「第30回日本TDM学会学術大会(最)優秀演題賞受賞者からの寄稿」 会 員 通 信 コ ー ナー HHHHHHHHHHHHH SSSSSS 会 員 寄 稿 SSSSSS 「アミカシン投与患者におけるeGFRの有用性の評価」 山本 正子 Masako YAMAMOTO 北里大学薬学部薬学科臨床薬学教育センター薬物動態学研究室 Pharmacokinetic Laboratory, Department of Clinical Pharmacy, Center for Clinical Pharmacy and Sciences, School of Pharmacy, Kitasato University 始めに… 本研究により、「アミカシン(AMK)投与患者において、推定糸球体ろ過速度(eGFR)はクレアチ ニンクリアランス(CLcr)と同様に有用である」という結論が得られました。今回、この場をお借り して、本研究の詳細な経緯や今後の展望について述べさせて頂きます。 具体的には、以下について述べさせて頂きます。 1 .本研究のバックグラウンド、 2 .対象と方法、 3 .結果、 4 .今後の展望 1 .本研究のバックグラウンド まずは本研究のバックグラウンドについて述べさせて頂きます。腎機能を推定する際には、現在で はCockcroft-Gailtの式を用いて求めたCLcrを使用します。CLcrは薬物動態の領域において、臨床上必 要な正確さでCLcrを推定できると言われていますし、抗菌薬TDMガイドライン上でも腎機能の評価に 用いられていることからも、有用な指標であることが伺えます。一方で、低栄養状態者および腎機能 低下患者では、クレアチニン生成速度低下およびクレアチニンの腎排泄に占める尿細管分泌の割合の 上昇によって、本来よりも腎機能を高く見積もる場合があることが指摘されています。 現在、幅広く使用されているのはCLcrですが、腎機能を推定する指標はCLcrだけではありません。 eGFRも腎機能を推定する指標として注目されています。eGFRはGFR実測値と良く一致したと報告さ れたり、日本腎臓病学会によって日本人に適した式が提示されていたりと、腎機能の有用な指標と成 りうる可能性を秘めています。しかし、薬物動態領域での使用経験が少なく、eGFRを用いた母集団薬 物動態(PPK)モデルが少ないことから、有用性の評価が定まっていないのが現状です。 そこで、腎機能推定におけるeGFRの有用性について少しでも明らかにしたいという想いから本研究 を開始致しました。 2 .本研究の対象・方法 対象薬 始めに述べさせて頂きましたが、eGFRの有用性を評価するにあたり、アミノグリコシド系抗生物質 のAMKを対象薬としました。AMKはほとんどが腎臓から排泄される抗生物質であり、他の種類の薬 物と比べて過剰に投与された場合など、腎毒性などの副作用が現れやすいのが特徴です。また、抗菌 薬TDMガイドラインにもあるように、 1 日 1 回投与法が推奨される抗生物質であり、具体的には腎機 TDM研究 ─ ─ 28 能推定値によって15 mg/kgの投与量で腎機能推定値によって投与間隔を調整することが推奨されてい ます。その時に使用されている腎機能推定の指標はCockcroft-Gault式によるCLcrです。 つまり、 ・AMKはほとんどが腎臓から排泄される薬物であるため、腎機能の指標について評価する際に適して いる ・他の種類の薬と比較して、過剰投与した際には聴覚障害や腎毒性など、副作用が生じやすいため、 より精度良く腎機能を推定するべき薬物の 1 つであると考察 以上 2 つの理由により、AMKを選択しました。 対象患者 北里研究所病院において、2004年∼2011年に入院されていた患者の中で、AMKを投与された患者、 計36名(男性24名、女性12名)を対象としました。AMKを投与されている患者は表 1 にあるように、 高齢で痩せた患者が多く、アルブミンも比較的低値でした。 表1 対象患者の特徴 方法 具体的な方法は以下の通りです。 方法 1 .対象患者のAMKのTDMデータについて、NONMEM 7.20[ADVAN1及びTRANS2サブ ルーチン、SAEM及びIMPアルゴリズム(INTERACTIONオプション)]を用いて解析しました。 方法 2 .モデルの評価は、IMPの目的関数(OBJIMP)、パラメータ平均値とその95%信頼区間、パ ラメータ平均値による血中濃度予測性[予測値と実測値の回帰式、相関、平均予測誤差(ME)、平均 絶対予測誤差(MAE) ]を総合的に判断しました。 方法 3 .理想体重による補正体重(※)は、Vdの共変量及びCLcr推定時の体重として用いました。 ※補正体重についての補足 [height (cm) −152.4] IBW (kg) male=50+2.3×────────── 2.54 [height (cm) −152.4] IBW (kg) female=45+2.3×───────── 2.54 * DW Non-obesity BW/IBW≦1 → BW Obesity ─ ─ 29 Vol. 31 No. ( 1 2014) 1.2≧ BW/IBW>1 → IBW BW/IBW>1.2 → IBW+0.4× (BW−IBW) * Dosing Weight : adjusted weight for dosing regimens 方法 4 .患者のCLcr(Unit : mL/min)は、Cockcroft-Gault式を用い、患者の日本人用eGFR (Matsuo S, et al : Am J kidney Dis 2009 ; 53( 6 ): 982-992.)は、DuBois式による体表面積で補正した 体表面積補正eGFR値(Unit : mL/min)を用いて推定しました。 [140−Age (years)] ×DW (kg) CLcrmale=───────────── 72×Scr(mg / dL) CLcrfemale=CLcrmale×0.85 −1.094 −0.287 −0.923 −0.185 eGFR3var.=194×Scr eGFR5var.=142×Scr ×Age ×Age ×0.739 (if female) ×Alb 0.414 ×SUN −0.233 0.425 ×0.772 (if female) 0.725 −4 2 (cm) ×71.84×10 (m )] [Weight (kg) ×Height eGFRpatient=eGFR3var. or 5var.×──────────────────────── 2 1.73 (m ) 方法 5 .CLについて、BaseモデルとCLcr及びeGFRを共変量として用いた 4 種類のモデルの解析結 果を比較しました。なお、CL、CLcr、eGFRの単位はL/hrとしました。 モデル式の詳細は以下の通りです。 η2 ※Vdについては、Vd=θ2×DW×e を 4 種類のモデルそれぞれに適用しました。 ε 個体内残差変動の誤差モデル式には、Y=F×e +ε2を用いました(ハイブリット型混合誤差モデル) 1 方法 6 .eGFRについては、米国人用eGFR(MDRD式※)についても考察を行い、数値と解析結果 を日本人用eGFRと比較しました。 ※今回は、下記の 2 種類の米国人用eGFR(MDRD式)について解析を行いました。なお、それぞれの 患者のeGFRはDuBois式による体表面積で補正した値(Unit : mL/min)を用いました。 −1.154 (Scr) eGFR4var-us=175× −0.203 × (Age) ×0.742 [if female] ×1.21 [if black] −0.999 (Scr) eGFR6var-us=170× −0.175 × (Age) × (BUN) 0.318 [if female] ×1.18 [if black] −0.17× (Alb) ×0.762 0.425 0.725 −4 2 (cm) ×71.84×10 (m )] [Weight (kg) ×Height eGFRpatient=eGFR4var. or 6var.×──────────────────────── 2 1.73 (m ) 3 .結果 結果 1 .NONMEM解析結果 CLcr、eGFR3var、eGFR5varをCLの共変量と仮定した 3 種類のモデルは、Baseモデルより目的関数 TDM研究 ─ ─ 30 が低下しました。モデルのパラメータは、CL(L/hr)=(0.545∼0.629)×[CLcr,eGFR3var. or eGFR5var.(L/hr)],Vd(L)=(0.304∼0.305)×[DW(kg)]と、 3 つとも同様の係数が得られま した(表 2 )。 表2 PKパラメータの標準値と95%信頼区間 また、200回のBootstrap Resamplingの成功率は、Baseモデルが62%であったのに対し、 3 種類の共 変量を組み込んだモデルが89∼92%と成功率が上がりました。また、CL、Vdの係数については、表 2 の結果とよく一致したことから、これらのモデルの内的妥当性が明らかとなりました。 結果 2 .予測値と実測値の結果 基本モデル、CLcrモデル、eGFRモデル 2 種類について、AMK血中濃度の予測値と実測値を図にし たものを以下に示しました。 図1 baseのAMK血中濃度予測値と実測値 ─ ─ 31 Vol. 31 No. ( 1 2014) 図2 図3 TDM研究 CLcrのAMK血中濃度予測値と実測値 eGFR3var.のAMK血中濃度予測値と実測値 ─ ─ 32 図4 eGFR5var.のAMK血中濃度予測値と実測値 2 パラメータ平均値による濃度の予測値(y)と実測値(x)の比較において、回帰式、r 及びME・ MAE(95%信頼区間下限値/上限値)は、 y=(0.8818∼0.9089)× x +(0.9018∼1.1876) 2 r =0.9387∼0.9444 ME=-0.34∼0.17(-0.94∼-0.68/0.27∼0.47)μg/mL MAE=2.13∼2.18(1.71∼1.79/2.49∼2.57)μg/mL と、共変量を組み込んだモデルはいずれもy切片約 1 μg/mLを通る傾き約0.9の回帰直線が得られま した。