June 2014 - ILSI Japan

ERAプロジェクト調査報告
June 2014
バイオテクノロジー研究部会
特定非営利活動法人
国際生命科学研究機構
International Life Sciences Institute Japan
International Life Sciences Institute, ILSI は、1978年にアメリカで設立された非営利の
団体です。
ILSI は、科学的な視点で、健康・栄養・安全・環境に関わる問題の解決および正しい理
解を目指すとともに、今後発生する恐れのある問題を事前に予測して対応していくな
ど、活発な活動を行っています。現在、世界中の400社以上の企業が会員となって、そ
の活動を支えています。
多くの人々にとって重大な関心事であるこれらの問題の解決には、しっかりとした科学
的アプローチが不可欠です。ILSI はこれらに関連する科学研究を行い、あるいは支援
し、その成果を会合や出版物を通じて公表しています。そしてその活動の内容は世界の
各方面から高く評価されています。
また、ILSI は、非政府機関(NGO)の一つとして、世界保健機関(WHO)とも密接な
関係にあり、国連食糧農業機関(FAO)に対しては特別アドバイザーの立場にありま
す。アメリカ、ヨーロッパをはじめ各国で、国際協調を目指した政策を決定する際に
は、科学的データの提供者としても国際的に高い信頼を得ています。
特定非営利活動法人国際生命科学研究機構(ILSI Japan)は、ILSI の日本支部として
1981年に設立されました。ILSI の一員として世界的な活動の一翼を担うとともに、日本
独自の問題にも積極的に取り組んでいます。
まえがき
2014. 6
バイオテクノロジー研究部会
2014年の調査報告書第 3 号(通算第16号)になります。
本号の第 1 報では、GM 作物の商業栽培化から15年の間に発表された査読文献155編に基づき GM
作物の生物多様性に及ぼす影響に関するレビューを行った興味深い報告を紹介しております。ま
た、近年懸念が高まる気候変動に関連するトピックスとして、GM トウモロコシの気候変動時にお
ける減収リスクの低減効果や、森林伐採に伴う炭素放出量の現状に関する報告が掲載されています。
さらに、バレイショ・バナナ・サトウキビといった商業化が期待される新たな GM 作物の開発や
コムギのジーンフロー等、遺伝子組換え植物に関する多様な情報をお送りいたします。
ii
目次
No.151 GM 作物の生物多様性に及ぼす影響
Impact of GM crops on biodiversity…………………………………………………………… 1
No.152 市場化された遺伝子組換え特性及びトウモロコシの生産性と減収リスク
Commercialized transgenic traits, maize productivity and yield risk …………………… 2
No.153 アルゼンチンにおける PVY 抵抗性組換えバレイショ(品種 Spunta)
に関する圃場試験、ジーンフロー評価、及び市場化前評価研究
Field testing, gene flow assessment and pre-commercial studies on
transgenic
spp.
(cv. Spunta)selected for
PVY resistance in Argentina ………………………………………………………………… 3
No.154 OV14株の利用による疫病感染抵抗性バレイショ
(
)の作出
Production of
utilizing
-resistant potato(
)
OV14 ……………………………………………………………… 4
No.155 熱帯地域における森林破壊による炭素放出に関する基準値の提供
Baseline map of carbon emissions from deforestation in tropical regions ……………… 5
No.156 熱帯森林伐採に起因する炭素放出量
Carbon from tropical deforestation …………………………………………………………… 6
No.157 気候温暖化緩和のための目標値達成の困難性
The closing door of climate targets …………………………………………………………… 7
No.158 遺伝子の発現による組換えバナナにおける Xanthomonus 萎凋病抵抗性の増強
Transgenic banana expressing
