M NEXT 情報ディファレンスによる差別化-情報のマーケティング 構 成 1. 「マス広告が効かない」-プロモーションの経済原則 2. 「売れない広告」と「売れる情報」 3. 情報による差別化の可能性 4. 公共的情報とフリーライダー問題 5. 競争相手と消費者のフリーライダー戦略 6. 情報の生産とネットコミュニティによる情報提供 7. 情報的プロモーション戦略採用の市場競争条件 8. 情報ディファレンスによる差別化戦略の成功の鍵と原則 9. 補論-お茶飲料市場のゲーム論的考察 4.公共的情報とフリーライダー問題 有力サイトの分析でみたように、消費者が必要とする情報が社会的に過少となるのはな ぜだろうか。企業がその重要性に気づいていないこともあるが、より本質的な問題は、供 給できない制度や仕組みが存在していると考える方が自然だろう。企業の相互依存的競争 によって生まれる「フリーライダー(ただ乗り)」である。この問題は「広告の外部効果」 14 として分析されてきた。情報の非対称性がある市場では「フリーライダー」 、 「逆選択」や 「モラルハザード」などが生じることが知られている 15。簡単な経済分析を試みてみる。 単一の消費者と単一の製品を想定し、 p を価格と外生的に与えられるとする。 m を製品 一単位から購入することによって得られる効用とする。消費者の効用関数は、消費者が製 品を購入すれば u = m − p であり、購入しなければ u = 0 である 16。 ふたつの企業が競争し、同じ製品を同じ価格で販売しているものとする。生産費用はゼ ロとし、消費者に情報を提供するための宣伝広告費用 A がかかるものとする。消費者は、 1、 2 の情報を受け取るものとする。もし、消費者がひ 企業からの情報提供に応じて、 0、 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 1 M NEXT とつの情報しか受け取らなかったらその情報を得た企業から製品を購入する。ひとつも受 け取らなかったら製品を購入しない。もし、消費者がふたつの情報を受け取ったら、取引 を二分し、両企業に p / 2 を支払うものとする。企業 i = 1, 2 の利潤は以下のようになる。 p− A p − A πi = 2 −A 0 仮にテレビや店頭などのメディアを通じて、情報を提供したとすると、それがすべての 消費者には提供できないことは明らかである。そこで、消費者が様々なメディアによって 情報を受け取る確率、情報到達率を δ 、 0 < δ < 1 とする。このことから企業の期待利潤は 以下のようになる。 δ (2 − δ ) 2 p −A δ (1 − δ )( p − A) + δ ( 2 − A) − (1 − δ ) A = p 2 Eπ i = δ ( p − A) − (1 − δ ) A = δ p − A 0 上段の式は、2社が情報提供した際の期待利潤、中段は1社の際の期待利潤、下段は情 報提供しなかった際の利潤である。この期待利潤関数のもとで、期待利潤がゼロでない ( Eπ i ≥ 0) という「弱い条件」を置き、与えられた価格条件のもとで、 p ≤ m とすると次の 命題が得られる。 命題 すくなくともひとつの企業が広告をする条件は、 2社が広告をする条件は、 p 1 ≥ である。 A δ p 2 ≥ である。 A δ (2 − δ ) さらに、社会厚生の分析を試みる。第一に、2社がともに情報を提供している場合、少 なくとも1社が販売できる可能性は、 2δ (1 − δ ) + δ = δ (2 − δ ) である。従って、消費者が 2 得る情報の数(=販売数)と効用と広告の費用によって得られる社会厚生関数は以下のよ うになる。上段は2個(=2社)の情報を得る場合、中段は1個(=1社)の情報を得る 場合、下段は0個(=0社)の情報を得る場合を表している。 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 2 M NEXT δ (2 − δ )m − 2 A EW = δm− A 0 ここで p < m が前提とされているので企業が消費者余剰を取り込めず、社会最適ではな い情報提供になっていることが推定される。