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特 集
高齢者との
コミュニケーションのとり方
経験知だけでは向上しない!
学習➡トレーニング➡経験知➡応用➡
ある老人ホーム慰問のお話
高齢者だからといって子供扱いしない
コミュニケーションの発想を間違えるとよくない結果に─
「おじいさんのノリがまったくで~」─ 先日、アマチュアだが、レッスンを重
ねて歌手を目指している女性が私の事務所でこうつぶやきました。老人ホーム
に依頼されて歌を披露したそうです。
「故郷」や「赤とんぼ」などの童謡を歌い、
リズム遊びをした後にみんなで「さくら」を合唱。おばあさんたちはともかく、
おじいさんはノリが悪く、苦虫をかみつぶしたような顔で腕組みをする方もい
特集│高齢者とのコミュニケーションのとり方
たといいます。
「子供向け」と「子供だまし」が異なるように「高齢者向け」と「高齢者だか
ら」は異なる
おじいさんたちは何年か前までは多くの部下を顎で使ったり、何億円というお
金を動かしていた人かもしれません。だから、何が悲しくて幼稚園のお遊戯み
たいなものに付き合わねばならないのか。そう考えたのだろうと容易に想像
できますね。一方、おばあさんたちが協力的だったのは、高齢者の女性の多く
は社会進出がまだ進んでいなかった世代なので、男性より比較的童心に返り
やすかったからでしょう。
人間社会は仕事でも個人的にもいろいろな場面で、人と人が対峙(たいじ)
して過ごします。しかし、その対峙の仕方、つまりコミュニケーションのとり
方が下手になっていると言われています。ケイタイやスマホなどのメールのや
りとりでコミュニケーションをとることが多く、人と相対して話すのが苦手と
いう若い人もいます。社内で目の前にいる人と「今日のお昼御飯どうする?」
といったメールを交わすのは、かなり重症かもしれません。どうすれば、う
まくコミュニケーションが取れるのか。長年人財教育をしている巽正司さん
に教えていただきました。
老人ホームへの慰問、つまりかわいそうな老人を慰めるとか、いい事をしてい
るという意識があったのでは。あなたがすべきことは、慰問ではなく、高齢者
のためのショーでなければならなかった。とすれば、選曲も決まってくる。高
齢者が若かった頃に口ずさんだ歌を精一杯歌い、
『こんな若い子がこんな曲
を知っているなんて』と感心させることを目指さすべきだったのです。もし自
分のレパートリーに適切なものがないなら、当日までに覚えて練習すればい
い。そんな歌は私の音楽性とは違うと言うなら、初めからこの仕事を引き受け
るべきではありません」
【プロフィール】
巽 正司(たつみ・しょうじ) 株式会社人財教育研究所 代表取締役
つまり、老人ホームで歌うことを高齢者への慰問ととらえるのではなく、歌手
1958 年大阪市生まれ。同志社大学法学部法律学科卒。企業での人材
と聴衆という風に考え、聴衆はどう思うだろうかという発想をしたら、結果は
育成・情報リテラシー・コミュニケーション能力向上・商品企画・業
もっと違うものになっていたということです。
務改善・企画クリエイター・教育アドバイザーと多彩。人財教育を受
「高齢者向け」と「高齢者だから」
「高齢者だまし」は異なります。
「子供向け」と
けつけています([email protected]) 著書:人を引きつ
ける話し方の基本 他
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そこで、私は次のように彼女にアドバイスしました。
「あなたの心のどこかに
巽 正司さん
「子供だまし」が異なるのと同じことです。
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高齢者とのコミュニケーションのとり方
経験知だけでは向上しない!