gene confers enhanced resistance to
Xanthomonus wilt disease ……………………………………………………………………… 8
No.159 改変 Cry1Ac を高発現する組換えサトウキビによる圃場のメイチュウの
効果的抑制
Transgenic sugarcane plants expressing high levels of modified
provide effective control against stem borers in field trials ……………………………… 9
No.160 スペイン半乾燥圃場におけるコムギ(
L.)の花粉媒介による
ジーンフロー
Pollen-mediated gene flow in wheat(
L.)in a semiarid field
environment in Spain …………………………………………………………………………… 10
iii
No.151
GM 作物の生物多様性に及ぼす影響
Impact of GM crops on biodiversity
Carpenter JE
GM Crops 2(1):7-23, 2011
著名な米国の ERA 専門家が近年15年間の査読文献155編に基づいて、作物・圃場・景観のレベル
で、GM 作物の生物多様性に及ぼす影響に関するレビューを行った。作物レベル:GM 作物の導入
による作物の遺伝的多様性への影響に関する研究報告は少ない( 3 編)。いずれの報告も特に大き
な影響を認めていない。今後、オーファン作物(特定の地域で消費され、国際取引上重要でない作
物)GM 品種作出に伴う多様性の増加を予想している。ほ場レベル:( 1 )非標的土壌生物:既報
総説(Icoz & Stotzky(2008)
;70編)で、トビムシ、ダニ、ミミズ、線虫、カタツムリ、土壌微生
物などに対する
作物による負の影響は無あるいは極少と結論されている。それ以降に発表され
た文献10編も本結論を否定しない。( 2 )雑草群落:除草剤耐性 GM 作物(HT 作物)は農地雑草
抑制効果を示した。雑草群落は、HT 作物・除草剤・中耕作業などにより変化した。一方、除草剤
耐性雑草の発生が報告されている(21例)。景観レベル:( 1 )土地利用:GM 作物の導入により、
12カ国169例中、124例で増加(途上国で増加量が顕著)、32例で増減なし、13例で減少が報告され
ている。また、増収による農業用地の相対的土地占有比率の縮小効果が認められる。( 2 )広域的
標的病害虫:
トウモロコシ、
ワタによる対象害虫の広域的抑制効果が報告されている(米
国、中国)。( 3 )非標的地上部生物:
作物の非標的地上部生物に対する影響については非常に多
くの研究報告が存在する。Marvier らはこれらの研究をまとめたデータベースを公開しており、本
総説発行時点で、実験室試験17カ国135件、圃場試験13カ国63件のデータが掲載される。本総説で
は更に新たな文献22編をレビューしている。以上の結果、クサカゲロウ、テントウムシ、オサム
シ、その他のチョウ目及び甲虫類、ミツバチ、捕食虫、被食虫などに対する直接的な負の影響の報
告はない。一方 HT 作物の導入は、不耕起栽培などの土地保全管理技術の広範囲な普及をもたらし
ている(米国・アルゼンチン)。総括:土壌保全管理技術の推進、農薬使用量の減少、環境保全的
除草剤使用、収量増による農地占有率の縮小、などにより、GM 作物は農業の生物多様性に対する
影響を低減させていると結論される。(註:本レビューは2010年の EC 報告(調査報告 No. 1 )とと
もに、GM 作物の相対的安全性を立証する包括的文献であり、とくに全体にわたり査読文献を根拠
としていることが評価される)。
1
No.152
市場化された遺伝子組換え特性及びトウモロコシの生産性と減収リスク
Commercialized transgenic traits, maize productivity
and yield risk
Shi G,
Nature Biotechnology Vol.31 No.2, 111-114, 2013
米国ウィスコンシン大学の研究グループによるデータ解析である。1990∼2010年の同大学圃場に
おけるトウモロコシ4,748雑種<ハイブリッド種>(慣行 2,653雑種、GM 2,095雑種)を用い、
31,799例の試験データを解析した。導入特性は、European Corn Borer 抵抗性(ECB)、Corn Root
Worm 抵抗性(CRW)、グリホサート耐性(GT)、グルホシネート耐性(GFT)の 4 種類である。
