イセエビの死後変化 - 日本大学国際関係学部

日大生活科研報(Rep. Res. Inst. Sci for Liv., Nihon Univ.)36;1~13, 2013
業績 第779号
論 文
イセエビの死後変化
※1
※2
※3
三橋 富子・小嶋絵梨花・川久 有紀
The Postmortem Changes of a Japanese Spiny Lobster
※1
※2
※3
Tomiko MITSUHASHI, Erika KOJIMA and Yuki KAWAKU
ABSTRACT
The postmortem changes of a Japanese spiny lobster (Panulirus japonicus) stored at 4℃ were investigated to find the best time for eating “sashimi”. K value of a Japanese spiny lobster had been kept in very
low and even at 96h postmortem it was around 20%, but at that time it already had reached early stage of
decomposition accessed by sensory evaluation. The Japanese spiny lobster showed a temporal increase in
firmness up to 3h postmortem which subsequently decreased up to 10h postmortem. The amount of IMP,
umami nucleotide, was very small during storage time, but another umami nucleotide AMP, increased
dramatically up to 24h or 48h postmortem and kept the largest amount in ATP relation compounds during
storage. The amounts of glycine, alanine, serine or glutamic acid, which show sweet or umami taste were
the largest at 0h postmortem, while histidine, lysine or arginine, which are bitter taste amino acids, increased
with the storage time, so the total amount of free amino acid increased up to 96h postmortem. Glycinebetaine, shows sweet taste, increased up to 10h postmortem and then decreased along storage time.
Considering the conditions of meat texture and taste components, the best time for eating a Japanese
spiny lobster as “sashimi” was from 3h to 10h postmortem.
以降の分解経路が2つある。1つは、魚類と同じく
1.目 的
日本人は魚介類を好み、中でもエビはよく消費さ
イノシン酸(IMP)を経由する経路と、もうひとつ
れる食材の1つである。新鮮なエビを刺身や寿司な
はアデノシン(AdR)を経由する分解が起こるとい
ど生で食べることが多いが、生食するに当たり鮮度
われている1)。また、このATP関連物質の中のIMPと
が重要になってくる。魚介類の死後の鮮度変化は一
AMPはうま味の成分としても知られている。IMP、
般に畜肉に比べて進行が速いことが知られているが、
AMPと同様に遊離アミノ酸であるグルタミン酸もう
中でもエビ・カニ類(甲殻類)の鮮度変化は硬骨魚
ま味の成分として知られているが、エビの遊離アミ
に比べて早いと言われている。
ノ酸は、グリシン、アルギニン、プロリンを多量に
死後の比較的早期における鮮度低下の指標として
含み、これらのアミノ酸の組み合わせが味を作り出
K値が用いられているが、K値はアデノシン三リン
している。グリシンが多いほど美味であり、グリシ
酸(ATP)関連物質の組成比から算出されている。
ン、アラニンが甘味、アルギニンとグルタミン酸が
ATPとその関連化合物の死後に起こる分解過程にお
カニらしさを与える成分であると言う説もある。ま
いてエビは魚類と異なり、アデノシン一リン酸(AMP)
た、グリシンベタインもカニらしい味を形成すると
※1
日本大学短期大学部(三島校舎)教授 Junior College (Mishima Campus), Nihon University, Professor
※2
日本大学短期大学部(三島校舎)助手 Junior College (Mishima Campus), Nihon University, Assistant
※3
日本大学短期大学部(三島校舎)非常勤助手 Junior College (Mishima Campus), Nihon University, Provisional
Assistant
― 1 ―
言われており、エビの場合でも味に対し何らかの役
2.4 各種成分定量用試料の調製
エビ肉2gに冷₁₀%過塩素酸(PCA)を4ml加え、
割を果たしていると考えられている 。
2)
生魚の美味しさはうま味成分とともに、テクス
氷冷下で2分間ホモジナイズ(KINEMATIKA社製 チャーも関係が深い。魚介類は死後数分から十数時
POLYTORON PT3₁₀₀)した後、冷却遠心分離して上
間で硬直し、硬直継続時間は5~₂₂時間であると言
清を氷中のビーカーに入れる。沈殿物に冷₁₀%PCA
われている3)。
を4ml加え、ホモジナイズと遠心分離を3回繰り返
刺身や寿司など魚介類を生食する場合は、まず第
す。3回の上清を合わせKOHにて中和し、氷冷下に
一に衛生学的な鮮度が重要であるが、同時に生の魚
静置して、十分に過塩素酸カリウムの沈殿を生成さ
介類のテクスチャーと、味に関与する化学物質の量
せた後、沈殿を冷却遠心分離して取り除き、蒸留水
が最も良好な状態で食すことが望ましいと考えられ
で₂₅mlに定容した。₀.₄₅μmフィルターでろ過し、サ
る。
ンプルチューブに入れて-₈₅℃で冷凍保存し、使用
そこで、静岡県の下田市で蓄養されているイセエ
時に室温解凍した。
ビを試料とし、死後硬直の進行と核酸関連物質の変
化との関連、刺身としての美味しさという観点から
呈味物質としてのアミノ酸、ベタイン類、の定量、
鮮度判定の指標としてpHとK値、エビ肉のテクス
2.5 HPLCによるATPおよびATP関連物質の定量
前述の2.4で作成した試料を用いた。
〈分析条件〉
チャー・硬さの測定、また、物性の変化に関与する
装置:二液グラジェントコントローラー(SSC-66₀₀
と思われる高分子たんぱく質の変化を電気泳動で検
センシュー科学)
討し、生食に最適な時間の検討を試みた。
カラム:STR ODS-Ⅱ(₄.6mmφ×₁₅₀mm)
移動相:₁₀₀mMりん酸(トリエチルアンモニウム)
緩衝液(pH6.₈)/アセトニトリル=₁₀₀/₁(v/v)
2.方 法
温度:₄₀℃、流量:₁.₀ml/min、検出器波長₂6₀nm、
2.
