精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.49(2014)pp.231 − 242
精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部における
クリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
村瀬雅之*・松多信尚**・Cheng-Hong Lin ***・Wen-Shan Chen ****・Jui-Jen Lin ***
西川由香****・和田絵里香*・小泉尚嗣*****
An Acceleration Event of Creeping Slip Detected by Precise Leveling Survey at the Central Part of
the Longitudinal Valley Fault, Eastern Taiwan (2010-2013)
Masayuki MURASE *, Nobuhisa MATTA **, Cheng-Hong LIN ***, Wen-Shan CHEN ****,
Jui-Jen LIN ***, Yuka NISHIKAWA ****, Erika WADA * and Naoji KOIZUMI *****
(Received November 16, 2013)
Precise levelling sur veys were conducted across the central Longitudinal Valley Fault, eastern Taiwan, to
understand the deformation of the transition zone between the stable fault creep area and the locked area, which maybe
correspond to an asperity. In order to investigate the surface relationship between the fault creep area and the geological
condition of the transition zone, we established levelling routes in the Yuli, and Chike-san areas. The Yuli area forms the
geological boundar y of the Lichi Melange Formation, which is composed of chaotic mudstones containing numerous
exotic blocks of various sizes and lithologies. Along the Yuli route, located on the Lichi Melange, an uplift rate of 30 mm/
yr was detected during the period 2010–2013, suggesting that aseismic fault creep might be continuing with long-term stability. Along the Chike-san route, located on no Lichi Melange, a vertical deformation rate of 8 mm/yr, 40mm/yr, and
20mm/yr were detected in the period 2010–2011, 2011–2012, and 2012–2013, respectively.
The creep slip distribution was estimated by using a two-dimensional single-fault model proposed at Chike-san in the
period 2012–2013. Large slip rates were estimated at 4∼5 km of the fault plane. At the previous periods 2010–2011 and
2011–2012, relatively large slip rates were estimated at two parts of the fault plane̶one at a depth of about 1.5 km and
another at a depth of 4 ∼5 km̶. We believe that the acceleration event of creeping slip was continued at the depth of 4 ∼
5 km in the period 2012–2013. The northern limit of the stable creep area may be the Yuli area. The episodic creep event
occurred in the transition zone between the stable fault creep area and the asperity area. The boundary between the stable creep area and the episodic creep area is consistent with the geological boundary of the Lichi Melange Formation.
Keywords: Taiwan, Longitudinal valley fault, precise leveling survey, aseismic creep motion
台東縦谷断層南部では様子が異なる。台東縦谷断層南部
1 .はじめに
では,地表で地震を起こすことなく断層がゆっくりずれ
台東縦谷断層(Longitudinal valley fault)は,東台湾に
位置し,フィリピン海プレートとユーラシアプレートの
動く,クリープ現象が報告されている(e.g., Lee et al.,
2003; Yu et al., 1997; Yu and Kuo, 2001)
。
衝突境界と考えられている断層である。台東縦谷断層北
Lay and Kanamori(1980, 1981)によってプレート間地
部では,歴史記録より M6 クラスの地震の発生が知られ
震を説明するモデルとして,アスペリティーモデルが提
ている(e.g., Hsu, 1962; Shyu et al., 2005, 2006)
。しかし,
唱されている。このモデルを測地学的に解釈し台東縦谷
*
**
***
****
*****
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Taiwan (R.O.C.)
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Technology, 1-1-1 Higashi, Tsukuba, Ibaraki 305-8568, Japan
─ 231 ─
(187)
村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
断層の事例に適用すると,断層北部は,普段は断層が固
幅 4 km の南北に延びる谷があり,地質学的なプレート
着してひずみを蓄積し、間欠的に地震を起こす事によっ
境界となっている(Fig. 1)。その縦谷の東縁に東上がり
てひずみを解消するアスペリティー領域と考える事がで
の逆断層である台東縦谷断層が走っている(Ho, 1986)
きる。それに対し,断層南部の少なくとも地表付近はひ
(Fig. 2a)