( 1 )生産性増加:平均収量は GM 雑種が慣行雑種より、平均で 1.81ブッシェル / エーカー増加し
ていた。単一特性による増収(ブッシェル / エーカー)は、ECB:+ 6.54、GFT:+ 5.76、GT:
- 5.98、CRW:- 12.22;スタックでは ECB-GT:3.47、ECB-GFT:+ 3.13、ECB-CRW-GT:- 1.57等
であった。全般的に ECB 抵抗性による増収効果が顕著であり、それ以外の特性による増収効果は
明瞭ではなかった。( 2 )スタック雑種における特性間の交互作用: 1 )正の有意な交互作用:
ECB-CRW、 2 )負の有意な交互作用:ECB-GT、ECB-GFT、ECB-GT-GFT、ECB-GT-CRWGFT。( 3 )収量分布の統計分析: 1 )分散:GM 雑種、とくにスタック雑種は慣行雑種より分散
が小さく、減収リスクの減少が顕著であった。これは不安定気候による収量変動を減少させる効果
があると考えられる。市場化期間の延長に伴う分散は、GT は減少し、ECB は増大した。 2 )歪
度:慣行雑種は収量分布が左方へ移行しており、減収傾向及び減収リスクの増加を示した。 3 )尖
度:GM 雑種は慣行雑種よりも小さく、収量の安定に寄与することを示した。( 4 )総括:以上か
ら、GM 雑種は農家の環境リスクによる減収に対応する能力を向上させていると考えられる。この
ことは気候変動下における作物生産の不安定性の懸念の軽減に関して重要な意義を有すると考えら
れる。(註:雑草害・害虫害が大幅に異なるような他地域では、本報告とは多少異なる結果となる
可能性がある)。
2
No.153
アルゼンチンにおける PVY 抵抗性組換えバレイショ(品種 Spunta)に
関する圃場試験、ジーンフロー評価、及び市場化前評価研究
Field testing, gene flow assessment and pre-commercial
studies on transgenic
spp.
(cv.
Spunta)selected for PVY resistance in Argentina
Bravo‒Almonacid F,
.
Transgenic Res. 21:967-982, 2012
アルゼンチンの研究所・大学の研究チームによる原著論文である。バレイショは世界で第 4 番目
の重要食用作物で、アルゼンチンでも主食作物として年間200∼250万トン生産される。品種
Spunta はアフリカ・南米の亜熱帯地方で広く栽培される品種で、アルゼンチンにおいて最重要品
種(占有率60%)である。しかし、Spunta はバレイショY ウィルス病(PVY)の罹病による減収が
大きく、また PVY は種イモにも伝染するが、慣行育種による対策は効果が低かった。そこで著者
らはバイテク手法による PVY 抵抗性バレイショの作出を推進し、次の結果を得た。( 1 )抵抗性系
統の作出:PVY ウィルスの外被タンパク質遺伝子を、アグロバクテリウム法により Spunta に導入
し、実験室及び圃場( 9 ヶ所 3 年間)の選抜を経て、最終的に 2 系統(SY230及び SY233)の抵抗
性系統を選抜した。圃場選抜試験における PVY 罹患率は、SY230は 0 /154個体、SY233は 1 /441個
体中であった。( 2 )農業形質:アルゼンチン国内 9 ヶ所 2 年間の現地試験において、植物体(サ
イズ、花成、茎基部のアントシアン蓄積等)や塊茎(形、サイズ、色等)に違いはなかった。ま
た、収量性や塊茎サイズ、ウイルス罹患性等の主要農業形質においても対照非組換え体との有意差
は検出されなかった。塊茎の成分(タンパク質含量、18種のアミノ酸組成、比重、デンプン含有
率、乾物重量等)にも対照非組換え体との有意差は検出されなかった。また毒素成分であるグリコ
アルカロイド含量にも有意差は検出されなかった。( 3 )遺伝子伝播:アルゼンチンに存在する近
縁野生種
に対する自然条件下でのジーンフローは検出されなかった。( 4 )総括:以
上から、作出された SY230系統及び SY233系統は PVY に対する十分な抵抗性を有し、塊茎成分も
対照と実質的同等であり、また近縁野生種へのジーンフローの可能性も極めて低いと結論される
(註:これら系統の2013年における市場化が期待されている[ISAAA Brief 2012(調査報告
No.100)])
3
No.154
(
Production of
(
OV14株の利用による疫病感染抵抗性バレイショ
)の作出
-resistant potato
OV14
