ユーラシア・グループ 「2015年のトップ・リスク」

ユーラシア・グループ
「2015年のトップ・リスク」
2015 年 1 月 5 日
地政学への回帰だ。2015 年初、列強間の政治的争いが冷戦終了以来最も激しくなって
いる。
米国とロシアの関係が完全に崩壊している。中国が我が道を行く。欧州諸国の間の紐帯
が様々な方面でほころびつつある。そして湾岸アラブ諸国、ブラジル、そしてインドとい
った他の国々が地政学的不確実性の高まりへの反動として、自らの将来計画や同盟関係に
ついてヘッジを行っている。
このような再編の動きは、いずれ新しい世界秩序を形成していくことになる。だが、今
のところは、注意するべき影響はあるものの、グローバルというよりは地域的に限定され
たものにとどまっている。中国の台頭は、報道ぶりから想像されるほどのインパクトがな
い。中国は、確かに 100 か国以上にとって最大の貿易相手国だが、中国の政治、安全保
障、及び経済における影響力が依然として発展途上にあり、急速に伸びていくことにはな
るものの、まだ行き着くところまで行っていない。中東における諸々の危機が第 2 次世界
大戦後で最も多くの難民を生み出しているが、他の地域に対する影響は小さいものにとど
まっており、特に中東における騒動とエネルギー市場との間の関係がここに来て弱まって
いるとあってはなおさらだ。ロシアのリビジョニズムは、欧州の大きな部分にとって直接
の脅威だが、それ以外のところではずっと小さな脅威だ。それに、欧州諸国のほとんどが
国内の諸問題であまりにも忙殺されている。
今のところもっと大きな変化が起きているのは米国であって、そのことが強国間の関係
の再編を加速し、世界中で地政学リスクを高めている。これについては、米国が世界全体
から身を引きつつあり、そのことが紛争を大きく増やしつつあるという意見がある。だが、
それは、間違った見方だ。地政学的なインパクトを持っているのは、米国のユニラテラリ
ズムの高まりなのだ。米国は近年、他の国と同じようにふるまうことの方が多くなってい
る。すなわち、能動的にふるまうこともあれば、遅ればせながら受動的に反応することも
あり、また、無関心でいることもある。ただし、そのインパクトは、ずっと大きいのだ。
これは、NATO を率い、多数の同盟関係を通じて集団安全保障を提供し、世界の「交通規
則」を下支えする環大西洋関係の原動力として、それらの「規則」の敵と戦う、世界の警
察としての米国からの進化だ。あの(時としてぶれることはあっても)歴史的な一貫性が
低下したのだ。
ここには逆説が潜んでいる。新しいユニラテラリズムは、およそ米国のリーダーが世界
を闊歩していることの結果ではない。むしろ単独行動を容易にし国内への影響も小さい一
連の手段を米国が使い、その実力を投射しているからだ。通常戦争を避けるために無人機
を広範囲にわたって使う。米国が有利になるように最先端の監視手段を使う。そして重要
な政策変更として、米国の国益を追求するために同盟国を軽視した強制的経済外交を行っ
ているのだ。この点、米国と欧州は、イラン、ロシア両国に対する制裁、その他懲罰的措
置について緊密に連携してきている。だが、2015 年には欧州が経済的な脆弱性をより強
く感じ始める一方で、米国の政治家たちは、今権力を握っている者も、2016 年の選挙に
備えつつある者も、より強硬なアプローチをとるようになる。そしてこうしたこと全体が
国際政治を揺るがす反動を喚起することになる。
2015 年には 2014 年よりもっと多くの地政学的問題を見ることになる。それは、一つ
には他国がインパクトを痛感する場合でも、米国にとってはリスクを回避するコストが依
然として低いからだ。それには米国の力強い経済回復がひとつにある。だが、今や米国が
地政学的観点からはるかに「汚れたシャツの中で一番きれいなシャツ」であるということ
が、かつて経済的観点からそれが言えたのよりずっと当たっている。このことは、気候変
動に関する協議、アジアにおける緊張の高まり、そしておそらくイランとの核交渉につい
て予想されるように問題が先延ばしされるのに伴って、たいていの場合パニックではなく
辛抱が必要であること意味する。しかし、米国のユニラテラリズムは、危険な流れを作り
出してもいる。ロシアが乱暴な振る舞いに及び、中東で分裂が進み、イスラム過激派が拡
大しており、そしてそのすべてが欧州に迫っているのだ。私は、およそ悲観主義者と程遠
いが、1998 年に Eurasia Group を設立して以来初めて、はっきりとした地政学的な「不
吉な予感」を心の底で感じるようになっている。
リスク 1:欧州の政情
欧州経済は、ユーロ圏危機の時と比べてかなり良くなっている。だが、政情は、今やず
っと悪くなっている。このことは、草の根レベル、EU 内の関係、そして対外関係という
異なる 3 つのレベルにおいて言えることだ。
草の根レベルでは、欧州全体を通じて国民の怒りが募っている。それには一定の社会的
不安定が伴っているのは確かだが、足元の問題は、勢いを増しつつある一連の政治運動に
ある。極左、極右それぞれあるが、いずれも EU 懐疑派であり、政治的正統性を失った既
存政党に対して挑戦状を突きつけている。その台頭は、劇的であり、しかも勢いが衰えて
る様子はなく、2015 年には政治を動かすようになる。特にギリシャでは「シリザ」党が
解散総選挙に勝利して連立政権に参加することになる可能性が高いし、スペインでは「ポ
デモス」党が 2015 年末の総選挙で政権を掌握することもありうる。
より一般的には、こうしたポピュリズムの高まりは、既存政党としても権力維持を確か
なものにするために欧州懐疑主義的な姿勢を取ることを余儀なくされる。こうした傾向は、
EU の縁辺諸国でも中核諸国でも明らかだ。フランスでは、国民戦線(FN)への支持の高
まりが、国民運動連合(UMP)が 2016 年に政権を奪還するチャンスを大きくするために
右傾しないといけないことを意味する。英国では、英国独立党(UKIP)の挑戦に直面し
ているデビッド・キャメロン首相は、5 月の国政選挙を勝つために移民問題についてずっ
と強硬な路線を取り、EU にとどまるか否かについての国民投票を支持するよう姿勢を変
えている。あのドイツでさえも、「ドイツのための選択肢」(AfD)党の台頭が、アンゲ
