大学入試分科会研究発表 東京都立北豊島工業高等学校 向井 崇人 1. 大学入試分科会の紹介 大学入試分科会では、毎年の大学入試問題を研究し、背景にある数学的な見方や考え方につい て研究協議を重ね、大学入試問題に対する問題分析力、解法力を高めると共に、教材構成力を高 める活動を進めている。そして、大学入試問題をヒントに授業における教材作成や指導法につい ての議論を進め、実践に活かしている。 具体的な活動としては、毎月 1 回定例会を開き、関東近辺の大学を中心に各自が分担した大学 の入試問題の検討結果を報告し、入試問題として内容や表現が適切か、どのような解法が考えら れるか、その問題の背景にどのような定理・公式・理論が広がっているか、各学校での実態に合 わせた指導や日々の授業にフィードバックできることはないか等の研究協議を行っている。毎回 の参加者は 10 人~20 人である。 本稿では、本分科会で培った数学的な見方や考え方がどのように生徒に還元できるかという観 点で報告し、これまでの培った経験から所見を述べる。 2. 大学入試問題の数学背景の紹介 数学の問題の解き方は多様であり、手法はもちろん、論証表現も含めれば人によって、解答が 異なることは当然である。同様に問題をどのように捉えるかという視点も人によって異なる。本 分科会の中で、多くの教員で問題を考えることで、新たな視点を得ることができ、生徒への指導 に役立てられることが多くあった。 入試問題には大学側からのメッセージが込められている。きちんと計算ができてほしい、すべ ての問題に取り組んでほしい、論証がしっかりできてほしいなど、大学ごとに求める学生像に差 はあるが、どの大学も受験テクニックに頼らず、自分で考えることができる学生を求めている。 数学を解く際に定石と呼ばれる解法がある。それをある程度覚えることは大切であり、試験時 間という制約を考えれば、定石を覚えることは効率的であることは事実である。しかし、生徒に はなぜその解法があるのか、解を導くに当たって発想の原点を教えることを忘れてはならない。 入試問題の数学背景を生徒に伝える意図は、多様な考え方と本質の捉え方を教えることである。 加えて、数学の壮大な世界を体感させ、生徒の興味関心を高めることがねらいである。 以下に、具体的な問題を取り上げ、その背景を紹介する。問題の見方は人それぞれであり、以 下は見方の一つであり、それだけであるというわけではない。この機会で先生方の見方を教えて いただければと思う。 1 [1] 数列の周期性(2014 東京大学 5) 5 r を 0 以上の整数とし、数列 an を次のように定める。 a1 r, a2 r 1, an2 an1 (an 1) n 1,2,3, また、素数 p を 1 つとり、 an を p で割った余りを bn とする。ただし、0 を p で割った 余りは 0 とする。 (1) 自然数 n に対し、 bn 2 は bn1 (bn 1) を p で割った余りと一致することを示せ。 (2) r 2, p 17 の場合に、10 以下の全ての自然数 n に対して、 bn を求めよ。 (3) ある 2 つの相異なる自然数 n, m に対して、 bn1 bm1 0, bn2 bm2 が成り立ったとする。このとき、 bn bm が成り立つことを示せ。 a2 , a3 , a4 , に p で割り切れない数が現れないとする。このとき、 a1 も p で割り切 れないことを示せ。 (解) an を p で割った余りを an p と表すことにする。当然 bn an p である。 (1) an を p で割った時の商を qn とすると、割り算原理より、 q Z s.t an pqn bn qn bn したがって、 an 2 an1 (an 1) pqn1 bn1 pqn bn 1 pqn1 pqn bn 1 qn bn1 bn1 bn 1 bn2 an2 p bn1 bn 1p □ (2) a1 r 2, a2 3 b1 a1 17 217 2 , b2 a2 17 317 3 (1)の結果を用いて、 b3 a 3 17 b2 b1 117 3 317 9 b4 a 4 17 b3 b2 117 9 417 3617 2 b5 a 5 17 b4 b3 117 2 1017 2017 3 2 再び 2,3 が出てきたので、以下は同様の計算となる。言い換えれば、数列 bn は 3 周期の数列 である。