)utilizing
Wendt T,
Transgenic Res.21:567-578, 2012
アイルランドの研究グループが、従来のアグロバクテリウム(
)の媒
介による組換え手法(ATMT)に代わる新しい組換え手法を開発し、これにより疫病(late blight)
抵抗性組換えバレイショの作出を試み、次の結果を得た。( 1 )ATMT に匹敵する組換え能力を有
する細菌の選抜:商業栽培バレイショ及び西洋ナタネの根圏から単離した751株の細菌について、
生存能力、内生的抗生物質抵抗性、プラスミドの取り込み、標準培地上での生存能力、シロイヌナ
ズナへの組換え率などを指標とした選抜を行い、最終的に
(2)
OV14株を選出した。
OV14株の媒介による組換え手法(EMT)によるバレイショの組換え:ハイグ
ロマイシン高濃度及び低濃度条件下で EMT と ATMT を比較した結果、カルス形成率には有意差
はなく、シュート形成率は低選択圧(25µg/mL hygromycin B)では有意差はないが、高選択圧
(50µL/mL)では EMT が有意に低かった。
遺伝子及び
遺伝子の安定的発現が分子
レベルで確認された。( 3 )疫病抵抗性組換えバレイショの作出:バレイショ近縁野生種
由来の疫病抵抗性遺伝子
し、
、
、
、
を EMT 手法によりバレイショ品種 Maris Peer に導入
の 4 遺伝子を保有する10系統を選出した。接種試験における導入
RB 遺伝子の発現は、接種後 1 日後で感染前の 2.19倍、 5 日後で 2.39倍であった。目視観察でも、
EMT 区は ATMT 区と同程度の健全葉であった。( 4 )総括:以上から 1 )EMT が従来の ATMT
に代替しうる新しい組換え手法である、 2 )EMT は疫病抵抗性組換えバレイショ作出の新手法で
ある、と結論される。他のバレイショ品種に対する有効性の確認は今後の問題点である。(註:バ
レイショ疫病大飢饉(1847年)のアイルランドからの報告で注目されるが、なお、あと数年次・地
域及び農業形質の評価などが必要と思われる。)
4
No.155
熱帯地域における森林破壊による炭素放出に関する基準値の提供
Baseline map of carbon emissions from deforestation in tropical
regions
Harris NL,
.
Science Vol.336 no.6088, 1573-1576, 2012
米国の民間・大学及び世界銀行の研究グループによる報告である。地球の炭素循環に関して、化
石燃料からの炭素放出に比べて、土地利用の変化に伴う炭素放出については不明確である。著者ら
は、多重解像度リモートセンシングデータに基づいて、森林被覆面積の減少及び森林蓄積炭素量
(地上及び地下)を推定し、2000∼2005年における熱帯森林地域からの炭素放出量を算出した。対
象はラテンアメリカ、南・南東アジア、サブサハリアフリカの 3 地域、75の途上国である。その結
果、森林被覆の減少による炭素総放出量は 0.81Pg/ 年(Pg:petagram, peta は1015)と推定され、
これは人間活動による炭素総放出量の 7 ∼14%に相当する。割合は、ラテンアメリカ54%、南・南
東アジア32%、サブサハリアフリカ14%である。森林面積はブラジル、コンゴ、インドネシアが多
く、森林被覆面積の減少はブラジル、アルゼンチン、インドネシア(スマトラ・カリマンタン)、
マレーシア(サラワク)が大であった。炭素蓄積密度は湿潤アジアで多く、乾燥アフリカで少な
かった。以上を総合して、ブラジル及びインドネシアの 2 ヶ国で、炭素総放出量の55% を占めてい
ることがわかった。総放出量 0.81Pg/ 年は従来の他の推定値の25∼50%の値である。この差は、従
来の非観測、未確認統計、観念的仮定の手法に比べて、本報告におけるサテライトデータの活用、
被覆喪失面積と炭素蓄積面積との対合などによる精度向上が関係していると考えられる。本報告
は、森林破壊による炭素放出の減少を推進する基準値を与えるものと考えられる。(註:ノル
ウェー政府は、世銀資金によるブラジル及びインドネシアにおける炭素放出減少プロジェクトを提
言している)。
5
No.156
熱帯森林伐採に起因する炭素放出量
Carbon from tropical deforestation
Zarin DJ
Science Vol.336 no.6088, 1518-1519, 2012
米国の気候・国土利用の専門家による論述である。熱帯森林からの炭素放出量は、従来の国別の
