米国で財政推計手法が争点化~ついに導入される

みずほインサイト
米 州
2015 年 1 月 15 日
米国で財政推計手法が争点化
欧米調査部
ついに導入されるダイナミックスコアリング
03-3591-1307
部長
安井明彦
[email protected]
○ 米国で財政推計手法が争点になっている。2015年1月に米下院は、税制変更等の財政負担を推計す
る際に、経済成長を通じた財政へのフィードバック効果を織り込む手法の導入を決めた
○ ダイナミックスコアリングと呼ばれるこの手法には、より現実に近い財政推計を可能にするとの期
待がある一方で、推計結果が前提条件に左右されやすい等、実際の利用には技術的な難しさがある
○ 今回の導入には、減税を進めやすくしようとする共和党の意向が働いていると言われ、今後議論が
予想される法人税制改革への影響が当面の焦点となる
1.ダイナミックスコアリングが公式推計に昇格
米国で財政推計手法が争点になっている。米下院は2015年1月6日に新たな議会規則を採択し、税制
変更等の財政負担を推計する際に、政策変更がマクロ経済に与える影響からのフィードバック効果を
織り込む手法の導入を決めた1。
ダイナミックスコアリングと呼ばれるこの手法には、より現実に近い財政推計を可能にするとの期
待がある。米議会が法案を審議する際には、その財政に与える影響が議会の付属機関によって試算さ
れる。しかし、現在の推計では、法律の変更によって財政が受ける影響が、全て織り込まれるわけで
はない。例えば減税を実施した場合、一義的に税収は減少するが、減税によって成長率が高まれば、
それによって税収が増加する可能性が指摘できる。現在の財政推計手法では、そうしたマクロ経済へ
の影響を通じた二次的なフィードバック効果が計算されておらず、増収の可能性が排除される分だけ
財政負担が大きく出やすい。
今回の議会規則では、財政推計を担当する議会予算局(CBO、歳出に関する推計を担当)と税制
合同委員会(JCT、歳入に関する推計を担当)に、財政推計へのダイナミックスコアリングの利用
を義務付けている。今後、下院が税制変更や義務的経費2の改革を伴う法案を審議する際には、マクロ
経済への影響を通じたフィードバック効果を勘案した財政推計が利用されることになる。
ダイナミックスコアリングの導入は、長年の議論の結果である。米国では、1990年代からダイナミ
ックスコアリング導入の是非が議論されてきた3。一部の法案については、従来手法による推計と並行
して、ダイナミックスコアリングによる推計が参考資料として発表されるようにもなっていた。今回
の議会規則によって、ついにダイナミックスコアリングは公式な推計手法に昇格したことになる。
1
2.残る技術的な難しさ
もっとも、ダイナミックスコアリングを公式な推計とするに当たっては、二つの技術的な難しさが
残されている。
第一の難しさは、モデルや前提条件によって推計結果に大きな差が生じることである。より現実に
近い推計を目指す筈のダイナミックスコアリングだが、その推計結果には幅があるのが現実だ。
モデルや前提条件による差は、無視できない大きさになり得る。JCTが行った2003年の大型減税
に関するダイナミックスコアリングを用いた推計では、フィードバック効果による増収が減税額の
2.6%~23.4%の幅で示されていた(図表1)4。CBOが個人所得税率を10%引き下げた場合を想定し
て行った同様の推計でも、フィードバック効果による増収は減税額の1%から22%の間に分散している
(図表2)5。
注目すべきは、今回の議会規則によって、今後はダイナミックスコアリングによる一つの推計結果
のみが提示される可能性があることだ。これまで参考資料としてダイナミックスコアリングによる推
計が用いられてきた際には、異なったモデル・前提条件による複数の推計結果が示されてきた。しか
し、公式推計として用いられるとなれば、今後は数ある推計結果の中から一つの数値だけが選ばれる
ことになりかねない。
前提条件の重要さは、ダイナミックスコアリングが抱える二つ目の難しさにつながる。推計機関の
中立性に、疑問符がつきかねないことだ。推計に必要とされる前提条件には、税制変更で生じた財政
赤字の補填方法や、税制変更によって経済成長率が変わったことへの金融政策の対応等、推計時点で
は決定が下されていない将来の政策判断が含まれ得る。ダイナミックスコアリングでは、そうした前
提条件を政策決定の当事者ではない推計機関が、主観的に決めなければならない。前提条件によって