このときの条件を探るために、 p = m 、すな わち、両社が情報提供を行い企業がすべての消費者余剰を取り込むとすると、「2社が情報 を提供したときの社会厚生が、1社のみが情報提供したときの社会厚生よりも大きい」こ とが、 δ (2 − δ ) p − 2 A > δ p − A という不等式より導かれる。 m p 1 = > A A δ (1 − δ ) さらに、2社が情報提供する条件は上記の命題で与えられている。 m p 2 = > A A δ (2 − δ ) すなわち、 2 p 1 < < δ (2 − δ ) A δ (1 − δ ) の領域で、情報提供が適切に行われないことになる(市場の失敗)。これは企業が消費者余 剰を十分に取り込めないので ( p > m) 、2社の情報提供による社会厚生が最適となる条件を 満たさなくても2社が情報提供できる条件があるからである。 これらの分析は、企業の広告宣伝などによる情報提供は、価格に対する相対的な宣伝広 告コスト ( p / A) と情報到達率(消費者の情報を得る確率) (δ ) に依存しているということ を示している。ここで確認できることは、 ( p / A) - (δ ) の座標平面において、それぞれの 領域によって、社会的に提供される情報が異なるということである(図表6)。命題として まとめれば以下のようになる。 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 3 M NEXT 命題 p 1 < の(A)の領域、すなわち、消費者の情報を得る確率が低く、価格に対する相対 A δ ① 的な宣伝広告コストが高い条件のもとでは、企業は情報提供をしない。 ② p 1 ≥ の(B+C+D)領域では、1社が情報提供する可能性をもっている。 A δ ③ p 2 ≥ の(C+D)領域、すなわち、消費者の情報を得る確率は相対的に高く、 A δ (2 − δ ) 価格に対する相対的な宣伝広告コストが相対的に低い条件下では2社が情報提供する 可能性を持っている。 2 p 1 < < の(C)領域では2社が情報提供する条件があり、社会最適の δ (2 − δ ) A δ (1 − δ ) ④ 条件を満たしていないので過剰な情報提供がなされることになる。 p 1 ≥ の(D)領域において、社会的に最適な情報提供がなされる。 A δ (1 − δ ) ⑤ 図表6 企業の情報提供の市場条件 1社のみの情報提供 p A 2社の情報提供 市場の失敗 (B) (C) 社会的最適 (D) 1 δ (1 − δ ) 2 δ (2 − δ ) 1 δ 情報提供なし (A) 1 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 4 δ M NEXT このモデルでは、一定の条件のもとでは企業が情報提供しない領域が存在することが確 認できる。他方で、社会最適ではないという意味で過剰な情報提供が行われる可能性があ ることを示している。これは、ブランド名連呼型の説得型プロモーションの「洪水」の印 象と経験的に一致するものであるが、他方で、製品サービスの選択や使用に不可欠な情報 の過少な印象とは釣り合わない。 2社が情報提供によって競争を行う場合、どのような状況で、消費者への情報提供が行 われるのかを分析するために、このモデルを2社による情報提供ゲームとして拡張し、企 業のプロモーション戦略はどのように均衡するかを分析する。さらに、消費者が情報の「フ リーライダー」となるより現実的なケースを想定する。フリーライダーとは、特定企業が コストをかけて消費者に提供した情報を消費者が他社製品の購入に利用するような場合で ある。検証したい課題は、消費者がフリーライダーとして情報を利用した際に、企業が「囚 人のジレンマゲーム」17 に陥り、「情報供給をしない」で均衡する条件、すなわち消費者に 対して情報が提供されない可能性を探ることである。 先のモデルを修正して、企業が情報提供した場合、消費者が一定の比率 (γ ) で、 i 社の情 報を利用して、 j 社の製品を購入するものとする(フリーライド)。さらに、分析の便宜上、 情報効果の変数 ( K ) (ただし、 P = KA, K = P )を導入する。この際、2社の情報到達率 δ A に応じて、次のように期待利得 ( Eπ ) を設定する。 