調査値から、近年は衛星データへの依存を深めている。2007年に気候変動に関する政府間パネル
(IPCC)は各国からの報告(手法・精度に精粗あり)に基づいて、1990年代の熱帯地域の土地利
用の変化による炭素純(net)放出量推定値を、 1.6 ± 0.6PgC(1015グラム炭素)/ 年とし、人間活
動による総排出炭素量の20% に相当するとした。近年、衛星データに地上調査値を加味した、熱帯
森林炭素蓄積量を、Saatchi ら(2011年)は247PgC とし、Baccini ら(2012年)は、228.7PgC と
し、た。さらに後者は、2000∼2010年の炭素純放出量を 1.0PgC/ 年と推定した。Harris ら(2012
年、調査報告 No.155)は、精密な衛星データ(炭素蓄積量、森林伐採の地域・程度など)に基づい
て2000∼2005年の炭素総放出量(森林消失総面積×同面積中の総炭素蓄積量)を 0.81PgC/ 年と推
定した。これに対応する Baccini らの推定値は 2.22PgC/ 年であった。両者とも顕著な放出源である
熱帯泥炭地は対象外とし、また森林炭素蓄積量推定値にも大差なかったが、炭素総放出量には
1.41PgC/ 年の大差があった。地球平均気温上昇を 2 ℃以下に維持するための、2020年における地
球からの炭素総放出量の限界は、 3.3PgC/ 年とされており、困難ではあるが不可能ではないと思わ
れる。このためには上述の大差の原因が検証され、正しい推定値に基づく公正な政治的対応策がと
られることが望まれる。一方、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)は途上国に対し、またノル
ウェー政府はブラジル及びインドネシアに対し、炭素放出量減少計画を実施中である。Harris らの
研究は、種々の推定値の整合性を実証するのに有効と思われる。2000∼2005年と一貫性がある手法
により、2005年以降の熱帯森林炭素放出量の客観的な数値化とその利用が望まれるところである。
6
No.157
気候温暖化緩和のための目標値達成の困難性
The closing door of climate targets
Stocker TF
Science Vol.339 no.617, 280-282, 2013
スイス・ベルン大学研究者の短報である。気候と炭素サイクルに関する多くのモデルは、産業革
命以降の地球温暖化が人間活動による総炭素放出量と直線的な関係にあることを示している。この
直線的関係は、国際的に合意された世界気候目標の達成の可否を示唆している。著者は最高上昇温
度と累積炭素放出量をさらに検討した。多数のシミュレーション・モデルに基づくと、最高上昇温
度ΔT と累積炭素放出量 C∞とは、定数βを介在して直線的関係にある。βは反応係数で、βは
1TtC(=1018グラム炭素)当たり 1.3 ℃∼ 3.9 ℃と推定されている。定数βの下、ΔT は次の 3 つの
変数によって決定される:現在の炭素増加率(C0 )、地球的緩和計画(GMS)の開始時期(t1 )、
GMS による炭素放出削減率(C1 )。このうち C0 は定数で、後 2 者は政治的課題である。GMS の遅
延はΔT の急増を招き、また同じ GMS 開始時期でもΔT の低下のためには放出量の大幅な削減が
要求される。例えば、温度上昇を 2 ℃以下にするためには、2020年以降の放出削減率を年間 3.2 %
以下とする必要があり、もし GMS が2032年まで遅延すれば 2 倍の放出削減率が要求される。現在
の放出量が続けば、ΔT の目標値 1.5 ℃は2028年で、 2 ℃は2044年で、それぞれ達成不可能とな
る。現在の経済発展を維持するためには、炭素放出削減率の上限は 5 % とされており、 1.5 ℃の目
標値は2012年既に達成不可能な目標となっており、さらに、 2 ℃、 2.5 ℃の目標値はそれぞれ2027
年、2040年以降に達成不可能となる。温暖化の原因となる炭素放出が続き、また対策の遅延・不徹
底が続けば、地球温暖化防止への道は永久に閉ざされることになる。(注:農薬散布作業減少およ
び耕地保全耕作増加による GM 作物の CO2 削減積算量は、自動車 1,000万台削減に相当すると推計
されている[ISAAA2013])
7
No.158
遺伝子の発現による組換えバナナにおける Xanthomonus 萎凋病
抵抗性の増強
Transgenic banana expressing
gene confers enhanced
resistance to Xanthomonus wilt disease
Namukwaya B,
.