ラ・メルケル首相の欧州統合深化及びユーロ圏安定を支持する余地を狭くしている。
EU 加盟国間の摩擦も激化している。欧州にとって最も望ましいのは、ドイツ、フラン
スおよび英国がリーダーシップを発揮するために協力することだが、こうした環境下では
その可能性がうんと低くなっている。フランスは、財政赤字目標を達成できず、またオラ
ンド大統領の支持率が(フランスの大統領としては史上最低の)13%にまで下がってい
るので、ドイツが財政について緊縮政策を景気対策より優先することに対して何も言えな
い。英国は、自らの EU 加盟国としての地位について未解決の問題を抱えているので、動
かない。そして縁辺諸国におけるよりポピュリズム色の濃い新政権は、年金改革、財政均
衡化、その他ユーロ圏危機後、苦労の末可能になった立法を覆していくことに務めること
になる。今年は、EU、そしてドイツ、フランス、イタリアその他一連の EU 加盟国政府
の間の財政均衡化を巡る争いと比べれば、米国の民主党と共和党さえもが仲のいい 1 つの
家族に見えてくる。
対外政治環境もまた、より厳しいものになる。ロシア危機はエスカレートしていくだろ
うし、欧州、ロシア双方の軍の間で安全保障上の事件が起きる可能性への懸念(その懸念
は、中国とそのアジアの近隣諸国との間での衝突への懸念よりはるかに強い)のせいで、
欧州としてはエスカレーションに起因する経済的影響への対応がおよそできる状況にない。
イスラム過激派によるテロの脅威は、シリア・イラクにおける戦闘に直接参加している欧
州市民の数、そしてそれぞれ国内におけるイスラム人口の大きさを考えると、中東外のど
こと比べてもはるかに大きな懸念だ。また、ここでおそらく最重要点として挙げられるの
は、米国と欧州の関係が悪化していることだ。米国のユニラテラリズムは欧州にとって大
きな問題だ。米国政府は、健全な欧州経済を守ることより、ロシア政府を罰することの方
に関心がある。そしてスパイ活動及び無人攻撃機の使用が米国政府に対する欧州住民の態
度を悪化させている。米・英間は、これらの諸問題についてより立場が近いが、欧州の将
来にとってはるかに重要な米・独間の隔たりがそれ以上に広い。
したがって、欧州のリーダーたちは、国内の反対、政府間のいさかい、そして外からの
脅威に対応していかないといけない。地政学的動乱の年である 2015 年は、さらに深刻な
危機が発生することになる。欧州は、それらのほとんどから打撃を受けることになる。そ
こで欧州の政情を今年のトップ・リスクの筆頭に挙げることにしたのだ。
リスク 2:ロシア
我々は昨年、世界の安全保障にとって最大のリスクの一つとしてロシアに焦点を当てた。
しかもそれは、ロシア政府が第 2 次世界大戦後の欧州における最も大胆な国境改変を遂行
し、続いて深刻な通貨危機に陥った、その前のことだったのだ。
ウクライナを巡っての西側との対立は、ロシアの外交方針を新たに攻撃的で、かつ明示
的に反西側のものにした。西側の制裁、石油価格の低迷、そしてルーブルの急落がロシア
を経済・金融両面で弱めているが、危機になるところまで追いつめていない。挑発され、
孤立させられているが、実質的に制約されていないと感じているようなロシア政府は、危
険な存在だ。攻撃的な修正主義者だが弱まりつつあるロシアは、2015 年の国際舞台にお
ける不安定要因として、1 年を通して西側の政府及び企業にとってトップ・リスクとなる。
西側が、ロシアの安全保障及び生き様を脅かしていると国民感情をかき立てた以上、ウ
ラジミール・プーチン大統領としてはウクライナについて引き下がるわけにはいかないし、
事実引き下がらない。ロシア政府は、経済的に成り立つ「凍結された紛争」を形成するた
めに、引き続きウクライナのドンバス地方の分離主義反乱勢力への武器供給を続けること
になる。その結果として 2015 年も暴力と西側の制裁が依然として続き、今年中にもロシ
アがエスカレートさせ、制裁が追加されるという現実味のあるリスクが存在する。
欧州及び米国は、ロシアをますますのけ者国家扱いにするようになっていく。プーチン
は、そのことを喜んで受け入れると同時に反感を持つことになる。西側との対立が深まり、
いくつかのリスクの可能性が生じる。
第 1 に、西側の重要な金融機関ないし政府機関に対する、ロシア関係からのサイバー攻
撃が発生する可能性が強い。サイバー戦は、ロシアが高い知見を持つ一方で自制心が乏し
い、近代的、いやポストモダンな紛争分野だ。西側の機関に対する攻撃は、たとえ限られ
たものであっても、緊張の重大なエスカレーションを引き起こすことになる。
第 2 に、NATO との境界線、そしてそれを越えてのロシアの軍事的示威行為が強まっ
ていく。ロシアの狙いは、NATO の戦意及び対応能力を試すことにあって、公然たる争い
を引き起こしたり欧州内で分離主義者の支配圏を切り出そうとしたりすることにはない。
とはいえ、投資家たちや政策決定者たちは、やはりロシア政府の意図について不安を持つ
ことになる。そしてロシアの空軍機の NATO 空域への侵入がより頻繁になるにつれて、
死者が出るような誤算が起きる可能性も高まるというのも、もちろんある。
第 3 に、2015 年に EU との統合を深める予定のモルドバから目を離してはいけない。
この小さな、旧ソ連の共和国の一つであるモルドバは、ロシア人にとってウクライナのよ
うな戦略的・文化的重みを持っていないが、ロシアの大統領府は、旧ソ連全体をロシア専
属の影響圏とみなしている。名目上はモルドバの一部だが、親ロシアの「凍結された紛争」
国家である沿ドニエストルは、モルドバの安全保障を突き崩すのにとても大きな影響力を
ロシアの大統領府に与えている。モルドバは、欧州にとって経済的には無意味だが、ウク
ライナの前例にかんがみて、モルドバ政府の西側接近を邪魔しようとするロシアのいかな
る企てに対しても EU としては対応せざるを得ないのだ。
第 4 に、ロシアは、米国主導の安全保障秩序及び金融秩序の様々な要素を突き崩してい
くための努力を強めていく。ロシア政府は、たぶん重要な軍備抑制条約から脱退すること
になる。また、もしイランの核開発計画に関する交渉が失敗に終われば、イラン政府に対
する制裁体制の破壊の動きの先頭に立つ可能性が十分にある。ロシアはまた、経済、戦略
両面において中国傾斜を加速させていくことになる――両国間ではずっと立場が弱いほう
