Page 1 Page 2 S-ー-3 実験結果のまとめ 5~2 考察 S~2.ー 臨界緩和

なか
き
ひで
や
氏 名 ・(本 籍 )
中 屋 秀 貴
学 位 の 種 類
博
学 位 記 番 号
理 博 第 2 6 0 5号
学位授与年月 日
平成2
3年 3月 2
5日
学位授与 の要件
学位規則第 4条第 1項該 当
研究科, 専攻
東北大学大学院理学研究科 (
博士課程)物理学専攻
学位論文題 目
有機伝導体 における電荷秩序 の超高速光融解 の研究
論文審査委員
(
主査)
士 (
理
学)
教
授
吉
揮
雅
章
教
授
石
原
照
也,佐 々木
准教授
石
原
純
夫
論
文
目 次
1
章 は じめに
2章 研究背景
2.
1強相関電子系 にお ける絶縁体一
金属転移
2
.
2強相関電子系 の光誘起絶縁体一
金属転移
3章 強相関二次元有機伝導体 (
ET)
2
X
3.
1(
ET)
2
Xの構造 と物性
3.
2 a(
ET)
2I
3
3.
3∂ (
ET)
2
RbZn(
SCN )4
章 実験方法
4
4.
1近赤外励起一
中赤外 プ ロー ブ分光
4.
1
.
1光パ ラメ トリック増幅器
4.
1
.
2 反射型 ポ ンププ ローブ分光法
4.
1
.
3実験条件 (
励起密度 の見積 もりと温度上昇 の効果)
4.
2THz定常分光
4.
2.
1光伝導 ア ンテナによるTHz
光発生 と検 出
4.
2.
2THz
定常分光装置
4.
2.
3解 の決定方法
4.
3近赤外励起THzプ ロー ブ分光
4.
3.
1非線形光学結晶 によるTHz
光発生
4.
3.
2 近赤外励起 THzプ ロ- ブ分光装置
5
章 中赤外 ポ ンププ ロー ブ分光 による光誘起絶縁体金属転移 の観測
5.
1広帯域 中赤外 ポ ンププ ローブ分光
5.
I
.
1 a(
ET)
2I
,にお ける電荷秩序相 の光融解
5.
I
.
2 0(
ET)
2
RbZn(
SCN)
.
における電荷秩序相 の光融解
-1
30-
孝
彦,岩
井
伸一郎
5.
1
.
3実験結果のまとめ
5
.
2考察
5
.
2
.
1臨界緩和
5
.
2
.
2α(
ET)
2
Ⅰ
3における臨界緩和
5.
3 まとめ
6章 THz分光 による絶縁体一
金属転移の観測
6.
1実験結果 :定常測定 (
温度転移)
6.
1
.
1誘電率、光学伝導度 の温度依存性
6.
1
.
2 考察
6
.
2実験結果 :過渡吸収測定 (
光誘起絶縁体一
金属転移)
6.
2.
1過渡吸収 スペク トル
6
.
2
.
2低 エネルギー領域 (
2
l
lme
V)における過渡吸収スペク トルと時間発展
6.
2.
3考察
6
.
