直接関係した調査結果をつぎの五項目にまとめた。
O 輸出実績の企業間格差
タイの繊維企業全体の輸出比率は着実に増加したが、個々の企業間で輸出比率は大きく異なっている。二十五企業
の出荷額に占める輸出額のシェアを企業の主要生産物と所有形態で分類して、表9に掲げてある。合弁企業は株式シ
ェアではなく、誰が経営権をもっているかで﹁日本人経営﹂と﹁タイ人経営﹂とに二分してある。多数のタイ人小株
主を合計すれば五〇%以上になる企業でも、日本人が経営権を握っているところがあるからである。
表9を見れば合弁企業だけが輸出比率が高いわけではないことが分る。織布や衣類製造のタイ企業の多くは主とし
て国内市揚向けであり、輸出比率一〇%以下のーグループに入る。しかし輸出比率の高いH、皿、Wグループのどれ
にもタイ系合弁企業、タイ企業が含まれる。この発見は、多国籍企業や合弁企業だけが発展途上国からの工業品輸出
拡大に貢献していると言われることと違っている。それでは何がこのような企業間の輸出実績格差を作りだすのか。
それを以下の◎i㊨にまとめよう。
◎ 繊維製品の種類による輸出実績格差
239
一橋大学研究年報 経済学研究 23
表9 製品及所有形態別個別企業輸出実績
合弁企業
日本人経営 タイ人経営
タイ企業
<主要製品>
B(65)
綿織物
ポリエステル・綿混織物及綿織物
F(95)
Z(50)
E(80)
U(50)
D(0)G(0)
H(45)
M(0−50)
1(75)
J(30)
N(25)
X(50−60)
Y(60)
ポリエステル・綿混織物
ポリエステル・レーヨン織物
S(80)
T(30)
V(20)
長繊維織物
K(0−10) L(25)
P(30)
衣
類
R(100) A(100)
Ω(100)
W(30)
IL20−30%
皿,40−64%
IV65−100%
0
3(Mを含む)
1
3
2232
1、0−10%
1313
<輸出比率>(%)
(出所) 山澤逸平とソムサック・タンプンヲーチャイのタイ繊維企業面接調査(1979年8−9月)
(注) A−Zは付表2に掲げた繊維企業リスト参照。()内は輸出比率(%),下段の数字は輸出比率
で分類した企業数。
240
タイ繊維産業輸出化の分析
各企業が主としてどのような製品を作っているかがやはり輸出実績の主な決め手になる。繊維製品の種類によって
タイの比較優位が異なっているからである。ポリェステル・レーヨン︵P/R︶織物や長繊維織物では輸出比率は低
いし、衣類や綿織物、ポリエステル・綿混織物︵P/C︶では輸出比率は一般に高い。いろいろな繊維製品のタイで
の生産の比較優位は需要条件︵需要の特性や国内・海外市揚の大きさ等︶と供給条件︵技術移転の難易や最適生産規
模等︶とで決まるが、この間には相互関連がある。紡織コストは生産規模に依存するが、生産規模はタイ繊維製品に
対する国内・外国需要の合計で決り、外国需要はさらにタイ繊維製品の技術水準や品質で決るからである。
これらの需給条件は製品の種類で異なっている。綿織物は、キャンバス︵帆布︶やガーぜなどのような産業用︵特
殊用途向けも含む︶と衣料用とに大別される。B社とF社はともに産業用綿織物を生産しており、太糸を用い、技術
移転も容易であった。両社とも強い競争力をもっており、東南アジア地域での主要供給元になっている。
衣料用の綿織物やP/C織物には大きな国内市揚がある。綿とP/Cの紡織には同じ機械設備が使えるので、多く
の企業が綿織物とP/C織物の両方を生産している。生機︵織上りの未加工・未染色の布︶の生産ではすでに技術習
キ バタ
得が済んでおり、EC、米国、日本へ輸出されている。しかし生機を染め、仕上げをした後では国内と中近東、近隣
アジア市揚で販売されるだけである。綿・P/C織物生産企業の半数しか染色設備︵系列染色会社も含めて︶をもっ