よって、10 以下の全ての自然数 n に対して、 bn は 2,3,9,2,3,9,2,3,9,2 である。 □ (3) p bm1 bm 1p bm2 である。 (1)より bn2 bn1 bn 1 再び、割り算原理より、 q1 , q2 Z s.t bn1 bn 1 pq1 bn2 q1 bn2 bm1 bm 1 pq2 bm2 ・・・① q2 bm2 bn1 bn 1 bm1 bm 1 bn1 bn bm pq1 bn2 pq2 bm2 pq1 q2 bn1 bm1 0, bn2 bm2 bn1 bn bm pq1 q2 ここで、 bn1 0 なので、 bn1 は p を約数にもたない。ゆえに、 bn bm が p の倍数でなければな らない。しかし、 0 bn , bm p 1 であるので、 1 p bn bm p 1 である。 よって、上式をみたすような場合は bn bm に限る。 □ 【解説】 本問は数列の各項をある素数 p で割った余りの数列に関する問題である。 一般に適当な数列の各項をある素数で割った余りを見ると、ある周期で繰り返すことが知られ ている。例えば、 [フィボナッチ数列] 1,1,2,3,5,8,13,21, ・・・ p2: 1,1,0,1,1,0,1,1, ・・・ →3周期 1,1,2,0,2,2,1,0・・・ →8周期 p 3: この現象は他の数列でも成り立つことが知られているが、任意の素数について、その周期を決 定することは、難しい問題で、整数論の一つの研究分野となっている。この周期性を利用して、 素数判定法にも応用されている。フィボナッチ数列の場合は研究が盛んであることから、フィボ ナッチ数列の周期については多くのことがわかっている。次の定理はその一つである。 3 【定理】 p を 2 と 5 以外の素数とするとき、任意の自然数 n に対して次が成り立つ。 (1) p 1mod 5 のとき、 Fn p1 Fn mod p (2) p 2mod 5 のとき、 Fn2 p1 Fn mod p (ただし、 Fn はフィボナッチ数列の一般項である。) 本問は 2 つの自然数を限定した上で 2 項間の距離を考えさせている。高校では合同式を教えな いので、この問題は割り算原理から、式変形をしていくことで解いていく。合同式であれば、剰 余に直接目を向けるので、数列に秘められた不思議な性質にも気づきやすいと思われる。 高校で合同式を教えないにしても、剰余の世界の有用性を生徒に伝えることは大切であると考え る。莫大とも思える数の世界を剰余の世界では、もとの世界の性質を保ったまま、考える対象の 数が格段に少なくなる。そうすることにより、問題の求める解も虱潰しにより探すことも可能で ある。このような問題の解説だけでなく、世界を変えて考えるという意識も育てたい。 p は整数論や代数学などではよく使われる記号で「ブラケット an 」 なお、解答にて使用した a n と読む。 4 [2] ガロア理論(2012 京都大学 4) 4 (1) 3 2 が無理数であることを証明せよ。 (2) P(x) は有理数を係数とする x の多項式で P 3 2 0 を満たしているとする。このとき P(x) は x 3 2 で割り切れることを証明せよ。 (解) (1) 背理法より 3 2 が有理数であるとする。すなわち 3 2 3 q p, q Z p, q 1 とする。 p 2 p q 2 p3 q3 q Z とおくことができる。これを代入して整理すると、 ゆえに、 q 2q p 3 4q3 したがって、 p 2 p p Z となるが、これは p, q 1に矛盾する。 よって、 3 2 は無理数である。 □ (2) 背理法より、 P(x) は x 2 で割り切れないと仮定する。 3 P( x) x 3 2 Q( x) ax 2 bx c, (a, b, c Q) ・・・☆ a, b, c の少なくとも一つは 0 でない。 x 3 2 とおく。 (ⅰ) a 0 のとき、 b c 0 で無理数と有理数の和となり、係数は 0 でないので不適。 (ⅱ) a 0 のとき、a b c 0 ・・・①の両辺にαをかけると、 2a b c 0 ・・・②となる。 