Page 1 Page 2 やま こし まさ 学位授与の日付 平成 ーー 年 3 月 23 日

KURENAI : Kyoto University Research Information Repository
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模倣の進化と発達に関する比較認知心理学的研究(
Abstract_要旨 )
山越, 政子
Kyoto University (京都大学)
1999-03-23
http://hdl.handle.net/2433/181856
Right
Type
Textversion
Thesis or Dissertation
none
Kyoto University
氏
名
箭
遠
義
士
手
(
教 育 学)
学位 (
専 攻分 野 )
博
学 位 記 番 号
教
学 位 授 与 の 日付
平 成 11年 3 月 23 日
学位授 与 の要件
学 位 規 則 第 4 条 第 1項 該 当
研 究 科 ・専 攻
教 育 学 研 究 科 教 育 方 法 学 専 攻
学 位 論 文 題 目
模倣の進化 と発達に関す る比較認知心理学的研究
博
1
6 号
第
(
主査)
論 文調 査 委 員
教 授 子 安 増 生
論
文
助教授 吉 川 左 紀 子
内
容
の
要
教 授 山 田 洋 子
旨
本論文は,人間がなぜ高度な知性 をもつに至?たかを探 るために, 「
模倣 」 に注 目し,人間 と最 も近縁性 の高いチ ンパ ン
ジーの模倣能力 と比較対照す ることによって模倣 の機能 を解明 しよ うとす る比較認知心理学的研究の報告である。
第 1章では,まず,人間がなぜ進化の過程で模倣能力 を獲得す るに至ったかを探 るために,人間の模倣能力のもつ適応的
意味について諭 した。集団に特有の非遺伝的な技能 を獲得 し,それ を 「
文化 」情報 として世代 を越 えて伝達す る手段 として
の側面,あるいは,人間が複雑な社会環境 の中で生存す るために他者 とのコミュニケーシ ョンを可能 にす る手段 としての側
面に加 えて,進化の過程で果たす模倣 の役割が考察 され,そのよ うな模倣 の系統発生的基盤 を知 るために,特 に視覚一運動
系の情報処理系での人間 とチンパ ンジーの模倣 を,統制 された実験下で同 じ条件で直接比較す ることの重要性が指摘 された。
age
t
,a.とMe
l
t
z
第 2章では,人間 と人間以外の動物 を対象 として これまで行 われてきた模倣研究の代表的理論 としてPi
o
f,A.を取 り上げ,両者 の相違点 を明 らかに した。その主要な論 点は,①模倣能力 は出生後の感覚運動的経験 によって獲
得 されてい くものか (
Pi
ag
e
t
),あるいは人間に生得的に備 わってい るものか (
Me
l
t
z
o
f
f
),②模倣能力の発達は 「
物の永続
性」,「
因果的関係」, 「
象徴遊び 」 といった乳児期 に発達す る認知機能 と相互に依存 し最終的には言語の出現 に結びつ くのか
(
Pi
ag
e
t
),あるいは模倣能力はこれ らの認知機能 とは独立に発達 し,言語の出現 とは直接的な因果関係 をもたないのか (
M
e
l
t
z
o
f
f
),である。 これ らの問題点を検討す るために,模倣障害 を示す 自閉症児の研究の重要性 と同時に,人間以外の動物,
特 に大型類人猿の模倣能力の研究の重要性 が指摘 された。
第 3章では, 「
初期模倣 」 とよばれ る現象 (
生まれて数時間の新生児 が他者 の表情な どを模倣す ること) に関す る研究 を
概観 し,初期模倣 のメカニズム とその機能 について検討 した。従来の研究では,初期模倣 を生得的解発機構 として位置づ け
る立場 と,模倣 の原初的形態 と考 える立場があるが, この 2つの説明の うちの どち らかを強力 に支持す る証拠 は得 られてい
ない。そ こで,初期模倣 を系統発生的観 点か ら検討す るために,チンパ ンジー乳児 を対象 とした初期模倣 に関す る研究を人
