法政大学大学院理工学・工学研究科紀要 Vol.55(2014 年 3 月) 法政大学 吹込みによる遠心圧縮機のサージングの制御 ―不安定現象抑制メカニズムの解明― SURGE CONTROL FOR CENTRIFUGAL COMPRESSOR BY USING A NOZZLE INJECTION SYSTEM ―MECHANISM OF CONTROLLING INSTABILITY PHENOMENA― 宮正明 Masaaki MIYA 指導教員 辻田星歩 教授 法政大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程 As a control method of the instability phenomena, a nozzle injection system of a passive control method has been proposed. In this system, a part of the flow at the compressor outlet is re-circulated to the injection nozzle installed of the suction pipe through the bypass pipe and injected to the impeller inlet. In the present study, experimental measurements for turbocharger were carried out in order to investigate the mechanism of controlling the rotating stall and the surge in the centrifugal compressor by using the nozzle injection system. The present experimental results suggested that the nozzle injection extends the stable operating range of entire compressor system to the low flow rate region by controlling the mild surge. Moreover, the nozzle injection suppresses the growth of rotating stall by increasing the flow rate in the diffuser. Key Words : Centrifugal Compressor, Nozzle Injection, Surge, Rotating Stall 1. 緒論 移動でき,その抑制効果が最も大きく表れる吹込みの最 近年,地球規模の環境問題が深刻化しており,世界各 適周方向位置は,普遍的にスクロール舌部から最も離れ 国において自動車排出ガスに関する規制が年々強化され た周方向位置に存在することが過去の研究[3]から明らか ている.これに伴い欧州では,クリーンディーゼル車の になっている.しかし,同方法による旋回失速の抑制メ 普及が進んでおり,これに用いられるディーゼルエンジ カニズムやサージング発生点の低流量化のメカニズムに ンには一般的に過給機が搭載されている.また,ガソリ ついては明らかになっていない.したがって,旋回失速 ンエンジンに対してもダウンサイジングが進められてお の抑制効果およびサージング発生点を低流量化させる効 り,これに伴う出力の低下を補うために,過給機の搭載 果をより高めるためには,これらの不安定現象発生時に が拡大している.過給機の構成要素の一つである遠心圧 おける流れ場の挙動を詳細に調査し,吹込みがこれらの 縮機は,自動車の走行状態により作動条件が変化するた 流れ場に与える影響を解明する必要がある. め,広い作動範囲にわたって安定的に作動する必要があ 以上のことより本研究では,吹込みシステムによる旋 る.しかし,遠心圧縮機を最高圧力比付近よりも低流量 回失速の抑制メカニズムおよびサージング発生点の低流 側で作動させた場合,局所的に発生した失速域が周方向 量化メカニズムの解明を目的に,吹込みが不安定現象発 に伝播する旋回失速や,配管を含む系全体に激しい振動 生時のディフューザおよび吐出し管の内部流れの時間平 や騒音が発生するサージングなどの不安定現象が発生す 均挙動および非定常挙動に与える影響について実験的手 る[1].したがって,遠心圧縮機を最高圧力比付近よりも 法を用いて調査した. 低流量側においても安定的に作動させるには,これらの 不安定現象を制御する必要がある. 不安定現象の制御方法の中でも,装置の構造が比較的 2. 実験装置 実験装置の概要図を図 1 に,遠心圧縮機の羽根車の仕 シンプルな吹込みシステムによる制御法がある.これは, 様を表 1 に示す.