2 2 ここで、 ①× b -②× a : b ac bc 2a 0 2 2 となり、無理数と有理数の和であるので、 b 2 ac 0 かつ bc 2a 2 0 a 0 のとき、 b 0 で①より c 0 となるので不適 5 a 0 のとき、 c b2 で後式に代入して整理すると、 a 3 b b 3 2 2 a a よって、 P(x) は x 2 で割り切れることが示せた。 3 □ 【解説】 本問が出題された 2012 年はガロア生誕 200 年の年であった。京都大学がこのことを意識した かは不明だが、背景はガロア理論の最小多項式であると思われる。 この問題の背景には分母の有理化が深く関わっている。中学校から習う分母の有理化は平方根 のみの実数を扱っている。しかし、一般には分母に冪根が含まれている実数も有理化の対象にあ ると考えることは自然な発想である。冪根の有理化については高校数学では扱わないが、そうい った考え方があることを生徒に紹介することで、生徒の視点を広げることができるのではないだ ろうか。このことを通じて、「対象を一般化する」という意識を育んでいきたい。 参考までに冪根の有理化について、概要を述べる。 ◆ユークリッドの互除法と分母の有理化 定義約多項式 多項式 f ( x), g ( x), ( x) において、 f ( x) ( x) g ( x) となるとき f (x) が g (x) の約多項式という。 補題ユークリッドの互除法のキーレンマ f ( x) g ( x) q ( x) r ( x) dim r ( x) dim g ( x) ⇔ f ( x), g ( x) g ( x), r( x) 命題拡張ユークリッドの互除法 GCD f ( x), g ( x) h( x) とするとき、次の式を満たす多項式 ( x), ( x) が存在する。 ・・・(☆) h( x) f ( x) ( x) g ( x) ( x) 例 具体的な多項式にして考えて見る。 f ( x) x 3 2, g ( x) x 2 x 1 について、GCD f ( x), g ( x) h( x) を求め、(☆)が成り立つよう な ( x), ( x) を見つける。 6 x 3 x 2 2 x 2 x 1 x 1 2 x 3 x 1 2 x 3 1 5 11 x 2 4 4 2 x 3 11 8 x 12 0 4 11 11 h( x ) 11 4 命題より、 11 5 5 1 1 x 2 x 1 2 x 3 x g ( x) f ( x) g ( x)( x 1) x 4 4 4 2 2 5 3 1 1 1 f ( x) x g ( x) x 2 x 4 4 4 2 2 5 3 1 2 2 1 f ( x) x g ( x) x 2 x 11 11 11 11 11 この計算は分母の有理化とみなすことが出来る。 x 3 2 を上式に代入して、 5 3 1 2 2 1 f (3 2 ) 3 2 g (3 2 ) 3 4 3 2 11 11 11 11 11 1 1 3 2 3 4 1 33 2 23 4 11 1 1 1 33 2 23 4 3 3 1 2 4 11 □ 一般に を有理化するとしても、 f (x) (x )gxとして、GCD f (x), gx h(x) か 1 gn ら同様にして(☆)を得て、有理化をすることができる。すなわち、一般の冪根においても有理化が 出来ることが示せた。 7 [3] コラッツ予想(2011 センター試験数学ⅡB 6) 6 n を 2 以上の自然数とし、以下の操作を考える。 (i) n が偶数ならば、 n を 2 で割る。 (ii) n が奇数ならば、 n を 3 倍して 1 加える。 与えられた 2 以上の自然数にこの操作を行い、 得られた自然数が 1 でなければ、、 得られた自然数にこの操作を繰り返すことで必ず 1 が得られることが確かめられ ている。たとえば、10 から始めると 10→5→16→8→4→2→1 である。ただし、 a b は 1 回の操作で自然数 a から自然数 b が得られたことを 意味する。 N を 2 以上 10 以下の自然数とするとき、F(N)を N から初めて 1 が得られるま 5 での上記の操作の回数と定義する。また、F(1)=0 とおく。例えば上の例から、 F(10)=6 である。 (1)F(6)、F(11)を求めよ。 (解)略 【解説】 本問は未解決問題のコラッツ予想に範囲を限定した場合の問題である。コラッツ予想は任 意の自然数でも成り立つという予想である。