。海岸山脈を構成する島弧の岩体は,中新統か
ずみをゆっくりとしたクリープ滑りで解消するクリープ
ら鮮新統初期の火山岩とタービダイトの堆積物からな
領域と考えられる。アスペリティー領域では,アスペリ
り,この断層に接する海岸山脈側の地質は玉里(Yuli)
ティーの周囲に,普段は固着しているが,間欠的にゆっ
より南側では未固結の泥岩を主体とする利吉(Lichi)メ
くりとした滑りを発生するスロースリップなどの間欠的
ランジェ層が分布する(陳・王,1996)。この地層中にみ
な滑りを起こし,アスペリティー領域にひずみを間欠的
られる苦鉄質とウルトラ苦鉄質の岩石断片は海洋地殻の
に伝達する現象が想定され,また観測により捉えられて
断片の可能性があり,その考えに基づけばこの利吉メラ
いる。このアスペリティー領域とクリープ領域の間の挙
ンジェは衝突帯になる前の沈み込み帯で形成されたと考
動は,2000 年以降多くの研究者によって調査されるよ
えられる(e.g., Chen et al., 1997)
。
うになった(e.g., Ohta et al., 2004)
。しかし,現象が十
台東縦谷断層は 1951年に地表地震断層を出現させる地
分理解されたとは言えない。なぜならば,調査対象とさ
震を立て続けに起こした。地表地震断層は光復(Gongfu)
れる断層は,海面下に存在し,断層直上の地殻変動を得
の南から池上(Chishang)の南まで報告されている(Hsu,
る事が難しい場合がほとんどである。台東縦谷断層は,
1962; Shyu et al., 2005, 2007)
。この断層の北部の活動度
陸上にあるプレート境界断層であり,このアスペリティー
は古地震学的調査から,活動間隔が約 150 年間隔(Yen
領域とクリープ領域の境界部の挙動を詳細に調べるのに
et al., 2008)
,170 − 210 年間隔(Chen et al., 2007)で地震
適した断層と言える。
を発生させると考えられている。トレンチ掘削調査の壁
台東縦谷断層中部の地殻変動を詳細に捉えるため,筆
者らは 2008 年より水準測量調査を開始した。路線の新
面から求めた平均変位速度は 17 − 24.4mm/year(Yen et
al., 2008)とされる。
設などを行いながら,2013 年現在 6 回の測量を終え,台
近年の地球物理的・測地学的な手法において,断層の
東縦谷断層中部の地殻変動が明らかになりつつある。特
北部地域と中部・南部地域は性質が異なる事が報告され
筆すべきは,2010 年から 2012 年の赤科山路線の地殻変
ている。Yu et al.(1997)のおこなったGPS 観測によれば,
動の時間変化であり,Murase et al.(2013)では,地殻
断層は,北部と中・南部地域で歪み速度や変化のパター
変動モデリングを行う事で,赤科山付近でクリープ滑り
ンが異なっており,北部では断層に近づくにつれて徐々
の加速イベントが起こった事を明らかにした。本稿で
にひずみ速度が変化するのに対して,中・南部地域の歪
は,Murase et al.(2013)で紹介した 2010 年から 2012 年
み速度は台東縦谷断層を挟んで急激に変化している。こ
の赤科山路線の地殻変動の時間変化が,その後 1 年の間
の変動パターンから,台東縦谷断層北部では断層が固着
にどのような時間経過をたどったのかを議論するため,
しており,弾性的に歪みが蓄えられていると解釈でき
新たに 2013 年の測量データを加え,赤科山のクリープ滑
る。それに対して断層中・南部では断層がクリープ滑り
りの加速イベントについての更なる理解を目指すことと
を起こすため,断層近傍で急激に歪み速度が変化する様
する。
に見えると解釈できる。断層南部の池上に設置されたク
リープメータによっても非地震的に進行する地殻変動が
検出され,断層の地表部がクリープしている事が報告さ
2 .台東縦谷断層の地質と地震活動・地殻変動の関係
れている(Lee et al., 2003)
。
台湾島はユーラシアプレートとフィリピン海プレート
上述の様に,いくつかの研究が台東縦谷断層でなされ
が 82mm/year(Yu et al., 1997)で収束し,フィリピン海
ているが,本研究の対象域である台東縦谷断層中部の地
プレート上のルソン弧がユーラシアプレートに衝突する
殻変動は未だ十分に調査されていない。Champenois et
造山帯である(Chai, 1972; Biq, 1973; Bowin et al., 1978;
al.(2012)は,PS-InSAR を用いて台東縦谷断層のクリー
Teng,1996)。台湾島の中央部には,西ほど変成度が低い
プ滑りによる地殻変動の空間分布を明らかにした。彼ら
変成岩から構成される 4000m 近い標高の中央山脈があ
の結果からも,断層南部においてクリープ滑りによって
り,東海岸にはルソン弧の島弧岩体で構成される標高
食い違う断層の変位は明らかである。しかし,断層中部
1000m 前 後 の 海 岸 山 脈 が あ る(e.g. Chen, 1988, Ho,
では,南部に比べて期待される変位が小さいためと思わ
1988)
。両山脈の間には台東縦谷と呼ばれる長さ 150km・
れるが,断層を挟んだ明確な地殻変動は見られない。よ
(188)
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精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部におけるクリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
121˚18'
23˚30'
121˚24'
121˚30'
km
0
5
LVF
R98
23˚24'
Chike-san route
BM C101
km
0
23˚18'
50
BM 90
Yuli route
24˚
BM 101
Central
Range
Lichi Melange
←Coastal
Range
23˚12'
Longitudinal
Valley
22˚
120˚
122˚
Fig. 1 A location map of the central part of the Longitudinal Valley Fault (LVF) showing the Chike-san, and Yuli levelling routes. The
black lines denote the Chike-san, and a part of the Yuli levelling routes. All benchmarks along the black lines as well as the
gray line of the Yuli route were observed in 2008, 2009, 2010, and 2012. In 2011 and 2013, the central part of Yuli route (black
line) was observed. The dashed line denotes the LVF. The gray-coloured areas denote the distribution of the Lichi Melange
(Chang et al., 2000). (Inset) Location of the Longitudinal Valley in Taiwan. The Longitudinal Valley, marked by the two arrows,
is a narrow valley located between the Central Mountain Range and the Coastal Mountain Range. The rectangle shows the
area shown in the location map.
