免疫寛容成立における分子制御機構の解明

 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
79. 免疫寛容成立における分子制御機構の解明
近藤 元就
東邦大学 医学部 医学科 免疫学講座
Key words:免疫寛容,自己免疫
緒 言
自己,非自己の認識は免疫の根幹をなす.非自己と認識される病原微生物,あるいはがん細胞は免疫反応により排除
される.他方,自己に対しては免疫反応が起こらず,いわゆる免疫寛容となっている.免疫寛容の破綻は自己免疫疾患
発症へとつながる.従って,免疫寛容成立機序の解明は,免疫学の理解を深めるのみならず,臨床の場において,自己
免疫疾患発症機構の解明,あるいは自己免疫疾患の診断,治療へと結びつく,極めて重要な課題である.免疫学の理解
は分子生物学的手法の導入により急速に深まった.しかし,免疫寛容成立に必要な遺伝子群の発現制御機構の理解は未
だ十分とは言えない.我々はこれまでに,染色体構造を調節する因子として遺伝子発現制御をグローバルに行う核タン
パク,Special AT-rich sequence binding protein-1 (SATB1) 欠損マウスに自己免疫疾患が発症することを見出した.
このことは SATB1 が T 細胞の免疫寛容成立に不可欠な遺伝子群の発現調節を行っていることを示唆している.この
知見を踏まえ,今回我々は SATB1 遺伝子欠損により,なぜ免疫寛容の破綻が生じるのかを検討した.
方 法
SATB1 遺伝子 exons 3-5 を loxP ではさんだマウスを血球特異的 Vav-Cre または T 細胞特異的 lck-Cre マウスと交
配し,全ての血球細胞中 (Vav-Cre-SATB1fl/fl ),または T 細胞中 (lck-Cre-SATB1fl/fl ) の SATB1 を特異的に除いたマウ
スを作製した.この両者間の表現型には差異は認められず,T 細胞は両者共に野生型に比べ 20-40%減少していた.従
って,本研究では Vav-Cre-SATB1fl/fl を主として用いた.12-16 週齢のマウス胸腺,脾臓より細胞を調製,蛍光抗体で
染色後,解析,cell sorting を行った.naive T 細胞からの effector T 細胞の誘導は抗 CD3,抗 CD28 抗体刺激後に種
々のサイトカイン存在下で T 細胞を培養することにより行った.得られた effector T 細胞の細胞内サイトカイン,及
び Foxp3 の発現は FACS で調べた.SATB1 の発現は野生型マウスより単離した種々の細胞群,あるいは TCR 刺激後
T 細胞より精製した RNA を用いて,quantitative RT-PCR 法により調べた.
結 果
SATB1 の発現は,骨髄中の Flt3-c-Kit+Sca-1+Lin- long-term hematopoietic stem cell (HSC) ではほとんど認められ
なかった.Short-term HSC より SATB1 の発現が見られるようになり,common lymphoid progenitor (CLP) まで,成
熟度が上がるに伴い,SATB1 の発現亢進が見られた (data not shown).胸腺内に細胞が移行した CD4-CD8- double
negative (DN) 細胞期でも,成熟に伴い SATB1 の発現は徐々に高まっていた.そして,CD4+CD8+ double positive (DP)
細胞で最高になった後,CD4+あるいは CD8+ single positive (SP) 細胞期では SATB1 の発現は低下していき,末梢 T
細胞では,DN1 と同等のレベルまで低下していた(図1).
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図 1. 野生型マウスT細胞サブセットにおける SATB1 mRNA の発現.
C57BL/6 野生型マウス胸腺または脾臓より各 T 細胞分画を分離し, SATB1 mRNA 発現を quantitative RTPCR 法により調べた.
次に naive T 細胞を抗 CD3,抗 CD28 抗体で刺激し,SATB1 発現量の変化を調べた.刺激後 30 分で SATB1 の発
現は亢進を始め,刺激後1時間でその発現はピークに達した.刺激後6時間以降は減少し始め,刺激後 24 時間で刺激
前のレベルに戻った(図2).
図 2. T 細胞レセプター刺激後の SATB1 mRNA の発現.
C57BL/6 野生型マウスの末梢 naive T 細胞を in vitro で抗 CD3 抗体と抗 CD28 抗体により刺激した.刺激時間
ごとに細胞を回収し,SATB1 mRNA 発現量を quantitative RT-PCR 法により調べた.