ていない。このグループにはE社︵一〇万錘︶、M社︵七万錘︶、社N︵一〇万錘︶、Y社︵一五万錘︶等の大企業が
含まれ、国内・外国販売を合わせて大規模生産利益を享受している。
P/R服地は毛織物の劣等で安価な代用品で、国内に制服その他実用目的の安定な、しかし限られた需要がある。
技術習得は難しくなり、国際競争力も限られている。T・V両社の他にもM・Y社がP/R織物も生産している。
長繊維織物は婦人用服地その他外着用である。糸を染めておいてから織る﹁先染め﹂と、織ってから染める﹁後染
241
一橋大学研究年報 経済学研究 23
め﹂の両方があるが、デザインや織・染技術によって差別化される。高い技術力を要し、ほとんど合弁企業だけが生
産している。タイ国内での長繊維織物需要は限られており、国内販売のかなりの部分が国境貿易向けだと推定される。
ほんの少量がシンガポールに輸出される。K・p・L社は織機︵一〇〇1五〇〇台︶と染・仕上げ設備のみをもって
おり、タイ国内の合繊メーカーから長繊維糸を購入している。
ボしベイ
タイの衣類輸出の歴史は比較的短い。国内市揚は最近急速に増加し、バンコックの母馬通りに卸売市揚が発達して
きた。最近の輸出実績は目覚ましい。投資局︵Boエ︶は地元の小衣類製造企業を保護するために一〇〇%輸出義務
づけでなければ奨励しない。Ω・R両社は一九七〇1七二年に一〇〇%輸出企業として発足した。両社ともそれぞれ
系列の紡織企業U社とH社から織物を購入しているが、同時に韓国と香港からの廉価な輸入織物も使っている。W社
は日本の下着メーカーとタイの大繊維生産・流通グループ︵Y社もその系列︶との合弁企業である。ここでは初めは
経営・技術とも日本側パートナーに全面依存していたが、現在はタイ側パートナーへの全面移転が成功している。初
めは限られた国内需要をめぐって輸入品と競合したが、内需拡大に応じて販売を増やした。現在はタイ・西独合弁の
一社とともに高級品国内需要の半分を供給している。BOIの奨励を申請していないので、一〇〇%輸出義務はない。
タイの衣類輸出の競争力は低労働コストに負っているが、大衣類メーカーは規模経済も享受している。しかし国際市
場での競争はかなりきびしい。
匂 輸出拡大のための生産物構成と管理組織の変化
輸出比率の企業間格差は第一に個別企業の主要生産物に共通の需給条件で説明される。しかし同種の生産物を製造
っても生産されている。他方現在五〇1八○%の輸出比率の大企業も一九七〇年代初めにはもっぱら国内市揚向けで
する企業間でなお輸出比率格差が残るのはなぜか。特に綿及びP/C織物は輸出比率が非常に低い多数の小企業によ
242
タイ繊維産業輸出化の分析
あった。これらの企業は徐々に国内から輸出に販売を転換してきたのであり、初めは国内市揚での売れ残りを安値輸
出するだけだったのが、次第に生産・経営組織を輸出向けに切替えてきたのである。
国内販売に比べると輸出では質や包装、納期等の満さなければならない条件が多く、厳密な品質管理が要求される。
特に先進国向け輸出では高品質が要求される。繊維品の仕上げは同じではなく、ほつれやむらの数でパ、A、B、C
に区分される。通常全数検査が行なわれ、パとAのもののみが輸出される。Bは国内市揚向け、Cは廃棄される。つ
まり品質管理は輸出には不可欠だが、国内向けならばAとBの区別は不要になる。付表2に掲げた輸出実績のある企
業は、合弁であれタイ系であれ、輸出増大を始めた時点で製品の品質水準を保つために品質管理を強化している。も
っとも現在もなお日系企業が本国で採用しているものより厳格ではないと言われている。
納期の正確さも必要である。販売と工揚生産の管理を連結させて国内市揚、輸出市場双方に対応する必要がある。
