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1. 中国語拼音 r 音の発音方法
日本で発売された各種の中国語教本等において、拼音の ri 音の発音の仕方がどのように説明
されているかを表にしてみよう。拼音の zh、ch、sh 及び r は、子音のそり舌音のグループに属する。
表 1 中国語各種教本における r 音の発音方法の説明
番号
1
中国語教本等
発音方法の説明
宮 島吉敏 他著 「中国 語
この教本の末尾に母音と子音の組合せの表が添付されて
四 週 間 」 大 学 書 林
いる。この表では、上記 4 つの子音は「捲舌音」のグループ
(1958)
に入っている。この教本では、まず zhi の発音方法を説明
し、それに準じて chi、shi 及び ri の発音方法を説明してい
る。すなわち ri の発音方法は次のようになる:(1)歯をごく軽
く喰い合わせ、(2)唇は閉じ合わさないで軽く横に開き、(3)
舌全体を喉の方へ引きつけるようにし、舌の先を巻き起こし
舌尖を上顎に軽く付けたまま(リ)或いは(イ)音を出せばよ
い。
なお、中国語の拼音による表記法が制定されたのは、1958
年であるが、この教本では、注音符号とウェード式ローマ字
表記法が用いられている。
2
相浦杲著「NHK 中国語
この教本の途中に「中国語の音節表」が挿入されており、上
入門(第二版)」日本放
記 4 つの子音は「そり舌音」のグループに入っている。ri の
送出版協会(1993)
発音方法の説明は次のとおりである:そり舌音 shi と同じよう
に舌の先をそらせ、上の歯茎のうしろの、いちばん深くなっ
たところに近づけてそのすきまから摩擦をおこし、初めから
声を出す。摩擦は shi のように強くない。このとき歯は軽く閉
じ、唇はとじないでひらいている。
3
于康他著「中国語プライ
この教本の末尾にも音節表が添付されているが、表内に
マリー1」好文出版
「そり舌音」のような分類は記されていない。r の発音方法の
(2006)
説明は次のとおりである:舌先をそりあげ、ただし上あごに
は付けずに「リー」。
4
NHK ラジオ「まいにち中
このテキストでは zh、ch、sh、r をまとめて説明しているが、
国語」入門編 2010 年 4
「そり舌音」との表記はない。r の発音方法の説明を整理す
月号講師三宅登之
ると次のようになる:舌の先をそり上げ、舌の先を上あごにく
っつけずに、少しすきまをあけておき、そのまま声を出して
声帯を震わせながら「リ」を発音すると“ri”になる。
5
NHK ラジオ「まいにち中
そり舌音(捲舌音)zh、ch、sh、r については、以下の要領で
国語」2014 年 4 月号講師
口の構えを作る:1)上下の歯はかみ合わせる。2)正面から
小野秀樹
見て、上下の前歯が 2 本ずる見える程度に唇を上下に開く
2
(日本語で「ユ」というときの唇をもう少し開いたかたち)。3)
口の中で舌をそり上げて、舌先を上あご(上の前歯の付け
根よりも少し内側)にあてる。ri は 1) 2)の口の構えで、舌を
そり上げて「リ」と言う。
これらの表から、発音上もっとも重要なのは舌先を上の歯茎のうしろに近付けることであり、その
状態で「リ」という摩擦音を出すのが ri 音の発音方法であるということになる。いずれにしてもこの r
音は、北京標準語特有のものであり、東洋人・西洋人を問わず、また中国の他地方の人にとっても
極めて発音のむずかしい音であると言える。
2. 固有名詞の中国語漢字表記における r 音
以前、小著「にほん、にっぽん、Japan」において、漢字「日」の拼音表記は ri であり、これは中国
語の 4 つのそり舌音(拼音の声母では zh、ch、sh、r)の一つで、中国語の子音では基本的に有気
音と無気音の対立があるが、sh と r とが唯一清音と濁音の対立を示していることを述べた。また ri の
ウェード式表記(英国人 Wade が考案した)は jih であり、これは当時の英国人に ri が[dʒi]と聞こえ
たからであることを述べた。
その後、中国へ旅行したときに中華航空の機内誌の路線図にスイスのジュネーブ(Geneva
[dʒəní꞉və])が中国語で「日内瓦」(拼音では Rineiwa)と表記されていることを発見した。また、イタリ
アのジェノバ(Genova [dʒénɔ꞉vɑ꞉])が中国語で「热那亚」(拼音では Renaya)と表記されていること
が分かった。これらのことから中国人も拼音の r 音が[dʒ]に近い音であると認識していると考えられ
る。
現在の中国で外国の地名や人名の漢字表記を決めるのはどの部署なのであろうか?やはり日
本の文部科学省にあたる国務院教育部なのであろうか?また漢字表記を決める指針のようなもの
はあるのだろうか?ご存じの方はぜひご教示願いたい。
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3. 中国語拼音 r 音と日本語漢字音との関係
