プラネタリウムを利用した学習投影に関して

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014)
博学連携の現状と課題
―プラネタリウムを利用した学習投影に関して―

:
片山こゆき A
坂本憲明 B
,         ,
福岡教育大学 A
福岡教育大学 B



[要約] 今日まで,博学連携に関する研究がなされているが,その中でプラネタリウム施設に焦点を当てたもの
はあまりみられない。本研究ではプラネタリウム施設を利用した学校との連携のうち,学習投影に着目した。
館のホームページ情報によれば,学習投影の内容は現行の学習指導要領に沿ったものだけでなく,それぞれの
館独自の内容が含まれている。また,リアルに星空等を映し出すことができるプラネタリウム施設ならではの
機能を活かした投影を行い,児童・生徒が宇宙に興味を持てるようにしている。訪問調査では,学習投影の見
学やプラネタリウム担当者に対する聞き取り調査を行い,学習投影の実態を探った。その結果,担当者が抱え
る課題は,施設側だけでは解決できないという側面を多く含むことが示唆された。今後は全国のプラネタリウ
ム施設の担当者を対象としてアンケート調査を行い,学習投影に関する課題を整理するとともに,小中学校の
教師に対する調査も加えて考察を行う。
[キーワード] 博学連携,プラネタリウム,学習投影,実態調査
1.はじめに
現行の小学校および中学校学習指導要領では,
ている。同館だけではなく,各地の博物館でも同
指導計画の作成と内容の取り扱いの中で,
「いずれ
事業を開催するなどして,博学連携を強化しよう
の学校段階においても博物館や科学学習センター
とする取り組みがなされている。
などとの連携,協力等(以下,博学連携とする)を
ところで,現行の学習指導要領に明記される以
積極的に図るように配慮すること」が明示された
前にも,
「博物館や科学学習センターなどを積極的
(文部科学省,2008)
。国立科学博物館が行った調
に活用するよう配慮すること」
(文部科学省,
1999)
査では,学校の博物館利用の実態や博物館を利用
と示されている。
現行の学習指導要領と比べると,
する際の問題点等が報告されている(国立科学博
「連携,
協力」
という文言は入っていないものの,
物館,2009)
。そして,具体的な取り組みの一例と
博物館と学校との連携は以前から注目されていた
して,国立科学博物館は,開発した学習プログラ
ことがうかがえる。当時の調査研究の例を挙げる
ムを広く普及し,教員と博物館職員の情報交換の
と,小川らによる調査では,博物館の体験的な学
場の形成を目的としたポータルサイト「授業に役
習は子どもの記憶に残りやすいことや,科学や博
立つ博物館」を開設している。本ポータルサイト
物館に対する好意的態度を高める結果が報告され
を経由し,開発した学習プログラムの内容の詳細
ている(小川,下條,2003)
。しかしながら,博物館
や教材の貸出しに関する事務局への問い合わせは
と学校との連携に関する研究の中で,プラネタリ
増加傾向にあり,
普及効果を明らかにしている
(国
ウム施設を利用した学校との連携に関する研究は
立科学博物館,2010)
。また,国立科学博物館は「教
少ない。例えば,特定の館の実践例やプラネタリ
員のための博物館の日」として,教師に博物館に
ウム視聴前後の子どもの変容様態についての研究
親しみを持たせたり,博物館の学習資源について
(高橋,松森,2002)等,学習効果についての研究
伝えたりすることを目的としたイベントを開催し
事例はあるが,プラネタリウム施設を運営する側
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014)
に対する調査研究の報告例はほとんど見られない。
下の6件が挙げられる。
現在,プラネタリウム施設で上映されている番
表 1 調査した文献一覧
年月・
雑誌名
組には,季節ごとの星空に関する番組や広大な宇
題名
著者
内容(抜粋)
2002,3
理科教
育学研
究
プラネタリウ
ム視聴前後の
子どもの変容
様態について
―太陽の光の
認識を事例に
して―
高
橋
真
理
子
・
松
森
靖
夫
プラネタリウム視
聴前後の子どもの認
識状態を把握し,効