学習➡トレーニング➡経験知➡応用➡
第二のベビートーク
このことは、日常の高齢者へのコミュニケーションのあり方にも当てはまります。
「高齢者だから」と不必要に大きな声でゆっくり話したり、幼児に話しかけるよ
うな言葉遣いをするのは、いたわりではなく逆に高齢者の人格を尊重しないこ
「高齢者は理解力がなく、保護してあげるもの」という前提に立っているからです。
ないため、筋肉やバランスの機能が低下する。低下するから次第に動かなくな
り、周りの者に介助を求める。そうすると体はますます弱るという悪循環にな
り、とうとう寝たきりになる。その兆候がロコモです。
高齢者とのコミュニケーションにおいても同様のことが言えます。高齢者を子
供のように扱うと、高齢者側も嫌われないお年寄りになろうとして、それを受
け入れてしまう。そうすると幼児言葉が日常となり、そして本当に高齢者が幼
児退行してしまうのです。だから、高齢者へのベビートークは「ロコモトーク」
とでも言うべきでしょう。
老化についての正しい知識と
コミュニケーションのスキルを身につける
高齢者に子供のように話しかけることを欧米では「第二のべビートーク」と呼び
大切なのは高齢者の人格をきちんと認めて、何をケアしてもらいたいのか、何
ますが、もちろんよくない意味で使われます。
をケアしてもらわなくてもいいのかを高齢者自身が気兼ねなく話せる雰囲気を
「おじいちゃん」
「おばあちゃん」でなく名前を呼ぼう
病院でよく見かける看護婦さんの逆転した口調
親族でもないのに「おじいちゃん」
「おばあ
特集│高齢者とのコミュニケーションのとり方
とにもなってしまいます。
で、要するに「寝たきり予備軍の兆候」のこと。重いものを持たない、運動し
作ることです。
そのためには、高齢者をサポートする側の若い人が老化についての正しい知識
とコミュニケーションのスキルを身に付けなければなりません。
「お年寄りだか
ら」の先入観は禁物です。
ちゃん」と呼ぶのもそう。きちんと名前で呼
ぶのが礼儀でしょう。
「おばあちゃんね。このお薬ね。朝と晩にちゃ
んと飲むんよ。もし痛くなったらね、今度先生
がいらっしゃるときにそう言ってね。わかる?」
こんな口調の看護師さんがよくいますが、患
者さんにタメ口、ベビートークを使い、職場の身内
である医師に敬語を使うという逆転現象です。
ロコモティブコミュニケーションに
なっていないか ?
高齢者の人格を認めて気兼ねなく話せる雰囲気を作る
ロコモティブ症候群という言葉があります。整形外科学会で提唱された言葉
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コミュケーションの基本
コミュニケーションの方法に
絶対的なマニュアルはないが、原理・原則はある。
学習しなければコミュニケーション力は向上しない
コミュニケーションのマニュアル本は数多く出ています。しかし、いくら恋愛
指南本を読んでも、即座に異性にもてるようにはならないのと同じで、コミュ
ニケーションにも「こういうときは、こう話せばよい」式の絶対的なマニュア
ルがあるわけではありません。同じことを同じような口調で言っても、話が通
じる相手もいれば、まったく通じない相手もいます。人は価値観も能力もそ
れぞれ違うからです。世に言うコミュニケーションの上手下手はあくまで相対
的なものであり、対峙する相手によって変わってきます。だから「人を見て法
を説け」が唯一不変の方法と言ってもよいでしょう。
(次の頁に続く)
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高齢者とのコミュニケーションのとり方
経験知だけでは向上しない!
学習➡トレーニング➡経験知➡応用➡
もちろん「高齢者」と一口に言っても、人格者もいれば頑迷固陋
(がんめいこう
ろう:頑固で視野が狭い)な人もいて、すべてが物知りで知恵があるわけでは
ありません。いわば、人間としてのレベルがあるのです。だからこそ「高齢者 =
理解力がない」と決めつけてはならないし、
「高齢者 = 分別がある」と決めつ
問題が生じているのであり、そこがチェックポイントになります。
では、最後に肝になることを一つだけ述べておきましょう。
「主張」から
「感情」
「 理由」を察する・
「感情」から
「主張」を察する
人はいつも何を話しているかを考えてみるとよいでしょう。概ね、事実を言っ
ているか、価値や感情・理由、あるいは何かの主張をしているかのいずれかです。
けてもいけません。一人の人間としてどう向き合うかが重要なのです。
・
「雨が降ってきましたね」
(事実) トレーニング次第でコミュニケーョンはうまくなる
「傘を貸してくれませんか」
( 主張)
とはいっても、人それぞれだから、コミュケーションのあり方に原理・原則は
・
「ラーメン屋が駅前にできたよ」
(事実)
なく、コミュ二ケーション力が経験を積むうちに自然に向上するというもので
「私はラーメンが好きだから」
(理由)
もありません。年をとれば勝手に知識や知恵が身につくわけではないのと同
「今度行ってみよう」
( 主張)
じで、やはり学習しなければ向上は望めません。
このように、ほとんどの会話内容は「事実」と「感情・理由」と「主張」の3つの
そこに経験知が加われば、さまざまなケースでの応用ができるようになるの
要素から成り立っており、この 3 要素を順序立てて話すと「明快でわかりやす
です。知識として得た手法は、経験を積むことにより「意識してもできない」か
い」話になるのです。ただ、普通はこれらの要素をすべて言わなくても、互いに
「濡れたら嫌ですね」
(感情・理由)
「察する」ことで会話を成立させているかもしれません。
プアップしていきます。したがって、コミュニケーションの原理・原則と一般
「雨が降ってきましたね」
(事実のみを言う)
的な手法を伝え、トレーニングと場数を踏んでケースバイケースで応用できる