遠心圧縮機により圧縮された空気は, 圧縮機出口の圧縮空気の一部を再循環させ,羽根車前縁 スクロール出口から一部がバイパス管へ流入し,吹込み へ吹込むことにより不安定現象を抑制する方法である[2]. ノズルを経て羽根車入口へ再循環され,残りの空気は吐 この方法を用いることでサージング発生点を低流量側へ 出し管を通過し絞り弁を経て大気へ開放される. Gate Valve Pressure Sensor Thermo Couple Orifice Pressure Sensor Hot Wire Probe Compressor Extracted Point 本研究で使用した吹込み装置の概要図を図 2 に,周方 向座標の定義を図 3 に,ディフューザ壁面(Hub 側)の 圧力測定位置を図 4 に示す.吹込みノズルは内径 4mm で あり,羽根車入口より軸方向上流 5mm の吸込み管の 200 Shroud 側に設置され,内壁面に沿って周方向に移動可能 1800 な構造となっている.また,周方向座標 TT はスクロール 1840 2000 舌部を基準 TT(0)とし,羽根車回転方向に a°移動した位 2600 Unit:mm 置を TT(+a),逆方向に b°移動した位置を TT(-b)と定義 している.なお,本研究では吹込みを行う場合を Injection, 図 1 実験装置 行わない場合を Normal と呼ぶ. 周方向のディフューザ壁面静圧分布を測定するために, 表 1 羽根車仕様 Inlet diameter Outlet diameter Number of blades Outlet blade angle Inlet blade height Outlet blade height Blade thickness D1 D2 Z β2 b1 b2 t (mm) (mm) (deg.) (mm) (mm) (mm) 43.38 56 12 40 15.4 4.08 0.4 ディフューザ入口側(羽根車出口から半径比 1.25)およ び出口側(半径比 1.75)に静圧孔を基準 TT(0)から周方向 に 45°刻みでそれぞれ 8 点設けた.ディフューザ壁面静圧 の非定常圧力変動を測定するために,2 つの超小型圧力セ ンサ(CH1 および CH2)をディフューザ入口側(半径比 1.25)に 45°ずらして設置した.また,吐出し管内の非定 常圧力および速度変動を測定するために,圧縮機出口よ り下流 200mm の位置に超小型圧力センサおよび熱線プロ Nozzle Holder Injection Nozzle ーブを設置した. 3. 実験方法 羽根車回転数 N は 50,000rpm および 60,000rpm に設定 して実験を行った.圧縮機の流量は吐出し管下流の絞り 弁で調節し,実験は絞り弁を全開から閉じていき,流量 を低下させる方法でサージングが発生するまで行った. 図 2 吹込み装置 本研究ではサージングが発生した絞り弁の弁開度から最 小分解能分ひとつ手前の弁開度における流量をサージン Rotation グ発生限界流量と定義した.Injection の実験は,吹込みノ TT(-b) ズルを基準 TT(0)および過去の実験[3]において確認され た最適周方向吹込み位置 TT(180)の 2 つの条件に対して実 b° 施した.以後,これらの状態を Injection TT(0)および TT(0) TT(+a) Injection TT(180)と呼ぶ. Tongue 圧縮機入口および出口の温度は熱電対を,吐出し管の a° 壁面静圧とオリフィスの差圧は圧力センサを用いて測定 した.ディフューザ壁面の流れを可視化するために,多 色油膜法を用いた.油膜は,流動パラフィン,酸化チタ 図 3 周方向座標 ン(白)または蛍光顔料(青,緑,赤),オレイン酸の TT(-90) Static Pressure Hole 混合物である.質量混合比は,流動パラフィン,酸化チ タンまたは蛍光顔料,オレイン酸を Hub 壁面で 4:5:1, Shroud 壁面で 8:11:2 とした.可視化実験においては,絞 り弁の弁開度を予め確認された流量に設定した後, Rotation CH2 N=50,000rpm で 8 分間運転した.周方向のディフューザ壁 Tongue TT(0) TT(180) CH1 面静圧の測定には圧力センサを用い,時間平均静圧を算 出した.ディフューザ壁面静圧の非定常圧力変動と,吐 出し管内の非定常圧力および速度変動は FFT アナライザ Pressure Sensor を用いて測定した.なお,サンプリング周波数は 102.4kHz とし,非定常圧力変動には 1kHz のローパスフィルタを用 TT(+90) 図 4 ディフューザ壁面(Hub 側)の圧力測定位置 いた.また,ディフューザにおける旋回失速の現象をと らえるために相互相関関数を測定した. 4. 