米オバマ政権が富裕層増税を提案~複雑になった法人税制改革実現へ

みずほインサイト
米 州
2015 年 1 月 20 日
米オバマ政権が富裕層増税を提案
欧米調査部
複雑になった法人税制改革実現への道のり
03-3591-1307
部長
安井明彦
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○ 米国のオバマ政権が、富裕層増税を含む税制改革を目指す方針を明らかにした。キャピタルゲイン
税の増税等を実施し、その税収増を中低所得層向けの減税等に充てる内容だ
○ 富裕層増税等を通じた財政の所得再配分機能の強化は、就任以来のオバマ政権の方針である。2014
年の議会中間選挙での敗北を経ても、そうしたオバマ政権のスタンスは変わらなかった
○ 今回の提案には共和党の反発が予想され、そのまま成立する可能性は極めて低い。より注目すべき
は、超党派での合意が期待されてきた法人税制改革実現への道のりが複雑になったことである
1.富裕層増税を含む税制改革を提案
2015年1月17日、米国のオバマ政権が、富裕層増税を含む税制改革を目指す方針を明らかにした。オ
バマ大統領は、1月20日に予定される一般教書演説に改革実現の意向を盛り込んだ上で、2月2日に発表
される予定の2016年度予算教書において、より詳細な提案内容を明らかにする模様である。
オバマ政権が用意している税制改革案は、富裕層及び金融機関に対して増税を行い、それらによる
増収の一部を減税等によって中低所得層に還元する内容である(図表1)。
増税は二つの項目に大別できる。第一に、キャピタルゲイン税を通じた富裕層増税であり、最高税
率の引き上げと富裕層の相続に関する増税が検討されている。第二は、いわゆる金融機関税であり、
資産が500億ドルを超える金融機関に、債務の0.07%に相当する「Fee(料金)」を課す提案である。
図表 1
オバマ政権の提案
(億ドル)
増税
減税等
キャピタルゲイン税
2,100 所得税(中低所得層対象)
金融機関税
1,100 学費補助
3,200
1,750
600
2,350
(注)規模は 10 年間の累計。
報道ベースであり、今後、他の提案が加わる可能性がある。
(資料)各種報道により作成。
1
これらの増税を原資として実施する中低所得層向けの政策も、二つに大別できる。第一は所得税減
税であり、共働きや育児を支援する優遇税制の新設・拡充等が提案されている。第二は、厳密には税
制改革ではないが、中低所得層の学費補助である。オバマ政権はコミュニティ・カレッジの無償化を
提案しており、そのために必要となる費用を一連の税制改革によって賄う方針である。
両者を併せた財政への影響は、これまで明らかにされている限りにおいては、財政赤字を減らす方
向にある。実施後10年間の財政への影響は、富裕層増税等による増収が3,200億ドルであるのに対し、
中低所得層向けの減税等が2,350億ドルとされている。もっとも、収支への影響に関しては、これから
発表される予算教書の中で、コミュニティ・カレッジ無償化のように、一連の増税を原資とした更な
る歳出拡大策等が提案される可能性が残されている。
2.変わらないスタンス
今回の税制改革案は、2014年の議会中間選挙での敗北を経ても、税制に関するオバマ政権のスタン
スが変わっていないことを示している。
富裕層増税等を通じた財政の所得再配分機能の強化は、オバマ政権の一貫した方針である。図表2
は、オバマ政権がこれまでの予算教書で提案してきた税制改革案の影響を、所得階層別に示している。
中低所得層向けには毎回減税が提案されているが、所得階層が高くなるに連れて提案される減税の規
模は小さくなっており、富裕層では増税とされている場合が多い。特に所得上位1%の家計については、
増減税ゼロとされた2010年度の予算教書を除き、増税の提案が繰り返されてきた。
図表 2
オバマ政権の税制改革案による所得階層別増税規模
(%)
10
2010年度
8
11
12
6
13
4
14
15
2
0
▲2
▲4
▲6
~20
20~40
40~60
60~80
80~100
99~100
(%)
(注)税制改革が実現した場合の増税率(マイナスは減税)。
X 軸は所得階層(低い方がゼロ)
。
2012、13 年度は主要な所得税・法人税に関する提案。その他は主要な所得税に関する提案。
2011~13 年度は現行政策ベースライン、その他は現行法ベースライン。
(資料)Tax Policy Center 資料により作成。
2
もっとも、度重なる提案があったとはいえ、オバマ政権下で所得再配分機能の強化が劇的に進んだ
わけではない。オバマ政権の提案に対しては、富裕層増税を中心に議会共和党の反対が根強く、完全
な形での実現は難しかったからだ。税制を通じた格差の引き下げ効果は、ブッシュ減税の部分失効に
よる富裕層への実質増税等によって、ブッシュ政権当時よりは高まったものの、クリントン政権当時
と同程度に止まっている(図表3)1。
3.複雑になった法人税制改革への道のり
富裕層増税に対する共和党の反発を考えれば、今回の提案がそのままの形で成立する可能性は極め
て低い。むしろ注目すべきは、法人税制改革への影響である。中間選挙後の米国では、超党派で議論
が進められる政策分野として、法人税制改革が有力視されてきた。オバマ政権による税制改革案の発
表は、二つの点で法人税制改革の実現に至る道のりを複雑にしたと考えられる。
第一に、オバマ政権が所得税制の改革にこだわる姿勢を示したために、目指す税制改革のフィール
ドが広がりかねないことである。法人税制の改革については、最高税率の引き下げや租税特別措置の
整理による税制の簡素化等、その基本原則において超党派の合意がある。しかし、所得税制の改革に
ついては、富裕層増税の是非等を巡る党派間の意見の違いが大きい。法人税制改革を単独で目指した
場合と比較すると、両者を併せた改革の難易度は格段に高い。
第二に、改革の方向性だ。仮に所得税制改革を法人税制改革と併せて行うとなった場合、超党派で
目指しやすい基本原則は、租税特別措置の整理を通じた税制の簡素化である。ところが今回のオバマ
政権の提案は、共働き世帯への新たな優遇税制を設ける等、必ずしも簡素化の流れに沿っていない面
が指摘されている。
図表 3
税制による格差是正効果
クリントン税制
ブッシュ税制
オバマ税制
5.0
5.5
6.0
6.5
(%)
(注)2013 年にそれぞれの政権時の税制が適用された場合のジニ係数引き下げ率。
(資料)Burman(2014)により作成。
3
このよう
うに、オバマ
マ政権による
る税制改革案
案の発表によって、法人税制改革の実
実現に向けた
た道のりは
複雑になっ
った。2014年
年の議会中間
間選挙では民 主党が大敗しており、オバマ政権が
オ
が残り2年の任
任期で何ら
かの実績を
を残すことを
を重視するの
のであれば、 共和党寄りにスタンスを修正する選
選択肢があっ
った筈であ
る。しかし
し、少なくと
ともオバマ政
政権の最初の
の一手は、発
発足以来のスタンスにこだ
だわることに
になりそう
だ。どのよ
ような改革に
になるにせよ
よ、これから
ら実際に改革
革を実現に近づけていくた
ためには、ま
まずは目指
す改革のフ
フィールドを
を特定し、超
超党派で納得
得できる共通
通の原則を見出すことが助
助けになろう。
1
Burman, LLen(2014), Hoow Progressiv
ve is Obama’ s Tax Policy
y?, Tax Polic
cy Center, Juuly 23
4