松尾 英典

報告番号
※
第
主
号
論
文
の
要
旨
Development of highly immunogenic vaccine by using dendritic
cell-targeting bio-nanocapsule
論文題目
(樹状細胞標的化バイオナノカプセルを用いた高免疫原性ワ
クチンの創製)
氏
名
松尾
英典
論 文 内 容 の 要 旨
19世紀以降、感染症予防には病原体を原料とする生ワクチン、不活化ワクチン、
トキソイドワクチンが使用されてきた。これらは高い免疫原性を示す一方で、病原体
の感染性及び毒性による副作用が常に問題となっていた。20世紀後半に発展した遺
伝子工学により、病原体の構成成分の一部を大量生産させて抗原とした、安全性の高
いサブユニットワクチンが開発された。しかし、病原体の断片化により免疫原性が低
くなり、宿主に十分な免疫応答を惹起できないケースが頻発した。そこで、ナイーブ
T細胞に抗原提示する樹状細胞の成熟化を促す自然免疫を惹起するアジュバント(免
疫賦活剤)との併用投与が用いられているが、作用機序の全容が明らかでなく、宿主
に 過 剰 な 免 疫 応 答 を 惹 起 す る 危 険 性 の 高 い ア ジ ュ バ ン ト も 少 な く な い 。以 上 の 状 況 は 、
樹状細胞からナイーブT細胞への抗原提示を促進する「樹状細胞標的化能」と、安全
に 自 然 免 疫 を 惹 起 す る「 樹 状 細 胞 成 熟 化 能 」を 併 せ 持 つ ナ ノ キ ャ リ ア が 開 発 さ れ れ ば 、
アジュバントを使用せずに自然免疫と獲得免疫を同時に効率よく誘導できることを示
唆していた。
1.樹状細胞標的化ナノキャリアの開発
本研究で使用する、生体内ピンポイント薬剤送達用ナノキャリア・バイオナノカプ
セ ル ( BNC, bio-nanocapsule) は 、 B 型 肝 炎 ウ イ ル ス ( HBV, hepatitis B virus) 表
面 抗 原 L タ ン パ ク 質 を 出 芽 酵 母 で 過 剰 発 現 さ せ て 得 た 、 平 均 直 径 約 50 nm の 中 空 ナ ノ
粒 子 で あ り 、 外 周 に 存 在 す る pre-S 領 域 に 含 ま れ る ヒ ト 肝 臓 特 異 的 セ ン サ ー と 細 胞 膜
透 過 ド メ イ ン に よ り 、 HBV と 同 様 に ヒ ト 肝 臓 特 異 的 に 感 染 し エ ン ド サ イ ト ー シ ス に よ
り 肝 細 胞 内 に 侵 入 す る こ と が で き る 。 そ の 際 、 電 気 穿 孔 法 に よ り BNC 内 部 、 化 学 修 飾
法 に よ り BNC 外 周 、ま た は リ ポ ソ ー ム 融 合 法 に よ り BNC-リ ポ ソ ー ム 複 合 体 内 に 薬 剤 を
搭 載 す る と 、 BNC は ヒ ト 肝 臓 特 異 的 ナ ノ キ ャ リ ア に な る 。 そ こ で 、 ヒ ト 肝 臓 特 異 的 セ
ン サ ー を Protein A 由 来 の イ ム ノ グ ロ ブ リ ン G( IgG) Fc 結 合 ド メ イ ン( Z ド メ イ ン )
の 2 量 体 ( ZZ タ グ ) に 置 換 し て 、 提 示 し た 抗 体 の 特 異 性 依 存 的 に 薬 剤 送 達 で き る ZZ
タ グ 提 示 型 BNC( ZZ-BNC) を 作 製 し た 。
次 に 、樹 状 細 胞 特 異 的 抗 原 で あ る イ ン テ グ リ ン 、Fc 受 容 体 、レ ク チ ン 、Ig 様 受 容 体
等 に 対 す る 抗 体 を ZZ-BNC 表 層 に 提 示 さ せ 、 マ ウ ス 脾 臓 由 来 樹 状 細 胞 へ の 接 着 能 を in
vitro で 検 討 し 、 尾 静 脈 内 投 与 し た マ ウ ス の 脾 臓 内 樹 状 細 胞 へ の 集 積 能 を in vivo で
検 討 し た 。 そ の 結 果 、 抗 CD11c-IgG( clone N418) を 提 示 し た ZZ-BNC は 脾 臓 内 樹 状 細
胞 の 約 62% を 感 作 で き る こ と が 判 明 し た 。こ れ は 既 報 の ナ ノ キ ャ リ ア と 比 べ て 極 め て
高 い 樹 状 細 胞 標 的 化 能 で あ っ た 。ま た 、本 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC を 一 般 的 な ワ ク チ
ン投与経路である皮下投与及び筋肉内投与に供したところ、接種部位近傍の所属リン
パ節内樹状細胞に高度に取り込まれることも判明した。さらに、カチオン性リポソー
