ビタミンC による結核治療の可能性 Possibility of tuberculosis treatment

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トピックス
〔ビタミン 87 巻
ビタミンC による結核治療の可能性
Possibility of tuberculosis treatment with vitamin C
2013 年 5 月,ビタミン C(VC,L-アスコルビン酸)
保健機構(WHO)は推奨している 5).DOTS とは,治
について新たな可能性がアメリカのアルバート・アイ
ンシュタイン大学から報告された 1).それは,in vitro
療支援者あるいは治療パートナーの目の前で抗結核薬
において高濃度 VC(4 mM)が結核菌を死滅させるとい
の問題点は治療過程における薬剤抵抗性,並びに耐性
を服用することを意味する.結核治療において,一番
う新しい報告である.さらに,その報告では薬剤抵抗
結核菌の出現である.すなわち,長期治療を行う中で
性や耐性結核菌にも効果であり,これを人に適用でき
結核菌が薬剤に対して抵抗性や耐性を獲得する可能性
れば,新たな結核の治療方法となる.
がある.現在,この薬剤抵抗性や耐性結核菌をなくす
2013 年現在,結核患者は世界に 1500 万人,日本で
ことは,非常に困難である.つまり,長期薬物治療に
は 5.5 万人もの患者がいる 2).日本での結核菌感染は
よって薬剤抵抗性,並びに耐性結核菌が出現すると結
深刻な状況にある.なぜなら,米国,カナダ,オース
核菌を死滅させ,完治することが困難となる.
トラリアなどの先進国の罹患率(人口 10 万人対の新登
ここで紹介する Vilchèze らの報告 1)は,結核菌を死
録結核患者数)がおよそ 5%ぐらいであるにもかかわ
滅させるだけではなく,薬剤抵抗性や耐性結核菌にも
らず,日本での罹患率は 17.7%,すなわち,2.3 万人
有効な画期的な方法である.彼らは,VC が結核菌や
もの患者が新規結核患者として登録されており,これ
結核菌以外の菌種に有効な最小発育阻止濃度を最初に
は極めて高い罹患率である.今の日本は,結核治療に
調べた.その結果,結核菌(H37Rv)が他のグラム陽性・
おいては他の先進国に遅れを取っており,一刻も早く
陰性菌に比べて,VC に対する感受性が高いことを見
この状況を打開する必要がある.
出した.次に彼らは,結核菌の死滅に必要な VC 濃度
日本での結核治療は,結核医療の基準に従い,4 剤
を検討した.その結果,結核菌(H37Rv)は 1 mM VC
併用[イソニアジド(INH),リファンピシン(RFP),
では死滅せず,4 mM という高濃度 VC により死滅す
ピラジナミド(PZA),エタンブトール(EB)またはス
ることがわかった.さらに彼らは,抗結核薬である
トレプトマイシン(SM)]を 2 か月間,そして 2 剤併用
INH と VC を併用し,結核菌(H37Rv)に対する効果を
[INH,RFP]を 4 か月間,合計で 6 か月間を初回標準
観察した.その結果,結核 菌(H37Rv)の増殖は INH
治療としている(図 1)3)4).このように,結核治療は 6
単独では一時的に抑えられたが,IFN 耐性結核菌が出
か月もの長期治療となるため,患者への服薬コンプラ
現した.一方,INH と高濃度 VC(4 mM)の併用では耐
イアンス(患者が薬を薬剤規定どおりに飲むこと)がと
性結核菌は出現せず,28 日後には結核菌(H37Rv)は
ても大切である.この服薬コンプライアンスを高める
す べ て 死 滅 し た. さ ら に,3 種 の 結 核 菌(mc24997,
ために,直接監視下治療法(DOTS)という方法を世界
TF275,V9124)に高濃度 VC(4 mM)を添加すると,い
ずれの結核菌も 28 日後にはすべて死滅した.
また Vilchèze ら 1)は,高濃度 VC(4 mM)添加時に増
加したり,減少したりする遺伝子群を調べた.その結
果,二価陽イオンを必要とする酵素群の遺伝子発現が
増加し,結核菌が鉄を取り込むために必要な脂溶性鉄
キレートであるマイコバクチンの合成に関与する
mdtD 遺伝子の発現が減少していることがわかった.