り精度の高い水準測量によって,断層中部地域の地殻変
を起こす事が出来ず地表浅部まで固着する。この違いに
動を明らかにする必要がある。
より,GPS などで検出される断層の南北の歪み速度パ
上述の先行研究から,利吉メランジェの分布域と,台
ターンの違いが生じていると考えた。この仮説の検証の
東縦谷断層のクリープ滑りの分布域は大まかに一致する
ために,利吉メランジェ分布の北の境界である中部地域
様に見える。我々は台東縦谷断層の南部地域で断層に接
の地殻変動を精密水準測量により検出する事で,利吉メ
する利吉メランジェが潤滑材のような働きをし,クリー
ランジェとクリープ滑りの関係を明らかにする事を目指
プ滑りを発生させているとの仮説を立てた。断層北部で
す。
は,メランジェが存在しないため,断層がクリープ滑り
─ 233 ─
(189)
村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
(mm/year)
40 (a)
30
Deformation rates of the Yuli line
―2010-2011
―2011-2012
―2012-2013
20
10
0
Fault
-10
(m)
100
(b) Relative elevation
referred to BM 101
0
-100
0
1
2
3
4
5
6
distance from BM 101 (km)
Fig. 2 (a): Vertical deformation of the Yuli route detected by precise levelling. Red, blue and green lines denote vertical deformations
from 2010 to 2011, from 2011 to 2012, and from 2012 to 2013, respectively. The reference point is BM 101 (see Fig. 1 for the
location of BM 101). Error bars denote the accumulated closing errors from BM 101. The dashed brown line denotes the
location of LVF in the Yuli route. (b): The route profile by the precise levelling survey. Relative elevations of the benchmarks
in the Yuli route are referred to BM 101.
究では,東海岸までの 28km におよぶ長路線を測定する
3 .精密水準測量の概要,結果,精度
ことにより,現在まで明らかになっていないクリープ滑
3.1 水準測量の概要
りが起こっている深さについて推定することを目指して
本研究では,台東縦谷断層中部のクリープ現象の空間
分布を把握するために,台東縦谷断層中部に位置する瑞
穂郷・玉里鎮・富里郷にわたる複数の水準測量路線を新
設した。ここでは,本研究で対象とした玉里路線,赤科
山路線について紹介する。
玉里路線では利吉メランジェ分布域を通る台東縦谷断
層を横切る玉里―長浜間の約 28km の道路に 123 点の水
準点を設置した(Fig. 1)
。玉里路線の約 6km 北に台湾国
営鉄道の東部幹線の旧鉄橋があり,その橋脚に目視で確
認できるほどの高低差が生じているため,この地域で大
規模な断層クリープが起こっていることが予想された
(Plate 1)。また,約 6 km 程度の短い路線であるが,1986
年 -1996 年に水準測量が行われ,約 24mm/year で進行す
る上下変動が検出されている(Yu and Kuo, 2001)
。本研
(190)
Plate 1 Railroad Bridge over the Longitudinal Valley Fault in Yuli
─ 234 ─
精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部におけるクリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
いるが,その議論は本稿ではおこなわない。玉里路線は
場所でも約 300m 間隔と稠密な配置をおこなった。水準
2008 年 8 月に水準点を設置し第一回測定をおこなった。
点は既存コンクリート構造物上にステンレスピンを設置
その後,2009 年 8 月,2010 年 8 月,2012 年 8 月に路線全
した簡易的なものであるが,御嶽山において繰り返し行
体の再測量をおこなっている。2011 年 8 月,2013 年 8 月
われた水準測量により水準点としての安定性を十分に持
は,時間の関係上,断層近傍の約 10km(MB101∼BM
つことが確認されている(e.g., Kimata et al., 2004)。
166-1)のみを再測量した。
測定には国土地理院認定 1 級指定の Leica 社製電子レ
赤科山路線は,玉里路線の約 15km 北方に位置するほ
ぼ東西方向に伸びる約 5 km の路線である。2010 年 8 月
ベル DNA03 と,インバールバーコード標尺 GPCL3 を使
用した。
に 46 点の水準点を設置し,第一回測量をおこなってい
る。その後,2011 年 8 月,2012 年 8 月,2013 年 8 月に再
3.2 検出された台東縦谷断層中部の上下変動
測量をおこなった。赤科山付近では,地表では利吉メラ
赤科山路線の 2010 年 8 月,2011 年 8 月,2012 年 8 月,
ンジェは確認されておらず,利吉メランジェが安定的な
2013 年 8 月の測量結果を Table 1 に示す。台東縦谷断層
断層クリープの発生に寄与するという仮説が正しけれ
中部での 2011 年以前の測量結果は村瀬・他(2012)およ
ば,赤科山地域では玉里路線とは異なる地殻変動が観測
び村瀬・他(2009)での報告を参照されたい。
玉里路線および赤科山路線の地殻変動を Fig. 2 および
される事を期待してこの場所に路線を設置した。
水準点は,断層の近傍では約 100m 間隔,それ以外の
(mm/year)
40 (a)
Fig. 3 に示す。断層と地殻変動との関係が分かりやすい
Deformation rates of the Chike-san route
Fault
30
20
10
0
10
(m)
100
0
(b)
Relative elevation
referred to BM C101
-100
0
1
2
3
distance from BM C101 (km)
4
5
Fig. 3 (a): Vertical deformation of the Chike-san route detected by precise levelling. Red, blue, and green lines denote vertical
deformations from 2010 to 2011, from 2011 to 2012, and from 2012 to 2013, respectively. The reference point is BM C101 (see
Fig. 1 for the location of BM C101). Error bars denote the accumulated closing errors from BM C101. The dashed brown line
denotes the location of LVF in the Chike-san route. (b): The route profile by the precise levelling survey. Relative elevations of
the benchmarks in the Chike-san route are referred to BM C101.
