論文要旨・審査の要旨

学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
岸本
主
査
淺原
副
査
久保田
祐樹
弘嗣
俊郎、金井
正美
Insufficient ascorbic acid intake during gestation induces abnormal
cardiac dilation in fetal and neonatal SMP30/GNL knockout mice
(論文内容の要旨)
【要旨】
ビタミン C(VC、L-アスコルビン酸)は、抗酸化物質として活性酸素種の消去、およびコラー
ゲンやカテコールアミンの合成に働く酵素の補因子として生体内で重要な役割を果たしている。
一方、VC は水溶性のため、尿から排泄されやすく、体内から消失しやすい。
「日本人の食事摂取
基準(2010 年版)」では新生児の壊血病を防ぐ目的で、妊婦や授乳婦に対する VC の付加量が設
けられている。しかし、母体の VC 不足が胎児の発生や小児の成長に及ぼす影響を調べた報告は
少ない。そこで、私たちは VC 合成不全マウス(SMP30 KO マウス)を用いて、妊娠期間中、母
体の VC 欠乏や不足が胎児や新生児の発達、成長に及ぼす影響を調べた。SMP30 KO マウスの
妊娠期間中に VC を全く与えないと、胎生致死となり、新生児は生まれなかった。一方、VC を
十分に与えた母体からは正常に新生児が生まれ、その後、野生型マウスと同様、順調に成長した。
また、VC 不足状態の母体から生まれた新生児は、出生後間もなく死亡した。出生直後の新生児
を用いて全身切片を作成し病理学的解析を行ったところ、VC 不足状態の母体から生まれた新生
児は、心室壁が菲薄化し心室が拡張しており、拡張型心筋症に一致する所見が得られた。また、
心不全による肝臓や肺の顕著なうっ血も認められた。さらに、肺胞が潰れ、呼吸不全を起こす新
生児や骨形成の異常や眼球の異常を伴う新生児も認められた。これらのことから、妊娠期間中の
母体の VC 欠乏や不足は、胎児から新生児にかけての心臓の発生に影響し重篤な循環呼吸障害を
きたすことが判明した。
【諸言】
水溶性ビタミンのひとつである VC は、スパーオキシドラジカル(O2-)やヒドロキシラジカル
(・OH)、一重項酸素(1O2)などの活性酸素種を消去し、生体内の酸化還元反応に関与してい
る。一方、様々な水酸化酵素の補因子としても働き、コラーゲンの三重らせん構造の構築やドー
パミンからノルアドレナリンへの変換、またコレステロールを出発材料とするコルチゾールの合
成など様々な酵素反応を触媒する役割も担っている。マウスやラットを含むほとんどの動物はグ
ルコースを原料に自らの体内で VC を合成している。一方、ヒトやサルは VC 生合成経路で働く
酵素のうち、最終段階で働く酵素にあたる L-グロノラクトン酸化酵素(GLO)の遺伝子に多数の
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変異が入っているため、VC を合成できない。そのため、ヒトは VC を長期間摂取しないと、VC
欠乏症である壊血病を発症する。所属研究グループが独自に開発した SMP30 KO マウスは、VC
合成経路の最後から 2 番目の酵素であるグルコノラクトナーゼ(GNL)の遺伝子を人為的に破壊
してあるため、ヒトと同様、体内で VC を合成できない。これまでに、乳児や成人における VC
欠乏症の症例は多数報告されているが、妊婦における VC 摂取不足が胎児や新生児に与える影響
については、モデル動物を用いた研究において、脳の発達に関する報告に限られていた。そこで、
VC を合成できない SMP30 KO マウスを用いて、妊娠期間中の母体の VC 欠乏や摂取不足が胎
児や新生児の発達、成長に及ぼす影響について病理学的解析を用いて網羅的に調べた。
【方法】
妊娠期間中の VC 摂取が、胎児の発達や新生児の成長に及ぼす影響について調べるため、VC
を合成できない SMP30 KO マウスに妊娠期間中、異なる濃度の VC 含有水を投与し、妊娠の経