1 試 料
試料は下田市で蓄養されているイセエビ(Panulirus
試料注入量:₂₀μl
japonicus)とし、重量6₀₀g前後のものを使用した。
標準物質は、ATP、ADP、AMP、IMP、HxR、Hx、
活イセエビを購入し即殺後、採取した腹部筋肉は、
AdR(和光純薬)を用いた。₀.₁mg/mlの溶液を等量
0時間(以下0hと記す)
、3時間(以下3h)、6時
ずつ混合し、各標準物質が₁₀μg/mlになるように希釈
間(以下6h)、₁₀時間(以下₁₀h)、₂₄時間(以下
した。各ATP関連物質の定量とK値は下記の式で求
₂₄h)、₄₈時間(以下₄₈h)、₉6時間(以下₉6h)4℃
めた。
で保存し測定した。供試エビは各時間とも3個体を
各ATP関連物質(μmol/g)=サンプル当該ATP関連
用いた。
物質の面積÷標準物質のATP関連物質の面積×標準
物質の濃度(₁₀μg/ml)×標準物質の純度÷分子量
×₂₅ml÷2g
2.
2 p H 測 定
エビの腹部筋肉にpHメーター(TOHO Model IQ₁₅₀)
の電極を差し込み測定した。3~5ヶ所測定し、平
K値=(HxR+Hx)/(ATP+ADP+AMP+IMP+
AdR+HxR+Hx)×₁₀₀%
均値を求めた。
2.6 アミノ酸分析システムによる遊離アミノ酸定量
試料は2.4で作成した試料に同量のアミノ酸希釈
2.
3 レオメーターによる硬さおよび凝集性の測定
エビの腹部筋肉を5mm角に切断し、レオメーター
(FUDOHNRM-₂₀₁₀J-CW)の咀嚼試験を用いて測定
液を加えたものを用いた。
〈分析条件〉
する。測定条件は、クリアランス₁.₅mm、プラン
装置:島津高速液体クロマトグラフ -R₇A/LC-₁₀Aア
ジャー径3₀mmの平丸型、レンジ₂₀₀₀g、テスト速度
ミノ酸分析システム
6cm/minで、圧縮は筋繊維と直角に背側から行った。
カラム:Shim-pack Amino-Na
サンプルは、1尾につき5個ずつ測定し、平均値を
移動相:アミノ酸分析用移動相キット Na型(P/N₂₂₈-
求めた。
₂₁₁₉₅-₉₄)
反応液:アミノ酸分析キット OPA試薬(P/N₂₂₈-₂₁₁₉₅₉3)
― 2 ―
流量:₀.3ml/min 、励起波長:3₅₀nm 、蛍光波長:
2.8 SDS‐ポリアクリルアミドゲル電気泳動
₄₅₀nm、温度:6₀℃、試料注入量:₁₀μl
2.8.1 電気泳動サンプルの調製
エビ肉₀.₂gをホモジナイザーカップに入れ、可溶
試料希釈液:(₀.₂NNa+(くえん酸三ナトリウム)
pH₂.₂₀)
化液(2%SDS、₁₀mMりん酸buffer-pH₇.₀)3.₈₈ml
標準物質:アミノ酸混合液(和光純薬製H型)と和
および、酵素阻害剤PMSF、ロイペプチン、E-6₄(各
光純薬製タウリンを混合し、各アミノ酸₀.₁μmol/ml
₁₀₀μg/ml)を各₀.₀₄mlずつ加えた。ホモジナイザー
(井内盛栄堂)でホモジナイズ(₂₀₀₀rpm、₁₀スト
のものを使用。
遊離アミノ酸(μmol/ml)=サンプル当該アミノ酸の
ローク)して可溶化した後、遠心分離して不溶物を
面積÷標準物質のアミノ酸の面積×標準物質濃度
除いた。上澄み液1mlにトラッキングダイ(3₀mM
(₀.₁μmol/ml)×2(希釈倍率)×₂₅ml÷2gで算出
Tris-HCl pH₈.₀ ₀.3mM、EDTA、3%SDS、3₀%グ
リセロール、₀.₀₀₁%ピロニン Y)₀.₅ml、2-メルカ
した。
プトエタノール₀.₁mlを加え、混合し、₅₀℃で₂₀分
2.