─ 235 ─
(191)
村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
Table1 Relative elevatations of benchmarks in Chike−san line
(192)
height referred to BM C101
BM
Lat (°)
Lon. (°
)
C101
23.38338302
121.3300281
0.00000
0.00000
0.00000
0.00000
C102
23.38339898
121.3303626
−0.82513
−0.82563
−0.82556
−0.82555
C103
23.38382071
121.3314118
−1.17444
−1.17530
−1.17504
−1.17496
C104
23.3841781
121.3325342
−1.83089
−1.83202
−1.82386
−1.82383
C105
23.38456292
121.3336604
−2.33344
−2.33453
−2.33364
−2.33371
C106
23.38505584
121.3347217
−2.37644
−2.37751
−2.37646
−2.37649
C107
23.38543714
121.3357111
−1.26272
−1.26356
−1.26270
−1.26371
2013
2012
2011
2010
C108
23.38593047
121.3367555
0.76972
0.76826
0.77012
0.77076
L271A
23.38617299
121.3384936
3.25869
3.25819
3.26188
3.26382
C110
23.38607467
121.3396842
3.47735
3.47760
3.47984
3.48173
C111
23.38590564
121.3412314
3.62861
3.62903
3.63285
3.63503
C112
23.38576733
121.3423833
3.75884
3.75845
3.76114
3.76344
C113
23.38560833
121.3435298
3.78472
3.78670
3.78869
3.79116
C114
23.38543791
121.3447238
3.72600
3.72731
3.73037
3.73258
C115
23.38531839
121.3458649
3.66534
3.66269
3.66793
3.66883
R271A
23.38509541
121.3470914
3.68089
3.67207
3.65149
3.65214
C117
23.3847879
121.3482619
2.23033
2.21506
2.18455
2.17738
C118
23.38464235
121.3487225
0.23953
0.22453
0.19257
0.18559
C119
23.38423341
121.3494662
0.28105
0.26711
0.23881
0.23322
C120
23.38386233
121.3503525
2.66294
2.64999
2.62478
2.62010
C121
23.38346991
121.3512069
5.54505
5.53180
5.50729
5.50317
774
23.38324762
121.3515885
6.66244
6.64924
6.62503
6.62379
C122
23.38297274
121.3525263
9.43028
9.41652
9.39257
9.38860
C123
23.38269308
121.3535863
12.30817
12.29345
12.26941
12.26530
C124
23.38254502
121.3544146
14.76766
14.75244
14.72866
14.62687
C125
23.38237157
121.3550652
16.53426
16.51865
16.49504
16.49247
C126
23.38217599
121.3559335
18.63106
18.61520
18.59165
18.58792
C127
23.38192915
121.3566383
20.93669
20.92032
20.89677
20.89483
C128
23.38168232
121.3573431
24.56698
24.55058
24.52733
24.52359
C129
23.38133787
121.3579681
27.41997
27.40348
27.37995
27.37659
C130
23.38104538
121.3585753
30.35085
30.33387
30.31050
30.30701
C131
23.3810412
121.359178
34.06403
34.04712
34.02383
34.02055
C132
23.38106278
121.359784
38.12617
38.10858
38.08564
38.05627
C133
23.38105648
121.3603335
42.35864
42.34085
42.31813
42.31663
C134
23.38119388
121.361228
48.46233
48.44430
48.42160
48.41987
C135
23.38103743
121.3620875
56.37082
55.65965
55.63683
55.63441
C136
23.38080556
121.3628745
63.02414
63.00608
62.98301
62.98037
C137
23.38097528
121.3638408
70.08810
70.06965
70.04654
70.04375
C138
23.38143699
121.3646457
74.90228
74.88606
74.86567
75.68584
C139
23.38109007
121.3657001
83.80412
83.78590
83.76278
83.75918
C140
23.38138061
121.3665786
89.07395
89.05597
89.03324
89.03029
C141
23.38135816
121.3674145
94.36538
94.34786
94.32563
94.32318
C142
23.38104101
121.3683697
99.80336
99.78535
99.76214
99.75895
C143
23.38035737
121.3698688
107.87386
107.85929
107.83620
107.83282
C144
23.38014725
121.3707305
116.75036
116.73216
116.70941
116.70592
C145
23.37976576
121.371854
129.25190
129.23424
129.21155
129.20907
C146
23.3795868
121.3746094
153.12080
153.10329
153.07972
153.07670
─ 236 ─
精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部におけるクリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
ように,断層に直行した方向(N70°
W)に投影して示し
地震時の変動や余効変動を除けば,安定した変動が続い
ている。地殻変動図中に周囲の地殻変動の傾向とは異な
ている事を示している。本研究の玉里路線も Chen et al.
