刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 研究ノート 路 溜n i 調査報告 森久智江 (立命館大学) l . はじめに n . Krami の概要 m . ウプサラ支所におけるヒアリングについて N. 若干の考察 1.はじめに 日本において、ここ数年、刑事施設出所者や出院者に対する就労支援の 新たな広がりが見られつつある。就労支援事業者機構の設立、「職親 j プ ロジェクト、ソーシャルビジネス等、様々な支援主体による活動が始ま り、今後の発展が期待されるところである o 今回、スウェーデン調査において、やはり刑事施設を出所した人の就労 支援を行う団体として、Kr a m i '(ウプサラ支所):を訪問することとなった。 ヒアリングに応じてくれた職員のヨハン.ナ氏(ウプサラ自治体)、カタ リーナ氏(司法省'), '.ホーガン氏(ウプサラ就労支援事務所)は、当研究 班の調査趣旨説明に対して、「日本もスウェーデンも、犯罪を行った人の 就職・就業が困難であるという点で、問題状況は類似している Jとコメン トされた。同様の困難を抱えるとはいえ、一般に、福祉的支援が充実して いるとされるスウエ.ーデンにおいて、比較的新しい刑事施設出所者の就労 a m iの就労支援の経験から、日本が学ぶべき点を 支援として注目される.Kr まとめてみたい。 (飽法‘1 4 )4 6・3 .1 0 9( 7 1 3 ) 研究ノート n .Krar凶の概要 r I 2 -1 Kr a凶とは E 仕国凶とは、路加古田l v a r d e n{ 針i s o na n dPr o b a t i o nSe r v i c e s:矯正保護 庁)、Ar b e t s f o r m e d l i n g e n{ N a t i o n a lE m p l o y m e n tSer v i c e s:雇用庁)、自治 体(当初はマルメー)の抱える喫緊の課題に対応するための共同事業であ 9 8 0 年にマルメ一地方で出所者を対象として開始されたもので、犯罪 る 。 1 行為を行ったことによる就職・就業上の困難を抱えた、あるいは犯罪行為 8歳以上の男女を対象としている o Kr a m iは 、 3 つの に至る可能性のある 1 事業体によって、その協働、効果的な支援計画の策定、そして長期的支援 の必要性が認識されたことにより始まったものである o これらの事業体の 協働を通して、対象となる犯罪行為者自身の犯罪行為に対する責任のみな らず、対象者個人の抱える複雑な困難が包括的に「可視化j され、その困 難に効果的に対処していくことができるようになったという。 3つの事業体は、書面による合意により、ガイドラインを作成し、自治 体に対して国家機関が果たすべき役割の明確化を行っている。また、各 Kr a凶の運営状況は各機関からの代表から成る地方運営グループ(Loc a l S t e e 白1 9 心r o u p ) によってモニタリングされる。なお、各胎m凶事務所に 人ずつ各機関の職員が配置され、Kr a m iで働く職員には、協 は最低でも 1 力的で、教育者としての役割を担う熱意があることが求められる。 各地方運営グループの役割は、活動結果の報告、予算と資源の分配、 Na t i o nB o a r do fC o l l a b o r a t i o n ) への報 フォローアツ プと全国協働委員会 ( L 告、年次計画と報告書の作成、職員の雇用、相互管理のための日常業務、 回招集され 地域目標達成に向けた活動の質の管理等があり、最低でも年3 月3 1日までに提出され、その中にはすべての活動 る。年次報告書は毎年3 記録が含まれる。また、もし当初の目標と活動結果にズレが生じた場合 は、報告書にその原因分析も含まれることとされている。なお、予算につ (麓法・1 4 )4 6・3 .1 1 0( 7 1 4 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 いては、建物・設備備品・交通費等の運営コストを矯正保護庁と自治体 が、賃金補助等の労働市場における行動計画に関わるものを雇用庁が負担 している。 また、さらに上部の組織として全国協働委員会 ( Na t i o nB o a r do f C o l l a b o r a t i o n ) があり、 3 つの事業体それぞれの意思決定が行われた上で、 その相互調整は、地域運営グループはもとより、全国協働委員会によって も行われる。