主張は簡単であるが、解決の目途は全く立って いないようである。さらに興味深いことは、通常このような予想をした人の逸話は多く語ら れるものなのだが、コラッツという数学者がどのような人間であったのかということは、あ まり語られていない。ドイツの数学者であるということだけで、どのような業績があるとか はどこにも書かれていないことも不思議なことである。 生徒には、いくつかの数でこの操作を試させ、予想が成り立つかどうかを考えさせても面 白いかもしれない。 8 [4] abc 予想(入試問題と時事問題) 入試問題は出題者のメッセージが込められている。時にはそのメッセージが時事問題と関連し たものがある。例えば、円周率が 3 で良いと騒がれた時には、円周率πの無理数性や大きさなど まつわる問題がいくつかの大学で出題された。また、フェルマーの最終定理が解決されてからは、 指数を 3 や 4 にしたり、係数をつけたりした問題が出題された。偶然か深読みしすぎかは分から ないが、少なからず出題者も、時事問題を意識して作問していると考えても良いように思える。 そうした観点から、次に出題されそうな話題は abc 予想である。 abc 予想は 1985 年に Joseph Oesterle と David Masser によって提起された数論の予想で ある。2012 年 8 月、京都大学教授の望月新一は abc 予想を証明したとする論文を発表した。4 編 500 ページからなる論文で、現在は正否を審査されている。 【 abc 予想】 互いに素な自然数 a, b, c が a b c, a b を満たすとする。積 abc の互いに異なる素因 1 数全体の積を R とおく。任意の正数εに対し、 c R 存在しない。 となる a, b, c の組は有限個しか また、ε≧1 ならば、 c R が成り立つ。 2 このままでは何を主張しているのか分からないので、いくつかの具体例を挙げてみる。 例えば、 a 4, b 15, c 19 のとき、 R 2 15 19 570 R は c よりもずっと大きな値となり、全ての正数εに対して c R1 (19 5701 ) となってい る。特殊な a, b, c でなければ、通常は c<R となるので、 abc 予想はどの程度まで起こるかを考え ていることになる。 もっと砕いて言えば、大抵は c R となる。けれども大抵ということは全部ではないというこ とである。そのレアケースな組み合わせで c R となるものがある、 abc 予想は「そういったレ アケースは有限個なんだよ」と教えている予想である。 * 大抵な組み合わせ ( a, b, c )=(1,2,3)のとき、 abc =1×2×3=6.R=1×2×3=6 で確かに c=3<6=R ( a, b, c )=(3,4,7)のとき、 abc =3×4×7=84.R=3×2×7=42 で確かに c=7<42=R このようにみると確かにほとんどが R の方が大きいと感じる。次にレアケースを見てみる。即 ち、反例を挙げる。 * レアケースな組み合わせ(有限なのだろう¿?!¡← abc 予想) ( a, b, c )=(1,8,9)のとき、 abc =1×8×9=72.R=1×2×3=6 で c=9>6=R ( a, b, c )=(1,48,49)のとき、 abc =1×48×49.R=42 で c=49>42=R ( a, b, c )=(1,63,64)のとき、 abc =1×63×64.R=30 で c=64>30=R 9 因みに、c<100 の範囲で c>R となる a, b, c の組は 6 組しかなく、c<1000 の範囲でも 31 組しか ない。オランダのライデン大学数学研究所はコンピュータによって a, b, c の組み合わせを計算し ている。 この予想が真であると仮定すると、数々の興味深い数論の結果が得られることから、 abc 予想 は有名になった。例えば、 abc 予想を仮定して「フェルマーの最終定理」を解いてみる。 【フェルマーの最終定理】 n 3 のとき、 x n y n z n を満たす整数の組 x, y, z は存在しない (解) 背理法より、そのような自然数の組があると仮定する。 GCDx, y, z d とすると x dX , y dY , z dZ とおけて、 dX n dY n dZ n X n Yn Zn となる。