7 HPLCによるベタイン類の定量
間加熱した。この試料液は凍結保存(-₈₅℃)し、
2.
7.
1 グリシンベタインの定量
使用時に₅₀℃で₂₀分間加熱解凍して用いた。
試料は2.
4で作成した試料液をイオン交換カラ
ム、アンバーライト CG-₄₀₀(酢酸型)とアンバーラ
2.8.2 ゲルの調整:
3%
5%
3₀%アクリルアミド
₂.₄ml
₄.₀ml
₀.₂M EDTA
₀.₂₄ml
₀.₂₄ml
₂₀% SDS
₀.₁₂ml
₀.₁₂ml
カラム:Inertsil NH₂(ジーエル サイエンス)
₁.₅M Tris-HCl(pH₈.₀)
₄.₈ml
₄.₈ml
移動相:アセトニトリル:水=6₅:3₅(v/v)溶液
TEMED
₀.₀₁6ml
₀.₀₁6ml
₁₀%過硫酸アンモニウム
₀.₂₄ml
₀.₂₄ml
蒸留水
₁6.₂ml
₁₁.₀ml
グリセロール
―
3.6ml
イト IRC-₅₀(H+型)の1:1の混合物に通して前処
理し、以下の分析条件にて分析した。
装置:RI-₂₀₀₀検出器
温度:₄₀℃、流量:₁.₀ml/min、試料注入量:₂₀μl
グリシンベタイン標準液:和光純薬(株)のグリシ
ンベタイン₀.₀₁gを₁₀mlに定容して原液を調整。
ゲル組成〈4枚分〉
グリシンベタイン(mg/g)=サンプルの面積÷標準
上記の組成で作った3~5%グラディエントアクリ
物質のグリシンベタインの面積×標準物質の濃度
ルアミドゲルを3₇℃で重合させた。
(1mg/ml)×標準物質の純度×₂₅ml÷2gで算出し
2.8.3 電気泳動条件
た。
装置:Mini-PROTEAN Ⅱ cell(日本バイオ・ラッド・
2.
7.
2 ホマリンおよびトリゴネリンの定量
ラボラトリー(株))
試料は2.
4で作成した試料を用い、以下の分析条
泳動buffer:₅₀mMトリス,₀.3₈₄Mグリシン,₀.₁%
件で分析した。
SDS,₁₀mM2-メルカプトエタノール溶液
装置:二液グラジェントコントローラー(SSC-66₀₀
泳動サンプル量:₂₀μl
センシュー科学)
泳動:3.₅mA/ミニスラブゲル1枚₁₇~₂₀時間
カラム:SCX-₁₂₅3-P (センシュー科学)
染色・脱色:₀.₁% コマジーブリリアントブルー,
移動相:₀.₀3Mりん酸二水素カリウム(pH₂.₁)
₄₀%エタノール,7%酢酸溶液で一昼夜染色し、脱
温度:₄₀℃、流量:₁.₀ml/min、検出器波長:₂6₂nm、
色液(₄₀%エタノール,7%酢酸溶液)で脱色した。
試料注入量:₂₀μl
標準液:トリゴネリン(和光純薬)₀.₀₁gを₁₀mlに
定容したものを標準原液とし、₁₀倍希釈、₁₀₀倍希釈
3.実験結果および考察
3.1 pHの変化
のものを使用。ホマリンはトリゴネリンと分子量が
pHの経時変化を図1に示した。pHは₂₄hまでに急
同一で、溶出位置は違うが濃度と面積は同一と考え
激に低下して極限pHに達していた。その後₄₈h以降
て下記の同一式より算出した。
に徐々にpHは上昇し始めたが、初期のpHまでには
ホマリンまたはトリゴネリン(mg/g)=サンプル面
達しなかった。
積÷標準物質のトリゴネリンの面積×標準物質の濃
活魚の筋肉はpH₇.₂~₇.₄とほぼ中性であるが、死
度(₀.₁mg/mlまたは₀.₀₁mg/ml)×標準物質の純度
後は嫌気的な条件下で筋肉中のグリコーゲンが乳酸
×₂₅ml÷2gで算出した。
に分解され、生成された乳酸が蓄積することによっ
― 3 ―
てpHが低下する。最も下がった時のpHが極限pHで
な増加がみられたと報告している7)。本研究では、
ある。一般にグリコーゲンの含有量によってpHの低
3検体において、ATP関連物質の消長はかなり異なっ