Transgenic Res.21:855-865, 2012
国際農業研究協議グループ(CGIAR)の 1 機関である国際熱帯農業研究所(IITA、在ナイジュ
リア)、ウガンダ国研、大学の研究チームによる原著論文である。バナナは熱帯・亜熱帯の120ヶ国
以上で栽培される重要食用作物である。特にウガンダは世界第 2 位のバナナ生産国であり、摂取カ
ロリーの30∼60%をバナナから摂取している。一方、バナナはバナナキサントモナス萎凋病
(BXW)による被害が甚大であるが、有効な対策はなかった。そこで著者らはスイート・ペッ
パー由来の ferredoxin 様タンパク質(
)遺伝子を栽培品種 Sukali Ndiizi 及び Nakinyika にアグ
ロバクテリウム法により導入し、次の結果を得た。( 1 )実験室試験:分子的手法により
遺伝
子及びタンパク質の存在が確認された12系統の幼植物に対し、病原キサントモナス液による急速判
定法により、病斑が皆無であった 8 系統を選出した。( 2 )網室試験:生育 3 か月のポット栽培個
体に対し、人工接種試験を行った。抵抗性 8 系統は接種後60日でも病斑が出現しなかったが、対照
は38日後に枯死した。これら 8 系統の表現型は対照と差異がなく、 9 か月で正常に開花・結実し
た。( 3 )考察:PFLP タンパク質は Ferredoxin-I(Fd-I)(鉄原子と無機硫化物により構成される
タンパク質)の一種である。Fd-I は、緑色植物に広く分布するタンパク質で、光合成、硝酸還
元、脂質合成などの重要な代謝に関与している。
による細菌病抵抗性組換え植物が、すでにタ
バコ、トマト、イネ、ランなどで作出されており、本報告はこれらの結果と一致する。( 4 )総
括:以上から、
遺伝子発現による組換えバナナは、BXW に対する抵抗性を増強すると結論さ
れる。本手法によりバナナの他の細菌病に対する抵抗性バナナの作出の可能性も考えられる。
(注:本報告は、代謝系関与遺伝子の発現による細菌病抵抗性 GM 作物作出の一例である。
)
8
No.159
改変 Cry1Ac を高発現する組換えサトウキビによる圃場のメイチュウの
効果的抑制
Transgenic sugarcane plants expressing high levels of modified
provide effective control against stem borers in field
trials
Weng L-X
.
