日心第71回大会 (2007)
関連性に基づく演繹推論の妥当性の計算
松井 理直
(神戸松蔭女子学院大学・文学部)
キーワード:推論、条件付き確率、関連性理論
研究の目的
1
3.2
演繹推論は論理的にその正しさを評価することができ
る形式であるが、人間が日頃行う推論は、演繹の関わる
問題であっても、いくつかの点で形式論理とは異なった
性質を持つ。本稿は、こうした日常的推論の特性を、関
連性理論 の立場から分析したものである。
演繹推論の判断傾向
2
Rips et al. (1977) は、条件文と証拠からある結論を
導出した時の妥当性 (「常に真・時に真・常に偽」のいず
れか) を判断させた。表に示した数値は、「X ならば Y」
という条件文と各証拠に対する結論の妥当性判断の結果
である。 の数値は、二値論理における含意解釈 (条
件法解釈) の正解と一致した割合を、 の数値は同値解
釈 (双条件法解釈) の正解と一致した割合を示す。
証拠
結論
常に真
a)
X
∴Y
100%
b)
c)
X
¬X
d)
¬X
e)
Y
f)
Y
¬Y
¬Y
実験
g)
h)
∴¬Y
∴Y
∴¬Y
∴X
∴¬X
∴X
∴¬X
0%
時に真
常に偽
0%
0%
0%
100%
5%
79%
16%
21%
77%
2%
23%
77%
0%
4%
82%
14%
0%
23%
57%
77%
39%
4%
この結果を見ると、基本的に含意解釈と一致する論理
的な判断が行われていることが分かる。ただし、対偶が
関わる実験事態である g, h については、含意解釈とも
同値解釈とも異なる判断が行われる確率が極めて高いと
いう特徴がある。対偶は論理的にはトートロジーで安定
した論理のはずであるが、この安定しているはずの論理
において、論理とは異なった判断が起きていることを指
摘したという点で、Rips らの研究は大変興味深い。
関連性の計算
3
3.1
まず、
「X ならば Y」という条件文の元で、証拠として
「X」、結論として「Y」が与えられた場合の関連性の強
度を考えてみよう。この証拠と結論から、被験者は「X
かつ Y」が成立し、「X かつ ¬Y」は成立してないこと
を知る。したがって、「X かつ Y」に関する想定確信度
を Axy >0, 「X かつ¬Y」の確信度を Ax y =0 と設定でき
る (バイアス係数 kx の値は kx =0)。これらの条件から、
A
式 (1) に基づいて関連性の計算を行うと、 xy − 0 よ
Axy +0
り、Ax →y =1 が得られ、論理的な解と同一の答が選択さ
れる。
前件否定・後件肯定の場合は、これよりも少し複雑な
計算過程になるが、関連性の計算においても、論理に近
い解が得られることが示せる。
一方、証拠として後件否定「¬Y」、結論として前件肯
定「X」が与えられた場合を見てみよう。この証拠と結論
から設定できる想定確信度は、Ax y > 0, Ax y = 0 という
ものである (バイアス係数は kx = 1)。この時、Ax y > 0
なら、関連性の想定確信度は Ax →y < 0 となる。した
がって、この証拠と結論はやはり「X ならば ¬Y」とい
う推論を支持するものとして、論理的解釈と同じ答であ
る「常に偽」が選択される。しかし、Ax y = 0 という状
況も含めて関連性を判断しようとした被験者は、この場
合に Ax →y の値が不定になることから、「時に真、時に
偽」という論理とは食い違った判断を下す。
証拠として後件否定「¬Y」、結論として前件肯定「¬X」
が与えられた場合も同様である。これらの情報から Ax y =0,
Ax y >0 を設定できる。ここで、Axy > 0 しか考えなかっ
た被験者は、関連性の想定確信度が Ax →y >0 という値
より、
「常に正しい」という論理と同じ結論を得る。しか
し、Axy = 0 も含めて慎重に情報を検索した被験者は、
関連性の値が不定となってしまうため、「時に真、時に
偽」という回答を選択してしまう。このように、対偶判
断の問題は、関連性に頼って判断する限り、より正確な
認知環境を構成した被験者に限って、論理とは違う答に
導かれてしまうという点にある。
定義式
想定 Ax の想定 Ay に対する関連性の確信度を、次式
により定義する (松井 (2007) を参照)。
(1)
対偶における関連性の低さ
Ax →y = kx ·
Ax y
Axy
− kx ·
Axy +Ax y
Ax y +Ax y
= kx · P (Ay |Ax ) − kx · P (Ay |Ax )
謝辞
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(基
盤研究 (C)(1)「計算論的関連性理論に基づく条件文理解
過程の理論的・実証的研究」(平成 17 年度∼平成 20 年
度、研究代表者: 松井 理直、課題番号 17500176)、を受
けている