としてそれをすることになるが。ただし、まだロシア・中国の枢軸というところまでは行
っていない。中国には今の世界秩序に対する不満はあるものの、ロシア政府が対米関係を
悪化させたがる気持ちを強めているのに対して、中国政府は、依然として良好な対米関係
を優先している。とはいうものの、米国主導の枠組みを迂回する安全保障及び金融に関す
る枠組みについての両政府間の協力がずっと深まることになるのであって、それは、
2015 年における最も重要な地政学的進展となる。
要するにロシアは、総じてその経済的先行きが悪化しているまさにその時に、地政学的
野心が高まりつつある大国だ。それに強気で国民の間で熱狂的な人気を誇り、世界を舞台
に大胆かつ時として無謀な反発の意をあらわにすることを好む大統領が加わって、ロシア
が 2015 年のトップ・リスクの一つとなっているのだ。
リスク 3.中国経済の成長率低下の影響
我々は、今年の中国についてかなり楽観的だ。習近平国家主席は、就任以来驚くべく大
きな権力を掌握した。
彼は、経済のリバランシングに必要な、とうの昔に実施すべきだった政策を推進してお
り、中国の大気汚染の改善を推進し、国有企業をより効率的にするための一連の措置を追
求し、党内の全面的な腐敗撲滅キャンペーンの先頭に立っている。西側とロシアの対決か
ら最も大きな地政学上、ゲオエコノミクス上の利益を得ているのは、習であって、また、
国内経済に集中していることが、中国の域内政策が日本、インド、あるいは東南アジアと
の間でエスカレーションを行うことに注力するのではなく、よりバランスのとれたものに
なることを意味している。
とはいうものの、習にとって最も大きな政治的棚ボタは、石油価格の劇的低下であって、
資源・資本集約的成長を減らし、新しいエネルギー・環境政策を実施し、国有企業及び地
方政府の債務を制限し、重工業における生産過剰を減らすことを優先する習の努力が、よ
り低いエネルギーコストの緩衝効果のおかげで、政治的反発の危険が低くなる中ですべて
実行できることになる。習は、重大な政治リスクなしの劇的な経済的リバランシングを望
んでいるのだが、ここに 1 年半ないし 2 年の猶予期間を得た。このことは、中国につい
て安定しているがより緩やかな成長を、特に資源集約的分野においてそれを見ることにな
る。
では、どこにリスクがあるのか。それは、中国に対する一次産品及びその加工品の輸出
に依存している一連の国々にある。石油国家は、急激な需要・価格の変動に慣れている。
だが、着実に増大する中国需要を満たしているこれら諸国は、何十年にもわたって負けよ
うのない賭けに乗ってきた。だが、今やその中国が方向転換しつつあるのだ。そしてこの
新しい現実に対応するすべを学ばないといけない国がいくつかある。
ブラジルにとって最大の貿易相手国である中国の経済成長低下は、ジルマ・ルセフ大統
領が経済停滞で苦労するという、とりわけ好ましくないタイミングで起こっている。2 期
目をかなりの政治的お荷物を背負い込みながら開始するルセフは、これから財政収入の低
下を補うために支出削減及び増税をしなければならない。一次産品及びその加工品の価格
低迷が成長率を引き下げ、通貨レアルを下落させるのに伴って、ルセフは、人気が落ち、
政治的に弱体化していくのであって、そのためにマクロ経済、財政上の改革を実行するの
がそれだけ難しくなっていく。
中国との貿易・投資、そして鉄鉱石及び石炭に対する中国の莫大な需要に依存している
ことは、オーストラリアをとても大きなリスクにさらしている。トニー・アボット首相の
政権は、中国の成長率低下をインフラ関連支出を拡大し、通商協定を通じて輸出を促進す
ることによって補おうとすることになる。だが、成長率が低下し、一次産品及びその加工
品の価格が低迷したままだし、しかも政府が予定している財政支出削減を成立させること
を上院で過半数を持たないことがより困難にするので、予算削減目標を達成するのが難し
くなる。こうした背景の下、アボット政権の支持率は、すでに 37%と野党労働党と肩を
並べるところまで下がっているところ、引き続き低下していく可能性が高い。
インドネシアは、中国の需要低下により一次産品及びその加工品の価格が低下すること
による問題に直面している。というのも、インドネシアの輸出の 65%が一次産品及びそ
の加工品に関連しているからだ。成長率が低下することは、ジョコ・ウィドド大統領がガ
バナンスを改善し、経済を安定化させる余地をその分制約することになる。そのことを除
けば新興国の中でも期待が持てる改革過程になのだが。
政治的に不安定なタイにおいて、最も大きな圧力がかかってくるかもしれない。ここで
は、(タイ最大の輸出先である)中国の需要軟化がもたらす一次産品及びその加工品の価
格低下が経済成長見通しを悪化させ、そのことがひいては軍事政権の正統性を損ね、民主
主義への復帰を求める圧力を高めることになる。このことは、財政規律を守り続けること
への軍事政権の決意を弱めることになる。というのも、軍部の伝統的支持者であるタイ南
部のゴム栽培農家が、市場価格の低迷を新たな補助金で補うよう政府に対して働きかけて
いくことになるからだ。政府にはまた、クーデター後に補助金が減らされた北部の米農家
を助けるよう圧力がかかってくることにもなる。
リスク 4.金融の兵器化
世界唯一の超大国としての米国の地位に変化はない。だが、米国は、今やその影響力を
新しいやり方で使っており、そのことが重要なのだ。米国の支配力は、第 2 次大戦後に米
国が決めたルール及び基準を体現する NATO などの米国主導の同盟関係や IMF、世銀な
どの国際機関の形成によって確立された。
オバマ政権にとって(そしてその多くの批判者にとっても)「現地に兵員を送り込む」と
いうのは 20 世紀の発想だ。米国民にとってもう戦争や占領はたくさんなのだ。だが、米
国は、核心的な安全保障問題については依然として大きな世界的影響力を持つことを望ん
でいる。このことは、米国の安全保障上の優位の伝統的な要素である核兵器、空母艦隊そ
の他の通常兵器システムへの依存を減らすことを意味する。他方で、ドルへの依存を強め
ることを意味するのであって、こちらの方は、実は金融危機の前より一層米国にとって有
利なように傾斜している。米国の資本市場及び金融機関へのアクセス、そしてそれらを利