輸出を増やしていく段階では純生産技術よりも経営管理の方が必要とされる。このため工場長はもっとも重視され、
合弁企業はタイ人経営のものも日本人経営のものも経験を積んだ日本人をこのポストに任命しており、タイ人で代替
されるのがもっとも少ないポストである。
第三に輸出志向的企業では生産物構成や生産組織を変更している。これは綿・P/C織物企業で顕著である。たと
えば二〇八本P/C織物の生産を拡大し、代りに一八六本P/C織物生産を中止する。一種だけに特化することで、
種類を変える毎に機械の調整をしなくてすむし、能率も上る。合弁企業E・H・S社とタイ企業Y社はこの戦略を採
っている。またE社は染.仕上げ織物の生産割合を増やし、発展途上国輸出を増やすことで、その染・仕上げ設備の
稼働率を上げ、織物出荷の付加価値を高めている。 3
他方P/R織物や長繊維織物の生産者で品質管理強化や技術改善を超えて管理システムや生産物構成の変更に熱心 2
一橋大学研究年報 経済学研究 23
である企業は少ない。これは彼等がなお国内市揚志向であり、輸出拡大は国内不況の揚合のはけ口として三〇%程度
まで高めればよいと考えているからである。且彼等は生産設備の拡大や更新には一般に慎重である。
一〇〇%輸出義務付けの衣類製造企業は初めから独自の輸出戦略をもっている。その多くは海外の顧客と何らかの
契約を結んでいて、顧客ブランドで販売するため品質管理も厳しい。デザイン。材質.仕上りは特定されている。品
質が満足でき、企業が納期を守れば、海外の買手も同じ企業からの仕入れ契約を続ける。丁社の揚合は一〇〇%輸出
義務付けはなかったが、親企業ブランドで売るために初めから厳しい品質管理を実施した。
㈲販売経路
三聰市揚に出荷するのと違って、バンコックの繊維企業は一般に海外の顧客と直接の関係はもたない。変化する海
外需要に合わせて着実な供給を続けるためには信頼できる輸出チャネルが必要である。タイ繊維品のASEANや近
隣諸国への輸出は中国系の小企業がこれまで扱ってきたし、米国、西欧、日本への輸出は、かつてのタイヘの輸入と
同様、日本商社が扱っている。しかし繊維企業と商社の関係及びその最近の変化を無視するなら、販売経路の現状を
余りに単純化してしまうことになろう。
表−oには所有形態別の個別企業の販売経路を、国内販売と輸出に分けて整理してある。所有形態別及び国内、輸出
別で販売経路が異なっているのが容易に認められよう。国内市場でも日本人経営による合弁企業は日本商社に依存す
るのに、タイ人経営の合弁企業及タイ企業は直接三聰街に売り込む。合弁企業のタイ側パートナーも含めてタイの繊
維企業家の多くは三聰街の卸売商出身だからである。日本人経営の合弁企業でも売り込みはタイ側パートナーを通じ
て直接行なうが、取引契約が出来た後で金融及び危険回避のために日本商社を通す揚合がある。
輸出販売では日本商社の利用が増えてくる。一九七二年の外国人職業規制法︵と一.ロ切g、一.一。.、い、≦︶の施行以来外
244
タイ繊維産業輸出化の分析
表10 タイ繊維製品の販売経路
国内販売
輸出
合弁企業 日本商社(系列) 4(E,S,T,V) 日本商社 6(E,K,P,S,T,V)
(日本人経営) 日本商社+直接 2(H,K) 日本商社+直接 1(H)
直接(バートナー卸商)1(P) 外国商社 1(R)
合弁企業 日本商社+直接 1(L) 日本商社又は外国商社2(L,U)
(タイ人経営) タイ商社 1(W) 日本商社+直接 1(B)
直接 4(A,B,M,U) 直接 2(M,W)
タイ企業 直接 8(C,D,F,G,日本商社十直接 4(F,1,J,Z)
1,J,N,X,
Y,Z)
タイ商社+直接 1(N)
タイ,日本商社と直接1(X)
タイ商社 1(Y)
直接 1(C)