これらの結果より,彼らは高濃度 VC が鉄を介した
Fenton 反応により細胞障害を引き起こしているのでは
と考えた.Fenton 反応とは,VC が Fe 3+ を Fe2+ へと還
元し,次に還元された Fe2+と酸素(O2)から Fe3+とスー
が発生する.次に O−•
パーオキシドラジカル(O−•
2 )
2 と
水素(H2)がスーパーオキシドジスムターゼによって過
図 1 初回標準治療
酸化水素(H2O2)へと変わり,この H2O2 が細胞障害を
11 号(11 月)2013〕
トピックス
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引き起こすのではないかと考えた.
有効であると報告した.彼らは,この作用機序として
そ こ で Vilchèze ら 1)は, 結 核 菌(mc26230)に 1 mM
Fenton 反応を提示している.すなわち,高濃度 VC は
VC と高濃度 VC(4 mM)を加えて培養し,遠心分離し
プロオキシダントとして働き 7)10),Fenton 反応を介し
た結核菌ペレットとその上清に存在する遊離型 Fe を
て ROS を発生させ,がん細胞の増殖を抑制する(図 2).
調べた.その結果,高濃度 VC(4 mM)添加では遊離型
ここで紹介した Vilchèze らの報告 1)でも VC がプロ
Fe が 1 mM VC 添加より 50 ∼ 75%も多く存在していた.
オキシダントとして働き,Fenton 反応を利用して ROS
次 に 彼 ら は,Fe を キ レ ー ト す る デ フ ェ ロ キ サ ミ ン
を発生させ,結核菌に障害を与えていると考えられて
(DFO)と高濃度 VC(4 mM)を用いて,結核菌(H37Rv)
いる.実際に,結核菌(mc26230)内の ROS を測定して
で同様の実験を行った.その結果,結核菌(H37Rv)の
みると,ROS は低濃度 VC(0.4 mM)添加では増えない
遠 心 上 清 に 存 在する遊離型 Fe は,DFO 単独および
が,高濃度 VC(4 mM)添加では時間経過に従って増加
DFO+高濃度 VC(4 mM)では高濃度 VC(4 mM)単独
した.同時に抗酸化物質であるビタミン E(4 mM)を
に比べて明らかに少なかった.これは,遊離型 Fe が
結核菌(mc26230)に添加しても,ROS に変化はみられ
DFO によりキレートされたことを示している.また,
なかった.これらの結果から,VC と Fe の共存による
結核菌(H37Rv)に DFO 単独添加,または DFO+高濃
Fenton 反応により ROS が発生し,結核菌に障害を与
度 VC(4 mM)添加を行ったところ,どちらの添加でも
えている可能性が考えられる.また,結核菌(mc26230)
結核菌(H37Rv)は死滅しなかった.さらに,VC,Fe,
において DNA フラグメントを検出する TUNEL 活性
VC + Fe をそれぞれ結核菌(H37Rv)培地に添加し,結
を調べたところ,高濃度 VC(4 mM)添加では,無添加
核菌(H37Rv)を培養したところ,VC+Fe 添加でのみ
や ビ タ ミ ン E(4 mM)添 加 に 比 べ て, 添 加 9 日 目 に
結核菌(H37Rv)は死滅した.これらの結果から,VC
TUNEL 活性が 17 ∼ 25% も増加した.これは,高濃度
と Fe が共存しないと結核菌を死滅できないと考えら
VC(4 mM)添加により,結核菌の DNA 障害が大きい
れる.
ことを示している.これらの結果より,高濃度 VC(4
VC はこれまでにコラーゲン重合やカテコールアミ
mM)と Fe が共存すると Fenton 反応により発生した
ン生合成酵素の補因子として働き,O ,ヒドロキシ
ROS が結核菌の DNA に障害を与え,死滅させると考
ラジカル(•OH)などの活性酸素種(ROS)を消去する還
えられる.これは,薬剤抵抗性や耐性結核菌の出現の
元剤として働くことがよく知られている 6)-8).2008 年
抑制にも有効な方法である可能性が示唆される.
