1E07 キラル構造変化と円二色性スペクトル: 「キラサク」による研究 (量子化学研究協会研究所)○宮原友夫, 中辻博 Chiral Structure and Circular Dichroism Spectra: ChiraSac Study (QCRI)○Tomoo Miyahara, Hiroshi Nakatsuji 【序】円二色性(CD)スペクトルは、キラル分子を同定するだけでなく、柔軟なキラル分子の立体 配置を決定することができる。これは、一重結合の回転のような低エネルギー自由度や、水素結 合・スタッキング等の弱い相互作用に鋭敏に反映し、CD スペクトルが変化するためである。こ の CD スペクトルが変化する理由を明らかにすることができれば、これまで以上に多くの情報を CD スペクトルから得ることができる。SAC-CI 法[1-3]を用いて、実験 CD スペクトルと比較する ことにより、分子情報を克明に解析し、予言することもできる[4]。そこで我々は、キラル分子の CD スペクトルの持つ 分子情報の理論解析・予 測を目的として、 SAC-CI 法と Gaussian 中の有用な方法論を統 左巻き 右巻き (a) Z-DNA (1DCG) (b) B-DNA (9BNA) 5’ C D N A ZD-1 合したキラサクを構築 ZD-2 螺旋の CD スペクトル】 G G C C G 5’ T A T BD-1 C G C G C G C 5’ C 5’ G BD-2 3’ (d) A-RNA (3JXQ) 3’ G R N A ZR-1 3’ G C G G C C C G G C 5’ ZR-2 5’ C 5’ C G C CD スペクトルは、溶液 中の生体分子の構造を C C 3’ A (c) Z-RNA (1T4X) している[5,6]。 【DNA と RNA の二重 G 3’ G 3’ G G G C C G 3’ AR-2 C G G 3’ C 5’ AR-1 図 1. DNA と RNA の右巻き・左巻き構造と 4 量体モデル 調べるためによく使われている[7]。 DNA と RNA は両方とも右巻きと左巻 左巻き Z-DNA きの安定な二重螺旋構造が存在する 右巻き B-DNA DNA (図 1)。DNA の CD スペクトルは、右 巻きと左巻きで正負逆の CD スペクト ルが観測されるが、DNA と RNA でも Exptl. SAC-CI (ZD-1) 正負逆の CD スペクトルが観測される (図 2,[8,9])。すなわち DNA の左巻き 220 の CD スペクトルの特徴が、RNA の右 240 260 280 Wavelength (nm) 300 Z-RNA Exptl. SAC-CI (BD-1) 320 220 240 300 320 A-RNA RNA 巻きの CD スペクトルの特徴と同じで 260 280 Wavelength (nm) ある。DNA・RNA 中で核酸塩基同士 の相互作用は 2 種類存在するので、図 1 の X 線構造から各 2 個ずつ 4 量体モ デル(4 個の核酸塩基を含む)の CD スペクトルを、SAC-CI 法で D95(d)レ Exptl. SAC-CI (ZR-1) 220 240 260 280 Wavelength (nm) 300 Exptl. SAC-CI (AR-1) 320 220 240 260 280 Wavelength (nm) 300 320 図 2. 4 量体モデルの SAC-CI CD スペクトル(赤)と実験 CD ス ペクトル(黒[8,9])の比較(SAC-CI の結果を 0.5 eV シフトした) ベルの基底関数を用いて計算した。 図 2 に示した 4 量体モデルの SAC-CI CD スペクトルは、DNA と RNA の螺旋構造を同定して いる低エネルギー領域(295 nm)で、実験 CD スペクトルの特徴をよく再現している。 (求めた励起 状態の数が少ないため、高エネルギー(低波長)領域では、実験と一致していない。)RNA の CD ス ペクトルの特徴が DNA と正反対である理由は、DNA では左巻きが強くスタックしているのに対 して、RNA では右巻きの A-RNA が強くスタックしているためである。すなわち DNA と RNA の二重螺旋構造は、両方とも強いスタッキング相互作用により、295nm に強い負のピークが現れ ることが明らかになった。 【ロドプシンの構造変化と CD スペクトル】QM/MM 法により構造最適化したロドプシンによる CD スペクトルの計算は、実験スペクトルと必ずしも良く一致しなかった。これはレチナールが ロドプシン中で構造変 化が起こりやすいため φ0 (a) +20 (b) +20 φ1 で、実際にロドプシン中 +10 +10 Δε 0 Δε 0 のレチナールは光異性 化反応により φ0,φ1(図 3)が大きく変化している。 