よって、互いに素な組をつくることができるので、互いに素な場合のみ考えればよい。 また、互いに素であることと対称性から、 x y としてよい。すると x , y , z は abc 予想の仮定 を満たしている。 n n n よって、 z n R 2 である。また、 R f ( x n ) f ( y n ) f ( z n ) xyz が成り立つ。 (等号は x, y, z が 1 または、素数、異なる素数の積の場合)すると、 z n R 2 x 2 y 2 z 2 z 2 z 2 z 2 z 6 n 6 である。よって、 n 3,4,5 のみを調べたらよい。それぞれは、フェルマー・オイラー・ソフィジ ェルマンにより、そのような自然数の組 x, y, z が存在しないことが証明されている。 これより矛盾が示せた。 □ [5] その他 ~大学入試分科会で話題になったこと~ ① 境界線を含まない領域を積分しても良いのか。(2013 学習院大学(文型)4) ② 複素数の和の定義以前に和を使っていること。(2013 順天堂大学(医)3) ③ 合同式はどこまで使ってよいか。 10 (4) 生徒に伝えたいこと 高校の役割の一つは、時代の変化に関わらず、人間にとって必要なものの考え方を生徒に提供 することである。義務教育を終え、更に抽象化された教科内容を教えることは生徒の考え方の幅 を広げるためであると考える。 人間と自然の関係について、人間の社会活動について、人間の精神活動について、多くの人々 が長いこと思い悩んで、それぞれが行き着いた様々な考え方が学問として蓄積されている。 数学は数量に関する約束事で成り立っている部分が多いことから、理論が真実であり、一度証 明されてしまえば、永遠に真実であると考えられている。しかし、理論をどの角度から見るか、 どのように体系立てるかは様々な手法や考え方がある。数学は非常に複雑なので、私たちはある 眼鏡をかけて、それで見えるものを絞り込んで、数学の仕組みを考えている。複雑な問題の大ま かな枠組みが見えたり、解決の糸口を見つけたりするという点で、眼鏡は非常に役に立つ。我々 は数学の世界を様々な眼鏡を使って見ることができるのである。 ここで、眼鏡によって見え方が異なることを数学Ⅱで扱う「整式の除法」を例にとって、考え て見る。 教科書では、2 つの整式を降べきの順で並べた上で除法を行うとある。しかし、なぜ降べきの 順に並べてから除法を行うかについては、どの教科書にも書かれていない。それでは昇べきの順 で除法を行うとどうなるのであろうか。 1 (1 x) を例に見てみる。 ② 【降べきの順】 y 1 ( x 1) x 1 x 2 x 3 x k 4 …① k 1 3 【昇べきの順】 2 1 (1 x) 1 x x 2 x 3 x k k 0 …② 1 ①-5 -4 -3 -2 -1 O 同じ整式であったとしても、その形は変わってしまう。これ -1 は収束半径の内側で見た世界か、その外側で見た世界かの違い -2 である。 降べきの順では x 1 、 昇べきの順は x 1 で見ている。 1 2 3 -3 -4 グラフで見てみると、分かりやすくなる。 -5 少し専門的な話になるが、これは分数関数を多項式展開するテーラー展開とローラン展開(負冪 のテーラー展開ともいう)の話である。除法によって、ある点における近似値を求めることができ る。しかもその計算は、定義通りの計算に比べて非常に簡易になり、コンピュータによる数値計 算において絶大な威力を発揮している。 この例からも分かるように、どの眼鏡で見るかによって、結論は変わってくる。これが人間の 社会活動や精神活動にもなれば更に複雑な問題となってくる。 そのときにどの眼鏡が正しいかが大切なのではなく、どの眼鏡を選ぶかが大切なことである。 学校は生徒により多くの眼鏡を提供し、判断する基準を広げることが役割である。学問の発展 は自然科学でも、人文科学でも、体系的な蓄積を作り出してきた。つまり、眼鏡の積み重ねであ 11 4 x ① る。その蓄積は、人間の判断の幅を広げる貴重なものであるが、眼鏡を使って見ていることだと いうことと、眼鏡には様々な種類があると言うことを忘れてはならない。 教員になり、生徒に教える中で生徒は自分の考えがあっているかどうかに拘り、どのように考 えたかということについて気にしていないように見えることが多々あった。つまり解法を覚える ことに意識を向け、なぜこの考え方をするのかと考えることが希薄に見えた。 