1 1 1 1 2 1 2 2 δ ( K − 1) + δ (1 − δ )[( 2 + γ ) K − 1] + (1 − δ )δ [( 2 − γ ) K − 1] − 2 (1 − δ ) = δ K + [ 2 δ − δ − 2 ] 1 1 1 1 1 δ [( + γ ) K − 1] − (1 − δ ) = ( + γ )δ K + [ − δ − ] 2 2 2 2 2 Eπ i = 1 1 1 1 1 δ ( − γ ) K + (1 − δ ) = ( − γ )δ K + [ − δ + ] 2 2 2 2 2 1 2 さらに、この非協力2人ゲームは図表7のような標準形として表現できる。 この2社によるゲームは、フリーライド比率、情報到達率、情報効果によって、2社の 戦略(「情報提供する」か、「情報提供しない」か)が均衡する。この際、2社が<情報提 供しない、情報提供しない>で均衡となるのはどのような条件であろうか。それはよく知 られているように、両社にとって「情報提供しない」が支配戦略となる「囚人のジレンマ」 と呼ばれる場合である。この「囚人のジレンマ」が成立する条件は、以下のとおりである。 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 5 M NEXT 図表7 フリーライドがある場合の情報提供 Firm 2 Advertise Not Advertise Firm 1 1 2 1 1 1 ( + γ )δ K + [− δ − ] 2 2 2 1 2 δ K +[ δ2 −δ − ] Advertise 1 2 1 2 δ K +[ δ 2 −δ − ] 1 1 1 ( − γ )δ K + [− δ + ] 2 2 2 1 1 1 ( − γ )δ K + [− δ + ] 2 2 2 1 2 Not Advertise 1 1 1 ( + γ )δ K + [− δ − ] 2 2 2 1 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 ( − γ )δ K + [− δ + ] > δ K + [ δ 2 − δ − ] > > ( + γ )δ K + [− δ − ] 2 2 2 2 2 2 2 2 2 これを整理すると、 1 1 (− δ 2 + δ + 1) 1 2 2 > δ K > − δ 2 + δ +1 1 2 ( +γ ) 2 となる。この時、 K が存在するための必要十分条件は以下のとおりである。 1 1 (− δ 2 + δ + 1) 1 1 1 1 2 2 > − δ 2 + δ + 1 ⇒ 0 < − ( − γ )δ 2 − γδ + ( − γ ) 1 2 2 2 2 ( +γ ) 2 1 For 0 < δ ≦1 0≦γ ≦ 2 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 6 M NEXT さらに、この条件は 0≦γ < 1 のもとで可能である。つまり、この条件のもとで先のゲー 6 ムは、「囚人のジレンマ」ゲームとなり、両社にとって「情報提供しない」が最適反応とな り、<情報提供しない、情報提供しない>の戦略の組み合わせが均衡となる。この領域を K − δ 座標平面でみてみると、図表8のとおりである。このことから次のことが命題とし て確認できる。 命題 一定の情報の到達率 (δ ) とフリーライド率 (γ ) の条件のもとで、企業の情報提供が囚 ① 人のジレンマに陥り、情報提供することが合理的でない状況が生まれる。 情報の到達率 (δ ) が低くなるに従って、囚人のジレンマに陥る情報効果 ( K ) のレンジ ② が広がる。 情報の到達率 (δ ) が相対的に低い状況では、囚人のジレンマに陥る情報効果 ( K ) のレ ③ ンジは大きく広がる。 図表8 フリーライドの分析結果 (γ = 0) 《フリーライドが100%の場合 》 K 20 15 10 5 1 0.5 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 7 1 δ M NEXT 情報効果 ( K ) は、定義より広告宣伝費の逆数とみなすことができる。日本の産業の一般 的な広告宣伝比率は、約1~20%前後と知られていることから K の範囲は 5≦K≦100 と推 定できる。