「傘を持って帰ってください」
(相手の主張を察して応答する)
コミュニケーションとは「意味の共有」
説明・感情、理由・主張が 3 要素
コミュニケーションという言葉は、なんとなく人間関係の調整であったり、互
いの気持ちが通じることのように捉えられがちですが、あえて定義付けるな
ら、
「意味の共有」ということ。つまり、情報の発信者と受信者の間に正確な
逆に言えば、相手が「事実 ---- 感情・理由 ---- 主張」のひとつだけを言ったとし
たら、他に注意を向けるようにすればよいのです。
主張だけを相手が述べたら、どんな気持ちで言っているのか、なぜそう言って
いるのか、事実だけを言ったら、そのことから何を訴えたいのかを推察する。
そのことがスムーズに誤解なく理解できることが、良好なコミュニケーション
なのです。
簡単に言うと、話し手は説明責任をもって明確に話し、聞き手は正確に聞いて
高齢者だけでなくすべてに使える
コミュニケーションスキルの基本
反応する。そして両者の間に誤解なく物事の意味が通じている状態を、
「コミュ
そこで、高齢者に対する日常的なコミュニケーションの取り方の手法をいくつ
ニケーションが取れている」というのです。ただ、それだけでは人間関係は成
か具体的に説明します。ただ、このことは高齢者に限らず言えることでもあり、
り立たず、そこにマナー・トーン・言葉遣いなどが加わります。
これ以外にもコミュニケーションスキルは山ほどあるので、興味のある人はま
逆に言えば、コミュニケーションがうまく取れないのは、話し手の説明責任、
た別に学んでください。
意味の通路が通っているということです。
特集│高齢者とのコミュニケーションのとり方
ら
「意識すればできる」、そしてやがては「意識しなくてもできる」ようにステッ
ことがコミュニケーション教育の目標ということになります。
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聞き手の反応、両者の意味の接合、そして言葉遣いや物の言い方のどれかに
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それには、真っ向から否定しないで一緒に考えながら是非を決めるというスタ
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高齢者の特徴と高齢者に対する話し方
高齢者の人格を認めて気兼ねなく話せる雰囲気を作る
まず、高齢者には次のような傾向が現れがちです。
・多様な価値観を受け入れにくい
・命令、強制されることを嫌う
・横柄になりやすい
・専門知識がないのに若い人の話に口を出す
こうした傾向に対するコミュケーションの手法として、次のようなものがあり
ます。
ネガティブな言葉を使わない
高齢者の価値観を大切に
マイナス思考・悲観的・否定的な表現をしない
様 な 価 値 観 の人 にも
ま れて 自 分を 否 定 さ
れる と いう 過 程 が 必
要ですが、高齢者が今
ま で 持 って き た 価 値
観 を 変 える の は 容 易
ではありません。した
がって、高齢者の価値
や 意 向 を ま ず 尊 重し
な がら 話 を 進 めて い
か ね ば な なりま せ ん。
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また、高齢者が前向きな気持ちを持てる雰囲気を作るために、ネガティブな
言葉を使わずに、例のようなポジティブな表現を心がけるとよいでしょう。
話の真意をつかむ
言葉の後ろにある意味は ?
察してほしい・気を利かしてほしい気持ちを理解する
高齢者に限らず、人は自分の真意をストレートに言わず、婉曲的な表現を使っ
たり、単に事実を述べたりして、相手に察してもらおうとします。たとえば、新
・同じ話を何度もする
若い人の成長には、多
論の言葉はできるかぎり避けましょう。
特集│高齢者とのコミュニケーションのとり方
・話が長くなる、くどくなる
ンスが必要になります。
「そうはいっても」
「でも」
「そんなことしても」などの反
例1 「運動をしないと寝たきりになる」
⇩
「運動をするといつまでも
元気でいられる」
例 2 「そうしないと時代遅れと思われますよ」
⇩
「そうすると若く見られますよ」
例 3 「 1週間では治らない」
⇩
「 10日もあれば治る」
聞販売店によくかかってくる電話「今日は休刊日ですか ?」は「新聞が入ってい
ない」のクレーム。気の利いた応対者なら「いいえ、今日は休刊日ではありま
せん」ではなく、
「申し訳ありません。すぐにお届けします」というはずです。
高齢者が「察し型」の話し方をするのは、概ね次のようなときです。
・高齢者が若い人に気兼ねしてストレートに物を言わない。
・若い人の察する能力の低さ、気が利かないことにいらつく。
そうしたことを理解して、本当は何が言いたいのかを察する
力を養うことが必要です。それには前述した「事実 ---- 感
情・理由 ---- 主張」のモデルをよく参考にして、言葉の背
後にある相手の真 意を読み取るようにするのがよいで
しょう。
依頼形や自分を主語にした話し方をする
命令・強制・脅迫ではなく、
依頼やお願いの形で自分の気持ちを述べる
高齢者の存在を認めることが重要
誰しもが人から命令・強制されるのは嫌なもの。まして高齢者が若い人から
命令調の言い方をされるのが快いわけがありません。
したがって「~して下さい」の命令形より「~していただけますか」
「お願いでき
ますか」の依頼形を使うのが基本。時には「そうしてもらうと私が助かる」
「私が
楽になる」と
「私」を主語にして率直に自分の気持ちを述べるようにしましょう。
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特 集
高齢者とのコミュニケーションのとり方
経験知だけでは向上しない!