るスパイク状の変化を示す水準点が見られる。これは,
(2012)と同様に安定した変動を示している。赤科山に
水準点の設置されたコンクリート構造物が安定でなかっ
おいて 2010 年から 2013 年に検出されたこの顕著な変化
た場合に見られる変化であり,クリープ滑りによる地殻
は,台東縦谷断層中部において初めて検出された非地震
変動を反映していないと考えられるが,本報告では除外
性地殻変動の時間変化である。赤科山周辺で地殻変動の
せず示している。
時間変化が発生したメカニズムについての議論は次章で
玉里路線では,断層を横切る約 2 km の区間で約 30mm/
おこなう。
年の隆起が検出された(Fig. 2)
。2010 年 8 月から 2013 年
の 8 月の調査期間に台東縦谷中部で大きな地震は発生し
3.3 水準測量の誤差
ておらず,検出された地殻変動は,非地震性のクリープ
すべりであると考えられる。変動量そして変動パターン
地殻変動の詳細な議論の前に,本研究の精密水準測量
の誤差について検討しておきたい。
は,2010 年から 2013 年の間でほぼ一致しており,安定
水準測量のランダムな誤差は,水準点間を 2 回測定す
的な変化をしている事がわかる。Murase et al.(2013)
ることによる往復誤差と,水準路線が環をなしている場
では,台東縦谷断層での調査を始めた 2008 年からの地
合の閉合誤差を用いて精度評価が可能である。本研究で
殻変動を示しているが,地殻変動の傾向は,本報告同様
設置された路線は山間部の道路状況が悪く環状に配置す
に安定しており,毎年きわめて良い一致を示している。
る事がかなわなかったため,往復誤差によって精度の検
Yu and Kuo(2001)は,玉里付近に設置した 5 km の短
討をおこなった。
い水準路線を 11 年にわたり調査した結果を報告してい
測定は往復 2 回行い,測量時の往復誤差の許容範囲と
る。地殻変動の時系列は,きわめて良く 24.4 mm/ 年の
して式(1)に示す国土地理院の 1 等水準測量の基準値
隆起速度を示す直線上に乗る事が示されている。本研究
を用いた。
で 示 さ れ た 隆 起 量 30mm/ 年 と Yu and Kuo(2001)の
δ = 2.5 √
(1)
L ・・・
24.4mm/ 年の隆起量の差は,設置した水準路線の場所
が異なる事によって生じた差と考えられ,本調査および
こ こ で δ は 許 容 範 囲(mm),L は 水 準 点 間 の 距 離
Yu and Kuo(2001)より,玉里地域においてきわめて安
(km)である。式(1)で計算される閾値を往復誤差が超え
定した地殻変動が継続している事が示されたと解釈すべ
た場合は,閾値以内に収まるまで再測量をおこなった。
きと考える。
環をなさない水準路線におけるランダムな測量誤差
赤科山路線では,2010 年から 2011 年に,断層を横切
σ (h) として,以下の式が提案されている。
る数百メートルの区間で 8 mm/ 年の上下変動が検出さ
β
σ (h) = ― √
(2)
L ・・・
√j
れた。この結果より,赤科山でクリープ滑りは発生して
いると考えられるが,15km 南に位置する玉里路線と比
較すると変動量は非常に小さい。しかしながら,2011 年
ここで,測量誤差 σ (h) は mm,βは水準測量の等級,観
から 2012 年の変動量は約 40mm/ 年に増加した。変動量
測年代などに起因する定数,j は 1 回の測定の場合に 1 ,
は大きく変化したが,変動パターンは,2010 年− 2011 年
往復測量の場合を 2 とする。L は水準点間の距離(km)
と 2011 年− 2012 年は良く似ている。それに対し,2012
である(Pelton and Smith, 1982)
。Vanicek et al.(1980)は
年から 2013 年の地殻変動は,20mm/ 年と前年の半分程
National Geodetic Survey と U.S. Geological Survey の膨大
度に減少したものの,地表断層の場所から東に離れるに
な経験からβ値を推定し,アメリカ Long Valley cardela
したがって,変動量が再び増加するという,以前には見
でのケースではβ= 0.7 であるとしている。また,著者
られない変化パターンを示している。2010 年から 2013
(村瀬)が参加している御嶽火山における水準測量の誤
年の調査期間には,大きな地震は発生しておらず,これ
差の検討の結果も,Long Valley cardela のケースと同様
らの変化は非地震性のクリープ滑りによって引き起こさ
β= 0.7 程度と推定される(Kimata et al., 2004)。
れたと考えられる。
それでは赤科山路線における往復誤差と測定距離との
Chen et al.(2012)は,台東縦谷断層南部でおこなわ
関係を Fig. 4a に示す。水準点間の往復誤差の多くは ±
れた水準測量および GPS 観測データをコンパイルして
0.5mm 以内に収まっている。上述の式(2)を β = 0.7 と
地殻変動の時空間分布を明らかにした。彼らの結果は,
した場合の曲線も Fig. 4 中に示すが,ほとんどの測定結
─ 237 ─
(193)
村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
mm
0.6
mm
1.2
(a) Closure difference between adjoining benchmarks
0.4
1
0.2
0.8
0
0.6
-0.2
-0.4
2013
0.4
2012
0.2
2011
-0.6
2013
2012
2011
2010
0
2010
0
(b) Accumulated closure difference along the route
0.1
distance (km)
0.2
0.3
0.0
1.0
2.0
3.0
4.0
distance from refrence point (km)
5.0
Fig. 4 (a): Closures of the precise levelling on the Chike-san route. The distributions of the closing errors of the precise levelling
between adjoining benchmarks on the Chike-san route are plotted for 2010, 2011, 2012 and 2013. The dashed line is calculated
from Eq. (2) with an assigned β-value of 0.7. (b): Accumulated closures of the precise levelling on the Chike-san route. The
accumulations of the closing errors for 2010, 2011, 2012, and 2013 are from the reference point BM C101 . The dashed line is
calculated from Eq. (2) with an assigned β-value of 0.7.