ここで紹介した Vilchèze らの報告 1)は in vitro の実験
−•
2
に Chen ら 9)は,がん細胞の増殖抑制に高濃度 VC が
図 2 高濃度 VC と細胞障害との関係
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トピックス
結果に基づくものであり,in vivo でも同様の効果が得
文 献
られるか研究を行う必要がある.Chen らの報告 9)では,
高濃度 VC(3 mM と 10 mM)をヒト線維芽細胞に添加
1)Vilcheze C, Hartman T, Weinrick B, Jacobs W R Jr (2013) Myco-
したところ,いずれの濃度においても細胞の 75%以上
bacterium tuberculosis is extraordinarily sensitive to killing by a
は生存していた.この結果は,正常細胞では ROS を
消去するカタラーゼ,グルタチオンペルオキシダーゼ
などの抗酸化酵素が多く存在するため,ROS による細
胞障害が起きないのに対し,がん細胞ではこれらの抗
酸化酵素があまり存在していないため,ROS による細
胞障害が起こりやすいとことによると考えられる(図
2)10).
vitamin C-induced Fenton reaction. Nat Commun 4, 1881. doi:
10.1038/ncomms2898.
2)厚生労働省平成 23 年参考資料「年次別結核の統計(結核登
録者情報調査年報集計結果)」
3)日本結核病学会予防委員会・治療委員会(2013)潜在性結核
感染症治療指針 結核 88, 497-512
4)重藤えり子(2009)わが国の結核対策の現状と課題(8)最近
の結核診断・治療の現状と課題.日本公衛誌 56, 334-337
高濃度 VC(4
ここで紹介した Vilchèze らの報告 では,
5)日本結核病学会治療委員会・社会保険委員会・抗酸菌検査
mM)
+Fe が正常なヒト細胞にどのような影響を及ぼす
法検討委員会(2011)薬剤耐性結核の医療に関する提言.結
1)
かは不明である.そのため,正常なヒト細胞に高濃度
VC(4 mM)
+Fe を添加した際の細胞障害をさらに詳し
+Fe
く検討する必要がある.また,高濃度 VC(4 mM)
の正常細胞に対する細胞障害性がよくわかっていない
ので,現時点での結核治療には高濃度 VC(4 mM)
+
INH を投与する方法を選択するほうが良いかもしれな
い.また,高濃度 VC と INH の投与方法やそれらの生
体内動態の検討も必要である.抗がん作用を目的とし
た高濃度 VC 治療では VC を点滴静注している 11)-13).
点滴静注によって肺胞の結核菌に VC や抗結核薬が届
くのか,それともネブライザー(吸入器)を用いて肺胞
に直接噴霧すべきかなどの検討が必要である.いずれ
にせよ,in vivo 研究において高濃度 VC(4 mM)
+Fe が
核 86, 523-528
6)Mamede AC, Tavares SD, Abrantes AM, Trindade J, Maia JM,
Botelho MF. (2011) The Role of Vitamins in Cancer: A Review.
Nutr Canc 63, 479-494
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8)Rose RC, Bode AM (1993) Biology of free radical scavengers: an
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9)Chen Q, Espey MG, Sun AY, Pooput C, Kirk KL, Krishna MC,
Khosh DB, Drisko J, Levine M (2008) Pharmacologic doses of
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結核菌の死滅に有効であるかを早急に調べる必要があ
concentrations selectively kill cancer cells: action as a pro-drug to
る.今後の研究が期待される.
deliver hydrogen peroxide to tissues. Proc Natl Acad Sci USA
102, 13604-13609
Key Words:ascorbate, Fenton reaction, tuberculosis, Mycobacterium tuberculosis, vitamin C
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1
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tute of Gerontology
Jr. (2008) Phase I clinical trial of i.v. ascorbic acid in advanced
Vascular Medicine and Geriatrics, Tokyo Medical and Den-
malignancy. Ann Oncol 19, 1969-1974
2
13)Juan Du, Joseph J. Cullen, Garry R. Buettner (2012) Ascorbic
tal University
1,2
1
Hirofumi Masutomi , Akihito Ishigami
1
東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究
チーム 分子老化制御
2
東京医科歯科大学大学院 医学総合研究科 血流制御内
科学
増冨 裕文 1,2,石神 昭人 1
acid: Chemistry, biology and the treatment of cancer. Biochim
Biophys Acta 1826, 443-457