用する米国政府の能力及び意志が外交政策及び安全保障政策の手段として重要性を高めつ
つあるのだ。そしてこうした流れを最もよく体現しているのが、金融の武器化だ。具体的
には強制的外交の直接的な手段としてのアメ(資本市場へのアクセス)とムチ(様々な種
類の制裁)をまとまった形で使うことだ。
米国は、気になる政府指導者や、その官民の支持者の資本・財産に対するアクセスを遮
断するために彼らの金融取引を把握する能力を高めている。また彼らと取引する他の者に
対しても、それを停止するよう圧力をかけている。ロシアその他ならず者国家とみなした
相手に対する制裁のエスカレーションが最もはっきりしている。より目につかないのは、
米国が制裁を加えている国際関係者への金融サービスを提供する金融機関(主として欧州
の銀行)に対する大がかりな措置だ。その後ろに控えているのは究極の脅しである。すな
わち米国がならず者国家の資金及び決済に必要なインフラへのアクセスを断ち切ることに
よって、ならず者国家を金融面から孤立させるという脅しだ。だが、誤算及び意図せざる
結果のリスクは高い。というのも、こうした手段の利用が新しく、それがどのように機能
するかについて米国政府が試行錯誤で学んでいるからだ。
決定的に重要なのは、金融の兵器化が他国政府の協力をほとんど要せずに使うことがで
きることだ。最も重要な当面の課題は、欧米関係に与えた打撃だ。米国の一方的行動のツ
ケを、欧州(及び欧州の銀行)が払わないといけないことへの欧州側の不満が募っていくこ
とになる。米国はまた、2015 年にロシアやイランに対して新たな制裁を科する可能性が
十分にあるが、そうなれば反発がある。だが、より長期的には米ドル及び米国が支配する
金融機関への依存からの多様化がよそで進んでいくことになる。このことは、中国にその
実力も意図もあり、しかもことを面倒にするドル建ての債務が比較的少ない東アジアで特
に言える。アジアインフラ投資銀行、BRICS 銀行、そして海洋シルクロードと陸のシル
クロードイニシアティブは、いずれもそうした方向への動きだ。これらのプロジェクトは、
域内全体で通商・投資関係を拡大・深化させることへの中国政府の決意と相まって、やが
てこうした手段を使って金融面の弱みがある国に圧力をかける米国政府の力を殺いでいく
ことになる。
もう一つ戦略的部門の拡大と関連する 2015 年のファットテールの懸念として、制裁の
対象とされた政府がそれに従う企業を米国のパワーの行使手段とみなす度合いを強めてい
くことだ。このことは、これら企業が報復の対になるリスクを高める。それは、規制手段
を使ったいやがらせ、官公需上の差別からサイバー攻撃まである。そして米国の金融機関
は、この点特に弱みを抱えている。
リスク 5.「イスラム国」のイラク及びシリア外への広がり
2015 年の「イスラム国」は、イラク及びシリアにおける核心的な基盤で後退の憂き目
を見ることになるが、その軍事力は依然としてかなりあり、そのイデオロギー上の影響力
は中東及び北アフリカ全体に広がっていく。
イエメン、ヨルダン及びサウジアラビアで新たな組織を設置するというかたちで有機的
に成長し、多くの聖戦主義組織が参加するように動機づけられることになる。すでにエジ
プトでは「アンサル・ベイト・アル・マクディス」、そしてリビアのデルナ市のイスラム
主義者が「イスラム国」の首領であるアブ・バクル・バグダディに忠誠を誓っている。
「イスラム国」が武闘派イスラムの中心的代表として台頭したのは、イラク及びシリア
におけるその軍事的成功及び中東全体を通じての穏健派イスラム主義政党の弱体化の双方
の直接の結果だ。「イスラム国」がアルカイダから分かれることを決めたのは、聖戦イデ
オロギーのかつての基盤であったアフガニスタン及びパキスタンから中東への回帰の表れ
だ。エジプトにおけるムスリム同胞団など、イスラムの理想と既存の政治的枠組みの双方
を受け入れた穏健派イスラム主義運動は、後退している。何十年にもわたるこの 2 つのイ
デオロギー集団の間の競争が終わることはないが、少なくとも今のところは過激な聖戦主
義イスラムが上昇気流に乗っている。
「イスラム国」に対する米国主導の戦いは、その通常の軍事能力を劣化させていくこと
になる。米国、強力なシーア派武装組織、クルド人のペシュメルガ部隊、イラク軍及びス
ンニー派部族の部隊がこの先 1 年間「イスラム国」の力を封じ込めていくことになるが、
決定的勝利を収めたり反政府色の濃いスンニー派中核地帯に対する支配権を回復したりす
る可能性は低い。この耐久力は、超保守派のイスラム教徒たちを「イスラム国」に同情さ
せ、自らも参加するよう動機づけていくことになる。
聖戦主義のこの新たな一連のアラブ人またその他のリーダーたちは、イラク及びシリア
以外のところへと活動を拡大していく。新しい戦闘員を集め続けていくためには成功して
いるところを見せないといけないので、新たな手口で攻撃に出ることになる可能性が高い。
特に米国主導の有志連合に加わったスンニー派国家を罰し、掣肘しないといけない。
したがって、2015 年にはスンニー派国家に関するリスクが高まっていく。サウジアラ
ビアのワハービ派支配は、保守的な人口でところどころに「イスラム国」の趣旨に同調す
る者がいるという、「イスラム国」にとって格好のリクルート場所を提供している。「イ
スラム国」は、サウジアラビア在住の外国人を攻撃して、ビジネス環境を悪化させること
ができる。「イスラム国」は、アラブ首長国連邦を同様に標的にすることができる。欧米
人や地元のア首連住民に対する暴力は、これらの繁栄に基盤にある金融の安全地帯という
イメージを壊すことになる。「イスラム国」はまた、イスラム教国が米国と同盟関係を持
つことが、そこの政権に安全保障も安定ももたらさないことを示すためにヨルダンのハシ
ム王家に対して圧力をかけることになる。ヨルダンにおける外国人に対する暴力は、観光
産業を傷つけるとともに投資環境を損なうことになる。エジプトでは、アンサル・ベイ
ト・アル・マクディスが欧米人を攻撃する可能性が高いが、そうなると少しずつ回復しつ
つあるエジプトの観光産業が損なわれることになる。イエメンでは、シーア派のフシが首
都サナア及びそれ以外の多くの地域を支配していることが、宗派間の緊張をさらに高める
ことになる。「イスラム国」の宗派的イデオロギーがより魅力的になり、一部アルカイダ