下程度は異なり、白身魚では6.₀~6.₄程度以下には
ていた。即殺直後のATPは試料Aで₀.₀3μmol/g、試
下がらないが、赤身魚は₅.₄~₅.6まで低下する。乳
料Bで₄.3₈μmol/g、試料Cで6.₁3μmol/gであり、試料
酸の蓄積により低下したpHは、細菌の繁殖によって
Aを除いては、前述の結果と近い値であった。即殺
アンモニアやトリメチルアミンなどが生成するため
が致死条件であったが、試料Aはうまく即殺できず、
再び上昇する 。しかし、ATPが消費されるときに
苦悶死して暴れたため、ATPが消耗していたのでは
生成するプロトンの増加によってpHが低下するとい
ないかと考えられる。ATP関連物質の総量に対する
う説の方が現在では有力である 。
ATPの割合は試料Bで₅6%、試料Cで₇3%を占めてい
4)
5)
た。このことから、本研究で用いたイセエビは輸送
で疲労したものではなく、きわめて生きのよいもの
3.
2 硬さおよび凝集性の変化
硬さの経時変化を図2に示した。硬さは、0hか
であると判断できた。試料Aは、0hからAMPの蓄
ら3hにかけて上昇し、3hで最も硬く、その後₁₀h
積が多く、₂₄hには減少していた。また、試料Aでの
にかけて低下し、以後₉6hまで大きな変化はなかっ
みアデノシンが検出されたが、経時的な変化は見ら
た。凝集性の経時変化を図3に示した。凝集性は6
れなかった。試料Bは、ATPの消失が₉6hと遅く、試
hまで上昇した後、₁₀hにかけて低下し、₂₄hまでは
料Cは₂₄hにかけて急速に減少し、₄₈hにはほぼ消失
変化なく、以後上昇した。イセエビの死後の物性の
していた。試料B、CともにATPの分解に伴いAMP
変化は各個体の値の相違が大きく、標準偏差も大き
が増加し、₉6hまで高濃度で残存していた。即殺後
いため有意差は認められなかったが、硬さと凝集性
のIMPは₀.₀₉~₀.3₀μmol/gと低値であり、3検体と
の全体的な変化から見て、死後3hでは死後硬直を
も₉6hに上昇のきざしは見えるが、多量の蓄積は見
反映して肉が硬くなっていたと考えられる。
られなかった。一般に魚類ではIMPが、軟体動物で
はAMPが蓄積するが、エビ類については、クルマエ
ビ7)ではAMPとIMPが同程度蓄積し、バナメイエビ1)
3.
3 ATPおよびATP関連物質の変化
ATP関連物質は主として筋肉の運動エネルギーを
では低温ではIMPよりAMPの方が多く蓄積すると報
供給するATPと、それから生じるADP、AMP、IMP、
告されている。しかしながら、本研究のイセエビで
HxR、Hxである。ATP、ADP、AMPまでが筋肉のエ
はIMPは保存初期にはほとんど存在せず、AMPの蓄
ネルギー代謝と関係するため、死後、魚種に関わり
積が目立っていた。このことから、エビの種類によっ
なく急速に低下するのは当然である。また、ATP関
て蓄積するATP分解物が違う可能性が考えられた。
連物質のIMPおよびAMPは遊離アミノ酸のグルタミ
また、3検体においてHxはHxRより生成量が少ない
ン酸と同様にうま味成分であると考えられており 、
ため、イセエビにおいてはHxRが蓄積すると考えら
ATP関連物質の消長は肉のうま味や鮮度と関連があ
れた。さらにATP関連物質の終期の産物である、HxR
ると報告されている 。
およびHxの生成は極めて緩慢で、生成量も少なかっ
1)
6)
IMP以降のもう一つの分解経路の産物であるアデ
た。
ノシンも同時に定量したが、3検体のうち、1検体
しかアデノシンが検出されなかった。また、上述の
物性値の変化から、死後変化の個体差が大きいこと
3.4 K値の変化
魚の鮮度を判定する方法としては、細菌学的方法、