過を観察した。VC を合成する野生型マウスと体内 VC レベルが同等になる濃度の VC 含有水(VC
1.5 g/L 含有水)を与えたものをコントロール群とし、その 2.5%の量にあたる VC(VC 0.0375 g/L
含有水)を与えたものを VC 不足群、VC を全く与えなかったものを VC 欠乏群とした。また、
妊娠の成立は SMP30 KO 雄マウスとの交配後、膣栓の確認を持って判断した。尾静脈から継時
的に採血を行い、妊娠期間中の母体血中 VC 濃度の変動を調べ、また仔マウスの VC 濃度は、出
産直前の妊娠 19 日目に子宮から摘出した胎児を用いて調べた。それぞれ VC 濃度は HPLC と電
気化学検出器を用いてその濃度を定量した。病理学的解析は、出生後 24 時間以内の新生児を用
いて、全心身切片を作成し、HE 染色、EVG 染色および Azan 染色を行った。組織の形態計測に
は画像解析ソフト(Win Roof)を用いて心外膜長および心室壁の壁厚を計測し、肺胞の形態計測
には Thurlbeck, W.M.らの方法を用いて、平均肺胞径(肺胞壁間平均直線距離)を算出した。
【結果】
はじめに、VC を十分に与えた(VC 1.5 g/L 含有水)雌と雄の SMP30 KO マウスを交配し、
膣栓の確認後、雌マウスを VC を十分に与える群(コントロール群)と全く与えない群(VC 欠
乏群)の 2 群に分けて妊娠の経過を観察した。その結果、妊娠期間中 VC を与えなかった VC 欠
乏群のマウスからは、新生児が 1 匹も生まれてこなかった。一方、妊娠期間中 VC を十分に与え
たコントロール群のマウスからは、正常に新生児が生まれ、その後も順調に成長した。妊娠期間
中、雌マウスの血中 VC 濃度を継時的に調べた結果、コントロール群では、血中の VC 濃度にほ
とんど変動はみられなかったのに対し、妊娠期間中、VC を与えなかった VC 欠乏群では、妊娠
5 日目には、膣栓確認時(妊娠 0 日目)の約 25%にまで血中 VC 濃度が低下し、出産予定日に
あたる妊娠 20 日目には、血中 VC 濃度がほとんど枯渇状態にあった。そこで、妊娠 19 日目に
雌マウスの子宮から胎児を摘出して観察したところ、VC 欠乏群の胎児は既に死亡していた。以
上のことから VC 合成不全の SMP30 KO マウスは、妊娠期間中に VC 欠乏状態で飼育すると、
胎生致死を招くことがわかった。そこで次に、妊娠期間中に少量の VC(VC 0.0375 g/L 含有水)
を与え、妊娠期間中における母体の VC 摂取不足が胎児や新生児に及ぼす影響を調べた。VC 投
与量は、SMP30 KO マウスが 1 日に必要とする VC(7 mg)の 2.5%量を飲料水から与えた。こ
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の量の VC を SMP30 KO マウスに与えた場合、VC 欠病症である壊血病様の症状はみられなか
った。妊娠期間中における母体の VC 不足状態が胎児および新生児の発達、成長に与える影響を
調べるため、交配前に予め雌マウスを 1 か月間、VC 不足条件のもとで飼育した。その後、雄マ
ウスと交配し、膣栓の確認を持って妊娠の経過を観察した。まず、母体の血中 VC 濃度を測定し
たところ、膣栓の確認時(妊娠 0 日目)で既に、VC 不足群のマウスは、VC を十分に与えたコン
トロール群に比べ 5%以下であった。さらに、出産直前の妊娠 20 日目には、VC 不足群の母体血
中 VC 濃度は、コントロール群の 1%以下になっていた。一方、VC 欠乏状態ではみられなかった
新生児の出生が、VC 不足群では確認できた。しかしながら、VC 不足群から生まれた新生児は、
そのほとんどが出生後、数日以内に死亡した。そこで、この死因を究明するため、出生後 24 時
間以内の新生児を用いて全身切片を作成し、病理学的解析を行った。その結果、VC 不足群の新
生児は、VC を十分に与えたコントロール群の新生児に比べ、肝臓や肺で顕著なうっ血が認めら
れた。循環器系の異常を疑い、心臓の形態に着目したところ、VC 不足群から産まれた新生児で