4.1 実験結果および考察 の旋回失速スペクトル最大,QNS:Normal のサージング発 性能特性 生限界,QI(0)S :Injection TT(0)のサージング発生限界, 図 5 に N=50,000rpm と 60,000rpm における Normal, QI(180)S:Injection TT(180)のサージング発生限界)におけ Injection TT(0)および Injection TT(180)の性能特性を示す. るディフューザおよび吐出し管の内部流れの時間平均挙 また,図 6 には図 5 における低流量域を拡大したものを 動および非定常挙動を調査した. 示す.図の縦軸は圧力比 πt,横軸は修正質量流量 Q であ り,次式を用いてそれぞれ算出した. 4.2 多色油膜法によるディフューザ壁面の可視化 N=50,000rpm の QNP および QNS における(図 6) ,Normal, P t= t Pa Q=Q0 Pa 0 Pa [-] (1) Injection TT(0) お よ び Injection TT(180) の Hub お よ び Shroud 壁面上での可視化結果を図 7~図 9 にそれぞれ示 T1 T0 す.なお,図の破線の矢印は逆流を示している.Hub 壁 [kg/s] (2) 面上の白色と青色の油膜の境界線(破線の円)は予備実 験において半径方向速度成分を持たない周方向に旋回す ここで,Pt は測定時の圧縮機出口全圧,Pa は測定時の大 気圧,Q0 は実測質量流量,Pa0 は標準大気圧,T1 は測定時 の大気温度,T0 は標準大気温度である.なお,性能特性 における最大の流量は弁開度が全開時の流量を,最小の 図 6 より,両回転数において Injection では Normal に比 べてサージング発生限界流量が低流量側へ移動しており, 圧縮機の作動範囲が拡大していることがわかる.さらに, Injection TT(180)では Injection TT(0)に比べてサージング 発生限界流量がより低流量側へ移動していることが確認 できる.この要因を調べるため,以下の節では低流量域 の 5 点の流量(QNP:Normal の最高圧力比,QNR:Normal 膜の境界線も同一半径位置となっている.また,Hub 壁 面上の青色と緑色の油膜の境界線は Shroud 壁面上のディ Normal の QNP では,Hub 壁面上(図 7(a))において白 色と青色の油膜の境界線の半径位置に周方向淀み旋回流 が現れており,さらにディフューザ入口へ向かって青色 の油膜が白色の油膜領域へ局所的な周方向域から逆流し ていることがわかる.また,Shroud 壁面上(図 7(b))で は局所的な周方向域(実線の枠)でディフュ―ザから吸 込み管へ向かって逆流が生じていることが確認できる. 一方,Normal の QNS では,Hub 壁面上(図 7(c))の周方 向淀み旋回流が消滅し,ディフューザの全周域で青色の 1.40 Pressure ratio πt [-] 半径位置を示しており,Shroud 壁面上の青色と茶色の油 フューザ出口の半径位置と対応している. 流量は各サージング発生限界流量を示している. 50,000rpm Normal Injection TT(0) Injection TT(180) 1.30 60,000rpm Normal Injection TT(0) Injection TT(180) 油膜が白色の油膜領域へ逆流している.また,Shroud 壁 面上(図 7(d))では局所的な周方向域でディフューザか ら吸込み管へ向かう逆流が生じているが,その領域内の 一部に青色の油膜(破線の枠)が存在していることが確 1.20 認できる.したがって,このディフューザから吸込み管 1.10 までの逆流は 2 箇所の周方向位置から発生していると考 QNP えられる. Injection TT(0)の QNP では,Hub と Shroud 壁面上(図 1.00 0.00 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 Corrected mass flow rate Q [kg/s] 0.06 8(a)(b))の流れ場は Normal の QNP とほぼ同様の様相を呈 している.さらに Injection TT(0)の QNS の Hub と Shroud 図 5 性能特性 壁面上(図 8(c)(d))の流れ場についても Normal の QNS と 顕著な差は見られない. 1.40 Pressure ratio πt [-] る流れ(以後,周方向淀み旋回流と呼ぶ)が形成された 50,000rpm Normal Injection TT(0) Injection TT(180) 1.30 60,000rpm Normal Injection TT(0) Injection TT(180) Injection TT(180)の QNP では,Hub 壁面上(図 9(a))に 周方向淀み旋回流は形成されていないことがわかる.