A Tribute to Dr. Masaya SATO 佐藤方哉先生を偲んで

A Tribute to Dr. Masaya SATO
佐藤方哉先生を偲んで
中村道子 Michiko NAKAMURA
(駒澤大学 Komazawa University)
“随伴性とは縁である”
(佐藤,1990)
。佐藤先生との出会いもまさに“縁”でした。
偶然にも佐藤先生の心理学基礎文献研究に配属された私は、そこで初めて行動分析学と出会
いました。内的構成概念を用いず、原因を環境に求めることにより有機体の行動を理解すると
いう視点に強い衝撃を受け、行動分析学に惹かれていきました。この“縁”が無ければ今の私
はないといえる程の運命的な出来事だったと心から思います。
佐藤先生との帝京大学での思い出はたくさんあるのですが、特に先生らしい2つのエピソー
ドを紹介したいと思います。1つ目は、ゼミの学期末打ち上げでの出来事です。帝京大学の麓
にある多摩ビールで佐藤先生のお好きだったヴァイツェン(Weizen)を飲みながら趣味の話
をしていた時に、あるゼミ生が「趣味はフットサルです」と話したところ、佐藤先生の顔色が
パッと変わり「フットサルとはどんなスポーツなの?セパタクローと何が違うの?」と目を輝
かせながらフットサルについて矢継ぎ早に質問されました。私たちが笑いながら「佐藤先生に
も知らないことがあるのですね」と言うと、
「私にはまだ知らないことがたくさんありますよ。
だから、自分が知らないことを知ることが本当に楽しい」とおっしゃり、
“自分はまだ学徒で
ある”とご自身を表現する佐藤先生の向学心の強さに驚かされました。2つ目は、私と佐藤先
生の二人で電車に乗っていた時の事です。勿論、佐藤先生の知的好奇心は車内でも発揮され、
「今はこの本(心理学史に関する洋本)を読んでいるから話しかけないで」と、ご自身の興味
のあることに没頭されるお姿は、今でも“佐藤先生らしさ”の原点であります。
そしてその後も、心理学特殊実験演習と卒業論文を佐藤先生に師事しました。卒業論文の指
導においては、
「この研究計画で特に問題は無いと思うから、悩んでないで早く実験をしてデ
ータを持ってきなさい。そこからまた考えればいい」と Data-based の研究指導でした。「デー
タの整理が出来ました」と面接希望のメールをすれば、帝京大学だけでなく佐藤先生のいらっ
しゃる全ての所で面接をしてくださり、大変熱心にご指導くださいました。また大学院への進
学について悩んでいた時も、佐藤先生の計らいで他大学のゼミを見学できるチャンスを作って
下さり、学生の学びたいという想いを応援してくださいました。
大学院に進学してからも、美味しいレストランや旅行など学問以外の様々なお話をさせてい
ただきました。多くの方とワイワイ語らうことが大好きな佐藤先生は、帝京大学心理学科の卒
業生ならびに帝京大学に勤務されておられた先生方との食事会や駒澤大学の院生の集まりに来
て下さるなど、気さくなお人柄に感銘を受けました。
2010 年春に「Verbal Behavior の講読会を行うので中村さんも一緒にどうですか?」とお誘
いいただき、5月には佐藤先生の元に有志が集い“Verbal Behavior 講読会”が星槎大学の学
長室からスタートしました。その後も、2週に1度のペースで定期的に講読会を実施しており、
2章の途中まで進んだ所で痛ましいあの事故が起こったのでした。次回の講読会が 8 月 27 日
に予定されておりましたので、まさかこのような形で佐藤先生とお別れすることになるとは思
ってもいませんでした。
わずか 16 ページで Verbal Behavior を閉じられた佐藤先生。まだまだ読み足りなかったに
違いありません。しかし、知的好奇心の塊のような佐藤先生のことですから、天国でスキナー
先生と再会され、短い挨拶を交わされた後すぐに 16 ページを開き、講読会を続けていること
でしょう。赤ワインを飲みながら……。
多くの縁を残して下さった佐藤先生。先生の意志を引き継ぎ、私たちはこれからも佐藤峠
(注 1)を登っていきます。
図1 佐藤先生亡き後、有志と共に八王子セミナーハウスで Verbal Behavior 講読合宿を行っ
た際に見つけた碑石(注 1)
。まだ我々は“峠口”のようです。
引用文献
佐藤方哉(1991)
.自覚せざる仏教徒としてのスキナー ─随伴性とは縁である─ 行動分析
学研究,5,107.
注 1)佐藤峠口は石碑は、八王子セミナーハウス開館 7 周年記念式典の際に、セミナーハウスより後援会長の
佐藤喜一郎氏に贈呈したものであるが、我々にとっては佐藤方哉先生と共に歩む峠のように感じられた。