Taro-16_ 食監と畜抄録(甲雅)4

豚の疣贅性心内膜炎由来 Streptococcus suis の病原性関連遺伝子解析
大分県食肉衛生検査所
○甲斐雅裕、西本清仁、後藤高義
1、はじめに
Streptococcus suis(以下 S. suis)は豚に髄膜炎、敗血症、疣贅性心内膜炎、関節
炎などを引き起こすとともに、ヒトにも感染して髄膜炎や敗血症などを引き起こす人
獣共通感染症の原因菌として知られている。当所が管轄する O と畜場では、平成 21 年 3
月より特定の 2 生産者から搬入された豚で S. suis による疣贅性心内膜炎を伴う敗血症
が急増しており、平成 22 年は 34 頭に、平成 23 年は 29 頭に発生が認められている。そ
こで今回、これら 2 農場に加え、発生の少ない 5 農場から搬入された豚の疣贅性心内膜
炎病変部から分離された S. suis を用い、当該農場での敗血症多発の原因を探ることを
目的として、 莢膜形成遺伝子、病原性関連遺伝子、線毛関連遺伝子および薬剤感受性
について解析を行った。
2、材料と方法
(1)被検菌株:2010 年 3 月から 2012 年 8 月の間に当所が管轄する O と畜場に搬入
され、疣贅性心内膜炎を認めた豚の病変部から分離された株のうち、7 生産者由来の
計 20 株を用いた。菌株の内訳は、今回の敗血症多発農場である N 農場 6 株と U 農場 5
株に加え、A 農場 4 株、HG 農場 2 株、HP 農場 1 株、HY 農場 1 株、M 農場 1 株とした。
疣病変部を 5 %羊血液寒天培地にスタンプし、37 ℃、一晩培養後、得られたコロニ
ーを純培養し、API 20 Strep もしくは Rapid ID32 Strep API(シスメックス・ビオメ
リュー)を用いて S. suis と同定されたものを被検菌株とした。
(2)莢膜形成遺伝子型別、病原性関連遺伝子の検出:S. suis のハウスキーピング
遺伝子の 1 つである glutamate dehydrogenase( gdh)、莢膜形成遺伝子(cps1J、cps2J、
cps7H、cps9H)および病原性関連遺伝子である muramidase-released protein( mrp)、
extracellular factor( epf)、suilysin(sly)、arginine deiminase( arcA)の計 9 種類の
遺伝子の保有状況について、MultiPlex PCR による検出を行った[1]。DNA の抽出はボ
イル法により行った。
(3)線毛関連遺伝子プロファイリング:S. suis の 3 種類の線毛関連遺伝子(sbp2、
sep1、sgp1)の有無について PCR による検出を行い、Sequense Type(ST)の分類
を行った。PCR の結果、sbp2 のみが検出された株は ST1 complex に、sgp1 のみが
検出された株は ST27 complex に属し、それ以外であればこれら 2 つの complex に
は属さないものとした[2]。
(4)薬剤感受性試験:センシディスク(ベクトン・ディッキンソン)を用いて、薬
剤感受性試験を行った。ペニシリン G(PCG)、アンピシリン(ABPC)、セフォタキ
シム(CTX)、ストレプトマイシン(SM)、ゲンタマイシン(GM)、カナマイシン(KM)、
エリスロマイシン(EM)、オキシテトラサイクリン(OTC)、オフロキサシン(OFLX)、
クロラムフェニコール(CP)、バンコマイシン(VCM)、リンコマイシン(LCM)の 12
-1-
薬剤を用いた。基礎培地はパールコアミューラーヒントン S 寒天培地(栄研化学株式
会社)を用い、5 %濃度で羊脱繊血を加えて使用した。
3、結果
今回調査した 20 株について、莢膜形成遺伝子型別、病原性関連遺伝子検出、線毛
関連遺伝子プロファイリングによる ST 型別および薬剤感受性試験の結果を表 1 に示
した。(莢膜形成遺伝子および病原性関連遺伝子については検出されたもののみを、
薬剤感受性については耐性が認められたもののみを示した。)
表1
株番号 生産者
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
N
N
N
N
N
N
U
U
U
U
U
A
A
A
A
HG
HG
HP
HY
M
S. suis の各解析結果一覧
莢膜形成、病原性関連
cps 1J cps 2J sly
mrp
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
+
線毛関連
ST complex
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
ST27
他
ST1
他
ST1
ST27
他
ST27
ST27
他
EM
I
R
R
R
R
R
R
I
S
S
R
S
S
S
S
S
S
S
R
S
薬剤感受性
パターン
OTC LCM
R
R
Ⅱ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅱ
R
R
Ⅲ
S
S
Ⅳ
R
R
Ⅰ
R
R
Ⅴ
R
R
Ⅵ
R
R
Ⅴ
S
R
Ⅶ
S
S
Ⅳ
S
R
Ⅷ
R
