生殖ゲノム品質管理因子Piwiの機能制御

 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
54. 生殖ゲノム品質管理因子 Piwi の機能制御
塩見 美喜子
Key words:RNA サイレンシング,生殖,Piwi,piRNA,
トランスポゾン
* 慶應義塾大学 医学部 分子生物学教室
緒 言
生殖幹細胞自己新生因子 Piwi は生殖組織特異的に発現する小分子 RNA である piRNA(PIWI-interacting RNA)と
結合する事によって piRISC(piRNA-induced silencing complex)複合体を形成し,核内でトランスポゾンの発現を抑
制する 1).生殖ゲノムのトランスポゾンによる損傷は次世代に変異をもたらすのみならず,卵形成や精子形成に異常を
来たし種の保存を脅かすため,有性生殖を行う生物は,Piwi を介したトランスポゾン抑制機構を獲得したと考えられ
る.我々は,ショウジョウバエをモデル生物として,piRISC 複合体によるトランスポゾン抑制機構の分子メカニズム
の全容解明を目指している.Piwi は核移行シグナルを有するが,piRNA と結合する前の Piwi は細胞質に留まる.成
熟型 piRNA と結合した Piwi つまり piRISC のみが選択的に核へ輸送される.本研究では,この Piwi/piRISC の核移行
制御機構に焦点をあて,その作用機序を明らかにするため解析を進めた.これまでに明らかになった知見を以下にまと
める.
方法、結果および考察
我々は,ショウジョウバエ卵巣由来体細胞株 ovarian somatic cell (OSC) 2)を用いたこれまでの研究から,新規細胞質
顆粒体 Yb-body が piRNA 成熟化および piRISC 形成の場であることを見出した(図 1)2).
図 1. OSC における piRNA 機構のモデル図.
*現所属:東京大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻
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piRNA は piRNA クラスターを由来とする小分子 RNA である.細胞質顆粒体 Yb-body は,piRNA 成熟化および
piRISC 形成の場として機能する.Piwi は N 末端に核移行シグナル(Nuclear localization signal: NLS)をもつが,
piRNA と結合するまで細胞質に留まる.piRNA と結合し piRISC となってはじめて核へ輸送される.piRISC による
トランスポゾンの抑制には piRISC の核移行が必須である.その過程において,核移行シグナルを含む,N 末端から 72
アミノ酸を欠失した Piwi 変異体(Piwi-N-delta72)は細胞質で piRNA と結合するものの,核へは移行せず,Piwi 欠失
によるトランスポゾンの脱抑制を解除できないこと(図 2)3),また,piRNA と結合することが出来ない Piwi 変異体
は細胞質に留まること(data not shown)を見出した.
本研究においては,Piwi-N-delta72 に加え,新たに N 末端から 14 アミノ酸を欠失した Piwi 変異体(Piwi-N-delta14)
を作製した(図 2)
.N 末端 14 アミノ酸は 4 つのアルギニンを含んでおり,そのうちの3つは連結しているため,核移
行に大きく寄与すると予想された.また,この連結した3つのアルギニンをアラニンに置換した変異体(PiwiRRRAAA)も作製した(図 2,3).
図 2. Piwi および Piwi 変異体の構造の模式図.
N 末端 72 アミノ酸を欠失した Piwi 変異体(N-delta-72)は piRNA と結合するが核へ移行しない.この変異体
は Piwi 欠失によるトランスポゾンの脱抑制を解除しない.つまり,トランスポゾンのサイレンシングには Piwi
の核局在が必須であるといえる.N 末端 14 アミノ酸を欠失した Piwi 変異体(N-delta-72)および N 末端から
9〜11 番目の3つのアルギニンをアラニンに変換した変異体(RRRAAA)を作製し,同様の実験を行った.
図 3. 野生型 Piwi および Piwi 変異体の発現量解析.
内在性 Piwi をノックダウンした細胞で,3種類の Piwi 変異体 N-delta-72,N-delta-14,RRRAAA,および野生
型 Piwi(WT)を発現し,western blotting 解析によって発現量を調べた.外来性プラスミドで発現させた Piwi
は,全て RNA 干渉に耐性とする様,変異が導入されている.Internal control として Tubulin を western
blotting 解析によって検出した.