の同調者が離脱して「イスラム国」に参加していくことになる。
リスク 6.もろい現職
最近再選された弱い「現職」指導者から発生する政治リスクは、2015 年に重要な市場
において足かせとなる。
インド及びインドネシアという重要な例外を別にすると、2014 年の一連の新興国にお
ける選挙では現職が辛勝するという結果に終わった。成長率の低下及び大衆の要求の高ま
りも、ブラジル、コロンビア、南アフリカ及びトルコで与党や与党候補を倒すのに不十分
だったし、ナイジェリアでもそうなりそうだ。だが、現職に対する支持を減らすのには成
功し、結果として 2015 年に経済改革に取り組んだり、今年の(石油市場の激動及び米国
の金利上昇を含め)外生ショックに対応したりするには弱いマンデーㇳしか持たない、リ
スク回避指向の政権を作り出した。インドで新たに選挙によって選ばれた政権は、立ち上
がりの蜜月期間及び過去の失敗からの距離の利益を受けるが、(そしてインドネシアの新
政権も、そこまでではないにしろ同じように利益を受けるが、)再選された政権のほとん
どがより大きな制約を受けることになる。
ブラジルでは、ジルマ・ルセフ大統領が極めて分極化した政治環境の中でかろうじて再
選を勝ち取った。ルセフのより建設的な内閣は、新たに大蔵大臣に就任したジョアキン・
レビのリードの下に再度のソブリン債務の格下げを回避しようとしてまっとうな財政調整
を行い、財政改革及び石油部門の対外開放を進めようとすることになる。 だが、有権者
や議会からの支持の低下、ペトロブラス社の腐敗スキャンダル、そして中間層の要求水準
の高まりなど、ルセフの政治的弱みが増えていることが、より大がかりな財政調整を行っ
たり構造的な経済改革を行ったりすることの余地を狭くし、ひいてはより低い成長率、そ
してより大きな社会的不安定をもたらすことになる。
南アフリカは、ジェイコブ・ズマ大統領の弱いリーダーシップ、与党アフリカ民族会議
(ANC)を支える労組の分裂という状況の中で 2015 年も「くすぶり」続け、外からの経
済的逆風への対応を弱いものにし、労使関係の不安定化をはじめ国内問題が悪化していく
ことになる。マクロ経済政策が通貨ランドへの圧力に対抗し、ソブリン格付けの引き下げ
を回避するのに役立つ一方で、地方のガバナンスにある程度の改善がみられるというのが
せいぜいいいところで、労働市場や難儀している準国営企業の構造改革が実施される可能
性は低く、したがって国家開発計画(NDP)の実行が損なわれることになる。
ナイジェリアでは、グッドラック・ジョナサン大統領が 2 月 14 日に再選される可能性
が高い。だが、2 期目のジョナサンは、より攻撃的になった野党、そしてより分極化した
政治環境に直面するために、石油収入の減少が政府の選択肢を狭める中で改革及び財政政
策の修正がよりむつかしくなっていく。
トルコでは 8 月の大統領選挙でレジェップ・タイイップ・エルドアン前首相が勝利した
ことは、2015 年における政府の安定及び整合性のとれた政策形成を難しくする。エルド
アン及びアフメット・ダウトオール新首相は、4 月の国会総選挙で AKP が最大限いい結
果を出せるよう協力する。両者は、その過程でクルド人との和平過程を遅らせることによ
ってナショナリストたちとの間で AKP のために得点を稼ぐが、クルド人の暴力を伴う抗
議行動を惹起する危険を高めることにもなる。両者はまた、中央銀行に対して金利を引き
下げるよう圧力をかけてインフレ率上昇の危険を冒すことになる。そして選挙後は、執行
権を巡ってお互いに争うことになり、そのことが政策の整合性を損なう一方で、重要な公
職から政敵を外そうとする努力が続くことが官僚組織を麻痺させることになる。
また、コロンビアでは、フアン・マヌエル・サントス大統領が民間部門に対する友好的
な姿勢を保ち、反政府左翼ゲリラのコロンビア革命軍(FARC)と和平協定を結ぶ。だが、
サントス政権は、採掘産業部門について開発をより容易にする規制緩和を実施することが
社会的反対のために難航することになる一方で、石油生産の停滞及び財政改革の見通し難
が、和平協定への財政的な裏付けの先行きを暗くしている。
このように多くの重要な新興国における現職が弱いことが、2015 年には世界的な経済
成長及び政治的安定に影を落とすことになる。
リスク 7.戦略部門の台頭
2015 年にはビジネスの成功・失敗にとって政府がますます重要になって行く。多国籍
企業が、本国政府であると事業活動を行っている国の政府であるとを問わず政策決定者た
ちから自由になりつつあり、そのことが世界中で商品・サービスの流れを規制する国家の
力を弱めつつあると、何十年にもわたって考えられてきた。
ところが、政府の役割が増大しており、しかも経済成長より政治的安定の方に力点が置
かれている。戦略的経済分野、すなわち国家が政治的安定及び政治エリートの利益にとっ
て重要だとみなす分野では、中央・地方政府との連携が成功する上で決定的な役割を果た
す。そしてこのことが、彼らの政治的目的に沿う形で活動する企業の先行きを明るくし、
そうでない企業を罰する結果となっているのだ。
こうした傾向は、もともと国家が経済においてより大きな役割を果たしている新興国に
おいて見られる。それは、様々な国、分野について言えることだ。たとえば、トルコのメ
ディア産業は、もともと自由なビジネス環境だったのが、政府に対する批判を容易にする
可能性のあるものに対しては何であれ政府が過敏になっているため、より戦略的になって
いる。同じようなことがロシアの多くの分野について言えるのであって、ここではどんな
企業でも米国とみなされるとどんどん圧力がかかってくるようになる。(グローバルなブ
ランドであるより米国の象徴だとみなされたマクドナルドが、2014 年には特に大きな打
撃を受けた。)そしてロシア政府が EU による制裁への対応としてアジア及び新興国の企
業を優遇するので、多くの欧州企業もまたロシアで苦労することを覚悟すべきだ。インド
では小売り・消費及び医薬品が引き続き政治に弱い立場に立つのであって、外国製品に対
してより好意的でない農村地域においてとりわけそのことが言える。東南アジア及びサブ
サハラ・アフリカにおける採掘産業部門では、主要な参加者の間の緊密な関係及び社会支
出に収入を向けたがっている国家の狙いが、多くの政府を経済における決定的に重要な参