ム に 日 本 脳 炎 ウ イ ル ス ( JEV, Japanese encephalitis virus) エ ン ベ ロ ー プ タ ン パ ク
質 由 来 D3 抗 原 を 封 入 し て 、 本 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC と 複 合 体 化 し 、 マ ウ ス 尾 静 脈
内 に 投 与 し た と こ ろ 、他 の 対 照 ワ ク チ ン と 比 較 し て 効 率 的 な D3 特 異 的 抗 体 の 産 生 が 観
察された。一方、皮下投与した本複合体は抗体を産生しなかったことから、リポソー
ム は 投 与 経 路 に よ り 不 安 定 化 す る と 考 え ら れ た 。 そ こ で 、 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC
の 表 層 に オ ボ ア ル ブ ミ ン ( OVA, ovalbumin) を 化 学 修 飾 し て 、 マ ウ ス 脾 臓 由 来 樹 状 細
胞 へ の 集 積 を in vitro で 検 討 し た と こ ろ 、 約 67% の 樹 状 細 胞 に OVA が 集 積 し 、 こ れ
は ZZ-BNC 単 独 の 4.5 倍 、 ア イ ソ タ イ プ IgG 提 示 ZZ-BNC の 5.9 倍 の 集 積 量 で あ っ た 。
以 上 か ら 、抗 原 を 化 学 修 飾 し た 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC は 樹 状 細 胞 標 的 化 ナ ノ キ ャ リ
アとして非常に有望であることが証明された。
2 . 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC の 樹 状 細 胞 成 熟 化 能
OVA を 化 学 修 飾 し た 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 を 、マ ウ ス 脾 臓 由 来 樹 状 細 胞 に
in vitro で 作 用 さ せ 、 樹 状 細 胞 活 性 化 マ ー カ ー で あ る T 細 胞 副 刺 激 因 子 ( CD80/CD86)
お よ び 腫 瘍 壊 死 因 子 受 容 体( CD40)の 発 現 を フ ロ ー サ イ ト メ ー タ ー で 解 析 し た と こ ろ 、
OVA 単 独 で は 活 性 化 マ ー カ ー に 影 響 を 与 え な か っ た が 、 同 複 合 体 は 同 マ ー カ ー の 発 現
を 誘 導 し た 。こ れ は 、ZZ-BNC に 含 ま れ る 高 マ ン ノ ー ス 型 糖 鎖 、Z ド メ イ ン 、抗 CD11c-IgG
が 、樹 状 細 胞 表 層 の パ タ ー ン 認 識 受 容 体 、Ig 様 受 容 体 、CD11c/CD18( 補 体 レ セ プ タ ー
4 型 )と そ れ ぞ れ 相 互 作 用 し た 結 果 と 考 え ら れ 、抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 が 自
然免疫活性化能(アジュバント活性)を有することを示していた。
3 . OVA 表 層 提 示 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC の 獲 得 免 疫 誘 導 能
OVA を 化 学 修 飾 し た 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 を マ ウ ス に 皮 下 投 与 し て 、脾 臓
細 胞 を 取 り 出 し 、OVA 特 異 的 な 細 胞 傷 害 性 T 細 胞( CTL)に よ る 細 胞 性 免 疫 を フ ロ ー サ
イ ト メ ー タ ー で 、 OVA 特 異 的 な ヘ ル パ ー T 細 胞 ( Th 細 胞 ) に よ る 液 性 免 疫 を サ イ ト カ
イ ン ELISA で 評 価 し た 。 そ の 結 果 、 同 複 合 体 投 与 群 の OVA 特 異 的 CTL の 割 合 及 び Th1
細 胞 に よ る OVA 応 答 性 イ ン タ ー フ ェ ロ ン γ 分 泌 量 は 、OVA 単 独 及 び OVA 表 層 提 示 ZZ-BNC
よ り も 有 意 に 高 か っ た こ と か ら 、抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 は 細 胞 性 免 疫 及 び 液
性免疫の誘導において有効であることが示された。次に、同複合体を皮下投与したマ