そこで、ロドプシンから レチナールのみを取り 出して、φ0,φ1 のみを変 化させたときの CD スペ クトルの変化を計算し た。図 3 から φ0,φ1 の回 転により CD スペクトル Exptl. φ0 = −14.9 φ0 = −30.0 φ0 = −150.0 φ0 = −180.0 -10 -20 200 300 400 500 Wavelength (nm) Exptl. φ1 = −45.2 φ1 = −15.0 φ1 = +15.0 φ1 = +45.0 -10 -20 600 700 200 300 400 500 Wavelength (nm) 600 700 図 3. (a)シス―トランス異性化(φ0)、(b)6 員環の回転(φ1)による CD スペクトル の変化(φ0=-14.9 と φ1=-45.2 は共にロドプシン中のレチナールの構造。レチ ナールはオプシンにより約 1eV ほどシフトするので、SAC-CI の結果を 1eV シ フトして実験と比較している。) が大きく変化することが分かる。ロドプシンの最適化構造から取り出したレチナール(φ0=−14.9 または φ1=−45.2)の CD スペクトルはロドプシンの実験 CD スペクトルの特徴と一致した。 ロドプシンは活性中心である 11 シス-レチナールが、光異性化反応によってオールトランスー レチナールへと構造変化(ロドプシン→バソロドプシン→メタロドプシン II)し、その CD スペ クトルも観測されている[10,11]。φ0=−150.0 の CD スペクトルは、強い負のピークを持つバソロ ドプシンの特徴と一致し、φ0=−180.0 の CD スペクトルは、正のピークを持つメタロドプシン II の特徴と一致している。発表当日は、シス―トランス異性化や、オプシンが CD スペクトルに及 ぼす効果について考察する予定である。 【謝辞】本研究成果は、自然科学研究機構 計算科学研究センターの利用により得られたものであ り、深く感謝いたします。 【参考文献】[1] Nakatsuji, H.; Hirao, K.; J. Chem. Phys. 1978, 68, 2053, Nakatsuji, H.; Chem. Phys. Lett.1978, 59, 362.; 1979, 67, 329, 334; Bull. Chem. Soc. Jpn. 2005, 78, 1705. [2]. Ehara, M.; Hasegawa, J.; Nakatsuji, H.; Theory and applications of Computational Chemistry, The First 40 Years, Elsevier Oxford, 2005; p1099. [3] SAC-CI homepage. http://www.qcri.or.jp/sacci/ (16/12/2012). [4] Miyahara, T.;. Nakatsuji, H.; Sugiyama, H.; J. Phys. Chem. A 2013, 117, 42. [5] Miyahara, T.;. Nakatsuji, H.; J. Phys. Chem. A 2013,117, 14065. [6] Miyahara, T.;. Nakatsuji, H.; Wada, T.; J. Phys. Chem. A 2014,118, (in press). [7] Beroya, N.; Nakanishi, K.; Woody, R. W. Circular Dichroism: Principles and Applications, 2nd ed,; Wiley-VCH, New York, (2000). [8] Xu, Y.; Ikeda, R.; Sugiyama, H; J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 13519. [9] Tashiro, R.; Sugiyama, H.; J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 2094. [10] Thomas, Y. G.; Szundi, I.; Lewis, J. W.; Kliger, D. S.; Biochemistry, 2009, 48, 12283. [11] Horiuchi, S.; Tokunaga, F.; Yoshizawa, T.; Biochimica et Biophysica Acta, 1980, 591, 445.
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