全国協働委員会の役割は、地方レベルでの取決めにあたっ て、その大枠を決定することや、各活動にあたっての人的資源の投入、各 年度の目標設定、各KreU叫の事務所開聞についての提案、 6か月ごとの事 業点検、事業理念及び政策文書の策定等を行うことにある。なお、年に一 回は、地域運営グループと近時の課題について話し合うための会議を主宰 し、喫緊の課題については、各機関の代表者を募ってワーキンググループ を立ち上げる権限も有している。 なお、全国 1 6の各Krami支所は、男女どちらを対象にするか分かれてお り、女性向けの支所は4 つである。 全国協働委員会 ( N a t i o nBoardo f C o l l a b o r a t i o n ) 白運営委員会 ( WorkingCommittee) 全 [ l j i 協働委員会から 4名(各国家機関から 2名)の代 表により構成 16の地方/地峻運営グループ ( 1 6L o c a l lr e g i o n a lS t e e r i n g O r o u p s ) 矯正保線庁、雇用庁、自治体編枇郁門の代表者で備成 1 6の地方KrAmi事務所 ( 1 6Lo c a lKrami o f f i c e 自 ) 図1:Kramiの組織図 (施法 ' 1 4 )4 6-3 ,1 1 1( 7 1 5 ) 研究ノート 2 ・ 2 Kramiによる支援とその評価 'Kr組曲の支援は、複雑な社会的困難を抱えた若年犯罪行為者の社会復帰 と、一般労働市場への再編を行うことに特化し、チームによる支援を行う 点に特徴がある。支援を受けるための条件はず矯正保護庁が対象とする人 であり、自治体の市民であ句、無職であることとされる。 1 年間あたりの支援対象者数とその属性について、Kr an 首全体では、保 護観察対象者.・仮釈放者が大半でありも 今回ヒアリン・グを行ったウプサラ l 支所では、年間 2 0 名程度の支援を行っており、ウプサラ全体(ウプサラの 別支所による支援対象である男性も合わせて)では 7 0 ; . . _ . 8 0 名程度とのこと であった。 Kr a r 凶の支援には 3 つの段階(導入期 ( 2-4 週間)、職業指導期 ( 3-6カ 月)、.実習期(1年))があり、その間の活動の目標は、クライアントが、 ①職に就き、それを継続すること、②遵法的な生活を送ること、③自立 し、新たな社会参画の機会を得ることであるという o. Kr a m iは各地にある が、全国レベルでの共通理念として、「スウェーデンの労働市場に元犯罪 行為者を統合/再統合するための協働jを掲げている。すなわちKr加凶は、 個人を現状以上に孤立させないこと、そして、再犯を減少させるための資 源・能力を用いた機関連携を行うための事業なのである。 各Kr田凶の活動は、各地方の矯正保護庁・雇用庁・自治体の各機関長及 び、胎副凶に参加しているメンバー全員の合意によって行われる。活動は、 全国協働委員会の示したガイドラインや政策に沿った活動が基本である が、各Kramiの活動の質を向上させるためには、各機関内の他部署や、民 間団体との連携が不可欠であり、「クライアント、支援者、その他協力者 の連携によって、良い気風が生まれる Jという共通認識がある。 a t 叫の活動に対する評価 iと し て 、 ス ウ ェ ー デ ン 全 国 厚 生 委 員 会 Kr ( S w e d i s hN a t i o n a lB o a r do fH e a l 由 加dW e l f : 訂 e ) は、公共サービスとして のコスト削減について分析した場合、統制群がコスト 2 5 %カットだ、ったの (龍法・1 4 )4 6・3 .1 1 2( 7 1 6 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 に比して、Kr a r 凶ではコストを 5 0 %カットできたとの分析があり、また、 クライアントに与えた影響については、Kr a r 叫のクライアントにとっての 雇用状況が劇的に改善されたとの研究結果があるという。一部、早期に離 脱してしまったクライアントもいるものの、その他は全員プログラムス 年で職を得ている。なお、現在、Kr副討の支援の効果につい タートから 1 ては、司法省の研究機関によか-その検証が実施されているとのことであ るo i l l . ウプサラ支所におけるヒアリングについて 3 -1 クライアントについて 刑事施設の出所者、保護観察対象者、電子監視対象者、出所のための措 置(仮釈放)対象者である女性を支援対象として、職業の斡旋に特化した 支援を実施している。