自家焼成楽焼試料 よ りの有機酸溶液による 重金属の溶出について (第2

昭 和57年12月(1982年)
15
自家 焼 成 楽 焼 試 料 よ りの 有 機 酸 溶 液 に よ る
重 金 属 の 溶 出 に つ い て (第2報)
一 亜 鉛 な らび に 鉄 の 溶 出 に つ い て 一
浅 見 益吉 郎,下
道 美 代 子,巽
範子
On the Elution of Heavy Metals with Aqueous Organic Acid Solutions
from Self-baked "Rakuyaki" Test Preparations (Part 2)
On the Elution of Zinc and Iron—
Masukichiro
1.は
Asami,
Miyoko
Shimomichi
表1
じ め に
当研 究 室 で は 各 種 有 機 水 溶 液(以 下"酸
液"と
呼 ぶ)
に よ る 陶 磁 製 食 器 か らの重 金 属 溶 出 に 関 す る研 究 を 行
って きた が1),陶
and
磁 器 の焼 成 条 件 が 金 属 類 の 溶 出 に大
Noriko
Tatsumi
使用 原材料の重金 属 類含有 量(単 位%)
原
材
陶
有
鉛
料
Pb
Zn
Fe
土
0.005
!11:
0.175
粕
32.50
0.07
0.15
4.20
0.io
3.75
O.10
きな 影 響 を 及 ぼ して い る と推 察 され る に至 った の で,
無
粕
a.to
筆 者 らは 各 種 の 設 定 条 件 下 で 楽 焼 試 料 皿 を 自 家 焼 成
黄 色 顔 料
5.40
らくやき
鉛
し,そ の 焼 成 条 件 な らび に 酸 液 に よ る浸 出 条 件 と重 金
属 溶 出 量 との 関係 の 実 験 的 検 討 を 試 み た 。 こ れ らの 一
径7.5cm,深
連 の 研 究 の う ち,前 報2)で は鉛 の 溶 出 につ い て の 報 告
約8Qmlの
を 行 った が,本 報 で は 同様 の 手 法 で 実 施 した 亜 鉛 お よ
前 報 と全 く同一 条 件 な らび に 同 一 手 法 に よ り,乾 焼 ∼
び 鉄 の 溶 出 に 関す る実 験 結 果 を 報 告 した い 。
素 焼 ∼ 着 彩 ∼ 施 粕(有
この 両 金 属 を測 定 対 象 と した理 由 は,表1に
示すよ
うに,亜 斜 は毎 鉛 粕 な らび に 黄 色顔 料 に きわ め て 多 量
含 有 され て い る元 素 で あ り,鉄 はそ の 含 有 濃 度 水 準 が,
原 陶 土 を 含 め て 供 試 した 原 材 料 の す べ て に ほ ぼ 均 しか
表 面 積90
半 月 形 皿(注
度700∼900℃,時
験 方 法
水容積
ぎ 口,糸 底 付 き)を 成 型 し,
鉛 粕 ま た は 無 鉛 粕)∼ 本 焼 き(温
間15,30ま
3.試
た は60分)の 工 程 を 経
験液の調製
溶 出 剤 と して 使 用 した 酸 液 も前 報 と 同 様,4%酢
よ び4%乳
酸(pH:1.29)で,あ
じめ 蒸 留 水 で 十 分 洗 浄 し,風
II.実
cm2,満
て 試 料 皿 を 多 数 個 予製 した 。
(pH:2.53)お
った か らで あ る。
さ3.5cm,内
mlを
酸
らか
乾 した 試 料 皿 に 酸 液70
満 た し,室 温(20∼25℃)で10分
間 放 置 した 後,
内 容 を ビー カー に移 し,試 験 液 と した 。
1.