(注) A∼Zは付表2参照兜国内販売しない企業及ぴ輸出をしない企業は,国内販売,輸出の項には含
まれないo
(出所)表9と同じ。
国商社は仲介取引はできないことになっているので、実際には
タイ法人のダ、・・i商社が使われている。しかしタイ人経営が増
加してくるにつれて、日本商社への依存は減少し、直接販売や
タイ商社の利用が増える傾向がある。
タイ繊維製品の輸出経路への日本商社の参加についてはつぎ
のような状況にある。
第一に、タイ企業、合弁企業ともに直接販売努力が強化され
てきている。繊維企業のセールスマンを定期的に先進国及び発
展途上国市揚に送って、取引ができてから商社を輸出代理店と
して使うことが多い。
第二に、繊維企業と商社との関係は決して一通りではない。
日本の合弁企業には商社も参加することが多いが、パートナー
以外の商社を使うことも多い。日本商社といっても万能ではな
く、市揚によっては販売能力が劣るからである。ヨi・ッパの
ある市揚ではある総合商社が支配的だが、ある中近東市揚では
別の商社が強い販売経路を握っている。各繊維企業も自社製品
に十分な注文をとるためには系列商社だけには頼れず、系列商
社が弱い市揚では他の商社に依存するからであるρ
245
一橋大学研究年報 経済学研究 23
第三に、だからと言って日本の合弁企業と系列商社との長く築かれた関係は無視できない。商社は同じ市揚で競合
している企業製品を販売することはしないから、タイ繊維企業が輸出を開始しようとしても外国市揚進出の経路がな
く不利になっている。最近投資局︵BOI︶はタイ系総合商社を奨励して、タイ企業製品の輸出促進を始めた。十四
社が申請して認められたが、 一九八O年末までに五社が操業を開始しており、繊維製品は主要取扱い品のひとつにな
っている。彼等は海外販売網を作り始めたばかりである。もっとも活発なタイ総合商社の一つはタイ系大繊維企業・
︹1︶
流通グループ︵Y社がその中心︶の系列下にあり、繊維品輸出に貢献しているが、系列外企業が支配を恐れているた
めに系列外企業製品を扱いにくい状況にある。タイ系の繊維企業と商社が自己の海外販売網を拡充するにはなお時間
を要するであろう。
タイには奨励商社の他にも多数の中小商社があって、そのほとんどがタイ系華僑企業である。ほとんどが輸入商売
をしているが、輸出商売もしているものも多い。いくつかの商社は外国の顧客の代りに織物・衣類の買付け代理店に
なっている。彼等はタイの繊維企業を見つけて、品質と包装をチェックする。タイ織物輸出の大部分は日系・タイ系
大商社及び企業の直接販売を通じるが、衣類輸出増加でこれら中小商社が果した役割は決して小さなものではない。
㈲ タイ人経営者の輸出志向
個々の繊維製品でのタイの比較優位の枠内ではあるが、個別企業の輸出実績はその経営者の輸出志向も反映してい
る。国内販売から輸出への切替えは容易ではなく、産業の長期見通しにもとづいた合理的な努力が必要だからである。
経営者の持続的な輸出拡大意欲がいかに重要であるかはつぎの例からも知られよう。
④輸出価格は国内価格より低かったので、バンコックの繊維企業の多くは、国内がひどい不況にならないかぎり、
輸出したがらなかった。家族経営のタイ企業の揚合特にそうであった。しかし長期見通しに立てば明らかなように供
246
タイ繊維産業輸出化の分析
給過剰のくり返しを避け、産業をさらに発展させるためには、輸出拡大以外にない。最近タイ人経営者の間にもこの
長期ヴィジ日ンが広まってきたのは、タイ繊維産業の将来にとって大変良い。
@ すでに説明したように欧米先進国向け輸出には数量割当があり、それを越えて輸出することはできなくなって
いる。特定国向け、特定製品の輸出は、数量割当が増えた分しか増やせないのである。個々の企業の輸出数量割当を