はコントロール群に比べ、心臓の心室壁が菲薄化しており、心拡張が認められた。その他にも、
VC 不足群の新生児では、血管の脆弱性や肺胞の委縮、骨形成不全および無眼球症など、妊娠期
間中に VC を十分に摂取いればみられない様々な異常が認められた。
【考察】
今回、SMP30 KO マウスを用いた研究から、妊娠期間中の VC 欠乏によって胎生致死を招くこ
と、また母体の VC 摂取不足によって生まれた新生児はヒトの拡張型心筋症に似た症状を伴い、
出生後間もなく死亡することを世界で初めて明らかにした。交配成立直後から VC 欠乏条件でマ
ウスを飼育すると、体重増加を代表とする妊娠の兆候はみられたが、さらに VC 欠乏期間を長期
化すると妊娠の兆候さえも認められなくなった。一方で、生殖細胞に VC が高濃度に保持されて
いることや、ホルモン合成に VC が関与している報告があることから、個体発生において VC は
発生初期段階から必須であることが分かった。また、妊娠期間中に母体の VC 摂取を不足させる
と、新生児に様々な異常が現れた。特に、肝臓や肺でみられた顕著なうっ血は、心機能の低下を
表していると考えられる。VC がどのような作用によって、正常な個体発生や新生児の成長を促
すかは明らかでないが、母体から VC が十分に供給されなかったことで、新生児において心拍出
量の低下や圧負荷への抵抗性が減弱化し、心拡張を招いたと考えられる。また、肺胞の委縮や血
管脆弱性等の病理所見からは、少なくとも VC 不足の母体から産まれた新生児ではコラーゲンの
合成が正常に行われていないことは明らかである。
【結論】
妊娠期間中、VC を合成できない SMP30 KO マウスにおける母体の VC 摂取不足は、胎児や新
生児に異常な心拡張を引き起こし、重篤な呼吸・循環障害を来すことがわかった。これらの結果
から、妊娠期間中、母体の VC 欠乏や不足が胎児や新生児の生存、及び臓器形成に様々な異常を
引き起こすことが明らかとなった。それゆえ、妊娠期間中、十分な VC の摂取は、胎児や新生児
の正常な発達、成長に必要不可欠であることが示唆された。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第
論文審査担当者
岸本
4 6 0 0 号
主
査
淺原
副
査 久保田 俊郎、金井 正美
祐樹
弘嗣
(論文審査の要旨)
ビタミン C(VC、L-アスコルビン酸)は、抗酸化物質として活性酸素種の消去、およびコラー
ゲンやカテコールアミンの合成に働く酵素の補因子として生体内で重要な役割を果たしている。
一方、VC は水溶性のため、尿から排泄されやすく、体内から消失しやすい。「日本人の食事摂取
基準(2010 年版)」では新生児の壊血病を防ぐ目的で、妊婦や授乳婦に対する VC の付加量が設
けられている。しかし、母体の VC 不足が胎児の発生や小児の成長に及ぼす影響を調べた報告は
少ない。そこで、申請者らは VC 合成不全マウス(SMP30 KO マウス)を用いて、妊娠期間中、母
体の VC 欠乏や不足が胎児や新生児の発達、成長に及ぼす影響を調べた。SMP30 KO マウスの妊娠
期間中に VC を全く与えないと、胎生致死となり、新生児は生まれなかった。一方、VC を十分に
与えた母体からは正常に新生児が生まれ、その後、野生型マウスと同様、順調に成長した。また、
VC 不足状態の母体から生まれた新生児は、出生後間もなく死亡した。出生直後の新生児を用いて
全身切片を作成し病理学的解析を行ったところ、VC 不足状態の母体から生まれた新生児は、心室
壁が菲薄化し心室が拡張しており、拡張型心筋症に一致する所見が得られた。また、心不全によ
る肝臓や肺の顕著なうっ血も認められた。さらに、肺胞が潰れ、呼吸不全を起こす新生児や骨形
成の異常や眼球の異常を伴う新生児も認められた。これらのことから、妊娠期間中の母体の VC
欠乏や不足は、胎児から新生児にかけての心臓の発生に影響し重篤な循環呼吸障害をきたすこと
が判明した。
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