3 まとめ
7
章 結論
付録
参考文献
謝辞
研究業績
論
文
内 容
要
旨
1
.研究背景 と目的
物質の色が光 によって変化す る現象 は、 フォ トクロ ミズムとして古 くか ら知 られている。 その多 くは、
可視光や紫外光の照射 による電子励起 を トリガーとした分子の異性化や結晶構造 (
対称性)の変化 による
ものである。一方、最近、強相関電子系 と呼ばれる一部の遷移金属酸化物や有機物質 において、光の照射
によって、色だけでな く、電気伝導性や磁性 まで もが変化す る劇的な現象が注 目を集めている。 この 「
光
誘起相転移」 と呼ばれ る現象の本質 は、電子やス ピン秩序 の光 による融解や再配列であって、結晶構造の
変化 は、 (
電子状態の変化 に付随 して副次的に起 こることはあ って も)必ず しも重要ではない。重 いイオ
ンや分子の配置を大 きく動かす必要が無 いため、物質の色、伝導性、磁性を高速 に変化 させ ることが可能
であり、超高速 (
∼ ピコ秒)時間スケールでのスイ ッチ ングへの応用 も期待で きる。 これまでに、主 に3d
遷移金属酸化物 を対象 に、超高速光誘起絶縁体 一金属転移 や磁気転移 の研究が行われている。 しか し、
一
一
もうひとつの‖
強相関電子系物質である、低次元有機電荷移動錯体 における研究 は、やや遅れている。特
に、そのダイナ ミクス、すなわち、 いっ、 どのように、光誘起相が生成 し、 その後 もとの状態へ と戻 るの
か ?とい う問題 に関 しては、本研究の開始時においてほとんどわか っていなか ったと言 ってよい。本研究
の目的は、強相関電子系の低次元有機物質 として、最 も代表的な物質系の一つである (
ET)
2
Ⅹ (
ET:
bi
s
e
t
hy
l
e
ne
di
t
hi
ot
e
t
r
a
t
hi
a
u1
f
va
l
e
ne
、 X:
陰イオ ン) における光誘起絶縁体 一金属転移 のダイナ ミクスを、中赤外、
テラヘルツ (
THz
) 光領域 の超高速分光法を用 いることによって明 らかにす ることである0
-1
31-
2.対象物質 (
博士論文第 3章)
電荷移動錯体 (
ET)
2
Xは、ET分子 (ドナー分子)か ら構成 される二次元電子系が、X (アクセプター)
か らなる絶縁相に隔て られた構造をもっ電荷移動錯体である。 この ドナー 2分子 に対 して、 アクセプター
1分子 というタイプの電荷移動錯体 (2:1錯体) は、最外殻の電子軌道が、3
/
4占有 (フィリング)であ
るため、金属的な伝導状態を示す ことが多い. しか し、電子間に働 くクーロン反発エネルギーが、電子の
運動 エネルギーの利得に比べて十分に大 きい場合、電荷 は局在化 して絶縁体になることがある (
電荷秩序
ET)
2
Ⅹの特徴 は、二次元分子配列の違 いによって、 この電荷秩序を軸 とした、多彩 な電子相
絶縁体)。(
(
金属、超伝導、強誘電性-.
)が現れることである。本研究において、二次元有機電荷移動錯体 (
ET)
2
Ⅹ
を光誘起相転移の研究対象 としたのは以下のような理由か らである。
・第一 に、多様で多彩な物質群を擁 し、系統的な探索 に適 しているにもかかわ らず光誘起相転移の研究は
極めて限 られていることである。特 に、超高速分光 に関 しては、本研究以前には皆無である。
・第二 に、 この物質の絶縁体金属転移 においては、電子相関が主役を務めていることである。低次元有
機物質における絶縁体金属転移 は、電子相関によるものばか りではな く、特に一次元系では (
ス ピン)
バイエルス転移などの電子 (
ス ピン)格子相互作用によるものも多い。 それに対 し、二次元系である
(
ET)
2
Xでは、電子一
格子相互作用の効果 は副次的であると考え られ、強相関電子系 としての特徴を、 よ
り明確に示す ことが予想 される。
・第三 に、有機物では、無機物に比べ、物性を支配 している相互作用のエネルギースケールが一桁小 さい
∼0.
1e
V、無機物では、t
∼le
V) ため、1
0-1
0
0フェム ト秒 (
ェネルギースケー
(
例えば、有機物では、t
ルで、40-40
0me
V) のパルスによる時間分解分光による初期過程の観測が容易になる。
ET)
2
Ⅹの中で、α-(
ET)
2Ⅰ
3
と β -(
ET)
2
RbZn
具体的な対象物質 としては、極めて多 くの物質群を擁する(
.を対象 とした。 いずれ も、強相関有機物質 の代表例であ り、 Tc
。-1
35K (α-(
ET)
2
Ⅰ
,
)及 び、
(
SCN)
20
0
K (0 (
ET)
2
RbZn(
SCN)
4
) よりも低温で電荷秩序状態を示す。
3.実験方法 (
博士論文第 4章)
これまで、強相関有機伝導体における光誘起相転移の研究において、有効なアプローチがとられなか っ
たのは、電荷秩序絶縁体か ら金属への電子状態の変化 を反映す るスペク トルが、 中赤外 -THz光領域
(
波長 2-300F
L
m) に位置するためである. この波長領域の超高速分光は、可視光や近赤外光領域 に比べ
困難であった。本研究では、 フェム ト秒チタンサファイア再生増幅器を光源 とした、2機のパ ラメ トリッ
OPA) を用いて、近赤外 (
1
.