使 用実 験材料
しがらき
前 報 と同 じ く信 楽産楽焼用 陶土を基材 と し,市 販の
こ の実 験 に用 い た 試 料 皿 の 種 別 や 焼 成 ・溶 出 条 件 等
を 整 理 して 示 せ ば次 の とお りで あ る。
黄 色顔料 な らびに有 鉛粕お よび無鉛粕 を使 用 して試料
皿を作製 した。 これ ら原材料 の重金 属含量 を前報 よ り
材 質 種 別
焼成温度i焼成時圃
抄 出 して表1に 再掲 す る。
700°C
2.試
750
料皿 の作製
なま
前 報 と 同 様 に,生 練 り陶 土 を石 こ う型 で 抜 い て,内
衛 生学第1研 究 室
Q
着彩有鉛粕
:11
皿 着彩無鉛粕
出
剤
15分
(1)
4%酢
酸
②
4%乳
酸
30
850
900
溶
60
食物学会誌・第37号
-16なお,本報の実験では,前報で行った無彩有鉛粕
1
0
(1)を施した試料皿による溶出試験および、酸液による
反復溶出試験は実施しなかった。また,以下の実験に
おいて,たとえば着彩有袖 800C-15分間焼成-496乳
0
酸溶出した場合は I
I8
0
0
1
5一(
2
)のように略記する。
4
. 検出および測定法
試験液の定量はすべて原子吸光法に拠った。使用機
器ならびに測定条件もすべて前報と同じである。設定
条件ドにおける Znおよび Feの検量線は図 1のとお
りで,検量域を超える濃度の試験液については,いず
れも同じ酸液を用い,倍数稀釈して測定した。
E
u
I
II . 実 験 結 果
o
j
i
[
前報で指摘したように,有鉛施柚した楽焼では,有機
酸による鉛の溶出量が焼成温度の高低 l
とより大きく左
1
.0
終
:
﹀
ハ室 ⋮
側
1
. 焼成温度別にみたE鉛および鉄の溶出量
0
F
e
右されるので,適正温度域での焼成は衛生学的見地よ
りしてきわめて重要である。焼成温度条件は,当然,
他の金属元素の溶出にも何らかの影響を及ぼす可能性
が十分考えられたので,前報と同様,
700~900oC の
温度域で1
5分間焼成を行った試料を作製し,乙れらに
5
ついて Znならびに Feの酸液による溶出量を測定し
た。結果は図 2のとおりであった(定量はいずれも同
一条件で焼成した各 3個の試料について行った。以下
の実験もすべて同じ)。
2
. 焼成時間別にみたE鉛および鉄の溶出量
。
Pb 溶出に関する前報の実験では,有鉛粕を施した
場合,十分な焼成時間が溶出抑制に効果的である結果
が示された。本報においても前報と同様に, 7
0
0およ
び 750Cで 1
5,30ならびに 60分間焼成を試みた試料
0
5
.
1
0
.
濃 度 (ppm)
図 1 原子吸光法による Znおよび Feの検量線
について Znおよびれの溶出量の消長を検討した結
りはるかに高い値を示し,
果,図 3および図 4の結果を得た。
9
0
0
1
5
(
2
)を例外として)高温焼成による方が Zn溶
I
V
.
考 察
T
I
I
しかも Eはおおむね (
出量の増加する傾向がうかがわれた。乙れは日;が焼成
温度の高温化にともなって Zn溶出量が著明に減少し
無鉛軸は,表 1の分析成績に示されているように,
て行くのと対照的である。さらに図 31と示されている
Zn の含量が有鉛粧の60
倍にも達している。従って焼
ように,焼成時間を延長しでも皿の Znの溶出傾向が
成後の酸液処理による Znの溶出量も,無鉛施柏試料
改善される兆候はうかがえなかった。
(以下“目"と記す)の方が有鉛施粕試料(以下“日")
また溶出剤の相異による Zn溶出量の差は, I
Iにつ
よりも多いであろう乙とは当然予想されると乙ろであ
表 2 焼成温度別にみた無鉛施粕品(Ill)/
有鉛施粕品 (
I
I
)の亜鉛溶出比
ったが,実験の結果,果して図 2に示すように,焼成
温度のいかんに拘らず,いずれの酸液によっても,固
からは日からよりもはるかに多量の Zn溶出が見られ
f
こ
。
しかし皿/日間の Zn溶出比を求めると,表 2のよ
うに,一般に無鉛紬/有鉛粧の Zn含量比 (
6
0
.
0
)よ
焼成温度(
OC)I700 I750 I800
溶 14~ぢ酢酸 1
t
850 I900 I
平均
19
,
5
1 21
.8
1 2
5
.2
11
0
8
.6
14
5
0
.0
1
1
2
5
.0
出
荊 14%
乳酸1
202.41206.71475.01541.61141.81313.5
-17-
昭和5
7
年1
2
月 (1982年)
a
:4 % 酢 酸
b:4 % 乳 酸
1
0
0
.
5
0
.
1
0
.
5
.
(Eaa)
0
.
5
性H
{
*
く
口
¥
ム
_
1
¥
k、
、
¥¥¥一
型
、
、
量
I
b
!
;
0
.
1
ム
0.05
700
800
900
焼成
"
込
0
.
0
1
700
.日
江且
800
度 (
O
c
)
図 2 焼成温度別に見た亜鉛および鉄の溶出量
口
}:
(~・有彩有鉛紬 ム1
Fe)
~:Zn.~~:Fel
E ・有彩無鉛粕…企 J'
.
J.
-/
注:各小記号は個々の測定値で,実線または鎖線で結んだ
大記号はそれぞれの平均値を示す(図 3, 4も同じ)。
900
- 1
8ー
食物学会誌・第37号
4%酢酸
4%乳酸
1
0
0
.
5
0
.
1
0
.
四
F
5
.
(Eaa)
性H
調
略
召
{
宇
担
0
.
1
0.05
30
60
焼成
0
.
0
1
1
5
30
60
問(介)
時
図 3 焼成時間別に見た亜鉛の溶出量
(~・有彩有鉛軸ム: 7
00C焼 成 , マ : 町 焼 成L
0
E ・有彩無鉛軸…企:
グ
,マ
汐
/
昭和5
7
年1
2
月 (1982年)
- 1
9ー
4% 乳 酸
4% 酢 酸
5
.