この結果は,SATB1 が TCR 刺激後早期に発現誘導される c-fos などと同様な early responsive genes の1つであるこ
とを示唆している.そこで次に,SATB1 欠損 naive T 細胞の effector T 細胞分化能を解析した.
Vav-Cre-SATB1fl/fl,Vav-Cre-SATB1fl/+ (control littermates) の脾臓,およびリンパ節より CD4+ naive T 細胞を調
製後,TCR 刺激し,さらに種々のサイトカイン,抗サイトカイン抗体存在下で培養した.その結果,種々の helper T
細胞分化誘導条件の中で,SATB1 欠損 naive T 細胞からの Th1,Th17 の誘導が若干亢進していた.しかしながら,
nTreg 同様,iTreg 分化にも SATB1 欠損マウスにおいて異常は見られなかったことから,SATB1 欠損による自己免
疫疾患発症は,末梢性免疫寛容の破綻より,中心性免疫寛容の破綻が主たる要因となっていることが示唆された.実際
に,SATB1 欠損マウスと HY-TCR トランスジェニックマウスを掛け合わせた場合,通常 HY-TCR トランスジェニッ
クマウスの胸腺内で排除される CD8 陽性細胞数の増加が観察された.
SATB1 が Th2 細胞の IL-4 などのサイトカイン遺伝子転写に必要であることがこれまでに報告されている 1,2) .IL-4
は Th2 細胞のみならず,好塩基球でも産生される.また,好塩基球は,naive T 細胞からの Th2 分化の priming に重
要な役割を担うことが示唆されている.もしも,IL-4 遺伝子転写に SATB1 が必要不可欠なのであれば,好塩基球によ
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る IL-4 産生にも SATB1 が必要であることが予想された.そこで,Vav-Cre-SATB1fl/fl マウス脾臓より好塩基球を単離
し,IL-3 刺激後の IL-4 産生の有無を調べた.図3に示すとおり,野生型マウス由来好塩基球からは,IL-3 刺激 16 時間
後に明らかな IL-4 の産生が認められることを mRNA レベルで確認できた.他方,SATB1 欠損マウス由来の好塩基球
の場合も同様に IL-4 の産生が見られた.従って,T 細胞と好塩基球による IL-4 遺伝子活性化機構は異なっていること
が明らかになった.
図 3. IL-3 刺激後の好塩基球における IL-4 産生.
C57BL/6 野生型マウスまたは Vav-Cre-SATB1fl/fl マウス脾臓より好塩基球を単離し, IL-3 刺激 16 時間後の IL-4
産生を IL-4 mRNA 発現により比較した.
考 察
自己免疫疾患は種々の要因に起因するが,末梢に存在する自己反応性 T 細胞の活性化が引き金となることは容易に
想像できる.中心性寛容とは,ネガティブセレクションによる自己反応性 T 細胞の胸腺内での排除のことである.し
かしこの過程は完全なものではない.従って,正常時にも自己反応性 T 細胞は末梢に存在している.自己反応性 T 細
胞の活性化抑制には nTreg が大きな役割を担っている.しかし,我々の SATB1 欠損マウスの解析では nTreg の異常
は認められなかった.また,nTreg とともに免疫抑制作用を担う iTreg にも異常が見られず,SATB1 欠損マウスに顕
著な末梢性免疫寛容の破綻は存在しないことが示唆された.他方,SATB1 欠損マウスではネガティブセレクションの
異常があることが示唆されたことから,SATB1 は中心性免疫寛容成立に不可欠であることが考えられる.自己免疫疾
患発症に関与することが示唆されている Th17 を含む,effector T 細胞の分化亢進が見られたことと合わせ,SATB1
欠損マウスにおける自己免疫疾患は,種々の要因が総合されて引き起こされているものと思われる.今後,さらに研究
を進めていくことにより,SATB1 により発現制御される遺伝子群の解明,さらにその中に含まれると予想される免疫
寛容成立に不可欠な遺伝子の同定を行っていく予定である.
文 献
1) Cai, S., Lee, C. C. & Kohwi-Shigematsu, T. : SATB1 packages densely looped, transcriptionally active
chromatin for coordinated expression of cytokine genes. Nat. Genet., 38 : 1278-1288, 2006.
2) Son, J. S., Chae, C. S., Hwang, J. S., Park, Z. Y. & Im S. H. : Enhanced chromatin accessibility and
recruitment of JUNB mediate the sustained IL-4 expression in NFAT1 deficient T helper 2 cells. PLoS
One, 6 : e22042, 2011.
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