これらの人々は、一般に「社会復帰が困難な人々」 であるとされる。なお、起訴猶予者は含まれず、何らかの刑罰を受けた人 のみを対象としている。未決被収容者が収容されている刑事施設では、 Kr a m iについて知ることができるとのことであるが、収容される時点で、 iに来ないのだ、という。 拘禁刑であることが予測されるため、すぐにはKr田n 但し、保護観察官が裁判所へ提出するプラン(判決前調査や支援計画書に あたるもの)の中に、(判決に必ずしも強く影響するわけではないが) Kr a m i へ行くことを書き込む場合もあるとされる。 クライアントは、自分の意,思でKr創叫へ来ていることが重要であり、例 えば、薬物依存者の場合は、薬物を止めていることの証拠が必要とされる ため、尿検査を実施した上で、①薬物を止めていること、②住居があるこ と(就職のためにはまず落ち着いた生活環境が必要)、③働くモチベー ションがあることを条件に、最大2年間の支援を実施しているという。 a r 凶のクライアントは主として失業者であるが、職があって支援が必 Kr (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 1 3( 7 1 7 ) 研究ノート 要な人も、働き続けるための支援を行う対象としている。そのため、職が 見つかってKr田n iを出ても、クライアントとの連絡は取り続けるのだとい つ 。 3 2 具体的な支援の流れと支援において重要なこと Kr a t 叫の-支援モデルには、支援の各過程の目安となる期間はあるが、厳 格な制限はなく、各個人のペースに合わせて進められるという1)。はじめ に、矯正保護庁や就労支援事務所(雇用庁)を通じてクライアント自身が 応募する。応募のきっかけは、刑事施設内からの場合は、刑事施設職員や Kr an 首のスタッフからの案内を契機として、保護観察中・仮釈放時の場合 は、保護観察官からの案内を契機に応募してくる経路が多い o Kr amiは 、 公的機関から成るため、クライアントにつながる契機を組織としてしっか り有している o 他に、就労支援事務所の窓口でKr出凶を勧められるパター ンもある。刑事施設内や保護観察所などにはKr a m iのパンフレットが置い であるのだという。また、刑事施設内にはKr a t 凶に限らず、被収容者ごと にc o n t a c tpersonという刑事司法機関の職員が割り当てられており、本人 にとってふさわしい社会復帰の方法をともに考える。その方法のひとつと して、Kr田凶での支援も提案されるのである。なお、刑事施設内に、 支 援 l を行う民間団体の関係者はいない訳ではないが、基本的には公的機関(刑 事司法機関)の職員が十分な人数配置されているとされる。 クライアントの応募後、説明会 ( i n f o r m a t i o nm e e t i n g ) のために自ら Kr a t 叫に面談に来ることが、参加したいということの一つの証拠となると いう。面談においては、なぜ自身がKratniにいるのかについて、また、受 けることが可能な支援のメニュー等の確認を行う。また、ドラッグテスト もこの段階で実施される。 1 ) KramiMalmo,K r 創n iWorkingManual ,( h t ゆ:/ / w w w . 1 a b d i i . t ) . l1 . (施法・1 4 )46・3, 1 1 4( 7 1 8 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 3 2 ・1 契約 E むa miでの評価2) を経て、クライアントは契約書 ( c o n t r a c t ) にサインを する o 契約の内容は通常の就業時の契約をベースにしたもので、就業を維 持することが中心である。また、犯罪を行わないという条件に納得するこ とが必要である。クライアントが契約に同意することで、支援に必要な自 己情報の支援者間の共有を許可することになる b とにかく、クライアント に期待されるのは、積極的にがんばろうとしていることであり、例えば、 9 : 1 5の始業に聞に合わず、 9 : 2 0に来るのでは「がんばろう Jという意欲が みられない。何度も遅刻すると契約違反になる。但し、この違反は仮釈放 の取消などの刑事司法機関による処分にはつながらない。 3回遅刻したら しばらく休んだ上で、その後、クライアントと E 仁 r a m iの職員とともになぜ そうなるのか考えるためのミーテイングを実施している o まず契約当初 に、自分の「意欲Jや自分の「意思 Jが重要であることを、クライアント 自身がしっかり理解できていることが重要であるという。 