Transgenic Res.20:759-772, 2011
シンガポール及び中国の研究チームによる原著論文である。サトウキビは熱帯・亜熱帯に広く栽
培され。世界で生産されるの砂糖の 2 / 3 の原料として、食用およびエネルギー資源として重要作
物である。一方、最大の減収原因であるメイチュウ被害も著しく、全世界で10%、中国で 7 % の減
収となっているが、慣行育種での効果的対策は確立されていない。このため著者らは遺伝子操作に
よるメイチュウ抵抗性サトウキビの作出を試み、次の結果を得た。( 1 )改変
遺伝子の設
計と合成:メイチュウ殺虫性を強化するためにコドン中の GC 比率を、野生型(37.4 %)から部分
的に変更(47.5 %)した -
、全面的に変更(58.4 %)した
換えサトウキビの作出: -
及び
-
-
を合成した。( 2 )組
発現コンストラクトをパーティクルガン法によ
り慣行品種 ROC16および YT79-177に導入した。分子的手法により Cry1Ac タンパク質の発現量を
調査したところ
-
-
導入系統の方が -
導入系統よりも有意に高かった。最終的に
導入系統発現17個体(ROC16:8 系統、YT79-177:9 系統)を選出した。( 3 )温室試
験: 6 か月ポット生育個体に 3 ∼ 4 齢のメイチュウを放飼し、 7 日後の食害状況による生物検定を
行った。供試13系統中 7 系統は強、 5 系統は中、 1 系統は弱程度の抵抗性を示した。Cry1Ac タン
パク質発現量と抵抗性との間に明瞭な正の相関関係が認識された。( 4 )圃場試験:広東省農業試
験圃場で、自然条件下の抵抗性を検定し、供試12系統中メイチュウ食害皆無の抵抗性 8 系統を選出
した(温室試験と同様な結果)。抵抗性個体ではメイチュウは葉鞘で死亡し、外側の茎には到達し
ていなかった。一方、対照非組換え品種は激しい食害をうけていた。( 5 )農業形質:圃場試験供
試個体について、稈長、稈径、稈重、などの農業形質及び汁液糖含量、Brix(糖固形成分)などの
農業形質を調査した。抵抗性系統はこれらの形質において、通常生育の対照と差異はなかった。
( 6 )総括:以上から、遺伝子操作により抵抗性タンパク質を増強する手法は、サトウキビの害虫
(メイチュウ)を効果的に抑制する可能性を示すと結論された。
9
No.160
スペイン半乾燥圃場におけるコムギ(
媒介によるジーンフロー
Pollen-mediated gene flow in wheat(
semiarid field environment in Spain
Loureiro I
L.)の花粉
L.)in a
.
Transgenic Res 21:1329-1339, 2012
スペインの国研研究グループによる原著論文である。コムギは自殖性作物であるが、低頻度で種
内品種交雑が発生する。GM コムギはまだ商業化されていないが、研究例は多い(除草剤耐性、フ
ザリウム抵抗性、耐乾性など)。GM コムギから非組換えコムギへのジーンフローは、欧州におけ
る共存政策あるいは閾値 0.9 % の維持の観点から重要である。そこで著者らはスペイン半乾燥地帯
の 2 地点(La Canaleja 及び El Encin)でそれぞれ 2 及び 3 シーズン圃場試験を行った。花粉源は
非組換えの除草剤クロロトルロン耐性品種(GM コムギの供試は不許可、試験地ごとに異なる耐性
品種を使用)(50m×50m)を用い、 4 方角(北西、北東、南東、南西)の 0 、 1 、 3 、 5 、10、
20、40、80、100m の距離に、クロロトルロン感受性 3 品種( 1 m× 1 m)を受粉区として配置し
て、後代種子のクロロトルロン耐性の評価により交雑率評価し、次の結果を得た。( 1 )交雑率:
1 )La Canaleja:距離 0 m における全試験期間、全方向の交雑率全平均値は 0.029%( 0 ∼ 0.08%)
で、シーズン間、方角間で有意差はなかった。一方、受粉 3 品種中 1 品種の交雑率が有意に高かっ
た。 2 )El Encin: 0.337%( 0 ∼ 0.94%)
、干ばつ被害が大きかった 2 シーズンと平常気候の 1 シー
ズンで有意に違った(干ばつシーズンで低い)。方角での有意差は無い。El Encin での交雑率は La
Canaleia よりも有意に高く、花粉源品種の違いによるものと考察している。( 2 )隔離距離の推
定:すべての区において、距離の増加につれて交雑率は急激に低下し、既往結果と一致した。回帰
式より算出した交雑率半減及び95% 減の距離は、La Canaleja で 2.9 m 及び19.6 m、El Encin で
2.2 m 及び14.4 m であった。( 3 )総括:本報告は欧州半乾燥地帯におけるコムギ交雑率に関する
最初の圃場試験結果である。この結果により、距離 0 m における交雑率(平均交雑率は 0.029% お
よび 0.337%)は、EU 閾値 0.9 % 以下であることが実証された。
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ERA プロジェクト調査報告
2014年 6 月 印刷発行
特定非営利活動法人
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