果的なプラネタリウ
ム・プログラムを構
築するための視点に
ついて提案してい
る。
2002,8
理科の
教育
プラネタリウ
ムの効果的利
用を目指した
授業実践例―
山梨県立科学
館の場合―
高
橋
真
理
子
2004,12
初等理
科教育
プラネタリウ
ムの発展的な
学習に生かす
四つのわがま
まな活動
田
代
学
2009,2
初等理
科教育
「地球」(特に
天体)の授業を
進めるうえで
のプラネタリ
ウムの利用―
社会教育施設
の活用の仕方
―
宙を探る番組のような,市民にとってわかりやす
く,興味を持って楽しめるような内容がある。一
方で,小中学生などを対象とし,授業の一環とし
て利用される学習投影の番組もある。博学連携を
推進する視点に立てば,もちろん市民向け投影と
学習投影の両者ともに重要であるが,特に各館で
行われている学習投影に着目してみると,その内
容や実施状況,及び課題については各館で検討さ
れるものの,個別で試行錯誤するに留まり,他館
と課題を共有したり,情報を交換したりする機会
はほとんどないものと考えられる。そこで本研究
においては,プラネタリウム施設側と学校側にお
ける,連携の実態と課題を広く探ることにした。
2.研究の目的と方法
1)研究の目的
訪問調査やアンケート調査等により,学習投影
の現状について内容面と運営面から課題を明らか
にし,今後の活用資料を作成する。
2)研究の方法
まず,プラネタリウム施設を利用した博学連携
2009,7
初等理
科教育
星空を眺めよ
うとする子ど
もを育てるプ
ラネタリウム
の授業
須
賀
昌
俊
2009,7
理科の
教育
星を見上げる
意味を心と体
で
高
橋
真
理
子
に関するこれまでの文献を調査する
(予備調査1)
。
次に,
具体的な学習投影の内容を調べるために,全
国にあるプラネタリウム施設から 44 館を抽出し,
その中から, 学習投影の内容を Web 上に掲載して
いる館を探し,内容の分析をする(予備調査2)
。
さらに福岡県内のプラネタリウム施設に対して訪
問調査を実施し,学習投影を見学することで内容
を把握し,担当者に対する聞き取り調査を通して
学習投影に関する課題を探る
(予備調査3)
。
また,
全国にあるプラネタリウム施設から抽出した 44
館に対し,アンケート調査を実施し,他館におけ
る学習投影の現状と課題を調査する。
北
條
諭
プラネタリウム施
設に映した星を児童
に観察させ,スケッ
チさせるという授業
の実践例を紹介して
いる。
プラネタリウム施
設勤務の著者が,プ
ラネタリウム機能を
有効に活用するため
の活動例を提案して
いる。
プラネタリウム施
設の,より有効(学習
効果が上がる,やっ
てよかったと思え
る)な活用方法を提
案している。
プラネタリウム施
設内で星を観察して
プロットするという
授業を教師主体で行
い,教師がプラネタ
リウムを1つのツー
ルとして使う実践例
を紹介している。
山梨県立科学館で
の,プラネタリウム
施設を利用した学習
投影の一例を紹介し
ている。
4.予備調査2
1)調査方法
Web 上に公開されているプラネタリウム施設を
利用した学習投影の内容を現行の学習指導要領の
内容と比較し,その傾向を調べる。
2)調査対象
全国にあるプラネタリウム施設から抽出した
44 館のうち,学習投影の内容を Web 上に掲載して
いる7館(盛岡市子ども科学館,福島市子どもの
3.予備調査1
調査した文献は,
「科学教育研究」
,
「理科教育学
研究」
,
「初等理科教育」
,
「理科の教育」
,
「地学教
育」の5誌(過去約 20 年間分)である。そのうち,
小中学校における,プラネタリウム施設を利用し
夢を育む施設こむこむ,川口市立科学館,葛飾区
郷土と天文の博物館,みえこどもの城,広島市こ
ども文化科学館,佐賀県立宇宙科学館)
3)結果
た博学連携に関する事項を含む内容は,例えば以
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7館の学習投影の内容について,現行の学習指
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014)
導要領にある,
小学校第4学年と小学校第6学年,
4)考察
