2014年10月25日幾何学概論2(藤岡敦担当)授業資料 1 §5. 線形微分方程式 §4 において現れたベクトル値関数を未知関数とする正規形の線形微分方程式について, もう少 し考えてみよう. I を区間, A を I で連続な n 次実正方行列に値をとる行列値関数, b を I で連続な Rn に値をとる ベクトル値関数とし, 微分方程式 dx = xA + b (∗) dt を考える. b = 0 のとき, 正規形の線形微分方程式 (∗) は斉次形または同次形であるという. (∗) の解全体の集合を Xb と表すことにする. 次の事実は線形代数において扱う連立 1 次方程式のもつ性質と同様である. 重ね合わせの原理 次の (1), (2) がなりたつ. (1) X0 は n 次元ベクトル空間となる. (2) x∗ が (∗) の 1 つの解ならば, Xb = {x + x∗ |x ∈ X0 }. 証明 X0 がベクトル空間となることのみ示す. まず, x, y ∈ X0 とすると, d(x + y) dx dy = + dt dt dt = xA + yA = (x + y)A. よって, x + y ∈ X0 . 更に, c ∈ R とすると, d(cx) dx =c dt dt = c · xA = (cx)A. よって, cx ∈ X0 . □ したがって, X0 はベクトル空間. 簡単な場合として, (∗) において I = R とし, A は t に依存しない行列, すなわち定数行列で, 更 に b = 0 であると仮定しよう. このとき, (∗) は dx = xA dt となる. (∗∗) の解は行列の指数関数を用いて, x(t) = x(0) exp(tA) (∗∗) §5. 線形微分方程式 2 と表すことができる. 問題 2 も参考にするとよい. §2 において扱ったように, A を n 次正方行列, P を n 次正則行列とすると, exp(P −1 AP ) = P −1 (exp A)P がなりたつ. よって, exp A を計算する 1 つの方法として, P −1 AP が対角行列のような簡単な形 になるように P を求めることが挙げられる. ここでは, もう 1 つの方法として, 対角化可能な複素行列に対するスペクトル分解について述べ ておこう. 定理 A を n 次複素行列, λ1 , λ2 , . . . , λr を A のすべての異なる固有値とする. A が対角化可能で あるための必要十分条件は次の (1)∼(4) をみたす零行列とは異なる n 次正方行列 P1 , P2 , . . . , Pr が存在すること. (1) P1 + P2 + · · · + Pr は単位行列. (2) 任意の i = 1, 2, . . . , r に対して, Pi2 = Pi . (3) i ̸= j となる任意の i, j = 1, 2, . . . , r に対して, Pi Pj = O. ただし, O は n 次零行列. (4) A = λ1 P1 + λ2 P2 + · · · + λr Pr . 上の定理における P1 , P2 , . . . , Pr を A に付随する射影という. また, (4) の式を A のスペクトル分解という. スペクトル分解は行列多項式を計算することによって, 求めることができる. 定理 A を対角化可能な複素正方行列, λ1 , λ2 , . . . , λr を A のすべての異なる固有値とする. こ のとき, A のスペクトル分解は A = λ1 f1 (A) + λ2 f2 (A) + · · · + λr fr (A). ただし, r ∏ (t − λj ) j=1 j ̸= i fi (t) = ∏ r (i = 1, 2, . . . , r). (λi − λj ) j=1 j ̸= i 証明 A のスペクトル分解を A = λ1 P1 + λ2 P2 + · · · + λr Pr と表しておく. このとき, A2 = λ21 P12 + λ22 P22 + · · · + λ2r Pr2 + ∑ λi λj P i P j i̸=j = λ21 P1 + λ22 P2 + ··· + λ2r Pr . 以下, 同様に, Ak = λk1 P1 + λk2 P2 + · · · + λkr Pr (k ∈ N). よって, f (t) を t の多項式とすると, f (A) = f (λ1 )P1 + f (λ2 )P2 + · · · + f (λr )Pr . §5. 線形微分方程式 3 特に, f (λi ) = 1, f (λj ) = 0 (j ̸= i) のとき, f (A) = Pi . □ したがって, fi (t) を上のように定めればよい. 上の定理の証明より, exp A = eλ1 P1 + eλ2 P2 + · · · + eλr Pr であることも分かる. 例 a, b ∈ R とし, ( A= ) a b −b a とおく. スペクトル分解を用いて, exp A を求めてみよう. 