政策の財政負担が大きく変わり得る以上、推計機関の選択に対して政治的なバイアスが指摘されても
不思議ではない。
図表 1 2003 年減税の増収効果
(推計による違い)
25
図表 2
(%)
25
20
20
15
15
10
10
5
5
0
0
推計1
推計2
推計3
推計4
推計5
(注)減税額に対するフィードバック効果による増収の比率。
実施後 11 年間の累計。
左から引用資料に紹介された順番に表示。
(資料)Joint Committee on Taxation(2003)により作成。
所得税率 10%引き下げの増収効果
(推計による違い)
(%)
推計1 推計2 推計3 推計4 推計5 推計6 推計7 推計8 推計9
(注)減税額に対するフィードバック効果による増収の比率。
実施後 5 年間の累計。
左から引用資料に紹介された順番に表示。
(資料)Dennis et al(2004)により作成。
2
3.当面の焦点は法人税制改革への影響
米議会が上述のような難点を抱えたままでダイナミックスコアリングの公式推計への昇格を決めた
のは、新たに上下両院の多数党となった共和党が、同党の持論である減税を進めやすくしようとした
からだと見られている。ダイナミックスコアリングを利用すれば、減税が財政に与えるコストが従来
よりも小さく推計される可能性があり、健全財政との整合性を主張しやすくなるからだ。そのためオ
バマ政権・民主党は、
「財政推計にバイアスを与える」として、今回の議会規則に強く反発している6。
財政推計手法という技術的な論点が、政治的な争点となっている状況である。
特に問題視されているのは、ダイナミックスコアリングが一部の政策変更のみに適用される点であ
る。今回の議会規則でダイナミックスコアリングが適用されるのは、主要な税制変更と義務的経費の
改革に限られる7。民主党が重視する公共投資や教育への投資等は裁量的経費に属する場合が多く、た
とえ経済成長率を押し上げる効果があったとしても、そのフィードバック効果は推計に含まれない。
こうした非対称な取り扱いが、
「減税を進めやすくしようとする規則」との批判を勢いづかせている。
当面の焦点は、これから議論が進められる法人税制改革への影響だ。法人税制改革は、共和党議会
とオバマ大統領が、いずれも超党派での実現を謳っている政策分野である。最高税率の引き下げ(減
収)を租税特別措置の整理(増収)と組み合わせ、それによって財政負担を抑えようとする点で、両
者の立場は一致する。
ダイナミックスコアリングの利用は、法人税制改革を進めやすくする側面がある。法人税制改革に
とっての政治的な難関は、様々な利害関係が絡む租税特別措置の整理である。最高税率の引き下げ等
によるフィードバック効果が増収として計上できれば、それだけ減収を埋め合わせるために必要な租
税特別措置の規模は小さくなる。
改革の追い風となる度合いは、選ばれる推計結果次第だ。今後の議論のたたき台と目される税制改
革案に、2014年に共和党のキャンプ下院議員が発表した改革案(キャンプ案)がある。キャンプ案は
法人・所得税の双方を対象にした包括的な改革案であり、AMT(代替ミニマム税)の廃止(10年間
で約1.4兆ドルの減収)、法人税率の引き下げ(同約7,000億ドル)、所得税率の引き下げ(同約5,000
億ドル)といった減税項目による減収を、租税特別措置の整理等による増収で埋め合わせる構成とな
っている。この改革案に関するダイナミックスコアリングを利用した推計では、フィードバック効果
による増収が10年間で500~7,000億ドルとされていた8。言い換えれば、最も大きなフィードバック効
果を見込んだ場合には、法人税率の引き下げ(最高税率を35%から25%へ引き下げ)による減収とほ
ぼ同じ規模の増収が計上でき、それに相当する規模の租税特別措置の整理を見送ることが可能になる。
一方、最小限の効果しか見込まなかった場合には、ダイナミックスコアリングの恩恵はそれほど大き
くない(図表3)。
最後に、ダイナミックスコアリングの公式推計への昇格が、共和党とオバマ大統領・民主党の対立
点になっている点には注意が必要である。追い風になるはずのダイナミックスコアリングが、財政推
計の正しさを巡る入り口論での政治的な対立を通じ、法人税制改革の障害になる展開もあり得よう。
3
図表 3 税制改革(キ
税
キャンプ案)が税収に与
与える影響
廃止
AMT廃
個別項目につ
ついての
従来手法によ
よる推計
法人税率引き下げ
所得税率引き下げ
フィードバック(大)
改革案全体
体についての
フィードバ
バック効果
フィードバック(小)