この点、重複障がいの方など、気分の浮き沈みが激しい人の場合は、継 ami へ通うのは困難な状況に陥るクライアントもいるのではない 続的にKr か、というわれわれの質問に対して、確かに、継続することは決して簡単 ではなく、障がい等の影響があまりに大きいときには、Kr ami以外のとこ ろで支援を受けた方がよい場合もあるため~ Samha l1社等とも連携をとっ ているとのことである。あるいは、医療的な(治療)支援と並行して就労 支援することもあるとのことであった。 3 2 2 オリエンテーション 次に、対象者の就業能力を判断するためのオリエンテーション期間 ( 3 週間)に入る。ここでは、クライアントのやりたいこと、やる気の有無を 2 ) 評価チーム全員の意見が一致するまで議論した上で、受入の可否を決定するとい ワ 。 (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 1 5( 7 1 9 ) 研究ノート 確認し、 f (社会の中で)私(クライアント自身)に何ができるのか」を話 し合うのだという。それに加えて、就職活動のためのトレーニングプログ ラムも実施される。この時点からの学習のみに限定されないことではある が、クライアント本人のそれまでの経験の価値を踏まえ、まずは職業的に 有利な点を見つけることが重要だという。多くのクライア、ントは自信を 失って胎田叫へ来ており、職業体験・余暇時間についても支援者が一緒に 過ごし、対象者の人生(生活)のいろいろな領域に触れることで、人間関 係を構築し、クライアントを理解することに尽力する。例えば、働くこと を無駄だと思わせないためには、一般的な公的機関でも実施されている経 済状況の改善に関するカウンセリングの範曙で、クライアントの借金の有 無等も把握する必要性がある。 また、クライアントが自身の犯罪行為についてきちんと理解し、説明で きるようになることも、クライアント自身の犯罪行為に対する「恥」を軽 減するためには重要であるとされる o なおよ(子どもに対する性犯罪等は 職業上問題があることもあるので)選択する職業との関係で、犯罪行為に ついても一定程度の調査を実施する。また、対象者のトレーニング面接で は、敢えて厳しい質問も行う(面接における社会の感覚を知る)。 このように、支援者とクライアントがオープンに話し合い、犯罪行為に 対する社会の感覚を知ることで、「社会との折り合い方Jを共に見つけて いくのだという。これらの話し合いは、グループワークと個人ミーテイン グを行き来しながら実施される o 確かに、(犯罪行為をはじめとした)過 去に生じたことは変えられないが、今後の対処方法は変えられる。また、 amiに来ることそのもの、契約に対す これからのことや現在の状況は(Kr る態度といった本人の行動による)自分自身のコントロールが可能なので ある。 (龍法・1 4 )4 6・3 .1 1 6( 7 : 却) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 3 2 ・3 就職活動・職業訓練 この段階では、就労支援事務所(雇用庁)が中心的に支援を実施する。 オリエンテーション期間で判断したクライアントの適性を元に、職業訓練 や就職活動を実施することとなり、職業訓練中は無給である。この間に、 クライアントが自身のやる気を見せることが重要であるし、オリエンテー ション期間中に自身で考えたことを再考する期間でもある。また、就職に 即つながらなかったとしても、訓練そのものは経験になる。 l なお、クライアントを雇用しようとする企業には補助金の支給あり、雇 用する上での負担が若干軽減されるようになっている。しかし、企業にク ライアントに対しての信頼がなければi公的機関がお金だけを支払っても 意味がない。そのため、具体的な就職先は、本人が自分の力で見つけてく ることが重要であり、それが本人にとっての自信にもなるのである o Kr a m iの支援は、一般の人と同じような就職のチャンスがある状況を作る こと(=スタートラインに就くこと)である。 職業訓練は、理想的にはクライアント本人が見つけてきた企業、あるい はKr a r 凶が見つけてきた企業で実施される。支援者がクライアント本人と 一緒に探しに行くこともある。飽くまで即効性 ( q u i c k f lX)ではなく、プ ロセスを重視しなければならないという。