Mycobacterium bovis BCG の持続感染成立における PD

Mycobacterium bovis BCG の持続感染成立における PD-1 シグナル経路の関与について
京都大学大学院医学研究科微生物感染症学 准教授
河村伊久雄
衛生環境が改善され、医療技術が高度に発達した現在でも結核は人類の脅威であり、今
なお世界人口の約 3 割が潜在的に結核に感染していると推定されている。我々には結核に
対する防御機構が備わっており、その主体はT細胞を中心とした細胞性免疫である。抗原
特異的 CD4+T細胞の活性化により産生される Th1 型サイトカインがマクロファージを活性
化し、菌の増殖を阻害する。また、抗原特異的 CD8+T 細胞は、細胞傷害性を発揮するとと
もに granulysin を産生して菌を殺菌する。さらに、perforin や granzyme 産生を介して感染細
胞に apoptosis を誘導することで結核菌の増殖を阻害することができる。しかし、このよう
な感染防御機序が発揮されても実際に菌を排除するのは容易ではなく、結果として結核菌
の持続的な感染が成立してしまう。
そこで本研究では、BCG 感染マウスを実験モデルとしてこの菌の持続感染成立のメカニ
ズムについて解析した。C57BL/6 マウスに BCG を感染させ、経時的に臓器内菌数を測定し
たところ、感染 1 週後までは肺および脾臓で菌の増殖が認められたが、その後菌数徐々に
減少していった。しかし、感染 12 週目まで菌は臓器内に検出された。BCG 感染後の免疫応
答を調べたところ、感染 3 週後には特異的 CD4+T 細胞が誘導され、IFN-や TNF-の強い産
生が認められた。しかし、この Th1 型 T 細胞数およびサイトカイン応答は、臓器内に菌が
まだ存在している感染 6 週および 12 週後には有意に低下することが示された。この結果は、
結核に対する防御免疫は感染 3 週以降に発現するが、その一方でこの感染防御反応を抑制
する機序が誘導されることが示された。
そこでこの抑制性機序について調べたところ、CD28 ファミリー分子である programmed
death 1 (PD-1)の特異的リガンドである PD-L1 の発現が BCG 感染後持続的に抗原提示細胞上
で増加することが示された。PD-1 と PD-L1 の結合は T 細胞に抑制性シグナルを伝達するこ
とが明らかにされていることから、BCG 感染後期の感染防御免疫の抑制には PD-1 シグナル
経路が関与することが考えられた。そこで、PD-1 欠損マウスに BCG を感染させ、その後の
菌数および防御免疫応答について解析した。その結果、PD-1 欠損マウスでは感染後期の菌
の排除が亢進することが示された。また、感染後の Th1 型免疫応答は BCG 感染 6 週および
12 週後でも高いレベルで維持されていることが明らかとなった。
これらの結果から、BCG 免疫 3 週目以降では PD-1 抑制性シグナル経路が活性化されるた
め、感染防御免疫が阻害されることが示された。PD-1 経路は、宿主に本来備わっている過
度な免疫応答による組織傷害を抑制するための重要な機序であるが、BCG 感染では PD-1
抑制経路の働きが菌の持続感染を可能にする一因になっているものと考えられた。