▲ 20,000 ▲ 15,000 ▲ 10
0,000 ▲ 5,000
0
0
5,000
10,,000
15,000
0
(億ドル)
(注
注)Tax Refom Act
A of 2014(ド
ドラフト)に関する試算。
実施後 10 年間の累計。
年
AMT:代替ミ
ミニマム税。
(資
資料)Joint Com
mmittee on Taxxation(2014a)
り作成。
(2014b)により
1
Adopting Rules for thhe One Hundre
ed Fourteenthh Congress(H
H.Res.5)
義務的経費
費は、年金・医
医療保険等、制
制度改正が無い
い限り、既存の
の制度に従って
て毎年度の歳出
出額が自動的に
に決定される
経費。これ
れに対して、毎
毎年度の立法に
によって歳出額
額を決定する必
必要がある経費
費は、裁量的経
経費と呼ばれる
る。
3
The Commiittee for a Responsible
R
Federal
F
Budgeet(2012), Understanding
U
g Dynamic Scooring, May 31
1. 過去の議
論の例とし
しては、安井明
明彦「減税によ
よる増収効果を
を巡る議論」
(み
みずほ総合研究
究所『みずほ US リサーチ』2003 年 2 月
7 日)等。
4
Joint Commmittee on Taxxation (2003
3), Estimateed Revenue Ef
ffects of a Ch
hairman's Ameendment in th
he Nature of
a Substituute to H.R. 2,
2 the “Jobs
s And Growth TTax Act Of 20
003, ” Sched
duled for Marrkup by the Committee
C
on
Ways and MMeans on May 6, May 05
5
Dennis, RRobert, Dougllas Hamilton, Robert Arnoold, Ufuk Dem
miroglu, Trac
cy Foertsch, Mark Lasky, Shinichi
Nishiyama,, Larry Ozanne, John Peterson, Frank Ruussek, John St
turrock, and David
D
Weiner (2004), Ma
acroeconomic
Analysis oof a 10 Perceent Cut in In
ncome Tax Rattes, Congressional Budget Office, Mayy
6
Donovan, Shaun(2015), “Dynamic
c Scoring” iis Not the An
nswer, White House Blogs,, January 6. もっとも財
政推計にお
おいては、推計
計手法の是非は
はもとより、推
推計の前提等に
に関する透明性
性を意識するこ
ことが重要であ
ある。財政推
計では、ど
どのような手法
法を用いるにし
しても、何らか
かのバイアスが
が生じるのは避
避けられない。 また、そもそ
そも財政推計
は、現実に
に近い数値を予
予測するという
うよりも、議論
論の土台となる
る数値を設定す
する点に意義が
がある。安井明
明彦「米国で
党派対立の
の舞台となる財
財政推計手法の
の見直し」(東京
京財団『アメリカ NOW』201
13 年 7 月 18 日
日)。
7
税制変更・
・義務的経費の
の改革について
ても、ダイナミ
ミックスコアリ
リングの対象と
となるのは、財
財政に与える影
影響が GDP の
0.25%以上
上、もしくは、予算委員会委
委員長(義務的
的経費の場合)
、税制合同委員
、
員会委員長・副
副委員長(税制
制の場合)が
必要と認め
めた法案に限ら
られる。
8
Joint Commmittee on Taxation (2014a), Macroecconomic Analy
ysis of the “Tax Reform Act of 2014”
”, February
26. 従来の
の手法による財
財政推計は、Jo
oint Committeee on Taxation
n (2014b), Estimated Revvenue Effect of
o the “Tax
Reform Actt of 2014”, February 26
2
4