加者として引き続き関わらせていく。
こうした傾向は、中国において最も重要であって、そこでは、国有企業がより競争力を
持ち、より効率的になるようにする努力にもかかわらず、その利益を守ることに多くの努
力が傾けられることになる。政府は、もっと資本を引き付けたいが、国家資本主義体制を
損ねてまでそうしようとは思っていない。それに強力なサイバー攻撃能力があり、司法権
の独立がない(したがって知的財産権が顧みられない)ことを重ね合わせると、西側多国
籍企業が競争するのにより多くの困難を感じる分野が増えていくことになると予想される。
このことは、市場におけるイノベーションにとって決定的に重要な分野、すなわち消費者
行動及びビッグデータを取り扱い、中国政府がコントロールするつもりである分野につい
て最も当たっているかもしれない。指導部が市場開放をもたらす改革を実行する自らの力
についてもっと自信をつけていくのに伴って中国の状況も改善されていくかもしれない。
しかし、そのティッピングポイントは、まだ遠い。そして 2015 年においては、問題が大
きくなっていくのだ。
第 2 の課題を突き付けてくるのは、ならず者国家だ。ならず者国家は、たとえ単一の会
社を罰し、あるいは脅すためだけであっても、突然特定分野を戦略的だと分類変更するこ
とがありうる。北朝鮮がソニーに対して高度のサイバー攻撃を加える能力を見せたことは、
あらゆる娯楽会社が北朝鮮関連のコンテンツについて慎重に考えるように仕向けた。(ソ
ニーグループが日本を本拠としていることも、たぶん助けにならなかっただろう。)これ
は、北朝鮮の近年における最大の勝利だが、これをより裕福で技術的にも進んでいるなら
ず者国家に当てはめると、より一層懸念が強くなる。ロシアの西側多国籍企業に対するサ
イバー攻撃能力は、北朝鮮のそれよりはるかに進んでおり、ロシア政府はロシア政府で、
脅したい国の金融機関を麻痺させるような攻撃を仕掛けた実績がある。すなわちグルジア
及びエストニアがいずれもここ 10 年間で標的にされている。もともとロシアにおける政
権交代を余儀なくさせることが米国の方針だとプーチンが信じている以上、企業や政府と
してはロシアの大統領府が自制心を発揮したり、報復を恐れたりすることを期待すること
ができないのだ。
第3は、米国における戦略部門の拡大だ。民間部門についてはイデオロギー的に介入主
義とは程遠い米国であるにもかかわらず、その国家安全保障上の必要性が産軍複合体を拡
大して、広範囲にわたる情報通信技術及び金融分野における企業を取り込むように仕向け
ている。というのも、これら企業が米国の国家安全保障諸機関に協力することが、米国に
対する潜在的脅威について、その所在、通信及び資金へのアクセスを追跡するのを容易に
するために必要だからだ。多くの場合、これら企業は、米国政府への協力を開示すること
を禁じられている。だが、敵味方を問わず他国の政府がこれに抗議している。多くの国が、
米国の連邦政府と情報共有その他の方法で緊密に協力している疑いのある米国企業を、国
家安全保障上の脅威とみなしており、これらの企業に市場参入への高い障壁とより厳しい
規制環境をもたらしている。アマゾン、アップル、フェイスブック、グーグルそしてそれ
らを継ぐ企業たちは、中国以外でも、データ、情報、そしてメディアコンテンツが政治的
意味合いの強いものとみなされている、あらゆる国で事業活動を行うのに苦労することに
なる。
リスク 8.サウジアラビア対イラン
2015 年にはサウジ・イラン間の緊張が急騰し、中東全体のスンニ・シーア派間の対立
を悪化させることになる。
今年は、この関係がとりわけ波乱に満ちたものになる。というのも、1)かつてなかっ
た多くの代理紛争の場が存在する、2)両国の国内政治事情が紛争をあおる、そして 3)
イランの核開発計画関連の外交の展開が、結果がどうなるかにかかわらず両国政府間のさ
らに多くの争いを惹起することになるからだ。
両国が相対立する代理をそれぞれ支持しているか、または相反する方針を持っている分
野のリストは、長くなる一方だ。最新のホットスポットは、イエメンだ。ここでは最近、
シーア派のザイディ宗派に属し、2009 年にはサウジアラビアと戦った武装組織フシが首
都サナアの大部分を支配下に収め、今や政府に対して大きな影響力を行使している。サウ
ジ側は、イランに対してフシを武器及び資金で支援していると強硬に非難している。
イラクでは、イラン、サウジアラビア両政府がハイダル・アバディ首相率いる政府に対
して、極めて異なるアプローチを取っていくことになる。サウジアラビアは、スンニー派
をイラク政府に最大限取り込んでいくよう引き続き要求していくが、イランは、引き続き
シーア派武装組織及びその「イスラム国」との戦いへの支援を強めていくことになる。シ
リアについては、バシャール・アサド大統領の将来について正反対の立場をそれぞれ維持
していくのであって、それぞれの代理間の暴力の持合い状態が続くことになる。レバノン
及びバーレーンでは、緊張に満ち、かつ不安定な政治環境の中で、両国がそれぞれ反対側
を支持することになる。
サウジアラビアは、イランからの脅威に対して国際連携による対応を以て戦っていくよ
う正式に用意を整えつつある。カタールに圧力をかけて湾岸協力会議(GCC)の路線に戻
らせ、GCC からは共同の海軍及びテロ対策警察隊を作ることの合意を確保した。イラン
政府とサウジアラビア政府との間で直接紛争が起きる可能性は極めて低いが、代理戦争の
激化が今年 1 年を通して中東を不安定化させることになる。
イラン、サウジアラビアともにそれぞれの国内政治が両国間の緊張を高めていく。サウ
ジアラビアでは王位継承を巡る争いが進行しつつある。候補間、勢力間で外交上骨のある
ところを見せようとするので、外交上の突飛な行動がみられる可能性がある。イランでは、
エリートの多くが石油価格の低迷をイランに害を加えるためのサウジアラビアの陰謀だと
みなしており、サウジアラビアに対するより強硬な路線を支持する対サウジ強硬派が勢力
を伸ばし、その分ハサン・ロウハニ大統領の力が殺がれている。
最後に、イランの核開発計画を巡る交渉の活発化が緊張をあおることになる。対話は、
たぶん包括的合意に達することに失敗するだろう。もし米国政府がそれに対して新たに厳
しい制裁を科すれば、イラン政府は、より攻撃的な中東政策を取るようになり、それには