及び中学校第3学年の内容と比較し,該当する項
目を以下の表2から表4にまとめた。
表2
小学校第4学年
小学校の学習投影は,館による差がほとんどな
く,ほぼ全ての館で学習指導要領の内容を網羅し
(計7館)
学習項目
た学習投影を行っている。そして各館で学習指導
館数
要領の内容をさらに深めて,児童が天体に興味を
方位(東西南北)の確認
5
持てるような内容を追加して投影している。また
地球から見た月の時間経過に伴う位置の変化
7
中学校では,小学校に比べて学習投影を行ってい
星の明るさの違い(等級)
星の色の違い
月の形は日によって変わって見える(太陽と月
との位置関係は除く)
地球から見た星座の,時間経過に伴う位置の変
化
時間経過によって星座の並び方は変わらないこ
とについて
7
7
る館が少なく,表4に見られるように,学習指導
表3
小学校第6学年
要領の内容の取扱いについては差が見られる。
6
5.予備調査3
6
1)調査方法
4
学習投影の見学及びプラネタリウム担当者に対
(計4館)
学習項目
しての聞き取り調査
2)調査対象
館数
福岡県内のプラネタリウム(A 館と B 館)の担
月の満ち欠け(太陽・地球・月の位置関係)
4
月の表面の様子
4
当者
月の表面と太陽の表面との比較
4
3)見学した学習投影の学年
表4
中学校第3学年
学習項目
館数
太陽の日周運動
2
星座の日周運動
3
天体の日周運動が地
球の自転による相対
運動であること
季節ごとの星座の位
置の変化
季節ごとの太陽の南
中高度の変化
地球の地軸が傾いて
いること
季節による南中高度
の変化に伴う昼夜の
長さ
季節による南中高度
の変化に伴う気温の
変化
2
(計3館)
学習項目
月の満ち欠けにつ
いて(地球から見
た視点から)
月の満ち欠けにつ
いて(俯瞰する視
点から)
日食について
館数
福岡県内の A 館(小学校第4学年,中学校第1
学年)
,福岡県内の B 館(小学校第3学年,小学校
第4学年,小学校第6学年)
1
4)結果
1
ア)投影内容について
A 館では小学校第4学年において,
「星空たんけ
1
ん隊」という題で,解説員が約 20 分間で現行の学
2
月食について
0
金星の満ち欠けと
見かけの大きさに
ついて
太陽系の構造につ
いて
0
惑星の特徴
0
1
習指導要領の内容を凝縮して生解説を行う。投影
1
のはじめに,児童が星空について気づいたことを
発表する時間があったり,大切なことは解説員に
2
続いて復唱させたりするなど,児童が積極的に参
加できる内容になっている。また B 館では,小学
3
校第3学年と小学校第4学年及び小学校第6学年
0
恒星の特徴
1
天体の年周運動は地
球の公転と関わりが
あること
3
銀河・銀河系につ
いて
1
太陽の特徴
1
すべてが生解説で,およそ1時間の投影を行う。
現行の学習指導要領の内容と,児童が興味をもつ
ようなことについて,少し専門的に解説した内容
を合わせて投影している。解説員のクイズに対し
なお,学習指導要領の内容以外に,復習や予習
になるような他学年の内容や,児童・生徒が館を
訪れた日に見える星座や惑星の紹介などを取り入
れ,プラネタリウム施設を利用した学習投影を通
して星空や宇宙に興味・関心が持てるように内容
を工夫している館もある。
児童が一斉に答えたり,正解だと思う月の動き方
を指でなぞらせたりするなど,児童が積極的に参
加できる内容になっている。なお,小学校段階の
内容は1回の投影で全て網羅できるが,中学校第
3学年の内容は,金星の満ち欠けを始め,年周運
動や惑星,銀河についてなど幅広く,1回の投影
で網羅することは困難である。そこで A 館では現
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014)
行の学習指導要領の内容を6つにわけたプログラ
学校第3学年はほとんどない。
中学校第3学年は,
ムを用意し,教師との打ち合わせによって組み合
天文分野を学習する時期が受験の時期に近いこと
わせを変えたり,その中からいくつかピックアッ
が原因であると考えられる。
プして投影したりして,教師のねらいに合うよう
6.今後の課題
工夫している。B 館では学習指導要領の内容の一
本調査では,福岡県内の2箇所のプラネタリウ
部を詳しく投影するほか,学校で習う内容の枠を