間 と同一の実験的手続 きにより行 った。その結果,チ ンパ ンジー乳児 においても,人間の初期摸倣 と類似 した現象が認 め ら
れ,初期模倣 は人間 とチンパ ンジー とで系統発生的に同 じ基盤 をもつ可能性が示唆 された。
第 4章では,人間 とチンパ ンジーの物の操作の模倣 に関す る先行研究 を概観 した。従来の研究では,模倣できる/できな
い とい う点のみに注意が向け られてお り,模倣す る際に他者の行為 を どのよ うに認知す るか とい う視点か らの検討 はな され
て こなかった。そ こで,本研究では,チンパ ンジーの視覚一運動系の情報処理 に焦点をあてて実験的に調べた。その結果,
チ ンパ ンジーでは操作 され る物の動 きに関す る情報が模倣す る際の手がか りとな り,物 を操作す る他者 の身体の動 きに関す
る情報は模倣す る際の手がか りとはなってお らず,チ ンパ ンジーの場合 には身体の動 きに関す る情報処理が制限 されてい る
可能性が示唆 された。
第 5章では,先行研究の検討か ら,言語獲得以前の乳児が,他者 の身体の動 きに関す る情報 を意図や 目的 といった心的な
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枠組みで処理す るのに対 し,大型類人猿が他者の行為の意図を理解できるか どうかに関 して一貫 した結論が得 られていない
ことを示 した。 これ を受 けて,人間の場合 とほぼ同一の手続 きを用いて,チンパ ンジーが他者の意図を どのよ うに理解す る
かを実験的に調べた。その結果,チ ンパ ンジーは他者 の行為の意図を観察 した場合でも,その行為の 目的 を自発的に予測 し
て行動す ることができなかった。 チンパ ンジーでは,操作 され る物の動 きは忠実に再現 されたが,他者 の身体的動きは再現
できなかった。すなわち,他者 の行為 を理解す る場合,身体の動 きの情報 を心的枠組みで処理す る点に人間 とチンパ ンジー
との顕著な相違が認め られた.
第 6章では,上記の実験的研究 を踏まえ,人間 とチンパ ンジーの模倣能力の類似点 ・相違点を示 した視覚 一運動系の情報
処理 に関す るモデルが提唱 され,野生チンパ ンジーでみ られ る行動の特徴 とあわせて検討 された。チンパ ンジーでは他者の
身体の動 きか らその情報 を心的枠組みで処理す ることが困難であ り,他者 の身体の動 きを適切に処理 し摸倣す る能力は,人
間 とチ ンパ ンジーの知性の相違 を際立たせ る要因のひ とつである とい う結論が示 された。
論
文
審
査
の 結
果
の 要
旨
l
t
z
o
f
f& Mo
o
r
e(
1
97
7
) を噂矢 とす る初期模倣 (
生まれ て数時間の新生児が舌出 しな ど
模倣 の発達心理学的研究は,Me
の表情変化 を模倣す る現象であ り,生後 2- 3か月頃までに消失 ・減少す る)の研究によって進展 した。特に,①模倣能力
が生後の感覚運動的経験 によって獲得 され るものか,それ とも人間に生得的に備わっているものか,②模倣能力か乳児期に
発達す る認知機能や言語の発現に結びつ くのか,それ とも模倣能力がこれ らの認知機能 とは独立に発達す るものか といった
論点は,発達心理学においてきわめて重要な問題 である。論者 は,この模倣の発達的研究を進めるために,進化的視点の重
要性 を主張 し,高度な模倣能力 をもつ とされ る大型類人猿 との比較認知心理学的研究を行 うことを考えた。
比較心理学的研究 を行 うためには,対象 となる動物 を探 して人間の場合 と同 じよ うに統制 された実験条件で直接に行動等
を比較す ることが求め られ るが, このよ うな実験 を実施す るのは大変困難 な課題である。論者 は,京都大学大学院教育学研
究科 に進学直後か ら,京都大学霊長類研究所 (
犬山市)の共同研究員 として松沢哲郎教授 の指導を受 けなが ら同研究所で飼