問題 2 も参考にするとよい. まず, A の固有多項式は t − a −b ϕA (t) = b t−a = (t − a)2 + b2 . b = 0 のとき, A は始めから対角行列である. b ̸= 0 のとき, A は 2 個の異なる固有値 a ± bi をもつから, 対角化可能である. ただし, i は虚数 単位である. よって, A のスペクトル分解が存在する. b ̸= 0 のとき, A のスペクトル分解を A = (a + bi)P1 + (a − bi)P2 と表しておく. このとき, exp A = ea+bi P1 + ea−bi P2 A − (a + bi)E A − (a − bi)E + ea−bi = ea+bi (a + bi) − (a − bi) (a − bi) − (a + bi) ) ) ( ( 1 1 1 −i 1 i + ea (cos b − i sin b) · = ea (cos b + i sin b) · 2 2 −i 1 i 1 ) ( ea cos b ea sin b . = −ea sin b ea cos b これは b = 0 のときもなりたつ. §5. 線形微分方程式 4 問題 5 1. A, B を n 次正方行列とする. (1) tr (t A) = tr A がなりたつことを示せ. ただし, A の対角成分の和を tr A と表し, A の跡ま たはトレースという. (2) tr (AB) = tr (BA) がなりたつことを示せ. (3) B が正則行列のとき, tr (B −1 AB) = tr A がなりたつことを示せ. 特に, 有限次元ベクトル 空間の線形変換に対して, トレースを定義することができる. 2. 任意の正方行列は上三角化可能である. すなわち, A を n 次正方行列とすると, P −1 AP が上 三角行列となるような n 次正則行列 P が存在する. このことを用いて, | exp A| = etrA がなりたつことを示せ. ( 3. t ∈ R とする. スペクトル分解を用いて, exp ( 4. exp ) 0 t t 0 を求めよ. ) λ 1 0 λ を求めよ. 5. A を実交代行列に値をとる行列値関数とする. このとき, 微分方程式 dx = xA dt の解 x のノルム ∥x∥ は t に依存しない定数であることを示せ. §5. 線形微分方程式 5 問題 5 の解答 1. (1) t A の (i, i) 成分は A の (i, i) 成分に一致するから, トレースの定義より, tr (t A) = tr A. (2) A, B の (i, j) 成分をそれぞれ aij , bij とおくと, tr (AB) = = n ∑ n ∑ i=1 j=1 n ∑ n ∑ aij bji bji aij j=1 i=1 = tr (BA). (3) (2) より, tr (B −1 AB) = tr (B −1 (AB)) = tr ((AB)B −1 ) = tr A. 2. P −1 AP が上三角行列となるような正則行列 P が存在するから, λ1 ∗ λ2 −1 P AP = .. . λn 0 と表しておくと, | exp A| = |P −1 (exp A)P | = | exp(P −1 AP )| λ1 e ∗ e λ2 = ... e λn 0 = eλ1 eλ2 · · · eλn = eλ1 +λ2 +···+λn = etr(P −1 AP ) = etrA . 3. まず, ( A= とおくと, A の固有多項式は ) 0 1 1 0 t −1 ϕA (t) = −1 t = t2 − 1. §5. 線形微分方程式 6 よって, A は 2 個の異なる固有値 ±1 をもつから, 対角化可能である. したがって, A のスペクトル分解が存在する. A のスペクトル分解を A = P1 − P2 と表しておく. このとき, tA = tP1 − tP2 だから, exp(tA) = et P1 + e−t P2 A − (−1)E A−E = et + e−t 1 − (−1) −1 − 1 ( ) ) ( )( 1 1 1 −1 1 t 1 −t +e · − =e · 2 1 1 2 1 −1 ( ) cosh t sinh t = . sinh t cosh t 4. まず, ( ) λ 1 0 λ と表しておく. ただし, = λE + N ( N= ) 0 1 0 0 . λE と N は可換で, N 2 = O だから, ( ) λ 1 exp = exp(λE) exp N 0 λ = eλ (E + N ) ( ) eλ eλ = . 0 eλ 5. 仮定より, d d ∥x∥2 = ⟨x, x⟩ dt dt ⟨ ⟩ ⟨ ⟩ dx dx = , x + x, dt dt = ⟨xA, x⟩ + ⟨x, xA⟩ = ⟨x, xt A⟩ + ⟨x, xA⟩ = ⟨x, −xA⟩ + ⟨x, xA⟩ = 0. よって, ∥x∥ は t に依存しない定数.
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