増やすには、タイの総割当が増えるか、その中での自分のシェァを増やすかだが、後者の個別企業シェアを増やすに
は、毎年輸出割当を輸出した上で、他企業が輸出し損じた分の再配分を受けるのである。この輸出数量割当方式では、
輸出を増やそうと思う企業は、毎年たとえ損しても自分の割当数量を輸出し、割当増加を申講しなけれぱならない。
日系合弁企業にはこうして割当数量を増やして来たものが多いし、この方式になれないタイ企業の中には好況期には
輸出に不熱心になって割当数量を減らしてきたものがある。
以上の例にも示されるように、タイ人経営者にも輸出志向の強弱がある。家族経営方式で短期の高利潤にとらわれ
ている経営者の企業では、国内市揚販売に尊念する傾向がある。国内市場では高品質が要求されないし、輸出よりも
儲るからである。小企業の揚合はこれに加えて輸出経路も欠き、輸出経験も乏しい。他方近代経営方式をとって高等
し、海外販路の開拓と持続的輸出に熱心であり、このような企業が輸出拡大に成功してきたのである。
教育を受けた経営者のいる企業では、長期の拡張計画をもって輸出を重視する。近代的な経営方式・生産管理を導入
このような個々の企業の輸出志向の相違は経営者の学歴や事業経験の相違で説明できるかも知れない。家族経営方
式をしている企業の経営者のほとんどが一世の中国系タイ人︵華僑︶で、公式教育を受けていない。彼等は小さな工
場又は商売から始めて、自分の能力でのし上ってきたものである。三聰街で長い間商売してきたために、国内販売の 7
経験は豊富である。自分の経験に自信をもっているので、ワンマン経営になりやすく、グループの合議と協力による 2
一橋大学研究年報 経済学研究 23
近代経営を受けつけない。その代り輸出についての知識を欠き、経験も乏しい。学歴が低いために国際経済情勢の変
化についていけず、輸出には不熱心なのである。
これと対照的に、若手経営者はほとんどが二世の中国系タイ人であり、高等教育も受けている。繊維の専門教育を
受けたものは少ないが、高学歴と外国語能力のおかげで両親達よりずっと国際志向である。幸にもタイの経営者の子
弟は高等教育を受けるチャンスに恵まれ、近代的経営方式が次第に広まってきた。このように個々の経営者の輸出志
向の増加もまたタイ繊維産業の輸出比率の拡大に貢献してきたことは疑いない。そしてこの傾向は将来も続いて、タ
イの繊維企業には国際情勢変化に対応して経営合理化を進めるものがますます増えるであろう。
図3に戻って、以上の観察からわれわれはタイの繊維産業はDE線ではなく、DC線を辿りつつあると推論したい。
すなわちD点を過ぎて補助の下で輸出するようになってから、合理化と品質向上努力が積重ねられてきた。やがては
C点に到達して、輸出補助も必要としなくなると期待される。その時点で実質的な輸出拡大と輸入代替が完成するで
あろう。
︵1︶ 切§叫ぎきbo額前掲号参照。
六 輸 出 奨 励 政 策 の 評 価
タイ繊維晶輸出の成長はタイ政府及び輸入国政府の政策によっても影響を受けてきた。タイ政府の輸出奨励政策は
輸出成長を促進するようにいろいろ仕組まれているが、これらの政策で個別企業の輸出意欲が実際どの程度高められ
るのであろうか。主要輸入国による数量制限の効果は理論的には明らかだが、個々の輸出企業は実際にどの程度抑制
されていると感じているのか。われわれのインタビュi調査では、輸出奨励政策や数量割当、政府の果すべき役割に
248
タイ繊維産業輸出化の分析
ついても個々の企業の意見を聴いた。以下はその要約である。
投資奨励法に盛り込まれた機械設備の輸入税・事業税免除は、企業の設立や拡張にあたって固定資本費用を減らす
のに役立った。これに五年間法人税免除が加わって利潤を補填し、投資を促進した。大企業のほとんどが投資奨励政