が推測されたので、3検体それぞれのATP関連物質
化学的方法あるいは誘電率の変化などを利用した物
の経時変化を図4、5、6に示した。試料中のATP
理的な方法などがあるが、初期の鮮度の指標として
関連物質の溶出時間は、標準物質の溶出時間とよく
よく用いられるものにK値がある。これは死後の時
一致していた。松本はクルマエビの即殺直後のATP
間経過とともに筋肉中のATP(アデノシン三リン酸)
は6.₄μmol/gで2日目に3.3μmol/gになり₁₁日目に消
が順次ADP→AMP→IMP→HxR→Hxへと変化して
失、AMPおよびIMPは即殺直後にはほとんど検出さ
いくことに基づくもので、ATP関連物質の全体に占
れなかったが、速やかに上昇し2日目にそれぞれ2
めるHxRとHx量の合計の比によって鮮度を判定す
μmol/gであり、AMPは4日以降、IMPは5日以降に
る。K値は死後の時間経過に伴って徐々に上昇する8)。
減少し、HxRおよびHxは即殺直後存在しなかったが、
エビの場合AMP以降の分解が、IMPを経由する経路
4日目までに徐々に増加し、Hxのみ4日以降に急激
とは別にアデノシンを経由する経路もあるといわれ
― 4 ―
ている。そこで、本研究で測定したATPおよびATP
ルマエビの経時変化と一致していた。しかしながら、
関連物質の分析値からK値を算出した。また、アデ
本実験の遊離アミノ酸総量は約₅₀μmol/g前後で、同
ノシンが検出された検体については、アデノシンを
じイセエビの遊離アミノ酸組成から算出した₂₁₀mol/
加えたATP関連物質の全体に占めるHxRとHx量の合
g9)に比べて少なく、充分に抽出されていなかった可
計の比で算出した。K値の経時変化を図7に示した。
能性が考えられた。
3検体とも₄₈hまではほぼ一定であり、₉6hで急激に
上昇していた。K値の上昇過程は魚種や保存温度、致
3.6 ベタインの変化
死条件、季節、部位によって異なるが、即殺魚は₁₀%
魚介類の組織中で量的に多い有機塩基は、第4級
以下であり、K値が₂₀%であれば刺身として極めて
アンモニウム塩基化合物および尿素である。前者に
良好な鮮度 といえる。イセエビ3検体は、₄₈hまで
はベタイン類、トリメチルアミン、トリメチルアミ
は₁₀%以下(試料Aの0hを除き)であり、新鮮な値
オキシドなどが含まれる。ベタイン類には多くの種
を示しているが、₉6h後には急速に上昇していた。K
類(鎖状ベタインと環状ベタイン)があるが、よく
値は₉6hでも2検体が₂₀%以下で生食可能であると考
知られているグリシンベタインは鎖状ベタインに、
えられるが、官能的には、3検体とも₉6hには鼻に
ホマリン、トリゴネリンは環状ベタインに属してい
つく強いエビ臭と微かな腐敗臭が感じられ、ぬめり
る6)。グリシンベタインは一般魚には少なく、海産
も認められたため、生食可能な状態ではなく、初期
軟骨魚に比較的多く含まれるが、軟体動物、甲殻類
腐敗の状態であったと思われる。エビ類においては、
でははるかに上回っている。ホマリンは海産無脊椎
官能的な初期腐敗に達した時点から急激なK値の増
動物にのみに比較的多く分布し、軟体動物、節足動
加が起こるとされており 、₉6hにK値が急上昇した
物の筋肉に多い₁₀)。一方トリゴネリンはエンドウ、
結果とよく一致している。そのため、今回のイセエ
コーヒー豆など植物体に多いが、動物体にも存在が
ビでは、₄₈hまではK値からみても新鮮な状態であっ
認められている₁₁)。また、味質に関係あるのはグリ
たと言える。
シンベタインで、甘味を呈し、魚介類の甘味の強さ
8)
1)
やフレーバーエンハンサー(風味増強剤)としての
役割を担っていると報告されている₁₂)。そこで、本
3.