ま た,Shroud 壁面上(図 9(b))においては Normal の QNP と 同様の逆流を確認することができるが,吸込み管へ向か 1.20 う逆流の周方向域が減少している.また,Injection TT(180) の QNS では,Hub 壁面上(図 9(c))に周方向淀み旋回流お 1.10 QNS QNR QNP QI(180)S 1.00 0.000 よび局所的な周方向域の逆流が確認でき,これは Normal QI(0)S の QNP における流れ場と酷似している.また,Shroud 壁 0.005 0.010 0.015 0.020 Corrected mass flow rate Q [kg/s] 図 6 低流量域における性能特性 0.025 面上(図 9(d))では吸込み管へ向かう逆流が周方向 1 箇 所からのものとなっており,この流れ場についても Normal の QNP における結果と一致している. 以上の結果から,抑制効果の低い周方向吹込み位置で の吹込みはディフューザ壁面近傍の時間平均流れ場に与 TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) える影響は小さいが,最適周方向吹込み位置における吹 込みはディフューザ Hub 壁面上の逆流域を全周域から局 所周方向域に縮小させ,さらに Shroud 壁面上のディフュ ーザから吸込み管へ向かう逆流の周方向域と流入箇所を (a) Hub 壁面 QNP 減少させることで,壁面近傍の時間平均流れ場を高流量 (b) Shroud 壁面 側の状態へ回復させていると考えられる. 4.3 TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) ディフューザ圧力回復係数 N=50,000rpm と 60,000rpm の QNP と QNS における Normal, Injection TT(0)および Injection TT(180)のディフューザ Hub 壁面上での圧力回復係数 Cp の周方向分布を図 10 お よび図 11 に示す.なお,図の半径軸は圧力回復係数 Cp, (c) Hub 壁面 QNS (d) Shroud 壁面 円周軸は測定点の周方向位置であり,Cp は次式を用いて 図 7 多色油膜法による可視化(Normal) 算出した. C p= TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) Ps 4 Ps 3 2 (u 2 / 2) [-] (3) ここで,Ps3 と Ps4 はディフューザ入口および出口におけ る壁面静圧,ρ は測定時の圧縮機出口空気密度,u2 は羽根 車出口周速度である. (a) Hub 壁面 QNP N=50,000rpm における QNP(図 10(a))では,Normal の (b) Shroud 壁面 Cp の分布は TT(+135)~TT(180)付近において,最も低下し ていることがわかる. この Normal の Cp の分布に対して, Injection TT(0)は TT(0)~TT(-45)付近の Cp を,Injection TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) TT(180)は TT(+135)~TT(180)付近の Cp を上昇させている ことが確認できる.同様の傾向は,同回転数における QNS での Cp の分布(図 10(b))においても確認できる.さらに QNS の Injection TT(180)においては Normal の Cp の分布に (c) Hub 壁面 QNS (d) Shroud 壁面 対して全周域で Cp を上昇させている.したがって, 図 8 多色油膜法による可視化(Injection TT(0)) Injection TT(180)は Normal において最も Cp が低下する TT(+135)~TT(180)付近の Cp を上昇させることによって, 最適周方向吹込み位置になったと考えられる.同様な傾 向は N=60,000rpm の結果(図 11(a)(b))においても確認さ TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) れることから,この傾向は回転数に依存しないことがわ かる.また,ディフューザ圧力回復係数の低下は,ディ フューザ内の逆流や不安定現象によって引き起こされる ことが知られている.これについては,先に示した可視 (a) Hub 壁面 QNP 化結果(図 7~図 9 における各(a)(c))から,Hub 壁面の (b) Shroud 壁面 ディフューザ入口に逆流領域が存在していることを確認 している. 以上のことから,吹込みはディフューザ内の圧力回復 TT (180) Rotation TT TT (0) (0) Rotation TT (180) 係数を上昇させることにより,逆流や不安定現象の発生 を抑制したと考えられる.