策が初期の繊維産業投資を勇気づけたと述べている。しかし一九六〇年代初めに外国企業、タイ企業を繊維産業投資
に馳りたてたのは奨励政策の内容そのものよりも、政府の国内産業保護の意図であった。企業家はそこから、繊維品
に対する比較的大きな国内市揚があり、その拡大の見通しが良いと判断したのである。
一九七〇年代の輸出ドライブも政府の工業品輸出促進政策のおかげであった。多数の企業が輸出のために増設した
が、増設分へは政府から奨励措置が与えられた。しかしすでに指摘したように、政府の奨励措置は個別企業の輸出意
欲を目覚ませただけで、実際に持続的な輸出拡大を実現したのは企業努力であった。マク・経済的輸出拡大論では輸
出補助が強く主張されるが、われわれが面接調査で見出した企業のコメントはそれと若干異なっていた。
e 輸出奨励措置のうち個々の企業がもっとも評価しているのは原料関税払戻しと輸出生産のための低利金融︵一
括金融︶である。たとえば衣類製造業者はこの税金払戻しで原料コストをかなり引下げえた。一括金融のおかげで輸
出企業は受注してから出荷までの金利負担を半減しえた。いくつかの企業は、現在の奨励措置を評価しながらも、さ
らに多くの輸出補助が与えられるべきだと言う。特に長期の輸出金融供与機関が設立されるべきだと言う。しかし他
方、タイの奨励措置を強化するよりも競争輸出国の過度の輸出奨励を引き下げてもらう方がよいという企業もあった。
⑭税金払い戻しが遅いことには不満が大きかった。輸出企業が払い戻しを受けるまでに数ヵ月から一年かかる。
つまり払い戻し分にかなり金利がかかっていることになる。輸出奨励や税金払い戻しの申請手続を簡素化し、速める
必要がある。税金払い戻し制度から輸出額比例補助金制度に切り替えるのもこの面で役立つ。その結果後述の輸入原
249
一橋大学研究年報 経済学研究 23
料使用奨励を減らす効果もある。
国取引高税の下ではすぺての生産工程を垂直統合している企業は有利である。逆に中小織布企業や衣類製造企業
は大企業から糸や織物を買わなければならず、事業税分だけ原料費が高くなって不利である。
㈲ タイの繊維産業のある生産工程は過剰保護になっていると指摘した企業もあった。原料費が高いことはどの生
産工程でも不利になる。合繊メーカーは二〇%関税プラス三〇%付課税で保護されているが、設備過剰と原料コスト
高、生産物の価格統制の苦情を言う。紡織企業は合繊コストが国際水準より割高であることをこぼすが、先の実効保
護率の計算にも示されたように、紡織企業はTTMAの指導力の下で他の生産工程よりずっと保護されているのであ
る。この保護関税の下で織物国内価格は高められ、そのため衣類製造業は国産織物を使うと輸出競争力がおちる。輸
出用衣類生産に使われる原料の輸入税は払い戻しされるから、糸・織物関税は輸入織物使用を奨励する効果をもつ。
衣類輸出は最近急増加したし、その方が織物輸出より付加価値が大きいから良いとされてきた。しかし現行の保護
と衣類輸出奨励制度の下では、織物輸入が奨励され、タイは単なる加工工揚になって、繊維産業の他の工程の発展に
は何も貢献しないことになる。タイ政府は長期見通しに立ってタイの繊維製品輸出拡張のために関税保護構造の再調
整を行なう必要があろう。
㈲ 港湾その他輸出のための諸施設は現在不備であり、多くの改善を必要としている。これに加えてバンコックか
らの船便が不十分で、特定地域向け積出しには長く待たなければならない。衣類のような繊維製品輸出促進には輸出
加工区を設けるのも役立つ。現行の保税制度は手続が煩雑であり、一〇〇%輸出の衣類メーカーでも利用していない
ところがある。
因 輸出サービスセンターは輸出業者に海外市揚情報を与えてくれ、役立っている。しかしその活動規模は余りに
250
タイ繊維産業輸出化の分析