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Piwi-N-delta14,Piwi-RRRAAA 変異体の細胞内局在と piRNA 結合能,およびトランスポゾン脱抑制を制御する効果
を RT-qPCR によって調べ,野生型 Piwi(Piwi-WT)のそれと比較した.Piwi-N-delta14,Piwi-RRRAAA 変異体はい
ずれも WT と同様に piRNA には結合するものの核には上手く局在出来ず(data not shown),また,トランスポゾン
脱抑制を制御する効果も野生型に比べて弱いことが判明した(図 4).Piwi-piRISC 核移行には,N 末端 14 アミノ酸だ
けでなく,それに続く 72 番目までの領域も必要であることが明らかになった.
図 4. 野生型 Piwi および Piwi 変異体によるトランスポゾン脱抑制の解除効果.
内在性 Piwi をノックダウンした細胞で,3種類の Piwi 変異体 N-delta-72,N-delta-14,RRRAAA,および野生
型 Piwi(WT)を発現させた後にトランスポゾン mdg1 の発現量を RT-qPCR で調べた.rp49 の発現量に対す
る相対値を示す.野生型 Piwi(WT)は効率よくトランスポゾンの脱抑制を解除する一方,Piwi 変異体 Ndelta-72,N-delta-14,RRRAAA は同様の効果を示さなかった.
核移行シグナルを含む N 末端から 200 アミノ酸に GST タグを付加し,大腸菌で発現させた後に GST アフィニティ
ーカラムを通して GST-Piwi-N200 を単離精製した.その後 OSC 粗抽出液と混合することによって GST プルダウンア
ッセイを行った.Piwi-N200 に特異的に結合する複数のタンパク質が得られたため(data not shown),現在,MS 解析
によってそれらの同定を試みている.これらの Piwi-N200 結合タンパク質には Piwi-piRISC 核移行を制御する因子が
含まれると考えられる.
今後は,まず MS 解析によって同定されたタンパク質を RNA 干渉法によってノックダウンし,Piwi-piRISC 核移行
への影響を調べることによって核移行制御因子を決定する.その後,作用機序を明らかにする.piRNA と結合しない
Piwi が核へと輸送されない仕組みとしては,
(I)Piwi-N 末端に結合するタンパク質が,piRNA との相互作用によって
解離することによってはじめて核輸送因子に認識される様になる,
(II)piRNA 結合による構造変化によってはじめて
核輸送因子に認識される様になる,という 2 つの説が考えられるため,これらを見極める実験をすすめる.piRNA と
結合しない Piwi が核へ移行するとドミナントネガティブとして働いてしまうため,それを阻止することは細胞にとっ
て必須である.piRISC 複合体によるトランスポゾン抑制機構の全容解明を目指すためには本研究は不可欠であるた
め,今後も解析を続行し目的を達成する.
共同研究者
本研究の共同研究者は,慶応義塾大学医学部分子生物学教室の斎藤都暁,東京大学大学院理学系研究科の佐藤 薫,お
よび八代 龍である.
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文 献
1) Ishizu, H., Siomi, H. & Siomi, M. C. : Biology of PIWI-interacting RNAs: New insights into biogenesis and
function inside and outside of germlines. Genes Dev., 26 : 2361-2373, 2012.
2) Saito, K., Inagaki, S., Mituyama, T., Kawamura, Y., Ono, Y., Sakota, E., Kotani, H., Asai, K., Siomi, H. & Siomi,
M. C. : A regulatory circuit for piwi by the large Maf gene traffic jam in Drosophila. Nature, 461 :
1296-1299, 2009.
3) Saito, K., Ishizu, H., Komai, H., Kotani, H., Kawamura, Y., Nishida, K. M., Siomi, H. & Siomi, M. C. : Roles for
the Yb body components Armitage and Yb in primary piRNA biogenesis in Drosophila. Genes Dev., 24 :
2493-2498, 2010.
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