(εaa)
0
.
5
制
宮
崎
担
{
:
4
I
0
.
1
5
.
{Eaa)
0
.
5
ゐ¥
図 4 焼成時間別に見た鉄の溶出量
( 日 ・ 有 彩 有 鉛 袖 口 : 附C 焼成, <>:即C 焼成)
E ・有彩無鉛柚….:
グ
,~砂:
グ
/
- 2
0ー
7
号
食物学会誌・第3
いてはそれほど顕著に見られなかったが,皿について
周知のように Zn は栄養上必須元素のひとつであ
は明らかに酢酸より乳酸の方が溶出効果が高い。すな
り,その毒性は化学的に同族の Cdや Hg とは比較
わち,全実験を通じての Zn溶出濃度の平均値は酢酸
にならないほど弱いものと見倣されている。しかし一
7
.
0ppmであったのに対し,乳酸によっ
によっては 1
般に, Zn 塩類は消化器粘膜にかなり強い刺戟や収敏
ては 4
8
.
5ppmと 3倍近い値を示したのが注目される。
性を示すので,食品容器などから高濃度に溶出した
乙の理由は両酸液の pHの差に帰すべきものかもしれ
Znを含む酸性食品の摂取により,腹痛,日匝吐,口渇,
ないが,一面,酸液と反応して生成するはずの酢酸亜
下痢などの急性消化器炎症状を呈した事件もいくつか
鉛と乳酸亜鉛の水に対する溶解度~j:*,それぞれ 1
:
2
.
3
知られている。またたとえ中毒に至らなくても,乙の
および 1:
6
0と,前者の方が数十倍高い点よりして,
程度の Zn濃度に達すれば,著しく食味を害するとと
Zn の溶出機構ならびに溶存形態についてはさらに詳
は確実であろう。
無鉛柚はとの点よりしても今後の品質改良が絶対必
細な検討を要するであろう。
要であるといえる。
Fe 溶出に関しての実験結果を検討すれば,
I
T, I
I
T
ともに焼成温度別ならびに時間別による溶出量に特記
するほどの差は認められなかった。
しかし Eからの
さらに無鉛粕にとっての重大な欠点は,酸液処理に
よってその色沢が著しく損われるととである。写真 1,
Fe 溶出量はどのような焼成条件においても,常に乳
2によっても明らかなように,乙の種の品質劣化は焼
1
5
倍程度高い値を
酸による方が酢酸によるよりも 2-
成温度が低いほど,また焼成時聞が短いほど明瞭に現
示したのが注目される。れについても, Zn溶出の場
れ
,
合と同様,その溶出機構は改めて検討する価値のある
る。とのように実用的見地からも無鉛柚の耐酸性向上
課題と考えられる。
には一層の努力が望まれる次第である。
その色沢劣化はほぼ Zn の溶脱量と比例的であ
以上の実験結果を概観して,とくに衛生学的見地か
終りに本研究の実施に際し,原子吸光分析に種々の
ら採り上げる必要があると認められるのは,皿,すな
御指導と御便宜をおはかり頂いた京都府衛生公害研究
わち無鉛施柚品よりの酸液処理による Zn溶脱の問題
所の各位,ならびに無鉛柏を提供され,焼成方法に関
であろう。
して有益な御助言を頂いた京都府中小企業総合指導所
前報でも述べたように無鉛勅は実用的にも仕上り
状態の良好な適正焼成温度域がかなり狭く
(850~900
の各位に深甚な謝意を表します。
参考文献
。
C), その使用には高度の熟練を要求されるものであ
0
分間程度の常温酸液処理によって数十
るが,わずか 1
ppm にも達する高濃度の Zn が溶出するとすれば,
一応無視できないであろう。
heM
e
r
c
kI
n
d
e
x
"9
t
hE
d
.(
1
9
7
6
)による。
*
“T
1
) 寺田公子,井野真理子,浅見益吉郎:京都女子大
学食物学会誌, 3
2,1
4(
1
9
7
7
)
2
)浅見益吉郎,巽範子,下道美代子:京都女子大学
食物学会誌, 3
6, 1 (
1
9
8
1
)
- 2
1ー
昭和57
年1
2月(1982年)
①
800C
C
②
750
700C
③
0
('
0
処理前
無鉛柑
有鉛粕
写 真 1 溢度別焼成試料の溶出剤 (4銘乳酸)処理による色沢変化
①
60分
②
30分
1
5分
③
処理前
品
防
ゃ
治
JJ叫j
τ
砂、
Afdpv引 V
941
仲一一副
竺、
i
:iij
Hj
何一やよ、司
も VLC
w
幽司
刷
i 醐
,
.
品ιa-目F
刊に一品一一一人一
lii
s
i
!i-i
無鉛軸
有鉛粕
写真 2 時間別焼成試料の溶出剤 (4%乳酸)処理による色沢変化