果は曲線の内側にプロットされる。Fig. 4b では,赤科
線膨張係数を測定した場合と比較し,公称精度を用いた
山路線の最西端の水準点 C101 を基準とした各観測点の
場合は係数に 10-7/℃オーダーの不確実性があると想定
積算誤差を検討した。上述の式(2)をβ= 0.7 とした場
される。温度膨張係数に 5.0 × 10-7/℃のずれがあり,10
合の曲線を点線で示す。本測量結果はβ= 0.7 とした場
度気温差がある条件で,100m の高低差のある路線を測
合の曲線より,第一回測量である 2010 年を除き十分小
量した場合をシミュレーションすると地殻変動に最大
さな値をとる。赤科山路線の 2010 年の測量結果は他の
0.5mm の誤差が生じる可能性があるが,この値も地殻変
結果と比較して測量誤差が大きく,β= 0.7 とした場合
動量と比較し十分に小さいものである。
の曲線付近に位置する(Fig. 4b の 2010 年測量結果)。こ
大気の温度勾配による視準線の屈折誤差も測量結果に
の路線の相対的に大きな往復誤差の理由として,路線に
影響を与える可能性があるが,本報告で補正をおこなわ
約 1 km の橋が存在する事が挙げられる。交通量が多い
ない。測定時の地表面付近の温度勾配を測定し誤差を見
ときには橋が振動するため正確な測定が難しい。2 回目
積もることが,より信頼度の高い測定のためには必要と
の測量の以降は,交通量の少ない時間帯を選んで測定す
なる。しかしながら,同じ季節に再測量をおこなう場
る事で誤差の軽減に成功した。最も大きな 2010 年の往
合,前回測定時と似た温度勾配が再現されている可能性
復差の積算値でも 1 mm を超える事は無く,本研究で検
が高く,地殻変動を議論する場合には大部分が相殺され
出された地殻変動は有意であると確認された。
ると考えられる。
続いて,標尺の熱膨張によるスケール誤差についても
触れておきたい。標尺の熱膨張によって,目盛りのずれ
4 .断層形状とクリープすべりのモデリング
が引き起こされる。標尺に使用されるインバール材は温
Murase et al.(2013)では,2010 年から 2012 年の測量
度膨張が少なく,温度変化による測定誤差を減らすこと
で明らかになった赤科山周辺の急激な地殻変動の時間変
が可能である。さらに本研究では観測時の気温を測定
化から,台東縦谷断層のクリープを起こしている浅い部
し,標尺の温度膨張補正をおこなっている。日本で使わ
分の形状および,クリープすべりのすべり分布の推定を
れる精密水準測量用の標尺は 1 本ずつ線膨張係数が検定
おこなった。本解析ではその手法にならい,2012 年から
されているので膨張係数を知ることは容易であるが,本
2013 年のクリープのすべり分布の推定をおこなった。以
研究で用いた台湾で購入した標尺は検定をおこなってい
下に,Murase et al.(2013)にておこなった手法の説明を
ない物であった。Leica 社製インバールバーコード標尺
記す。
-6
GPCL 3 の公証の線膨張係数は 1.0 × 10 /℃である。した
-6
赤科山地域における台東縦谷断層の形状は十分に理解
がって線膨張係数 1.0 × 10 /℃を使用し,観測時の測定
されておらず,先見情報に基づいて断層形状を与える事
気温から標尺の温度膨張補正を行った。しかし,個別に
が出来ないため,赤科山路線の地殻変動より断層形状を
(194)
─ 238 ─
精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部におけるクリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
推定する事を試みた。しかし,本研究の赤科山路線はほ
高 Vp/Vs 領域は,台東縦谷断層の深さ 30km より下部か
ぼ断層直行方向に線上に配置されており,断層に平行な
ら筋状に連なって上がっていき,最終的には台東縦谷断
方向に対する地殻変動の広がりについて検出する能力は
層の浅部につながるように見える。これらの結果から,
無い。そこで Murase et al.(2013)では,断層に直行す
深さ 6 km 程度までの断層浅部は,深部から流体が供給
る 2 次元の半無限完全弾性体に1枚の逆断層を仮定し,
される特殊な状況になっており,クリープ滑りが発生し
Okada(1992)により計算をおこなった。断層の形状を
ている可能性が示唆される。
決める 5 つのパラメータ(location, width, depth, dip-
次に詳細なクリープすべりの空間分布を求めるため,
angle, slip)は,遺伝的アルゴリズム(Goldberg, 1989)を
上記で求められた断層を 0.5km ずつ 12 枚の小断層に区
用い,2010 年から 1012 年の地殻変動を最も良く説明す
切った。12 枚の断層は,隣り合う断層のすべり量は滑ら
るように求められた。
かに変化するという条件の下で推定された。すべり量が
本解析では,この Murase et al.(2013)にて求められ
た断層形状を使用している。Murase et al.(2013)にて求
められた断層形状を Fig. 5a に示す。クリープしている断
層は断層浅部の深さ約 6km までの部分である。Wu et al.