5 遊離アミノ酸の変化
味を決める成分の1つとして遊離アミノ酸がかか
研究ではグリシンベタインとホマリン、トリゴネリ
わっている。エビ類の筋肉エキスに含まれる遊離ア
ンを定量した。それぞれの経時変化を図9、₁₀に示
ミノ酸について、グリシンがもっとも多く、ついで
した。グリシンベタインは、3hから徐々に増加し
アルギニン、プロリン、セリン、アラニンが多いと
₁₀hで最も多かった。その後は徐々に減少していた。
報告されている 。また、即殺直後のクルマエビの
イセエビの筋肉中のグリシンベタインの含量は、
遊離アミノ酸の総量は₄₀₁₉mg/₁₀₀gであり、主要な
₉6₀mg/₁₀₀gと報告 ₁3)されており、本研究では₂₀₀~
遊離アミノ酸はグリシンが最も多く(総量の₄3%)、
3₀₀mg/₁₀₀g前後と少ない結果となった。ホマリンは
次いでアルギニン、プロリン、グルタミン酸、アラ
即殺後3hまで減少し、₁₀hまで一定に保ちその後は
ニン、タウリンで、これらで総量の₉₇%を占めてい
減少した。トリゴネリンは₁₀hまで減少し、その後
る。これらの遊離アミノ酸は2日目までに減少し、
は徐々に増加していた。またトリゴネリンはホマリ
アミノ酸総量も大きく減少したが、4日目にプロリ
ンよりも少ないと報告されている₁3)が、本研究でも
ン、グリシン、アラニン、アルギニンが増加し、総
ホマリンの₁/₁₀以下と少なく、一致していた。ベタ
量も大きく増加したと報告されている 。今回測定
イン定量の筋肉抽出液はアミノ酸定量と同様のもの
したイセエビの遊離アミノ酸(図8)においても、
を使用しているので、抽出不十分であることがベタ
グリシンが₁₀μmol/g前後と多く、次いでアルギニン、
インでも確認された。
9)
7)
セリン、アラニンの順になり(プロリンは今回の分
析条件では検出できない。)一致していた。ただヒス
3.7 電気泳動法パターンについて
チジンが₁₀μmol/g前後と最も多く、また即殺以降の
コネクチンは筋原線維のZ線とミオシンフィラメ
リジンの急激な増加の二点は一致していなかった。
ントを連結する長い線維で、肉の解硬・軟化に伴う
遊離アミノ酸の総量は経時的に増加傾向にあるが、
弾力性の喪失はコネクチンの死後の性状変化と関連
₄₈hに減少し、₉6hにグリシン、アラニン、アルギニ
していると推定される。コネクチンにはαとβがあ
ンが増加し、総量も増加していた。これは前述のク
り、β-コネクチンはα-コネクチンの分解物である。
― 5 ―
コネクチンと同様に巨大な分子量を有するネブリン
しては可食であったが、官能的には初期腐敗に達し
は、細いフィラメントの配列を調整するたんぱく質
ていた。
である。また、ネブリンの消失は筋原線維の構造の
ATP関連物質と同じく呈味に関する遊離アミノ酸
脆弱化と関連があると考えられている 。これらの
は、グリシンやセリン、グルタミン酸などの甘味や
高分子タンパク質の分解は魚肉の軟化と関係がある
うま味を呈するアミノ酸の割合が0hで多かった。
と考えられる。そこでコネクチンの分解を電気泳動
₉6hでアミノ酸の総量が増加しているが、その中で
パターンで検討した。
も苦味に属するアルギニンやヒスチジン、リジンの
₁₄)
各保存時間毎の電気泳動図を₁₁に示した。すべて
増加が多かった。
の時間でミオシン重鎖とネブリンが見られた。₄₈hま
グリシンベタインは₁₀hが最大値であるが、含有
ではコネクチン様たんぱく質のダブルバンドが見ら
量は₂₀₀~3₀₀mg/₁₀₀g前後と少なかった。ホマリン、
れたが、₉6hでは高分子のバンドは見られず、低分
トリゴネリンは0hが最も多かった。
子化していた。ネブリンは魚の報告 の移動度とほ
電気泳動パターンの経時変化では₄₈hまではコネ
ぼ一致していたので、同一のものと考えられるが、
クチン様たんぱく質のダブルバンドが見られたが、
コネクチン様たんぱく質のダブルバンドは魚と比べ
₉6hでは低分子化していた。エビ肉の軟化は₁₀hに完
₁₅)
ると低分子であった。エビ肉の軟化は₁₀hに完了し
了していることからこの巨大たんぱく質の低分子化
ていることからこの巨大たんぱく質の低分子化とは
とは時間的に一致していないため、他の因子が肉の
時間的に一致していないため、他の因子が肉の軟化
軟化に関係しているのではないかと考えられた。
に関係しているのではないかと考えられる。
これらの結果から、味覚およびテクスチャーを合
わせて考えると3h~₁₀hが刺身をおいしく食べるこ
とが出来るのではないかと考えられる。テクスチャー
4.ま と め
日本人は新鮮なエビを刺身や寿司など生で食べる
では、3hで一時的な硬さの上昇がみられたが、貯
ことが多く、鮮度が重要になってくる。魚介類の死
蔵期間中大きな変動は見られなかった。そのため、
後の鮮度変化は畜肉に比べて進行が速く、生食する