育 されているチンパ ンジー を対象に実験 を行い,文部省科研費研究の共同研究プロジェク トに参加 してチ ンパ ンジーの数少
ない生息地の一つであるアフ リカのギニア共和国での野生チンパ ンジー を観察す ることによ り,多 くの困難 な課題 を乗 り越
えて本研究を完遂 した。
本論文の第 1章 と第 2章は模倣 の比較認知心理学的研究についての理論的検討であ り,実験的研究の結果 は第 3章∼第 5
章の 3つの章に示 されている。
第 3章では,初期模倣が生得的解発機構 によるのかあるいはその後の模倣の原初的形態であるのかを検討す るため,チン
パ ンジー乳児 を対象 とした初期模倣 に関す る実験 を人間の場合 と同一の手続 きによ り行 った。その結果,チ ンパ ンジー乳児
においても人間の初期模倣 と類似 した現象が認 められ,初期模倣のメカニズムとその適応的機能の共通性 の高 さが示 された。
このデー タは,先行研究が殆 どな く,貴重なものである。
第 4章では,チンパ ンジーによる他者の行為の認知過程が人間の場合 とどのように異なるのかを明 らかにす るため,視覚一
運動系の情報処理 に焦点をあてて実験 を行 った。その結果,チンパ ンジーでは操作 され る物の動きに関す る情報は模倣の手
がか りとなるか,物 を操作す る他者 の身体の動 きに関す る情報は模倣の手がか りとはな らず,チンパ ンジーの場合,身体の
動 きに関す る情報処理が人間に比べて制限 されている, とい う新たな知見が得 られた。
第 5章では,情報処理過程でみ られ る人間 とチンパ ンジーの差異がよ り高次の認知機能 に どのよ うな影響 を与えるのかを
検討す るため,人間の乳児の場合 と同 じ手続 きを用いてチンパ ンジーが他者 の意図をどの よ うに理解す るかを実験的に調べ
た。 その結果,チ ンパ ンジーは物の動 きに関す る情報 を手がか りとして他者の意図を理解す る可能性があるが,身体の動き
を心的枠組みで処理 できない とい う点で人間 との顕著 な相違が認 め られ た。 この結果 は,他者 の心を理解す る過程の研究
(
所謂 「
心の理論」研究)に とって も重要な示唆を与えるものである。
さらに,論者 は,第 6章の 「
全体的考察 」 において,人間 とチンパ ンジーの模倣能力の類似点 と相違点を示す視覚一運動
系の情報処理 に関す るモデル を提唱 している。 このモデル は,今後の新 たな研究を示唆す る点で重要である。
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以上のよ うに,論者 はチ ンパ ンジー を対象 とす る 3つ の実験的研究 を通 じて模倣 の発 生的意味を解 明す る研 究 を行 い,大
きな成果 を得 た。
他方,本研究 に対 し,次の よ うな幾つかの問題 点 を指摘す ることができよ う。
(
a)初期模倣 とその後 の模倣 の関係 を さらに明確 にす る必要があること。
(
b)比較研 究なのにチ ンパ ンジーの実験結果 のみ に基づいて論証 してい るこ と。
(
C)自閉症児 の模倣障害の研究 を取 り上 げてい るが,議論 がやや不十分 な こと。
(
d)第 6章の情報処理モデル は粗削 りであ り,今後 の改善の余地があること。
この よ うに今後 の課題 を幾つか残す ものの,チ ンパ ンジー を研究す る制約 と困難 を乗 り越 えて実験 を行 い,他者 の身体 の
動 きを模倣す る能力が人間 とチ ンパ ンジーの知性 の相違 を際立たせ る要因のひ とつである とい う結論 を示 した こ とは教育認
知心理学研 究の発展 に とって重要な成果 であ り,本論文の貢献 は大 きい。
よって,本論文 は博士 (
教育学)の学位論文 として価値 あるもの と認 める。
年 2月2
2日,論文内容 とそれ に関連 した試 問を行 った結果,合格 と認 めた。
また,平成 11
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