また,Injection TT(180)が最適 周方向吹込み位置になった原因は,Normal において最も 圧力回復係数が低下する TT(+135)~TT(180)付近の圧力 (c) Hub 壁面 QNS (d) Shroud 壁面 図 9 多色油膜法による可視化(Injection TT(180)) 回復係数を上昇させたためと考えられる.また,この傾 向は回転数に依存しないことがわかった. Cp[-] TT(-90) 0.20 TT(-135) TT(180) 0.16 Cp[-] TT(-90) 0.20 TT(-45) TT(-135) 0.12 0.08 0.08 0.04 0.04 0.00 TT(+135) TT(0) TT(180) TT(+45) TT(+135) Injection TT(180) Normal TT(+90) Normal 0.16 0.12 Injection TT(0) 0.00 Mild surge によるスペクトルについては QNS において現れ TT(-45) 生していることがわかる.さらに,それぞれのサージン TT(0) TT(+45) (a) QNP Injection TT(180) (b) QNS TT(-135) TT(180) 0.16 TT(-45) TT(-135) 0.16 0.12 0.08 0.08 0.04 0.04 0.00 TT(0) TT(180) 0.00 わかる. においては,Normal および Injection TT(0)と同様に QNP において旋回失速のスペクトルが現れ,その大きさは Cp[-] TT(-90) 0.20 0.12 いて,Mild surge のスペクトルの大きさを比較すると, N=50,000rpm の Injection TT(180)の周波数特性 (図 12(c)) 図 10 ディフューザ圧力回復係数(50,000rpm) Cp[-] TT(-90) 0.20 グ発生限界(Normal の QNS,Injection TT(0)の QI(0)S)にお Injection TT(0)の方が Normal よりも低下していることが TT(+90) Injection TT(0) ており,Normal に比べてより低流量側で Mild surge が発 TT(-45) Injection TT(0)と同様に QNR と QNS の間で最大となってい る.また,同スペクトルの大きさは,QI(0)S においては TT(0) Injection TT(0)に比べて増大しているが,QI(180)S において は Injection TT(0)の QI(0)S における大きさまで低下してい TT(+135) TT(+45) TT(+135) Normal Injection TT(0) (a) QNP TT(+45) Injection TT(180) Normal Injection TT(0) Injection TT(180) (b) QNS 図 11 ディフューザ圧力回復係数(60,000rpm) 4.4 る.また,Mild surge によるスペクトルについては,QNS に お い て 現 れ て い る が , QNS に お け る そ の 大 き さ は TT(+90) TT(+90) ディフューザ内の非定常圧力変動 N=50,000rpm と 60,000rpm のディフューザ入口 Hub 壁 面 上 にお ける Normal, Injection TT(0) お よび Injection TT(180)の非定常圧力変動の周波数特性を図 12 および図 13 にそれぞれ示す.図の縦軸は圧力変動の周波数スペク トル,横軸は周波数,奥行き軸は低流量域における各流 量である.なお,サージング発生後の流量は測定が困難 であるため,Normal は QNP~QNS までの 3 点の流量, Injection TT(0)は QNP~QI(0)S までの 4 点の流量,Injection TT(180)は QNP~QI(180)S までの 5 点の流量について示す. N=50,000rpm の Normal の周波数特性(図 12(a))では, QNP において 400Hz 付近に旋回失速のスペクトルが現れ, その大きさは QNR で最大となり,QNS では低下している. また,QNR では 25Hz 付近にサージングによるスペクトル が現れており,QNS ではこのスペクトルが増大している. Injection TT(0)のよりも低下しており,同様に QI(0)S におい ても低下している.