うま味成分の多い₁₀hが最もおいしく食べられると
に当たり、鮮度には強い関心がもたれている。そこ
考えられる。
で、イセエビを試料とし、即殺後の経時的な死後変
化について検討した。
5.参考文献
検討項目は、エビの死後硬直の進行と核酸関連物
1)小山法希、松川雅仁、島田昌彦、佐藤良一:バ
質の変化との関連、刺身としてのおいしさという観
ナメイエビの筋肉中のATP関連化合物の変化と
点から、肉の硬さと呈味物質としてアミノ酸、ベタ
味 覚へ の 影 響 日 水 誌 74 pp.₁₀6₈-₁₀₇₄ (₂₀₀₈)
イン類量の変化、鮮度の指標としてpHとK値、物性
の変化に関与すると思われる高分子たんぱく質の変
2)東京水産大学第9回公開講座編集委員会:改訂
増補 日本のエビ・世界のエビ (成山堂書店、
化についてである。
東京) pp.₁6₂-₁₈3 (₁₉₈6)
pHは₂₄hまでに急激に低下して極限pHに達してい
た。その後₄₈h以降に徐々にpHは上昇し始めたが、
3)小関聡美、北上誠一、加藤登、新井健一:魚介
初期のpHには達しなかった。
類の死後硬直と鮮度(K値)の変化 東海大学
硬さは、0hから3hにかけて上昇し、最も硬く、
紀要海洋学部 第4巻 第2号 pp.3₁-₄6 その後₁₀hまで低下した。物性値は個体差が大きかっ
たので硬さや凝集性に有意差は見られず、また保存
(₂₀₀6)
4)露木英男:食品学各論 (共立出版、東京) 期間中の変化も大きくなかった。
p.₂₀₀ (₁₉₉₈)
ATP関連物質はATPの消失に伴い、うま味物質と
5)阿部宏喜:魚の科学 (朝倉書店、東京) p.₄₇
(₁₉₉₇)
されるAMPが増加していた。ATPの消失も個体差が
大きく、一個体は即殺直後にATPが消失しており、
6)坂口守彦:魚介類の含窒素低分子成分とおいし
さ 日水誌 67 pp.₇₈₇-₇₉3 (₂₀₀₁)
苦悶死が疑われた。しかしながら、核酸関連物質の
消長から算出したK値は3個体とも大きな差は見ら
7)松本美鈴:甲殻類筋肉の生化学的死後変化とあ
れず、₄₈hまでは₁₀%以下と低値であった。₄₈hから
らい調理に関する研究 東京水産大学博士学位
急激に上昇したが、₉6hにおいても₂₀%前後とK値と
論 文 食 品 生 産 学 課 程 博 士 甲 第 33 号 ― 6 ―
₁₂)笠松千夏:水産軟体動物の食味に関する研究 pp.₁₁-₁₄ (₁₉₉₁)
博士学位論文 お茶の水女子大学大学院 人間
8)阿部宏喜:魚の科学 (朝倉書店、東京)
pp.₄₅-
文化研究科人間環境学専攻 博甲第3₄₁号 ₄6 (₁₉₉₇)
pp.₄3-₅₁ (₂₀₀3)
9)藤田真夫、遠藤金次、清水亘:水産動物肉に関
する研究ⅩⅩⅩⅩⅦ クルマエビの筋肉中のエ
₁3)坂口守彦:魚介類のエキス成分 水産学シリー
キス成分の季的変化 近畿大学農学部紀要 第
ズ 72 pp.₇₉-₈₉ (株)恒星社厚生閣 東京 5号 pp.6₇-₇3 (₁₉₇₂)
(₁₉₈₈)
₁₀)坂口守彦:非タンパク態窒素化合物、魚介類の
₁₄)関伸夫:魚類の死後硬直 水産学シリーズ 86
微量成分(池田静徳編)
、恒星社厚生閣、東京 解硬に伴う筋肉の性状変化 p.36 (株)恒星社
pp.₂-3₁ (₁₉₈₁)
厚生閣 東京 (₁₉₉₁)
₁₁)田口寛、阪口宗、嶋林幸英:各種食品のキノリ
₁₅)三橋富子:魚肉物性の死後変化におよぼすコネ
ン酸、トリゴネリンおよびN´-メチルニコチン
クチン、ネブリンの役割 博士学位論文 お茶
アミドの含量ならびに加熱によるそれらのニコ
の水女子大学大学院 人間文化研究科人間環境
チン酸ニコチンアミドへの変換 ビタミン 60
学専攻 博甲第₂₈₇号 pp.63-₇₀ (₂₀₀₂)
pp.₅3₇-₅₄6 (₁₉₈6)
図1 pHの経時変化
図2 硬さの経時変化
― 7 ―
図3 凝集性の経時変化
0
3
6
10
24
48
96
Hx
0.19
0.15
0.12
0.22
0.08
0.14
0.23
IMP
0.30
0.24
0.30
0.24
0.08
0.13
0.89
HxR
0.74
0.55
0.29
0.60
0.18
0.37
1.43
AMP
5.96
6.29
4.93
9.53
3.75
5.45
3.27
ADP
0.74
0.50
0.55
1.28
0.37
0.54
0.45
ATP
0.03
0.02
0.08
0.08
0.06
0.01
0.02
AdR
0.03
0.02
0.01
0.27
0.01
0.01
0.01
合計
7.98
7.75
6.29
12.23
4.53
6.66
6.30
図4 ATP関連物質の経時変化:イセエビ A
― 8 ―
0
3
6
10
24
48
96
Hx
0.11
0.13
0.13
0.08
0.09
0.12
0.26