しかし、実際に見つけられる職 種は 、従前あまり教育を受けた経験そのものがないため、男性だと建築・ 1 サービス業中心、女性だとショップ唐員、保険関係、幼稚園・保育園等が 多い。 ちなみに、日本で言うところの「協力雇用主」にあたる企業はない。ク ライアント本人が見つけること、またそれまでのプロセスこそが(自分自 身に対する理解も含め)重視されなければならないからである。但し、一 部障がいのある人に対して等、保護雇用が必要な人については、自治体等 a m iの支援対象者の中に、少数だが、重複障が との協力を行っている(Kr い者等が含まれているため)。 (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 1 7( 7 21 ) 研究ノート 3 2 4 就職後のフォロー 2 年間実施されている(開所当 就職後、Kr創叫によるフォローは最大で3 時から)という。もしも仕事が続かない場合は、またクライアントとの契 約から改めて支援を行うことになる o Kr amiから出たあとの状況について、 ∞%が社会復帰できる訳ではないが、うち 5 0 %ぐら 一度にクライアントの 1 いが再犯・(薬物の)再使用など無く継続的に就労しているのだという。 但し、Kr amiの支援は再犯・ 再使用があっても、 4 0 歳までであれば、何度 6 0 歳で線を引くのは、刑事司法や就労支援事務所の対象 でも受けられる。 4 0 歳以下中心だから、とのことであった。また、実際に になる年齢層が4 5回戻ってきているクライアントもいて、 5回目で社会復帰がう 胎出叫に4まくいったクライアントもいるのだという。つまり、タイミングも重要な のである。 就職後に問題になることは、『職場で前歴が明らかになること(あるいは そのおそれ)の問題が大きい。原則、前歴を職場の全員に対して言う必要 はないが、雇用主には伝えているという。また、 トレーニング期間中に は、「信頼できる人への告白 Jの方法についても話し合う(ゆっくりと環 境に溶け込むことの重要性を認識するため)。その他ミ トレーニングでは、 就業先での休憩中の話題提供の仕方や、自己紹介の仕方についてのセッ ション等もあり、Kr a t 叫での犯罪行為者同士の会話が、他のところでは受 け入れられないことを話し合い、認識を深めている。また、職業訓練中の ミーティングでは、対象者が有している不安感についてもオープンに話す ようにする。きめ細やかなフォローをしていくことは、クライアントが仕 事・職業訓練を続けていく上で必要不可欠な支援であるといえよう。 3 3 ・支援における教育の基礎理論 e n sBayが 胎加首での支援の背景には、デンマークの哲学者・教育学者J (龍法・ 1 4 )4 6・3 .1 1 8( 7 2 2 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 1 9 8 2年に提唱した「必然性教育法 ( c o n s e q u e n c ep e d a g o g i c a lmethod) り があるとされる。これは、「全ての個人が、自身の行動にどのように責任 を 有 す る か 」 に つ い て の 考 え 方 で あ る 「 必 然 性 教 育 (Consequence Pedagogy)J によれば、「全ての個人は、自身の行動 ( a c t i o n ) とその結果 ( c o n s e q u e n c e ) を選び、変える自由を有している J という。ここでいう 結果とは、罰や制裁ではなく、「とられた行動による論理的帰結 Jのこと を指す。これこそ、個人が変わるために必要なことであるというのであ c h o i c e )J を る。「行動からの結果J の中心となるのは、常に自ら「選択 ( 行うことであり、必然性教育法の中では、この「選択」の価値や方法を話 し合うのである o この方法は、具体的に、①考え ( t h o u g h t )、②選択し ( c h o i c e )、③行 動し ( a c t i o n )、④それにともなう結果 ( r e s u l t ) という 4 つのステップから 成り、その結果に⑤責任 ( r e s p o n s i b i l i t y)も生じる。「必然性教育」は以 下の7 つの指標によって形作られている。 SOCIALINTERA C I 1 0N):教育方法は社会的能力 ①社会的相互作用 ( ( s o c i a lcompetence) に焦点を当て、目標が自己改善 ( s e l f i m p r o v e m e n t ) であれば、教育的実践は、社会的相互作用を強化しなければならない。 ②個別性(I NDMDU ALI1Y):学習は個人的なものであって、集団的作業 ではない。そのため、教育方法として、いかに個人が自身のふるまいに ついて主導権を有しているかを強調しなければならない。 ③何かをしようとする意志(百IEWILL1 ひ WILLSOMETHING):誰も本 3 )c o n s e q u e n c ep e d a g o g i c a lm e t h o dについては、 J e n sBayに関する英文の紹介や著 書の英訳が存在しない。ただ北欧では、一般教育 l・矯正教育双方においてメ ジャーな教育理論であるらしく、ノルウェーの重警備刑務所・トロントハイム刑 務所において、同理論による教育の効果検証が実施されたレポートがある。 S o l Ol s v i ke t .a l ,( 2 0 0 8 ), T r o n d h e i mp r i s o nL e i r au n i tAs t u d yo fc o n s e q u e n c ep e d a g o g y i nal e a r n i n go r g a n i z a t i o n,(www.trondheim.kommune.no). (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 1 9( 7 2 3 ) 研究ノート 人自身の意志を超えることはできないのだからぐ教育は本人が何か他の ことをしたくなるように、個入自身の意志を強化することである。 I 口10N):個人の行動の背後にある ④行動の意味 (THEMEANINGOFA 意味に焦点をあてることで、教育では変わり得ない不変的特性によって 個人が構成されているという 考え方を棄てることになる。 v ⑤結果と処罰 (CONSEQUENC E 'ANDP UNISHMENT).:'必然性教育法を 用いるにあたっての重要な条件は、学習に結果が含まれることである。 結果は、行動;の前に選ばれた主理解されていなければならない。そうで ないと、単に罰することになってしま今。 ⑥論理と結果 (WGICANDCONSEQUENCE):結果を扱う際、個人の行 動に対する応答は、論理に基づいていなければならない。これは、個人 が保護者や教師が感情的な反応や非論理的な決定による被害者にならな いためである。 ITUATIONAND百 四 MEANING):行動とその結果 ⑦状況と意味 (THES が社会的学習の主たる基盤である教育学においては、まず起点として実 際の状況を用いることと、主観的または道徳的仮定から自由によ可能な 限り事実上;のものとしてその状況を描き出すことが重要である。 このような指標からも明らかであるが、必然性教育法は「人から教えら れる j ようなも・のではなく、「自習に近いものjであるという。つまり、 「対象者が自分の経験から理解することが大事」であって、これは「処遇 プログラム Jではなく、飽くまで一般的な「教育Jであると強調されてい r u 凶では、犯罪行為者に対して、「犯罪行為 Jに特化した「処遇 J た。Kr を行うのではなく、「普通の職場や学校と同じような場所として構成する J ことが重要なのである。 (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 2 0( 7 2 4 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 N. 若干の考察 4 -1 Kra m iによる支援と刑事司法 a m i への積極的な斡旋にあた 刑事司法機関や就労支援事務所によるKr り 、 c o n t a c tp e r s o nや保護観察官を中心に、クライアントとなり得る人へ の情報提供等が実施されているものの、実際の支援の開始は、まずクライ アント自身が説明会に来るかどうかから、応募、さらに契約まで、本人の 同意がその都度求められる手続になっている。刑事裁判における判決にあ たって、Kr a m i への参加も今後の社会復帰策として提案はされるものの、 a m i への参加が強 必ずしも裁判所にその点が考慮されないというのは、Kr 制ではなく、飽くまで本人の任意によるものであるからなのかもしれな い。