さらに,各サージング発生限界 (Normal の QNS,Injection TT(0)の QI(0)S,Injection TT(180) の QI(180)S)における Mild surge のスペクトルの大きさを比 較すると,Injection TT(180)が Normal さらには Injection TT(0)よりも低下していることがわかる. したがって,吹込みは Mild surge の発生を Normal に比 べて低流量側へ移動させ,そのスペクトルの各サージン グ発生限界での値を低下させる.さらに,Injection TT(180) では,Injection TT(0)よりも各サージング発生限界でのそ の値をより低下させる.しかしながら,その一方で吹込 みが旋回失速に与える影響は周波数特性に明確には現れ ていない. 次に,吹込みが旋回失速に与える影響を明らかにする ため,ディフューザ壁面に設置した 2 つの超小型圧力セ ンサ(CH1 および CH2)を旋回失速の失速セルが通過し た際の時間遅れを相互相関関数から読み取り,次式で定 義される失速セル数 m を算出した. 本研究では,圧力変動の振幅が顕著に大きくなり,周期 的な変動となった時点をサージング開始と定義しており, m= 360 t t [-] (4) このような変動を伴うサージングは一般的に“Deep surge” と呼ばれている.また,Deep surge が発生する流量よりも 高流量側では,小さな変動の“Mild surge”を伴うことが 知られている[4].したがって,この Normal の QNR からサ ージング発生限界の QNS で発生している 25Hz 付近のスペ クトルは Mild surge によるものであり,また,これらの 流量では旋回失速のスペクトルも存在していることから, 旋回失速と Mild surge が同時に発生していると考えられ る. 一方,N=50,000rpm の Injection TT(0)の周波数特性(図 ここで,θ は周方向の角度,Δt は時間遅れ,Δt´は失速セ ルの周期である.その結果を図 14 および図 15 に示す. 図の縦軸は失速セル数 m, 横軸は修正質量流量 Q である. なお,図には旋回失速が発生していると考えられる QNP 以降の失速セル数が示されている. N=50,000rpm における Normal では(図 14),QNP にお いて 1 つの失速セルが発生し,流量の減少に伴い 2 つに 増加していることがわかる.また,失速セル数は本来整 数値であるが,1 つから 2 つに増加する間に実数値で存在 12(b))においては,Normal と同様に QNP において旋回失 している.本研究では,失速セル数の算出を容易にする 速のスペクトルが現れているが,その大きさは QNR と QNS ために平均化処理を行った周波数特性と相互相関関数を の間において最大となり,QI(0)S では低下している.また, 用いている.したがって,この間における失速セル数は, 400 200 0 0 200 400 600 Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] 600 600 400 200 0 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP 200 400 600 800 (a) Normal 400 200 0 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP 0 600 QI(180)S QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP 0 200 400 600 800 800 (b) Injection TT(0) (c) Injection TT(180) 600 400 200 0 0 200 400 600 Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] 図 12 ディフューザ壁面における非定常圧力変動の周波数特性(50,000rpm) 600 400 200 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 0 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 0 200 400 600 400 200 0 QI(180)S QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 0 200 400 600 800 800 (b) Injection TT(0) (c) Injection TT(180) 800 (a) Normal 600 図 13 ディフューザ壁面における非定常圧力変動の周波数特性(60,000rpm) 2.50 Normal Injection TT(0) Injection TT(180) 2.00 1.50 1.00 QI(0)S QI(180)S QNS 0.50 0.006 QNR QNP 0.010 0.014 0.018 Corrected