サウジアラビアに対するものも含まれることになる。もし外交過程の中で「長期的な暫定
合意」に落ち着き、対イラン制裁の緩和への期待が高まれば、サウジアラビアとしては危
険にさらされたと感じ、中東における自らの勢力圏を一層積極的に守ることになる。たと
え部分的な合意であっても、サウジ側は自分たちの安全保障に対する米国のコミットメン
トについて不安をさらに募らせることになる。包括的な合意が達成されるとは考えにくい
が、可能性はあり、そうなればサウジ側にとって最悪の悪夢が現実になるというわけだ。
サウジアラビアのリーダーたちは、そのような合意が米・イラン接近をもたらし、そのこ
とがサウジアラビアの安全保障を毀損し、イランを地政学的・経済的大国として台頭させ
ていくと考えている。そこでサウジアラビアは、イランが増長しないように自らの代理勢
力に対する支援を急速に増やしていくことになるのだ。
リスク 9.台湾・中国
2014 年 11 月の統一地方選における野党民進党(DPP)の与党国民党(KMT)に対す
る圧勝を受けて、2015 年には中台関係が急激に悪化することになる。
今年の台湾の政治家たちは、2016 年の総統選挙を控えてお互いを攻撃することにもっ
ぱら集中することになる。馬英九総統は、すでに死に体になっており、中国との間でどん
な形であれ通商の自由化に関する合意について進展がみられるとは期待していない。
もし中国が、台湾に対する経済的関与戦略が統一という最終目的に向けての進展につな
がらなかったと判断すれば、既存の貿易・投資に関する諸合意を巻き戻し、台湾に対する
発言を強硬化させるという、より敵対的なアプローチをとることが十分考えられる。そう
いう動きになれば台湾の住民の間に反感がかき立てられ、台湾の政局に一層の反本土的感
情が注入されることになる。
そのような事態の展開は、米中関係にも影響を及ぼすことになる。オバマ政権は、
2014 年の香港の時のように緊張関係から距離を置こうとするだろうが、共和党が支配す
る議会は、オバマ政権がより強硬な姿勢を取るよう圧力をかけることになるし、それを無
視するのは、オバマにとって難しいことになる。(それまでには大統領候補になっている
ヒラリー・クリントンのほうは言うまでもない。)米国が中台関係についてどのような発
言をしても、米中の政府間の反感及び不信感が急速に高まることになる。
中国政府は、より対立的なアプローチをとればその分 DPP 及びその総裁候補になる可能
性が高い蔡英文が 2016 年に勝利する可能性が高くなることをよく承知している。だが、
習政権は、香港の場合と同様に、台湾を外交政策上の課題ではなく国内政策上の核心的要
素の 1 つとみなしており、その分辛抱が効かないところがある。習はまた、中国が何をし
ようが 2016 年には DPP が勝利するのだから、本土側の決意が強いことを示す力強いサ
インを送ることが有益だと判断するかもしれない。台湾は、その自己防衛力を確保するこ
とについて米国がコミットしてはいるものの、米国の直接条約上の同盟国ではないため、
日本やフィリピンと比べてそのような圧力に弱いところがあるのだ。
リスク 10:トルコ
トルコが 2 年連続でこのリストに載った。石油価格の低下は、この国にとって明るいニ
ュースだが、うまくいっていることと言えるのはそれくらいだ。
高圧的な統治、近視眼的な政治判断、そして外交判断のミスがすべてトルコにとって不
利に働いている。国内では、エルドアンが(数多い)その政敵たちを徹底的に打ち負かす
ことを確実にするために 2014 年の選挙における勝利を利用する一方で、自らの権力掌握
を強化するために国内の政治システムを作り替えつつある。エルドアンが求める力を確保
する可能性は低いので、代わりにソフトな影響力に依存することを余儀なくされることに
なる。だが、これは、首相との争いの増大、政策の整合性の低下、そして政治の不確実性
の高まりを招くことになる。国民の多様性が分裂へと変わりつつあるのであって、それは、
政治、メディア、警察及び軍部、そして司法についても言えることだ。そして間違った方
に付くことがどんどん危なくなっている。
外交政策についてのエルドアンは、ほとんどあらゆる場合に間違った方に賭けてきた。
エジプトでムスリム同胞団を支持したことは、軍部がその政権を打倒し、エルドアンが望
むことに対して今や敵対的な安定的新政権を樹立したことによって、エルドアンの大損に
終わった。ハマス党を支持したら、昨年のガザ地区における争いでハマス党が孤立し、イ
スラエル政府が強化された。カタールを支持したら、サウジアラビアがカタールを湾岸協
力理事会(GCC)内で足並みを揃えさせた。ちょうどプーチンと仲良くなっているときに
ロシア政府が国際的なのけ者になり、ロシア経済が不況に陥っていった。彼が強く排除を
求めたシリアのアサド大統領は、米国にはもはや戦う余裕がなくなり、この先何年にもわ
たりその地位を維持して、トルコにとって面倒事を引き起こすことになる。そして NATO
におけるトルコの同盟諸国との関係がかつてないほど悪化している。
中東の不安定を考えると、友達選びを間違えていい時ではない。難民がトルコにラジカ
リズムを持ち込み、トルコの経済的困難を増幅している。政治改革、そして「イスラム国」
とエルドアンが戦うことを望んでいるクルド人との恒久的平和の可能性が小さくなりつつ
ある。そしてトルコの苦難もまた、ちょうど宗派間の戦いや代理戦争が増えつつあるこの
時期に、中東における政治空白を高めているのだ。
トルコは、破綻するにはあまりにも多くの強みを有している。すなわち、大きく、都会
化され、よく教育され、しかも増大しつつある人口、強力な財界・金融界、そして有能な
官僚組織だ。エルドアンは、強権的な傾向があるが、プーチンとは違う。だが、トルコの
厄介な政情が提起する諸問題は、なくなってくれない。
******
レッドへリング(リスクもどき)
アジアのナショナリズム
我々が言うところの「G ゼロの世界」におけるグローバルなリーダーシップの欠如は、
近年かなりの地政学的不安定化をもたらしている。だが、アジアでは、国家レベルのリー
ダーシップの方は逆の効果をもたらしている。アジアの主要国のうち 4 か国が(とりわけ
前任者と比べて)特に強力でカリスマ性及び人気のあるリーダーによって利益を受けてい