そこで、授業で生徒につける力を私自身が明確にして、生徒と思いを共有した。その結果徐々 にではあるが、生徒は理由を考え、判断する為に具体例を自ら作り、それらを比較して検討する 姿勢となってきた。以下は私が生徒に伝えている数学を通して身につけてほしい力である。 数学を通して身につけてほしい力 【短期的目標】 ① 計算力をつける。 ② 数学理論の背景を知る 【中期目標】 ① わからないことを繰り返して、考えることに慣れる ② 数学の問題が解けるようになる 数学の本を読んだり、問題を解いたりすれば、場合によっては月単位の時間がかかる。1 ペ ージを読むのに 2~3 日かかるなどということは珍しいことでもない。根気が何より必要にな るので、そのように覚悟をもちながら取り組んでほしい。 【長期的目標】 ① わからないことに興味をもつ技術を身につける ② わからないことを理解するやり方を身につける 数学を学んで役に立つことは上記の 2 つである。生きていく上でつまらないことに出会うこ とは避けられない。しかし、選ぶことはできる。わからないし、つまらないからといって、不 平不満を言った後自分の仕事を投げ出してしまうか、興味を持つ、または理解する為の工夫を 考え、努力するかは大きな違いである。後者の力を身につける為に数学は良い教材である。 「数学」は根拠を辿って自分で考えようとする癖をつけ、物事を自分で考え、自分なりの分 析を加えることができるようになる学問である。この 2 点を怠れば、即ち、他人へ依存した人 生になってしまう。 (5) 最後に 都数研へ入会して、私は多くの眼鏡を得ることができた。多くの大学入試問題に触れて、検討 協議することで、新たな数学の視点も得ることができたことは私にとって大きな成果であった。 私が教師になったばかりの頃は、確率や微分積分のような数学の難しい理論も含めて、如何に わかりやすく教えて、興味をもってもらうかが課題だと思って尽力していた。しかし、生徒と関 わったり、都数研で多くの先生方と語ったりする中で、そのうちに悟ってきたことは、私が理解 していると思った知識は、教科書から始まって進められる理論であり、一つの眼鏡からしか見て 12 いない知識で、それは生徒が一番知りたいと思っていることに答えていないということであった。 そのことに気付いていながらも、教師の役割は数学を理解させ、問題を解けるようにすることで あるという思いが優先していた。 生徒が純粋な視点で聞いてくる様々な質問に対して、何とか答えようとする中で、中途半端に 留まっていた私の専門的理解が深まったことが何度もあった。生徒から提供される眼鏡によって、 私の視野も格段に広がったように思える。数学者としても、教育者としても私は生徒に育てられ たと思っている。 今後も都数研では、生徒の為に学び、様々な眼鏡を蓄積していく。より多くの先生方にご参加 いただき、多くの眼鏡を提供してほしいと思う次第である。 (6) 参考文献 [1] 青木昇: 『数学のかんどころ⑮ 素数と 2 次体の整数論』 (共立出版,2012) [2] 木村俊一: 『数学のかんどころ⑭ ガロア理論』(共立出版,2011) [3] 倉田吉喜: 『近代数学ゼミナール 16 代数学』 (近代科学社,1992) [4] 黒川信重: 『知りたい!サイエンスシリーズ リーマン予想の探求~ABC から Z まで~』 (技術評論社,2012) [5] 齋藤正彦: 『基礎数学 1 線形代数学入門』(東京大学出版,1983) [6] 佐藤健一: 『江戸のミリオンセラー『塵劫記』の魅力―吉田光由の発想』(研成社,2000) [7] 杉浦光夫: 『基礎数学 2 解析学Ⅰ』 (東京大学出版,1983) [8] 田島一郎: 『解析入門』 (岩波全書,1981) [9] 富山和子: 『日本の米―環境と文化はかくつくられた―』 (中公新書,1993) [10] 望月新一: 『Inter-universal Teichmuller Theory I: Construction of Hodge Theaters.』 (望 月新一 HP,2012) [11] 山崎隆雄: 『数学セミナー2010 年 10 月号 フェルマー予想と ABC 予想』 (日本評論社, 2010) 13
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