S
Ⅸ
R
R
Ⅰ
S
R
Ⅹ
※「+」は対象遺伝子が検出されたもの。
※ ST complex の「他」は ST1 および ST27 complex 以外に属するもの。
※薬剤感受性の判定は「R:耐性」、「I:中間」、「S:感受性」。
※パターンの「Ⅰ~Ⅹ」は各解析結果の組み合わせに基づいて分類したもの。
(1)莢膜形成遺伝子型別、病原性関連遺伝子の検出:莢膜形成遺伝子型別において、20
株中 19 株が cps2J 型であり、残りの 1 株は cps1J 型であった。cps7H、cps9H はど
の株からも検出されなかった。gdh については、20 株すべてから検出された。
病原性関連遺伝子について、mrp は cps1J 型を示した M 農場の 1 株を除く 19 株か
ら検出された。sly は 20 株中 7 株(35 %)から検出された。epf、arcA はどの株からも
検出されなかった。これらの結果から 莢膜形成遺伝子および病原性関連遺伝子に関し
ては、cps2J/mrp(+)/sly(-)〔パターンⅠ~Ⅳ〕、cps2J/mrp(+)/sly(+)〔パターンⅤ~Ⅸ〕、
cps1J/mrp(-)/sly(+)〔パターンⅩ〕の 3 型に分けられた。生産者別にみると、今回の敗
-2-
血症多発農場である N 農場(6 株)と U 農場(5 株)ではすべての株が cps2J/mrp(+)/sly(-)
を示し、A 農場の 4 株はすべて cps2J/mrp(+)/sly(+)を示した。パターンⅩを示したの
は M 農場の 1 株のみであった。
(2)線毛関連遺伝子プロファイリング:ST27 complex に分類された株は 20 株中 14
株(70 %)であり、ST1 complex に分類された株は A 農場由来の 2 株(10 %)であ
った。sep1 が唯一検出された M 農場の 1 株およびどの線毛関連遺伝子も検出されな
かった残りの 3 株はこれら 2 つの complex には分類されなかった。生産者別にみると、
N 農場と U 農場ではすべての株が ST27
complex に分類された。A 農場では ST1
complex が 2 株〔パターンⅥ、Ⅶ〕とそれ以外の ST 型の 2 株〔パターンⅤ〕に分け
られた。
(3)薬剤感受性試験:薬剤別にみると、12 薬剤中耐性がみられた薬剤は EM、OTC、
LCM の 3 種類であり、それぞれ 8 株、15 株、17 株が耐性を示した。EM において
耐性を示した 8 株のうち 7 株は今回の敗血症多発農場である N 農場と U 農場由来の株
であり〔パターンⅠ〕
、中間型も 2 株存在した〔パターンⅡ〕
。(表 1)
4、考察
莢膜形成遺伝子型別、病原性関連遺伝子検出の結果では、同一農場から複数株を用
いた N 農場(6 株)、U 農場(5 株)、A 農場(4 株)ではそれぞれ単一の型のみが検
出され、M 農場の 1 株は今回唯一パターンⅩを示したことから、S. suis は各農場ご
とに特徴的な遺伝子学的性状を有していることが確認された。過去の報告では、 疣贅性
心内膜炎病変由来 79 株のうち 74 株(94 %)が cps2J/mrp(+)/sly(-)を示していた[3]。
このことからこの遺伝子型は疣贅性心内膜炎病変由来株の特徴である可能性も考えら
れる。
また、線毛関連遺伝子プロファイリングの結果から、疾病リスクが高いといわれて
いる ST27 complex に分類された株が 7 農場中 5 農場(71 %)において検出された。
ST1 complex および ST27 complex には、豚に対して侵襲性の高い疾病を引き起こし
た株が多く含まれ、さらに、ヒト由来株の大半が含まれている[2]。今回の調査によ
りこれら 2 つの complex に属する株が広く分布していることが確認されたことから、
家畜衛生のみでなく公衆衛生上注意が必要であると考えられる。
薬剤感受性試験結果では、EM 耐性株が U 農場では 6 株中 5 株(83 %)、N 農場で
は 5 株中 2 株(40 %)から検出され、中間型も 1 株ずつ検出された。環境要因や動物側
の要因等も存在するため明確ではないが、このことが今回の敗血症多発の要因の一つとし
て考えられた。 今後は、検体数を増やして同様の調査を継続していくことに加え、敗
血症多発農場を中心に非敗血症豚の扁桃などから S.
suis の分離を試み、疣贅性心内膜
炎の病変部由来株との性状比較を行うことで今回の敗血症多発の 原因をさらに究明し
ていく予定である。
N 農場では現在も敗血症の発生が継続しているが、U 農場では平成 23 年 12 月以降発
生は認められていない。この要因については今回は不明であったが、今後フィードバック
事業等の活用による家畜生産サイドとの連携を通じて、飼養管理や薬剤使用状況等の情報
-3-
を収集し、敗血症発生予防を推進することで安全・安心な食肉生産に貢献していきたい。
参考文献
[1]Silva L.M.G et al: Veterinary Microbiology 115 (2006) 117-127
[2]髙松大輔:日獣会誌 64 (2011) 600-603
[3]紺野浩司ら:平成 21 年度埼玉県食肉衛生検査センター事業年報
-4-