4F
Lm) 光励起一
中赤外光 (
2.
5-1
0F
L
m) プローブのポ ンププロー
ク増幅器 (
ブ測定 (
過渡反射測定)を行 った。 また、より長波長の測定 は、近赤外光励起 -THzプローブ分光の測定
0.
51
6THz
、5
0
」
6
00pm\21
25
装置を新 たに製作 し、 これを用いて光誘起絶縁体 一金属転移 によるTHz (
me
v)光領域の応答を調べた。
4.中赤外 ポンププローブ分光 による光誘起絶縁体一
金属転移の観測 (
博士論文第 5章)
α-(
ET)
2Ⅰ
3
と β -(
ET)
2RbZn(
SCN)
4を、低温下で電荷秩序状態 に保持 したまま、 フェム ト秒パルスを照
射 し、その後に観測 される中赤外反射スペク トルの変化を時間分解測定 した。詳細な励起強度依存性や温
度依存性か ら、以下のことが明 らかになった。
(
I
) 中赤外光領域 における光誘起反射率変化のスペク トルは、 a-(
ET)
2
Ⅰ
,
、 0(
ET)
2RbZn(
SCN)
.
のい
ずれの物質において も、励起直後 (
0.
2p
s
-時間分解能)以内に、高効率 (
∼1
00分子 /
光子)な金属
状態の生成を示す。
-1
32-
(
2) 光誘起金属状態の緩和時間 (
電荷秩序状態-の回復時間) は、 α-(
ET)
2I
,
で は、光誘金属状態 は、
励起強度の増加 にともな って長寿命化す る。 また、転移温度近傍 において も同様 に金属状態 は長寿命
化す る。すなわち低温、弱励起下での緩和時間が、 ∼ ps程度であるのに対 し、転移温度近傍 におい
て強励起 を行 った場合 には、実 に 2桁以上の緩和時間 (
∼ ns
) が観測 され る。一方、 0 -(
ET)
2
RbZn
(
SCN )
4では、緩和時間に励起強度依存性 と温度依存性 は一切見 られず、常 にpsの超高速緩和が観測
される。
(
3
) これまでに行われたⅩ線構造解析 の結果か ら α-(
ET)
2
Ⅰ
3
、 ♂(
ET)
2
RbZn(
SCN)
4の両物質 は、熱的
な絶縁体 一金属転移 の性質が大 き く異 なることが分か っている。すなわち、 α-(
ET)
2
Ⅰ
3
では、転移 に
伴 う構造変化 は極 めて小 さ く、純粋な電子転移 に近 い.一万、 a -(
ET)
2
RbZn(
SCN)
4では、転移の際、
比較的大 きな構造変化 を伴 う。 この ことを考慮す るな らば、上記 (
2)
で述べた実験結果 は以下 のよ う
に理解で きる。a
) α-(
ET)
2
Ⅰ
3において観測 された、緩和時間の協力性 (
励起強度依存性) や臨界性
(
温度依存性) は、光誘起金属状態が、光の強度や温度 (
転移温度 との差) に応 じて、微視的な状態
ET)
2
RbZn(
SCN )4では、 巨視的
か ら巨視的な状態へ と凝集 し安定化す ることを示唆 している。b) ♂ -(
な転移を起 こすためには、構造の変化が必要 なため、微視的な状態か ら、 巨視的な状態へ と凝集、安
定化することがで きず、速やかにもとの電荷秩序状態へ と戻 ると考え られる。
5.THz
分光 による絶縁体一
金属転移 の観測 (
博士論文第 6章)
中赤外光領域のプローブ光 は、電荷秩序の融解 によってで きた金属状態の (ドルーデ吸収のよ うな)プ
ラズマ応答を直接観測 しているわけではな く、電荷分布の変化を、分子間の電荷移動励起を通 じて観測 し
ているに過 ぎない。従 って、絶縁体か ら金属への電子状態の変化 をよ り直接的に捉え、光励起 によ って
I
何がで きているのか日を明 らか にす るためには、 よ り低 エネルギーの THz光領域 における時間分解分光
を行 う必要がある。 そ こで本研究で は、 α-(
ET)
2
I
,
の光励起 -THz(
過渡吸収)分光 を行 い、225me
Vのス
ペク トルに反映 される低 エネルギー電子状態のダイナ ミクスを明 らかに した。すなわち、中赤外光領域 に
おいては、 (