IMP
0.18
0.09
0.17
0.09
0.09
0.12
1.26
HxR
0.06
0.09
0.13
0.19
0.18
0.22
0.76
AMP
0.78
1.31
1.15
2.01
2.64
3.42
2.21
ADP
2.26
2.01
2.12
2.22
1.97
2.14
0.49
ATP
4.38
3.29
3.12
2.90
2.45
2.35
0.22
合計
7.77
6.93
6.81
7.50
7.42
8.38
5.20
図5 ATP関連物質の経時変化:イセエビ B
0
3
6
10
24
48
96
Hx
0.35
0.07
0.20
0.08
0.24
0.08
0.19
IMP
0.04
0.05
0.13
0.06
0.19
0.05
0.47
HxR
0.08
0.04
0.20
0.02
0.46
0.12
0.38
AMP
0.20
0.19
4.35
0.31
7.00
2.14
3.45
ADP
1.51
1.02
5.02
1.19
2.55
1.74
0.95
ATP
6.13
5.16
4.41
1.44
0.70
0.25
0.04
合計
8.30
6.52
14.31
3.09
11.14
4.38
5.48
図6 ATP関連物質の経時変化:イセエビ C
― 9 ―
0
3
6
10
24
48
96
K値:A
11.6
9.0
6.6
6.7
5.7
7.6
26.4
K値:B
2.2
3.3
3.7
3.6
3.7
4.1
19.6
K値:C
5.1
1.7
2.8
3.0
6.3
4.5
10.5
図7 K値の経時変化
― 10 ―
0
3
6
10
24
48
96
Tau
0.2
0.6
0.4
0.2
0.4
0.2
0.5
Thr
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
Ser
4.3
2.1
1.7
2.2
2.1
2.7
4.0
Glu
0.5
0.4
0.3
0.2
0.3
0.0
0.3
Gly
10.6
9.4
8.3
8.6
8.5
7.7
9.0
Ala
2.7
1.2
0.9
0.9
1.0
0.9
1.3
Cys
0.6
0.5
0.5
0.5
0.4
0.4
0.5
Val
0.9
0.7
0.6
0.6
0.6
0.5
0.5
Met
0.2
0.4
0.4
0.4
0.4
0.5
0.7
Ile
0.4
0.4
0.3
0.4
0.3
0.4
0.6
Leu
0.3
0.2
0.4
0.3
0.3
0.4
0.4
Tyr
2.6
2.3
4.9
3.7
3.0
4.2
3.8
Phe
2.9
3.7
5.8
4.2
4.0
4.0
4.4
His
10.5
11.2
9.7
10.9
11.3
10.7
16.6
Lys
2.1
6.1
5.8
12.6
13.4
12.1
10.6
Arg
4.1
6.3
5.9
6.1
7.0
5.1
8.1
42.91
45.35
45.96
51.93
53.04
49.66
61.57
合計
図8 遊離アミノ酸の経時変化
― 11 ―
グリシンベタイン
0
3
6
10
24
48
96
2.20
2.07
2.26
3.12
2.60
2.66
1.93
図9 グリシンベタインの経時変化
0
3
6
10
24
48
96
ホマリン
1.71
1.20
1.19
1.18
1.43
1.36
1.78
トリゴネリン
0.13
0.09
0.08
0.07
0.09
0.09
0.10
図10 環状ベタインの経時変化
― 12 ―
図11 SDS-ポリアクリルアミドゲルによる電気泳動パターンの経時変化
― 13 ―
⑤-A
⑤-B
⑥-A
⑥-B
⑦-A
⑦-B
⑧-A
⑧-B
Fig.2 Mitotic metaphases chromosomes of wild and breed Freshwater angelfish (Pterophyllum). ① P.
scalare (wild, Peru) ② P. scalare (wild, Surinum) ③ P. scalare (wild, Tefe) ④ P. scalare (breed, common)
⑤ P. scalare (breed, marble) ⑥ P. scalare (breed, diamond) ⑦ P. altum (wild, Negro) ⑧ P. dumerilii
(wild, Guiana). A: the metaphase of Giemsa staining; B: Ag-NORʼs. Arrows indicate the position the
Ag-NORʼs. Scale indicate in each metaphases 5μm.
― 20 ―