小さい。タイの在外商務官はもっと輸出市場情報を集めるぺきである。輸入国への輸出ミッシ日ン派遣には民間人も
参加させるべきである。
㈹ 産業省繊維局をはじめ政府機関は繊維企業に技術援助を与えるべきである。特に中小繊維・衣類メーカーへの
品質改良・管理面での援助が必要である。さらに繊維産業への原料供給の発達をも促すべきである。たとえば国内綿
花栽培者に耕作改良やペストコント・iル、市場情報等で助言すると、国内綿花供給を増し、綿製品の原料費を節減
できよう。
@ 輸出促進にかかわっている政府諸部局の間の提携を強化すべきである。輸出計画には民間企業も参画させる。
政府官僚と民間経営者間で頻繁に協議を行なって、政府が民間部門の問題と二ーズを正しく理解し、効率的な輸出促
進措置が実施できるよ う に す る 。
σの 輸出数量割当制度は既存の輸出業者に前年並に輸出を続けさせる利点はある。多くの大企業が輸出割当増大に
熱心だが、現行制度下では輸入規制地域への輸出を飛躍的に拡大するわけにはいかない。これらの企業は政府が輸入
規制国と交渉して、彼等が競争的に供給できる繊維製品目の数量割当を増やしてほしいと期待している。
他方多数の中小企業は、現在の輸出数量割当は輸出実績が少ないか皆無の彼等に不利だと考えている。中小衣類メ
ーカーは政府官僚が彼等小企業には輸出割当をしてくれないと不満を述べている。各期末に使い残りの割当数量があ
れば新輸出業者にも配分されるが、その数量は通常小量であり、また多くの企業はいつそのような再割当があるか知
らされない。そこで、毎年政府が交渉して得た輸出数量増枠分の一部は新輸出企業に特別割当するとか、各期末の未
使用枠は新輸出業者に優先的に配分すべきであると主張している。
251
一橋大学研究年報 経済学研究 23
七 結ぴ
本稿ではタイ繊維産業の輸入代替化・輸出化のメカニズムを説明する一つの仮説を提起した。すなわち、タイ繊維
産業は保護障壁下で輸入代替を達成した後、種々の奨励措置を受けて輸出化を始めた。しかし輸出化の過程で主要企
業が生産・経営組織を輸出志向的に変更して、その結果生じた能率化・品質改善がいっそうの輸出化を支えている、
というものである。この仮説の前半は第三、四節で利用しうる統計資料を用いて裏づけを試みたが、後半については
個別企業面接調査から得た質的な情報に依存した。一九七〇年代初めにはどの企業も輸出を行なっていなかったのに、
一九七〇年代の輸出比率の上昇は企業閲で大きく異なるところから、輸出比率の企業間格差の原因を企業の輸出化努
力等に求めたのである。
このような工業品輸出化過程はタイだけに限られず、韓国・台湾等の諸国も一九六〇年代に経験したものではない
かと推察される。本稿で解明された工業品輸出化のメカニズムは他の発展途上国にも共通点が多く、そこから工業品
輸出化を目指す政府にいくつかの示唆を与えるであろう。
第一に、工業品輸出促進のためにとられる奨励政策をどう評価するかである。たしかに保護下での輸入代替・補助
金を受けての輸出化はコスト引下げを中心とした市揚メカニズムによる輸入代替・輸出化と異なり、効率性や所得配
分衡平性に反する傾向がある。しかし現代世界経済環境の諸要因、さまざまな工業化段階の発展途上国間でのきびし
い競争、技術と資本を導入するための先進国企業の誘致競争、先進国側での保護貿易傾向等、を考慮すると輸出化を
スタートさせるために上述の輸出奨励政策は必要であると認めざるをえない。
しかしこれら発展途上国政府は、高関税保護と輸出補助を永遠に続けるわけにはいかないことは理解しなくてはな
252
らない。いったん国内生産や輸出がスタートしたら、国内製造業者を国際競争にさらし、生産経営を能率化するよう
助成等を通じて間接的に製造業者を勇気づける方に切りかえていかなければならない。
︵−︶