この点は、Kr a m iでの契約違反が直ちに保護観察、における遵守事項違 反を導かないという点からも窺われるように思われる口遵守事項によっ て、就労を義務付けていくことよりも、就労へ向けたクライアント本人の 自律的な意思を支援していくことの方が、より実効的かっ安定的な就労に つながり得ることを前提としているのではないだろうか。 a m i内での規律は比較的厳しいものの、再犯や薬物再使用後に また、Kr おける、再度の(かつ複数回の)受け入れや、契約違反への対応からは、 9 8 0 年代のKr a m i設立当時は、 トライ・アンド・エラーの姿勢が見える o 1 スウェーデンの制裁体系移行時(特別予防モデルから一般予防モデルへの 移行)にあたる。犯罪行為者に対する拘禁の回避と権利としての社会的援 助の提供の充実が目指されたことの表れとも思われる。 一方で、スウェーデン全土で年間平均 1 3, 000-14, 0 ∞人程度の社会内処 遇(保護観察・仮釈放等)対象者が存在するものと思われる点からすれ 名のクライアントを受け入れ、それが全 ば、Kr創叫ウプサラで年間 70-80 6 支所で行われているとすると、やや乱暴な推計にはなるが、全国で支 国1 0 0 名程度と推察される。この就労支援の 援対象にとなるのはせいぜい1.5 (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 2 1( 7 2 5 ) 研究ノート キャパシティは十分なものといえるのであろうか。 KRISでのヒアリング の結果に照らすと、必ずしもそれが十分ではないのかもしれないというこ とも考えられる。 4 2 Kra叫における支援の特徴 まず、日本との相違点として、「協力雇用主 Jの不存在が挙げられる。 Kr制叫では、本人が自ら「犯罪者Jであることを明らかにした上で、就職 先を探してくるというプロセスを重視しており、あらかじめ用意されたカ タログの中から就職先を探す、という形は採られていなし、。とはいえ、実 際の就職先の業種は、建設業や飲食業等、ー定程度は固定化されており、 やはりそれほど選択肢がないということも窺える。現状で行われている企 業への経済的補助以外にも、雇用する企業に対するフォローや、雇用して いる企業間の繋がり等を構築していくことも必要なのではないだろうか。 また、単にクライアントが就職することを支援のゴールとせず、就職後 のことを考慮した支援プログラムが用意され、息の長いフォローを行って いくことの有用性も強調されていた。例えば、職場での「自己紹介の方 法Jや「世間話の話題提供J等、就職後の具体的な i日常生活を想定したプ ログラムがあることで、日本の就労支援の現場でよく聴く「職場で無口な 人」になってしまうことを避ける上でも有用であると思われる。職を得る ことそのもの以上に、働き続けていく上での困難をいかに乗り越えるの か、ということに焦点を当て、職場での人間関係の構築や、何らかの衝突 や葛藤が生じた際の問題解決スキル等、クライアントの人格的な発展をも 対象にしながら支援しなければ、安定的な就労にはつながらないというこ とを十分認識した上でのプログラム構成がなされているといえよう。 このような息の長い支援が可能であるのは、Kr amiの支援が刑事司法手 続における処分と結び付かない、非強制的な支援であり、刑事司法機関が 協力機関のひとつとなってはいるものの、 独自に提供主体とはなっていな l (随法・1 4 )4 6・3 .1 2 2( 7 2 6 ) 刑事司法と福祉の連携に関する調査研究 い支援だからこそである o 一方で、Kr a m iにおける支援が、刑事司法制度 の枠内における r (狭義の)処遇」ではなく、飽くまでも「教育 Jである ということが強調されるものの、北欧の一般教育・矯正教育双方において 比較的浸透しているらしい「必然性教育法 ( c o n s e q u e n c ep e d a g o g i c a l m iにおける「教育」と刑事施 m e t h o d ) J を採用していることからは、Kra 設内における矯正教育との差異が、実質としてどれほどあるのか判然とし ないところもある。しかし、前述のように、Kr a m iの支援がクライアント の主体性・自律性を重視し、就職後の安定的就労の継続をクライアント自 ら手に入れることを目的としたものであることに鑑みれば、そこで行われ る「教育jは、その非強制性という点において、刑事施設内における矯正 教育とはやはり一線を画したものでなければならないのであろう。 (龍法 ' 1 4 )4 6・3 .1 2 3( 7 2 7 )
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