mass flow rate Q [kg/s] 0.022 Stall cell number m [-] Stall cell number m [-] 2.50 2.00 1.50 1.00 0.50 0.006 QI(0)S QI(180)S QNS QNR QNP 0.010 0.014 0.018 Corrected mass flow rate Q [kg/s] 0.022 図 15 失速セル数(60,000rpm) 図 14 失速セル数(50,000rpm) 1~2 つに変動していると考えられる. Normal Injection TT(0) Injection TT(180) いるが,流量の減少に伴うスペクトルの変化の定性的な 一方,Injection TT(0)および Injection TT(180)の失速セル 傾向は 50,000rpm と同様であり,失速セル数においても 数(図 14)は,QNP においては Normal と顕著な差はない 同様の傾向を示している.したがって,前述の吹込みに が,これよりも低流量側においては Normal よりも減少し よる効果は回転数に依存しないと考えられる. ている.ディフューザ内の旋回失速は,ディフューザ壁 以上のことより,吹込みはディフューザにおける Deep 面近傍で生じる逆流が羽根車まで到達したときに発生し surge の発生を低流量側へ移動させるだけでなく,その発 [5],流量の減少に伴って失速セル数を増加させながら成 生前に伴う Mild surge を抑制し,安定した作動範囲を拡 長していくことが知られている[6].したがって,吹込み 大する.さらに,最適周方向吹込み位置ではこの効果が はディフューザ内の流量を増加させることで,失速セル より高くなる.また,吹込みはディフューザ内の流量を 数の増加を抑え,旋回失速の成長を抑制していると考え 増加させることで,旋回失速の成長を抑制する. られる. また,N=60,000rpm の周波数特性および失速セル数の結 果(図 13,図 15)より,すべてのケースにおいて旋回失 速の周波数は回転数の上昇に伴い 500Hz 付近に変化して 4.5 吐出し管内の非定常圧力変動 N=50,000rpm と 60,000rpm の吐出し管における Normal, Injection TT(0)および Injection TT(180)の非定常圧力変動 0 200 400 600 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] 1000 800 600 400 200 0 1000 800 600 400 200 0 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP 0 200 400 600 800 (a) Normal 1000 800 600 400 200 0 0 200 400 600 QI(180)S QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP QNP 800 800 (b) Injection TT(0) (c) Injection TT(180) Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] Spectrum [Pa] 図 16 吐出し管における非定常圧力変動の周波数特性(50,000rpm) 1000 800 600 400 200 0 0 200 400 600 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 1000 800 600 400 200 0 QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 0 200 400 600 0 200 400 600 QI(180)S QI(180)S QI(0)S Q I(0)S QNS Q NS QNR Q NR QNP Q NP 800 800 (b) Injection TT(0) (c) Injection TT(180) 800 (a) Normal 1000 800 600 400 200 0 図 17 吐出し管における非定常圧力変動の周波数特性(60,000rpm) の周波数特性を図 16 および図 17 に示す.なお,比較は TT(180)は Injection TT(0)よりもさらに低下していること 4.4 節のディフューザ内の非定常圧力変動と同様の 5 点の がわかる.また Normal と同様に,スペクトルの大きさは 流量で行った.