る。すなわち、中国の習近平、インドのナレンドラ・モディ、日本の安倍晋三、そしてイ
ンドネシアのジョコ・ウィドドまでもだ。4 人とも必要とされて久しかった包括的な国内
経済改革を優先し、少なくともこれまでのところはある程度成功を収めてきている。そし
て最も重要なこととして、いずれもが(たとえば金融危機に対する米国の対応やユーロ圏
危機に対する欧州の対応と違って)足元の危機に行動を余儀なくさせられることなく、こ
れらの政策を推進している。このことは、優先的な政策事項について課題が発生した場合
により柔軟な対応を可能にし、成功の可能性を高めている。あるいは、最低でも勢いが下
がっていくまでの間にかなりの前進を実現できることになる。
そういうわけで、アジアではナショナリズムに対する国内の支持が強いものの、主要な
リーダー4 人いずれもが外交上厄介なことは避け、域内の経済的結びつきを強化し(ある
いは少なくとも維持し)、安全保障関係について均衡を保とうとする強い動機を持ってい
る。南シナ海及び東シナ海における軍事的対峙、アルンチャルプラデシュ州におけるイン
ドの強硬姿勢(及び中国の懸念)、そして域内全体を通じての軍備強化の動きがメディア
の大きく取り上げるところになるのは間違いない。そして中国の強硬姿勢が変わることは
ない。だが、その中国も当面は西側とのしっかりした結びつきを持たない比較的小さな国、
特にベトナムに注力することになる可能性の方が高い。深刻な緊張は、もっと長期的な懸
念だ。少なくとも 2015 年は、対決を避けようという強い気持ちが働き、もし偶発的な事
故が起きた場合には冷静な対応へと直ちに向かうはずだ。
「イスラム国」
すでに述べたように、「イスラム国」は、中東における複数の国々にとって注目すべき
脅威となっており、その影響力は、今後とも広がっていく。だが、彼らが作ろうとしてい
る国家は、2015 年には存続可能ではなくなるし、直接支配下にある地域を増やすことも
できない。シリア及びイラクにおいては、統治されていない地域を征服し、スンニー派の
住民の間の反政府感情に乗じることによって拡大してきた。だが、両国においてさえも、
米国主導の有志連合、イラン、シーア派武装組織、そしてイラク政府の攻撃を受けて支配
地域が縮小することになる。シリアでは、アサドが引き続き権力を掌握することになる。
イラクでは、もし「イスラム国」がシーア派地域ないし両派の混住地域に乗り込んで来よ
うとすれば、たぶんイランの兵力がそれを排除することになる。イラクの政府は、そのま
まとどまり、石油生産が増加していく。ヨルダン、エジプト、サウジアラビア及びアラブ
首長国連邦などのより安定したスンニー派国家には、「イスラム国」が足がかりを作るの
を阻止できる有効な諜報組織、治安部隊及び国軍が存在する。国民が多様で国家が弱体な
レバノンでさえも、「イスラム国」は、既存の秩序を毀損するのに失敗する。というのも、
各宗派の政治リーダーたちは、お互いを嫌っていても、やはり深刻な国内紛争を避けるこ
とに依然として腐心しているからだ。「イスラム国」が消えてなくなることはないし、そ
の影響力は長く存続することになるが、2014 年の夏に見せた驚異的な軍事的成功を再現
したり長きにわたって存続する国家を形成したりすることはない。
石油国家
石油価格が世界中で急激に下がったことは、2015 年にはいくつかの強権主義的な産油
国においてその地政学的実力及び場合によっては国内的安定が急速に揺らいでいくことに
なるという予想を生んでいる。だが、そうはならないだろう。第 1 に、サウジアラビア及
びその同盟国である主要湾岸アラブ諸国は、米国における石油生産増加の減速を維持しつ
つも多少の価格回復を可能にするように、第 1 四半期には引き続き生産を抑制する可能性
が高い。だが、たとえ石油市場の「氾濫」シナリオが目いっぱい実現することになったと
しても、これら産油国が蓄積してきた膨大な準備金が、短期的には自由にふるまうことを
可能にするだろう。より小さな湾岸アラブ産油国は、予算均衡の価格ポイントがより低く、
人口 1 人当たりの準備金ももっとあるので、一層立場が強い。というわけで、ロシアがウ
クライナに対する今の方針及び準備金をともに維持する余地、サウジアラビア及びその同
盟国がエジプトのような他の強権主義的政権やリビアの内争における非イスラム主義側を
支援する余地は、そう近いうちに損なわれることはない。ベネズエラは、唯一の大きな例
外だ。というのも、不安定化とデフォルトという極めて現実的な差し迫っている脅威に直
面しているからだ。大量の準備金を有しない他の産油国、特筆すべきところではナイジェ
リア、ブラジル及びコロンビアでは、政治がより困難になり、石油生産による収入の減少
に対応していくことも同じように難しくなる。だが、この 3 か国で、国内の政治ないし社
会の不安定化が現実のリスクになることはない。
メキシコ
ここのところエンリケ・ペニャニエト大統領にとって苦しい日々が続いている。彼は、
夫人及び財務大臣に対する金銭的な不始末の嫌疑をはねのけないといけなかった。また、
政府は、進行中の麻薬戦争を巡る治安を改善するという約束を果たせないでおり、地方の
市長が麻薬ギャングのリーダーに引き渡した大学生 43 名の殺害を巡っての大衆の怒りも
残っている。経済成長は、弱い。では、ペニャニエトへの期待は過剰だったのだろうか。
私たちは、そうは思わない。彼が成功を収められるのは経済改革を通じてしかありえな
いし、彼にはそれを実現できるだけの支持も決意もある。国内政治上は、ペニャニエトの
弱さが民主革命党(PRD)ではなく、主として中道右派の国民行動党(PAN)を利してい
るが、後者は、総じて大統領の改革方針を支持している。さらに、今年にかかっている電
気通信及びエネルギー部門の改革は、経済にとって最も重要だ。いずれも生産性及び競争
力にとても大きなインパクトをもたらし、米国からの大規模な投資を呼び込むことになる。
昨年の選挙改革及び税制改革は、象徴的、漸進的・長期的な進展をもたらすものだったが、
それらより今回の改革はペニャニエト大統領にとってもっと大きな意味を持つ。それに米
国の経済回復、対米貿易、外国からの投資、そして観光産業の改善をあわせ考えると、米
国の南の隣国にとってそれなりに明るい年になるはずだ。
イアン・ブレマー、クリフ・カプチャン