滑らかに変化するという条件は,赤池ベイズ情報量基準
(ABIC)
(Akaike, 1980)を用いる事で最適化された。
5 .議論
(2007)は台東縦谷断層中部において Vp/Vs 比と微小地
水準測量によって得られた 2012 年から 2013 年の地殻
震の震源分布を報告している。微小地震は断層に沿う深
変動(観測値)と推定されたクリープ滑りの空間分布か
さ 10km から 25km に分布しており,クリープ滑りを起
ら計算された地殻変動(計算値)を Fig. 6 に示す。計算値
こしている浅い部分では微小地震活動は不活発である事
が観測値を良く再現している事がわかる。推定された
が示されている。また,クリープ滑りが推定される 6 km
2012 年から 2013 年のクリープ滑りの空間分布を Fig. 5b
以浅は高 Vp/Vs が示されており,微小地震活動が見ら
に示す。Fig. 5b には Murase et al.(2013)にて求められ
れる深さ 10km から 25km は顕著な低 Vp/Vs 領域である。
た 2010 年から 2011 年,2011 年から 2012 年のクリープ滑
Fault geometry
distance from BM C101 (km)
0
Depth(km)
1
2
1
2
3
4
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
3
4
5
6
0
(b) Estimated slip rate for each segment
Slip rate (mm/year)
0
40
80
(1)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(3)
(4)
(5)
2
(6)
3
120
2010-2011
2011-2012
2012-2013
(2)
1
Depth(km)
(a)
(7)
(8)
4
(9)
(10)
5
(11)
(12)
6
Fig. 5 (a): Depth profile of the 12 sub-faults. The black line denotes the geometry of the optimal fault model estimated by Murase et
al. (2013). The diamonds denote the breakpoints of sub-faults. The sub-faults are numbered from 1 to 12. (b): Slip distribution
of the 12 sub-faults for the period from 2012 to 2013. The green line denotes the estimated slip distribution of the 12 sub-fault
in the period from 2012 to 2013. The slip distributions estimated by Murase et al. (2013) for the periods from 2010 to 2011 and
from 2011 to 2012 are also shown. The red line denotes the estimated slip distribution of the 12 sub-faults in the period from
2010 to 2011, and the blue line denotes the estimated slip distribution of the 12 sub-fault in the period from 2011 to 2012.
─ 239 ─
(195)
村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
Deformation rates of the Chike san route
(mm/year)
2012-2013
30
calculation
observation
20
10
0
-10
0
1
2
3
distance from BM C101 (km)
4
5
Fig. 6 Obser ved and calculated deformations form slips of 12 sub-faults in the period from 2012 to 2013. Open circles denote
observed deformation with error bars of accumulated closing errors from BM C101. The plus symbols denote calculated
deformations.
りの空間分布も示した。Murase et al.(2013)では,2010
ンは,以前とは異なる。推定された 2012 年から 2013 年
年から 2011 年と 2011 年から 2012 年のクリープ滑りの空
の滑り分布を見ると,断層の深さ 1.5km 程度の浅い部分
間分布を比較し,滑り量は大きく異なるものの,深さ
でのスパイク状の大きな滑りは見られないが,深さ4-5km
1.5km 程度の浅い部分と,深さ 4-5km の深い部分の 2 カ
の深い部分の滑りは以前同様に存在する。したがって,
所が大きく滑るというパターンは変わらない事を示し,
2012 年から 2013 年は,浅い部分のクリープ滑りが減少
普段からクリープを起こしている部分が,2011 年から
して 2010 年から 2011 年の値に近づいたが,深さ 4-5km
2012 年は滑りを加速させたと結論した。もし,2011 年
の深い部分の滑りは,2011 年から 2012 年の半分程度ま
から 2012 年に滑った部分が,2010 年から 2011 年と異な
では減少したものの,2010 年から 2011 年と比較すると
るとなれば,普段固着している部分がゆっくりと滑り出
未だ 5 倍程度の大きな滑りが継続している事が明らかと
した事を意味し,スロースリップが発生したと異なった
なった。
Murase et al.(2013)では,このクリープ滑りの加速