ウ ス の 血 清 に 含 ま れ る 抗 OVA-IgG1 価 と 抗 OVA-IgG2a 価 を ELISA に よ り 解 析 し た と こ
ろ 、前 者 は 陽 性 対 照 で あ る ア ラ ム 併 用 投 与 群 に 匹 敵 す る ほ ど 対 象 ワ ク チ ン よ り も 高 く 、
後 者 も 同 様 に 対 照 ワ ク チ ン よ り も 高 か っ た 。 IgG1 及 び IgG2a は 、 Th2 由 来 の イ ン タ ー
ロ イ キ ン 4 及 び Th1 由 来 の イ ン タ ー フ ェ ロ ン γ に よ り そ れ ぞ れ 誘 導 さ れ る T 細 胞 性 免
疫 応 答 の 指 標 で あ る こ と か ら 、抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 は 抗 原 特 異 的 抗 体 産 生 、
Th1 性 免 疫 応 答 、 及 び Th2 性 免 疫 応 答 を 強 力 に 誘 導 す る こ と が 判 明 し た 。
4 . D3 表 層 提 示 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC に よ る 感 染 防 御 誘 導 能
前 述 の JEV 由 来 D3 抗 原 を 化 学 修 飾 し た 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 を 調 製 し 、
マ ウ ス に 皮 下 投 与 し 、 血 清 中 の 抗 JEV-IgG 価 を ELISA に よ り 解 析 し た と こ ろ 、 同 複 合
体 だ け で な く 、抗 体 提 示 の な い D3 表 層 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 、D3 結 合 抗 CD11c-IgG の 対
照 ワ ク チ ン 群 も 充 分 な 抗 JEV-IgG 価 を 示 し た 。 そ の 後 、 半 数 致 死 量 の 50 倍 量 の JEV
を チ ャ レ ン ジ し た と こ ろ 、 D3 表 層 提 示 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 投 与 群 は 80%
の 個 体 が 生 存 し 、D3 表 層 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 は 50% 、D3 結 合 CD11c-IgG は 33% で あ っ
た 。 こ の 結 果 は 、 D3 表 層 提 示 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 が 、 抗 JEV-IgG の 効 率
的な産生に加え、樹状細胞成熟化及び各種T細胞性の効率的な免疫応答を対照ワクチ
ン よ り も 強 力 に 誘 導 し 、 JEV 感 染 防 御 に 寄 与 し た と 考 え ら れ た 。 以 上 の 結 果 は 、 抗
CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体 を 用 い る ワ ク チ ン 基 盤 技 術 は 、従 来 型 ワ ク チ ン に 対 し て
感染防御ワクチンとしての高い優位性を示した。
本 研 究 で 開 発 し た 抗 CD11c-IgG 提 示 ZZ-BNC 複 合 体( 樹 状 細 胞 標 的 化 バ イ オ ナ ノ カ プ
セ ル )は 、① ZZ-BNC に 含 ま れ る 高 マ ン ノ ー ス 糖 鎖 、ZZ ド メ イ ン 、抗 CD11c-IgG に よ る
高 度 な 樹 状 細 胞 標 的 化 能 、② BNC の 多 様 な 抗 原 搭 載 能 力 、③ BNC の HBV 由 来 の 細 胞 質 内
侵 入 能 、④ ZZ-BNC に 含 ま れ る 高 マ ン ノ ー ス 糖 鎖 、ZZ ド メ イ ン 、抗 CD11c-IgG に よ る 樹
状細胞成熟化能、を併せ持つ高度なワクチン用ナノキャリアである。その結果、アジ
ュバントを使用することなく、樹状細胞成熟化を通して自然免疫を効率的に惹起可能
で 、そ の 後 の 抗 原 特 異 的 CTL お よ び Th 細 胞 の 分 化 誘 導 、抗 原 特 異 的 IgG の 産 生 に 代 表
さ れ る 獲 得 免 疫 も 効 率 的 に 誘 導 可 能 で あ っ た 。 ま た 、 JEV 感 染 防 御 に お い て 、 樹 状 細
胞標的化バイオナノカプセルは従来型ワクチンよりも細胞性免疫誘導に効果的であっ
たことから、今後は細胞性免疫誘導が重要なガン免疫療法、液性免疫誘導だけでは治
療が望めない各種感染性疾患などへの応用展開が期待される。