また,一部の結果には旋回失速のスペク ディフューザ内に比べて吐出し管の方が増大している. トルが見られるが,本節では系全体に強い影響を与える また,N=60,000rpm の結果(図 17)についても,すべ と考えられるサージングのスペクトルのみに着目して考 てのケースにおいて流量の減少に伴うスペクトルの変化 察する. は 50,000rpm の結果と定性的に同様の傾向を示している. N=50,000rpm の Normal の周波数特性(図 16(a))では, したがって,吹込みが吐出し管におけるサージングの QNR において 25Hz 付近に Mild surge によるスペクトルが 挙動に与える影響はディフューザにおけるそれと定性的 現れ,そのスペクトルは QNS で増大している.4.4 節の同 に一致しており,吹込みが系全体を安定化させているこ 回転数における Normal のディフューザの結果(図 12(a)) とがわかる. と比較すると,Mild surge が現れる流量は一致している. また,吐出し管における非定常速度変動についてもす また,そのスペクトルの大きさは吐出し管の方が増大し べてのケースにおいて本節で示した圧力変動と定性的に ていることがわかる.これは,吐出し管内の圧力がディ 一致していたため,吹込みは速度変動と圧力変動に対し フューザ入口に比べて上昇しているため,振幅が増大し て同様の影響を与えるといえる. たためと考えられる.したがって,吐出し管において Mild surge のスペクトルが現れる流量はディフューザ内の結果 と一致しており,サージングが配管を含む系全体で発生 していることがわかる. 一方,N=50,000rpm の Injection TT(0)および Injection TT(180)のそれぞれの周波数特性(図 16(b)(c))において 5. 結論 本研究より以下の結論が得られた. 1. 抑制効果の低い周方向吹込み位置での吹込みは,ディ フューザ壁面近傍の時間平均流れ場に与える影響は小 さい. は,4.4 節のそれぞれの結果(図 12(b)(c))と同様に,Mild 2. 最適周方向吹込み位置での吹込みは,ディフューザ surge によるスペクトルが QNS において現れ,Normal に比 Hub 壁面上の逆流域を全周域から局所周方向域に縮小 べてより低流量側で Mild surge が発生していることがわ させ,さらに Shroud 壁面上のディフューザから吸込み かる.さらに,各サージング発生限界(Normal の QNS, 管へ向かう逆流の周方向域と流入箇所を減少させるこ Injection TT(0)の QI(0)S,Injection TT(180)の QI(180)S)におい とで,壁面近傍の時間平均流れ場を高流量側の状態へ て Mild surge のスペクトルの大きさを比較すると, Injection TT(0)は Normal よりも低下しており,Injection 回復させる. 3. 吹込みはディフューザ内の圧力回復率を上昇させるこ 参考文献 とにより,逆流や不安定現象の発生を抑制する. 4. 最適周方向吹込み位置での吹込みは,吹込み無しの場 合に最も圧力回復率が低下する周方向付近の圧力回復 率を,他の吹込み位置よりも上昇させる. 1) 茨木 誠一,“遠心圧縮機の非定常流動に関する研究動 向”,日本ガスタービン学会誌,39(2),pp. 84-90,2011. 2) R. Gu,et al.,“Surge Control of Centrifugal Compressor by 5. 吹込みは Deep surge の発生を低流量側へ移動させるだ Inducer Tip Injection”,IGTC2007 Tokyo,TS-030,2007. けでなく,その発生前に伴う Mild surge を抑制し,系 3) T. Hirano , et al. , “Control of Surge in Centrifugal 全体で安定した作動範囲を拡大する.さらに,最適周 Compressor by Using a Nozzle Injection System” , 方向吹込み位置での吹込みによりこの効果は最も高く International Journal of Rotating Machinery,Volume 2012, なる. 2012. 6. 吹込みはディフューザ内の流量を増加させることで, 旋回失速の成長を抑制する. 7. 吹込みがサージングおよび旋回失速に与える影響は回 転数に依存しない. 4) Cumpsy, N. A.,“Compressor aerodynamics”,Longman Scientific & Technical,pp. 361,1989. 5) 渡辺 啓悦,他 1 名,“遠心羽根なしディフューザにお ける旋回失速発生過程”,日本機械学会論文集(B 編), 59(565),pp. 2848-2854,1993. 6) 坂口 大作,他 2 名,“遠心送風機の旋回失速予知に関 する研究”,日本機械学会論文集(B 編),61(591),pp. 32-37,1995.
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