本稿では日本の産業発展経験に照してタイ繊維産業の輸入代替化・輸出化を分析した。しかしすべての産業が輸入
代替し輸出化を経て成長しうるわけではない。金属・機械・化学等多くの産業では保護の下で輸入代替は達成しても、
輸出化を始めていない。国内市場規模に制約されて規模経済を達成できなかったり、技術絡差が大きすぎて移転が困
難であるために、補助を与えても輸出しえないのである。このような産業が繊維産業と同じ輸入代替・輸出化を辿っ
て発展するためには、地域統合による国内市揚の拡大が計られなければならないだろう。
主要輸出品目
主要輸出品の仕向地構成
輸出開始年次
︵1︶ 世界銀行の産業構造調整プログラムはこれと同じ目的をもっており、フィリピン等で実施に移されている。
付表ー タイ繊維企業の輸出化に関する面接調査項目
− 設立年次
一 基礎的情報
3 外資参加状況
2 奨励企業か否か
輸出しないか、ないしは輸出出荷比率が低い理由
輸出化の過程での生産・経営組織の変更
最近の輸出実績、輸出出荷比率
4321 65432
経営管理組織を変えたか
品質管理強化や高品質化を行なったか
設備増設投資をしたか
生産品目及工程を変更したか
四
4 生産状況︵主要生産物の種類、生産設備︶
5 従業員数
ニ 繊維産業への投資動機と外資の役割
6 経営管理スタッフ
三 営業実績
− 販売経路︵国内及輸出︶
253
促さなければならない。関税その他の輸入制限、輸出奨励の漸次的撤廃の予定を明示する一方、企業者教育や貿易業
タイ繊維産業輸出化の分析
一橋大学研究年報 経済学研究 23
面接企業一覧
D.Chareon Weaving Mill
E Dusit Textile Co,,Ltd、
Erawan Textile Co.,Ltd.
E K Cotton and Gauze Co.,Ltd.
G。 Liang Ha Seng
H. Luckytex(Thailand)Co.,Ltd.
1。Metro Spinning CQ.,Ltd.
J. Royal Textile co.,Ltd.
販売経路を変えたか
C, Boonpra(1it IndustW Co.、Ltd.
主要輸出品目の国際市揚での有利、不利の原因
政府の輸出奨励政策
B The Bangkok Weaving Mills Ltd.
321 65
奨励政策は投資や輸出化に影響するか
Asia Garment Co.
五
輸出手続及ぴ輸出施設上の障害
A. Asia Fiber Co.
種々の奨励政策の評価
付表2
K Siam Synthetic Textile Industry Ltd.
L.Siam Synthetic Weaving Co,,Ltd.
M。Thai American Textile Industry Co.,Ltd,
N。 Thai Durable Textile Co.、Ltd.
六
T. Thai Teijin Textile,Ltd,
U The Thai Textile CQ,,Ltd.
︵昭和五六年三月三一日 受理︶
V, Thai Toray Textile Mills CQ.,Ltd.
W,Thai WacQI Co,,Ltd.
X,Thai Weaving and Iくnitting Factory,Ltd.
Y、Union Textile Industry Co,
Z。 Unity Textile,Ltd.
254
数量割当制の影響
S. Thai Kurabo Co.,Ltd.
国内市揚
R Thai Iryo CQ.,Ltd.
2 1 54
輸出
g,Thai Gament Export CQ。,Lt(1,
輸出奨励政策の改善提案
タイ繊維産業の将来展望
P。Thai Fllament Textiles Co.,Ltd.