学習➡トレーニング➡経験知➡応用➡
正しい日本語を使いながらも距離を詰める
日本語の乱れが気になる高齢者は多い
高齢者は言葉に対して保守的であり、言葉の乱れを指摘する人が多いようで
す。いわゆる若者言葉やコンビニやファミレスでよく使われる「お会計のほう、
1000 円から」や
「よろしかったでしょうか」などの応対言葉、敬語の誤りなど
馬鹿丁寧でもってよしとせず、距離を詰める
かといって馬鹿丁寧な敬語や四角四面の言葉遣いだけでは人間関係の距離は
詰められません。空気を読みながら砕けた言葉遣いが臨機応変にできること
を目指すべきです。
相手に通じる言葉で話す
きつい口調に気後れしないで、しっかり伝える
第二のベビートークと逆のケースもあります。高齢者 = 年上というだけで、お
どおどした遠慮がちな対応をしてしまう人がいます。ときに横柄な、語気の荒
い口調をされるとなおさらです。高齢者から学ぶ気持ちは忘れず、しかし自分
の意見や専門的な知識はしっかり伝えるようにしたい。それには相手の年齢
や口調に過剰反応せず、話の中身に反応する。話し手の属性と話の内容を切
り離すこともときには必要です。
高齢者だから言わせておいてやればいいと考えるのも、高齢者を一人の人間
として尊重したことにはなりません。
コミュニケーション教育の必要性
制度や設備の充実だけてなく高齢者を取り巻く
コミュニケーション環境をよくすることが必要 !
日本は超高齢社会を迎え、医療や社会体制などの議論が各地で行われていま
また、一般的に高齢者が使わない外来語や業界用語にも気をつけたいもので
す。そんな中で忘れてはならないのは
「高齢者のコミュニケーション環境」。ハー
す。洋服店でブレザーの色合わせをしているお年寄りに「普段はどのような色
ド面のケアと並んでソフト面のケアも考えていかねばならない大きな問題です。
のパンツをお召しですか ?」と聞いた店員がいました。答えていわく「水色の大
きいやつ」。この場合はちゃんと
「ズボン」と言うべきでしょう。
特集│高齢者とのコミュニケーションのとり方
に反発することが多々あります。
臆せず話す 健康・介護に従事する職員にはコミュニケーション研修を
介護や健康に関する事業を行う組織は、ハードの充実とともにソフトとしての
聴く~話の腰を折らない~
「話す」以上に大事なのは「聴く」こと
共感を示して聴く
コミュニケーションというと
「どのように話すか」を考えがちですが、話すこと
以上に重要なのは聴くことです。
「長くなる」
「くどくなる」
「同じ話
を何度もする」のが高齢者によくある傾向だと言いまし
たが、たとえそうであっても、相槌とともに共感を示し
ながらよく聴くようにしたいものですね。
「自分の言
うことを聴いてほしい」という気持ちを大切にしま
しょう。
「話を遮る」
「話の腰を折る」のは禁物です。
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コミュニケーション力の向上を図らなければなりません。そのためには、繰り
返して言いますが、職員には原理・原則を知ることとトレーニングの教育が必
要です。全体業務の 5% 程度を教育に割く時間として確保してほしいですね。
では、最後にたとえ話を一つ。
与作が木を切っていました。与作のノルマは 1 日10 本の木を切ること。
しかし、斧の刃先が研いだら 20 本の木が切れて、しかも切り口がきれい
になる。そこで、与作に刃先を研ぐことを勧めると、与作は「ノルマに追
われて刃を研いでいる暇がない」と答えました。
組織で言えば「刃を研ぐ」とは教育のことです。与作はどうするべきか考
えていただきたい。
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