解釈がなされるため,断層の同じ部分が加速したという
事が判明した事は重要である。
イベントの継続期間も検討している。GPS 連続観測に
それでは,2012 年から 2013 年はどうだったのであろ
よって本イベントが捉えられていれば明確に答えを出す
うか。上述の様に 2012 年から 2013 年の地殻変動パター
事 が 可 能 で あ る が, 赤 科 山 近 傍 に は GPS 観 測 点 が 無
(196)
─ 240 ─
精密水準測量によって検出された台湾台東縦谷断層中部におけるクリープ滑りの加速イベント(2010-2013)
く,最寄りの GPS 観測点を確認するも,本イベントと
の分布域に位置する玉里路線では,約 30mm/ 年の上下
思われる変化は検出されなかった。そこで,観測期間中
変動が断層を挟む約 2 km の領域で 2010 年から 2013 年の
の赤科山付近の微小地震活動を調べ,2012 年 7 月に約
期間に検出された。この変動は長期間にわたり安定して
1 ヶ月程度の微小地震数の微増を発見し,この 1 ヶ月程
継続していると考えられる。
度の期間に加速イベントが発生した可能性を指摘した。
それに対して,利吉メランジェが地表付近で確認され
しかしながら,2012 年から 2013 年の滑り分布の結果は,
ていない赤科山路線では,2010 年から 2011 年に約 8 mm/
2012 年から 2013 年においてもまだ加速イベントが継続
年,2011 年から 2012 年に約 40mm/ 年,2012 年から 2013
している事を示しており,Murase et al.(2013)の指摘
年に約 20mm/ 年の上下変動が検出された。また,2010
は誤りである。本加速イベントは,1 年以上に渡って継
年から 2011 年と 2011 年から 2012 年の地殻変動パターン
続している可能性がある。この加速イベントがいつまで
は似ているのに対して,2012 年から 2013 年の地殻変動
継続し,どの程度の滑りが非地震性クリープとして解消
は,断層から離れるにしたがって再び変動が大きくなる
されるのかを明らかにするため,来年度以降も継続した
という以前と異なるパターンを示した。
調査をおこなう予定である。また,赤科山地域に連続
この地殻変動の原因を解明するため,2 次元の断層モ
GPS 観測点を早急に設置する事が重要であると考える。
デルによるクリープ滑りの空間分布が推定された。2010
最後に,赤科山付近でクリープ滑りの加速イベントが
年から 2011 年と 2011 年から 2012 年のクリープ滑りの空
発生した理由を地質から検討したい。上述の様に,断層
間分布は Murase et al.(2013)によって推定され,2 つの
に沿った利吉メランジェの分布は玉里より南の地域に限
期間で滑り量は大きく異なるものの,深さ 1.5km 程度の
られる。メランジェの分布域に位置する玉里路線では,
浅い部分と,深さ 4-5km の深い部分の 2 カ所が大きく滑
毎年等しい地殻変動が観測され,安定したクリープ滑り
るというパターンは変わらない事を示し,普段からク
が発生していると考えられる。それに対して,メラン
リープを起こしている部分が,2011 年から 2012 年は滑
ジェが地表では確認されない赤科山付近では,2010 年
りを加速させたと結論している。2012 年から 2013 年は,
から 2011 年は約 8mm,2011 年から 2012 年は約 40mm,
浅い部分のクリープ滑りが減少して 2010 年から 2011 年
2012 年から 2013 年は約 20mm と地殻変動量が時間変化
の値に近づいたが,深さ 4-5km の深い部分の滑りは,
し,クリープ滑りが鈍化したり,加速したりというイベ
2011 年から 2012 年の半分程度までは減少したものの,
ントが発生していると考えられる。これは,赤科山付近
2010 年から 2011 年と比較すれば 5 倍程度の大きな滑り
の断層では,メランジェが存在しない,もしくは少ない
が継続していた事が示唆された。
ために,スムースにクリープ滑りが起こせない可能性が
本測定により,安定したクリープ滑りを起こす領域の
ある。僅か 15km 南に位置する玉里において 30mm/ 年
北端は玉里であり,その 15km 北の赤科山では時間変化
のクリープ滑りが継続的に発生することより,クリープ
する不安定なクリープ滑りが引き起こされている事が明
をスムースに起こせない赤科山付近の断層には急激に歪
らかとなった。この安定・不安定なクリープ滑りの境界
みが蓄積される。この歪みを解消するために,クリープ
は,断層近傍での利吉メランジェの有無と正確に一致す
滑りの加速イベントが赤科山付近で間欠的に発生してい
る事が明らかとなった。
ると考えられる。
6 .結論
安定したクリープ滑りを起こす領域とアスペリティー
領域の境界領域と考えられる台東縦谷断層中央部におい
て複数の路線を設置し,精密水準測量を 2008 年よりお
こなっている。本稿では玉里路線と赤科山路線の 2010
年から 2013 年の測量結果を報告した。利吉メランジェ
謝辞
本稿を査読いただき,有益なご意見をくださった鵜川元雄
教授に深く感謝いたします。また,本調査を進めるにあた
り,中央研究院地球科学研究所および台湾大学のスタッフに
は多大なるご協力を賜りました(We would like to thank the
staf f of Institute of Ear th Sciences, Academia Sinica and
National Taiwan university for their support of our survey)。
図 の 作 成 に は Generic Mapping Tools(Wessel and Smith,
1995)を使用した。ここに記して感謝いたします。
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村瀬 雅之・松多 信尚・Cheng-Hong Lin・Wen-Shan Chen・Jui-Jen Lin・西川 由香・和田 絵里香・小泉 尚嗣
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