タングステン中でのヘリウム誘起欠陥形成機構に関する分子動力学研究

平成 25 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集
計算応用科学分野
タングステン中でのヘリウム誘起欠陥形成機構に関する分子動力学研究 学籍番号 24413569 氏名 服部 達徳 指導教員名 尾形 修司 1 タングステン中のヘリウム照射誘起欠陥形
成するメカニズムを解明するためには,その初期過
成 程であるHeバブルの形成・成長過程の解明なしでは
近年,タングステン(W)を国際熱核融合実験炉
語ることはできない.特に,Heの金属中での多様な
(ITER)で使用する際にプラズマ壁相互作用(PWI)に
挙動(図2)のうち,希ガス凝集による転位ループの
よって表面変質を受けた場合,核融合反応で生成さ
生成・放出や,成長したバブル同士の融合(バブル間
れる高エネルギー中性子によって原子空孔や自己格
相互破断)等は空間・時間両面のスケールを大きくす
子間原子といった結晶欠陥が生じ,さらに,反応に
る必要があるため,古典MDシミュレーションを用い
よって生成されるヘリウム(He)ガスが原子空孔と
て本研究を行う. 結びつくことで,Heバブルが形成されることがわか
っている[1].特筆すべきことは,さらにHeを照射し
続けると,ヒゲ状のナノ構造(ファズ構造)が自発
的に形成されることが,実験観察によって明らかに
なったことである(図1)[2].このナノ構造は核融合
炉に用いる際には克服すべき問題がいくつかあるが,
その特異な物性によって様々な産業応用の可能性が
秘められている.また,一般的なプラズマ-物質相互
作用におけるナノ物質形成は堆積形成と切削形成に
分けられるが,ファズ構造形成はHeが誘発する金属
の自発的な構造形成であり,
第3の表面形成プロセス
として期待できる. (b)
ヘリウムバブル
図2:多様な金属中のHe挙動 2 古典分子動力学(MD)法 He buble
He buble
H. Iwakiri, et al., J.Nucl.Mater.283(2000) 1134.
. Iwakiri, et al., J.Nucl.Mater.283(2000) 1134.
(d)
タングステンナノ構造
古典 MD 法は,
原子間に働くポテンシャルを簡単な
関数系で表現し,そこから原子間に働く力を求め,
系のダイナミクスをシミュレートする方法である.
当然,シミュレーションの精度は原子間ポテンシャ
ルに大きく依存する.本研究では,He イオンが照射
された W 結晶のシミュレーションを行うために,最
近開発された Ito らの W-He 系 EAM ポテンシャル[3]
Story of Fuzz on a W surface
Fuzz structure
S. Kajita, et al., J.Nucl.Mater.418(2011) 152-158.
Fuzz structure
*S. Kajita, et al., JJAP. 50 (2011) 08JG01
を採用した.このポテンシャルは以下の様な特徴を
Story of Fuzz
on a W surface
S. Kajita, et al., J.Nucl.Mater.418(2011) 152-158.
図1:タングステンナノ構造の形成過程の模式図とHe
S. Kajita, et al., JJAP. 50 (2011) 08JG01
バブル,タングステンナノ構造のSEM画像[1] バブルに由来していると思われるWナノ構造が形 持つ: ・ W 原子間は,EAM 型の電子密度に依存したような
多体の引力項と,二体の反発項からなる. ・ He-He 間もしくは,He-W 間には,He 原子の閉殻
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計算応用科学分野
間原子クラスターは,また He を引きつけ,非常に近
構造を反映し,二体の反発項のみからなる. ・ bcc 構造 W 結晶の格子定数,凝集エネルギー,
い位置に He バブルを形成する.このように,W 格子
体積弾性率が数%の精度で参照とする第一原理
間原子が He バブルの近くに留まる傾向にあるため
計算と一致する. に,He バブル同士が近くに形成され,それらの He
・ He が W 結晶へ溶融するエネルギー,および He
バブル同士が結合することで大きなサイズの He バ
と W 原子空孔との結合エネルギーが第一原理計
ブルとなりやすい. 算とよく一致する. 一方で,
ある程度大きくなった He バブルと W 格子
間原子の塊は,転位ループの放出を起こすことが確
3 シミュレーション結果 認された.
放出された転位ループも He 原子を引きつ
上記のような性質の原子間ポテンシャルを用い,
け,また新たな He バブルを形成する.これらの結果
3
一辺役 10nm の bcc 構造 W 結晶中に 1×10 appm 程度
から,He バブルは,W 格子間原子やその点にループ
の He を四面体サイトに導入し,500〜1000K の温度
を介して,自己誘導的に増殖する可能性があること
で長時間(〜10ns)のシミュレーションを行った.現
を本研究で初めて示した. 実的には,すでに存在している原子空孔などに He
がトラップする過程が He バブル形成に大きな寄与
4 まとめ をすることも考えられるが,
凝集した He が原子空孔
本シミュレーションから以下のことがわかった: 生成を促す過程を観察するために,W の完全結晶か
1.
らシミュレーションを行った.bcc 結晶の内部に形
Heは自然に凝集することによってW原子が格子
間に弾き出される. 成された欠陥のみを捉えて可視化するために,
2.
common neighbor analysis(CNA)を用いた(図 3) 弾き出されたW原子は転位ループを形成し,あ
る温度(2000K)では転位ループの放出が起きる.
3.
その結果,バブル感の相互破断が起き,Heバブ
ルは拡大する. 4.
放出された転位ループ状で新たなHeバブル生
成が起こる. このようにして,
Heバブルは自己誘導的に増殖する.
5 参考文献 [1] M. Tokitani and Y. Ueda, J. Plasma Fusion Res., 8 7, 9, 591-599 (2011) . [2] S. Kajita, W. Sakaguchi, N. Ohno, N. Yoshida and T. Saeki, Nucl. Fusion, 49, 095005 (2009) . [3] ‘Molecular Dynamics Simulation of Helium Bubble 図3:Heバブルのスナップショット.凝集したヘリウ
Bursting on Tungsten Surfaces', A. M. Ito, Y. Yoshimoto, ムによってW原子が格子間に弾き出されている. S. Saito, A. Takayama and H. Nakamura, Physica Scripta, 2000K でシミュレーションを行った際,初期段階
では,少数の He が集合と離散を繰り返していたが,
ある個数を越して凝集したHeはW原子を結晶位置か
ら弾き出し,
原子空孔と He クラスターの複合体を形
成した.一度形成されたこの複合体は,He をつよく
ひきつけるために急速に拡大化し,その周辺に W 原
子の格子間原子のクラスターを形成した.その格子
in press.