このことからこの命題は、広告宣伝や情報提供の到達率が低い場合、ほとんど の産業で競合他社によるフリーライドが生まれていることを示している。さらに、ブラン ド名の連呼による反復効果を狙った宣伝広告プロモーションがフリーライドを抑止できる という意味において一定の合理性を持っていることを示す。同時に、フリーライド抑止力 を持たない広告宣伝が競合他社によってなされる場合、自社にとっては、配荷率や店頭営 業などによってフリーライドできる機会であるということを示唆している 18。 【附注】 14 「広告の外部効果」とは、メーカーが行うプロモーション活動が他のメーカーにただ乗りされる「水 平的外部効果」とメーカー小売業者の垂直関係のなかで小売段階の推奨を通じて占有化されない 「垂直的外部効果」という観点から論じられ、もっぱらメーカーのプロモーションの「インセンテ ィブ」問題として、あるいは、ブランドロイヤリティと専売店制度などの垂直的な取引制限などの 小売問題として論じられている。我々の分析は、メーカーの収益拡大の観点、提供される情報の「質」 の問題、メーカー間の戦略的相互依存関係から分析、インターネットなどのメディアと流通の多様 化、すなわち、物的製品と情報のアンバンドリングを前提としている点で異なる。丸山・成生(1997) 、 丸山(1988)、J.Tirole(1988)参照。 15 例えば、藪下(2002)参照。 16 このモデルは、Oz Shy(1995)のモデルである。 17 「囚人のジレンマ」ゲームとは、2人のプレーヤーが非ゼロサムの利得関数を持ち、戦略が「協調 (cooperation)」と「裏切り(defection)」の純戦略、一回限りの同時手番というゲーム構造を持つ とき、両者の共同利益が最大となる戦略の組では均衡せず、より低い利得の戦略で均衡してしまう ようなゲームである。このゲームが、繰り返しゲームになると一回限りのゲームとは異なる均衡が 生まれる。 18 特定メーカーの宣伝広告をみて広告されているカテゴリーの製品は欲しくなったが、当該メーカー のブランドは欲しくなく、他のメーカーのブランドが欲しくなったというようなケースである。I T家電製品、食品、飲料などで日常的に経験できる。また、小売段階では、購入予定ブランドが販 売員の推奨によって変更される場合も該当する。これは家電量販店や薬局薬店では「切り返し」と 呼ばれる販売説得である。 【主要参考文献】 R.ギボンズ、福岡正夫・須田伸一訳(1995)「経済学のためのゲーム理論入門」創文社 小田切宏之(2001)「新しい産業組織論 理論・実証・政策」有斐閣 K.シャピロ、H.ヴァリアン、千本倖生(1999)「ネットワーク経済の法則」IDG ジャパン 西村和雄(1995)「ミクロ経済学入門 第2版」岩波書店 野口悠紀雄(1974)「情報の経済理論」東洋経済新報社 H.ヴァリアン、佐藤隆三監訳(2000)「入門ミクロ経済学 原著第5版」勁草書房 copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 8 M NEXT 丸山雅祥(1988)「流通の経済分析 情報と取引」創文社 丸山雅祥・成生達彦(1997)「現代のミクロ経済学 情報とゲームの応用ミクロ」創文社 山岸俊男・清成透子・谷田林士(2002) 『社会的交換と互恵性-なぜ人は1回限りの囚人のジレンマで 協力するのか』佐伯胖・亀田達也編「進化ゲームとその展開」共立出版 藪下史郎(2002)「非対称情報の経済学」光文社新書 O.Shy(1995)“Industrial Organization : Theory and Applications”, The MIT Press S.Martin(1993)“Advanced Industrial Economics”, Blackwell J.Tirole(1988)“The Theory of Industrial Organization”, The MIT Press copyright (C)2003 Hisakazu.Matsuda..All.rights.reserved. 9
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