ム施設に対して事例的に訪問調査を行い,プラネ
超えて,生徒に宇宙について興味を持ってもらえ
タリウム施設を利用した学習投影の現状と主な課
るような内容を多く取り入れている。
題を明らかにした。可能であればその他のプラネ
中学校第1学年や中学校第2学年の生徒に対し
タリウム施設に訪問調査を依頼し,引き続き考察
て学習投影を行うときには,中学校第3学年の内
を行う。また全国の調査では,Web 上のホームペ
容を投影するのは難しいので紹介程度に留め,小
ージに記載されている少ない情報でのみのまとめ
学校の内容の復習をしたり,星空や宇宙に興味を
になっているため,全国のプラネタリウム担当者
持ってもらえるような内容を多めに取り入れたり
を対象としてアンケート調査を行い,プラネタリ
して学習投影を行っている。
ウム施設を利用した学習投影の現状と課題を明ら
イ)担当者に対する聞き取り調査について
かにしたい。
担当者から得られた主な回答内容は以下のとお
7.謝辞
りである。
本研究を実施するにあたり,調査をさせていた
・施設職員と教師との連携(児童・生徒来館前)
だいたプラネタリウム施設の館長や職員の皆様に
A 館も B 館も,学習投影の受付の段階で,施設
は,本調査の協力のために,公務ご多忙の中,貴
の職員と教師が連絡を取り合うが,そこでは来館
重なご意見をいただいた。ここに記して深く感謝
する学年や人数などの基本的な情報のやりとりの
の意を表す。
みが行われている。そのかわりに B 館では,Web 上
引用及び参考文献
に学習投影の内容を詳細に記し,外部からでも確
北條諭:
「地球」
(特に天体)の授業を進めるうえでのプラ
ネタリウムの利用―社会教育施設の活用の仕方―,初等
理科教育,Vol.43,No.2,pp.18-21,2009
国立科学博物館:科学的体験学習プログラムの体系的開発
に関する調査研究,文部科学省委託事業,2009
国立科学博物館:環境学習プログラムの体系的開発に関す
る調査研究,p.15,文部科学省委託事業,2010
文部科学省:小学校学習指導要領解説 理科編,p.73,東洋
館出版社,1999
文部科学省:小学校学習指導要領解説 理科編,p.69,大日
本図書,2008
文部科学省:中学校学習指導要領解説 理科編,pp.100101,大日本図書,2008
小川,下條:科学系博物館の学習資源と学習活動における
児童の態度の変容との関連性,科学教育研究,Vol.28,
No.3,pp.158-165,2004
須賀昌俊:星空を眺めようとする子どもを育てるプラネタ
リ ウ ム の 授 業 , 初 等 理 科 教 育 ,Vol.43,No.7,pp.5355,2009
高橋,松森:プラネタリウム視聴前後の子どもの変容様態
について-太陽の光の認識を事例にして-,理科教育学
研究,Vol.42,No.2,pp.1-12,2002
高橋真理子:プラネタリウムの効果的利用を目指した授業
実践例―山梨県立科学館の場合―,理科の教
室,Vol.51,No.8,pp.27-29,2002
高橋真理子:星を見上げる意味を心と体で,理科の教
育,Vol.58,No.684,pp.15-17,2009
田代学:プラネタリウムの発展的な学習に生かす四つのわ
が ま ま な 活 動 , 初 等 理 科 教 育 ,Vol.38,No.13,pp.5051,2004
認できるようにしている。
・施設職員と教師との連携(児童・生徒来館後)
B 館では学習投影改善の手がかりとして,学習
投影終了後に教師に向けてのアンケートを実施し,
学習投影の感想を書く欄を設けている。しかし A
館と B 館のどちらも,児童・生徒に対して,学習
投影の内容が理解できたか,また,わかりやすか
ったか等の調査はしないということがわかった。
・投影内容に関しては,学校で何時間もかけて学
習する内容を1回の投影に詰め込むのは児童にと
って負担にならないか,また,内容が引率する教
師のニーズに合っていないのではないかという不
安がある。
・プラネタリウム施設を有効に活用できると考え
られる中学校第3学年の利用が極端に少ない。現
行の学習指導要領に天文分野が含まれている学年
のうち,来館団体数は小学校第4学年が最多で,
小学校第6学年はそれよりかなり少なくなり,中
― 62 ―