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日心第70回大会(2006)
文章文脈が誤字の見落としに与える影響
○浅野倫子・横澤一彦
(東京大学大学院人文社会系研究科)
Key words: 読み、単語認知、文脈
目 的
私たちはなぜ、文章中の誤字をよく見落としてしまうのだ
ろうか。本研究では、文脈が誤字の知覚レベルを低めるとい
う仮説を、文章中の誤字の再認実験によって検証した。
文は複数の単語によって構成される。従って、個々の単語
の処理によって文の意味が理解される。しかし同時に、効率
的に文を処理するために、文脈から単語を予測しながら読ん
でいる。Potter らは一連の研究で、文脈が単語の知覚に影響
することを示した[1][2]。これらを踏まえると、誤字は文脈か
ら予測された単語と異なるので、知覚レベルが低く、見落と
され易いと推測される。本研究では誤字の有無を操作した文
を短時間提示し、誤字部分の単語再認課題を行った。
方 法
被験者 日本語を母語とする成人 14 名。
刺激 刺激文として日本語の短文(12~14 文字)を用いた。各
刺激文中には、単語再認課題の対象となる漢字二字熟語(タ
ーゲット語)が 1 単語含まれていた。刺激文は以下の 3 条件
(各 60 文)であった。(1)誤字あり文条件:ターゲット語が誤
字である条件(例「生徒たちが胃炎を斉唱した。」、下線部が
ターゲット語) (2)誤字なし文条件:誤字あり文条件と同じ
文のターゲット語を、正字に置き換えた条件(例「生徒たち
が民謡を斉唱した。」) (3)filler 文条件:誤字あり条件や誤字
なし条件とは全く異なる正文の条件であり、全試行中の誤字
あり文条件の割合を少なくし、実験の意図を被験者に悟られ
にくくするために加えられた。filler 文は漢字二字熟語を 1 語
以上(他 2 条件と同程度)含み、そのうちの 1 語をターゲッ
ト語とした(例「雷の影響で停電が起こった。」)。文中でのタ
ーゲット語の位置は文頭、中間、後部の 3 条件とした。
再認課題では、各文条件の半数ずつを占める Yes 試行では
ターゲット語が再認単語として提示された。残りの半数の No
試行では非出現の単語が提示された。誤字あり文条件では、
ターゲット語の誤字の代わりに文脈に合致する単語が(例:
「生徒たちが胃炎を斉唱した。」→“民謡”)、誤字なし文条件、
Filler 文条件では逆に、文脈に合致しない単語が提示された
(例:
「生徒たちが民謡を斉唱した。
」→“胃炎”
、
「雷の影響で
停電が起こった。」→“唐突”)。No 試行の再認単語は、ター
ゲット語と音韻、形態、意味的に非類似のものを使用した。
実験手続き 実験は 180 試行より構成され、各条件が同数ず
つ、ランダムな順で出現した。文刺激は PC 画面中央に横書
きで、水平方向に視角約 10 度の範囲に提示された。
1 試行の流れは次の通りであった。
最初に注視点が 500ms、
続いて刺激文が短時間(200ms)提示された。その直後に、
同位置にマスクが 1000ms 提示された。次に再認課題として、
漢字二字熟語 1 単語を提示し、その単語が刺激文中に存在し
たか否かの判断を求めた。再認課題への回答後、刺激文の内
容理解テストを行った(2 肢強制選択式)。これは刺激文が誤
字あり文の場合でも回答可能なように作られていた。
結 果
再認課題と内容理解テストの正答率について、文の種類×
ターゲット語位置の 2 要因分散分析および下位検定(Tukey
HSD 法)を行った。
再認課題 正答率を図 1 に示す。No 試行では、文の種類の主
効果、ターゲット語位置の主効果、およびそれらの交互作用
がみられた[F(2, 26) = 39.95, p < .01; F(2, 26) = 11.93, p < .01;
F(4, 52) = 9.49, p < .01]。これらの結果は、誤字あり文条件で
は誤字なし文および Filler 文条件よりも再認成績が低く、ま
た、誤字あり文条件の後部にターゲット語があるときに特に
成績が悪化することを示すものであった。
Yes 試行では、文の種類の主効果、ターゲット語位置の主
効果、およびそれらの交互作用がみられた[F(2, 26) = 55.16, p
< .01; F(2, 26) = 17.72, p < .01; F(4, 52) = 2.69, p < .05]。これら
は No 試行と同様に誤字あり文条件では他の 2 つの文条件よ
りも再認成績が低いことを示す結果であった。また、全ての
文条件においてターゲット語が文の中間部にあるときは成績
が良く、後部にあるときは悪化すること、誤字あり文条件で
はさらに文頭-後部条件間でも成績差があることが示された。
内容理解テスト No 試行で文の種類の主効果が見られ [F(2,
26) = 7.12, p < .01]、誤字あり文より Filler 文条件のほうが正答
率が高いことが示された。Yes 試行では一切の効果が有意で
はなかった。いずれの文条件でも正答率は 0.8~0.9 であり、
基本的に被験者は文章の内容理解が出来ていたと考えられる。
図 1 単語再認課題における正答率
考 察
再認課題の結果より、誤字は正字に比べて再認成績が低い
ことが示された。また短時間提示下では読みにくく、文脈か
らの単語の予測が特に必要と推測される文の後部では、誤字
の再認成績が一層悪化した。これらの結果は、文章の読みに
おいては文脈が単語の知覚に影響し、文脈からの予測に合致
しない単語である誤字は知覚されにくいことを示唆する。内
容理解テストの結果は全体的に好成績であることから、被験
者は文の内容を理解しながら読んでおり、誤字が存在する場
合でもその影響は弱く、周囲の文脈から内容理解を行ってい
ると考えられる。このように、日常における内容を理解しな
がらの文章の読みでは、文脈の影響によって誤字が「見えに
くい」ために、誤字を見落としがちになるものと推測される。
引用文献
[1] Potter, M. C., Moryadas, A., Abrams, I., & Noel, A. (1993).
Word perception and misperception in context. Journal of
Experimental psychology: LMC, 19, 3-22.
[2] Potter, M. C., Stiefbold, D., Moryadas, A. (1998) Word
selection in reading sentences: preceding versus following
contexts. Journal of Experimental Psychology: LMC, 24, 68-100.
(ASANO Michiko, YOKOSAWA Kazuhiko)