現代中国語(標準語)には、拼音 r で始まる音節が 13 種類ある。それら各音節に該当する漢字
の呉音、漢音、中古漢字音、中世朝鮮漢字音等を表にすると次のようになる。
表 2 中国語拼音 r 音と日本語漢字音との関係
漢字発音記号 2
朝鮮漢字音発音記号
漢音
上古
中古
現代 3
中世 4
ネン
ゼン
nian
niɛn (riɛn)
jɔn
ziən
染
ネム
ゼム
niam
niɛm (riɛm)
jɔm
ziəm
rang
譲
ニャウ
ジャウ
niaŋ
niaŋ (riaŋ)
jaŋ
ziaŋ
rao
擾
ネウ
ゼウ
niɔg
niɛu (riɛu)
jo
zio
re
熱
ネツ
ゼツ
niat
niɛt (riɛt)
jɔl
ziəl
ren
人
ニン
ジン
nien
niӗn (rɪӗn)
in
zin
任
ニム
ジム
niəm
niəm (rɪəm)
im
zim
認
ニン
ジン
nien
niӗn (rɪӗn)
in
zin
忍
ニン
ジン
nien
niӗn (rɪӗn)
in
zin
ri
日
ニチ
ジツ
niӗt
niӗt (rɪӗt)
il
zil
rong
栄
ヰヤウ
ヱイ
ɦɪuӗŋ
ɦɪuʌŋ
jɔŋ
’iəŋ
容
ユウ
ヨウ
ġiuŋ
yioŋ
joŋ
’ioŋ
溶
ユウ
ヨウ
ġiuŋ
yioŋ
joŋ
’ioŋ
融
ユ
ヨウ
ḍioŋ
yiuŋ
juŋ
riuŋ
冗
ニュウ
ジョウ
niuŋ
nioŋ (rɪoŋ)
joŋ
zioŋ
柔
ニウ
ジウ
niog
niəu (rɪəu)
ju
ziu
肉
ニク
ジク
niok
niuk (rɪuk)
juk
ziuk
如
ニョ
ジョ
niag
nio (rɪo)
jɔ
ziə
乳
ニュウ
ジュ
niŭg
niu (rɪu)
ju
ziu
入
ニフ
ジフ
niəp
niəp (rɪəp)
ip
zip
辱
ノク・ジク
ジョク
niuk
niok (rɪok)
jok
ziok
ゼン
niuan
niuɛn (rɪuɛn)
jɔn
’iən
拼音
ran
rou
ru
漢字
日本漢字音 2
1
呉音
然
K
ruan
軟
ネン・ナン
rui
鋭
エイ
エイ
ḍiuad
yiuɛi
je
瑞
ズイ
スイ
dhiuar
ʒɪuӗ
sɔ
run
潤
ニン
ジュン
niuen
niuӗn (rɪuӗn)
jun
ziun
ruo
若
ニャク
ジャク
niak
niak (rɪak)
jak
ziak
弱
ニャク
ジャク
niɔk
niak (rɪak)
jak
ziak
1
中国語の簡体字ではなく、日本語の常用漢字の字体を記載した。
2
藤堂明保編「学研漢和大字典」学習研究社(1998)による。
4
3
韓国大漢韓辭典編纂室編「教学漢韓辭典」教学社(2001)から各漢字のハングル表記を調べ、それを宋枝学著
「基礎朝鮮語」大学書林(1958)を参考にして現代朝鮮漢字音に変換した。なお、ヤ行の半母音の発音記号は、
上記藤堂では[y]になっているが、宋枝学や国際音声記号では[j]になっている。
4
伊藤智ゆき著「朝鮮漢字音研究 資料篇」汲古書院(2007)5)による。本来中古漢字音と中古朝鮮漢字音とを比較
したいところであるが、実際には中古朝鮮漢字音を知る手がかりはないので、やむを得ず中世朝鮮漢字音を参考
にする。
K
慣用音
この表から次のことが分かる。
(1) ほとんどの漢字の漢音は、「ゼ」「ジャ」「ジュ」又は「ジョ」で始まっている。これらの漢字の中古
音には 2 種類あり、かっこ外の音の声母(頭子音)はすべて n になっており、かっこ内の音の声
母はすべて r になっている。すなわち呉音が「ネ」又は「ニ」で始まっているのは、このかっこ外の
n 音が反映されていることになる。一方、漢音が「ゼ」「ジャ」「ジュ」又は「ジョ」で始まっているの
は、かっこ外の r 音が反映されているからである。これは中古の r 音が、当時の日本人に[z]音
又は[dʒ]音に聞こえたからであろう。あるいはこれらの漢字の中世朝鮮漢字音の声母が[z]であ
り、中世朝鮮漢字音は中古朝鮮漢字音からほとんど変化していないと推定すれば、日本語の
漢音は、朝鮮から伝えられたものとも考えられる。
(2) 上記の例外は拼音が rong の「栄」「容」「溶」及び「融」ならびに拼音が rui の「鋭」及び「瑞」で
あって、中古音の声母に r 音が見られない。これらの漢字の中古音に続く『中原音韻』(元)及び
現代音は次のとおりである。
栄 yuəŋ
ruəŋ
容 ioŋ
ruəŋ
溶 ioŋ
ruəŋ
融 ioŋ
ruəŋ
鋭 iuəi ruəi
瑞 ʃɪui····ruəi(····はこの間著しく不規則な発音の変化があり、つながりが不明であることを示す)
これらの漢字については、少なくとも元時代までは声母に r 音が見られず、その後いつの時代
かは分からないが、r 音に変化し、現代に至っていることになる。
(2014.9.20.)