リチウムイオン電池の固体電解質皮膜の相構造と Li イオン輸送に関する

平成 25 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 計算応用科学分野 リチウムイオン電池の固体電解質皮膜の相構造と Li イオン輸送に関する MD シミュレーション 学籍番号 24413549 氏名 塚本 耕司 指導教員名 尾形修司 1. はじめに Li イオン二次電池は,今後も益々その需要が拡大
すると思われ,出力やサイクル特性など様々な観点
についての性能向上が必須となっている.その為に,
負極界面に生じる 101〜102nm 厚の固体電解質皮膜
(SEI)を通じた Li イオンの輸送過程を理論的に解
明することが大変重要となっている.SEI は例えば,
Li イオンが含まれた ethylene di-carbonate(EDC)等
の有機物と LiF 等の無機物から構成されており,Li
イオンは比較的ソフトな有機物内を拡散していく
と思われている.我々は,古典分子動力学(MD)法を
用いて,Li2EDC (図 1.(a) 参照)と LiF が相分離した
SEI のモデル系を作成する.さらに作成した SEI を
通じた Li イオン群の拡散過程を MD 法でシミュレ
ートし,その拡散経路等を明らかにする.
(a)
C
Li
O
(b)
H
である.non-bonding 項内の相互作用は分子内の第2
近接原子までは計算から除外し,その他の分子内外
での全ての原子について計算する.Li イオンは全て
の原子との相互作用を計算する.
2.2 UFF 力場の精度検証 UFF 力場を用いて図 2
に示す LiF の岩塩型結晶
格子における格子定数と
凝集エネルギーを計算す
る.その結果と,先行研究
での結果[3]との比較を表
1 に示す.UFF 力場は,格
図 2: LiF の岩塩型結晶
子定数を数パーセントの
格子.
誤差で再現する.凝集エネルギーは,3 割程度の誤
差を含むが,Li2EDC と LiF がエネルギーの観点から
相分離することは再現出来ているため,本論文の目
的には許容範囲内と考える.
表 1:先行研究[3]との比較:格子定数と凝集エネル
ギー
図 1:(a) EDCttt/2Li. (b) EDCggg/2Li.
2. シミュレーションのセッティング 我々は原子間ポテンシャルとして UFF 力場 [1,2]
を用いる.古典 MD ポテンシャルの第一世代型であ
る UFF の形式は物理的な意味が分かりやすく,必要
に応じたパラメータの変更が,他のポテンシャルに
比べると比較的容易であることから今回採用した.
2.1 UFF 力場 の表式 UFF の力場は,分子内の bonding 項と分子間の
non-bonding 項から構成されている:
𝐸 = 𝐸!"#$%#& + 𝐸!"!!!"#$%#& (1)
ここで
𝐸!"#$%#& = 𝐸!"#$ + 𝐸!"#$% +𝐸!"#$%"& + 𝐸!"#$%&!'"
𝐸!"!!!"#$%#& = 𝐸!"#$"%& + 𝐸!"# (2)
(3)
それぞれの項は
!
𝐸!"#$ = 𝑘! (𝑟 − 𝑟!" )!
!
𝐸!"#$% = 𝑘! 1 + cos(𝜌𝜃 + Ψ)
𝐸!"#$%"& = 𝑘∅ !
!!! 𝐶! cos(𝑛∅)
(4)
(5)
(6)
𝐸!"# = 𝐷!" −2
!!" !
𝐸!"#$"%& = 𝐾!"#$
!
!! !!
!!!"
+
!!" !"
!
(7)
(8)
Li2EDC 分子に関しては,3箇所ある4体角につ
いて ttt と ggg(t=trans, g=gauche)でのエネルギー差
の 再 現 精 度 を 調 べ る . こ こ で , EDC 分 子 の
C-O-C-C-O-C に於ける面角がそれぞれ t-t-t を EDCttt
(図 1.(a) 参照),g-g-g を EDCggg (図 1.(b) 参照)とす
る.EDCttt と EDCggg に Li イオンを2個結合させた
ときのポテンシャルエネルギーを計算し,先行研究
[4]の結果との比較を表 2 に示す.
表 2:先行研究[4]との比較:Li2EDC の結合エネルギ
ー[kcal/mol]
(a) 断面図
Liイオン以外弾性反射
柔らかい壁
3. シミュレーションの方法 SEI 内の Li の流れをみるためのドライビングフォ
ースを作るために,我々は Li イオンを添加し(図 4
参照),仮想的な充放電による Li イオンの疎密を作
成した.添加した Li イオンにより,系はプラスの電
荷を帯びるのでクーロンポテンシャルは直接計算
をし,そのために cluster 系での取り扱いを採用した.
cluster 系での box 形状と密度を一定にする為仮想的
な反射壁を設ける.その様子を図 3 に示す.
図 5: x 方向の平均二乗変位 ことを発見した.そのときの断面図を図 6(a)に,モ
デル図を図 6(b)に示す.
(b) モデル図
全原子弾性反射
到達後計算から除外
図 3:仮想的反射の壁
図 4:添加 Li イオンと Li イオンの除去
4. シミュレーションの結果 別途の MD シミュレーションにより,SEI 内では
一様分布に比べ相分離している方が,ポテンシャル
エネルギーが低いことが分かる.その結果を元にし
て作成した SEI モデルは柔らかい有機物から構成さ
れる EDC 相と固い無機物から構成される LiF 相に
相分離した状態である.添加した Li イオンによって
相ごとにどのような変位の影響があるかを調べ,x
方向の平均二乗変位を図 5 に示す.図 5 から流した
Li イオンはその SEI モデルの EDC 相を流れている
ことが分かった.一方,EDC 相と LiF 相の境界面で
は流れにくいことが分かった.
その理由を探ると,相の境界面では,Li2EDC 分
子の Li が LiF の F に引き寄せられていることと,
Li2EDC 分子の O が LiF の Li に引き寄せられている
(b) モデル図
(a) 断面図
Li
O
F
Li
図 6:(a)断面図.(b)モデル図
図 7 は SEI 内での
Li
O
Li イオンの様子であ
る.SEI は固体として
存在しているため,
Li内
F
部の EDC 分子の重心
と結晶構造まで成長
している LiF 相の重
心はほとんど移動し
ない.EDC 分子自体
の重心は移動しない
が,柔らかい分子のた
め,その酸素原子がま
わりにある Li イオン
を比較的自由に動け
るようにしている.そ
の結果,Li の流れ方
は EDC 分子の酸素原
子の間をぬうように
図 7:Li イオンの輸送過程の様
して流れていること
子(上から順に 0[fs],400[fs],
が分かった.
500[fs]):黄色が添加 Li,青が
以上のように本研
EDC 内の Li,赤が O である.
究は,シミュレーショ
ンによって,SEI 中の
Li の輸送メカニズムを提案する.
5 参考文献 [1] A.K.Rappe et al., J.Am.Chem.Soc. 114, 10024-10035 (1992).
[2] M.O’Keeffe et al., J.Am.Chem.Soc. 113, 3226-3229 (1991).
[3] Ph.D. thesis of Simon J. Binnie (The University College
London, 2011).
[4] Oleg Borodin et al., J.Phys.Chem.B. 110 22773-22779 (2006).