また、両者は高い相関性を示し、予測の偏りは認められず、予測誤差は平均約 2 μg/mLと小さ くなりました。 結果 3 .米国人用 eGFRの解析結果 表3 米国人用eGFRにおけるPKパラメータの標準値と95%信頼区間 また、米国人用eGFRについては、日本人用eGFRと比較するため、それぞれをCLcrと比較しました。 それぞれの共変量のmeam±SDは、CLcr(mL/min)が 64.289±32.639に対し、eGFR3var.(mL/min) が69.973±33.903、eGFR 5var.(mL/min)が59.122±25.797、eGFR 4var.(mL/min)が93.056±47.019、 eGFR6var.(mL/min)が 81.563±37.201となりました。 t検定を行った結果、CLcr versus eGFR3var-jpはp=0.2993、CLcr versus eGFR5var-jpはP=0.7218となり、 ─ ─ 33 Vol. 31 No. ( 1 2014) CLcrと平均値に統計的有意差は見られませんでした。 一方CLcr versus eGFR4var-usは、P=0.0017、CLcr versus eGFR6var-usは、P=0.0180となり、CLcrと平 均値に顕著な統計的有意差が見られました。 結果 4 .アミカシン投与時に注意すべき患者の特徴の調査結果 患者の状態によっては本来よりも腎機能を高く推定してしまう可能性があるということで、具体的 にどの検査値がどの程度低ければ腎機能を高く推定してしまうのかを調べることを目的として調査を 開始しました。 その結果を表 4 にまとめました。 表4 BMIとALBの値が低い患者か否かで条件分けを行った際のクリアランスの標準値 Alb< 2 g/dL or BMI<20の条件を仮定したモデルで目的関数が有意に低下しました。CLの係数は、 条件を満たす場合が0.420∼0.514、満たさない場合が0.766∼0.862となりました。表 2 より求まったCL のパラメータ値(0.545∼0.629)と合わせて考察すると、患者を条件分けした場合、しない場合よりも 患者の条件に見合ったCLのパラメータ値が求まることがわかりました。 4 .今後の展望 アミノグリコシド系抗生物質であるAMKは、過剰投与がおこると腎毒性や聴覚障害などの副作用が 生じるため、有効かつ安全な投与設計を行うことが重要です。そして、AMKの場合は腎機能に応じて 投与間隔を調整するため、精度よく腎機能を推定することが必要になってきます。そのためにも、ガ イドラインなどで用いられている指標の他にも存在する腎機能の推定法についても有用性を探求する ことは重要であると考えています。結果としては、AMK投与患者の場合、一般的に使用されている Cockcroft-Gault式によるCLcrと同程度に精度よく腎機能を推定する指標として日本人用eGFRが挙がり ました。eGFRは GFR実測値と良く一致したと報告されていますが、薬物動態領域での使用経験が少 なく、有用性の評価が定まっていませんでした。しかし、本研究においてeGFRの有用性の評価に繋が る結果を導くことができました。今後、他の薬においてもeGFRの有用性が明らかとなればeGFRの有 用性の評価はさらに高いものになっていくと思います。 5 .研究を振り返って 私はNONMEMなど今まで使ってきたこともなかったので、最初のうちはNONMEMに慣れるところ から始めました。篠崎先生や先輩方から使い方を教わったり、NONMENに関する文献を調べたり、自 分で試行錯誤してNONMEMのデータセットを作ったりとNONMEM初心者なりに色々と試みました。 当初は大変だ、という意識でやっていたのですが、今となってはいい思い出です。また、もう少し詳 TDM研究 ─ ─ 34 しくお話しさせて頂くと、当院のAMK使用患者のデータがそれ程多くはないため、最初の試行錯誤し ていた時期は、少しモデル式を変えただけで解析結果が変わってしまう点をどうにかしようと様々な ことを試していった点が特に苦労しました。私が悩んでいる時、篠崎先生はアドバイスを下さったり、 私のまとまっていない研究の話しを親身に聞いて下さいました。また、研究室の友人も一緒になって 考えてくれたりと周りの方々に支えて頂いているということを実感した期間でもありました。 筆者紹介 山本正子 北里大学薬学部薬学科臨床薬学教育センター 薬物動態学研究室所属 趣味:読書(最近は佐藤優、池谷裕二、藤谷紘一郎さんの本がマイブームです) ─ ─ 35 Vol. 31 No. ( 1 2014)
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