過渡 スペク トル上 の違 いは無 く)緩和 ダイナ ミクスにのみ現れていた温度依存性が、THz光
領域では、 スペク トル上 において も明確 に現れることを示 した。THz過渡吸収 スペク トルの形状か ら、
(
1
) T<<Tc
.における短寿命の微視的光誘起金属 は、高温金属相 と類似の金属状態であること、
(
2) 転移温度近傍 (
T∼Tc
o
))で観測 される、長寿命 の巨視的な光誘起金属状態 は、高温金属相 とは異
なる新 たな金属状態が生成 している可能性があること、
を明 らかに した。
6
.結論
本研究 は、 これまで主 に可視光領域で用 い られていた超高速分光 を、中赤外 ∼THz
光領域 に拡張す るこ
とで広帯域 の過渡分光測定 を可能 に した。 これによ り有機電荷秩序絶縁体
a
-(
ET)
2
I
,及 び 8-(
ET)
2
RbZn
(
SCN)
4における光誘起金属状態 の生成 と緩和 のダイナ ミクスを観測す ることに成功 した。光励起 によ り
金属状態が生成 して協力性 (
励起強度依存性)や臨界性 (
温度依存性)を示す ことを発見 した。 これは光
誘起金属状態が凝集 し安定化す ることを示唆す る。 また、光誘起金属状態の高温金属相 との類似点および
相違点を明 らかに した。
-1
3
3-
論文審査の結果の要 旨
強相関電子系物質 における光誘起相転移 は、光 による伝導性や磁性の超高速制御の動作原理 として、あ
るいは、新 たな非平衡物質相の創製 と言 う観点か ら注 目されている。遷移金属酸化物 においては既 に多 く
の報告例があるが、I
もうひとつ一
一
の強相関電子系である有機伝導体の探索 は立 ち遅れていた。中屋秀貴氏
提出の論文 は、有機伝導体の代表物質である(
ET)
2
Ⅹ(
ET:
ビスエチ レンジシオテ トラシアフルバ レン,Ⅹ:
ア
クセプター)において光誘起相転移が起 こることを示 し、 そのダイナ ミクスを中赤外およびテラ-ルツ光
領域 のポンププローブ分光 により明 らかにす ることを目的 としている0
本論文の特徴 は、温度変化 による絶縁体 一金属転移が純粋 な電子転移 に近 い α-(
ET)
2
Ⅰ
3
と、大 きな構造
変化 を伴 う 0-(
ET)2
RbZn(
SCN)
4
を比較 している点である。 いずれの物質で も、光励起後瞬時 (
<200f
s
)
に電荷秩序絶縁体が融解 し、 1光子 あた り1
00分子以上の高効率で金属状態が生成す ることが初めて明 ら
かにされた。 α-(
ET)
2
Ⅰ
3
では、励起強度を20倍強めることで光誘起金属状態の寿命が、ps
か らnsまで実 に
3桁 もの増大を示す現象を見出 した。 これは、弱励起条件下で生成 した短寿命の微視的金属 ドメイ ンが、
強励起で は凝集 して巨視的 ドメイ ンを形成 し安定化す ることを示す。一方、 ♂-(
ET)2
RbZn(
SCN)
4
では、
励起強度 によ らず金属状態 は ps程度 の短 い寿命を もっ。すなわち、電子的には金属状態 に類似 の状態が
光励起直後 に生成するものの、格子がそれに追随す ることがで きないために金属相 としては安定化で きな
い。 これ らの結果 は、光誘起電子転移の協力的な性質を、そのダイナ ミクスとして明確 に示 した初めての
例である。
本論文の内容 は、中屋氏が 自ら製作、改良の大部分 を行 った実験装置によって初めて得 られたものであ
り、有機伝導体 における光誘起絶縁体 一金属転移 について新 しい知見を与えた。 この成果 は、遷移金属酸
化物や錯体など多 くの強相関電子系物質 における光誘起効果の解明に役立っ ことが期待 される。 さ らに、
電荷秩序相 は強誘電性を示すため、強誘電性の超高速制御 も可能 になると予想で きる。 申請者が この研究
を遂行 したことは、 自立 して研究活動を行 うに必要 な高度の研究能力 と学識を有 していることを示 してい
る。従 って中屋秀貴提出の論文 は博士 (
理学)の学位論文 として合格 と認める。
-1
3
4-