海洋健全度を用いた沿岸環境の定量的評価手法の提案 1. 研究の目的

海洋健全度を用いた沿岸環境の定量的評価手法の提案
1. 研究の目的 近年,沿岸域の環境や造成干潟等の評価として,生態系サービスの考えを
導入し,そのサービスを貨幣換算する考えが提案されている.しかしながら,生態系サー
ビスの貨幣価値換算は,沿岸域ではあまり普及していない.その一つの理由として機能評
価の科学的アプローチと,貨幣換算の社会・経済学的アプローチの隔たりがある.そこで,
貨幣換算せずに海洋状態を包括的に評価する全く新しい手法である海洋健全度指数
(Halpen ら,Nature,2012)を用いて,沿岸環境を評価することを試みた.本研究では,
排他的経済水域のような広域な海域に対して考案された海洋健全度を,比較的狭い沿岸域
に適用できるように改良し,干潟等にも適用可能な手法を提案するとともに,その手法を
東京湾の干潟に適用して,その適用事例を示すことを目的とする.
2. 研究内容
(1)手法 海洋健全度指数は,食料供給,炭素貯蔵,沿岸域の生活等の 10 個の指標か
ら構成されているが,本手法では,食料供給,レクレーション,海岸保護,水質調整,生
物多様性の 5 個に集約した.これらの指標は,生態系サービスでは貨幣換算して評価され
るが,海洋健全度では対照地点との比較(空間比較)によって点数化される点が特徴であ
る.また,各地点の点数は,現状の状態だけでなく,過去 5 年間のトレンド,圧力および
復元力を考慮し,近未来(5 年後)の状態と合算して評価する点も特徴である.海洋健全
度では,圧力は漁獲,生息地の破壊等,復元力は海洋保護区,漁業資源管理等であるが,
これらは干潟の小スケールには合わない考え方であるので,概念モデルを作成し,環境因
子を選択した(図-1)
.また,環境因子は大きさによって,正の効果にも負の影響になるこ
とがあるので,本手法では,圧力と復元力を統合する指標として PR 指標を作成した(表
-1)
.なお,本検討では,手法開発の第1ステップとして,5 つの指標の中の食料供給(ア
サリ)および水質の調整(水質浄化)のみに着目した.
評価対象を東京湾内の潮彩の渚(造成干潟)
,横浜海の公園(人工海浜)
,多摩川河口干
潟(自然干潟)とした.トレンド抽出のための期間は 5 年間とし,過去 5 年間のアサリお
よびその他の二枚貝の個体数および湿重量等のデータは各干潟を調査している団体や研究
機関から収集した.
(2)結果 トータルスコアは,潮彩の渚と横浜海の公園では 60 点前後と高く,多摩川
河口干潟では 35 点と低かった(図-2)
.この要因は,潮彩の渚および横浜海の公園の水質
の調整が 0.4 台だったの対して,多摩川河口干潟では 0.05 と非常に低くかった為である.
逆の見方では,潮彩の渚と横浜海の公園の水質の調整が非常に高かったとも言える.食料
供給は,3 つの干潟ともに 0.7 前後と高い値だった.しかし,内訳は異なった.潮彩の渚
は,
“現状”の値の高さによって高い値だったが,多摩川河口干潟は,高いトレンド指数に
基づく“近い将来”の高い値によって高い値になっていた(図-3)
.また多摩川河口干潟の
PR 指数は,他の干潟とは異なる環境であることを示し,評価はマイナスだった(図-4)
.
3. 主要な結論 海洋健全度を沿岸域用に応用し,干潟等の健全度を,判り易く示す比較す
る手法を提案し,東京湾内の 3 つの干潟を評価した.その結果,潮彩の渚と横浜海の公園
が比較的高い健全度であることを示した.一方,多摩川河口干潟の健全度は比較的低く,
その理由は水質の調整が非常に低いためだった.このように,本手法は,干潟間の健全度
を判りやすく比較でき,各干潟の長所・短所を明瞭に示し,また加えて,各干潟の問題点
はどの機能なのかを明示する手法として有益であることが示された.
62
表-1 食料供給(アサリ)に関する PR 指数
図-1 食料供給(アサリ)の向上に関する概念モデ
ル
(a)潮彩の渚
(b) 横浜海の公園
(c) 多摩川河口干潟
図-2 各地点のスコアーの比較.円グラフの中央の値がトータルスコアを示す.
1.00
0.75
0.80
0.77
1.00
0.63
0.50
0.76
0.70
0.00
0.00
-0.50
-0.50
-0.50
xi
xi,F
Pri
現状
近い将来
PR指数
0.65
0.47
0.09
0.00
-1.00
0.74
0.50
0.27
0.06
0.06
1.00
0.57
0.50
Ti
Ii
トレンド指数 総合得点
-1.00
xi
xi,F
Pri
現状
近い将来
PR指数
(a)潮彩の渚
Ti
Ii
トレンド指数 総合得点
-0.02
-1.00
xi
xi,F
Pri
現状
近い将来
PR指数
(b)横浜海の公園
Ti
Ii
トレンド指数 総合得点
(c) 多摩川河口干潟
図-3 食料供給(アサリ)に対する各要素の点数
DO
DO
DO
1.0
1.0
1.0
chl-a
幼生の供給源
chl-a
幼生の供給源
0.0
0.0
青潮の発生
塩分
0.0
青潮の発生
塩分
青潮の発生
塩分
-1.0
-1.0
場の管理
底質粒度
捕食・競合種
の存在
資源の管理
-1.0
場の管理
底質粒度
捕食・競合種
の存在
資源の管理
場の管理
底質粒度
(a)潮彩の渚
(b)横浜海の公園
地形の変化
(c) 多摩川河口干潟
図-4 各干潟の食料供給(アサリ)に対する PR 指数の値
63
捕食・競合種
の存在
資源の管理
地形の変化
地形の変化
chl-a
幼生の供給源